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チャプター18:「Activate 〝Ravenholm〟」
18-5:「Convoy」
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車輛隊は、引き続き広くはない道を引く続き、慎重にしかし可能な限りの速度を出して進んでいる。
現在計5輌からなる車列の2輌目。対空マウントに据えた12.7㎜重機関銃を搭載した、対空車輛仕様の大型トラック。その荷台上で、武器科の版婆と柚稲は、12.7㎜重機関銃を操りつつ、上空を睨んでいた。
「ブンブン飛んでやがる」
町の上空には、警備隊の飛ばす観測用らしき発光体や、箒に跨り飛ぶ魔法使いの警備兵の姿がしきりに見えた。
それらを鬱陶しく思い、零す版婆。
「――版婆三曹、4時方向!」
補佐の柚稲が叫んだのは、その時であった。柚稲は、発した方向と同一方向上空を指さしている。それを追い見れば、版婆の眼に、上空よりこちらへ降下して来る、二機の箒に跨る警備兵の姿が見えた。
「チッ、掛かって来たか!」
舌打ちを打ちつつ、マウントに据えられた12.7㎜重機関銃を旋回させる版婆。
しかし直後。版婆の眼は、その飛ぶ箒の周囲で、パリっと何か光が走るのを見る。
「――!」
嫌な感じを覚える版婆。
――衝撃音を響かせ、対空仕様の大型トラックの近くに、落雷が落ちたのはその直後であった――
凪美の町、警備隊本部。
警備隊本部庁舎内にある、広い一室。指揮所として用いられているその一室内では、慌ただしく警備兵達が動き回っている。室内の真ん中には大きな長机が置かれ、多数の地図が雑多に広げられ、数人の警備区域長や警備兵長クラスが、それを囲い視線を落とし、言葉を飛ばし合っている。
「北東区域隊、凪流橋にて侵入者の一隊と交戦中」
「第3箒隊、敵の隊列に強襲を開始」
各隊からの伝令や、遠方知覚魔法が捉えた敵の動きが、情報として彼の元へ上がって来る。
そんな中、長机の奥側には、ポプラノステクの姿がある。彼は伝令の警備兵と相対していたが、その顔は静かな怒りの色に満ちていた。
「――この町で、ここまでの腐敗を許していたのか!」
そして発すると同時に、彼は長机上に拳を叩き下ろした。
先に判明した、北西区域長の女の主導の元に運営されていた、娼館モドキの存在。
そこに侵入強襲を仕掛けた侵入者が去るのと入れ替わりに、警備隊側もその娼館モドキに到着し踏み込み、そして実態を把握。
今しがたポプラノステクの元に、その詳細の報が届けられ、彼はその事実に憤慨していたのであった。
「――関係した者には、事態収束後に厳罰を与える」
伝令の警備兵はじめ、周囲の者にそう発したポプラノステクは、それから長机上に向き直る。
この娼館モドキの一軒も重大であったが、今はそれより優先して、侵入者に対応しなければならないのが現状であった。
「侵入者は、二手に分かれてこちらを目指しているんだったな?」
「はい」
ポプラノステクは傍に控えていた副官の少女ヒュリリに確認を取り、彼女はそれを肯定する。
「敵の徒歩部隊には、東区域隊からも対応増援を向かわせろ。隊列の方は、南西区域隊と中央区域隊で待ち伏せを試す。それまでは箒隊各隊で牽制――」
対して、ポプラノステクは各警備兵に向けて、指示を配り発して行く。
「ふふ、なかなか賑やかな事になっているようね?」
急かしい動きの止まぬ指揮所に、場違いな声が響いたのはその時であった。ポプラノステクを始め、各人の視線が、声の聞こえ来た方向へ向く。
指揮所の入り口に、声の主の姿があった。
エルフの女、マイリセリアだ。
優雅に立つマイリセリアの両脇背後には、彼女の配下であるエルフの少女、ルミナ。そしてもう一人、背の高めのエルフの女の姿が見えた。
「あれって……」
そんな現れた彼女達の姿を前に、ヒュリリが顔を顰めて訝しげな声を零す。
その理由は、彼女達のその井出達にあった。
これまでは、聖職者用の服を纏っていたマイリセリア達エルフ。
しかし、今その姿は一転し、彼女達はまるで下着のような、露出の高い黒色の装束を身に着けていた。
目につくのはそればかりではない。彼女達の露出した体の各所には、魔法による紋様が浮かび上がっていた。
扇情的な彼女の姿に、しかし警備兵達が向けたのは軽蔑と忌諱の視線。
だが、マイリセリア達はそんな視線を気にする事も無く、歩みポプラノステクの元に近づいて来た。
「あら、見惚れちゃった?」
ポプラノステクの前に立ち、彼の視線を前に、揶揄うように言うマイリセリア。
「気持ち悪い物は目を引くからな」
対するポプラノステクは、冷たい口調で言い放つ。
「あら、失礼ね。これから手を貸してあげようって言うのに」
そんなポプラノステクの言葉に、マイリセリアは口を尖らせて発した。
「成程、エルフの彼女らが魔王側に与する理由が分かった」
「洗脳されているという事ですか……?」
一方、そんなマイリセリア達を見つつ、傍らにいたヴェイノやヒュリリが、言葉を零し交わしている。
紅の国は魔王軍側に着こうとする上で、その準備を円滑に進めるための各種工作を行っているが、その協力の一環として、魔王軍側からも少なくない者達が、先んじて派遣されて来ていた。
マイリセリア達も、そんな者達の一角であった。
しかし、エルフ属とは本来清く高貴な存在でありその誇りも高く、他の共同体に与する事などはしないと言うのが、広く伝わっている認識だ。
そんな彼女達が魔王軍側に与している事が少なからず疑問であったポプラノステク達であったが、その理由は彼女達の姿により、今察する事ができた。
「あら、失礼ね。私たちは己の意思で選んだのよ。愚かな考えを捨て、今の姿を手に入れたの」
そんなヴェイノ達の言葉を聞き留めたマイリセリアは、不服そうに、しかし笑みを浮かべて発する。そしてその身を一度優雅な動きで、一度回転させて見せた。
「――まぁいい。あんた達の選択に、別に口出しはしない」
対してポプラノステクは、興味は無い――というよりも関わりたくはないという様子で、吐き捨てるように言った。
「それよりも、準備はできたんだな?あんた等にも仕事をしてもらう。そっちの彼女の、ミル・ダーウの魔法を借りたい」
ポプラノステクは、マイリセリアの横に控えるルミナを視線で示して発する。
口にされた魔法は、昨日クラライナ捕獲の際に、クラライナの力を奪い無力化してみせた、闇属性の魔法の事だ。
「ふん。アンタの言う事になんて従わないわ」
しかしエルフの少女ルミナは、ツンとした態度で突っぱねるように言う。
「ちょっと!」
そんなルミナの態度に、憤慨の姿勢を見せたのはヒュリリ。しかしポプラノステクは「よせ」とそれを止める。
「ルミナ。気持ちも分かるけど、一応は与えられた役目よ。警備隊さん達を、お手伝いしてあげてくれるかしら?」
「マイリセリア様のお言葉でしたら」
しかしマイリセリアがどこか緊張感の無い声で解くと、ルミナは態度を一変させて承諾の返事を発した。
「中央区域隊が、これより凪石通りで展開し、待ち伏せ攻撃を行う。アンタはそこに合流してくれ」
ポプラノステクは、事務的な口調でマイリセリア達に告げる。
「だそうよ。――所で、私とエイレスは、まだ動かなくてもいいのかしら?」
言葉を受けた後に、マイリセリアは自身と、背後のもう一人のエルフを言葉で示しながら尋ねる。
「今の所、あんた等に振る作戦は無い。待機を――」
「ならば私は、少し自分で動かせてもらいます」
それに返そうとしたポプラノステク。しかしそれを遮るように、エイレスと呼ばれた長身のエルフ女はそう発した。
「何?おい、勝手は――」
「いいじゃない。侵入して来た相手は、正体が皆目不明なんでしょう。こっちで偵察くらいさせてくれてもいいと思うのだけど?」
咎めようとしたポプラノステクに、しかし今度はマイリセリアが言葉を挟む。
「………好きにしろ」
少し考えた後に、ポプラノステクは投げやりに許可の言葉を発した。
「柔軟なのは感心ね。じゃあ、私達はこれから動かせてもらうわ。ルミナ、エイレス、お願いね」
「はい、マイリセリア様」
「は、姫様」
マイリセリアは両脇の二人に促し、二人のエルフからはそれぞれ言葉が返される。そしてマイリセリア達は、身を翻して指揮所を出て行った。
「……あれは、自我を残した上で染め上げられてるな」
「何か付け入られる隙か、元々何か偏った思想を持っていたんだろう。完全な操り人形よりたちが悪い」
マイリセリア達の出て行った後に、扉の方に視線を送りつつ、ヴェイノとポプラノステクは推察の言葉を交わす。
具体的に何があったかは想像するより無いが、どうあれマイリセリア達は、エルフの元来の高潔さは失い、堕ちている。それは嫌と言う程見て取れた。
「……」
交わすポプラノステク達の傍ら、ヒュリリは険しい顔で、エルフ達が出て行った先を見つめていた。
《デリック・カーゴ!火炎弾被弾!現在消火作業中ッ!》
《先頭ハシント、近弾ッ!》
車輛隊各車から上がる報告が、無線上で飛び交っている。
狭い道を行く車輛隊は、苛烈な各種魔法攻撃に晒されていた。
車輛隊上空には、箒に跨り飛ぶ警備兵達が、まるで得物をハゲタカのように飛び回っている。接敵当初は2機であった箒はしかし数を増やし、現在は6機が車列上空を飛び交っていた。
彼等は連携を取り合い、交互に車輛隊目がけて急降下を繰り返しては、火炎弾や落雷などの魔法現象攻撃を放ち加えて来た。
落ちる落雷は地面を削り穴を開け、火炎弾の熱は各車輛を焦がす。
つい先程には、車列中段を行く装甲大型トラックに火炎弾が落ち、キャビンを覆う幌が炎上。搭乗した分隊員が、消火器により懸命な消火作業を行う姿があった。
《各車、速度を落すな》
指揮車を兼ねるガントラックに乗る長沼から、各車に向けての指示が送られ、聞こえ届く。
「ッ」
車列2輌目の対空大型トラック。その荷台上で、そんな無線上で錯綜する声を聞きながら、版婆は上空を飛び交う箒の姿を追い続けていた。
12.7㎜重機関銃の据えられた対空マウントのハンドルを掴み、飛ぶ箒を追いかけ重機関銃を旋回させながら、激発装置を引き続け、12.7㎜弾を絶やす事無く撃ち上げ続けている。
車列を執拗に狙う箒の群れに対して、版婆等対空要員は、懸命な対空戦闘を続けていた。
対空トラックからだけでなく殿の89式装甲戦闘車も、35㎜機関砲の仰角を最大角度で取り、激しい射撃音を立てながら砲塔を旋回させ、対空砲火を撃ち上げている。
砲塔上には、射撃観測を行う車長の穏原の、ハッチより身を乗り出す姿が見えた。
「――そこだ」
版婆は、切り返し動作で速度を落した箒の姿を見止め、それを狙い撃ち上げる。
撃ち上げられた12.7㎜弾の火線はみごとに箒に跨る警備兵を貫き、警備兵は身を崩して落下。建物の向こうに姿を消した。
「撃墜。一機撃墜」
撃墜を確認し、それを言葉にする版婆。
《対空戦闘中の各車へ。状況知らせ》
そのタイミングで、長沼より報告を求める無線通信が聞こえ来た。
「デリック・アンチエア、版婆。数機撃墜するも、攻勢の減退見えず」
要請の声に対して、版婆は端的に戦果と現状を報告する。
《エンブリー、状況同じく。何体か墜としたが、しつこく食いついて来る!》
直後に、装甲戦闘車かの穏原からも、方向の声が上がり聞こえ来る。
各車からの対空攻撃はここまでで何機かの箒を落とし、警備隊箒隊側の戦力を少なくない数削っていた。しかし、反して警備隊側の攻撃の手は、増す一方であった。
《やはり彼等のホームだな、士気が違うようだ。各車、対空戦闘を継続。砲火を絶やすな
「了」
長沼からの指示に、版婆は少し辟易とした色を見せて返す。
「チッ、どこまでもしつこい……!」
直後、版婆の横で補佐についていた柚稲が零す。
彼は、美少女とも間違えられるその端麗な顔立ちをしかし顰め、忌々し気に上空の箒の群れを睨んでいる。
「あぁ、鬱陶しい」
柚稲のそれになげやりな同調の言葉を投げ、そして版婆は対空マウントのハンドルを掴み直し、上空への射撃を再開した。
車列中段に位置する装甲大型トラック。
火炎弾の被弾により燃え上がっていたキャビンの幌に、荷台に搭乗する隊員が、消火器を用いて消化液を吹きかけ鎮火を図っている。
程なくして、幌を燃やしていた炎は完全に消し止められた。
「やれやれ――ドライバー、火災は鎮火した」
《すまない、助かった……!》
消火作業に当たっていた隊員が運転席に報告を上げ、無線越しに運転席より礼の言葉が寄越される。
「ったく、やれやれだぜッ!」
無線上に聞こえたそのやり取りに対して、荷台上で悪態が上がる。主は他でも無い竹泉だ。
竹泉は、零しながらも車外に向けて自身の小銃を発砲。道に面する建物屋上より、クロスボウにて車列を狙っていた警備兵を、撃ち抜き仕留める。
車列は上空から襲い来る箒の他、地上各所より現れる警備兵からも狙われており、各車に搭乗する各員は、これ等の対応にも追われていた。
「ひぃぃ……一体なんなのだ……!?」
一人を仕留めた竹泉の足元。荷台の床に這わされ、竹泉の履くトレッキングシューズに踏みつけられながら震えた声を上げる、ほとんど裸の中年男の姿がある。先に強襲した娼館モドキの建物で、女二人を手籠めにしていた商議会議員の男だ。
装甲トラックの荷台には、竹泉、多気投、河義等4分隊が。そして他分隊の一部の隊員が搭乗。さらに先の娼館モドキより拘束した、誘拐他商議会の企みに関与すると思しき人間達が、乗せられていた。
拘束され強引にトラックに押し込まれた中年男始め彼等彼女等は、今は荷台の床に揃って這わされ、絨毯のようにひしめいている。そして苛烈な戦闘行動に追われる各隊員に、最早配慮もされずに、男女構わず踏みつけられ足場とされていた。
「き、貴様ら……!こんな事をして本当に……」
「シャアラップッ!」
喚き声を上げかけた中年男を、しかし竹泉は一蹴する言葉と同時にゲシと踏みつける。中年男からは「ぎゅえ」と悲鳴が上がった。
「竹泉!意識を外に向けろ!」
そこへ、戦闘より意識を外した竹泉に、河義から咎める言葉が飛ぶ。
「へぃへぃ、すんませんッ!」
竹泉はそれに、礼節を欠く態度で答えながら、戦闘行動へと意識を戻す。
(……ぅぅぅ、おのれ覚えておれ……どこの手先か知らぬが、儂が手を回せば……)
その足元で、中年の男は涙目になりながらも、心内で呪詛の言葉と、そして企みを浮かべて欠けていた。
「――上空、襲来ッ!」
しかし、同乗する別分隊の隊員の張り上げた言葉が、それすらも遮った。
登場する各員が目を向ければ、上空より、並ぶ建物に区切られる縦長の空に沿って、車列に向けて降下して来る警備隊の箒の姿が見える。
「多気投、対空射撃ッ!」
「イェッサァーッ!」
河義の命じる声に、ふざけた言い回しで応じる多気投。
他の車輛から先んじて対空砲火が撃ち上がり、同時に多気投が上空に向け構えた7.62mm機関銃FN MAGからも、7.62mm弾が撃ち出され始める。
しかし、降下して来る箒の警備兵の手に火炎弾が形成され、それが放たれたのその直後であった。
「――火炎弾ッ!」
隊員から警告の声が上がる。
その火炎弾は、竹泉や河義等の乗る、このトラックに迫る軌道だ。
そして火炎弾は予測通り、大型トラックの荷台へと飛来し飛び込んだ――
「――!?ひぎゃぁぁぁぁぁッ!?」
荷台上の着弾地点で悲鳴が上がった。悲鳴の元は、商議会議員の中年男。
荷台に着弾した火炎弾は、そこにいた中年男にみごと命中。瞬く間に中年男の全身を包み、彼を火達磨にしたのだ。
「熱ッ、いぎゃぁぁぁぁぁッ!?」
炎に包まれた中年男は、絶叫を上げて荷台上でのたうち暴れ回り始める。
「まずい――消火をッ!」
その光景に気付き驚愕しつつも、河義が消火作業を命じる声を発する。
「あああ!――ごぇッ!?」
しかし直後、消火作業が開始されるよりも前に、中年男の体は吹っ飛び、荷台後方の隅に叩き込まれた。
「動くんじゃねぇ」
見ればその端には、ヤクザ蹴りを放った直後の竹泉の姿。
さらに竹泉は倒れた中年男に詰め寄り、揺らめく炎にも構わずに、足裏で中年男の体を蹴り抑える。そして弾帯のホルスターより9mm拳銃を抜き、悶える中年男の後頭部に突き付けて、その引き金を引いた。
「びょッ!」
発砲音が木霊すると共に、中年男から悲鳴が上がる。
それを最後に中年男は絶命して動かなくなり、ただ焼け行く塊となった。
「ったく」
心底鬱陶し気に悪態を吐く竹泉。その横を抜けて、消火器を持った隊員が中年男の体に近づき、消化液を吹きかける。
車上で上がった二度目の火災は鎮火され、そしてこんがりと焼けた中年男の体だけが残った。
「う、うわぁぁ!?」
「ひぃ!」
一拍置き、その凄惨な光景を目の当たりにした、拘束された者達から悲鳴が立て続けに上がる。そして彼等は車上より逃げ出そうとする。
「動くな!大人しくしてろ!」
しかし各隊員に蹴とばされ抑えられ、彼等は再び荷台の床に縮こまる事となった。
「竹泉」
河義もそんな拘束した者達を踏みつけ抑えつつ、竹泉に向けて声を飛ばす。
「暴れられたら、被害が広がると思ったんでぇ。それに、どーせこの手の輩は、懲りずになんぞ企んでるモンです。予防ぉです予防ぉ」
それが困惑しつつも注意する言葉だと察した竹泉は、先回りして投げやりな弁明の言葉を発する。
「――まぁいい。配置に戻れ」
「どぉも」
しかし切迫した状況のため、河義もしつこく言及する事はせず、焼け焦げた中年男の体を一瞥した後に、戦闘配置に戻るよう指示。竹泉はそれに不躾に答えた。
陸隊、車輛隊の現在位置より少し先の地点。
凪石通りと命名された一角。その通りに面する各建物に、多数の警備兵が配置していた。
凪美の町警備隊の中でも、中心部の警備を担当する中央区域隊と呼ばれる隊の彼等は、これよりここを通ると予測される、侵入者の隊列に待ち伏せ攻撃を仕掛けるべく、備えていた。
「フラナシン区域長。各隊各員、配置に着きました」
一軒の建物の屋根の上。そこに立つ一人の壮年の男に、副官の警備兵が報告を上げる。
「近隣住民の避難は?」
「完了しています。突然の事なので、少し混乱が見られましたが」
「そうか……朝から、住民の生活を乱す事となってしまったな」
報告を受けたフラナシンという名の、区域隊長である壮年の男性は、少し愁いを帯びた顔で呟く。
「まったく、忌々しい侵入者共です……!」
それに同調するように、憤慨した様子で言う警備兵。
「だが、侵入者はどうにも、我々が追いかけている勇者一行を回収に来たようだ。元を辿れば、侵入者を引き入れてしまった原因は、我々にあるのかもしれない」
「ッ……」
しかし、引き続きのフラナシンのそんな言葉に、警備兵は現実を思い返して表情を曇らせた。
「――いや。何にせよ、侵入者の撃退が我々の役目だ。心して掛かるぞ」
「……はッ!」
そんな警備兵の心情を察してか、フラナシンは鼓舞の言葉を紡ぐ。それに警備兵は、気持ちを切り替え答えた。
「フラナシン区域長、後方より箒が」
フラナシン達に声が掛けられたのはその時であった。声の主は背後に位置していた別の警備兵。警備兵は、背後上空を指し示している。フラナシン達が振り返りそれを追えば、背後上空に、こちらに向かってくる一機の箒の姿が見えた。
箒はやがてフラナシン達の陣取る建物の屋根の上へと飛来。箒に横向きで乗っていた人物は、優雅に屋根へと足を着く。その人物は、露出の覆い扇情的な衣装を纏った、エルフの少女ルミナであった。
「件の、エルフの娘達か」
「気色の悪い格好を……」
ルミナの姿を確認し、フラナシンは呟き、警備兵は嫌悪感を露わにした表情で零す。
「君が、協力者であるエルフの子か?」
降り立ったルミナの前に立ち、尋ねるフラナシン。
「何?アンタ?」
しかしルミナから返って来たのは、不機嫌そうでぶっきらぼうな返事であった。
「失礼。この場の指揮を預かる、中央区域隊長のフラナシンだ」
対して、あくまで礼節を保って接するフラナシン。
「ふーん、あっそ」
しかしルミナの対応は、そっけなくそして失礼極まりない物であった。
「な!君なぁ!」
「よせ」
ルミナの態度に憤慨の様子を見せたのは、副官の警備兵。しかしフラナシンはそれを差し止めた。フラナシンも内心では良くない心情を抱いていたが、指揮官である者が冷静さを欠いて憤慨しては元も子もない事から、それを押し留めていた。
「で、敵は?」
そんなフラナシン達をよそに、ルミナは退屈そうな態度で尋ねて来る。
「もう間もなくこの通りを通過する。君には、そのタイミングを見計らって、術を発動してもらいたい」
「ふん。アンタの指示なんて聞いてないわよ。あたしはマイリセリアお姉様から仰せつかった仕事をするだけ」
答え、そして要請したフラナシンだったが、ルミナから返って来たのはそんな突っぱねる言葉。
「貴様――!」
それに対して、副官の警備兵は再び怒りの声を上げようとした。
「区域長!侵入者の隊列ですッ!」
しかし、響き割り行った大声がそれを遮った。
隣接する家屋の屋根に立つ観測役の警備兵が、通りの先を指し示している。
その先を見れば、町路を唸り声を上げて駆ける異質な物体の隊列が、こちらへと向かう姿が見えた。
「ッ――来たか!各員、備えろ!」
それを目にしたフラナシンは、周辺に配置した各警備兵に、指示の声を張り上げる。
「ふぅん、変わってるわね。まぁ、なんでもいいけど」
一方のルミナは、対して興味もなさそうに言うと、建物の屋根の縁へと立つ。
「で。今からミル・ダーウを発動するけど、アンタ達その中でも動ける訳?」
そこでルミナは、ついでと言った様子でフラナシンへ尋ねる。
「配置した各員には、対抗魔法を施している。君の魔法下でもう行動に支障はない」
「ふーん、そ」
答えたフラナシンに、ルミナはつまらなそうに返す。
その間にも異質な隊列は接近し、そして警備隊の配置した一帯へ間もなく踏み込む。
「――愚者共よ。負に囚われ、膝を折れ――」
それを眼下に見ながら、ルミナは詠唱を紡いだ。
車輛隊は、しつこく纏わりつく警備隊の箒隊に向けて、対空砲火を撃ち上げながらも、進行を続け、町路を駆け抜けていた。
「先頭ハシント。もう少し速度を上げられないか?」
車列の4輌目に位置する、指揮車兼ガントラックである大型トラックの助手席。そこに座す長沼が、無線で先頭を走る指揮通信車に向けて要請を送る。
《これ以上は無理です!道が狭く、真っ直ぐじゃない。さっきから色んな物を轢き飛ばしてる!》
しかし指揮通信車車長の矢万からは、そんな言葉が返される。
「了解、仕方ない」
長沼はそれ以上の無理強いはせずに、端的に返した。
「上からのいい的です」
無線でのやり取り横で聞いていた、運転席の舞魑魅が難色を示す声で言葉を寄越す。
「だが、危険な無理強いもできん。対空戦闘に当たっている各員に、尽力してもらうしかない」
「ですがこれが続――」
長沼の言葉に対して発せかけられた舞魑魅の言葉は、しかし不自然に途切れる。
不審に思った長沼は、周囲に向けていた目を運転席へと移す。
「――!舞魑魅一士!?」
そこで目に飛び込んで来たのは、上体を倒してハンドルに突っ伏す、舞魑魅の姿であった。
「ぁ、体……が……」
力なく声を零す舞魑魅。
明らかな異常事態。
そしてハンドルを操る主を失ったガントラックは、車体を大きく揺らして進路を反れる。
「ッ――!」
長沼は慌てて運転席側に手を伸ばし、ハンドルを掴む。
しかし体勢を持ち直すにはすでに遅く、次の瞬間に、ガントラックは道の建ち並ぶ家屋の内の一軒に、その巨体の頭を突っ込んだ――
ほぼ同じ瞬間。
先頭を行く82式指揮通信車の車上で、12.7㎜重機関銃を可能な限りの射角を取り、対空戦闘を行っていた矢万。
その彼が、異常事態を目の当りにしたのは次の瞬間だった。
車体前方助手席上で、MINIMI軽機に着いていた宇現が、突如身を崩して、ハッチから車内に力なく崩れ落ちたのだ。
「ッ!宇現、どうした!?」
尋ねる言葉を張り上げる矢万。
しかし直後、その耳に後方より鈍い衝撃音が聞こえ届く。
「――なッ!?」
キューポラ上で半身を捻り振り返れば、指揮車兼任のガントラックが、道を反れて家屋に突っ込んだ様子が見て取れた。
「鬼奈落、止まれッ!」
《全車停車!停車しろッ!》
矢万が操縦手の鬼奈落に向けて叫ぶ。そして、最後尾の装甲戦闘車に搭乗する、長沼に続く先任者の穏原からの、全体への指示が無線越しに聞こえ来たのはほぼ同時であった。
車輛隊全車は急停止し、進行を止める。
「ッ――何が……!?」
突然巻き起こった事態に対して、声を上げかけた矢万。しかし彼は瞬間、頭上に現れた複数の気配と、向けられる殺意に感づく。
そして視線を上げれば、周辺家屋の屋根上より、得物を携え現れる多数の人影を、その目に見た。
《――待ち伏せだぁーーッ!》
そしてインカムより、誰かが叫んだ声が飛び込んで来た。
「ッ……――」
家屋に突っ込んだガントラックのキャビン内部。
長沼は衝突時に体を襲った衝撃の余波に、顔を顰めつつも顔を起こす。フロントガラスの向こうには、突っ込んだ家屋内部の様子が見て取れる。幸いにも、家屋は無人のようであった。
「舞魑魅一士……!大丈夫か!?」
長沼は視線を運転席側に向けけ、舞魑魅に向けて尋ねる。
「に、そう……体が、動か、ない……」
しかしその舞魑魅は、依然としてハンドルに顔を突っ伏し、力ない声を上げてその旨を訴えて来た。
「これは――」
その姿に、襲い来た現象がなんであるかの察しを付け、言葉を零し掛ける長沼。
しかしその時、ガン、ガン、と。外部よりトラックの表面を叩くような音が聞こえ来た。
《――アルマジロ1-1!長沼二曹、無事ですか!?こちらエンブリー!》
そして同時に、穏原よりの安否確認の声が、インカムより飛び込んで来た。
「――エンブリー、私は無事だ。だがドライバーの舞魑魅の身体に異常発生!各所、状況を知らせ!」
長沼はそれに返信し、そして各所へ報告を求める声を上げる。
《ハシントよりアルマジロ1-1!我々は待ち伏せ攻撃を受けました!異常現象により搭乗員一名ダウン!》
《ジャンカー2!こちらも一名ダウン。現在、周辺より攻撃に晒されている!》
《こちらデリック・カーゴ!車長の身に異常!指示を!》
長沼の声に対して、各所各員より立て続けに無線報告が舞い込んでくる。
《ッ――各隊、無事な者は応戦行動を取れ!》
長沼は無線に向けて発し上げると、助手席ドアを開いて外へと出る。敵の攻撃下に身を晒す行為だが、状況を把握するには必要な行動であった。
車外に出て地面に足を着き、身を低くして周囲に視線を走らせる。
通りには間延びした車輛隊の各車が、隊列を乱して停車。各車の搭乗していた各員は車上より、あるいは降車して、各家屋に陣取った警備隊兵に向けて応戦している。
長沼の搭乗していたガントラックの荷台からも、数名が降車し展開。車外戦闘にあたっていた。
「富士(ふじ)三曹、そちらに被害は!?」
「6分隊からは被害ありません!」
長沼は車外戦闘を繰り広げる隊員の中に、ガントラック搭乗分隊の分隊長の姿を見止め、尋ねる。分隊長からは、幸いにも搭乗分隊に被害の無い旨が返された。
「よし。舞魑魅一士の身を荷台へ。誰か代わりに運転を!」
「了!安良(あら)、錫薙(すずなぎ)、かかれ!」
分隊により長沼の指示が下達され、指名された分隊員等は作業に掛かって行く。
「ッ――」
それを見届けた後に、長沼は苦い表情を浮かべつつ、周辺家屋を見上げる――
車輛隊の車列中段に位置する装甲トラック。
その傍では4分隊の河義、そして竹泉、多気投等。さらに同乗していた2分隊の隊員数名が、降車展開し戦闘に当たっていた。
《各所各員へ。異常の原因は、おそらく警備隊からの魔法現象攻撃と思われる。異常を発した隊員を回収収容し、代役を配置しろ!》
各員の装着するインカムへ、長沼の指示の言葉が飛び込んでくる。
「畜生!脅威存在はいないんじゃなかったのかよッ!」
出動前のミーティングでは、警備隊には特殊能力を扱う脅威存在は居ないであろう旨が伝えられていた。しかし現状、車輛隊は特殊能力の脅威に襲われた。
事前通達との相違に、2分隊の隊員から荒んだ声が上がる。
「んなこったろぉとは思ったよ」
一方、竹泉は皮肉気に吐き捨てつつ、装甲トラックを遮蔽物にして小銃を構え、家屋上の警備兵立を相手取っている。
《エンブリーより各ユニット。これより家屋に機関砲攻撃を行う》
そこへ今度は、装甲戦闘車の穏原の通達の声が、インカムより飛び込む。
そして車列殿の装甲戦闘車が、その砲塔を旋回させ、35㎜機関砲の仰角を取る姿が見えた。
《ダメだ、エンブリー!撃つな!》
しかし瞬間、長沼からの差し止める声が無線通信上に上がった。
《各家屋に民間人が残っている可能性がある。機関砲他、強火力での攻撃は許可できない!》
「あぁ?悠長な事言ってる場合かよ?」
長沼の可能性を懸念する言葉と指示。それを聞いた竹泉は苦言の言葉を呟き零す。
《各分隊、家屋に侵入し内部より制圧しろ!ジャンカー6は車列西側の家並み。ジャンカー2及び4は東側だ!》
「マジかよ」
続け聞こえ来た指示に、面倒臭そうな様子を隠そうともしない竹泉。
《6、了解》
《2ヘッド、了》
「4ヘッド、了解!」
竹泉をよそに、無線上には各分隊指揮官より了解の返答が上がり、さらに竹泉の傍らにいた河義も同様に了解の声を上げる。
《かかれ!》
そして長沼から、行動に掛かるよう合図が聞こえ来た。
「聞いたな?竹泉、多気投、行くぞ!」
「あぁ、へいへい」
「お宅にお邪魔しますだなぁ!」
河義の指示の声に、竹泉は気だるそうに、多気投は陽気な声で答える。
4分隊の3名は大型トラックを飛び出し、最寄りの家屋の側面に飛び込む。
そして玄関扉を破り、内部へ突入した。
町の上空で警戒監視飛行を行っていたCH-47Jの、搭乗する各員にも、車輛隊が襲撃された旨は届いていた。
「支援に行くべきじゃないのか?」
副機長の維崎が、淡々とした声で小千谷に向けて発する。
「あぁ、そのつもりだ。――ライフボートよりペンデュラム。当機はこれより車輛隊の支援に向かう」
草風の村の指揮所へ向けて小千谷は無線で一報し、そして操縦桿を操り機体を旋回させようとする。
《ダメです。ライフボート、許可できません》
しかし直後、指揮所より返されたのは、支援を差し止める言葉だった。
声の主は井神。聞こえ来たそれに、小千谷は目を剥く。
「何……!なぜです、井神さん!」
《車輛隊の襲撃があった一帯は、敵魔法現象の影響が広域に及んでいる可能性があります。さらに敵の航空勢力も集まっている。危険です》
問い詰めるように発し送られた小千谷の言葉に、井神からは淡々とした説明が返って来る。
「その危険な一体で、車輛隊が危機に陥っているんだ。向かわなくてどうする!」
しかし小千谷は訴え、そこからさらに言葉を続ける。
「井神さん。私と副機長の維崎は、どちらも検査では魔法現象の影響は見られなかった。そして敵航空勢力下での、作戦行動訓練も受けている。危険性は低い」
小千谷は井神に向けて説得の言葉を発する。しかし、井神から返答は帰って来ない。
「同胞の危機に赴かずに、何が航空支援かッ!」
小千谷は畳みかけるように、訴え張り上げた。
《――いいでしょう、許可します。ただし、現場上空では一定の高度を保ってください》
少しの沈黙の後に、やがて井神から許可の声が返された。
「あぁ。ありがとう、井神さん」
それに、小千谷は礼の言葉を送り、通信を終える。
「――よし、各員聞いたな。これより車輛隊の支援に向かう」
そして小千谷は搭乗する各員へ告げると、操縦桿を操り機体を傾ける。機体は進路を変え、車輛隊の元へ向けての飛行を開始した。
「どういうこと?」
エルフの少女ルミナは、家屋の屋根の上で、訝しむ声を上げながら眼下を見降ろしていた。
異質な侵入者の隊列は、彼女の発動した魔法、ミル・ダーウの効果範囲へと踏み込んだ。
このミル・ダーウという魔法は、効果範囲内にいる人間の力を奪い、尋常でない倦怠感、脱力感により捕らえ、動くことを不可能としてしまう魔法だ。
しかし、降下範囲に飛び込んだ眼下の者等には、その効果がほとんど見られなかった。
異質な乗り物の一台が家屋に突っ込み、隊列が停止した所を見るに、何名かの者に効果は発現したらしい。が、多くの者には影響が見られず、敵は通りに展開。配置した警備隊に向けて、異質で苛烈な攻撃を撃ち上げて来ていた。
「ッ!一体この攻撃は!?」
「ハルエナがやられたッ!」
「落ち着け、身を晒すなッ!2隊、対応できるか!?」
周囲では警備兵達の狼狽、焦燥の声が上がり、フラナシンがそれを落ち着かせ、指揮を取っている。
「まさか、あたしの術が効いていないって言うの?ッ――」
そんな彼等をよそに、光景から不愉快な事実を察し、不機嫌そうに表情を歪めるルミナ。
「なら――愚者共よ、愚者共よ――」
そしてルミナは、その口で詠唱を紡ごうとした。
「ッ!待つんだ、何をする気だ」
しかしそこへ、フラナシンが差し止める声を発し上げた。
彼は、ルミナの行為の不穏さに感づいたのだ。
「邪魔しないで。ミル・ダーウをもう一度掛けるのよ。今度はもっと強力に、広範囲で」
「ふざけているのか!?そんな事をすれば、町の住民を巻き込むッ!」
ルミナの言葉にフラナシンは目を剥き、却下の言葉を投げつけ、ルミナに詰め寄る。
「うるさい。あんたの考えなんて効いてない」
しかしルミナは突っぱねる。そして彼女はフラナシンに向けて手を翳す、次の瞬間、彼女の手中より強力な風圧が発生し、フラナシンを襲った。
「ッヅ!?」
「区域長!?」
打ち飛ばされたフラナシンは、咄嗟に反応した副官達警備兵に支えられる。
フラナシンを襲ったのは、エルフが本来得意とする風魔法であった。
「貴様!」
副官はルミナを睨み、声を荒げる。
しかしルミナは、彼等の方向には見向きもしない。
「――愚者共よ、愚者共よ。大いなる負に囚われ、膝を折り、頭を垂れろ――」
そして彼女の口より、悍ましい魔法の詠唱が、紡がれた。
場所は車輛隊襲撃地点を離れ、町の南側を走る城壁の上へと移る。
城壁上の通路に、四人分の隊員の姿があった。
町に進入した際に車輛隊より分派し門を押さえた、田話率いる増強第4戦闘分隊1組の四名だ。
本隊が作戦変更により警備隊本部を目指す事となり、その上で脱出ルートも変更の必要性が発生した。
そこで田話等は抑えた門を放棄。より警備隊本部と近い別の門を制圧するため、城壁上通路を用いて東に進行を始めたのだ。
「――ッ!」
しかし今現在。四名は城壁上通路に置かれた木箱や樽等を遮蔽物に、身を隠し進行を停止していた。そして時折それぞれの火器の銃身を突き出し、発砲音を響かせている。
増強第4戦闘分隊1組は、城壁上通路を行く途中で、町の警備隊と会敵。
現在戦闘状態にあった。
「ねばりますね、奴さん達」
木箱に身を隠した威末が呟きつつ、身を出し小銃を構え、数発撃ち込む。そして威末が身を隠すと、クロスボウによる矢の応射が襲い来た。
「あぁ、チクショ!」
門試から荒げた声が上がる。
会敵した警備隊は中々の抵抗を見せ、田話等はその場を突破できずにいた。
「航空支援を要請しますか?」
近子が田話に進言する。
「いや、ヘリコプターは車輛隊の救援で手いっぱいだろう……私達だけで突破したい」
近子の進言に対して、それを否定する言葉を発する田話。
「しかし、この――」
それに対して、さらに進言しようとする近子。しかし、その言葉は不自然に途切れた。
「近子三そ――な!?」
それを訝しみ横を向いた田話は、そこで見た物に目を剥いた。
「……ぁ……ぅぁ……」
そこには、その場に崩れて力ない声を零す近子の姿があった。
「威末士長!?」
さらに門試の張り上げた声が聞こえ来る。そちらを見れば、同様に崩れた威末の姿があった。
「近子三曹、威末士長!どうした!?」
「ぁ……身体……力、が……」
田話の問いかけに、威末は力ない掠れた言葉で訴える。襲い来た現象が何であるか、推測は容易であった。
「車輛隊を襲った異常現象か!?まさか、ここまで!?」
「冗談だろ!」
発し上げる田話。そして無事であった門試が、再び声を荒げる。
「ッ……門試一士、君は交戦を続けろ!」
田話は、現在相手取る警備隊に対しる対応を門試に命じると、インカムに向けて発し始める。
「ケンタウロス4-1より各ユニット。こちらは二名がダウン。敵、異常現象の効果がここまで来た物と思われる!何らかの応援、対応を乞う!送レ!」
捲し立てた田話。それに対して、少しの間を置いた後に返答が来た。
《ケンタウロス4-1、ペンデュラムだ。現在、そちらに向けられるユニットがいない。襲撃地点で、異常現象の原因を索敵対応中。原因排除まで、固守できるか?》
「……なんとか、可能です」
《なんとか堪えてくれ》
「了解。ケンタウロス4-1、終ワリ……聞いたな、門試一士」
通信を終え、田話は門試に視線を送って発する。
「畜生、外れクジだぜッ!」
「この場で固守する!」
門試しから上がる悪態。
両名は、ダウンした威末と近子を遮蔽物に押し込み、戦闘行動を再開した。
「ぐぁ!」
「ラウス!?――ぐぅッ!」
車輛隊襲撃地点――凪石通りに面する一軒の家屋の上階一室。
そこで二人の警備兵が、立て続けに打たれるように崩れ落ちた。
「――クリア!」
「あぁ、クリアだよ!」
扉の奥や、蹴とばし倒したテーブルに身を隠し、各火器を構えていた河義や竹泉が、無力化確認の声を上げる。
通りに並ぶ家屋に突入した4分隊の河義等は、たったいまその上階をクリアし、家屋の制圧を完了させた所で会った。
「どこまでもご遠慮願いたい事の立て続けだね!」
竹泉は、崩れ倒れた警備兵達の亡骸を。そして部屋内を見渡しながら悪態を吐く。
「アルマジロ1-1、こちらジャンカー4ヘッド。家屋内クリア、民間人の存在は確認できず」
傍ら、河義は長沼に向けてインカム通信にて報告を上げている。
《6、西側一帯制圧完了。民間人の存在無し!》
《4ヘッド、同じ!》
さらに、他の家屋を押さえに向かった別分隊からも、続々と報告が無線上に上がり聞こえ来る。
《了解、各ユニット。これより、周辺家屋へ強火力を投射する。ただちに上階より一時退避せよ》
そしてそれを受けた長沼より、要請の言葉が返された。
「よし、竹泉行くぞ」
「あぁ、了解了解」
河義の促しに、不躾に返す竹泉。両名は一室を後にし、家屋の階段を駆け降りて行った。
地上、車輛隊の元に残った各隊員は、重火器、強火力投射の準備を整えていた。
82式指揮通信車や対空仕様大型トラックに搭載された12.7㎜重機関銃が。ガントラックに搭載された96式40mm自動てき弾銃が。そして89式装甲戦闘車の主砲の90口径35㎜機関砲KDEが、周辺家屋の屋根に狙いを付けていた。
《6、退避完了》
《2、退避良し》
《ジャンカー4、退避良し!》
無線上に、家屋制圧に向かった各分隊より、退避完了の報が届く。
《了解。――各ユニット、重火力投射を許可する。各個に攻撃しろ!》
そして長沼の許可の声が響く。
同時に、各重火器が咆哮を上げた。
まず真っ先に火蓋を切ったのは、40mmてき弾銃だ。屋根上に向けて投射された40mmてき弾が、炸裂してそこに居た警備兵達を屍に変えた。
続き、各12.7㎜重機関銃が順次発砲を開始。屋根の上に配置していた警備兵達を、撃ち上げ貫き始める。
極めつけは89式装甲戦闘車の35㎜機関砲。
仰角を取った砲身より撃ち出された機関砲弾群は、家屋の屋根に届き、そこを貫きあるいは炸裂。砲塔の旋回により、砲火は家並みを舐めて行き、配置していた警備兵達を、家屋共々貫き吹き飛ばして言った――
数十秒前。
「何よ……どうなってんのよ……!」
ルミナは不機嫌な、そして焦れた声を零した。
より強力な魔力を乗せて、強力に、そして広範囲に向けて発動した侵食魔法ミル・ダーウは、しかし眼下の敵に影響を与えた様子は見られなかった。
「術を解くんだ!住民達にどんな影響がでているか分からないッ!」
そのルミナに、フラナシンは声を荒げ訴える。
彼の懸念は当たっていた。
強力さと効果範囲を増したミル・ダーウは、眼下の敵にこそ影響は見られなかったが、それ以外の各所に被害が波及。
先の増強第4戦闘分隊の二名をダウンさせただけでなく、効果範囲に住まう住民達多数が影響を受け倒れる被害を及ぼしていた。
「うるさいわね!私に命令を――」
しかしフラナシン訴えを、ルミナは一蹴しようとする。
――が、瞬間。それを遮り爆音が。そして両者の視線の先、通り挟んだ反対側の家屋の屋根で、いくつもの小爆発が上がった。
「ッ!」
目を剥く両者。
それをよそに、さらなる多数の暴力が、周辺を襲った。
それまで撃ち上げられていた異質な鏃を越える、強力な撃ち上げが襲来。多数の配置した警備兵達が射抜かれ、崩れ落下してゆく。
そして、中でも破格の威力の撃ち上げ。そして炸裂が、フラナシン達の傍で上がった。
その場に居た警備兵が、破片を受けて、酷く傷つき打ち倒される。
「――ッ!」
咄嗟の行動を最初に取ったのはルミナだった。
彼女は片手に携えていた箒を繰り出し、柄に体を乗せたかと思うと、次の瞬間には上空へ飛び出した。
一方フラナシンは、目の前で弾けた部下の姿に、目を剥き硬直している。
「区域長ッ!」
そんな彼を、声と共に衝撃が襲ったのは次の瞬間であった。
副官の警備兵が、フラナシンの体を押して突き飛ばしたのだ。
「――がぁッ!」
そして直後、副官の警備兵は襲い来た炸裂の暴力の餌食となった。
突き飛ばされ屋根の上に倒れたフラナシンの体に、一拍置いて、彼を庇った副官の体が倒れ込んでくる。
「な――エラニ副官!?おい!?」
倒れ込んで来た副官の肩を掴み、彼の名を叫ぶフラナシン。
しかし副官は目を見開き、口から血を零して、呼びかけに答える事はなかった――
「なんなのよ……なんなのよこいつ等ッ!」
箒に乗り、すんでの所で敵の攻撃を逃れ、上空へ退避したエルフの少女ルミナ。しかし彼女は、怒りに全身を煮やしていた。
自身の自慢であった、闇属性の侵食魔法。それが、眼下の相手にはほとんど通用した様子が見られなかった。それがまるで自信をコケにされたようで、彼女のプライドを逆撫でしたのだ。
「ッ……いいわ。なら直接仕留めてあげる」
八重歯を剥き出しにして、口角を上げるルミナ。そして彼女は箒を操り、急降下を始めた。
「風の刃よ、わが手に――」
そして片腕を突き出し、短く詠唱するルミナ。すると彼女の手先に、全長2mを越える、ぼんやりを発行する鎌の刃のような物が発現した。
これは風属性の魔法。
集約された風が魔力を纏った事によりが可視化され、鎌の刃を形作った物だ。ただの刃ではなく、これが命中すれば堅牢な砦すら貫通し、そして同時に風の巻き起こす暴風が、狙った獲物を傷つける効果を持つ。
発現された風の鎌を維持しながら、ルミナは通りに沿って飛行降下。敵の隊列に急接近する。鎌を放ち込むだけなら急降下は不必要な行動であったが、より精度威力を上げるため。何より、敵が無残に吹き飛び、あるいは真っ二つになる姿をその眼で見るため。彼女はギリギリまでの降下を選択した。
そしてやがて彼女の高度は、立ち並ぶ家屋の屋根と同じ位置まで近づく。
「ほら、無残な姿を晒しなさい――!」
瞬間、高らかに発し上げ、そして彼女はその手先に発現した風の鎌を、放とうとした――
「――?」
しかし瞬間。ルミナの視界の端に、何かがチラついた。それが彼女の意識を引き、彼女は顔をそちらへ向ける。
「え――?」
そして彼女の目に映ったのは、自身のすぐ横で、宙空に身を置く何者かの姿。そしてその者の履く靴――陸隊隊員に支給される、戦闘靴の靴裏。
「――ぎぇぅッ!?」
靴裏は――ルミナの頭部横面には入り、直撃。
ルミナを鈍痛が襲い、彼女の口からえげつない悲鳴が上がった――。
数秒前。
街並みを形作る家並み。その屋根の上を駆ける人影がある。
レンジャー隊員の不知窪だ。
彼はフリーランニングの要領で、屋根の上を駆け、家と家の合間を飛び越え、かなりの速度で家並みの上を進んでいた。
目指すは車輛隊の襲撃地点。視線の先に、町並みの一角上空を回遊飛行する、いくつもの箒に跨る警備兵の姿が見える。地上の敵への対応に追われているのか、対空砲火は散発的だ。
そして直後、内の一機が急降下を開始する様子を捉えた。
その手には、何か半透明の刃のような物が形成された様子も見える。その狙いがまず間違いなく地上の車輛隊であろうと、不知窪は確信。不安定な屋根上で、しかしその駆ける速度を上げる。
速度を上げた不知窪は、程なくして車輛隊襲撃地点である通りに到達。家並みは一度途絶え、眼下に車輛隊の立ち往生する通りが広がる。
――瞬間。不知窪は途絶えた屋根の上より飛び出した。
そこに速度を落す様子は無く、そして何の躊躇も無かった。
通りの真上の宙空に飛び出した不知窪の体。飛ぶ彼のその先にあるのは、丁度屋根の高度まで降下して来たエルフの少女、ルミナの体。
「え――?」
呆けるルミナの顔が、不知窪を向く。
直後、そのルミナの横面に、突き出した不知窪の片足。その戦闘靴の靴裏が叩き込まれた。
「――ぎぇぅッ!?」
ルミナから悲鳴が上がった。
激突した両者の体は、ほんの少しだけ高度を下げ、不知窪の飛び出した勢いを維持したまま、通りの反対側の家屋二階の窓に衝突。
窓を破り盛大な音を立て、不知窪とルミナは家屋二階へと突っ込んだ。
「ッ!」
「ぎゃぅッ!」
家屋内の一室へもつれ合うように転がり込んだ両者は、そのまま床を滑り、そして家屋内の家具を蹴散らし飛ばし、壁にぶつかってようやく停止。
不知窪は受け身を取ったが、ルミナはダイレクトにぶつかり再び悲鳴を上げた。
「何事だ!?」
「あんだあんだぁ?」
そこへ一拍置いて、下階へ続く階段より声と共に数名が駆けあがって来る。
下階で一時退避していた、河義や竹泉等だ。
河義等は上がり踏み込んだ室内で展開し、目の留めた人影にひとまず各火器を向ける。
「っと――」
そんな河義等に囲われつつも、不知窪は起き上がり周囲へ視線を走らせ、状況を確認する。
「き、君は……!?」
「あぁ。11分隊の不知窪です」
その場の人影が見覚えのある隊員である事に気付き、河義は困惑しつつ尋ねる声を上げる。対して不知窪は端的に、54普連在籍中の所属分隊を名乗った。
「あぁ、確か鷹幅二曹と一緒に動いていた……一体何が――君、後ろッ!」
困惑気味に発しかけた河義は、しかし次の瞬間に言葉を変えて叫ぶ。
不知窪の背後に、その手の平に風魔法による刃を発現させ、襲い掛かるルミナの姿があったからだ。そしてその風の刃が、不知窪の首に突き立てられる――
「――ッ!?」
しかし直後。不知窪の姿がそこから消える。
鬼の如き怒りの表情を浮かべていたルミナは、しかしその顔を驚愕の物に変える。
「――ぱり゛ぁッ」
そしてルミナは、おかしな悲鳴を上げて横方向を打ち仰け反った。彼女の米神から、血飛沫が飛び散る。
ルミナの横には、9mm機関けん銃を片手で構えた不知窪の姿があった。
不知窪は半身を屈め反らしてルミナの刃を回避。そして片足を起点にまるでダンスのように身を回転移動させ、ルミナの側面を取り、彼女を排除したのだ。
ルミナは床にばたりと崩れ落ち、動くことはなくなった。
「ッ――!君、大丈夫か?」
一連の動きが終わった後に、河義は一応の尋ねる言葉を掛ける。
「えぇ」
対する不知窪は、何でもない事の様に端的に返した。
「あぁー?どういうことだっつーねん?」
一方、竹泉は一連の出来事に、呆れ混じりの疑問の言葉を上げながら、無力化されたルミナの体に観察の視線を向ける。
「このガキはんだよ?コスプレイヤーか、それとも変態かぁ?」
ルミナのその露出の多い特異な外観に、気色悪そうな顔を浮かべて発する竹泉。
「耳が……長い?エルフってヤツか?一体……?」
続け考察の言葉を零す河義。
「車輛隊に攻撃を仕掛けようとしていました。少なくとも、敵の様です」
それ等に対して、淡々と淡々と答える不知窪。
「まーた気色悪そうなのが出て来たなぁ。――でぇ?それはそれとして、お三曹殿はなして窓からぶっ込んで来たんですかねぇ?」
「それが通り沿いに降下を掛ける姿が見えた。降下して来た所を狙って、飛び出したらうまく蹴りを入れられた」
竹泉の皮肉交じりの問いかけに、不知窪は引き続き淡々と答える。
「………」
「おかしいんじゃねぇの?」
それを聞き、河義は返す言葉が見つけられず、竹泉は皮肉一杯に答えた。
《――不知窪!応答しろ、おい無事か!?》
そこへ各員の装着するインカムに、声が飛び込んで来た。声の主は鷹幅だ。
「不知窪、無事です。敵の――箒、でしたか?を一機無力化しました。屋内で車輛隊分隊と合流」
聞こえ来た安否確認に対して、変わらぬ調子で返す不知窪。
《まったく、一人で先行した上に無茶を……!一度地上で合流するぞ。車輛隊とも調整をしたい》
「了解、そっちに行きます――そういう訳です。お騒がせしました」
通信を終えた不知窪は、河義に向けて言うと、その場を後にして家屋の階段を降りて行った。
「ぶっとんでやがる」
「……お前も人の事を言えた義理か」
その背に、嫌味気に発した竹泉。しかし竹泉に、河義から呆れ混じりの言葉が飛んだ。
家屋上階から天井に繋がる梯子を上る河義。
開かれていた天扉を潜り、上半身を屋根上に出すと同時に、小銃を手繰り寄せ構え、周囲に視線を走らせる。
「――ッ!」
そこで河義は、屋根上に人影を見止めた。
警備隊の制服を纏うその人物は、屋根上で立膝を着き、亡骸となった別の警備兵の体を膝上で抱えている。
警備隊、中央区域隊隊長のフラナシンだ。その腕中で支えるのは自身を庇い、命を失った副官の体。
その視線を副官の亡骸に落とし、その顔を悲観に染めていたフラナシンは、しかしそこで侵入者――河義の姿に気付く。
「ッ――!」
その姿を目の当りにし、フラナシンは肩より下げていたクロスボウを手繰り寄せ、構えた。しかしそのクロスボウから矢が放たれる事は無かった。
破裂音が屋根上に響き、フラナシンの体を噛みつくような激痛が襲う。
「ッぁ……」
そしてフラナシンは身を崩し、屋根上にその体を倒した。
「ッ……!」
一方では、小銃を構えた河義の姿があった。その小銃の先端からは、うっすらと煙が上がってる。河義の撃った弾が、フラナシンを襲い打ち倒したのであった。
河義は険しい顔を作りながらも、天扉より這い出し、屋根上を踏んでフラナシンの体へ近づく。そして、口から血を一筋零し、虚空を見つめるフラナシンの眼を見止め、彼の死亡を確認した。
「……申し訳ない」
味方を失い悲観の中にあったであろう人物への、追い打ちを掛けるような自身の行為に、後ろめたさを覚える河義。河義が立膝を着いて、呟き、そしてフラナシンの虚空を見つめる眼を閉じる。
刹那。直上を支援のために飛来したCH-47Jが、ローターの轟音を立てて飛び抜けて行った。
襲撃地点上空へと飛来したCH-47Jは、旋回行動を始める。
ローターを激しく回転させながら割り行ってきた飛行物体に、車輛隊上空にしつこく取りついていた警備隊の箒編隊は、蹴散らされるように距離を取って行く。
CH-47Jからはさらに箒編隊に対して、搭載の74式7.62mm車載機関銃や12.7mm重機関銃による射撃が開始され、交戦が開始された。
待ち伏せを仕掛けて来た警備隊の大半は無力化され、さらに上空より襲い来ていた箒隊は、駆け付けたCH-47Jが引き付けてくれた。
まだ散発的な戦闘。発砲音は続いているが、車輛隊を襲う脅威はほぼ収まり、車輛隊は体勢の再構築、再編成に掛かっていた。
魔法現象により倒れた数名の隊員も、警備隊側に居たのであろう魔法現象オペレーターが排除されたためか、回復の兆しを見せていたが、念のためポジションを他の隊員と交代する。
町の南側城壁上を進行していた、増強第4戦闘分隊の田話からも、ダウンした威末等が回復した旨が、報告により寄越されていた。
そして、家屋に突っ込んだ指揮車兼任のガントラックは、後進によりそのキャビン部を家屋より引き抜き、車列へと復帰した。そのサイドミラー等は損壊していたが、走行に影響は無かった。
「今度はエルフか――」
そんな各車各隊が再編成を急ぐ傍ら、タブレット端末に視線を落とす長沼の姿がある。
そこには、先に不知窪により無力化された、奇抜な格好のエルフの少女の亡骸が映っていた。
「想像の範疇をでませんが、先の異常現象の大元かもしれません」
傍らにいた、画像の撮影者である河義が、少し気分の悪そうな表情を浮かべながら発する。
「もっとはっきりとした情報が欲しい所だが……とにかく、類似存在にも注意するしかないな」
そして長沼は、少しもどかしそうな声で零した。
「鷹幅二曹、不知窪三曹。よく駆け付けて、脅威を無力化してくれた」
そして長沼は、立ち会っていた鷹幅、不知窪両名に向けて発する。
「どうも」
「まったく……」
それに対して、当事者である不知窪当人は端的に返し、そんな彼の姿に鷹幅は呆れ声を零した。
「では長沼さん。私達は行動を再開します」
「ん?こちら――車輛隊に合流するんじゃないのか?」
そして次に鷹幅から発せられた言葉。それに長沼は訝しむ声を上げる。
「いえ。遊撃、及び高所からの監視狙撃支援が必要と見ています。私達は別働、徒歩による行動を続けたいと思います」
そんな長沼に対して、鷹幅はそう進言した。
「ふむ――いいだろう。しかし今の状況で、君達2名のままでは危険と見る。――河義三曹」
長沼は鷹幅の進言を受け入れるが、同時に懸念事項を零す。そして傍らの河義に向き直る。
「人員火力を増強する。君達4分隊の3名は、鷹幅二曹等に合流してくれ」
「分かりました――聞いたな、竹泉、多気投。ここから徒歩だ、補給を受けて置け」
長沼の指示を河義は了承。そして傍で警戒態勢を取っていた、竹泉と多気投に呼びかける。
「おんげッ。また面倒事の更新かよ!」
「過激なドライブから、ワクワクウォーキングにスライドだなぁ!」
河義からの指示の言葉に、竹泉等はそれぞれ悪態と、陽気な言葉を上げて返した。
《――ライフボートへ、こちらジャンカー1!こちらは、上流より4番目の橋で、2個小隊規模の敵と対峙中!》
無線上にジャンカー1――1分隊の峨奈からの叫び訴える声が上がり、各員の耳にそれが届いたのは、その時であった。
《敵は防衛体勢は強固!こちらだけでの突破、無力化は困難!再びの航空火力支援を要請するッ!》
《ライフボートよりジャンカー1。現在当機は車輛隊に上空支援を提供中。少し待つんだ》
続く峨奈の要請の声。それに対して、現在車輛隊上空で支援に当たっているCH-47Jの小千谷からは、そんな旨の言葉が返される。
「いえ、アルマジロ1-1よりライフボート。こちらは大丈夫です。」
しかし、長沼はそこへ言葉を割り入れた。
「車輛隊も間もなく現在位置より離脱します。そちらは、ジャンカー1の支援に向かってください」
《――了解、アルマジロ1-1。ジャンカー1、少し辛抱しろ。これより向かう》
長沼からの言葉を受け、無線上に小千谷の声が上がる。
《ジャンカー1、了》
峨奈からも声が返される。
そしてCH-47Jは車輛隊の上空を離れ、第1分隊の方向へと飛び去って行った。
「――よし、我々も――」
CH-47Jを見送った後に、言葉を発しかける長沼。
しかしその時、車輛隊の後方近くに、火炎弾が飛び込み燃え上がった。
「近弾ッ!」
そして近場に居た隊員から声が上がる。
CH-47Jが去った所を狙い、警備隊の箒が進入し、火炎弾を放って来たようだ。
「――ッ、行動再開する。急ぐぞ、各再乗車せよ」
顔を顰めつつ、改めて行動再開の旨を発する長沼。
「車輛隊が移動するぞーーッ!」
近くに居た6分隊長の富士三曹が、それに呼応し、全体に伝わる声で発し上げた。
「私達も行動を再開する」
「了――行くぞ!」
そして引き続き別行動を取る鷹幅が発し、同行する事となった河義が、竹泉等に促す。
「やぁれやれだぜ……!」
気だるげに呟きながら、駆け出した鷹幅等に続く竹泉。
そして鷹幅等、再編成された別動隊は路地裏へと駆け込み姿を消す。車輛隊各車は再びエンジンを吹かし、ゆっくりと走り出しながら隊列を組みなおし、襲撃地点を離脱。行程を再開した。
現在計5輌からなる車列の2輌目。対空マウントに据えた12.7㎜重機関銃を搭載した、対空車輛仕様の大型トラック。その荷台上で、武器科の版婆と柚稲は、12.7㎜重機関銃を操りつつ、上空を睨んでいた。
「ブンブン飛んでやがる」
町の上空には、警備隊の飛ばす観測用らしき発光体や、箒に跨り飛ぶ魔法使いの警備兵の姿がしきりに見えた。
それらを鬱陶しく思い、零す版婆。
「――版婆三曹、4時方向!」
補佐の柚稲が叫んだのは、その時であった。柚稲は、発した方向と同一方向上空を指さしている。それを追い見れば、版婆の眼に、上空よりこちらへ降下して来る、二機の箒に跨る警備兵の姿が見えた。
「チッ、掛かって来たか!」
舌打ちを打ちつつ、マウントに据えられた12.7㎜重機関銃を旋回させる版婆。
しかし直後。版婆の眼は、その飛ぶ箒の周囲で、パリっと何か光が走るのを見る。
「――!」
嫌な感じを覚える版婆。
――衝撃音を響かせ、対空仕様の大型トラックの近くに、落雷が落ちたのはその直後であった――
凪美の町、警備隊本部。
警備隊本部庁舎内にある、広い一室。指揮所として用いられているその一室内では、慌ただしく警備兵達が動き回っている。室内の真ん中には大きな長机が置かれ、多数の地図が雑多に広げられ、数人の警備区域長や警備兵長クラスが、それを囲い視線を落とし、言葉を飛ばし合っている。
「北東区域隊、凪流橋にて侵入者の一隊と交戦中」
「第3箒隊、敵の隊列に強襲を開始」
各隊からの伝令や、遠方知覚魔法が捉えた敵の動きが、情報として彼の元へ上がって来る。
そんな中、長机の奥側には、ポプラノステクの姿がある。彼は伝令の警備兵と相対していたが、その顔は静かな怒りの色に満ちていた。
「――この町で、ここまでの腐敗を許していたのか!」
そして発すると同時に、彼は長机上に拳を叩き下ろした。
先に判明した、北西区域長の女の主導の元に運営されていた、娼館モドキの存在。
そこに侵入強襲を仕掛けた侵入者が去るのと入れ替わりに、警備隊側もその娼館モドキに到着し踏み込み、そして実態を把握。
今しがたポプラノステクの元に、その詳細の報が届けられ、彼はその事実に憤慨していたのであった。
「――関係した者には、事態収束後に厳罰を与える」
伝令の警備兵はじめ、周囲の者にそう発したポプラノステクは、それから長机上に向き直る。
この娼館モドキの一軒も重大であったが、今はそれより優先して、侵入者に対応しなければならないのが現状であった。
「侵入者は、二手に分かれてこちらを目指しているんだったな?」
「はい」
ポプラノステクは傍に控えていた副官の少女ヒュリリに確認を取り、彼女はそれを肯定する。
「敵の徒歩部隊には、東区域隊からも対応増援を向かわせろ。隊列の方は、南西区域隊と中央区域隊で待ち伏せを試す。それまでは箒隊各隊で牽制――」
対して、ポプラノステクは各警備兵に向けて、指示を配り発して行く。
「ふふ、なかなか賑やかな事になっているようね?」
急かしい動きの止まぬ指揮所に、場違いな声が響いたのはその時であった。ポプラノステクを始め、各人の視線が、声の聞こえ来た方向へ向く。
指揮所の入り口に、声の主の姿があった。
エルフの女、マイリセリアだ。
優雅に立つマイリセリアの両脇背後には、彼女の配下であるエルフの少女、ルミナ。そしてもう一人、背の高めのエルフの女の姿が見えた。
「あれって……」
そんな現れた彼女達の姿を前に、ヒュリリが顔を顰めて訝しげな声を零す。
その理由は、彼女達のその井出達にあった。
これまでは、聖職者用の服を纏っていたマイリセリア達エルフ。
しかし、今その姿は一転し、彼女達はまるで下着のような、露出の高い黒色の装束を身に着けていた。
目につくのはそればかりではない。彼女達の露出した体の各所には、魔法による紋様が浮かび上がっていた。
扇情的な彼女の姿に、しかし警備兵達が向けたのは軽蔑と忌諱の視線。
だが、マイリセリア達はそんな視線を気にする事も無く、歩みポプラノステクの元に近づいて来た。
「あら、見惚れちゃった?」
ポプラノステクの前に立ち、彼の視線を前に、揶揄うように言うマイリセリア。
「気持ち悪い物は目を引くからな」
対するポプラノステクは、冷たい口調で言い放つ。
「あら、失礼ね。これから手を貸してあげようって言うのに」
そんなポプラノステクの言葉に、マイリセリアは口を尖らせて発した。
「成程、エルフの彼女らが魔王側に与する理由が分かった」
「洗脳されているという事ですか……?」
一方、そんなマイリセリア達を見つつ、傍らにいたヴェイノやヒュリリが、言葉を零し交わしている。
紅の国は魔王軍側に着こうとする上で、その準備を円滑に進めるための各種工作を行っているが、その協力の一環として、魔王軍側からも少なくない者達が、先んじて派遣されて来ていた。
マイリセリア達も、そんな者達の一角であった。
しかし、エルフ属とは本来清く高貴な存在でありその誇りも高く、他の共同体に与する事などはしないと言うのが、広く伝わっている認識だ。
そんな彼女達が魔王軍側に与している事が少なからず疑問であったポプラノステク達であったが、その理由は彼女達の姿により、今察する事ができた。
「あら、失礼ね。私たちは己の意思で選んだのよ。愚かな考えを捨て、今の姿を手に入れたの」
そんなヴェイノ達の言葉を聞き留めたマイリセリアは、不服そうに、しかし笑みを浮かべて発する。そしてその身を一度優雅な動きで、一度回転させて見せた。
「――まぁいい。あんた達の選択に、別に口出しはしない」
対してポプラノステクは、興味は無い――というよりも関わりたくはないという様子で、吐き捨てるように言った。
「それよりも、準備はできたんだな?あんた等にも仕事をしてもらう。そっちの彼女の、ミル・ダーウの魔法を借りたい」
ポプラノステクは、マイリセリアの横に控えるルミナを視線で示して発する。
口にされた魔法は、昨日クラライナ捕獲の際に、クラライナの力を奪い無力化してみせた、闇属性の魔法の事だ。
「ふん。アンタの言う事になんて従わないわ」
しかしエルフの少女ルミナは、ツンとした態度で突っぱねるように言う。
「ちょっと!」
そんなルミナの態度に、憤慨の姿勢を見せたのはヒュリリ。しかしポプラノステクは「よせ」とそれを止める。
「ルミナ。気持ちも分かるけど、一応は与えられた役目よ。警備隊さん達を、お手伝いしてあげてくれるかしら?」
「マイリセリア様のお言葉でしたら」
しかしマイリセリアがどこか緊張感の無い声で解くと、ルミナは態度を一変させて承諾の返事を発した。
「中央区域隊が、これより凪石通りで展開し、待ち伏せ攻撃を行う。アンタはそこに合流してくれ」
ポプラノステクは、事務的な口調でマイリセリア達に告げる。
「だそうよ。――所で、私とエイレスは、まだ動かなくてもいいのかしら?」
言葉を受けた後に、マイリセリアは自身と、背後のもう一人のエルフを言葉で示しながら尋ねる。
「今の所、あんた等に振る作戦は無い。待機を――」
「ならば私は、少し自分で動かせてもらいます」
それに返そうとしたポプラノステク。しかしそれを遮るように、エイレスと呼ばれた長身のエルフ女はそう発した。
「何?おい、勝手は――」
「いいじゃない。侵入して来た相手は、正体が皆目不明なんでしょう。こっちで偵察くらいさせてくれてもいいと思うのだけど?」
咎めようとしたポプラノステクに、しかし今度はマイリセリアが言葉を挟む。
「………好きにしろ」
少し考えた後に、ポプラノステクは投げやりに許可の言葉を発した。
「柔軟なのは感心ね。じゃあ、私達はこれから動かせてもらうわ。ルミナ、エイレス、お願いね」
「はい、マイリセリア様」
「は、姫様」
マイリセリアは両脇の二人に促し、二人のエルフからはそれぞれ言葉が返される。そしてマイリセリア達は、身を翻して指揮所を出て行った。
「……あれは、自我を残した上で染め上げられてるな」
「何か付け入られる隙か、元々何か偏った思想を持っていたんだろう。完全な操り人形よりたちが悪い」
マイリセリア達の出て行った後に、扉の方に視線を送りつつ、ヴェイノとポプラノステクは推察の言葉を交わす。
具体的に何があったかは想像するより無いが、どうあれマイリセリア達は、エルフの元来の高潔さは失い、堕ちている。それは嫌と言う程見て取れた。
「……」
交わすポプラノステク達の傍ら、ヒュリリは険しい顔で、エルフ達が出て行った先を見つめていた。
《デリック・カーゴ!火炎弾被弾!現在消火作業中ッ!》
《先頭ハシント、近弾ッ!》
車輛隊各車から上がる報告が、無線上で飛び交っている。
狭い道を行く車輛隊は、苛烈な各種魔法攻撃に晒されていた。
車輛隊上空には、箒に跨り飛ぶ警備兵達が、まるで得物をハゲタカのように飛び回っている。接敵当初は2機であった箒はしかし数を増やし、現在は6機が車列上空を飛び交っていた。
彼等は連携を取り合い、交互に車輛隊目がけて急降下を繰り返しては、火炎弾や落雷などの魔法現象攻撃を放ち加えて来た。
落ちる落雷は地面を削り穴を開け、火炎弾の熱は各車輛を焦がす。
つい先程には、車列中段を行く装甲大型トラックに火炎弾が落ち、キャビンを覆う幌が炎上。搭乗した分隊員が、消火器により懸命な消火作業を行う姿があった。
《各車、速度を落すな》
指揮車を兼ねるガントラックに乗る長沼から、各車に向けての指示が送られ、聞こえ届く。
「ッ」
車列2輌目の対空大型トラック。その荷台上で、そんな無線上で錯綜する声を聞きながら、版婆は上空を飛び交う箒の姿を追い続けていた。
12.7㎜重機関銃の据えられた対空マウントのハンドルを掴み、飛ぶ箒を追いかけ重機関銃を旋回させながら、激発装置を引き続け、12.7㎜弾を絶やす事無く撃ち上げ続けている。
車列を執拗に狙う箒の群れに対して、版婆等対空要員は、懸命な対空戦闘を続けていた。
対空トラックからだけでなく殿の89式装甲戦闘車も、35㎜機関砲の仰角を最大角度で取り、激しい射撃音を立てながら砲塔を旋回させ、対空砲火を撃ち上げている。
砲塔上には、射撃観測を行う車長の穏原の、ハッチより身を乗り出す姿が見えた。
「――そこだ」
版婆は、切り返し動作で速度を落した箒の姿を見止め、それを狙い撃ち上げる。
撃ち上げられた12.7㎜弾の火線はみごとに箒に跨る警備兵を貫き、警備兵は身を崩して落下。建物の向こうに姿を消した。
「撃墜。一機撃墜」
撃墜を確認し、それを言葉にする版婆。
《対空戦闘中の各車へ。状況知らせ》
そのタイミングで、長沼より報告を求める無線通信が聞こえ来た。
「デリック・アンチエア、版婆。数機撃墜するも、攻勢の減退見えず」
要請の声に対して、版婆は端的に戦果と現状を報告する。
《エンブリー、状況同じく。何体か墜としたが、しつこく食いついて来る!》
直後に、装甲戦闘車かの穏原からも、方向の声が上がり聞こえ来る。
各車からの対空攻撃はここまでで何機かの箒を落とし、警備隊箒隊側の戦力を少なくない数削っていた。しかし、反して警備隊側の攻撃の手は、増す一方であった。
《やはり彼等のホームだな、士気が違うようだ。各車、対空戦闘を継続。砲火を絶やすな
「了」
長沼からの指示に、版婆は少し辟易とした色を見せて返す。
「チッ、どこまでもしつこい……!」
直後、版婆の横で補佐についていた柚稲が零す。
彼は、美少女とも間違えられるその端麗な顔立ちをしかし顰め、忌々し気に上空の箒の群れを睨んでいる。
「あぁ、鬱陶しい」
柚稲のそれになげやりな同調の言葉を投げ、そして版婆は対空マウントのハンドルを掴み直し、上空への射撃を再開した。
車列中段に位置する装甲大型トラック。
火炎弾の被弾により燃え上がっていたキャビンの幌に、荷台に搭乗する隊員が、消火器を用いて消化液を吹きかけ鎮火を図っている。
程なくして、幌を燃やしていた炎は完全に消し止められた。
「やれやれ――ドライバー、火災は鎮火した」
《すまない、助かった……!》
消火作業に当たっていた隊員が運転席に報告を上げ、無線越しに運転席より礼の言葉が寄越される。
「ったく、やれやれだぜッ!」
無線上に聞こえたそのやり取りに対して、荷台上で悪態が上がる。主は他でも無い竹泉だ。
竹泉は、零しながらも車外に向けて自身の小銃を発砲。道に面する建物屋上より、クロスボウにて車列を狙っていた警備兵を、撃ち抜き仕留める。
車列は上空から襲い来る箒の他、地上各所より現れる警備兵からも狙われており、各車に搭乗する各員は、これ等の対応にも追われていた。
「ひぃぃ……一体なんなのだ……!?」
一人を仕留めた竹泉の足元。荷台の床に這わされ、竹泉の履くトレッキングシューズに踏みつけられながら震えた声を上げる、ほとんど裸の中年男の姿がある。先に強襲した娼館モドキの建物で、女二人を手籠めにしていた商議会議員の男だ。
装甲トラックの荷台には、竹泉、多気投、河義等4分隊が。そして他分隊の一部の隊員が搭乗。さらに先の娼館モドキより拘束した、誘拐他商議会の企みに関与すると思しき人間達が、乗せられていた。
拘束され強引にトラックに押し込まれた中年男始め彼等彼女等は、今は荷台の床に揃って這わされ、絨毯のようにひしめいている。そして苛烈な戦闘行動に追われる各隊員に、最早配慮もされずに、男女構わず踏みつけられ足場とされていた。
「き、貴様ら……!こんな事をして本当に……」
「シャアラップッ!」
喚き声を上げかけた中年男を、しかし竹泉は一蹴する言葉と同時にゲシと踏みつける。中年男からは「ぎゅえ」と悲鳴が上がった。
「竹泉!意識を外に向けろ!」
そこへ、戦闘より意識を外した竹泉に、河義から咎める言葉が飛ぶ。
「へぃへぃ、すんませんッ!」
竹泉はそれに、礼節を欠く態度で答えながら、戦闘行動へと意識を戻す。
(……ぅぅぅ、おのれ覚えておれ……どこの手先か知らぬが、儂が手を回せば……)
その足元で、中年の男は涙目になりながらも、心内で呪詛の言葉と、そして企みを浮かべて欠けていた。
「――上空、襲来ッ!」
しかし、同乗する別分隊の隊員の張り上げた言葉が、それすらも遮った。
登場する各員が目を向ければ、上空より、並ぶ建物に区切られる縦長の空に沿って、車列に向けて降下して来る警備隊の箒の姿が見える。
「多気投、対空射撃ッ!」
「イェッサァーッ!」
河義の命じる声に、ふざけた言い回しで応じる多気投。
他の車輛から先んじて対空砲火が撃ち上がり、同時に多気投が上空に向け構えた7.62mm機関銃FN MAGからも、7.62mm弾が撃ち出され始める。
しかし、降下して来る箒の警備兵の手に火炎弾が形成され、それが放たれたのその直後であった。
「――火炎弾ッ!」
隊員から警告の声が上がる。
その火炎弾は、竹泉や河義等の乗る、このトラックに迫る軌道だ。
そして火炎弾は予測通り、大型トラックの荷台へと飛来し飛び込んだ――
「――!?ひぎゃぁぁぁぁぁッ!?」
荷台上の着弾地点で悲鳴が上がった。悲鳴の元は、商議会議員の中年男。
荷台に着弾した火炎弾は、そこにいた中年男にみごと命中。瞬く間に中年男の全身を包み、彼を火達磨にしたのだ。
「熱ッ、いぎゃぁぁぁぁぁッ!?」
炎に包まれた中年男は、絶叫を上げて荷台上でのたうち暴れ回り始める。
「まずい――消火をッ!」
その光景に気付き驚愕しつつも、河義が消火作業を命じる声を発する。
「あああ!――ごぇッ!?」
しかし直後、消火作業が開始されるよりも前に、中年男の体は吹っ飛び、荷台後方の隅に叩き込まれた。
「動くんじゃねぇ」
見ればその端には、ヤクザ蹴りを放った直後の竹泉の姿。
さらに竹泉は倒れた中年男に詰め寄り、揺らめく炎にも構わずに、足裏で中年男の体を蹴り抑える。そして弾帯のホルスターより9mm拳銃を抜き、悶える中年男の後頭部に突き付けて、その引き金を引いた。
「びょッ!」
発砲音が木霊すると共に、中年男から悲鳴が上がる。
それを最後に中年男は絶命して動かなくなり、ただ焼け行く塊となった。
「ったく」
心底鬱陶し気に悪態を吐く竹泉。その横を抜けて、消火器を持った隊員が中年男の体に近づき、消化液を吹きかける。
車上で上がった二度目の火災は鎮火され、そしてこんがりと焼けた中年男の体だけが残った。
「う、うわぁぁ!?」
「ひぃ!」
一拍置き、その凄惨な光景を目の当たりにした、拘束された者達から悲鳴が立て続けに上がる。そして彼等は車上より逃げ出そうとする。
「動くな!大人しくしてろ!」
しかし各隊員に蹴とばされ抑えられ、彼等は再び荷台の床に縮こまる事となった。
「竹泉」
河義もそんな拘束した者達を踏みつけ抑えつつ、竹泉に向けて声を飛ばす。
「暴れられたら、被害が広がると思ったんでぇ。それに、どーせこの手の輩は、懲りずになんぞ企んでるモンです。予防ぉです予防ぉ」
それが困惑しつつも注意する言葉だと察した竹泉は、先回りして投げやりな弁明の言葉を発する。
「――まぁいい。配置に戻れ」
「どぉも」
しかし切迫した状況のため、河義もしつこく言及する事はせず、焼け焦げた中年男の体を一瞥した後に、戦闘配置に戻るよう指示。竹泉はそれに不躾に答えた。
陸隊、車輛隊の現在位置より少し先の地点。
凪石通りと命名された一角。その通りに面する各建物に、多数の警備兵が配置していた。
凪美の町警備隊の中でも、中心部の警備を担当する中央区域隊と呼ばれる隊の彼等は、これよりここを通ると予測される、侵入者の隊列に待ち伏せ攻撃を仕掛けるべく、備えていた。
「フラナシン区域長。各隊各員、配置に着きました」
一軒の建物の屋根の上。そこに立つ一人の壮年の男に、副官の警備兵が報告を上げる。
「近隣住民の避難は?」
「完了しています。突然の事なので、少し混乱が見られましたが」
「そうか……朝から、住民の生活を乱す事となってしまったな」
報告を受けたフラナシンという名の、区域隊長である壮年の男性は、少し愁いを帯びた顔で呟く。
「まったく、忌々しい侵入者共です……!」
それに同調するように、憤慨した様子で言う警備兵。
「だが、侵入者はどうにも、我々が追いかけている勇者一行を回収に来たようだ。元を辿れば、侵入者を引き入れてしまった原因は、我々にあるのかもしれない」
「ッ……」
しかし、引き続きのフラナシンのそんな言葉に、警備兵は現実を思い返して表情を曇らせた。
「――いや。何にせよ、侵入者の撃退が我々の役目だ。心して掛かるぞ」
「……はッ!」
そんな警備兵の心情を察してか、フラナシンは鼓舞の言葉を紡ぐ。それに警備兵は、気持ちを切り替え答えた。
「フラナシン区域長、後方より箒が」
フラナシン達に声が掛けられたのはその時であった。声の主は背後に位置していた別の警備兵。警備兵は、背後上空を指し示している。フラナシン達が振り返りそれを追えば、背後上空に、こちらに向かってくる一機の箒の姿が見えた。
箒はやがてフラナシン達の陣取る建物の屋根の上へと飛来。箒に横向きで乗っていた人物は、優雅に屋根へと足を着く。その人物は、露出の覆い扇情的な衣装を纏った、エルフの少女ルミナであった。
「件の、エルフの娘達か」
「気色の悪い格好を……」
ルミナの姿を確認し、フラナシンは呟き、警備兵は嫌悪感を露わにした表情で零す。
「君が、協力者であるエルフの子か?」
降り立ったルミナの前に立ち、尋ねるフラナシン。
「何?アンタ?」
しかしルミナから返って来たのは、不機嫌そうでぶっきらぼうな返事であった。
「失礼。この場の指揮を預かる、中央区域隊長のフラナシンだ」
対して、あくまで礼節を保って接するフラナシン。
「ふーん、あっそ」
しかしルミナの対応は、そっけなくそして失礼極まりない物であった。
「な!君なぁ!」
「よせ」
ルミナの態度に憤慨の様子を見せたのは、副官の警備兵。しかしフラナシンはそれを差し止めた。フラナシンも内心では良くない心情を抱いていたが、指揮官である者が冷静さを欠いて憤慨しては元も子もない事から、それを押し留めていた。
「で、敵は?」
そんなフラナシン達をよそに、ルミナは退屈そうな態度で尋ねて来る。
「もう間もなくこの通りを通過する。君には、そのタイミングを見計らって、術を発動してもらいたい」
「ふん。アンタの指示なんて聞いてないわよ。あたしはマイリセリアお姉様から仰せつかった仕事をするだけ」
答え、そして要請したフラナシンだったが、ルミナから返って来たのはそんな突っぱねる言葉。
「貴様――!」
それに対して、副官の警備兵は再び怒りの声を上げようとした。
「区域長!侵入者の隊列ですッ!」
しかし、響き割り行った大声がそれを遮った。
隣接する家屋の屋根に立つ観測役の警備兵が、通りの先を指し示している。
その先を見れば、町路を唸り声を上げて駆ける異質な物体の隊列が、こちらへと向かう姿が見えた。
「ッ――来たか!各員、備えろ!」
それを目にしたフラナシンは、周辺に配置した各警備兵に、指示の声を張り上げる。
「ふぅん、変わってるわね。まぁ、なんでもいいけど」
一方のルミナは、対して興味もなさそうに言うと、建物の屋根の縁へと立つ。
「で。今からミル・ダーウを発動するけど、アンタ達その中でも動ける訳?」
そこでルミナは、ついでと言った様子でフラナシンへ尋ねる。
「配置した各員には、対抗魔法を施している。君の魔法下でもう行動に支障はない」
「ふーん、そ」
答えたフラナシンに、ルミナはつまらなそうに返す。
その間にも異質な隊列は接近し、そして警備隊の配置した一帯へ間もなく踏み込む。
「――愚者共よ。負に囚われ、膝を折れ――」
それを眼下に見ながら、ルミナは詠唱を紡いだ。
車輛隊は、しつこく纏わりつく警備隊の箒隊に向けて、対空砲火を撃ち上げながらも、進行を続け、町路を駆け抜けていた。
「先頭ハシント。もう少し速度を上げられないか?」
車列の4輌目に位置する、指揮車兼ガントラックである大型トラックの助手席。そこに座す長沼が、無線で先頭を走る指揮通信車に向けて要請を送る。
《これ以上は無理です!道が狭く、真っ直ぐじゃない。さっきから色んな物を轢き飛ばしてる!》
しかし指揮通信車車長の矢万からは、そんな言葉が返される。
「了解、仕方ない」
長沼はそれ以上の無理強いはせずに、端的に返した。
「上からのいい的です」
無線でのやり取り横で聞いていた、運転席の舞魑魅が難色を示す声で言葉を寄越す。
「だが、危険な無理強いもできん。対空戦闘に当たっている各員に、尽力してもらうしかない」
「ですがこれが続――」
長沼の言葉に対して発せかけられた舞魑魅の言葉は、しかし不自然に途切れる。
不審に思った長沼は、周囲に向けていた目を運転席へと移す。
「――!舞魑魅一士!?」
そこで目に飛び込んで来たのは、上体を倒してハンドルに突っ伏す、舞魑魅の姿であった。
「ぁ、体……が……」
力なく声を零す舞魑魅。
明らかな異常事態。
そしてハンドルを操る主を失ったガントラックは、車体を大きく揺らして進路を反れる。
「ッ――!」
長沼は慌てて運転席側に手を伸ばし、ハンドルを掴む。
しかし体勢を持ち直すにはすでに遅く、次の瞬間に、ガントラックは道の建ち並ぶ家屋の内の一軒に、その巨体の頭を突っ込んだ――
ほぼ同じ瞬間。
先頭を行く82式指揮通信車の車上で、12.7㎜重機関銃を可能な限りの射角を取り、対空戦闘を行っていた矢万。
その彼が、異常事態を目の当りにしたのは次の瞬間だった。
車体前方助手席上で、MINIMI軽機に着いていた宇現が、突如身を崩して、ハッチから車内に力なく崩れ落ちたのだ。
「ッ!宇現、どうした!?」
尋ねる言葉を張り上げる矢万。
しかし直後、その耳に後方より鈍い衝撃音が聞こえ届く。
「――なッ!?」
キューポラ上で半身を捻り振り返れば、指揮車兼任のガントラックが、道を反れて家屋に突っ込んだ様子が見て取れた。
「鬼奈落、止まれッ!」
《全車停車!停車しろッ!》
矢万が操縦手の鬼奈落に向けて叫ぶ。そして、最後尾の装甲戦闘車に搭乗する、長沼に続く先任者の穏原からの、全体への指示が無線越しに聞こえ来たのはほぼ同時であった。
車輛隊全車は急停止し、進行を止める。
「ッ――何が……!?」
突然巻き起こった事態に対して、声を上げかけた矢万。しかし彼は瞬間、頭上に現れた複数の気配と、向けられる殺意に感づく。
そして視線を上げれば、周辺家屋の屋根上より、得物を携え現れる多数の人影を、その目に見た。
《――待ち伏せだぁーーッ!》
そしてインカムより、誰かが叫んだ声が飛び込んで来た。
「ッ……――」
家屋に突っ込んだガントラックのキャビン内部。
長沼は衝突時に体を襲った衝撃の余波に、顔を顰めつつも顔を起こす。フロントガラスの向こうには、突っ込んだ家屋内部の様子が見て取れる。幸いにも、家屋は無人のようであった。
「舞魑魅一士……!大丈夫か!?」
長沼は視線を運転席側に向けけ、舞魑魅に向けて尋ねる。
「に、そう……体が、動か、ない……」
しかしその舞魑魅は、依然としてハンドルに顔を突っ伏し、力ない声を上げてその旨を訴えて来た。
「これは――」
その姿に、襲い来た現象がなんであるかの察しを付け、言葉を零し掛ける長沼。
しかしその時、ガン、ガン、と。外部よりトラックの表面を叩くような音が聞こえ来た。
《――アルマジロ1-1!長沼二曹、無事ですか!?こちらエンブリー!》
そして同時に、穏原よりの安否確認の声が、インカムより飛び込んで来た。
「――エンブリー、私は無事だ。だがドライバーの舞魑魅の身体に異常発生!各所、状況を知らせ!」
長沼はそれに返信し、そして各所へ報告を求める声を上げる。
《ハシントよりアルマジロ1-1!我々は待ち伏せ攻撃を受けました!異常現象により搭乗員一名ダウン!》
《ジャンカー2!こちらも一名ダウン。現在、周辺より攻撃に晒されている!》
《こちらデリック・カーゴ!車長の身に異常!指示を!》
長沼の声に対して、各所各員より立て続けに無線報告が舞い込んでくる。
《ッ――各隊、無事な者は応戦行動を取れ!》
長沼は無線に向けて発し上げると、助手席ドアを開いて外へと出る。敵の攻撃下に身を晒す行為だが、状況を把握するには必要な行動であった。
車外に出て地面に足を着き、身を低くして周囲に視線を走らせる。
通りには間延びした車輛隊の各車が、隊列を乱して停車。各車の搭乗していた各員は車上より、あるいは降車して、各家屋に陣取った警備隊兵に向けて応戦している。
長沼の搭乗していたガントラックの荷台からも、数名が降車し展開。車外戦闘にあたっていた。
「富士(ふじ)三曹、そちらに被害は!?」
「6分隊からは被害ありません!」
長沼は車外戦闘を繰り広げる隊員の中に、ガントラック搭乗分隊の分隊長の姿を見止め、尋ねる。分隊長からは、幸いにも搭乗分隊に被害の無い旨が返された。
「よし。舞魑魅一士の身を荷台へ。誰か代わりに運転を!」
「了!安良(あら)、錫薙(すずなぎ)、かかれ!」
分隊により長沼の指示が下達され、指名された分隊員等は作業に掛かって行く。
「ッ――」
それを見届けた後に、長沼は苦い表情を浮かべつつ、周辺家屋を見上げる――
車輛隊の車列中段に位置する装甲トラック。
その傍では4分隊の河義、そして竹泉、多気投等。さらに同乗していた2分隊の隊員数名が、降車展開し戦闘に当たっていた。
《各所各員へ。異常の原因は、おそらく警備隊からの魔法現象攻撃と思われる。異常を発した隊員を回収収容し、代役を配置しろ!》
各員の装着するインカムへ、長沼の指示の言葉が飛び込んでくる。
「畜生!脅威存在はいないんじゃなかったのかよッ!」
出動前のミーティングでは、警備隊には特殊能力を扱う脅威存在は居ないであろう旨が伝えられていた。しかし現状、車輛隊は特殊能力の脅威に襲われた。
事前通達との相違に、2分隊の隊員から荒んだ声が上がる。
「んなこったろぉとは思ったよ」
一方、竹泉は皮肉気に吐き捨てつつ、装甲トラックを遮蔽物にして小銃を構え、家屋上の警備兵立を相手取っている。
《エンブリーより各ユニット。これより家屋に機関砲攻撃を行う》
そこへ今度は、装甲戦闘車の穏原の通達の声が、インカムより飛び込む。
そして車列殿の装甲戦闘車が、その砲塔を旋回させ、35㎜機関砲の仰角を取る姿が見えた。
《ダメだ、エンブリー!撃つな!》
しかし瞬間、長沼からの差し止める声が無線通信上に上がった。
《各家屋に民間人が残っている可能性がある。機関砲他、強火力での攻撃は許可できない!》
「あぁ?悠長な事言ってる場合かよ?」
長沼の可能性を懸念する言葉と指示。それを聞いた竹泉は苦言の言葉を呟き零す。
《各分隊、家屋に侵入し内部より制圧しろ!ジャンカー6は車列西側の家並み。ジャンカー2及び4は東側だ!》
「マジかよ」
続け聞こえ来た指示に、面倒臭そうな様子を隠そうともしない竹泉。
《6、了解》
《2ヘッド、了》
「4ヘッド、了解!」
竹泉をよそに、無線上には各分隊指揮官より了解の返答が上がり、さらに竹泉の傍らにいた河義も同様に了解の声を上げる。
《かかれ!》
そして長沼から、行動に掛かるよう合図が聞こえ来た。
「聞いたな?竹泉、多気投、行くぞ!」
「あぁ、へいへい」
「お宅にお邪魔しますだなぁ!」
河義の指示の声に、竹泉は気だるそうに、多気投は陽気な声で答える。
4分隊の3名は大型トラックを飛び出し、最寄りの家屋の側面に飛び込む。
そして玄関扉を破り、内部へ突入した。
町の上空で警戒監視飛行を行っていたCH-47Jの、搭乗する各員にも、車輛隊が襲撃された旨は届いていた。
「支援に行くべきじゃないのか?」
副機長の維崎が、淡々とした声で小千谷に向けて発する。
「あぁ、そのつもりだ。――ライフボートよりペンデュラム。当機はこれより車輛隊の支援に向かう」
草風の村の指揮所へ向けて小千谷は無線で一報し、そして操縦桿を操り機体を旋回させようとする。
《ダメです。ライフボート、許可できません》
しかし直後、指揮所より返されたのは、支援を差し止める言葉だった。
声の主は井神。聞こえ来たそれに、小千谷は目を剥く。
「何……!なぜです、井神さん!」
《車輛隊の襲撃があった一帯は、敵魔法現象の影響が広域に及んでいる可能性があります。さらに敵の航空勢力も集まっている。危険です》
問い詰めるように発し送られた小千谷の言葉に、井神からは淡々とした説明が返って来る。
「その危険な一体で、車輛隊が危機に陥っているんだ。向かわなくてどうする!」
しかし小千谷は訴え、そこからさらに言葉を続ける。
「井神さん。私と副機長の維崎は、どちらも検査では魔法現象の影響は見られなかった。そして敵航空勢力下での、作戦行動訓練も受けている。危険性は低い」
小千谷は井神に向けて説得の言葉を発する。しかし、井神から返答は帰って来ない。
「同胞の危機に赴かずに、何が航空支援かッ!」
小千谷は畳みかけるように、訴え張り上げた。
《――いいでしょう、許可します。ただし、現場上空では一定の高度を保ってください》
少しの沈黙の後に、やがて井神から許可の声が返された。
「あぁ。ありがとう、井神さん」
それに、小千谷は礼の言葉を送り、通信を終える。
「――よし、各員聞いたな。これより車輛隊の支援に向かう」
そして小千谷は搭乗する各員へ告げると、操縦桿を操り機体を傾ける。機体は進路を変え、車輛隊の元へ向けての飛行を開始した。
「どういうこと?」
エルフの少女ルミナは、家屋の屋根の上で、訝しむ声を上げながら眼下を見降ろしていた。
異質な侵入者の隊列は、彼女の発動した魔法、ミル・ダーウの効果範囲へと踏み込んだ。
このミル・ダーウという魔法は、効果範囲内にいる人間の力を奪い、尋常でない倦怠感、脱力感により捕らえ、動くことを不可能としてしまう魔法だ。
しかし、降下範囲に飛び込んだ眼下の者等には、その効果がほとんど見られなかった。
異質な乗り物の一台が家屋に突っ込み、隊列が停止した所を見るに、何名かの者に効果は発現したらしい。が、多くの者には影響が見られず、敵は通りに展開。配置した警備隊に向けて、異質で苛烈な攻撃を撃ち上げて来ていた。
「ッ!一体この攻撃は!?」
「ハルエナがやられたッ!」
「落ち着け、身を晒すなッ!2隊、対応できるか!?」
周囲では警備兵達の狼狽、焦燥の声が上がり、フラナシンがそれを落ち着かせ、指揮を取っている。
「まさか、あたしの術が効いていないって言うの?ッ――」
そんな彼等をよそに、光景から不愉快な事実を察し、不機嫌そうに表情を歪めるルミナ。
「なら――愚者共よ、愚者共よ――」
そしてルミナは、その口で詠唱を紡ごうとした。
「ッ!待つんだ、何をする気だ」
しかしそこへ、フラナシンが差し止める声を発し上げた。
彼は、ルミナの行為の不穏さに感づいたのだ。
「邪魔しないで。ミル・ダーウをもう一度掛けるのよ。今度はもっと強力に、広範囲で」
「ふざけているのか!?そんな事をすれば、町の住民を巻き込むッ!」
ルミナの言葉にフラナシンは目を剥き、却下の言葉を投げつけ、ルミナに詰め寄る。
「うるさい。あんたの考えなんて効いてない」
しかしルミナは突っぱねる。そして彼女はフラナシンに向けて手を翳す、次の瞬間、彼女の手中より強力な風圧が発生し、フラナシンを襲った。
「ッヅ!?」
「区域長!?」
打ち飛ばされたフラナシンは、咄嗟に反応した副官達警備兵に支えられる。
フラナシンを襲ったのは、エルフが本来得意とする風魔法であった。
「貴様!」
副官はルミナを睨み、声を荒げる。
しかしルミナは、彼等の方向には見向きもしない。
「――愚者共よ、愚者共よ。大いなる負に囚われ、膝を折り、頭を垂れろ――」
そして彼女の口より、悍ましい魔法の詠唱が、紡がれた。
場所は車輛隊襲撃地点を離れ、町の南側を走る城壁の上へと移る。
城壁上の通路に、四人分の隊員の姿があった。
町に進入した際に車輛隊より分派し門を押さえた、田話率いる増強第4戦闘分隊1組の四名だ。
本隊が作戦変更により警備隊本部を目指す事となり、その上で脱出ルートも変更の必要性が発生した。
そこで田話等は抑えた門を放棄。より警備隊本部と近い別の門を制圧するため、城壁上通路を用いて東に進行を始めたのだ。
「――ッ!」
しかし今現在。四名は城壁上通路に置かれた木箱や樽等を遮蔽物に、身を隠し進行を停止していた。そして時折それぞれの火器の銃身を突き出し、発砲音を響かせている。
増強第4戦闘分隊1組は、城壁上通路を行く途中で、町の警備隊と会敵。
現在戦闘状態にあった。
「ねばりますね、奴さん達」
木箱に身を隠した威末が呟きつつ、身を出し小銃を構え、数発撃ち込む。そして威末が身を隠すと、クロスボウによる矢の応射が襲い来た。
「あぁ、チクショ!」
門試から荒げた声が上がる。
会敵した警備隊は中々の抵抗を見せ、田話等はその場を突破できずにいた。
「航空支援を要請しますか?」
近子が田話に進言する。
「いや、ヘリコプターは車輛隊の救援で手いっぱいだろう……私達だけで突破したい」
近子の進言に対して、それを否定する言葉を発する田話。
「しかし、この――」
それに対して、さらに進言しようとする近子。しかし、その言葉は不自然に途切れた。
「近子三そ――な!?」
それを訝しみ横を向いた田話は、そこで見た物に目を剥いた。
「……ぁ……ぅぁ……」
そこには、その場に崩れて力ない声を零す近子の姿があった。
「威末士長!?」
さらに門試の張り上げた声が聞こえ来る。そちらを見れば、同様に崩れた威末の姿があった。
「近子三曹、威末士長!どうした!?」
「ぁ……身体……力、が……」
田話の問いかけに、威末は力ない掠れた言葉で訴える。襲い来た現象が何であるか、推測は容易であった。
「車輛隊を襲った異常現象か!?まさか、ここまで!?」
「冗談だろ!」
発し上げる田話。そして無事であった門試が、再び声を荒げる。
「ッ……門試一士、君は交戦を続けろ!」
田話は、現在相手取る警備隊に対しる対応を門試に命じると、インカムに向けて発し始める。
「ケンタウロス4-1より各ユニット。こちらは二名がダウン。敵、異常現象の効果がここまで来た物と思われる!何らかの応援、対応を乞う!送レ!」
捲し立てた田話。それに対して、少しの間を置いた後に返答が来た。
《ケンタウロス4-1、ペンデュラムだ。現在、そちらに向けられるユニットがいない。襲撃地点で、異常現象の原因を索敵対応中。原因排除まで、固守できるか?》
「……なんとか、可能です」
《なんとか堪えてくれ》
「了解。ケンタウロス4-1、終ワリ……聞いたな、門試一士」
通信を終え、田話は門試に視線を送って発する。
「畜生、外れクジだぜッ!」
「この場で固守する!」
門試しから上がる悪態。
両名は、ダウンした威末と近子を遮蔽物に押し込み、戦闘行動を再開した。
「ぐぁ!」
「ラウス!?――ぐぅッ!」
車輛隊襲撃地点――凪石通りに面する一軒の家屋の上階一室。
そこで二人の警備兵が、立て続けに打たれるように崩れ落ちた。
「――クリア!」
「あぁ、クリアだよ!」
扉の奥や、蹴とばし倒したテーブルに身を隠し、各火器を構えていた河義や竹泉が、無力化確認の声を上げる。
通りに並ぶ家屋に突入した4分隊の河義等は、たったいまその上階をクリアし、家屋の制圧を完了させた所で会った。
「どこまでもご遠慮願いたい事の立て続けだね!」
竹泉は、崩れ倒れた警備兵達の亡骸を。そして部屋内を見渡しながら悪態を吐く。
「アルマジロ1-1、こちらジャンカー4ヘッド。家屋内クリア、民間人の存在は確認できず」
傍ら、河義は長沼に向けてインカム通信にて報告を上げている。
《6、西側一帯制圧完了。民間人の存在無し!》
《4ヘッド、同じ!》
さらに、他の家屋を押さえに向かった別分隊からも、続々と報告が無線上に上がり聞こえ来る。
《了解、各ユニット。これより、周辺家屋へ強火力を投射する。ただちに上階より一時退避せよ》
そしてそれを受けた長沼より、要請の言葉が返された。
「よし、竹泉行くぞ」
「あぁ、了解了解」
河義の促しに、不躾に返す竹泉。両名は一室を後にし、家屋の階段を駆け降りて行った。
地上、車輛隊の元に残った各隊員は、重火器、強火力投射の準備を整えていた。
82式指揮通信車や対空仕様大型トラックに搭載された12.7㎜重機関銃が。ガントラックに搭載された96式40mm自動てき弾銃が。そして89式装甲戦闘車の主砲の90口径35㎜機関砲KDEが、周辺家屋の屋根に狙いを付けていた。
《6、退避完了》
《2、退避良し》
《ジャンカー4、退避良し!》
無線上に、家屋制圧に向かった各分隊より、退避完了の報が届く。
《了解。――各ユニット、重火力投射を許可する。各個に攻撃しろ!》
そして長沼の許可の声が響く。
同時に、各重火器が咆哮を上げた。
まず真っ先に火蓋を切ったのは、40mmてき弾銃だ。屋根上に向けて投射された40mmてき弾が、炸裂してそこに居た警備兵達を屍に変えた。
続き、各12.7㎜重機関銃が順次発砲を開始。屋根の上に配置していた警備兵達を、撃ち上げ貫き始める。
極めつけは89式装甲戦闘車の35㎜機関砲。
仰角を取った砲身より撃ち出された機関砲弾群は、家屋の屋根に届き、そこを貫きあるいは炸裂。砲塔の旋回により、砲火は家並みを舐めて行き、配置していた警備兵達を、家屋共々貫き吹き飛ばして言った――
数十秒前。
「何よ……どうなってんのよ……!」
ルミナは不機嫌な、そして焦れた声を零した。
より強力な魔力を乗せて、強力に、そして広範囲に向けて発動した侵食魔法ミル・ダーウは、しかし眼下の敵に影響を与えた様子は見られなかった。
「術を解くんだ!住民達にどんな影響がでているか分からないッ!」
そのルミナに、フラナシンは声を荒げ訴える。
彼の懸念は当たっていた。
強力さと効果範囲を増したミル・ダーウは、眼下の敵にこそ影響は見られなかったが、それ以外の各所に被害が波及。
先の増強第4戦闘分隊の二名をダウンさせただけでなく、効果範囲に住まう住民達多数が影響を受け倒れる被害を及ぼしていた。
「うるさいわね!私に命令を――」
しかしフラナシン訴えを、ルミナは一蹴しようとする。
――が、瞬間。それを遮り爆音が。そして両者の視線の先、通り挟んだ反対側の家屋の屋根で、いくつもの小爆発が上がった。
「ッ!」
目を剥く両者。
それをよそに、さらなる多数の暴力が、周辺を襲った。
それまで撃ち上げられていた異質な鏃を越える、強力な撃ち上げが襲来。多数の配置した警備兵達が射抜かれ、崩れ落下してゆく。
そして、中でも破格の威力の撃ち上げ。そして炸裂が、フラナシン達の傍で上がった。
その場に居た警備兵が、破片を受けて、酷く傷つき打ち倒される。
「――ッ!」
咄嗟の行動を最初に取ったのはルミナだった。
彼女は片手に携えていた箒を繰り出し、柄に体を乗せたかと思うと、次の瞬間には上空へ飛び出した。
一方フラナシンは、目の前で弾けた部下の姿に、目を剥き硬直している。
「区域長ッ!」
そんな彼を、声と共に衝撃が襲ったのは次の瞬間であった。
副官の警備兵が、フラナシンの体を押して突き飛ばしたのだ。
「――がぁッ!」
そして直後、副官の警備兵は襲い来た炸裂の暴力の餌食となった。
突き飛ばされ屋根の上に倒れたフラナシンの体に、一拍置いて、彼を庇った副官の体が倒れ込んでくる。
「な――エラニ副官!?おい!?」
倒れ込んで来た副官の肩を掴み、彼の名を叫ぶフラナシン。
しかし副官は目を見開き、口から血を零して、呼びかけに答える事はなかった――
「なんなのよ……なんなのよこいつ等ッ!」
箒に乗り、すんでの所で敵の攻撃を逃れ、上空へ退避したエルフの少女ルミナ。しかし彼女は、怒りに全身を煮やしていた。
自身の自慢であった、闇属性の侵食魔法。それが、眼下の相手にはほとんど通用した様子が見られなかった。それがまるで自信をコケにされたようで、彼女のプライドを逆撫でしたのだ。
「ッ……いいわ。なら直接仕留めてあげる」
八重歯を剥き出しにして、口角を上げるルミナ。そして彼女は箒を操り、急降下を始めた。
「風の刃よ、わが手に――」
そして片腕を突き出し、短く詠唱するルミナ。すると彼女の手先に、全長2mを越える、ぼんやりを発行する鎌の刃のような物が発現した。
これは風属性の魔法。
集約された風が魔力を纏った事によりが可視化され、鎌の刃を形作った物だ。ただの刃ではなく、これが命中すれば堅牢な砦すら貫通し、そして同時に風の巻き起こす暴風が、狙った獲物を傷つける効果を持つ。
発現された風の鎌を維持しながら、ルミナは通りに沿って飛行降下。敵の隊列に急接近する。鎌を放ち込むだけなら急降下は不必要な行動であったが、より精度威力を上げるため。何より、敵が無残に吹き飛び、あるいは真っ二つになる姿をその眼で見るため。彼女はギリギリまでの降下を選択した。
そしてやがて彼女の高度は、立ち並ぶ家屋の屋根と同じ位置まで近づく。
「ほら、無残な姿を晒しなさい――!」
瞬間、高らかに発し上げ、そして彼女はその手先に発現した風の鎌を、放とうとした――
「――?」
しかし瞬間。ルミナの視界の端に、何かがチラついた。それが彼女の意識を引き、彼女は顔をそちらへ向ける。
「え――?」
そして彼女の目に映ったのは、自身のすぐ横で、宙空に身を置く何者かの姿。そしてその者の履く靴――陸隊隊員に支給される、戦闘靴の靴裏。
「――ぎぇぅッ!?」
靴裏は――ルミナの頭部横面には入り、直撃。
ルミナを鈍痛が襲い、彼女の口からえげつない悲鳴が上がった――。
数秒前。
街並みを形作る家並み。その屋根の上を駆ける人影がある。
レンジャー隊員の不知窪だ。
彼はフリーランニングの要領で、屋根の上を駆け、家と家の合間を飛び越え、かなりの速度で家並みの上を進んでいた。
目指すは車輛隊の襲撃地点。視線の先に、町並みの一角上空を回遊飛行する、いくつもの箒に跨る警備兵の姿が見える。地上の敵への対応に追われているのか、対空砲火は散発的だ。
そして直後、内の一機が急降下を開始する様子を捉えた。
その手には、何か半透明の刃のような物が形成された様子も見える。その狙いがまず間違いなく地上の車輛隊であろうと、不知窪は確信。不安定な屋根上で、しかしその駆ける速度を上げる。
速度を上げた不知窪は、程なくして車輛隊襲撃地点である通りに到達。家並みは一度途絶え、眼下に車輛隊の立ち往生する通りが広がる。
――瞬間。不知窪は途絶えた屋根の上より飛び出した。
そこに速度を落す様子は無く、そして何の躊躇も無かった。
通りの真上の宙空に飛び出した不知窪の体。飛ぶ彼のその先にあるのは、丁度屋根の高度まで降下して来たエルフの少女、ルミナの体。
「え――?」
呆けるルミナの顔が、不知窪を向く。
直後、そのルミナの横面に、突き出した不知窪の片足。その戦闘靴の靴裏が叩き込まれた。
「――ぎぇぅッ!?」
ルミナから悲鳴が上がった。
激突した両者の体は、ほんの少しだけ高度を下げ、不知窪の飛び出した勢いを維持したまま、通りの反対側の家屋二階の窓に衝突。
窓を破り盛大な音を立て、不知窪とルミナは家屋二階へと突っ込んだ。
「ッ!」
「ぎゃぅッ!」
家屋内の一室へもつれ合うように転がり込んだ両者は、そのまま床を滑り、そして家屋内の家具を蹴散らし飛ばし、壁にぶつかってようやく停止。
不知窪は受け身を取ったが、ルミナはダイレクトにぶつかり再び悲鳴を上げた。
「何事だ!?」
「あんだあんだぁ?」
そこへ一拍置いて、下階へ続く階段より声と共に数名が駆けあがって来る。
下階で一時退避していた、河義や竹泉等だ。
河義等は上がり踏み込んだ室内で展開し、目の留めた人影にひとまず各火器を向ける。
「っと――」
そんな河義等に囲われつつも、不知窪は起き上がり周囲へ視線を走らせ、状況を確認する。
「き、君は……!?」
「あぁ。11分隊の不知窪です」
その場の人影が見覚えのある隊員である事に気付き、河義は困惑しつつ尋ねる声を上げる。対して不知窪は端的に、54普連在籍中の所属分隊を名乗った。
「あぁ、確か鷹幅二曹と一緒に動いていた……一体何が――君、後ろッ!」
困惑気味に発しかけた河義は、しかし次の瞬間に言葉を変えて叫ぶ。
不知窪の背後に、その手の平に風魔法による刃を発現させ、襲い掛かるルミナの姿があったからだ。そしてその風の刃が、不知窪の首に突き立てられる――
「――ッ!?」
しかし直後。不知窪の姿がそこから消える。
鬼の如き怒りの表情を浮かべていたルミナは、しかしその顔を驚愕の物に変える。
「――ぱり゛ぁッ」
そしてルミナは、おかしな悲鳴を上げて横方向を打ち仰け反った。彼女の米神から、血飛沫が飛び散る。
ルミナの横には、9mm機関けん銃を片手で構えた不知窪の姿があった。
不知窪は半身を屈め反らしてルミナの刃を回避。そして片足を起点にまるでダンスのように身を回転移動させ、ルミナの側面を取り、彼女を排除したのだ。
ルミナは床にばたりと崩れ落ち、動くことはなくなった。
「ッ――!君、大丈夫か?」
一連の動きが終わった後に、河義は一応の尋ねる言葉を掛ける。
「えぇ」
対する不知窪は、何でもない事の様に端的に返した。
「あぁー?どういうことだっつーねん?」
一方、竹泉は一連の出来事に、呆れ混じりの疑問の言葉を上げながら、無力化されたルミナの体に観察の視線を向ける。
「このガキはんだよ?コスプレイヤーか、それとも変態かぁ?」
ルミナのその露出の多い特異な外観に、気色悪そうな顔を浮かべて発する竹泉。
「耳が……長い?エルフってヤツか?一体……?」
続け考察の言葉を零す河義。
「車輛隊に攻撃を仕掛けようとしていました。少なくとも、敵の様です」
それ等に対して、淡々と淡々と答える不知窪。
「まーた気色悪そうなのが出て来たなぁ。――でぇ?それはそれとして、お三曹殿はなして窓からぶっ込んで来たんですかねぇ?」
「それが通り沿いに降下を掛ける姿が見えた。降下して来た所を狙って、飛び出したらうまく蹴りを入れられた」
竹泉の皮肉交じりの問いかけに、不知窪は引き続き淡々と答える。
「………」
「おかしいんじゃねぇの?」
それを聞き、河義は返す言葉が見つけられず、竹泉は皮肉一杯に答えた。
《――不知窪!応答しろ、おい無事か!?》
そこへ各員の装着するインカムに、声が飛び込んで来た。声の主は鷹幅だ。
「不知窪、無事です。敵の――箒、でしたか?を一機無力化しました。屋内で車輛隊分隊と合流」
聞こえ来た安否確認に対して、変わらぬ調子で返す不知窪。
《まったく、一人で先行した上に無茶を……!一度地上で合流するぞ。車輛隊とも調整をしたい》
「了解、そっちに行きます――そういう訳です。お騒がせしました」
通信を終えた不知窪は、河義に向けて言うと、その場を後にして家屋の階段を降りて行った。
「ぶっとんでやがる」
「……お前も人の事を言えた義理か」
その背に、嫌味気に発した竹泉。しかし竹泉に、河義から呆れ混じりの言葉が飛んだ。
家屋上階から天井に繋がる梯子を上る河義。
開かれていた天扉を潜り、上半身を屋根上に出すと同時に、小銃を手繰り寄せ構え、周囲に視線を走らせる。
「――ッ!」
そこで河義は、屋根上に人影を見止めた。
警備隊の制服を纏うその人物は、屋根上で立膝を着き、亡骸となった別の警備兵の体を膝上で抱えている。
警備隊、中央区域隊隊長のフラナシンだ。その腕中で支えるのは自身を庇い、命を失った副官の体。
その視線を副官の亡骸に落とし、その顔を悲観に染めていたフラナシンは、しかしそこで侵入者――河義の姿に気付く。
「ッ――!」
その姿を目の当りにし、フラナシンは肩より下げていたクロスボウを手繰り寄せ、構えた。しかしそのクロスボウから矢が放たれる事は無かった。
破裂音が屋根上に響き、フラナシンの体を噛みつくような激痛が襲う。
「ッぁ……」
そしてフラナシンは身を崩し、屋根上にその体を倒した。
「ッ……!」
一方では、小銃を構えた河義の姿があった。その小銃の先端からは、うっすらと煙が上がってる。河義の撃った弾が、フラナシンを襲い打ち倒したのであった。
河義は険しい顔を作りながらも、天扉より這い出し、屋根上を踏んでフラナシンの体へ近づく。そして、口から血を一筋零し、虚空を見つめるフラナシンの眼を見止め、彼の死亡を確認した。
「……申し訳ない」
味方を失い悲観の中にあったであろう人物への、追い打ちを掛けるような自身の行為に、後ろめたさを覚える河義。河義が立膝を着いて、呟き、そしてフラナシンの虚空を見つめる眼を閉じる。
刹那。直上を支援のために飛来したCH-47Jが、ローターの轟音を立てて飛び抜けて行った。
襲撃地点上空へと飛来したCH-47Jは、旋回行動を始める。
ローターを激しく回転させながら割り行ってきた飛行物体に、車輛隊上空にしつこく取りついていた警備隊の箒編隊は、蹴散らされるように距離を取って行く。
CH-47Jからはさらに箒編隊に対して、搭載の74式7.62mm車載機関銃や12.7mm重機関銃による射撃が開始され、交戦が開始された。
待ち伏せを仕掛けて来た警備隊の大半は無力化され、さらに上空より襲い来ていた箒隊は、駆け付けたCH-47Jが引き付けてくれた。
まだ散発的な戦闘。発砲音は続いているが、車輛隊を襲う脅威はほぼ収まり、車輛隊は体勢の再構築、再編成に掛かっていた。
魔法現象により倒れた数名の隊員も、警備隊側に居たのであろう魔法現象オペレーターが排除されたためか、回復の兆しを見せていたが、念のためポジションを他の隊員と交代する。
町の南側城壁上を進行していた、増強第4戦闘分隊の田話からも、ダウンした威末等が回復した旨が、報告により寄越されていた。
そして、家屋に突っ込んだ指揮車兼任のガントラックは、後進によりそのキャビン部を家屋より引き抜き、車列へと復帰した。そのサイドミラー等は損壊していたが、走行に影響は無かった。
「今度はエルフか――」
そんな各車各隊が再編成を急ぐ傍ら、タブレット端末に視線を落とす長沼の姿がある。
そこには、先に不知窪により無力化された、奇抜な格好のエルフの少女の亡骸が映っていた。
「想像の範疇をでませんが、先の異常現象の大元かもしれません」
傍らにいた、画像の撮影者である河義が、少し気分の悪そうな表情を浮かべながら発する。
「もっとはっきりとした情報が欲しい所だが……とにかく、類似存在にも注意するしかないな」
そして長沼は、少しもどかしそうな声で零した。
「鷹幅二曹、不知窪三曹。よく駆け付けて、脅威を無力化してくれた」
そして長沼は、立ち会っていた鷹幅、不知窪両名に向けて発する。
「どうも」
「まったく……」
それに対して、当事者である不知窪当人は端的に返し、そんな彼の姿に鷹幅は呆れ声を零した。
「では長沼さん。私達は行動を再開します」
「ん?こちら――車輛隊に合流するんじゃないのか?」
そして次に鷹幅から発せられた言葉。それに長沼は訝しむ声を上げる。
「いえ。遊撃、及び高所からの監視狙撃支援が必要と見ています。私達は別働、徒歩による行動を続けたいと思います」
そんな長沼に対して、鷹幅はそう進言した。
「ふむ――いいだろう。しかし今の状況で、君達2名のままでは危険と見る。――河義三曹」
長沼は鷹幅の進言を受け入れるが、同時に懸念事項を零す。そして傍らの河義に向き直る。
「人員火力を増強する。君達4分隊の3名は、鷹幅二曹等に合流してくれ」
「分かりました――聞いたな、竹泉、多気投。ここから徒歩だ、補給を受けて置け」
長沼の指示を河義は了承。そして傍で警戒態勢を取っていた、竹泉と多気投に呼びかける。
「おんげッ。また面倒事の更新かよ!」
「過激なドライブから、ワクワクウォーキングにスライドだなぁ!」
河義からの指示の言葉に、竹泉等はそれぞれ悪態と、陽気な言葉を上げて返した。
《――ライフボートへ、こちらジャンカー1!こちらは、上流より4番目の橋で、2個小隊規模の敵と対峙中!》
無線上にジャンカー1――1分隊の峨奈からの叫び訴える声が上がり、各員の耳にそれが届いたのは、その時であった。
《敵は防衛体勢は強固!こちらだけでの突破、無力化は困難!再びの航空火力支援を要請するッ!》
《ライフボートよりジャンカー1。現在当機は車輛隊に上空支援を提供中。少し待つんだ》
続く峨奈の要請の声。それに対して、現在車輛隊上空で支援に当たっているCH-47Jの小千谷からは、そんな旨の言葉が返される。
「いえ、アルマジロ1-1よりライフボート。こちらは大丈夫です。」
しかし、長沼はそこへ言葉を割り入れた。
「車輛隊も間もなく現在位置より離脱します。そちらは、ジャンカー1の支援に向かってください」
《――了解、アルマジロ1-1。ジャンカー1、少し辛抱しろ。これより向かう》
長沼からの言葉を受け、無線上に小千谷の声が上がる。
《ジャンカー1、了》
峨奈からも声が返される。
そしてCH-47Jは車輛隊の上空を離れ、第1分隊の方向へと飛び去って行った。
「――よし、我々も――」
CH-47Jを見送った後に、言葉を発しかける長沼。
しかしその時、車輛隊の後方近くに、火炎弾が飛び込み燃え上がった。
「近弾ッ!」
そして近場に居た隊員から声が上がる。
CH-47Jが去った所を狙い、警備隊の箒が進入し、火炎弾を放って来たようだ。
「――ッ、行動再開する。急ぐぞ、各再乗車せよ」
顔を顰めつつ、改めて行動再開の旨を発する長沼。
「車輛隊が移動するぞーーッ!」
近くに居た6分隊長の富士三曹が、それに呼応し、全体に伝わる声で発し上げた。
「私達も行動を再開する」
「了――行くぞ!」
そして引き続き別行動を取る鷹幅が発し、同行する事となった河義が、竹泉等に促す。
「やぁれやれだぜ……!」
気だるげに呟きながら、駆け出した鷹幅等に続く竹泉。
そして鷹幅等、再編成された別動隊は路地裏へと駆け込み姿を消す。車輛隊各車は再びエンジンを吹かし、ゆっくりと走り出しながら隊列を組みなおし、襲撃地点を離脱。行程を再開した。
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