―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター19:「〝Epic〟 Start」

19-5:「逃走、そして――」

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 警備隊本部、指揮所。
 大きな長机を囲んで各警備兵が忙しなく動く中、その最奥で、伝令の警備兵から報告を受けるポプラノステクの姿がある。

「箒隊各隊は、相当の被害を受けています……。墜とされた者、帰還したものの負傷している者がかなりの数に及び、出動可能数は4割にまで低下……ッ」

 伝令の警備兵は、苦い顔と口調で、警備隊側の被害状況を言葉にしてゆく。

「北東区域隊は、侵入者の別動隊の阻害を各橋で試みましたが、いずれも突破され被害多数。侵入者本隊と思しき隊列に、待ち伏せ攻撃を仕掛けた中央区域隊も同じく被害多数。フラナシン区域長の死亡も確認されました……」

 被害の詳細を捲し立てた伝令の警備兵。

「そして……」

 そこまで言葉を連ねた所で、警備兵は一度言葉を区切り、そしてチラリと視線を起こす。彼の視線は、相対するポプラノステクの背後に向く。そこには、エルフ達のリーダー格である、マイリセリアの佇む姿があった。
 彼女は少し前に、まるで気まぐれの様に一人指揮所に戻って来たかと思うと、警備兵隊に加わるでもなく、ただ高みの見物とでも言わんばかりにこの場の様子を眺めていた。

「――エルフの二人の死亡も、各所で確認されたようです」

 一度マイリセリアの姿を申し訳程度に気に留めた警備兵は、それからポプラノステクに向けて、その旨を発し伝えた。

「そうか――」

 それを聞いたポプラノステクは、少し複雑そうな表情を作り、そして自分の背後で佇むマイリセリアを振り向く。あまり歓迎し難い客人とはいえ、仲間を失った彼女を前に、何らかの配慮の言葉を掛けようとしたのだ。

「あなた達に教えられるまでもないわ」

 しかしポプラノステクに先回りするかのように、マイリセリアは淡々とした口調で、そんな言葉を発した。

「だって、少し前から、あの子達の〝声〟が聞こえなくなったもの――」

 そしてそんな事を口にして見せるマイリセリア。
 詳細は不明だが、なんらかの千里眼のような力があるのだろう、彼女はすでに仲間たちの死を知っていたようだった。
 それ故か、マイリセリアは取り乱す様子やあからさまに悲しむ様子こそ見せなかったが、それまでは終始どこか気味の悪い笑顔を絶やす事のなかったその顔を、今は仏頂面に変えていた。

「あんた――」
「隊長さん、私は少しはずさせてもらうわ」

 一応の気遣う言葉を発そうとしたポプラノステクだったが、マイリセリアはまたも先回りするようにそんな言葉を紡ぐ。そして返事を待たずに身を翻すと、その場を去って行った。
 仲間の死に、流石の彼女も思う物があるのだろう。そう考えたポプラノステクは、マイリセリアの行動を特段咎めは事はせずに行かせる。
 いや――正直言えば、ポプラノステクも他人ばかりを気遣っていられる心情では無かった。

「多くの者が――フラナシンさんまで逝ってしまった」

 重々しく言葉を吐き、机に両腕を着くポプラノステク。
 告げられた多くの同胞の犠牲は、ポプラノステクにとっても決して軽い物では無かった。
 特に今しがた名前の挙がったフラナシン区域長は、ベテランであり何より、比較的若くして警備隊長に就任したポプラノステクを気遣い助けてくれた、彼にとっての恩人でもあったのだ。

「隊長……」

 気落ちした様子を見せるポプラノステクに、傍で控えていた副官のヒュリリが、気遣う声を掛ける。

「――いや、悲しむのは後だ。今は、まだ戦わなければならない」

 しかしポプラノステクは、自らに言い聞かせるように言葉を紡ぎ、顔を起こした。

「ヒュリリ。すまないが、箒隊発着場と魔導棟の二ヶ所に、伝令に走って欲しい」

 そしてヒュリリに振り向くと、あらかじめ各所への指示内容を記してあったメモ書きを、机上より取ってヒュリリに差し出す。

「わ、分かりました……」

 ヒュリリはまだポプラノステクの事が心配なようであったが、その当人から行動を命じられた以上、それを退けてまで付き添うことは出来なかった。彼女はメモ書きを受け取ると、各所への伝令に走るべくその場を発った。

「――ラフタ警備兵長。すでに侵入者の内の一部が、本部(ここ)に辿り着いたんだったな?」

 それを見送った後に、ポプラノステクは傍に居た警備兵長の一人に尋ねる。

「はい、南門です。現在、防護に配置していた一隊が対応中――また、他の侵入者の各隊も、間もなく本部へと辿り着くと予想されます」

 尋ねられた警備兵長が、ポプラノステクに現状を答え、次いで今後の敵の行動を推測し紡ぐ。

「時間は無いな――最寄りの隊は本部に戻らせろ。隊ごとに各門へ増強配置し、待ち構える態勢を――」

 間もなく到来するであろう侵入者の各隊。それを待ち受け相手取るべく、対応策を命じる言葉を上げようとしたポプラノステク。

「――大変ですッ!」

 しかしそれを遮る声が響き、指揮所である大部屋に一人の警備兵が飛び込んで来たのは、その時であった。

「拘束者を運んでいた隊が、襲撃を受けて拘束者を奪取されました!」

 警備兵は踏み入るや否や、報告の声を張り上げた。

「――!」

 その報告に、ポプラノステク始め各員は、その眼を警備兵に向ける。

「さらに南棟地下牢も襲撃を受け、昨晩拘束した魅光の王国の騎士も奪取されました!最後の目撃によれば、襲撃者は一人の娘であったとの事ッ!」

 警備兵は続け捲し立てる。

「娘――しまった、勇者の娘か――」

 報告に、ポプラノステクはすぐさまその正体に察しを付ける。
 昨晩深夜を境に、警備隊は捕縛対象である勇者の所在を見失っていた。引き続きの捜索追跡は続けていたが、今朝方より人手のほとんどは侵入者への対応に取られ、勇者側への対応はお世辞にも十分と言える物では無かった。

「――伝令ーーッ!」

 そんな所へ、まるで追い打ちを掛けるように別の警備兵が、張り上げた声と共に指揮所へと踏み込んで来た。

「南門部隊、侵入者の一隊に押し切られ突破されましたッ!本部内に敵の一隊が侵入ッ!」

 そして捲し立てられる報告の言葉。その報に警備兵達はざわめき出し、ポプラノステクの顔はいよいよもって険しい物となった。

「ッ――こちらに立て直す暇すら、与えてはくれないか」

 立て続き飛び込んで来た状況悪化の報に、苦虫を噛み潰したような顔を作り、ポプラノステクは零す。

「隊長ッ!これはまずいですッ!」

 そんなポプラノステクに、傍に立つ警備兵長が訴える。

「あぁ――仕方がない、南棟より先は放棄。本部守備隊2隊は、南棟への渡り廊下で防護配置しろ。そして勇者と侵入者へは――私が対応に出る」

 ポプラノステクはそんな警備兵長に指示を発する。そしてそれから一呼吸置き、そしてこれより自分が動く旨を発した。

「な!?隊長自ら?」
「相手は勇者になる。それに、侵入者の力も未知数だ。私が出る――幸い、場所はどちらも南棟だ」

 驚く様子を見せた警備兵長に、ポプラノステクは説明の言葉を返す。

「しかしでは、この場の指揮は……」

 だが警備兵長は、ポプラノステクが出る事で、この場に指揮官が不在となってしまう事を、懸念する言葉を発しかける。

「それは、俺が執ろう」

 しかしその懸念の言葉を、遮りそして答える声が、指揮所内に響いた。声の発生源は指揮所の出入り口。各員がそちらへ視線を向ければ、先に飛び込んで来た警備兵達の背後に、一人の中年男性の佇む姿があった。
 この凪美の町の町長、ルデラであった。

「町長!しかし――そちらの方はよろしいのですか?」

 驚く声を上げたのは、警備兵長。続いて彼は、そんな懸念する言葉をルデラに向ける。
 町長ルデラはこれまで、役場各部署など、警備隊以外の部門への指揮および調整に当たっていたのであった。

「各部署への指示は与え終えた。と言っても、ほとんど避難指示だけだったがな。こっからは、俺が指揮所に入って指揮を執ろう」

 警備兵長の言葉に、ルデラは歩みこちらへ近づきながら答える。

「現状、ヤバいのに対応できるのは、ポプラノステクだけだからな」

 そしてルデラは、ポプラノステクの前へと立った。

「すまんな。お前に厄介を背負わせてばかりで――頼めるか?」
「もちろんです。――そのために、この剣を再び受け取りました」

 そしてルデラはポプラノステクの姿を見つめて、尋ねる。それに対してポプラノステクは端的に肯定の旨を回答。そして、自らの腰に備えた大剣を示して見せた。

「ヴェイノ、一緒に来てくれ」

 それから、警備兵達のなかに混じっている、オークのヴェイノの姿を見つけて、彼へ追従を要請する。

「いよいよか」

 これまで本部要員の警備兵に混じって、状況の整理作業を手伝っていたヴェイノは、ポプラノステクの言葉にそう一言で応じる。そして気合を入れるように拳を合わせた。

「よし――では、ここを頼みます」
「あぁ」

 託す言葉と受け取る言葉を交わす、ポプラノステクとルデラ。
 そしてポプラノステクとヴェイノはそれぞれ発ち、指揮所の出入り口へと向かう。

「あ、ま――お待ちください!護衛の一隊を編成します!少しお待ちを――」

 しかし、たった二人で向かおうとする彼等の姿に、警備兵長は慌て制止を掛け、護衛部隊を付ける旨を発し上げる。

「いや、必要ない」

 しかしルデラが、それを差し止める声を上げる。

「しかし……隊長とヴェイノ警備兵長の二人だけでは、危険では……」

 そんなルデラの制止に懸念の言葉を返す警備兵長。

「大丈夫だ。むしろあいつの力は、変に周りに味方がいると、返って神経を使っちまう。少数の方が、アイツにとってはやり易いんだ」

 しかし警備兵長に対してルデラはそう説明の言葉を紡ぎ、そして指揮所を出て行くポプラノステク達の姿を見送った。



 警備隊本部古城の南側一角。
 建物の内部を走る通路を、水戸美、ファニール達が駆け進んでいた。

「それにしても、ここまで色んな事が起こってるなんて――」
「あぁ。最早驚きを通り越している――」

 逃走脱出のために駆けながらも、ファニール達はここまで自分達が入手できた情報を交換し合っていた。
 ファニールからは、警備隊――いやこの紅の国が、魔王軍に取り入ろうとしている事実。現在警備隊と正体不明の侵入者が戦っている事等が。
 クラライナからは、この一件にエルフの女達が関与している事等が。
 そして、警備隊の隊長が、勇者の力を持つ者である事が。
 他、両者が知る限りの情報が、共有された。

「もう整理が付かないよ……」
「考える時間は、後で作ろう。今は脱出に集中だ」

 言葉を交わしながら、駆け続けるファニール達。
 現在は、ファニールが先行し、続くクラライナが水戸美達を護衛。最後尾を子供達の手を引く水戸美が続く形を取っていた。

「突き当りだ――あそこは確か左!」

 通路を突き進んだ彼女達の眼は、その先に突き当りを捉えた。
 先導するファニールが曲がる方向を示し、やがて彼女は突き当りへと踏み込もうとする。

「――いたぞッ!」

 しかし瞬間、突き当りから左右に伸びる通路より、それぞれ人影が現れ同時に声が上が聞こえ来る。警備兵であった。
 今、ファニール達の居る古城施設の南棟は、先程放棄が決定されていたが、一部警備兵にはまだその指示が伝わっておらず、彼等は独自にファニール達を追いかけていた。

「――ッ!クラライナ、ミトミさん達をッ!」
「心得たッ!」

 ファニールは進路上に警備兵達の姿を見止めた瞬間、続くクラライナに向けて発する。
 クラライナからは了承の返答が返される。ファニールはそれを聞くと同時に、その駆ける速度を落さずに、自分達の進路を阻害する警備兵達へと突っ込んだ。

「でぇやぁぁッ!」
「な――ぐぁッ!」

 そしてそのまま吶喊して警備兵の一人を伸し、そこから残る警備兵達を相手取って、戦闘に突入した。
 一方のクラライナは、水戸美達の前に立ち庇いながら、少し距離を取り後退する。
 ――彼女達の傍にあった別の脇道。そこより彼女達の前に、別の警備兵が飛び出して来たのはその時であった。

「やぁぁッ!」
「ッ――ッ!」

 現れた警備兵は、クラライナを目にするや否や、その手にした剣を振り上げ振り降ろして来た。クラライナは自らも手にしていた剣を翳し、寸での所でそれを防ぎ受け止める。

「ミトミさん、下がってッ!」
「は、はいッ!」

 相手の件を受け止めながらも、クラライナは背後の水戸美に向けて張り上げる。それを受けた水戸美は、返すと共に子供達の手を引いて後退する。
 その直後には脇道よりさらに数名の警備兵が現れ、クラライナは囲われ戦闘にな脚崩し的に突入する。

「……」

 目の前で戦った二人と警備隊の戦い。響く得物同士のぶつかる音を聞きながら、その様子を少しの恐怖の色を浮かべながら、水戸美は見守る。

「……!お、おねえちゃん……!」

 しかしその時、手を取っていた子供達の内の女の子の方が、怯えた声を上げると共に、水戸美の手を引っ張った。見れば、女の子の眼は背後に向いている。

「――!」

 その視線を追って振り向いた水戸美は、背後通路の先に見えた物に、驚愕した。
 背後から、別の警備兵の一隊が、自分達へと迫っていたからだ。

「嘘!後ろから!?」
「まずい!ミトミさん逃げるんだッ!」

 思わず声を零す水戸美。同時にクラライナの声が響く。

「ッ――邪魔をぉ!」

 クラライナの方を見れば、彼女と警備隊の位置関係は変わり、彼女は囲まれていた。水戸美に駆け付けるための進路を阻害され、忌々し気な声を上げながら剣を交えるクラライナの姿が見える。

(逃げる――?どこへ――?)

 しかし進路の前後は警備兵に阻まれ、逃げる方向など無い。
 困惑した水戸美は、しかし直後に通路壁際に設けられた扉を見止めた。

「ここしか――二人とも、来て」

 そして水戸美は子供達の手を引き、扉へ取りつき、開き放った。
 扉の先は、来賓室か何かと思しき小洒落た一室で会った。水戸美は一室内に子供達を入らせ、自分も入り扉を閉め、内側より鍵を掛ける。

「二人を隠さないと……」

 そして室内を見渡す水戸美。
 しかし一室内に子供二人を隠せそうなスペースは見当たらなかった。仕方なく水戸美は、室内に置かれていたソファやテーブルを部屋の隅に寄せて倒し、その影に二人を隠させた。

「ゴメンね、がまんして……」

 二人に謝罪の言葉を掛けて、なだめる水戸美。
 ドン――と、一室の扉が音を立てたのは、その瞬間だった。

「ひッ」

 思わず悲鳴を零し飛び上がる水戸美。
 振り向けば、そこへ続けてドン、ドンと音が立て続けに響き、そして一室の出入り口の扉が振動する。扉が外から破られようとしているのは、明確であった。

「ッ――!」

 最早碌な策も思いつかず、子供達を隠した倒したテーブルに、背を預けて庇うように座る水戸美。
 そして直後に、破壊音を立てて扉は破られ、開かれてしまった。開かれた扉より、警備兵が二人程踏み込んでくる。

「――異邦の娘と、子供か……」

 踏み込んで来た警備兵は、水戸美の姿を見つけ、そして顔を顰めてどこかやりづらそうな声を零す。背後に隠した子供達の存在も、悲しくもすぐにばれてしまった。

「こ、こないでくださいッ!」

 踏み込んで来た警備兵達に、訴える声を張り上げた。

「――かわいそうだが、確保する」
「あぁ」

 だが警備兵達は水戸美の訴えに答える様子は無く、ただ嫌な仕事に掛かるといった様子で、言葉を零し交わす。
 そして警備兵の片割れは、水戸美に向かって一歩踏み出す姿を見せる。

(そんな――)

 このままではまた捕まってしまう。事態を打開する策を、頭の中で必死に巡らせる水戸美だが、しかし虚しくも何も考えは浮かんでこない。

「さぁ、大人しく来なさい!」

 そして警備兵は目の前に立ち、その腕を水戸美を捕えようと伸ばす。

(いや――ッ)

 再びの捕縛の手を前に、水戸美ついに心の中で、怯え拒絶の声を零す――


 ――突然の衝撃音が一室内に響き渡ったのは、その瞬間であった――
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