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チャプター20:「激突」

20-6:「巨大な出現・終結から」

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 再び、草風の村。指揮所。

「――危機は、凌いだか」

 机上のノートパソコンに視線を落としていた井神が、その顔を起こして言葉を零した。
 突然の敵性航空勢力の軍勢の出現、襲来により窮地に陥ったと思われた、作戦部隊とそして凪美の町。
 しかし同じく突如として姿を現したF-1戦闘機によって、戦局は再び覆った。
 F-1の攻撃により、鳥獣達は次から次へと瞬く間に撃墜されて行った。
 少し前まで、無人機から送られてくる映像上を埋め尽くしていた鳥獣は、しかし今は数えるまでにその数を減らしていた。さらに第2車輛隊が到着合流し、対空戦闘を開始したとの報も通信より入った。最早、鳥獣達が、町の空より一掃されるのは時間の問題であろう。

「作業服の彼の企てに、救われる形となったか――いや、これすら企ての内か?」

 井神は先に、歪な空間で再び相対した、作業服と白衣の人物の姿を思い返し呟く。

「――しかし、どうした物か……」

 だが井神はそこで意識を切り替え、再び画面に視線を降ろす。現場が窮地を脱したはいいが、まだ問題はあった。
 ノートパソコンの画面映像上、町の上空を再びF-1戦闘機が通過する。そう、このF-1戦闘機と、これに搭乗し操る推噴をどうするかだ。
 当たり前の事だが、航空機はずっと飛び続けていわれるわけではない。燃料切れになる前に着陸させなければならないが、戦闘機はヘリコプターのように場所を選ばず着陸できるわけではない。整備された滑走路が必要だ。しかしこの異世界に、そんな物は無い。

「小千谷二尉」
「あぁ……機体は惜しいが、推噴は脱出させるしかないか……」

 井神の掛けた言葉に、小千谷はそう返す。その言葉通り現状から取れる案は、パイロットの推噴を、機体に備わる脱出装置で脱出させるしかなかった。

「小千谷二尉、井神一曹!宿営地から通信です!」

 しかしそこへ帆櫛から、そんな報告の声が寄越され響いた。
 帆櫛が前にしているのは、作戦用とは別途に置かれていた大型無線機。通信元は、月詠湖の国の個人所有領。スティルエイト・フォートスティートに置かれている宿営地からだ。
 井神や小千谷の視線がそちらを向くと同時に、大型無線機より、宿営地からの通信音声が流れ出す。

「――なんだと?」

 そして無線機より聞こえ来た報告の音声。その内容に、井神と小千谷は目を剥く事となった。

「宿営地へ、井神だ。それは――間違いないのか?」

 そして井神は無線機に取り付きマイクを取り、無線の向こうに向けて確認の言葉を送る。

「――そうか、了解。そちらは引き続き、掌握に動いてくれ。それと――」

 再び無線に返信があり、井神はそれに返し答えながらも、小千谷に目配せをする。井神の目配せを受けた小千谷は、そこから机上の作戦用大型無線機に取り付き、マイクを取る。
 そして、勢いよく発し上げた。

「ヘヴィメタル1!推噴、小千谷だッ。そこから南西方向、方位210に向かって飛べ!その先に――〝滑走路がある!飛行場――基地がある〟――ッ!」



 時系列は少し遡る。
 そして場所は、隊が宿営地を置いている月詠湖の国、月流州にある個人所有領、スティルエイト・フォートスティートへ。
 その宿営地のある一帯より南の方角で、突然、強大な閃光が瞬き上がり、そして次いで、歪な振動が周辺広域を襲ったのだ。
 突然の――しかし以前にも覚えのある現象に、宿営地の留守を預かっていた隊員等に驚愕と動揺が広がる。

「――い、今のは!?」
「な、何ぃ……!?」
「び、びっくりしたぁ……!?」

 そして宿営地内の一角には、丁度この場を訪れていたディコシアとティの兄妹。そして羊娘のモゥルの姿もあり、彼等もまた、その顔を驚きに染めていた。

「今の――ッ、皆はここにいて!」

 ディコシア達の傍にいた、彼等の案内をしていた陸士長が、閃光が上がった方向を見上げながら、何かに気付いた様子を見せる。そして陸士長はディコシア達に少し慌てた様子で促すと、その場より駆けだした。



 宿営地より閃光が上がった方向に向けて、調査のために旧型73式小型トラックが一両発った。先の陸士長がハンドルを操り、助手席にもう一人、三等陸曹の姿がある。
 彼等を乗せた小型トラックは、宿営地よりフォートスティート内を南下。到達した地点でなだらかな丘を見つけ、周辺を観測するためにその登場部へと登った。

「――マジかよ」

 丘の頭頂部に駆けがあり、そこから南東方向の眼下に見えた光景。それに、陸士長は思わず言葉を零し、助手席の三等陸曹も息をのむ。
 先日行われた周辺地形環境の調査掌握の際には、その先には広大で何もない草原が広がっていたはずであった。
 しかし今、眼下に存在していたのは、2km以上に渡って一直線に伸び、コンクリートで整えられた道――滑走路。
 そしてその周りにいくつも群立する、多種多様な建造物。
 それは、紛れもなく飛行場であった。

「んな事が……」

 その光景を眼下に目を剥き、再び言葉を零す陸士長。

「……ッ……とにかく、行ってみるぞ」
「了解」

 そこで三等陸曹は、意識を切り替え促す。それに陸士長は返し、小型トラックを再発進させ、眼下に広がる飛行場の元へと向かった。



 小型トラックで丘を下った二人は、その先で飛行場の北西側に、アクセス口であろう門を見つけた。その前へ小型トラックを走り込ませ停車。三等陸曹と陸士長は、降りて周囲へ目を走らせる。
 門の傍に設けられた看板には、〝航空隊 豊原基地 北門〟という表記がなされていた。
 門には立哨用の警備ポストが設置され、通用路には移動式のバリケードが置かれている。さらにそこから敷地内を覗けば、少し先に警備用の守衛所が見える。
 その横には基地警備隊の車輛装備であろう、軽装甲機動車、87式偵察警戒車。巡回用のSUVパトロールカーや、カーゴトラック等が止まっている様子が見える。
 その向こうには庁舎等と思われる各建物施設や、管制塔までもが見えた。

「マジで基地だ……豊原基地だ……」

 それ等を目にし、呟く陸士長。
 その言葉通り現れたこの飛行場施設は、航空隊が保有運用し、樺太県の豊原市に所在する、豊原基地であるようであった。

「ポストに一人居る」

 そこへ、三等陸曹が促す。
 見れば門の警備ポスト内に、崩れ座り込んでいる様子の、一人の隊員の姿がわずかに見えた。
 二人はポストへ駆け寄り、中を覗く。そこで座り込み気を失っていたのは、航空隊の用いる迷彩作業服を纏い、その腕に警備の文字の腕章を付けた人物。袖には空士長の階級。間違いなく、航空隊の隊員であった。

「君、君。しっかりしろ」

 三等陸曹はまず、その空士長の息があることを確認し。それから彼の肩を軽く数度たたき、声を掛ける。空士長はそれに反応を示し、やがて眼を覚ました。

「んが――……え……?……うわ!?」

 次の瞬間、空士長は目をかっぴらき、そして跳ね上がるようにその場で立ち上がった。

「すッ、すんません!俺――眠って!?ぇ――でもなんで、崩れて……!?」
 そしてそんな慌てた様子で言葉を紡ぐ空士長。どうやら、自分が立哨中に眠り落ちてしまったのだと思っているらしい。

「――ん、あれ……?」

 しかし直後に、彼の顔色はまた別種の困惑の物に代わる。自身の前にいるのが、航空隊ではなく陸隊の隊員であると気付いたからだ。

「落ち着いて。君は眠っていたんじゃない、気を失っていたんだ」

 そんな空士長に、三等陸曹はまず彼の目先の心配を払拭してやるため、そう説明の言葉を紡ぐ。

「え、気を……?なんで……?それに、どうして陸の人が?今日は予定は聞いてませんけど……?」

 その説明に心配こそ払拭されたようだが、しかし空士長の疑問は増幅したらしく、大変に怪訝な様子を見せて言葉を返す。

「――?」

 しかし直後に、空士長は気付いた。

「……は?」

 三等陸曹等の肩越しに見える、その先の光景の違和感に。

「え……ちょ……!すみません!」

 空士長は断る言葉と共に三等陸曹の脇を抜け、警備ポストのそとへと駆け出る。そして、変貌していた基地周辺の光景に、驚愕した。

「なんで……どうなってんだこの景色……基地前の工場は?空き店舗は!?どこにいったんだ!?」

 周辺へ視線を送りながら、驚愕と動揺の様子を見せる空士長。無理もない、彼の知る、基地に隣接してあった建物施設が、すべて消失していたのだから。
 ひとしきり周囲を見渡した後に、空士長は答えを求めるように、三等陸曹等へと振り向いた。

「落ち着いて――というのも酷な話だな、驚くのも無理はない」

 三等陸曹はそんな空士長に歩み近づき、そして言葉を続ける。

「いいかい?これは緊急事態だ。豊原基地は、異常事態に巻き込まれたんだ」
「異常……事態……」

 三等陸曹の言葉に、空士長は困惑した様子で、その言葉を復唱する。

「できればすぐに詳しく説明してあげたいが、まずは基地の人等の所在、安否状況を確認したい。まずは君の上長――基地警備隊の責任者に取り次いでくれないか?そこから、基地の各所各隊への通達、掌握を」
「ッ――了解です――」

 三等陸曹の言葉を受け、空士長は門の先に見える、守衛所へと駆けた。



 場所は再び作戦の展開されている、紅の国、凪美の町へ。
 先程まで上空を覆っていた鳥獣グルフィの大群は、その大半がF-1戦闘機により撃墜された。F-1の攻撃をかろうじて逃れたグルフィも、展開隊の対空攻撃や、警備隊の迎撃により墜とされた。
 わずかに残ったグルフィもあったが、それに跨るエルフ達は戦意を喪失し、逃走を開始。
 凪美の町の上空は、再びその広さを取り戻した。

「――危機を、脱したようだな」

 車輛隊の傍らで、長沼は上空を仰ぎながらそんな言葉を零し、そして安堵の息を吐いた。

「しかし――今度は基地とはな」

 続き長沼は、どこか呆れにも近い様子で、言葉を紡ぐ。
 宿営地のあるスティルエイト・フォートスティートに航空隊の基地が転移、出現した旨についても、展開隊の元にも一報が送られていた。
 そしてF-1戦闘機は先程町の上空を離脱。フォートスティートの方向へと飛び去って行った。

「長沼二曹」

 そんな様子を見せていた長沼の元へ、傍にいた峨奈より声が掛けられる。峨奈は視線で一方向を示し促しており、長沼もそれを追う。その先、水路に掛かる橋の向こうの城門より、こちらへ歩いてくる数名の人影が見えた。
 その先頭を歩いて来るのは、他でもない制刻。
 そしてその後ろには、先に長沼も相対したディーケッツ始め、数名の警備兵が。そして中央には、警備隊長のポプラノステクの姿があった。

「長沼二曹」
「陸士長」

 制刻と長沼は相対し、軽く敬礼を交わす。

「こっちのおっさんが、ここの頭です」

 そして制刻は不躾な言葉と共に、背後のポプラノステクを促し紹介した。

「凪美の町。警備隊長の、ポプラノステクです」

 前に出てきたポプラノステクは、先んじて警備隊式の敬礼をして見せ、そして自らの身分を名乗る。

「日本国陸隊。展開隊指揮官の、長沼二等陸曹です」

 それに対して長沼も敬礼をし、そして名乗り返した。

「停戦の申し出、大変に感謝いたします。私達としても、これ以上の戦闘を回避でき、うれしく思います」
「いえ」

 続け長沼は、警備隊からの停戦の申し出に対する、感謝の意を示す言葉を送る。しかし対してポプラノステクは、真顔で端的な一言をまず寄越した。その様子から、彼が内心複雑な思いでいるであろう事は、容易に想像ができた。

「――今回の騒動の原因が、私たちの側にある事は重々承知しています。それに、この町は、あなた方に窮地を救われた。――しかし、私たちは互いに殺めあい、犠牲を出してしまった」

 続き、そう言葉を紡ぐポプラノステク。

「えぇ。決して軽い物ではなく、簡単に乗り越えられる物では無いことは、我々も理解しています。すぐに歩み寄る事には、大きな抵抗をお持ちでしょう」

 それに長沼も、相手の心情を汲んだ言葉を返す。

「――ですが、まずは今、私達の協力を受け入れていただけませんか?これ以上、犠牲を増やさないために。これから救える命を救うために」

 しかし続けそう言葉を紡ぎ、ポプラノステクに向けて訴えた。

「……分かりました。受け入れましょう」

 ポプラノステクはほんの少し、考えるような姿を見せたが、程なくして顔を起こし、長沼の言葉を受け入れた。



 警備隊本部古城の内部。警備隊の指揮所。
 警備隊の中枢であったその空間は、今は凄惨な光景へと姿を変えていた。
 その床に横たわるは、多くの警備兵の亡骸だ。
 その全てが、その身に切り裂かれたような傷を作っている。彼等彼女等は皆、町の敵となったエルフの女マイリセリアと相対。マイリセリアを相手に果敢に戦い、そして命を落としたのだ。
 今は、駆け付けた警備隊の一隊が、指揮所内を駆け回り、生き残った者がいないかを必死に探している。

「……」

 そんな中、端の一角に佇む、大小の人影があった。
 副官のヒュリリと、オークのヴェイノだ。二人もまたポプラノステクより許可を得て、この場へと駆け付けていた。
 その二人の視線は、足元に落とされている。
 そこにあったのは、町長ルデラの亡骸であった。
 ルデラは彼もまた、ヒュリリ達伝令に出た者のために時間を稼ぐため、マイリセリアに対して最後まで抵抗を貫いたのであった。

「父さま……」

 すでに分かっていたことではあったが、それでも最愛の肉親の亡骸を前に、ヒュリリのショックは計り知れなかった。
 ヒュリリは父の亡骸を前に、両膝を着く。そしてルデラの上半身を手繰り寄せて、自らの膝の上に乗せると、その両腕で父の身体を抱きしめる。
 そして、顔を伏せて大きな泣き声を上げた。

「……」

 背後のヴェイノは、少しの間それを見守っていた。

「――」

 しかしそれから、その厳つい顔を毅然とした物と変え、その巨体で直立不動の姿勢を取る。そして警備隊式の敬礼動作をし、ルデラの亡骸へと示した――



 町の上空から、エルフの操るグルフィの群れが、一掃されたこと。
 隊と警備隊の間で、戦闘停止の合意が成された事。
 これらから、凪美の町を舞台とした戦闘行動は、その全てが停止終結。隊と警備隊はその行動を、負傷者の発見救護を始めとした、各種救助行動へとシフトさせていた。
 隊の隊員と、警備隊警備兵が急かしく動き駆け回る姿が、本部古城を中心に町の各所で目立ち始めた。
 隊と警備隊の間には、当然の如く未だに、疑心や警戒の色が漂っていた。
 当然の事でもあった。つい先ほどまでは、互いに戦い殺し合いをしていたのだから。
 しかし、町の各所で傷つき、そして助けを求める人々の姿。それが疑心や警戒よりも前に、隊員や警備兵達の意識の前に立ち、彼らを動かした。
 そして救助活動が進むにつれ、いつしか隊と警備隊は、協力してそれに当たっていた。



 本部古城より少し離れた地点の、町の一角。
 路上に一台の馬車が停まり、そしてその傍に二名ほどの警備兵と、一名の陸隊隊員の姿がある。そして彼らの手で今まさに、馬車の上に怪我を負った町人が乗せられている。
 隊員の方は、ロシア系陸曹のウラジアだ。
 彼と警備兵達は、協同で生存者、負傷者の発見回収に当たっている最中であった。

「――乗せたぞ!出す準備を」
「は!」

 怪我人の町人を乗せると、警備兵の内の一人が発し上げ、もう一人が答えながら御者席に移り、馬の手綱を取って掴む。

「お願いします」

 その様子を見送りながら、ウラジアは馬車上の警備兵に、そう声を発する。

「あぁ、任せてくれ――よし、出せ。南東区のハスハ先生の診療所だ!」

 警備兵はウラジアの言葉に了承の旨を返すと、御者席の警備兵に馬車を出すよう発する。そして馬車は馬に引かれて進み始め、その場を発って行った。

「……」

 怪我人の町人を警備兵達に託して見送ったウラジア。彼はそこから、周辺に視線を向けた。周辺の町路上では、他にも何名かの警備兵が急かしく行きかっている。
 そして道の端には、そこに停まるまた別の馬車があった。その上に見えたものに、ウラジアはその顔を悲観の色に染める。その馬車に乗っていたのは、回収された犠牲者の亡骸であった。
 亡骸はその馬車上に乗せられたものに留まらない。周辺の各所には、一連の騒動の犠牲となった人々の亡骸が見えた。現状、生存者の発見救護が優先され、亡骸の回収には手が行き届いておらず、犠牲となった人々の遺体は、その多くが未だ地面に横たわったままとなっていた。
 遺体は、町の住人のものもあれば、警備兵のものもある。警備兵の遺体に関しては、それが隊との戦闘の犠牲となったのか、それともエルフの襲撃の犠牲となったものなのかは、ここに来て最早、一見しただけでは判別できなくなっていた。

「……もっと早くに停戦が通っていれば……こんなにも犠牲を出さずに済んだのではないのか……?」

 周辺に広がる痛ましい光景を前に、ウラジアはそんな言葉を零す。

「戦闘、戦争なんてそんなモンだ」

 そんなウラジアに、背中より声が掛かった。どこか冷たく、若干嘲るような声。

「立場、有り方の違い。状況の遅れ、行き違い――くだらん理由で戦いは起こり、そして望むようなタイミングで終わる事なぞ無い」

 ウラジアが振り向けば、背後には香故の立つ姿があった。香故は発し並べながらも、その独特の冷たい眼で、つまらなそうにウラジアの方を見ている。

「〝もしも〟など在りはしない。無駄な事に脳のリソースを割くのは、やめるんだな」

 香故の言葉は、正しくはあるのだろう。しかしその内には、棘が多分に含まれていた。投げつけられた不快な言葉に、ウラジアは香故を睨み返す。両者の間に、不穏な空気が漂う。

「――班長!四耶三曹!」

 しかしそんな所へ、二人の名を呼ぶ声が割り込んだ。
 香故が緩慢に振り向き、ウラジアが香故の肩越しにその先を見る。そして二人の眼は、視線の向こうよりこちらに駆けてくる、町湖場の巨体を見止めた。

「この先の十字路で、怪我人が多数。そっちに人が欲しいそうですッ」

 駆け寄ってきた町湖場は、二人に伝達事項を告げる。

「――だそうだ、行くぞ」

 それを聞いた香故は、視線を戻してウラジアに、変わらぬ含みのある言葉で促した。そして香故は身を翻し、先んじて歩んでいった。

「……」

 そんな香故の背中を、少しの間睨むウラジア。

「……だ、大丈夫すか?四耶三曹?」
「……あぁ、すまん」

 しかし町湖場に心配と怪訝の言葉を向けられ、ウラジアは睨む姿勢を解いて返す。

「大丈夫だ――行こう」

 そして意識を切り替えて、町湖場に促し、ウラジアも要請のあった現場に向かうべく歩み始めた。



 町の各所で救助作業が本格化した頃。
 隊の車輛隊からは、2輛の大型トラックが草風の村に戻るべく発った所であった。
 これは第二派であった。
 これより前にすでに第一派として、これまでの戦闘で負傷した隊員。そして救助された町の住民や警備兵の中でも、草風の村で展開している病院設備での治療が必要と判断された、緊急性の高い重傷者。そういった人々を乗せた車列が、先んじて草風の村に向けて発っていた。
 今より発する第二派に乗せられているのは、作戦の初期段階で制圧された娼館モドキより拘束され、ここまで連れまわされた施設の関係者達だ。
 隊と警備隊側の調整により、娼館モドキの関係者達の身柄はそのまま隊が預かり、状況の落ち着く目途が立つまでは、隊がその監視下に置く事となった。
 そんな拘束者達を乗せた2輛の大型トラックは、町を出るべく城門を目指して、町路を徐行に近い速度で走行していた。

「――ん?」

 2輌の内の先頭に位置する大型トラック。そのキャビンの助手席側に座す陸曹隊員が、進行方向の先。町路の脇に佇む人影を見つけたのはその時であった。
 それは一人の警備兵だった。
 町の中心部から外れ、救助活動の動きも比較的散漫であるその一角で、佇むその警備兵は良く目についた。さらに大型トラックが近づくにつれ、警備兵のその姿は明瞭になる。警備兵はその腕に、人の――子供の身体を抱き上げて抱えていた。
 陸曹はそれが、負傷した子供の搬送途中なのかと思った。しかし、すぐにそれが違うと気付く。
 警備兵の抱える子供は、その頭をだらりと力なく垂らしていたから――警備兵に抱えられた子供は、すでに息絶えていた。

「――おい、止まってやれ」

 見えたその姿光景に、陸曹は表情に微かな悲し気な色を浮かべながらも、運転席でハンドルを操る陸士隊員に告げる。

「えぇ」

 陸士隊員はそれに同様の様子で返し、ゆっくりとブレーキを踏む。徐行速度であった大型トラックはそれにより速度を落とし切り、緩やかに停車した。
 目先で停車した大型トラックに対して、町路の脇に立つ警備兵は、一度視線を向けて来た。――陸曹等から見えたその彼の顔。そこには、静かな悲しみの色が浮かんでいた。
 その警備兵はその視線をトラックからすぐに外した。そして子供を抱えて、トラックの前を静かに、ゆったりとした動きで横切って行った。
 警備兵がトラックの前を通り過ぎた後に、大型トラックは再びゆっくりと走り出す。

「……」

 陸曹がバックミラーに視線を向ければ、そこに、警備隊本部の方向へ歩き去ってゆく、警備兵の後ろ姿が移った。陸曹は少しの間、その悲し気な背中をミラー越しに見つめていた――



 町の中心部より離れた、町の南東側を東西に通る小さな町路。
 そこに多気投の姿があった。

「ヨォ、自由。こっちゃは要レスキューな人々は、いなかったずぇ」

 多気投はインカムに向けて発している。
 彼は他の隊員同様、要救助者の捜索のために、この場に赴いていた。しかし中心部から外れたこの町路一帯からは、幸いにして要救助者は発見されず、今はその旨の報告を無線上に上げている所であった。

《あぁ、了解。そんなら投、オメェは車輛隊んトコに戻れ。そっちに人手がいる》

 インカムからは通信相手である制刻より、了解の返答と、続けての指示の声が返り聞こえる。

「ヘイヨォ、了ぉ解」

 それに多気投も返し、通信を終える。そして多気投はその場を発つべく、身を翻そうとした。

「おん?」

 しかしその時、多気投の眼は町路の向こうに何かの影を見た。動き接近してくるその影。最初は人かとも思ったが、違う。人よりも大きいシルエットに、茶色の色合い。
 馬だった。
 一頭の濃い茶色――黒鹿毛の馬が、こちらに向かって来ていたのだ。
 その馬は多気投の傍まで来ると、その脚を止める。そして鼻をフンフンと鳴らしながら多気投に寄せる、首を左右に振って多気投の姿を見るなど、何か多気投を調べ吟味するような様子を見せ始めた。

「どぉした、おウマちゃぁん?迷子かぁ?」

 そんな馬に向けて、多気投は両手を広げて投げかける。
 一方の馬は、多気投のその姿様子から、彼を害意のある存在では無いと判断したのだろう。そこから多気投の背後へ回ると、防弾チョッキの肩部を軽く噛み咥え、ゆさゆさと多気投の身体を引っ張り揺らし始めた。

「どしたどしたぁ?ひょっとして連れてって欲しいのかぁ?」

 多気投が馬に向けてそんな言葉を発すると、馬はそれを肯定するように、防弾チョッキから口を話して、そして肯定するように、多気投の周りを一度くるりと歩いて回って見せた。

「ハハァ、マジかぁ!そんなら、ちょいと一緒に行ってみるとするかぁ!」

 そんな馬の見せた姿に、多気投は楽し気な声を発する。
 そして多気投は馬の身体に手を掛けると、その巨体を、似合わぬ軽やかさで馬の背に上げ、跨った。飛び乗ってきた多気投に対して、馬も嫌がる様子等は見せずにそれを受け入れる。

「ハイドォ!んじゃ行くか、おウマちゃぁん!」

 そして馬の手綱を取り、陽気に発し上げる多気投。
 馬はそれに答えるかのように、一声鳴き上げて見せると、蹄を鳴らして軽快な動作で走り出した。



 警備隊本部古城前。
 そこに停車展開した車列の近辺では、多くの隊員や警備兵が各種活動のために、急かしく動き回っている。
 そんな中を、鳳藤と竹泉に連れられて歩いて来る、水戸美。そしてファニールとクラライナの姿があった。
 その歩む先には、82式指揮通信車の傍で、他の隊員と調整を行う長沼の姿がある。長沼はその最中に気配に気づいて視線を起こし、鳳藤達の姿に気付く。

「長沼二曹」
「鳳藤陸士長か」

 そして長沼と鳳藤は相対し、互いに敬礼を交わした。

「こちらが、水戸美 手編さん。そして水戸美さんをここまで守って下さった、マイケンハイトさんとアルティナシアさんです」

 そこから鳳藤は横へずれ、背後に伴っていた水戸美達を、長沼に紹介する。

「一応、一通りのこたぁ説明してありますぅ」

 そして竹泉が、不躾な口調でそんな付け加える言葉を発した。

「初めまして。私は展開隊指揮官の、長沼二曹です」

 長沼は、水戸美達に向き直ってまた敬礼をし、そして自らの身分を名乗る。それに対して水戸美やファニール達も、少し遠慮気味ながらもペコリと小さくお辞儀を返した。

「水戸美 手編さん。すでに伺ってるかもせんが、私達はあなたの身を保護するために来ました。それを受け入れていただけるか、直接意思を確認させていただけますか?」

 そして長沼は、水戸美に向けて説明の言葉を紡ぎ、それから水戸美の意思を問う言葉を投げかける。

「――はい。お願いします」

 それに対して水戸美は、受け入れる意思を明確に返答した。
 長沼はそれに「ありがとうございます」と返すと、そこからファニール達に視線を移す。

「お二方には、ここまで水戸美さんの身を守っていただいたとお伺いしております。この場を代表して、お礼申し上げます。――そして、お二方にもできれば、一度ご同行いただければと思っています」

 長沼はファニール達にまず礼を言い、そして続けて要請の言葉を紡ぐ。

「あ、うん。問題ありません」

 それに対してファニールが、少し戸惑う様子を見せながらも、了承の言葉を返した。

「ありがとうございます。私達は現在、草風の村で場所をお借りして、そこを拠点としております。皆さんにも私たちの車輛で、これより草風の村へ一度戻っていただきたいと思います」

 ファニール達からの承諾を受け、長沼はこれからの動きを説明する言葉を並べる。
 しかしそれに対して、ファニールとクラライナは、少し抵抗のあるような顔色を見せた。長沼はそれを、やはり未だ不信感が彼女達の内にあるせいかと思ったが、直後にファニール達から発せられた言葉が、それがまた別の理由である事を明かした。

「あの――ボクたちにも何か力になれる事はありませんか?」
「先の襲撃で、町の人々が多く傷つき犠牲となったのでしょう?そんな中で、私達だけ先にこの場を離れる事は、気が引ける」

 ファニールとクラライナは、それぞれ長沼に向けて訴える言葉を紡いだ。
 町の人々が多く傷つき、今も隊員と警備兵が救護活動に当たっている中で、ファニール達は自分達だけが先に町を離れる事に、抵抗を覚えているようであった。
 勇者という立場。そして彼女達の持つ正義感もあっての事であろう。

「……申し出は、大変ありがたく思います――ですが、お二人は魔法現象による体調異常から、回復したばかりと聞いています。念のため、後方へと移動していただきたく思います」

 しかし長沼は、二人の訴えに感謝しながらも、女達の体調が万全ではないことを理由に、それを取り下げた。
 最も理由にはそれ以外に、戦闘こそ停止したものの、まだ混乱の中にあり危険が無いとは言えないこの町に、ようやく確保した彼女たちの身を、長く留めて置きたくないという物もあったが。

「そうですか……分かりました……」
「私たちは、懸念事項というわけか……」

 長沼の要請に、二人は少し悔しそうに気を落と姿を見せながらも、それを受け入れた。

「申し訳ない。車輛をすでに用意してありますのでそちらへ。お荷物などは、後日回収させていただくという形で、ご了承ください」

 長沼はそんな彼女達を少し気の気の毒に思いつつも、促し、そして細かい所についての断りの旨を発する。

「あ――!ま、待ってほしい!カミルを、カミルだけは一緒に連れて行かないと!」

 しかしそこで、クラライナがそんな訴える声を上げた。

「あ!そうだよ馬ちゃん!」
「馬?」

 続きファニールも声を発し上げ、それを聞いた長沼が疑問の声を上げる。

「えぇ、私の愛馬です。でも、大事な仲間なんだ!あの子を置いてはいけない!」

 説明し、そして続け訴えるクラライナ。

「フゥーーッ!!」

 そんな所へ、軽快な掛け声が横から飛び込んで来たのはその時でった。

「あぁ?」

 竹泉から訝しむ声が上がり、そして同時に各々の視線が、声の聞こえた方向を向く。
 その先に見えたのは、軽快でリズミカルな音を鳴らして駆けてくる、一頭の馬。そしてその上に跨る、多気投の巨体であった。

「カミル!」

 その馬こそ、クラライナの愛馬、カミルであった。
 多気投を乗せた馬改めカミルは、一同の元まで駆け込んで来ると、前脚を上げて跳ね、高らかに鳴き上げて見せた。

「おーっとぉ。ドォ、ドォッ」

 多気投はそんなカミルを手綱を引いて落ち着かせる。脚を再び着いて姿勢を取り戻したカミルは、そこから真っ先に主人であるクラライナを見つけ、彼女の元へと蹄を鳴らして歩み寄った。

「カミル。よかった、無事だったんだな」

 クラライナもそんなカミルに歩み寄り向かい入れ、カミルのその頭を撫でてやる。

「おぉう?あんだぁ、ねーちゃんのお馬ちゃんだったのかぁ」

 一方の多気投は、再開を果たした主と愛馬の姿を眼下に、そんな少し驚く言葉を零しながら、カミルの背より軽やかに飛び降りた。

「なーにに乗ってきてんだオメェは」

 そんな多気投に、竹泉が呆れた声色で言葉を飛ばす。

「いやぁ、なにぞお馬ちゃんがトコトコ現れたと思ったら、一緒に行きたそうなムーブを見せてきてヨォ。せっかくだし連れて来たワケよォ。なぁるほど、ねーちゃんのお馬ちゃんだったワケかぁ」

 そんな竹泉の言葉に対して、説明の言葉を返しながら、カミルの姿を指し示す。
 カミルはクラライナに寄せたその頭を撫でられ、ブルルと鳴き、喜ぶ様子を見せていた。

「ハッハッハァ!お馬ちゃん、彼女と再会できて嬉しそうだなぁ!いきり立ってるぜェ!」
「馬ちゃんは女の子だよ……?」

 カミルの様子に対して、そんな囃し立てる言葉を発して、笑い上げる多気投。そんな多気投の台詞に、ファニールが戸惑い混じりに突っ込みを入れた。
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