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チャプター19:「〝Epic〟 Start」
19-2:「Epic Stance」
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町の東側の一区画。そこを東西に延びる小道に、いくつもの激しい銃声が響き上がっていた。小道の東側では、周辺の遮蔽物に身を隠して、射撃行動を行う陸隊の一班の姿がある。
鷹幅を始めとする、別働中の一班だ。
彼等は現在、自分等を追撃する警備隊の一隊と相対し、交戦状態にあった。
多気投が遮蔽物の木箱に据えて構えるFN MAGが、警備隊に向けて唸り激しい銃火を張り、警備隊を釘付けにしている。
《ロングショット1及びジャンカー4、聞こえていたか?そちらから、エピックの方に何名か合流させて欲しい》
そんな中、各員のインカムには指揮所よりの要請が聞こえ届いていた。
「まーた自由のいらんムーヴかよ!」
その内容に、身を隠しつつ応戦行動を行っていた竹泉が、真っ先にウンザリした色で悪態を上げる。
「了解です、ペンデュラム――よし、多気投一士、竹泉二士。お前達で、エピックの元に向かい合流してくれ。河義三曹は、引き続き私達と来て欲しい」
傍ら、鷹幅はそんな竹泉の悪態は無視して、指揮所の要請を了承。そして各員に向けて、指示を告げた。
「んで、また外れクジって流れだ」
自由の元に向かわされる事となり、竹泉は嫌そうな顔を隠そうともせずに零す。
「了解です――各ユニットへ、ジャンカー4は分離解散し、ロングショット1及びエピックに合流する」
竹泉のその愚痴はまた流され、河義が無線上にユニットが合流再編する旨を上げる。
「発煙筒と発音筒を」
鷹幅は、横でカバーしている不知窪に促すと共に、自身の装備から発煙筒を繰り出す。
「――投擲」
そして鷹幅の合図で、それぞれの手より発煙筒と閃光発音筒が投擲される。それぞれは弧を描いて、先で散らばり布陣した警備隊の元へと落下。そしてまず閃光発音筒が炸裂――暴音と強烈な閃光を発生させた。
「よし、行け行け!」
暴音と閃光により、警備隊の一隊が怯み崩れた様子を。次いで、発煙筒より煙幕が上がり始める様子を鷹幅は確認。それを見ると同時に、各員に向けて促し発する。
「イェッサァー!」
「やぁれやれ……」
それに対して、返答あるいは愚痴を発する、多気投と竹泉。そんな様子を見せながら、班は二手に分かれ、それぞれ飛び出し駆け出して行った。
同時刻。
町の中心部よりやや南東よりの一帯。その一帯を通る道は狭く、頻繁に曲がり角を描いている。そんな車輛隊列が通るには適さない場所を、しかし現在車輛隊は進んでいた。
各車のドライバーは慎重にアクセル、ブレーキ、ハンドルを操り、狭い道の上で車体を運んで行く。状況から車列各車の速度は当然落ちている。
そしてそんな車輛隊は、各家屋建物の上階や屋根より、神出鬼没に現れる警備兵。そして上空を飛び、しつこく車輛隊を追いかけ食らいつく、箒隊からの攻撃に晒されていた。
「ッ……!」
車列中段に位置する装甲大型トラックの荷台で、搭乗する第2分隊の分隊長である浦澤三曹は、その表情を引きつらせながら、車外に小銃を向けてその引き金を引いている。
彼始め荷台に搭乗する各員は、そこかしこから現れる警備兵に対しての対応応戦に追われていた。今も飛来し襲い来る矢や鉱石針が、トラックの表面を叩く音が引っ切り無しに聞こえ届く。そして時折、それ等は荷台に飛び込んできて、隊員を掠め、あるいは傷つける。
「ぎゃぁッ!?」
そしてその時、また一本の矢が荷台へと飛び込んだ。
隊員にこそ被害は無かったが、飛び込んだ矢は、荷台の床に敷き詰められるように這わされている、娼館からの拘束者の一人に突き刺さった。その拘束者から悲鳴が上がる。
「ひぃ!」
「も、もう嫌ぁ……!」
他の拘束した者達からも、いつ自身が襲われるかも分からない状況に、悲鳴や泣き声が上がる。
しかし分隊の隊員等は、最早彼等彼女等に微塵の気を使う余裕も、その気も無かった。
「ね、ねぇ……!お願い、逃がしてちょうだいよぉ……!」
そんな中、拘束者の内の一人の女が、浦澤の足元にすがりついて来た。
なかなか整った顔のその女は、この場に似つかわしくない、皮製のいわゆるボンデージ衣装をその身に纏っている。
女は先の娼館モドキに、小遣い稼ぎと他者を甚振り加虐性癖を満たす目的で出入りしていた者で、かつ不当に拘留した人達を痛めつけていわゆる躾を行い、従順にさせる役割にも関わっていた者であった。
「調子に乗ってた事は謝るから……!そ、それにほら!あとでなんでもお礼してあげるから――」
そんな理由から拘束され連れまわされている女は、現在のこの状況から逃れようと、浦澤に向けて媚び諂う言葉を並べ立てる。
「――ギェゥッ!?」
しかし直後、そんな女の口から鈍い悲鳴が上がり、女は吹っ飛んだ。
浦澤が後ろ蹴りを放ち、女を思いっきり蹴っ飛ばしたのだ。白目を剥いた女は、そのまま荷台の床に沈む。
「汚物がッ」
浦澤は米神に青筋を浮かべて吐き捨てると、最早女を一瞥する価値すら無いと言った様子で、外へと視線を戻して構える小銃の引き金を引いた。
引き続き、慎重に曲がりくねる町路を進む車輛隊。
その車列の2輌目を行く対空トラックのキャビンに、真上より何かが飛び込んだのはその時であった。
直後に対空トラックは急ブレーキを掛けて停車。
その様子を、車列4輌目の指揮車兼ガントラックの助手席に座す、長沼の眼が捉えた。
「ッ――!全車停車!全車停車しろッ!」
瞬間、長沼はインカムに向けて張り上げ発した。
車輛隊車輛の内の何台かは、その言葉よりも前かほぼ同時に。何台かは長沼の言葉に呼応して、それぞれがブレーキをかけて停車。
「防護隊形!各車各隊、周囲に防護隊形を取れッ!」
長沼は続けインカムに向けて指示を叫ぶと、助手席ドアを開け放ち、キャビンより飛び降りた。まず周辺へ視線を走らせた後に、駆け出し車列を抜け、前方で急停車した対空トラックの元へと向かう。
対空トラックキャビン付近には、すでに同車より降車した隊員等が対応に当たり始めていた。長沼もキャビンの運転席側に回って駆け寄り、隊員の手により丁度開かれた運転席ドアから、その内部を見る。
「ッぁぁ……脚が……!」
「鳴規(なるき)ッ!」
そこに、苦し気に声を零し顔を顰めるドライバーと、助手席からドライバーに寄って顔を顰める車長の陸曹の姿があった。
そして目を引くのは、ドライバーの隊員の足元。その腿には、見える部分だけで長さ50cmを越え、最大直径10㎝程の、杭状の鉱石が突き刺さっていた。
「ッ――それは今は抜くな。そのまま彼を降ろせ」
痛々しい光景に一瞬顔を顰めた長沼は、しかしすぐに周囲の隊員に指示を発する。
「そっち側支えてくれ!」
「――ッ。これ、貫通して下のシートまで貫いてるぞ……!」
ドライバーの体を支え持ち上げに掛かった隊員等は、それぞれ声を零す。
「真上に持ち上げて離すんだ!ゆっくり、慎重に!」
そんな隊員等に、慎重な動作を促す長沼。
長沼等の近くに、複数本の矢が飛来し襲ったのはその時であった。
「ッ!」
襲い来た矢は、対空トラックの側面を叩き金属音を上げる。幸い隊員への命中は無かったが、近くを掠めたそれ等に、長沼は身を微かに竦める。
「――家屋上階!」
長沼は振り向き、近くの家屋上階の各所窓に、クロスボウを突き出し構える警備兵達を見止める。そして長沼は周囲に向けてその存在を、声を張り上げ知らせると共に、下げていた9mm機関けん銃を構え、引き金を引いた。
ばら撒かれた9mm弾に、警備兵達は身を引き込み隠れる。
そんな警備兵達を追っていぶり出そうとするように、長沼の射撃に遅れて、対空トラックの12.7mm重機関銃が、家屋上階に向けて発砲掃射を開始した。
「収容急げ、長居はできない!」
周辺家屋に潜む警備兵達より襲う、苛烈な矢や魔法現象による攻撃。そしてそれに応戦応射する、車輛隊の各所各員。
それ等の様子を一度目に収めた後に長沼は、負傷したドライバーの収容を急がせる声を発する。負傷したドライバーは他の隊員に肩を貸され、対空トラックの荷台へと運ばれ収容された。
「村袖(むらそで)三曹、運転を代わるんだ」
「了解!」
収容を見送り、そして長沼は対空トラックの車長の陸曹に、運転代行を指示する。それを受け、陸曹は助手席からドライバー席へと移り、ハンドルを取る姿を見せる。
「頼むぞ――離脱するぞー!各員、乗車しろッ!」
陸曹に任せる言葉を送ると、長沼は車列全体に向けて声を張り上げた。
応戦行動を取る各員に、離脱する旨を伝えながら、長沼は車列間を駆け抜けてガントラックへと戻る。
「鳥宿(とりやど)士長、出すんだ、離脱だ!」
ガントラックへと辿り着いた長沼は、そのキャビンの助手席へとよじ登りながら、先の舞魑魅に代わりドライバーを務める陸士長に向けて発する。
「了!」
運転席側窓より小銃を突き出し、応戦行動を行っていた陸士長。彼は長沼に答えながら射撃を中止し、引き込んでシフトレバーを掴み操り、トラックを発進できる態勢にする。
「――全車離脱!離脱だ!」
その傍ら、助手席に着き直し収まった長沼は、インカムに向けて発し上げた。
直後に隊列先頭の82式指揮通信車が動き出す様子が見える。続き後続の各車輛も再発進。未だ襲い来る矢にその表面を叩かれながら、そして各車各銃座からの応戦が行われながらも、隊伍を再び組み直す。
各車は徐々に速度を上げ、その一帯より離脱し、行程を再開した。
町の住民からは〝凪明通り〟と呼ばれる、町の東側を南北に走る通り。制刻と鳳藤はその通り上を、警戒の視線を周囲へ向けつつ駆け進んでいた。
目指すは町の警備隊本部の古城。
途中で、潜入狙撃班ロングショット1より分派し向けられた、竹泉と多気投を拾い合流再編し、警備隊本部まで進行。侵入を試みる手はずだ。
「前だ」
「あぁ」
町路を進んでいたその途中で、制刻と鳳藤は視線の先に動きを見止め、それぞれ声を上げた。
前方よりこちら向けて、およそ8名――一個分隊程の警備服を纏った集団が、こちらに向かって駆け迫る姿があった。
同時に二人は、路上の端に置かれている小さな屋台小屋を見止める。
それ等を確認した制刻と鳳藤は、そこからその身をやや低くし、駆ける速度を上げる。
そしてその屋台小屋に滑るように駆け込み、その側面に吸い付く様に身体を預け、その身を隠す。
直後、一本の矢が飛来し二人の頭上を掠めた。
「ッ!」
「っとぉ」
襲い来たそれに、鳳藤は表情を険しくし、制刻は一言零す。
「……相手もばらけたぞッ」
鳳藤は屋台小屋から最低限身を出して視線を向け、その先で散会した警備兵達の姿を見て発する。
「ゲーム開始だ」
鳳藤の寄越した言葉に、淡々とそんな言葉を上げて返す制刻。
そして制刻は、屋台小屋から半身を乗り出す。装備火器である小銃を突き出し構えると、その瞬間には引き金を絞り、発砲。
撃ち出された5.56㎜弾は、その向こうで今まさにクロスボウを構えた警備兵の身を貫いた。
「命中(はい)った」
警備兵の身が崩れると同時に、引いて身を隠す制刻。瞬間、そこに別方向より矢が飛来し、傍を掠めて行った。
「ッ――!」
その直後に、今度は鳳藤が屋台小屋側面に身を乗り出し、小銃を突き出し、単射設定で数発発砲。彼女が狙うは、今しがた矢を放ってきた、別方にいる警備兵。
矢を放ち終え身を隠そうとしていた警備兵は、しかしそれよりも速くに到達した5.56mm弾に射抜かれ、その場に崩れ落ちた。
「ワンダウン!」
鳳藤はそれを見止めると同時に身を引き隠し、そして発し上げる。
そんな折、今度は複数本の矢が各方より飛来し、制刻の頭上や側面を掠め通り抜けた。どうやら残る警備兵達が布陣を終え、本腰を入れて来たようだ。
「――一部射角が悪い――剱、俺ぁ反対側に移る。援護しろ」
「あぁ……!」
制刻は先の様子を見て呟くと、鳳藤に向けて発する。
鳳藤はそれに応え、そして小銃を突き出し、牽制のために2~3発発砲。その直後、制刻は屋台小屋の影より飛び出し、駆け出した。
飛び出した制刻の身を狙い、矢が飛び来て制刻のその身を掠める。しかし制刻は気にする様子も見せずに駆け、路上を横断。道の反対側に到達して路地裏に飛び込み、建物の壁に身を預けた。
「――見えた」
路地裏から、先の様子を観察する制刻。
位置を変えた事で、先程まで死角になっていた箇所が明瞭になる。そこに身を置く警備兵の姿を確認し、そして制刻は小銃を突き出し一発撃った。
遮蔽物に身を隠すも、制刻から見ればその一部が露出していた警備兵は、そこを狙われ射抜かれ、弾けるように後ろに飛び、そして倒れ動かなくなった。
「二つやった」
制刻は戦果を口に零す。
「ダウン!」
それとほぼ同時に、鳳藤の側からも声が上がり聞こえて来た。
鳳藤もまた一人倒したらしい。そして見れば、鳳藤はさらに射撃を続ける様子を見せている。少し興奮しつつあるのか、その射撃数は多くなっているようであった。
「剱、落ち着いてやれよ」
「あぁ、分かってる――!」
制刻の落ち着かせる言葉に、鳳藤は了解の返事を返すが、しかしその様子は依然として焦っているように見える。
制刻はその様子に小さくため息を零したが、すぐに意識を入り替えて戦闘を継続する。
警備隊側は被害を受けてか、狙いを付けずにクロスボウを遮蔽物より突き出し、矢を放つ姿を見せる者が増えていた。身を晒す事を避け、しかし矢の手数は増やして来た警備隊に、制刻は少し鬱陶しそうな色をその顔に浮かべる。
一方の鳳藤は、相手側の手数の増加に影響されてか、射撃の手数をより増やし、そしていささか荒くしている。
「――あん?」
しかし制刻が、鳳藤の行う射撃の音に混じり、別方向より別の射撃音を聞いたのはその時であった。
小銃よりも大きく重々しい射撃音。しかも、聞こえるそれから、その距離は現在位置より近いと思われる。
――相対する制刻等と警備隊の中間。そこにある路地の出入り口より、人影が飛び出て来たのはその瞬間であった。
影は二つ。男性平均よりやや高めの身長の者が一人と、あまりにも巨大なシルエットが一つ。
「ぶぇッ!出たッ!」
「っとォッ!」
それは他でも無い、竹泉と多気投の姿であった。
路地の方向に視線と銃口を向けながら飛び出して来た二人は、そのまま路上の真ん中ほどに放置されていた荷馬車に、突っ込むように転がり込む。
「ッ!?」
しかし間が悪かった。
鳳藤は今まさに、その放置された荷馬車の向こうに居た警備兵に狙いをつけ、引き金を絞ろうとしていた瞬間であったのだ。そして中断は間に合わずに、鳳藤の指は引き金を二度ほど引いてしまう。5.56mm弾はその銃身より撃ち出され、そしてちょうど荷馬車の影に突っ込んだ竹泉等の頭上を掠め飛んだ。
「のわッ!?」
「ウォェッ!?」
空気を切り裂く音と共に、自分等の頭上を飛び抜けて行った5.56mm弾。それに竹泉と多気投は、驚きと困惑の混じった声をそれぞれ発し上げた。
「――べッ!?ふっざけんなッ!」
「オォレは味ぃ方だボゲェッ!!」
そしてその元が後方の制刻等からだと理解した竹泉等は、荒んだ抗議の声を上げた。
竹泉からはいつものように悪態が。そして危機を感じた影響か、珍しく多気投からも怒号が飛んだ。
「――ッ!そこッ、邪魔なんだよッ!」
「邪ぁ魔だ、どけッ」
しかし対する鳳藤は、突然射線上に現れた竹泉等に対して、表情を一層険しくして抗議の声を上げる。
さらに竹泉等の体は、制刻側の射線も妨害する形となっており、制刻からも鬱陶し気な声色で、そこを退くよう要求の言葉が上がる。
フレンドファイアが起こってしまったというのに、誰一人として謝りもしなかった。
「あぁ――畜生ッ!」
竹泉等は悪態を吐きながらも、銃弾をばら撒く牽制射撃を行いながら、一度飛び込んだ荷馬車の影を飛び出す。路上を横断して、その先の商店らしき建物の店先に飛び込み、改めてカバーした。
一方、竹泉等が飛び出して来た路地からは、それを追うように別の警備兵達が姿を見せた。
彼等はそこが敵と味方のど真ん中である事に気付き、路地から飛び出して来る事はせずに、そこ場からクロスボウを突き出し戦闘に加わって来た。
「ったく、増やしやがって――竹泉、投。そのまま連れて来たヤツ等の相手をしろ」
「あぁ、了解了解、畜生」
制刻の飛ばした指示の声に、竹泉から悪態混じりの声が返る。
そして竹泉と多気投は、自分等を追いかけて来た警備隊を相手取り、各々銃撃を開始した。一帯は敵味方共に戦力が増加し、各方より銃弾や矢が飛び交い、さらなる苛烈さを見せる。
――しかし、その様子が見えたのはほんの一瞬であった。
程なくして警備隊側の攻撃の手は、目に見えての減退を見せる。そして各方の警備隊は何か言葉を交わし合い、やがて順にその場より引いて行く姿を見せたのだ。
警備兵達は通りを下がって行き、あるいは路地に消えて行き、完全に後退して行った。
「……敵影、ナシ」
警備隊警備兵達が完全に姿を消し、通りの一帯には静けさが戻った。遠くの、おそらく別部隊の戦闘の音が、微かに聞こえ届く。
「引いて行ったな……」
「手勢が少ねぇようだった。後退再編成して、体勢を整える気かもな」
そして制刻と鳳藤はそれぞれカバーを解いて、警備隊の引いて行った通りの先を眺めながら、考察の言葉を交わす。
「集まれ」
制刻は、視線の先で同じくカバーを解いていた、竹泉や多気投に向けて発する。そしてそれから、インカムに向けて声を発し出した。
「ペンデュラム及び各ユニットへ、こちらエピック。ジャンカー4-2と合流した。再編して、こっから警備隊本部へ向かう」
《――ペンデュラムだ。了解エピック、くれぐれも無茶はするな》
「了解。エピック、終ワリ」
指揮所の井神より来た了解と忠告の言葉に、端的に返して制刻は報告の通信を終える。
そして視線を動かせば、こちらに歩いて来て合流した竹泉と多気投の姿があった。
「ったく、冗談じゃねぇぜッ!」
「危うく、クリティカルを食らっちまうトコだったずぇ」
竹泉と多気投は、額に皺をよせ、または口を尖らせて、文句の声を発し上げる。先のフレンドファイアに物申すそれであった。
「突然飛び出してくるヤツがあるか!」
対する鳳藤は、原因が竹泉等にあった事を指摘し、叱責の声を上げる。
「出てくる前に、通信くらい寄越せ」
そして制刻は、淡々としかし呆れた様子で竹泉等に向けて言った。
「熱心な追っかけに付き纏われて、んな余裕無かったんですぅッ」
対する竹泉は、文句混じりの説明の言葉を投げて寄越す。どうやら追撃への対応に追われ、合流の通信を行う余裕が無かったらしい。
「ったくぅ、いらんドッキリだったずぇ――で、ネクストは?」
互いに文句苦言を飛ばし合った各々であったが、それもそこまでであった。
多気投は最後に口を尖らせてやれやれと発したが、そこからするりと切り替えて、これからの行動を制刻に尋ねた。
「ここの警備隊本部を目指して、侵入を試す。んでもって、邦人のねーちゃんを見つけ出す」
対する制刻もそれ以上の追及はせず、尋ねられた行動を淡々と答えて伝えた。
「はいはい、了解ヘッド」
「お邪魔しますと行くかぁ」
伝えられた行動に、竹泉はやる気のない様子で答え、多気投はいつもの調子に戻って揚々と発する。
「まったく。気を抜くなよ」
「行くぞ」
そして鳳藤が忠告の言葉を発し、最後に制刻が行動再開の言葉を告げる。
合流再編した四名は隊伍を組み、そこから改めて進行を始めた。
行程を再開し、制刻等四名は通りを北に向かって進む。
四人は、制刻と鳳藤、竹泉と多気投でそれぞれ二名づつ組み、少しの距離を取って互いを援護し合う隊形を取っていた。周囲へ警戒の視線と銃口を向け、時折くるりと身を返して後方にも警戒を向けながら、通りを駆けて行程を進める。
程なくして、制刻等は進行方向に開けた場所を見た。
そこは広めの十字路であり、その中心には大きめの噴水が置かれている光景が見える。制刻等は駆ける速度を少し落とし、引き続き周辺に警戒の眼を向けながら、十字路一帯へと進入する。
――瞬間。制刻が先に見える家屋の屋根に動きを見、そして同時に殺気を覚える。
「ッ――」
制刻が半歩分斜め前方へ踏み込み、同時に半身を軽く捻ったのは、同時であった。そしてそのコンマ数秒の差で、制刻の傍を飛来した矢が掠め、飛び抜けた。
そしてほぼ同時に、十字路の周辺に並ぶ各家屋の窓や屋根上等、各所に警備兵が姿を現す。そこから各方より矢が、そして魔法現象により生み出された鉱石針が放たれ、怒涛のごとく制刻等を襲い始めた。
「散れッ!」
制刻は回避行動を取った体勢を、即座に回復させると同時に発し上げる。そして身を低くして駆ける速度を上げた。
「ッ!」
鳳藤は表情を険しく変え、そして同様に身を低くして制刻に追従。後続の、まだ十字路に踏み込んでいなかった竹泉と多気投は、そこから左右に割れて分散した。
矢や魔法現象が襲い飛び交い始めた中、制刻と鳳藤はそのまま真っ直ぐ駆けて、十字路中心部に追われた噴水に到達。二人は縁を飛び越えて、枯れていて水の張られていなかった噴水の内側へと飛び込んだ。
「ッ!やはり待ち伏せか!」
「案の定だな」
噴水の縁を遮蔽物として、その内側にカバーした二人。
鳳藤は悪態を上げ、制刻は淡々と呟く。
そこから制刻は、まず竹泉と多気投の姿を探して確認する。制刻等の位置より後方、十字路の入り口付近に、家屋の影に身を隠した竹泉の姿が。そして置かれた木箱の影にその巨体を収め、その上にFN MAGを展開させた二脚を用いて、置き据え構える多気投の姿が見える。
「各個に対応しろ。好きに撃て」
確認した後に、制刻は雑把な指示を張り上げる。
「オーライッ!」
それを聞くや否や、多気投のFN MAGが唸り声を上げると共に、銃弾を吐き出し始めた。
十字路の北東側――制刻等から見て、前方右手に立ち並ぶ家屋の上階に火線が飛び込む。そして多気投の扱うFN MAGは旋回動作を見せ、それに合わせて火線は横に動き、家並みを縫い進むように攫い始めた。
家並みに走り飛び込む銃火に、窓から姿を見せ得物を構えていた警備兵達が、餌食となって打ち倒れる姿が微かに見える。
さらに別方、十字路北西側の家屋の屋根に陣取っていた警備兵が、打ち倒されて屋根をずり落ち、落下する姿が見えた。
「一体ッ」
同時に声が響く。竹泉の小銃射撃が、こちらを狙っていた警備兵を仕留めたようであった。
「後方、左に一人ッ」
「こっちにも、数体だ」
一方。正面への攻撃を竹泉等に任せ、制刻と鳳藤は十字路中央の噴水内より、竹泉等からは死角となっている各方向に向けて、射撃行動を行っていた。
「弾いた」
「ダウン、ダウン!」
構図的に周囲を囲まれている状況でありながらも、制刻は変わらぬ淡々とした様子で、鳳藤も少し心拍数を上げながらも正確な動きで、戦闘対応行動を行っている。襲い掠めてゆく矢や魔法をカバーで凌ぎ、そして相手の隙を見逃さずに攻撃を行う。
十字路周辺に並ぶ家屋の、その窓や屋根に銃弾を撃ち込みあるいは注ぎ、そこに陣取り構える警備兵達を仕留め倒してゆく。
十字路上を制刻等の銃火と、警備隊側の攻撃が激しく飛び交いながらも、警備隊側は徐々に手勢を減らされ、制刻等の側が押し始める。
「――おん?」
しかしそんな最中、制刻は視界の端に、異質な光景が映るのを見た。
発生源は、後方。FN MAGによる掃射攻撃を続けている、多気投の背後。そこで何か、一筋の光がパリと瞬き走った様子を、その目が捉えたのだ。
「――ッ、多気投!飛べェッ!」
脅威の襲来。制刻の直感がそれを叫び、同時に制刻は多気投に向けて張り上げた。
「ッ!」
多気投は警告を聞くと同時に、遮蔽物としていた木箱を思い切り蹴り、その巨体をその場より飛び退かせる。
――衝撃音と共に、閃光がその場へ落ちたのはその瞬間であった。
「ウォゥッ!?」
後方へ飛び退き側転しながら、多気投は襲い来た現象に驚きの声を上げた。そして飛んだ先を体勢を回復させた多気投は、そこで飛び込んで来た光景に目を剥いた。
つい先程まで自信が身を置いていた場所。その地面が、抉られ穴を作っていたからだ。おまけに遮蔽物としていた木箱は、大きく欠けて損壊し、損壊部分は黒く焼け焦げていた。
「――あぁ、チクショウ!」
その近く、家屋の影を遮蔽物としていた竹泉は、襲い来た現象を警戒し、射撃行動を中断して身を隠している。
「今のは……落雷!?」
その一方、噴水に身を隠す鳳藤は、今しがた見えた現象に、推察と同時に困惑の声を零す。
「奴さんズのビックリマジックだよ!どこまでいらねぇバリエーションを取り揃えてやがんだ!」
そんな鳳藤の声に答えて、竹泉より悪態と皮肉の混ぜられた説明の言葉が飛んでくる。竹泉等は車輛隊に同行している最中に、すでにこの攻撃を体験していた。
「ッ……当たればタダじゃ済まないぞ……!」
「当たれば、な」
冷や汗を垂らしながら零す鳳藤。それに対して、制刻は端的に返す。
「予備現象がある、フラッシュが前もって走るようだ。それを見逃すな。そうすりゃ、回避できる」
そして説明の言葉を、制刻は各員に向けて発し伝える。
「また、簡単に言いやがって」
「黒焦げになりたくねぇだろ。うまくやれ」
竹泉の飛ばして来たウンザリとした言葉に、制刻は淡々と言葉を飛ばす。
――制刻と鳳藤のすぐ近くで、再び閃光が瞬いたのはその瞬間であった。
「飛べッ!」
「ッ!?」
すかさず制刻が発し、制刻と鳳藤は同時に噴水の縁を蹴り、各方向へと飛んだ。
そして一瞬後、制刻等がいた場所に、落雷が盛大な音を立てて落ち、噴水の底を削った。
「――っとォ」
飛び退いた先で、制刻はその巨体を器用に着地させ、すぐさま体勢を立て直す。
「――ヅァッ!?」
しかし鳳藤は、後先考えずに飛び退いたが故に、着地先での受け身に失敗。体を固い噴水の底に打ち付けるハメになる。
「ッぁ……、う、打った……!」
「おぉい、剱」
打ち付けたダメージにより、軽いダウン状態に陥る鳳藤。それを見止め、先にカバー態勢に戻っていた制刻は、呆れた声を上げる。
そこから制刻は噴水の縁を反って鳳藤に近づき、手足を着いて這い進んでいる鳳藤の、その後ろ襟を掴んで回収。鳳藤の身を引っ張って噴水の縁に寄せ、その身体を隠してやった。
そんな間にも、周辺に布陣した警備兵達からの攻撃は、お構いなく続く。頭上を飛び交い、時折近場に落ちてそこを叩く、矢や鉱石の針あるいは杭。
そんな警備隊側の攻撃の隙を見つけ、制刻も小銃を突き出し、狙いあるいは牽制射撃を行う。
後方の竹泉や、そこに合流した多気投も、身を隠しつつ同様の応戦射撃行動を見せている。
しかし直後、竹泉等の近くでまたも閃光が走り瞬く。
竹泉等はそれに気づき、そして同時に慌てた様子で家屋の影を飛び出し、それぞれ各方に飛び退く。
――そして三度目の落雷がその場に落ち、竹泉等がそれまで居た地面を打ち、遮蔽物としていた家屋を損壊させた。
「デンジャラスすぎるずぇッ!」
「屋内だ屋内ッ!」
それぞれ声を上げながら、多気投は少し下がって路地にスライディングで滑り込み、竹泉は近場の家屋の窓を体当たりで破り、屋内に飛び込む姿を見せる。
「ッ……オペレーターがどこかにいるんじゃないのか?」
一方、噴水側では、ダウンより回復してカバー姿勢を取り直した鳳藤が、焦りながらも推察の言葉を発する。
「さっきから何人か弾いてるが、それっぽいヤツが見えねぇな」
その隣で制刻はそう発しながら、小銃を突き出し構えそして撃ち、また一人家屋の窓奥に身を潜めていた警備兵を屠る。
「奥に引っ込んでやがるな」
「突入して、クリアリングする必要があるんじゃないのか……?」
「あぁ。チト手間だが、攫える必要があるか」
制刻の続き呟いた言葉。それに鳳藤が突入制圧の必要性を促し、制刻もそれに同意する言葉を返す。
《――エピック、こちらロングショット1。狙撃支援が可能な位置に付いた、そちらの姿を捉えている》
しかしそんな折、通る少年のような声で、そんな知らせの通信が飛び込んで来た。それは潜入狙撃班を率いる、鷹幅の声であった。
「あぁ、丁度いい――」
飛び込んで来た通信に、制刻は端的に零し、そして返し始めた――
――町の上空を旋回飛行する、無人観測機〝オープンアーム〟。
その機体下方に備えられたカメラは、十字路で戦闘行動を行う、制刻等エピックユニットの姿を捉え、その映像を草風の村の置かれた操縦室へと送っている。
エピックユニットの位置はマーカーで記され、その所在を明確にしてる。
そのエピックユニット所在地点の近くで、また別のマークされたユニットが動く様子があった。
無人観測機のカメラはその動きを見せるユニットへ動き、捉え、ズームアップする――
数分前。
町中に存在する一軒の建造物。その内部に設けられた階段を駆け上がる、鷹幅、不知窪、そして河義の三名の姿があった。
――竹泉と多気投を分派させて別れた、鷹幅率いる潜入狙撃班――ロングショット1。
追撃の多くが竹泉と多気投を追って行ったという事も助けてか、鷹幅等は進行の最中で追撃を撒くことに成功。そして再び路地に入り、縫い進んで行った先で、彼等は鐘楼を有する廃屋と思しき建物を発見した。
鷹幅は、そこを新たな高所監視地点として利用することを決定。目立つ建物であるため発見され狙われるリスクも高かったが、鷹幅はそれよりも他隊への狙撃火力支援の提供を優先した――。
そして建造物内部へと侵入した鷹幅等三名は、鐘楼へと繋がる階段を見つけて、それを駆け上がっている所であった。
程なくして彼等は鐘楼の上部空間へと踏み込み、そこからすぐさま周辺の状況を確認掌握するための、観測行動を開始。各々はそれぞれ、双眼鏡あるいは装備火器のスコープを構えて覗き、そのレンズ越しに周囲へ視線を走らせる。
「――北西方向、第1分隊を確認」
最初に声を発したのは鷹幅。彼の眼は、鐘楼より北西の方角に、水路沿いに進む第1分隊の姿を見つけた。
「進行中の模様。障害と接触の様子無し」
続け発する鷹幅。その言葉通り、第1分隊は今の所、障害に見舞われる事無く、目的地への進行を進めているようであった。
「西方、町並み上空に複数の〝箒〟」
そこへ今度は、西側へ視線を向けていた不知窪が発し上げる。
鷹幅がそちらへ振り向き同様に視線を向ければ、その言葉通り、先にある町並みの上空に、旋回し飛び交う複数の〝箒〟の姿が見えた。見える各箒は入れ替わり立ち代わり急降下する様子を見せ、攻撃行動と思しき姿を見せている。そして同方向から聞こえ来る数多の銃声と、町並みの向こうより上がる曳光弾の光。それ等の光景が、そこが車輛隊本隊の現在位置である事を示していた。
「――車輛隊は、苛烈な攻撃を受けているようだな……!」
見える光景。聞こえ来る音から、車輛隊が苛烈な攻撃に晒されている事が、嫌でも分かる。
それに、鷹幅は表情を険しくして零す。
「――鷹幅二曹ッ」
しかしそこへ、鷹幅を呼ぶ声が響き上がった。声の元は、反対側で東方向に観測の視線を向けている河義。呼ばれた鷹幅は、身を翻してそちら側へ移り、河義の向けている視線を追う。
「制刻等が、激しい攻撃に遭っているようですッ」
河義は双眼鏡越しの視線を先に向けたまま、隣に来た鷹幅に、見える光景を言葉にして告げる。
その説明された光景を、次には鷹幅も双眼鏡越しに確認した。
先に見える、中心部に噴水を置く十字路。その噴水の内側に、縁を利用してカバー態勢を取る、二名の隊員の姿が確認できる。特徴的なその容姿から、すぐさまそれ等が制刻と剣である事が、判別できた。
彼等の頭上や近くを、矢や鉱石の針が飛び抜け、あるいは落ち刺さる様子が見える。それ等に対して、制刻や鳳藤が小銃を突き出し構え応射する姿を見せ、それに合わせて発砲音が聞こえ来た。
そこから鷹幅は視線を移動させ、南側の十字路入り口に、家屋の影に身を隠す別の隊員ん二名の姿を捉える。内の一人はその異質なまでの巨体から、すぐさま多気投である事が判別でき、続いてもう一人が竹泉である事もすぐに確認できた。
両名はカバー態勢を取りながらも、時折各装備火器を構え突き出して、射撃行動を行う姿を見せる。
その様子を確認していた鷹幅の視界に、パリ、と光が一瞬瞬いたのは次の瞬間だ。
同時に、竹泉と多気投が、慌て遮蔽物を飛び出して飛び退く姿を見せる。――そして直後に、その現象は起こった。
竹泉と多気投が身を隠しているそのすぐ傍に、轟音を立てて一本の稲妻が落ちたのだ。
「ッ……!?――今のは、落雷か!?」
走り届いた閃光と轟音に、鷹幅は思わず微かに身を竦ませた。そして落雷の落下地点に視線を向け直し、推察の言葉を発する。
「相手方の魔法現象のようです。先に、車輛隊に随伴中も、同種の攻撃を受けました」
すでにその落雷の魔法現象攻撃を、目撃体験していた河義が、鷹幅に向けて補足説明の言葉を向ける。
「ッ、厄介だな。まずは彼等に支援が必要そうだ――不知窪三曹」
鷹幅は、まず制刻等の方へ支援の提供を優先する事を決める。そして選抜射手である不知窪を呼ぶ。
「は」
反対側で観測監視を行っていた不知窪は、それを解いて鷹幅の傍に来る。
「河義三曹。君は見張りを」
「了」
河義は代わりに監視の指示を受け、不知窪と場所を代わって、反対側で監視体制に付く。
そして河義に代わってその場に陣取り配置した不知窪は、装備火器である99式7.7mm小銃を構え、スコープを覗いて先の十字路の観測掌握を始める。
「――エピック、こちらロングショット1。狙撃支援が可能な位置に付いた、そちらの姿を捉えている」
そしてその隣で鷹幅は、インカムを寄せて制刻等に向けての通信を開き、発して言葉を送る。
《――こちらエピック。丁度いい、こっちは現在、落雷をぶち落とす摩訶不思議攻撃に遭ってる》
鷹幅の呼びかけに、独特な重低音での、状況を説明する不躾な返答が返って来る。当然制刻の声であった。
《屋根の上に、オペレーターらしいヤツは見えませんか?いるようなら、排除してもらいたい》
続き、要請の言葉が寄越され届く。同時に、インカムに銃声が混じって聞こえ来た。
「了解、エピック。対応する――聞いたな、不知窪」
「あれか?」
鷹幅は要請に対して了承の旨を返答、そして隣で狙撃体勢を取る不知窪に促す。対する不知窪は、すでにそれと思しき存在を見つけたのか、一言声を零した。
「北西側の家屋。屋根の上」
同時に不知窪は、確認した存在の位置情報を、言葉にして寄越す。鷹幅がそれを受けて双眼鏡を動かせば、示された場所、十字路に並ぶ家屋の内の一つにそれは見えた。
家屋の屋根の上に、屋根の傾斜を利用してその影に身を隠して配置した、3名の警備兵の姿があった。内の一人はクロスボウを構えて、地上の制刻等に向けて攻撃を加えている様子。そして残る二名は、一人は屋根の影から視線を出して地上を観察する姿を見せ、もう一人は屋根上に置いた書物と思しき物に視線を落としていた。
「――可能性は高い。彼等を排除しろ」
「了」
鷹幅の指示に、端的に答える不知窪。
彼は99式7.7mm小銃のその銃身を動かし、屋根上に配置した警備員の内の一人、書物に視線を落とす者にその銃口を向け、同時にその姿――頭部をスコープ内に収めて見る。
一拍置いた後に不知窪はその呼吸を止め、引き金を引いた。
パン、と乾いた音が響く。
そして一瞬後に、そのスコープ内に収まっていた警備兵は、頭部をおもいきり打たれたように仰け反り、そして屋根上に崩れ落ちた。
突然起こった事態に、残る二名の警備兵が振り向く。しかし何が起こったのかを飲み込めていないのだろう、その身を硬直させている姿を見せる。
そんな警備兵達の姿をスコープ内に見ながら、不知窪は息を吸い、ボルトを操作して薬室に次弾を送り込む。スコープの向こうでは、仲間の身を何かが襲った事を理解したのだろう、崩れた警備兵に慌てて寄る、相方なのであろう別の警備兵の姿が見える。
不知窪はそんな彼の身に照準を合わせて、再び引き金を引いた。
再び響く乾いた音。そして直後に、スコープ内に収められた警備兵が、身を打ち飛ばされるように倒れる様子が見えた。
残るクロスボウをその手に構える警備兵は、狼狽の様子を見せながらも、その首を各方に向けて、襲い来た事態の元凶を探す様子を見せている。しかし不知窪は、その警備兵がこちらを認識するよりも前に、ボルト操作で次弾装填を終え、そしてその警備兵の身に銃弾を撃ち込んだ。
クロスボウ持ちの警備兵は崩れ、その家屋の上に配置していた者達は、全員沈黙した。
「3名排除」
「了解。引き続き、敵の排除無力化に当たれ」
「了」
報告の声を上げた不知窪に、鷹幅は返事と、引き続きの攻撃を命じる指示を告げる。
まだ十字路周りの各建物の屋根には、いくらかの警備兵が配置している。不知窪は引き続き、それ等への対応狙撃行動に取り掛かった。
「ロングショット1よりエピック。敵、オペレーターらしきユニットを排除した。状況はどうか?」
傍ら、鷹幅は制刻等に向けて、敵ユニット排除による効果の確認を要請する声を、通信で送る。
《――エピックよりロングショット1。どうやら、摩訶不思議の落雷は止んだようだ》
要請に対して、制刻の声で攻撃が収まった旨が返され来た。どうやら予測通り、今しがた排除した警備兵達が、魔法現象のオペレーターであったようだ。
《こっちはこれから、家屋に踏み込み攫える》
「了解、引き続き支援する」
制刻からは、これより家屋のクリアリングに入る旨の言葉が寄越される。鷹幅はそれに返す。
そして一拍置き、噴水の内側に身を隠していた制刻と鳳藤の二名が、縁を越えて飛び出す姿が見えた。制刻等は警備隊からの攻撃が飛び来る中を駆け、十字路北側にある一軒の家屋の懐に駆け込み、壁に取りつく様子を見せる。そして正面玄関の両脇にスタンバイした二人は、息を合わせた後に、玄関扉を蹴破り突入する姿を見せた。
そこから家屋内部で戦闘が始まったのだろう、単発射撃や三点制限点射での発砲音が、幾度も響き鷹幅等の耳にも聞こえ届く。
それらの聞こえ来る音を聞きながらも、不知窪は別の家屋の屋根で、影より姿を晒した警備兵に、銃弾を撃ち込み無力化する。
直後。今度は十字路の南側入り口付近から、家屋の内部や影より、竹泉と多気投が飛び出す姿を見せた。二人は十字路上を駆けて横断し、制刻等が突入した物とは別の家屋へと駆け込み、その壁際に取りつく。そして先の制刻等と同等、玄関扉を破って突入する姿を見せた。
同時に小銃の。そしてFN MAGの発砲音が響き聞こえ始めた。
並ぶ家屋を渡り、順次クリアリングして行っているのだろう、十字路からはいくつもの発砲音が上がり聞こえて来る。しかし次第にそれ等の音が聞こえ来る間隔は開き、散漫になって来る。
一報、屋根上に残る警備兵は、傍らの不知窪の狙撃に寄り、一人一人と排除されてゆく。
鷹幅はそれ等の音を聞き、光景を見ながら、状況をやや険しい面持ちで双眼鏡越しに見守っている。
程なくして、十字路の方より聞こえ来ていた銃声は、完全に鳴り止む。
《――エピックよりロングショット1。クリアだ。周りの建物は、攫え終えた》
それから間を置いた後に、制刻の声で報告の声が届いた。
どうやら十字路周辺の家屋のクリアリングは、無事終わったようだ。
「了解、エピック。こちらも周辺家屋上の敵を、確認できる限りは無力化した。そちらに被害は無いか?」
《こっちは被害無し。引き続き、警備隊本部を目指して進行する》
鷹幅の、無力化を伝える言葉と問いかけに、制刻からは被害の無い旨と、行動を再開する旨の言葉が寄越された。
制刻や鳳藤、竹泉や多気投はそれぞれの家屋玄関より再び姿を現し、十字路の北側で合流して再編成する様子を見せる。
そして制刻等四名は、十字路を発って離れ、警備隊本部の方向へと向かって行き、そこから続く町並みの向こうへと姿を消した。
鷹幅を始めとする、別働中の一班だ。
彼等は現在、自分等を追撃する警備隊の一隊と相対し、交戦状態にあった。
多気投が遮蔽物の木箱に据えて構えるFN MAGが、警備隊に向けて唸り激しい銃火を張り、警備隊を釘付けにしている。
《ロングショット1及びジャンカー4、聞こえていたか?そちらから、エピックの方に何名か合流させて欲しい》
そんな中、各員のインカムには指揮所よりの要請が聞こえ届いていた。
「まーた自由のいらんムーヴかよ!」
その内容に、身を隠しつつ応戦行動を行っていた竹泉が、真っ先にウンザリした色で悪態を上げる。
「了解です、ペンデュラム――よし、多気投一士、竹泉二士。お前達で、エピックの元に向かい合流してくれ。河義三曹は、引き続き私達と来て欲しい」
傍ら、鷹幅はそんな竹泉の悪態は無視して、指揮所の要請を了承。そして各員に向けて、指示を告げた。
「んで、また外れクジって流れだ」
自由の元に向かわされる事となり、竹泉は嫌そうな顔を隠そうともせずに零す。
「了解です――各ユニットへ、ジャンカー4は分離解散し、ロングショット1及びエピックに合流する」
竹泉のその愚痴はまた流され、河義が無線上にユニットが合流再編する旨を上げる。
「発煙筒と発音筒を」
鷹幅は、横でカバーしている不知窪に促すと共に、自身の装備から発煙筒を繰り出す。
「――投擲」
そして鷹幅の合図で、それぞれの手より発煙筒と閃光発音筒が投擲される。それぞれは弧を描いて、先で散らばり布陣した警備隊の元へと落下。そしてまず閃光発音筒が炸裂――暴音と強烈な閃光を発生させた。
「よし、行け行け!」
暴音と閃光により、警備隊の一隊が怯み崩れた様子を。次いで、発煙筒より煙幕が上がり始める様子を鷹幅は確認。それを見ると同時に、各員に向けて促し発する。
「イェッサァー!」
「やぁれやれ……」
それに対して、返答あるいは愚痴を発する、多気投と竹泉。そんな様子を見せながら、班は二手に分かれ、それぞれ飛び出し駆け出して行った。
同時刻。
町の中心部よりやや南東よりの一帯。その一帯を通る道は狭く、頻繁に曲がり角を描いている。そんな車輛隊列が通るには適さない場所を、しかし現在車輛隊は進んでいた。
各車のドライバーは慎重にアクセル、ブレーキ、ハンドルを操り、狭い道の上で車体を運んで行く。状況から車列各車の速度は当然落ちている。
そしてそんな車輛隊は、各家屋建物の上階や屋根より、神出鬼没に現れる警備兵。そして上空を飛び、しつこく車輛隊を追いかけ食らいつく、箒隊からの攻撃に晒されていた。
「ッ……!」
車列中段に位置する装甲大型トラックの荷台で、搭乗する第2分隊の分隊長である浦澤三曹は、その表情を引きつらせながら、車外に小銃を向けてその引き金を引いている。
彼始め荷台に搭乗する各員は、そこかしこから現れる警備兵に対しての対応応戦に追われていた。今も飛来し襲い来る矢や鉱石針が、トラックの表面を叩く音が引っ切り無しに聞こえ届く。そして時折、それ等は荷台に飛び込んできて、隊員を掠め、あるいは傷つける。
「ぎゃぁッ!?」
そしてその時、また一本の矢が荷台へと飛び込んだ。
隊員にこそ被害は無かったが、飛び込んだ矢は、荷台の床に敷き詰められるように這わされている、娼館からの拘束者の一人に突き刺さった。その拘束者から悲鳴が上がる。
「ひぃ!」
「も、もう嫌ぁ……!」
他の拘束した者達からも、いつ自身が襲われるかも分からない状況に、悲鳴や泣き声が上がる。
しかし分隊の隊員等は、最早彼等彼女等に微塵の気を使う余裕も、その気も無かった。
「ね、ねぇ……!お願い、逃がしてちょうだいよぉ……!」
そんな中、拘束者の内の一人の女が、浦澤の足元にすがりついて来た。
なかなか整った顔のその女は、この場に似つかわしくない、皮製のいわゆるボンデージ衣装をその身に纏っている。
女は先の娼館モドキに、小遣い稼ぎと他者を甚振り加虐性癖を満たす目的で出入りしていた者で、かつ不当に拘留した人達を痛めつけていわゆる躾を行い、従順にさせる役割にも関わっていた者であった。
「調子に乗ってた事は謝るから……!そ、それにほら!あとでなんでもお礼してあげるから――」
そんな理由から拘束され連れまわされている女は、現在のこの状況から逃れようと、浦澤に向けて媚び諂う言葉を並べ立てる。
「――ギェゥッ!?」
しかし直後、そんな女の口から鈍い悲鳴が上がり、女は吹っ飛んだ。
浦澤が後ろ蹴りを放ち、女を思いっきり蹴っ飛ばしたのだ。白目を剥いた女は、そのまま荷台の床に沈む。
「汚物がッ」
浦澤は米神に青筋を浮かべて吐き捨てると、最早女を一瞥する価値すら無いと言った様子で、外へと視線を戻して構える小銃の引き金を引いた。
引き続き、慎重に曲がりくねる町路を進む車輛隊。
その車列の2輌目を行く対空トラックのキャビンに、真上より何かが飛び込んだのはその時であった。
直後に対空トラックは急ブレーキを掛けて停車。
その様子を、車列4輌目の指揮車兼ガントラックの助手席に座す、長沼の眼が捉えた。
「ッ――!全車停車!全車停車しろッ!」
瞬間、長沼はインカムに向けて張り上げ発した。
車輛隊車輛の内の何台かは、その言葉よりも前かほぼ同時に。何台かは長沼の言葉に呼応して、それぞれがブレーキをかけて停車。
「防護隊形!各車各隊、周囲に防護隊形を取れッ!」
長沼は続けインカムに向けて指示を叫ぶと、助手席ドアを開け放ち、キャビンより飛び降りた。まず周辺へ視線を走らせた後に、駆け出し車列を抜け、前方で急停車した対空トラックの元へと向かう。
対空トラックキャビン付近には、すでに同車より降車した隊員等が対応に当たり始めていた。長沼もキャビンの運転席側に回って駆け寄り、隊員の手により丁度開かれた運転席ドアから、その内部を見る。
「ッぁぁ……脚が……!」
「鳴規(なるき)ッ!」
そこに、苦し気に声を零し顔を顰めるドライバーと、助手席からドライバーに寄って顔を顰める車長の陸曹の姿があった。
そして目を引くのは、ドライバーの隊員の足元。その腿には、見える部分だけで長さ50cmを越え、最大直径10㎝程の、杭状の鉱石が突き刺さっていた。
「ッ――それは今は抜くな。そのまま彼を降ろせ」
痛々しい光景に一瞬顔を顰めた長沼は、しかしすぐに周囲の隊員に指示を発する。
「そっち側支えてくれ!」
「――ッ。これ、貫通して下のシートまで貫いてるぞ……!」
ドライバーの体を支え持ち上げに掛かった隊員等は、それぞれ声を零す。
「真上に持ち上げて離すんだ!ゆっくり、慎重に!」
そんな隊員等に、慎重な動作を促す長沼。
長沼等の近くに、複数本の矢が飛来し襲ったのはその時であった。
「ッ!」
襲い来た矢は、対空トラックの側面を叩き金属音を上げる。幸い隊員への命中は無かったが、近くを掠めたそれ等に、長沼は身を微かに竦める。
「――家屋上階!」
長沼は振り向き、近くの家屋上階の各所窓に、クロスボウを突き出し構える警備兵達を見止める。そして長沼は周囲に向けてその存在を、声を張り上げ知らせると共に、下げていた9mm機関けん銃を構え、引き金を引いた。
ばら撒かれた9mm弾に、警備兵達は身を引き込み隠れる。
そんな警備兵達を追っていぶり出そうとするように、長沼の射撃に遅れて、対空トラックの12.7mm重機関銃が、家屋上階に向けて発砲掃射を開始した。
「収容急げ、長居はできない!」
周辺家屋に潜む警備兵達より襲う、苛烈な矢や魔法現象による攻撃。そしてそれに応戦応射する、車輛隊の各所各員。
それ等の様子を一度目に収めた後に長沼は、負傷したドライバーの収容を急がせる声を発する。負傷したドライバーは他の隊員に肩を貸され、対空トラックの荷台へと運ばれ収容された。
「村袖(むらそで)三曹、運転を代わるんだ」
「了解!」
収容を見送り、そして長沼は対空トラックの車長の陸曹に、運転代行を指示する。それを受け、陸曹は助手席からドライバー席へと移り、ハンドルを取る姿を見せる。
「頼むぞ――離脱するぞー!各員、乗車しろッ!」
陸曹に任せる言葉を送ると、長沼は車列全体に向けて声を張り上げた。
応戦行動を取る各員に、離脱する旨を伝えながら、長沼は車列間を駆け抜けてガントラックへと戻る。
「鳥宿(とりやど)士長、出すんだ、離脱だ!」
ガントラックへと辿り着いた長沼は、そのキャビンの助手席へとよじ登りながら、先の舞魑魅に代わりドライバーを務める陸士長に向けて発する。
「了!」
運転席側窓より小銃を突き出し、応戦行動を行っていた陸士長。彼は長沼に答えながら射撃を中止し、引き込んでシフトレバーを掴み操り、トラックを発進できる態勢にする。
「――全車離脱!離脱だ!」
その傍ら、助手席に着き直し収まった長沼は、インカムに向けて発し上げた。
直後に隊列先頭の82式指揮通信車が動き出す様子が見える。続き後続の各車輛も再発進。未だ襲い来る矢にその表面を叩かれながら、そして各車各銃座からの応戦が行われながらも、隊伍を再び組み直す。
各車は徐々に速度を上げ、その一帯より離脱し、行程を再開した。
町の住民からは〝凪明通り〟と呼ばれる、町の東側を南北に走る通り。制刻と鳳藤はその通り上を、警戒の視線を周囲へ向けつつ駆け進んでいた。
目指すは町の警備隊本部の古城。
途中で、潜入狙撃班ロングショット1より分派し向けられた、竹泉と多気投を拾い合流再編し、警備隊本部まで進行。侵入を試みる手はずだ。
「前だ」
「あぁ」
町路を進んでいたその途中で、制刻と鳳藤は視線の先に動きを見止め、それぞれ声を上げた。
前方よりこちら向けて、およそ8名――一個分隊程の警備服を纏った集団が、こちらに向かって駆け迫る姿があった。
同時に二人は、路上の端に置かれている小さな屋台小屋を見止める。
それ等を確認した制刻と鳳藤は、そこからその身をやや低くし、駆ける速度を上げる。
そしてその屋台小屋に滑るように駆け込み、その側面に吸い付く様に身体を預け、その身を隠す。
直後、一本の矢が飛来し二人の頭上を掠めた。
「ッ!」
「っとぉ」
襲い来たそれに、鳳藤は表情を険しくし、制刻は一言零す。
「……相手もばらけたぞッ」
鳳藤は屋台小屋から最低限身を出して視線を向け、その先で散会した警備兵達の姿を見て発する。
「ゲーム開始だ」
鳳藤の寄越した言葉に、淡々とそんな言葉を上げて返す制刻。
そして制刻は、屋台小屋から半身を乗り出す。装備火器である小銃を突き出し構えると、その瞬間には引き金を絞り、発砲。
撃ち出された5.56㎜弾は、その向こうで今まさにクロスボウを構えた警備兵の身を貫いた。
「命中(はい)った」
警備兵の身が崩れると同時に、引いて身を隠す制刻。瞬間、そこに別方向より矢が飛来し、傍を掠めて行った。
「ッ――!」
その直後に、今度は鳳藤が屋台小屋側面に身を乗り出し、小銃を突き出し、単射設定で数発発砲。彼女が狙うは、今しがた矢を放ってきた、別方にいる警備兵。
矢を放ち終え身を隠そうとしていた警備兵は、しかしそれよりも速くに到達した5.56mm弾に射抜かれ、その場に崩れ落ちた。
「ワンダウン!」
鳳藤はそれを見止めると同時に身を引き隠し、そして発し上げる。
そんな折、今度は複数本の矢が各方より飛来し、制刻の頭上や側面を掠め通り抜けた。どうやら残る警備兵達が布陣を終え、本腰を入れて来たようだ。
「――一部射角が悪い――剱、俺ぁ反対側に移る。援護しろ」
「あぁ……!」
制刻は先の様子を見て呟くと、鳳藤に向けて発する。
鳳藤はそれに応え、そして小銃を突き出し、牽制のために2~3発発砲。その直後、制刻は屋台小屋の影より飛び出し、駆け出した。
飛び出した制刻の身を狙い、矢が飛び来て制刻のその身を掠める。しかし制刻は気にする様子も見せずに駆け、路上を横断。道の反対側に到達して路地裏に飛び込み、建物の壁に身を預けた。
「――見えた」
路地裏から、先の様子を観察する制刻。
位置を変えた事で、先程まで死角になっていた箇所が明瞭になる。そこに身を置く警備兵の姿を確認し、そして制刻は小銃を突き出し一発撃った。
遮蔽物に身を隠すも、制刻から見ればその一部が露出していた警備兵は、そこを狙われ射抜かれ、弾けるように後ろに飛び、そして倒れ動かなくなった。
「二つやった」
制刻は戦果を口に零す。
「ダウン!」
それとほぼ同時に、鳳藤の側からも声が上がり聞こえて来た。
鳳藤もまた一人倒したらしい。そして見れば、鳳藤はさらに射撃を続ける様子を見せている。少し興奮しつつあるのか、その射撃数は多くなっているようであった。
「剱、落ち着いてやれよ」
「あぁ、分かってる――!」
制刻の落ち着かせる言葉に、鳳藤は了解の返事を返すが、しかしその様子は依然として焦っているように見える。
制刻はその様子に小さくため息を零したが、すぐに意識を入り替えて戦闘を継続する。
警備隊側は被害を受けてか、狙いを付けずにクロスボウを遮蔽物より突き出し、矢を放つ姿を見せる者が増えていた。身を晒す事を避け、しかし矢の手数は増やして来た警備隊に、制刻は少し鬱陶しそうな色をその顔に浮かべる。
一方の鳳藤は、相手側の手数の増加に影響されてか、射撃の手数をより増やし、そしていささか荒くしている。
「――あん?」
しかし制刻が、鳳藤の行う射撃の音に混じり、別方向より別の射撃音を聞いたのはその時であった。
小銃よりも大きく重々しい射撃音。しかも、聞こえるそれから、その距離は現在位置より近いと思われる。
――相対する制刻等と警備隊の中間。そこにある路地の出入り口より、人影が飛び出て来たのはその瞬間であった。
影は二つ。男性平均よりやや高めの身長の者が一人と、あまりにも巨大なシルエットが一つ。
「ぶぇッ!出たッ!」
「っとォッ!」
それは他でも無い、竹泉と多気投の姿であった。
路地の方向に視線と銃口を向けながら飛び出して来た二人は、そのまま路上の真ん中ほどに放置されていた荷馬車に、突っ込むように転がり込む。
「ッ!?」
しかし間が悪かった。
鳳藤は今まさに、その放置された荷馬車の向こうに居た警備兵に狙いをつけ、引き金を絞ろうとしていた瞬間であったのだ。そして中断は間に合わずに、鳳藤の指は引き金を二度ほど引いてしまう。5.56mm弾はその銃身より撃ち出され、そしてちょうど荷馬車の影に突っ込んだ竹泉等の頭上を掠め飛んだ。
「のわッ!?」
「ウォェッ!?」
空気を切り裂く音と共に、自分等の頭上を飛び抜けて行った5.56mm弾。それに竹泉と多気投は、驚きと困惑の混じった声をそれぞれ発し上げた。
「――べッ!?ふっざけんなッ!」
「オォレは味ぃ方だボゲェッ!!」
そしてその元が後方の制刻等からだと理解した竹泉等は、荒んだ抗議の声を上げた。
竹泉からはいつものように悪態が。そして危機を感じた影響か、珍しく多気投からも怒号が飛んだ。
「――ッ!そこッ、邪魔なんだよッ!」
「邪ぁ魔だ、どけッ」
しかし対する鳳藤は、突然射線上に現れた竹泉等に対して、表情を一層険しくして抗議の声を上げる。
さらに竹泉等の体は、制刻側の射線も妨害する形となっており、制刻からも鬱陶し気な声色で、そこを退くよう要求の言葉が上がる。
フレンドファイアが起こってしまったというのに、誰一人として謝りもしなかった。
「あぁ――畜生ッ!」
竹泉等は悪態を吐きながらも、銃弾をばら撒く牽制射撃を行いながら、一度飛び込んだ荷馬車の影を飛び出す。路上を横断して、その先の商店らしき建物の店先に飛び込み、改めてカバーした。
一方、竹泉等が飛び出して来た路地からは、それを追うように別の警備兵達が姿を見せた。
彼等はそこが敵と味方のど真ん中である事に気付き、路地から飛び出して来る事はせずに、そこ場からクロスボウを突き出し戦闘に加わって来た。
「ったく、増やしやがって――竹泉、投。そのまま連れて来たヤツ等の相手をしろ」
「あぁ、了解了解、畜生」
制刻の飛ばした指示の声に、竹泉から悪態混じりの声が返る。
そして竹泉と多気投は、自分等を追いかけて来た警備隊を相手取り、各々銃撃を開始した。一帯は敵味方共に戦力が増加し、各方より銃弾や矢が飛び交い、さらなる苛烈さを見せる。
――しかし、その様子が見えたのはほんの一瞬であった。
程なくして警備隊側の攻撃の手は、目に見えての減退を見せる。そして各方の警備隊は何か言葉を交わし合い、やがて順にその場より引いて行く姿を見せたのだ。
警備兵達は通りを下がって行き、あるいは路地に消えて行き、完全に後退して行った。
「……敵影、ナシ」
警備隊警備兵達が完全に姿を消し、通りの一帯には静けさが戻った。遠くの、おそらく別部隊の戦闘の音が、微かに聞こえ届く。
「引いて行ったな……」
「手勢が少ねぇようだった。後退再編成して、体勢を整える気かもな」
そして制刻と鳳藤はそれぞれカバーを解いて、警備隊の引いて行った通りの先を眺めながら、考察の言葉を交わす。
「集まれ」
制刻は、視線の先で同じくカバーを解いていた、竹泉や多気投に向けて発する。そしてそれから、インカムに向けて声を発し出した。
「ペンデュラム及び各ユニットへ、こちらエピック。ジャンカー4-2と合流した。再編して、こっから警備隊本部へ向かう」
《――ペンデュラムだ。了解エピック、くれぐれも無茶はするな》
「了解。エピック、終ワリ」
指揮所の井神より来た了解と忠告の言葉に、端的に返して制刻は報告の通信を終える。
そして視線を動かせば、こちらに歩いて来て合流した竹泉と多気投の姿があった。
「ったく、冗談じゃねぇぜッ!」
「危うく、クリティカルを食らっちまうトコだったずぇ」
竹泉と多気投は、額に皺をよせ、または口を尖らせて、文句の声を発し上げる。先のフレンドファイアに物申すそれであった。
「突然飛び出してくるヤツがあるか!」
対する鳳藤は、原因が竹泉等にあった事を指摘し、叱責の声を上げる。
「出てくる前に、通信くらい寄越せ」
そして制刻は、淡々としかし呆れた様子で竹泉等に向けて言った。
「熱心な追っかけに付き纏われて、んな余裕無かったんですぅッ」
対する竹泉は、文句混じりの説明の言葉を投げて寄越す。どうやら追撃への対応に追われ、合流の通信を行う余裕が無かったらしい。
「ったくぅ、いらんドッキリだったずぇ――で、ネクストは?」
互いに文句苦言を飛ばし合った各々であったが、それもそこまでであった。
多気投は最後に口を尖らせてやれやれと発したが、そこからするりと切り替えて、これからの行動を制刻に尋ねた。
「ここの警備隊本部を目指して、侵入を試す。んでもって、邦人のねーちゃんを見つけ出す」
対する制刻もそれ以上の追及はせず、尋ねられた行動を淡々と答えて伝えた。
「はいはい、了解ヘッド」
「お邪魔しますと行くかぁ」
伝えられた行動に、竹泉はやる気のない様子で答え、多気投はいつもの調子に戻って揚々と発する。
「まったく。気を抜くなよ」
「行くぞ」
そして鳳藤が忠告の言葉を発し、最後に制刻が行動再開の言葉を告げる。
合流再編した四名は隊伍を組み、そこから改めて進行を始めた。
行程を再開し、制刻等四名は通りを北に向かって進む。
四人は、制刻と鳳藤、竹泉と多気投でそれぞれ二名づつ組み、少しの距離を取って互いを援護し合う隊形を取っていた。周囲へ警戒の視線と銃口を向け、時折くるりと身を返して後方にも警戒を向けながら、通りを駆けて行程を進める。
程なくして、制刻等は進行方向に開けた場所を見た。
そこは広めの十字路であり、その中心には大きめの噴水が置かれている光景が見える。制刻等は駆ける速度を少し落とし、引き続き周辺に警戒の眼を向けながら、十字路一帯へと進入する。
――瞬間。制刻が先に見える家屋の屋根に動きを見、そして同時に殺気を覚える。
「ッ――」
制刻が半歩分斜め前方へ踏み込み、同時に半身を軽く捻ったのは、同時であった。そしてそのコンマ数秒の差で、制刻の傍を飛来した矢が掠め、飛び抜けた。
そしてほぼ同時に、十字路の周辺に並ぶ各家屋の窓や屋根上等、各所に警備兵が姿を現す。そこから各方より矢が、そして魔法現象により生み出された鉱石針が放たれ、怒涛のごとく制刻等を襲い始めた。
「散れッ!」
制刻は回避行動を取った体勢を、即座に回復させると同時に発し上げる。そして身を低くして駆ける速度を上げた。
「ッ!」
鳳藤は表情を険しく変え、そして同様に身を低くして制刻に追従。後続の、まだ十字路に踏み込んでいなかった竹泉と多気投は、そこから左右に割れて分散した。
矢や魔法現象が襲い飛び交い始めた中、制刻と鳳藤はそのまま真っ直ぐ駆けて、十字路中心部に追われた噴水に到達。二人は縁を飛び越えて、枯れていて水の張られていなかった噴水の内側へと飛び込んだ。
「ッ!やはり待ち伏せか!」
「案の定だな」
噴水の縁を遮蔽物として、その内側にカバーした二人。
鳳藤は悪態を上げ、制刻は淡々と呟く。
そこから制刻は、まず竹泉と多気投の姿を探して確認する。制刻等の位置より後方、十字路の入り口付近に、家屋の影に身を隠した竹泉の姿が。そして置かれた木箱の影にその巨体を収め、その上にFN MAGを展開させた二脚を用いて、置き据え構える多気投の姿が見える。
「各個に対応しろ。好きに撃て」
確認した後に、制刻は雑把な指示を張り上げる。
「オーライッ!」
それを聞くや否や、多気投のFN MAGが唸り声を上げると共に、銃弾を吐き出し始めた。
十字路の北東側――制刻等から見て、前方右手に立ち並ぶ家屋の上階に火線が飛び込む。そして多気投の扱うFN MAGは旋回動作を見せ、それに合わせて火線は横に動き、家並みを縫い進むように攫い始めた。
家並みに走り飛び込む銃火に、窓から姿を見せ得物を構えていた警備兵達が、餌食となって打ち倒れる姿が微かに見える。
さらに別方、十字路北西側の家屋の屋根に陣取っていた警備兵が、打ち倒されて屋根をずり落ち、落下する姿が見えた。
「一体ッ」
同時に声が響く。竹泉の小銃射撃が、こちらを狙っていた警備兵を仕留めたようであった。
「後方、左に一人ッ」
「こっちにも、数体だ」
一方。正面への攻撃を竹泉等に任せ、制刻と鳳藤は十字路中央の噴水内より、竹泉等からは死角となっている各方向に向けて、射撃行動を行っていた。
「弾いた」
「ダウン、ダウン!」
構図的に周囲を囲まれている状況でありながらも、制刻は変わらぬ淡々とした様子で、鳳藤も少し心拍数を上げながらも正確な動きで、戦闘対応行動を行っている。襲い掠めてゆく矢や魔法をカバーで凌ぎ、そして相手の隙を見逃さずに攻撃を行う。
十字路周辺に並ぶ家屋の、その窓や屋根に銃弾を撃ち込みあるいは注ぎ、そこに陣取り構える警備兵達を仕留め倒してゆく。
十字路上を制刻等の銃火と、警備隊側の攻撃が激しく飛び交いながらも、警備隊側は徐々に手勢を減らされ、制刻等の側が押し始める。
「――おん?」
しかしそんな最中、制刻は視界の端に、異質な光景が映るのを見た。
発生源は、後方。FN MAGによる掃射攻撃を続けている、多気投の背後。そこで何か、一筋の光がパリと瞬き走った様子を、その目が捉えたのだ。
「――ッ、多気投!飛べェッ!」
脅威の襲来。制刻の直感がそれを叫び、同時に制刻は多気投に向けて張り上げた。
「ッ!」
多気投は警告を聞くと同時に、遮蔽物としていた木箱を思い切り蹴り、その巨体をその場より飛び退かせる。
――衝撃音と共に、閃光がその場へ落ちたのはその瞬間であった。
「ウォゥッ!?」
後方へ飛び退き側転しながら、多気投は襲い来た現象に驚きの声を上げた。そして飛んだ先を体勢を回復させた多気投は、そこで飛び込んで来た光景に目を剥いた。
つい先程まで自信が身を置いていた場所。その地面が、抉られ穴を作っていたからだ。おまけに遮蔽物としていた木箱は、大きく欠けて損壊し、損壊部分は黒く焼け焦げていた。
「――あぁ、チクショウ!」
その近く、家屋の影を遮蔽物としていた竹泉は、襲い来た現象を警戒し、射撃行動を中断して身を隠している。
「今のは……落雷!?」
その一方、噴水に身を隠す鳳藤は、今しがた見えた現象に、推察と同時に困惑の声を零す。
「奴さんズのビックリマジックだよ!どこまでいらねぇバリエーションを取り揃えてやがんだ!」
そんな鳳藤の声に答えて、竹泉より悪態と皮肉の混ぜられた説明の言葉が飛んでくる。竹泉等は車輛隊に同行している最中に、すでにこの攻撃を体験していた。
「ッ……当たればタダじゃ済まないぞ……!」
「当たれば、な」
冷や汗を垂らしながら零す鳳藤。それに対して、制刻は端的に返す。
「予備現象がある、フラッシュが前もって走るようだ。それを見逃すな。そうすりゃ、回避できる」
そして説明の言葉を、制刻は各員に向けて発し伝える。
「また、簡単に言いやがって」
「黒焦げになりたくねぇだろ。うまくやれ」
竹泉の飛ばして来たウンザリとした言葉に、制刻は淡々と言葉を飛ばす。
――制刻と鳳藤のすぐ近くで、再び閃光が瞬いたのはその瞬間であった。
「飛べッ!」
「ッ!?」
すかさず制刻が発し、制刻と鳳藤は同時に噴水の縁を蹴り、各方向へと飛んだ。
そして一瞬後、制刻等がいた場所に、落雷が盛大な音を立てて落ち、噴水の底を削った。
「――っとォ」
飛び退いた先で、制刻はその巨体を器用に着地させ、すぐさま体勢を立て直す。
「――ヅァッ!?」
しかし鳳藤は、後先考えずに飛び退いたが故に、着地先での受け身に失敗。体を固い噴水の底に打ち付けるハメになる。
「ッぁ……、う、打った……!」
「おぉい、剱」
打ち付けたダメージにより、軽いダウン状態に陥る鳳藤。それを見止め、先にカバー態勢に戻っていた制刻は、呆れた声を上げる。
そこから制刻は噴水の縁を反って鳳藤に近づき、手足を着いて這い進んでいる鳳藤の、その後ろ襟を掴んで回収。鳳藤の身を引っ張って噴水の縁に寄せ、その身体を隠してやった。
そんな間にも、周辺に布陣した警備兵達からの攻撃は、お構いなく続く。頭上を飛び交い、時折近場に落ちてそこを叩く、矢や鉱石の針あるいは杭。
そんな警備隊側の攻撃の隙を見つけ、制刻も小銃を突き出し、狙いあるいは牽制射撃を行う。
後方の竹泉や、そこに合流した多気投も、身を隠しつつ同様の応戦射撃行動を見せている。
しかし直後、竹泉等の近くでまたも閃光が走り瞬く。
竹泉等はそれに気づき、そして同時に慌てた様子で家屋の影を飛び出し、それぞれ各方に飛び退く。
――そして三度目の落雷がその場に落ち、竹泉等がそれまで居た地面を打ち、遮蔽物としていた家屋を損壊させた。
「デンジャラスすぎるずぇッ!」
「屋内だ屋内ッ!」
それぞれ声を上げながら、多気投は少し下がって路地にスライディングで滑り込み、竹泉は近場の家屋の窓を体当たりで破り、屋内に飛び込む姿を見せる。
「ッ……オペレーターがどこかにいるんじゃないのか?」
一方、噴水側では、ダウンより回復してカバー姿勢を取り直した鳳藤が、焦りながらも推察の言葉を発する。
「さっきから何人か弾いてるが、それっぽいヤツが見えねぇな」
その隣で制刻はそう発しながら、小銃を突き出し構えそして撃ち、また一人家屋の窓奥に身を潜めていた警備兵を屠る。
「奥に引っ込んでやがるな」
「突入して、クリアリングする必要があるんじゃないのか……?」
「あぁ。チト手間だが、攫える必要があるか」
制刻の続き呟いた言葉。それに鳳藤が突入制圧の必要性を促し、制刻もそれに同意する言葉を返す。
《――エピック、こちらロングショット1。狙撃支援が可能な位置に付いた、そちらの姿を捉えている》
しかしそんな折、通る少年のような声で、そんな知らせの通信が飛び込んで来た。それは潜入狙撃班を率いる、鷹幅の声であった。
「あぁ、丁度いい――」
飛び込んで来た通信に、制刻は端的に零し、そして返し始めた――
――町の上空を旋回飛行する、無人観測機〝オープンアーム〟。
その機体下方に備えられたカメラは、十字路で戦闘行動を行う、制刻等エピックユニットの姿を捉え、その映像を草風の村の置かれた操縦室へと送っている。
エピックユニットの位置はマーカーで記され、その所在を明確にしてる。
そのエピックユニット所在地点の近くで、また別のマークされたユニットが動く様子があった。
無人観測機のカメラはその動きを見せるユニットへ動き、捉え、ズームアップする――
数分前。
町中に存在する一軒の建造物。その内部に設けられた階段を駆け上がる、鷹幅、不知窪、そして河義の三名の姿があった。
――竹泉と多気投を分派させて別れた、鷹幅率いる潜入狙撃班――ロングショット1。
追撃の多くが竹泉と多気投を追って行ったという事も助けてか、鷹幅等は進行の最中で追撃を撒くことに成功。そして再び路地に入り、縫い進んで行った先で、彼等は鐘楼を有する廃屋と思しき建物を発見した。
鷹幅は、そこを新たな高所監視地点として利用することを決定。目立つ建物であるため発見され狙われるリスクも高かったが、鷹幅はそれよりも他隊への狙撃火力支援の提供を優先した――。
そして建造物内部へと侵入した鷹幅等三名は、鐘楼へと繋がる階段を見つけて、それを駆け上がっている所であった。
程なくして彼等は鐘楼の上部空間へと踏み込み、そこからすぐさま周辺の状況を確認掌握するための、観測行動を開始。各々はそれぞれ、双眼鏡あるいは装備火器のスコープを構えて覗き、そのレンズ越しに周囲へ視線を走らせる。
「――北西方向、第1分隊を確認」
最初に声を発したのは鷹幅。彼の眼は、鐘楼より北西の方角に、水路沿いに進む第1分隊の姿を見つけた。
「進行中の模様。障害と接触の様子無し」
続け発する鷹幅。その言葉通り、第1分隊は今の所、障害に見舞われる事無く、目的地への進行を進めているようであった。
「西方、町並み上空に複数の〝箒〟」
そこへ今度は、西側へ視線を向けていた不知窪が発し上げる。
鷹幅がそちらへ振り向き同様に視線を向ければ、その言葉通り、先にある町並みの上空に、旋回し飛び交う複数の〝箒〟の姿が見えた。見える各箒は入れ替わり立ち代わり急降下する様子を見せ、攻撃行動と思しき姿を見せている。そして同方向から聞こえ来る数多の銃声と、町並みの向こうより上がる曳光弾の光。それ等の光景が、そこが車輛隊本隊の現在位置である事を示していた。
「――車輛隊は、苛烈な攻撃を受けているようだな……!」
見える光景。聞こえ来る音から、車輛隊が苛烈な攻撃に晒されている事が、嫌でも分かる。
それに、鷹幅は表情を険しくして零す。
「――鷹幅二曹ッ」
しかしそこへ、鷹幅を呼ぶ声が響き上がった。声の元は、反対側で東方向に観測の視線を向けている河義。呼ばれた鷹幅は、身を翻してそちら側へ移り、河義の向けている視線を追う。
「制刻等が、激しい攻撃に遭っているようですッ」
河義は双眼鏡越しの視線を先に向けたまま、隣に来た鷹幅に、見える光景を言葉にして告げる。
その説明された光景を、次には鷹幅も双眼鏡越しに確認した。
先に見える、中心部に噴水を置く十字路。その噴水の内側に、縁を利用してカバー態勢を取る、二名の隊員の姿が確認できる。特徴的なその容姿から、すぐさまそれ等が制刻と剣である事が、判別できた。
彼等の頭上や近くを、矢や鉱石の針が飛び抜け、あるいは落ち刺さる様子が見える。それ等に対して、制刻や鳳藤が小銃を突き出し構え応射する姿を見せ、それに合わせて発砲音が聞こえ来た。
そこから鷹幅は視線を移動させ、南側の十字路入り口に、家屋の影に身を隠す別の隊員ん二名の姿を捉える。内の一人はその異質なまでの巨体から、すぐさま多気投である事が判別でき、続いてもう一人が竹泉である事もすぐに確認できた。
両名はカバー態勢を取りながらも、時折各装備火器を構え突き出して、射撃行動を行う姿を見せる。
その様子を確認していた鷹幅の視界に、パリ、と光が一瞬瞬いたのは次の瞬間だ。
同時に、竹泉と多気投が、慌て遮蔽物を飛び出して飛び退く姿を見せる。――そして直後に、その現象は起こった。
竹泉と多気投が身を隠しているそのすぐ傍に、轟音を立てて一本の稲妻が落ちたのだ。
「ッ……!?――今のは、落雷か!?」
走り届いた閃光と轟音に、鷹幅は思わず微かに身を竦ませた。そして落雷の落下地点に視線を向け直し、推察の言葉を発する。
「相手方の魔法現象のようです。先に、車輛隊に随伴中も、同種の攻撃を受けました」
すでにその落雷の魔法現象攻撃を、目撃体験していた河義が、鷹幅に向けて補足説明の言葉を向ける。
「ッ、厄介だな。まずは彼等に支援が必要そうだ――不知窪三曹」
鷹幅は、まず制刻等の方へ支援の提供を優先する事を決める。そして選抜射手である不知窪を呼ぶ。
「は」
反対側で観測監視を行っていた不知窪は、それを解いて鷹幅の傍に来る。
「河義三曹。君は見張りを」
「了」
河義は代わりに監視の指示を受け、不知窪と場所を代わって、反対側で監視体制に付く。
そして河義に代わってその場に陣取り配置した不知窪は、装備火器である99式7.7mm小銃を構え、スコープを覗いて先の十字路の観測掌握を始める。
「――エピック、こちらロングショット1。狙撃支援が可能な位置に付いた、そちらの姿を捉えている」
そしてその隣で鷹幅は、インカムを寄せて制刻等に向けての通信を開き、発して言葉を送る。
《――こちらエピック。丁度いい、こっちは現在、落雷をぶち落とす摩訶不思議攻撃に遭ってる》
鷹幅の呼びかけに、独特な重低音での、状況を説明する不躾な返答が返って来る。当然制刻の声であった。
《屋根の上に、オペレーターらしいヤツは見えませんか?いるようなら、排除してもらいたい》
続き、要請の言葉が寄越され届く。同時に、インカムに銃声が混じって聞こえ来た。
「了解、エピック。対応する――聞いたな、不知窪」
「あれか?」
鷹幅は要請に対して了承の旨を返答、そして隣で狙撃体勢を取る不知窪に促す。対する不知窪は、すでにそれと思しき存在を見つけたのか、一言声を零した。
「北西側の家屋。屋根の上」
同時に不知窪は、確認した存在の位置情報を、言葉にして寄越す。鷹幅がそれを受けて双眼鏡を動かせば、示された場所、十字路に並ぶ家屋の内の一つにそれは見えた。
家屋の屋根の上に、屋根の傾斜を利用してその影に身を隠して配置した、3名の警備兵の姿があった。内の一人はクロスボウを構えて、地上の制刻等に向けて攻撃を加えている様子。そして残る二名は、一人は屋根の影から視線を出して地上を観察する姿を見せ、もう一人は屋根上に置いた書物と思しき物に視線を落としていた。
「――可能性は高い。彼等を排除しろ」
「了」
鷹幅の指示に、端的に答える不知窪。
彼は99式7.7mm小銃のその銃身を動かし、屋根上に配置した警備員の内の一人、書物に視線を落とす者にその銃口を向け、同時にその姿――頭部をスコープ内に収めて見る。
一拍置いた後に不知窪はその呼吸を止め、引き金を引いた。
パン、と乾いた音が響く。
そして一瞬後に、そのスコープ内に収まっていた警備兵は、頭部をおもいきり打たれたように仰け反り、そして屋根上に崩れ落ちた。
突然起こった事態に、残る二名の警備兵が振り向く。しかし何が起こったのかを飲み込めていないのだろう、その身を硬直させている姿を見せる。
そんな警備兵達の姿をスコープ内に見ながら、不知窪は息を吸い、ボルトを操作して薬室に次弾を送り込む。スコープの向こうでは、仲間の身を何かが襲った事を理解したのだろう、崩れた警備兵に慌てて寄る、相方なのであろう別の警備兵の姿が見える。
不知窪はそんな彼の身に照準を合わせて、再び引き金を引いた。
再び響く乾いた音。そして直後に、スコープ内に収められた警備兵が、身を打ち飛ばされるように倒れる様子が見えた。
残るクロスボウをその手に構える警備兵は、狼狽の様子を見せながらも、その首を各方に向けて、襲い来た事態の元凶を探す様子を見せている。しかし不知窪は、その警備兵がこちらを認識するよりも前に、ボルト操作で次弾装填を終え、そしてその警備兵の身に銃弾を撃ち込んだ。
クロスボウ持ちの警備兵は崩れ、その家屋の上に配置していた者達は、全員沈黙した。
「3名排除」
「了解。引き続き、敵の排除無力化に当たれ」
「了」
報告の声を上げた不知窪に、鷹幅は返事と、引き続きの攻撃を命じる指示を告げる。
まだ十字路周りの各建物の屋根には、いくらかの警備兵が配置している。不知窪は引き続き、それ等への対応狙撃行動に取り掛かった。
「ロングショット1よりエピック。敵、オペレーターらしきユニットを排除した。状況はどうか?」
傍ら、鷹幅は制刻等に向けて、敵ユニット排除による効果の確認を要請する声を、通信で送る。
《――エピックよりロングショット1。どうやら、摩訶不思議の落雷は止んだようだ》
要請に対して、制刻の声で攻撃が収まった旨が返され来た。どうやら予測通り、今しがた排除した警備兵達が、魔法現象のオペレーターであったようだ。
《こっちはこれから、家屋に踏み込み攫える》
「了解、引き続き支援する」
制刻からは、これより家屋のクリアリングに入る旨の言葉が寄越される。鷹幅はそれに返す。
そして一拍置き、噴水の内側に身を隠していた制刻と鳳藤の二名が、縁を越えて飛び出す姿が見えた。制刻等は警備隊からの攻撃が飛び来る中を駆け、十字路北側にある一軒の家屋の懐に駆け込み、壁に取りつく様子を見せる。そして正面玄関の両脇にスタンバイした二人は、息を合わせた後に、玄関扉を蹴破り突入する姿を見せた。
そこから家屋内部で戦闘が始まったのだろう、単発射撃や三点制限点射での発砲音が、幾度も響き鷹幅等の耳にも聞こえ届く。
それらの聞こえ来る音を聞きながらも、不知窪は別の家屋の屋根で、影より姿を晒した警備兵に、銃弾を撃ち込み無力化する。
直後。今度は十字路の南側入り口付近から、家屋の内部や影より、竹泉と多気投が飛び出す姿を見せた。二人は十字路上を駆けて横断し、制刻等が突入した物とは別の家屋へと駆け込み、その壁際に取りつく。そして先の制刻等と同等、玄関扉を破って突入する姿を見せた。
同時に小銃の。そしてFN MAGの発砲音が響き聞こえ始めた。
並ぶ家屋を渡り、順次クリアリングして行っているのだろう、十字路からはいくつもの発砲音が上がり聞こえて来る。しかし次第にそれ等の音が聞こえ来る間隔は開き、散漫になって来る。
一報、屋根上に残る警備兵は、傍らの不知窪の狙撃に寄り、一人一人と排除されてゆく。
鷹幅はそれ等の音を聞き、光景を見ながら、状況をやや険しい面持ちで双眼鏡越しに見守っている。
程なくして、十字路の方より聞こえ来ていた銃声は、完全に鳴り止む。
《――エピックよりロングショット1。クリアだ。周りの建物は、攫え終えた》
それから間を置いた後に、制刻の声で報告の声が届いた。
どうやら十字路周辺の家屋のクリアリングは、無事終わったようだ。
「了解、エピック。こちらも周辺家屋上の敵を、確認できる限りは無力化した。そちらに被害は無いか?」
《こっちは被害無し。引き続き、警備隊本部を目指して進行する》
鷹幅の、無力化を伝える言葉と問いかけに、制刻からは被害の無い旨と、行動を再開する旨の言葉が寄越された。
制刻や鳳藤、竹泉や多気投はそれぞれの家屋玄関より再び姿を現し、十字路の北側で合流して再編成する様子を見せる。
そして制刻等四名は、十字路を発って離れ、警備隊本部の方向へと向かって行き、そこから続く町並みの向こうへと姿を消した。
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ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
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