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チャプター20:「激突」

20-3:「〝ウェーヴ2〟」

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 場所は再び、制刻等とポプラノステクが相対し、戦いの舞台となった古城の南棟ホールへ。ホール空間では、激しいぶつかり合いが続いていた。

「――うわぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 ホール空間の壁面に設けられ通る、中二階通路。
 その上を、泣き声に近い叫びを上げながら、必死の形相で駆ける鳳藤の姿があった。そして彼女の後方には、中二階通路の床面や、壁に広がり浸蝕しながら這い進む、黒い影が見える。鳳藤は、この黒い影に追われていた。
 現在制刻と鳳藤が対峙する、黒い影を操る存在である、警備隊長ポプラノステク。しかし彼は、制刻の性質が黒い影を消失、無力化させる事に気づいてからは、黒い影を繰り出す頻度を目に見えて減らし、得物による直接攻撃にその比重を置き出していた。
 それまで安全圏である制刻の傍を離れられず、ほぼお荷物状態であった鳳藤は、そこにチャンスを見出した。黒い影の出現しない状態であるならば、ホール空間中を機動し、ポプラノステクの隙を突けるのではないかと考えたのだ。
 そして制刻の元を飛び出して、ホール空間中を縦横無尽に飛び駆けるポプラノステクと、相まみえようとしたまでは良かった。
 しかし、鳳藤自身は魔法に耐性が無い――すなわち魔法が効く身である事は、それまでの動きを注意深く観察していたポプラノステクに、早々に看破される。そしてポプラノステクは、鳳藤に向けて黒い影を発現させて放ち、こうして現在黒い影に追いかけられている状況に陥ったのであった。

「――ッ!」

 鳳藤は自身を追いかける黒い影から逃れるべく、中二階通路の手すりに手を掛け、飛び越え下階へと飛び降りた。

「――ヅゥッ……!」

 そして下階の床へ転がるように着地。
 受け身は取ったが、落下のその衝撃を消し切れずに、身体に鈍い痛みが走る。その影響で鳳藤は軽いダウン状態に陥り、床についた四肢を必死に動かし這い進む。そしてその先で立ち構える、安全圏である制刻の元へ、這う這うの体で辿り着き転がり込んだ。
 そんな所を狙うように、ホール中を跳び駆けるポプラノステクより、連弩による矢撃が襲い来る。

「うぜぇな」

 しかし制刻は手にした鉈を薙ぎ、襲い来た矢の群れを、呟きながら易々と払って見せた。
 だがその矢撃も、牽制に過ぎなかった。
 続け見れば、制刻の真上宙空にあったのは、肉薄したポプラノステクの大剣を振りかぶる姿。
 瞬間、鉈と漆黒の大剣が衝突し、金属音が鳴り響いた。そして互いの刃は滑り合い火花を上げる。わずか一瞬のぶつかり合いの後、ポプラノステクは再び、消え切らぬ勢いを利用して離脱。飛び去って行った。
 制刻とポプラノステクのこのぶつかり合いは、すでに6回を数えていた。

「……ッ!どうすれば彼を倒せるんだ!?」

 制刻が襲撃を凌いだ所で、ダウン状態からどうにか回復した鳳藤が声を上げる。

「焦るな。おっさんの性質(タチ)は見えて来た」

 しかし対する制刻は、ポプラノステクの姿を姿勢で追いながらも、淡々とそんな声を発する。

「そろそろ、とっ捕まえられねぇか、試してみるか」

 続け、そんな言葉を零した制刻。
 そして制刻は、手にしていた鉈を弾帯に挟んで収めると、入れ替わりに特徴的な左腕を、ゆらりと翳し上げた。
 制刻の左腕は、酷く異質であった。
 右腕と対比して長さ1.5倍を超える、人の物とは思えぬ大きさ。しかし反して、骨が浮き出た老婆の肌ような不気味な外観。手先の五指は手の平に対して異質に長く、一つ一つが尖っている。
 制刻は、そんな自身の左腕を掲げ、迎撃の構えを取った。
 一方、まるでそれを挑戦と受け取ったかのように、制刻の視線の先に――前方の階段上に、ポプラノステクが飛び来て姿を現す。
 ポプラノステクは一度踊り場に脚を着いた後に、身を切り返して制刻の方向へと飛んだ。

「やる気のようだ」

 その姿に、制刻は呟く。
 ポプラノステクは、跳躍して制刻等の真上へと飛来。そして漆黒の大剣を、振りかぶる姿勢を取る。

「――ッ」

 しかしその時、制刻は気付いた。
 ポプラノステクから伝わりくる〝気〟が、それまでとは異なる事に。

「――おい、何かまずいぞッ!」

 隣の鳳藤もそれに感づいたらしい、彼女は制刻に向けて警告の声を寄越してくる。

「あぁ。デカいのを、ぶちかます気のようだ」

 対する制刻は、変わらぬ様子でそんな言葉を返す。
 真上のポプラノステクからは、これまでとは違う、明らかにこちらを突き崩そうとする意志が感じられた。

「退避を――」
「いや、プランは変えねぇ。このまま試す」

 しかし退避を促した鳳藤に対して、制刻は構えの姿勢を解かずに、そんな旨を発した。
 対するポプラノステクは、すでに急降下に入っていた。
 1秒も経過せぬ間に、ポプラノステクの身体は、制刻へと肉薄する。
 ――漆黒の大剣が、制刻目がけて迫る。
 ――迎え撃つ、制刻の左腕が青筋を作る。
 そして――


 ドッ――と、爆発的な音声が、ホール空間中に鳴り響いた。


 ――結論から言えば、制刻は漆黒の大剣を受け止める事に成功した。
 制刻の左手の指先は、振り下ろされた漆黒の大剣の刃を、見事に掴み捕まえ、止めて見せた。
 しかし、ポプラノステクの剣撃もまた、とてつもない威力を有しており、それが押し留められた影響は、外部周辺に衝撃現象となって零れ発言した。
 制刻自身はその強大な剣撃を受け止めたが、しかし制刻が足を着く床は、その威力に耐えきれなかった。
 制刻が漆黒の大剣を受け止めたと同時に、制刻の戦闘靴を履く脚は、ドッ――と床にめり込み数cm沈む。そしてそこを中心に、ホールの床面の四方八方に、巨大な亀裂が走った。
 さらに二人を中心に、爆発的な衝撃波が発生。

「――ッぁ!?」

 衝撃派は傍にいた鳳藤を吹き飛ばし、彼女は宙で一回転して床に叩き付けられる。
 さらに衝撃波は、手すりなど比較的脆い周辺構造物を、その圧でひしゃげさせた。

「――」
「……」

 超常的な現象が立て続いた周囲に反して、その中心である制刻とポプラノステクは、反した酷く冷静な様子で対峙していた。
 制刻は大剣を掴み捕まえたまま。
 ポプラノステクは柄を放さず、宙に身を置いたまま。
 両者は睨み合う。
 しかしそれも一瞬。直後に、制刻はそのまま大剣ごと、相手を捻じり叩き付けるべく。
 ポプラノステクは、ここから押し崩し、相手を断ち切るべく。
 互いにさらなる一手を打つべく、その身を動かそうとした――


「ストォォォォォォォップッ!!」


 そんな叫び声が、ホール空間中に響いたのは、その直前であった。

「あ――?」
「――?」

 音の発生源は、制刻の背後。ホール空間への出入り口のある方向。

「え?」

 制刻と鳳藤は、それぞれ訝しむ、あるいは疑問を浮かべる色で、そちらへ振り向く。そしてポプラノステクの視線も、制刻の身体越しに、扉の方向を向く。

「タンマだタンマッ!こぉの、オドロキ轟きモンスターズがぁッ!」

 そこに見えたのは、何か驚きそして呆れた様子の言葉を張り上げながら、ホール空間に駆け込んでくる竹泉の姿であった。

「隊長!」

 そして続け、その背後から一人の警備服を纏う少女が飛び出して来た。

「ヒュリリ?」

 それが副官である少女である事に気付き、ポプラノステクも声を零す。

「もういいんです!戦わないで!」
「あぁ、取り合えず離れろ!ぶつかり合いはキャンセルだ!」

 そして両者は制刻とポプラノステクの元へそれぞれ駆け寄り、互いに訴え促す声を上げる。
 それを受けて、制刻は漆黒の大剣を捕まえていた左手を解き、そしてポプラノステクは床に足を着いた。

「隊長!大丈夫ですか!?」
「あぁ――」

 ヒュリリはポプラノステクに寄り、彼の身を案ずる言葉を上げる。それにポプラノステクは、少し戸惑いつつも答える。

「――ったく。また、とんでもねぇ現象起こしやがって」

 一方の竹泉は、沈む足元に、床に走った巨大な亀裂。損壊したホール内各所を見ながら、呆れた声を上げる。

「おい、どういう事だ?」
「何があったんだ……?」

 一方の制刻は、左腕の特徴的な指先をユラユラ動かし解しつつ、竹泉に向けて尋ねる声を発する。そこへ鳳藤も駆け寄って来て、声を挟む。
 同時に二人が視線を再び出入り口方向に流せば、そこには別ルートでの退避を命じたはずの、多気投や水戸美。ファニールにクラライナや子供達。さらにはそれを追いかけて行った、オークのヴェイノの、駆けこんでくる姿が見えた。

「停戦だと。向こうさんが、戦闘の停止を呼びかけて来た」

 そんな制刻等に、端的に回答の言葉を述べる竹泉。

「停戦?」

 それを聞き留め言葉を発したのは、ポプラノステクだ。
 彼は疑念の色をその顔に浮かべ、そして自身に抱き着いたヒュリリや、駆け寄って来たヴェイノに順に視線を向ける。

「町長のご判断らしい。俺も大まかな所しか、まだ聞かされていないが……」

 ヴェイノが、彼もまだ困惑しているのだろう、その様子が見て取れる顔色で発する。

「もうこの人達と戦ってはダメ……それよりも、大変な事が……!」

 ヒュリリからは、必死の様子で訴える声が上がる。
 そしてそこから、彼女の口から何が起こっているのかが、紡がれ伝えられた――



「――そんな事が……しかし、これまでの犠牲は……」

 エルフのマイリセリアが――魔王軍側がこの町を不穏分子の見なし、切り捨てた事。
 それを受け、町長ルデラは国の方針より離脱。抵抗を行う選択をした事。
 他、関わる事柄についての説明を、ヒュリリより受けたポプラノステク。
 しかし、これまで町のためと選択した道に付き合わせ、多くの配下を犠牲として来たポプラノステクにとって、それはすぐに納得し受け入れられる物ではなかった。

「お気持ちは分かります。でも、今は――」

 ヒュリリはそんなポプラノステクの気持ちを汲み取り、しかし次いで急かし促す声を発しかける。

「――そう。今は、それどころじゃないものねぇ」

 しかしヒュリリの言葉は、彼女の意思に反して、無理やり何者かに代弁された。
 声はポプラノステクの背後、上方から聞こえ来た。ポプラノステク達、そして制刻等やファニール達の視線が、一斉に声を辿りそちらを向く。

「だって今から、この町はみせしめに始末されるんだもの」

 ホール中央の階段の、中程の踊り場。そこに声の主は居た。扇情的な格好に身を包んだ、エルフの女――マイリセリアであった。

「貴様――」

 ポプラノステクはマイリセリアの姿を前に、漆黒の剣を再び構える。

「アレが、件の女か」

 一方、制刻はマイリセリアに対して、あまり興味はなさそうな様子で視線を送りつつ、呟く。ここまでの出来事の詳細を、すでに制刻等も掌握していた。

「厄介そうな女感プンプンだなぁッ。ヨォ。神話のセオリーじゃぁ、エルフっつーのはお綺麗な存在じゃぁねぇのかよ?」

 続け竹泉が面倒臭そうに言葉を吐きながら、傍らのポプラノステク達や、背後のファニール達に目を配り、尋ねる声を上げる。

「彼女達は、堕ちているんだ」

 竹泉の声には、ヴェイノから回答が返った。その彼も、言葉を返しながらも階段上のマイリセリアを睨み、警戒の姿勢を見せている。

「そんな……!」
「エルフが魔王側に堕ちるなんて……そんな事が……?」

 ヴェイノのその回答に、後ろで同様に警戒している、ファニールやクラライナから、困惑混じりの苦い声が上がる。

「なんぞ気色悪ぃ存在だってのは、理解できた」

 そんなヴェイノやファニール達の言葉様子から竹泉は察し、そして言葉通りの気色悪そうな顔を、再びクラライナに向けた。

「ふふ、それにしても賑やかね。警備隊の皆さんに勇者様達。そして――不思議なお客さん達」

 一方のマイリセリアは、こちらに視線を向けて流しながら、場違いな笑みを浮かべて発する。

「特にお客さん達には、ルミナやエイレスがお世話になったみたいだし――徹敵的に苦しんでもらわなくちゃ――」

 そこでマイリセリアは、口角を釣り上げたまま、その眼から微笑を消した。

「愚かな町長さん達みたいに、簡単に楽にさせてはあげないわ」

 そして続き、そんな言葉を紡ぐマイリセリア。

「え――ど、どう言う事!?父さまに何を!?」

 その言葉に反応したのはヒュリリ。彼女は一歩前に出て、急く様子でマイリセリアに追及の言葉を投げかける。

「言葉のままよ、お嬢ちゃん。愚かな上、なかなかに面倒な人だったわ」

 そんなヒュリリの詰問に、マイリセリアは返しながら、その片腕を翳して見せる。よくよく凝視すれば、彼女の腕には血のような物が微かに付着していた。

「あ――」

 瞬間、青ざめるヒュリリの顔。

「――ぁ……あぁぁぁぁッ!!」

 直後、ヒュリリは腰に下げていた剣を抜剣。そして床を蹴り、飛び出した。

「ヒュリリ!」

 ポプラノステクが制止の声を掛ける。しかしヒュリリは叫び声を上げながら、階段を飛ぶように駆けあがり、踊り場のマイリセリアへ迫る。

「ふん」

 しかし、マイリセリアがそんなヒュリリに向けて手を翳す。そしてマイリセリアの手中より強力な風圧が打ち放たれる。

「ッ――ぅあッ!?」

 風圧はヒュリリの身に直撃。彼女は、マイリセリアに近寄る事もままならずに、階段の途中より身を吹き飛ばされ、落下する。

「ヒュリリッ!」

 幸い、階段元に駆け付けたポプラノステクにより、ヒュリリの身は受け止められた。そしてポプラノステクは彼女を支えつつ、マイリセリアを見上げ睨む。

「クラライナ!」
「承知!」

 後方では、ファニールとクラライナが、マイリセリアに対応すべく飛び出していた。

「ッ――!」
「ヘェイッ!」

 さらに鳳藤や多気投が、各々の小銃やFN MAGを構えて、その銃口をマイリセリアへと向ける。
 ――しかしそれ等の行動を遮るように、巨大な崩壊音が突如として響いた。
 音の発生源は、ホール空間の天井。マイリセリアの背後真上。天井の一角が、突如として爆破するように崩壊したのだ。

「うわッ!?」
「おっぇッ!?」

 突然の天井の崩壊と共に、発生した瓦礫類が落下し降り注ぎ、制刻等を襲う。襲い来たそれに、鳳藤や竹泉、他各々から驚きと困惑の声が上がる。

「なんぞぉ!?」

 どうにかそれを凌ぎ、多気投始め各員は、困惑しつつも再び天井を見る。見れば、天井の一角が、外側より叩き壊され崩落し、そこに大穴が空いていた。
 そしてその向こうに見えるは、空――否。大穴の向こうには大きな何かのシルエットがあり、それが向こうに見えるはずの空を隠していた。

「――あぁん!?なんだありゃッ!?」
「鷹……いや鷲……?だが……」

 竹泉が荒げた声を上げ、鳳藤は見えた物の正体を推察する声を零す。大穴の向こうに見えたシルエットは、鳳藤の零した言葉通り、鷹や鷲の物に酷似していた。しかし、問題はその大きさであった。
 天井に空いた穴は、直径4~5m程。そしてその鷹や鷲に似た鳥獣は、距離から換算推察しても、その大穴と同じ程の大きさを持っていたのだ。

「メチャでっけぇホークオアイーグルかぁッ!?」
「あれって……グルフィ……!?」

 驚きの声を発する多気投。その横で、ファニールがその鳥獣の名であるらしき物を零す。

「ぶっ飛ばしての踏み込みは、こっちの専売特許のつもりだったんだがな」

 驚く各々の中、制刻だけが変わらぬ様子で、少しずれた呟きを零す。
 そんな一方、グルフィという名称らしきその大型鳥獣は、天井に空いた穴をその巨体に反した繊細な動きで潜り、階段の踊り場に立つマイリセリアの真上にまで飛来する。

「姫様」

 そのグルフィの背には、また別の女エルフの姿があった。

「素敵な登場よ、ミュスク」

 声を掛けて来た女エルフに、マイリセリアはそんな称する言葉を返す。

「他の子達は?」
「すでに、始めております」

 続き問いかけたマイリセリアの言葉に、ミュスクと呼ばれた女エルフは、そんな言葉を返す。

「ふふ、いいわ。それじゃあ、その様子を特等席で眺めるとしましょうか」

 返された言葉に満足げに微笑むと、マイリセリアはトンと飛び、鳥獣グルフィのその巨大な爪足に飛び乗る。彼女が乗った事を確認すると、ミュスクはグルフィに繋がれた手綱のような物を操る。そしてグルフィはその巨大な翼を羽ばたかせ、上昇を開始する。

「ッ――!貴様!」

 その姿に、ポプラノステクが声を張り上げる。

「ふふ、せいぜい藻掻きなさいな。そして無惨に苦しみ死んでゆく姿を、見せて頂戴」

 しかしマイリセリアは嘲笑う言葉を寄越す。そして彼女を乗せたグルフィは、天井の大穴を再び潜って、外へと飛び去った。

「――ッ!ヨォ、自由。ありゃチト面倒なんじゃねぇかぁッ!?」

 鳥獣グルフィが姿を消した直後に、竹泉が天井の大穴を指し示しながら、制刻に向けて荒げた声を上げる。

「言われるまでもねぇ」
「車輛隊に一報を!対空戦闘を――」

 制刻はそれに端的に返す。そして鳳藤はそれに急く様子で言葉を続ける。

「――ねぇ……ちょっと待って……」

 しかしそこへ、割り込むように声が上がる。これの主はファニールだ。彼女は目を見開き、そして少し震えるその腕で、先の天井の大穴を指し示している。

「あ?」

 竹泉から訝しむ声が上がる。そして各々は、ファニールの視線を追って、天井の大穴を、その向こうに見える上空大空を見上げる。
 ――そこにあったのは、空を翔け飛ぶ無数のグルフィの姿であった――



 数分前。
 凪美の町の上空に、突如として無数の魔方陣が出現した。
 まるで立体映像投影のように現れたそれ等は、いずれも光で円形を描き、その内に複雑な紋様を刻んでいる。
 そして直後、その無数の魔方陣のそれぞれより、まるでトンネルを潜り抜けて来たかのように、グルフィが姿を現したのだ。
 その数は30。いや40、50――それ以上いるか。
 その大きさも様々で、全幅4~5m程の個体もいれば、10mを越える巨体を持つ個体まで見える。
 そして内のいくつかの背には、エルフの乗る姿が見えた。
 いずれも女であり、これまでのマイリセリア達と同様、露出の多い扇情的な衣装を纏っている。彼女達は皆、マイリセリアの配下の者達であった。
 そんなエルフ達を乗せたグルフィ達は、町の上空全体を覆うように散って行く。そして均一に散会配置すると、グルフィ達は一斉に大きな羽ばたきの動作を見せた。
 それは、攻撃動作であった。
 グルフィ達の羽ばたきは、その体の前で巨大で強力な風圧を生み出した。そして産み出されたそれ等は一斉に撃ち放たれ、眼下へと落ちる。
 それ等が落ちる先は――凪美の町の町並み。
 ――数十を超える風の暴力が、町の各所へと落ちた。
 そしてそこにあった施設を、家々を。そして、人々を。吹き飛ばし、損壊させ、傷つけた。
 グルフィ達は、そこから思い思いに町を襲い始める。
 凪美の町をみせしめとする、攻撃が始まったのであった――



 草風の村。隊の指揮所。
 無人観測機から送られて来る、凪美の町の上空映像を移すノートパソコンの画面に、井神等は目を釘付けにしていた。
 町の上空には、突如として現れた無数の鳥獣が無数に飛び交い、画面を覆っている。そしてその鳥獣達から、町に向けての攻撃が行われる様子が確認された。

「これが、始末。見せしめか――!」

 井上は画面に視線を落としながら、その顔を険しく歪め、吐く様に発する。
 先の、警備隊側からの戦闘停止の申し出。
 それに伴う、警備隊と町が抱える事情については、展開部隊本隊の長沼を介して、すでに指揮所の井神等の元にも届いていた。
 魔王軍、及び国の中央府より見限られ――また離反した凪美の町に、何らかの攻撃が来るであろう事も報告が上がっており、指揮所からは各方へ、それに警戒し備えるよう指示を送ったばかりであった。
 しかし、ここまでの航空勢力が突如として現れようとは、予想の範疇外であった。

「ッ――」

 まだどこかで、異世界という物を軽く見ていたのかもしれない。井神は自身の慢心を突き付けられた気分になり、無意識に小さく舌を打った。

「町を手当たり次第に攻撃してる――こんな無差別攻撃をッ!」

 その隣で、ノートパソコンの画面に注視している小千谷が、送られて来る町が襲われる光景に、憤慨の声を上げる。
 それを聞き、井神は意識を切り替える。悔いるのは後だ。

「オープンアーム・コントロール、八島二曹。念のため、無人観測機の高度をさらに取ってくれ」

 まず井神は無人観測機の操縦室に、無線を開く。無人観測機は安全のためにある程度の高高度を維持していたが、念を押してさらに高度を取るよう、指示を送った。

「展開隊本隊はどうしてる?」

 続けて、井神は指揮所要員の算域に尋ねる声を飛ばす。

「本隊各隊は、対空攻撃行動を開始した様子です」

 ノートパソコンを注視していた算域から、報告が返される。

「帆櫛。第2車輛隊の現在位置は?」
「現在、町から数百m地点との事。まもなく到達します」

 さらに井神は、少し前に増援として村より出発した、第2車輛隊の所在を尋ねる。無線機から流れ聞こえていた通信に耳を傾けていた帆櫛から、その所在が報告された。
 増援の第2車輛隊には、警備隊の中でも特に厄介と判断された箒隊への対抗策として、対空車輛や対空装備が多く組み込まれていた。
 第2車輛隊の展開隊本隊への到着合流が、今の所の現状打開の望みであった。

「こちらの方にも流れて来るかもしれない。対空警戒を厳に――」

 そしてさらに指示を飛ばす井神。
 苦しい状況に陥った現状で、しかしできる事をするしかなかった。



 突如として、町の上空を覆い尽くすまでに現れた、エルフ達の操るグルフィの群れ。
 町の警備隊は、それまでの侵入者への対応行動から一転して、上空より襲来する新たな敵への対処に追われていた。
 町の各所に位置する警備部隊から、矢や鉱石魔法の攻撃が上がる。そして飛行部隊である箒隊も、必死の迎撃行動を開始する。
 しかし、そのいずれもがお世辞にも効果的な物とは言えなかった。
 警備隊はここまでの戦闘で、多くの部隊が酷く損耗しており、その上、現れ上空を舞う敵の数は多すぎたのだ。



 襲来したグルフィの群れに対応に追われているのは、警備隊本部古城に配置した警備兵達も同じであった。
 彼等もまた、クロスボウ、魔法攻撃等、持てる手段を持って防空戦を展開している。

「畜生ォ!町が攻撃されてる!」
「手を止めるな、放ち続けろ!」

 城壁上の一角では、そこに据えられた連弩を用いて、上空に矢撃を展開する警備兵達の姿があった。
 内の片割れが、そこから見える町並みが襲われる光景に憤怒の声を上げるが、相方に防空戦へ意識を向けるよう注意を受ける。

「ッ――ッ!おい、来るぞ!」

 相方に促されて、視線を真上に戻した警備兵。その彼の眼が、こちらに向けて急降下して来る、グルフィの姿を見た。
 比較的小型の個体だが、それでもその巨体と強固な嘴での攻撃を受ければ、無事では済まない。
 急ぎ連弩を旋回させ、仰角を取り迎撃を試みようとする警備兵達。しかし直後には、そのグルフィは彼等の真上まで迫っていた。

「間に合わない――」

 無意識に警備兵の口から言葉が零れる。そして彼等は、覚悟を決める――


 ボッ――という何かの衝撃音と共に、そのグルフィの胴に大穴が空いた。


「――え?」

 真上で起こった突然の現象に、警備兵は思わず呆けた声を上げてしまう。
 一瞬後には自分達を襲い啄んでいたはずのグルフィは、しかしそのどてっ腹に大穴を開け、そして真横方向に吹っ飛んでいた。
 グルフィはそのまま古城の敷地内にグシャリと落ちて、動かなくなる。

「何が……」

 何が起きたのか分からぬまま、警備兵達は変わり果てたグルフィをまず見、そして続けて、グルフィが吹き飛んだのと反対方向を見る。
 古城の外。堀を挟んだ向こうの町路。
 そこに、こちらに首を回して嘴を向ける、異質な存在――
 砲塔を旋回させて、35㎜機関砲の砲口を向けた、89式装甲戦闘車の姿があった。



《――エンブリー、一体撃墜》

 長沼の耳に、装着したインカムから、装甲戦闘車砲手の髄菩より寄越された、報告の声が聞こえ届く。

「了解――各車各隊、弾幕を絶やすな!」

 長沼はそれに応え、そして車列脇を進みながら、各方への指示の声を張り上げた。
 展開隊本隊もまた、現れた町を襲い出した鳥獣の群れに対して、防空戦を展開していた。対空車輛始め、各車の搭載火砲はもちろんの事。各分隊各員も、装備火器の小銃や軽機を上空に向け、対空攻撃行動に加わっていた。
 各隊は、その強力な火力を持って、ここまで何体かのグルフィの撃墜に成功していた。

「ダメだ!多すぎる、我々だけではカバーし切れませんッ!」

 しかし、そこへ荒んだ声が上がる。
 声の主は、82式指揮通信車でターレットに着き、搭載の12.7㎜重機関銃を操り対空砲火を撃ち上げてる、車長の矢万。
 彼の言葉通り、隊にとっても、現れた新たなエルフ達。そしてグルフィの群れは、あまりにも多すぎた。
 さらに、問題なのは敵の数だけでは無かった。

《デリック・アンチエア、残弾低下ッ!》
《エンブリー。これで35㎜のクリップがカンバンだ》

 無線上に上がる、各車からの残弾低下の報告。

「弾が無い!誰か弾をくれッ!」
「これが最後の弾倉だッ!」

 さらに地上の隊員から、叫び声に近い怒号が上がり聞こえ来る。
 そう。展開隊は各車、各分隊各員いずれも、保有弾数が残りわずかであった。ここまでの警備隊相手の激しい戦いに、弾薬の消費は当初の想定を大きく超えた物となっていたのだ。

「ッ――もうすぐ第2車輛隊が来る!それまで堪えろ!」

 こちらに向かっている第2車輛隊は、展開中の各隊への補給任務も付随されていた。それの到着まで堪えるよう、命じる声を張り上げる長沼。

《――長沼二曹ッ!後ろッ!》

 その時、インカムより怒号に近い警告の声が響いた。
 瞬間、その身に殺気を覚える長沼。
 長沼は示された背後を振り向くよりも前に、真横へと思い切り飛んだ。

「ッ――!」

 瞬間、長沼の横を何か巨大な気配が、猛スピードですり抜けて行った。
 長沼は飛んだ先で受け身を取り、すかさず身を起こして、その気配が去って行った先を見る。
 その先に、背を見せて飛び去って行く中型のグルフィの姿があった。それを追い、82式指揮通信車の12.7mm重機関銃から銃火が上がってる。
 一体のグルフィが、長沼を狙って降下強襲を仕掛けて来たのだ。あと一瞬遅れていれば、長沼の身体はその嘴に貫かれ、上空へ持っていかれていたであろう。

「1時方向、再来ッ!」
「弾が無い、対応できないッ!」
「こっちでやる、対応するッ!」

 さらに立て続く襲来を告げる声。そして各所各員から怒号が上がる。

「ッ――これは、マズいかもしれんぞ……ッ」

 長沼は肝を冷やしながら、状況に対して苦い言葉を零した。



 警備隊本部古城。その中核を成す中央棟の、正面玄関。
 その大きな扉が開け放たれ、数名の人影が駆け出て来た。

「――おぉい……冗談だろ――!」

 その中の一名から、一番に少し荒い色での声が上がる。
 他でも無い、竹泉だ。
 竹泉の眼に映るは、町の上空を覆い、そして襲う鳥獣グルフィの大群。その光景が、彼にそんな一言を上げさせたのだ。
 他、駆け出て来たのは制刻に鳳藤、多気投。警備隊のポプラノステクにヴェイノ、ヒュリリ。そしてファニールとクラライナ。
 水戸美と子供達だけは、安全のために警備隊本部内へと残して来ていた。

「なんて事だ……!」
「ウソでしょ……」

 各々はそれぞれ、上空を見上げて見渡し、その様子を目に留める。
 そしてポプラノステクやファニールからは、驚愕や困惑の声が上がる。

「アルマジロ1-1、願います。こちらエピック」

 一方の制刻は、上空に観察の眼を向けつつ、作戦の現場指揮官である長沼へと通信を開き呼びかける。

「アルマジロ1-1だ、そちらは無事か?」
「えぇ。まずこっちの状況を伝えます――」

 長沼からの返信呼びかけに、制刻は一言返し、続いてこちら側の状況説明を始める。
 まず保護した邦人と、勇者、子供達は引き続き一緒にいる事。そして警備隊の長とも一応の停戦が成され、現在彼等とも一緒に居る事。現在の襲撃がどういう物であるかは、おおまかにだが把握している事等を、制刻は長沼に伝えた。

《了解エピック。こちらの掌握状況も、ほぼ同じだ。現在こちらは防空戦を展開中、邦人は引き続きそちらに任せたいッ》

 長沼からは報告を了解し、そして指示の言葉が続き聞こえ来る。無線越しにも、それが急き、そして焦れた物である事が伝わって来た。

「了解、エピック終ワリ。――だそうだが、じっとしちゃいられん」

 通信を終えた制刻は、そこからユニット各員に向き直り発する。

「剱、ねーちゃんズのお守りに戻れ。竹泉、投、オメェ等は適当な位置を見つけて、対空戦闘に加われ」
「あぁ……!」
「あぁ、了解ッ」

 ユニット各員に指示を発した制刻。鳳藤や竹泉はそれに返答すると、それぞれの行動に移り、各方へ駆け出した。

「おっさん、詳しい話は後だ。まずはアレをなんとかする」
「あぁ」

 制刻はそれからポプラノステクと向き直り、発する。そして彼からの端的な返事を聞くと、制刻も行動に移るべく、身を翻した。


 ――制刻の周辺で、異質な現象が起こったのは、その直後だった。


「――あ?」

 周辺の各人の動きが、上空を飛ぶ鳥獣達の動きが、突如としてスローモーション効果を掛けたかのように、緩慢になり出したのだ。そして程なくして、制刻以外の、周辺のあらゆる物がその動作を止めた。
 そして周囲の景色はまるで塗り替えられるかのように、見る見るうちに気味の悪く悪趣味な色彩の背景へと変わって行く。

「チッ、こりゃぁ――」

 その現象には覚えがあった。
 このタイミングでのあまり気分の良くない事態の発生に、舌打ちを打つ制刻。
 その間に、周辺は完全な気味の悪い背景の空間へと、変貌を遂げる。
 そして直後、制刻の数歩分前に、異質な背景から水面を潜るようにして、一人の人物が姿を現した。
 嫌でも忘れる訳など無い。この異世界に自分等を導いた、作業服と白衣の人物であった。

「――やぁ自由さん、元気?何か、大掛かりな動きの締めくくりに、面倒な事が起こったみたいだね」

 白衣のポケットに手を突っ込む姿勢で現れた、作業服と白衣の人物は、まず気の抜けるような挨拶を寄越すと、続けて他人事のように話し始めた。

「おい、オメェ――」

 そんな作業服と白衣の人物を捕まえようと、制刻はその肩に手を伸ばす。
 しかし、瞬間に驚くべき事が起こった。制刻の手は、作業服と白衣の人物の身体を、〝すり抜けた〟のだ。

「――チッ」

 しかし現象に制刻は驚くでも無く、鬱陶し気に舌打ちだけを打つ。

「あぁ、ゴメンゴメン。この体は実体じゃないんだ、だから触れ合ってのコミュニケーションはできない。私も、寂しいよ」

 作業服と白衣の人物は、説明の言葉に、そんな冗談なのか本気なのか分からない言葉を付け加え、そして制刻の周りを周り歩み始める。

「それで――面倒な事になってるみたいだけど、こっちとしては、丁度良かったかもしれない」

 作業服と白衣の人物は、片腕を掲げて人差し指を突き出しながら、制刻の背後へと周る。

「そうさ、第2段階の準備が整った。制刻さんや他の方たちへの――そしてこの世界への、さらなる衝撃的なプレゼントだ」

 言いながら制刻の横を抜け、再び前へと周り戻る、作業服と白衣の人物。

「――〝ウェーヴ2〟。これはその内の、一発目だ――」

 そして、何か自身に満ちた一言を、片腕を翳しながら、発して見せた。

「――じゃあ、また会いましょう。ご健闘を――」

 最後に、そんなふざけた別れの台詞を紡ぐと、作業服と白衣の人物は後ろ歩きで、異質で不気味な背景に、水面に溶け込むように姿を消してゆく。

「おい――」

 制刻は、それを制止する言葉と共に、追いかけようとした。
 しかし作業服と白衣の人物は、背景の向こうに完全に姿を消した。
 直後に、その異質な背景の世界は、急速に塗り替えられるように元の色彩を取り戻し始める。そして世界は再び、時を刻み始めた。


「――ッ」


 ――元の世界へと戻って来た制刻。
 しかしそんな制刻を、直後には新たな現象が立て続き到来した。
 伝わり聞こえ来たのは、表現し難い異質な振動と、衝撃音。そして閃光だ。

「ッ――!?」
「うわ!?」

 すでに動きを取り戻した世界での現象であったため、依然として側に居たポプラノステクや、まだ近場に居た鳳藤からも、驚きの吐息や声が聞こえ来る。

「何だ……ッ!?」
「な、何……!?」

 そして続き、ポプラノステクや、鳳藤と一緒であったファニールからは、困惑の声が聞こえ来る。

「今の、まさか――」

 一方、鳳藤はその現象に〝覚え〟があり、そんな言葉と同時に上空を見上げる。

「あぁ――」

 制刻も、これまでの現象から察しを付け、言葉を零しながら視線を上げる。


 制刻等――警備隊本部古城の直上上空を、何かの影が飛び抜けたのはその瞬間であった――
 それも、比類なきけたたましい轟音を響かせて――


「ッ!?」
「うわッ!?」

 劈くような突然のそれに、ポプラノステクやヴェイノ、ヒュリリ達。そしてファニールやクラライナ達は、顔を顰めあるいは目を瞑り、そして思わず耳を塞いで驚きの声を零す。

「嘘だろう――」

 しかし一方の鳳藤は、驚愕の眼で上空を眺めていた。

「また、大したモンをぶっ込んで来たな」

 そして、呆れの含まれた淡々とした様子で、呟く制刻。
 その先に見えるは、大空を背に飛ぶ、鏃のようなシルエット。
 ――そのシルエットは、間違いなく空を飛ぶべく作られた人口物。
 ――轟く劈くような轟音は、まごう事なき〝ジェットエンジン音〟。


 それの元居た世界で、それは、
 〝三菱 F-1戦闘機〟と呼ばれた――
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