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チャプター16:「最凶の陸士」

16-4:「Dust to Dust」

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「あ、あ……」
「嘘……だろ……?」
「ロイミ様たちが……そんなことが……」

 静寂の中に音が戻り出す。
 それは、策頼の手や触手の暴走を逃れた、もしくはそれらの手にかかりつつも奇跡的に無事だった傭兵達。

「こ、このぉ!」
「よくも皆様に!」
「絶対に許さん!」

 彼等は満身創痍の体ながらも、主を手に掛けられた怒りで己を奮わせ、得物を手に、四方から一斉に策頼に襲い掛かろうとした。
 だが、彼らが一斉に行動を起こそうとしたその瞬間、上空に閃光が瞬いた。
 そして鉄の擦れる音とともに、傭兵達の後方から大きな物体が現れ、その物体が強烈な光が突如瞬き、策頼と、策頼を囲おうとする傭兵達の姿を照らした。

「うわぁぁぁッ!?」
「な、なんだぁッ!?」

 その正体は、突入して来た施設作業車だ。
 強烈なヘッドライトの光が剣狼隊の傭兵達の目を晦ませ、巨大なドーザーブレードが彼らを追い立てる。さらにショベルアームが右片へいっぱいに展開され、傭兵の逃れる隙を塞いでいた。
 施設作業車のドーザーブレードには傭兵の死体が引っかかっている、先で見張りをしていたセフィア配下の傭兵のものだ。傭兵達は突入して来た増援分隊により、後退する暇すらなく排除されたのだった。最も彼らがここまで後退できていた所で、待つのは傭兵の死体の庭と、それを作り出した策頼だったが。
 さらに後ろから続いていた大型トラックが、施設作業車の左側に出てその側面を向ける。大型トラックは応急的にガントラック化がなされており、荷台には三脚に乗せられて据えられた92式重機や96式40mmてき弾銃、そして乗車する隊員の小銃やMINIMI軽機等の銃口が並び、それらが全て傭兵達へと向けられた。

「バ、バケモノだッ!」
「ひ、引け!副隊長達を連れて……う、うわッ!?」

 突然の得体の知れない物体の襲撃に、撤退しようとする傭兵達。
 しかし、跳躍により撤退しようとした傭兵達は、わずかに跳ね跳ねただけで地面に転倒した。
 彼等の人間離れした跳躍力は、クラレティエ、ロイミ、セフィア達、三人の隊長各の女達が習得する、高位の身体強化魔法の恩恵を受けていたことによる物であった。しかし、この場でロイミとセフィアが、そしてこの場の剣狼隊の傭兵達は知る由もなかったが、隊長であるクラレティエが無力化されたことにより、魔法の効果は消失。彼等はその驚異的な跳躍力を発揮することができなくなっていたのだ。

「うぎぇ!」
「ギャァッ!」

 そして狼狽する傭兵達から悲鳴が上がり出す。
 車両の隙間を縫い出て展開した各組の隊員が、各々目標を定めて発砲を開始。隊長各の三人の加護を失った丸裸同然の傭兵達は、碌な抵抗もできないまま、次々に撃たれ、倒れてゆく。
 やがて立っている傭兵の姿が無くなると、一組四名が策頼や峨奈等の傍まで前進して来た。
 彼等は滑り込むように策頼等の周囲に展開して、四周の警戒を開始する。

「――右片よし」
「左方異常無し!」
「前方、アクティブな敵影無し」
「了、各員そのまま警戒しろ」

 各隊員は組長へと報告を上げる、組を率いるのは香故だ。香故は組の各隊員の報告を聞くと、引き続きの警戒を命じる。

「――妙な状況だな、もうほとんど終わってるじゃねぇか」

 香故は自身の小銃を降ろして立膝の姿勢から立ち上がり、周囲を見渡しながら感心とも呆れともつかない口調で発する。
 周辺には無数の傭兵達の死体が。そして、ついに力尽きた触手達の巨体がそこかしこに転がっていた。

「策頼一士、無事のようだな。脅威存在はどうした?」

 香故は策頼に向けて振り向き、彼が無事な事を確認すると、状況を訪ねる言葉を発する。尋ねて来た香故に対して、策頼は言葉は発さずに視線だけで、眼下で地面に沈んでいるロイミの体を示して見せた。

「冗談かよ――お前が仕留めたのか?」

 再び呆れた口調で発された香故の言葉に、策頼は今度は肯定の言葉も否定の言葉も返さず、ただロイミの体を冷たい目で見ろしていた。

「おぁぁ!?」

 背後から隊員の声が響いたのはその時だった。香故が振り向くと、視線の先に、隊員とは別の人影が立っている事に気付く。

「ふ……ふふ……」

 それは副隊長格の一人のセフィアだった。
 不気味な艶のある笑い声こそ零しているが、乳房が切断され、鼻から頭頂部にかけてまで皮を剥がされて、禿げ上がっている今の彼女の姿にそれまでの妖艶さは微塵も無く、その見た目はまるで妖怪のそれだ。

「そこで止まれ!動くなッ!」

 突然起き上がって来た皮の無い女に、近場に居た隊員は驚愕しながらも、小銃を向けて警告の言葉を発する。しかしセフィアにその言葉が届いている様子は無く、彼女はフラフラとおぼつかない足取りでゆっくりと歩を進めている。

「あははぁ……っ!もう許さないわぁ!」

 そして口元を裂けんがまでに釣り上げて、不気味な声色で言葉を発し出した。

「どこまでも悪い子達……!みんな徹底的に甚振って、私の元に這いつくばらせて――ぼぎゃッ!?」

 しかしセフィアの吐き出す呪詛の言葉は、もはや美女ではなく妖怪のそれと化したセフィアの顔面に、一本鞭が直撃することで中断された。
 香故を始め、隊員等がその鞭の出先を追って振り向くと、上体を起こし、その手に鞭の柄を握った峨奈の姿がそこにあった。

「いつまで女王様気取りだ、そこまでにしろ」

 吐き捨てた峨奈は、巧みな手首の動きで鞭を回収して見せる。その鞭は侍女であるシノが落とした物であり、峨奈はそれを拾い、セフィアに向けて放ったのだった。

「峨奈、無事か?」
「一応、無事だ……」

 峨奈は香故の問いかけに答えながら、近くに落ちていた樫端の9mm機関けん銃を拾い上げると、険しい顔で立ち上がる。峨奈の向かう先には、鞭に打たれて吹っ飛ばされ、尻を高々と突き上げて地面に突っ伏し倒れているセフィアの姿がある。
 峨奈はセフィアの前まで近づくと、おもむろに彼女の尻を思い切り踏みつけた。

「あぎッ!」

 峨奈の戦闘靴に圧を掛けられ、突っ伏した姿勢のセフィアの口から悲鳴が上がる。

「なぁ、さんざん気持ち悪い事を宣っていたが、今惨めで無様で情けないのは誰だ?」

 峨奈は静かな、しかし怒りの込められた言葉を眼下のセフィアに投げかける。

「貴様だよ」

 言い捨てると同時に、峨奈は9mm機関けん銃をセフィアの頭に向け、その引き金を引いた。

「ぱびょッ!?」

 数発の9mm弾がセフィアの後頭部に叩き込まれ、セフィアの体はビクリと一瞬跳ね上がる。そして血や脳漿で突っ伏している地面を汚し、そこに力の抜けた頭をべしゃりと落とし、死体と成り果てた。
 妖艶さ漂う女王セフィアの、無残であっけない最期であった。

「あぁぁ、嘘だ!」
「そんなぁ!」
「セフィア様ぁ!」

 そこへ周囲から叫び声が上がる。傭兵達の中には深手を負いながらも息のある者がまだ多く残っており、その中でもセフィアの配下の傭兵達が、主の死に泣き喚き出したのだ。
 しかし峨奈はそんな声は無視して、セフィアの死体を冷たい汚物を見る目で見下ろす。

「何が躾だ、何が美しく強い方々だ……。お前達がやってたのは、低能が別の低能を甚振るだけの、不快なごっこ遊びだ……ッ!」

 そして憎悪の含まれた強い口調で吐き捨てた。

「ぅぁッ……酷い目に遭った……」
「……」

 一方、その少し離れた傍らで、起き上がる樫端や近子の姿があった。侍女のシノが無力化されたことで洗脳が解け、両者とも正気を取り戻したようだった。
 樫端は半身を起こして、朦朧とした様子で声を零している。
 近子はというと今までのことがなかったかのように容易に起き上がり、どことなく嫌そうな表情だけを作り、自身の戦闘服に付いた泥を払っていた。

「近子三曹、樫端……!正気に戻ったようだな……」

 二人の様子を見た峨奈は、その顔に少しだけ安堵の色を浮かべる。
 そしてガクリと体制を崩した。峨奈に蓄積したダメージは少なくなく、彼の体は限界だったのだ。

「おい峨奈!――衛生隊員!」

 崩れかける峨奈の姿を見た香故が声を張り上げる。ちょうど到着していた着郷や出蔵等、その声に応えて衛生隊員がその場に駆け付けた。

「峨奈三曹!」
「ッ、すまん……」

 着郷が慌てて駆け寄り、崩れかけた峨奈の身体を支えてる。峨奈は支えられながら、ゆっくりと再び地面に腰を降ろした。

「出蔵、他の人達を頼む」
「了解です」

 出蔵は近子や樫端の元へと走る。
 それと入れ替わりに、腰を降ろした峨奈の所へ、香故が歩み寄って来た。

「色々とよく分からん状況だな。しんどそうな所悪いが、説明してもらえるとありがたいね」

 香故は周辺に散らばる傭兵達の死体、そして喚き叫んでいる傭兵達の姿を不快そうに見渡しながら、峨奈に事の詳細を尋ねる。

「あまり、口に出して話したくないんだがな……」

 香故の言葉に、峨奈は苦々しい口調でそう零すと、着郷からの手当てを受けながら、事の顛末の説明を始めた。



「大丈夫だ。もう自分で動ける」
「俺も……なんとか平気かな?」
「でもあまり無理は――ん?」

 近子や樫端に付き添い、彼らへの手当てを行っていた出蔵。

「策頼さん……?」

 しかし彼女はその最中に、静かに歩き出す策頼が策頼の姿を目に留めた。
 策頼は戦いのあった周辺を周り、剣狼隊でも主だった女であるカイテの死体や、生きているものの、今やモゴモゴと蠢くだけのシノの体を乱雑に拾い上げている。

「ぼ……僕がロイミを護らな……ぎゃぅ!」

 その道中で、ダメージを負った体を懸命に起こそうとしていたリルが踏まれる。
 策頼は再びロイミの体の前に立つと、カイテやシノの体を乱雑に放り落とす。そして、まだ息のあるロイミの首根っこを掴んで持ち上げた。

「き、汚い手で触るな……」

 一時的な気絶から気を取り戻していたロイミは、苦し気な声でそんな旨の言葉を吐く。

「お前か?観測壕を襲って鈴暮を甚振ったのは?」

 対する策頼はロイミの言葉など聞く様子も見せずに、逆に淡々とした口調でそう尋ねた。

「――ふふっ。ひょっとして、最初の虫共や躾のなってない野犬の事を言って――ごぶぅッ!?」

 ロイミが言葉を言い終える前に、彼女の腹に衝撃と鈍痛が走った。策頼による膝蹴りを食らったのだ。

「こぉっ、おげぇぇぇッ……ッ!」

 そしてロイミは胃の内容物を地面に吐き戻した。

「こぁ……お前、よくも――ぶぇッ!」

 呪詛の言葉を発そうとしたロイミだが、その前に彼女は頭を策頼に踏まれ、自らの吐しゃ物が撒き散らされた地面に、その顔を沈めた。
 そして策頼はロイミの両足の膝を蹴り、ロイミの脚を突っ伏す彼女の体の下に押し込む。結果、ロイミは強制的に縮こまるような土下座姿にされた。
 さらに集めて来たシノやカイテの体も、同様の手順で無理やり土下座の姿勢にさせ、ロイミの左右に並べる策頼。
 三人の女の体が、土下座の姿勢で尻を並べるという、面白い光景が完成する。
 そして策頼は、並べた三人の女の背中に、おもむろにどかりと腰を降ろした。

「ぐぅ……!」
「んもッ……」
「………」

 中央に位置するロイミの体をメインの腰かけとし、拘束してあるシノの体に片足をかけて、カイテの背中に手を置いて体重の一部を預ける。
 背徳的な光景に見えるが、策頼自身に優越感も後ろめたさも感じていなかった。全ては復讐と義務感からの行動だったから。これを正義や大義などど言うつもりは毛頭ない。ただ、亡き友人や尊厳を踏みにじられた仲間のための仇討。生き残り、敵を仕留めた自身に与えられた義務。
 それだけが、策頼を今の行為に駆らせていた。



「ぐ……うごぉぉぉぉぉッ!」
「あ?」

 唐突な雄叫びが周囲に響き渡ったのは、香故が峨奈の話を聞き始めて少し経過した時だった。見れば、触手に打たれて深手を負い、それまで倒れ込んでいた壮年傭兵が、叫び声と共にその上半身を起こしていた。

「貴様ぁぁぁッ!ロイミ嬢から離れんかぁぁぁぁッ!」

 憤慨し、怒りの声を上げる壮年傭兵。

「小僧ぉぉぉッ!猟犬共ぉぉぉッ!しっかりせんかぁぁぁ!ロイミ嬢の……主の危機を救えんで何が猟犬かぁぁッ!」

 そして周りの傭兵達に向けて叱咤の声を上げる壮年傭兵。

「うっせぇ」
「ぎぁッ!?」

 だが壮年傭兵は次の瞬間、悲鳴と共に地面に沈んだ。香故が、壮年傭兵の後頭部に脚を踏み下ろしていた。

「んだよ、この気っ色悪い全身タイツの首輪ジジイは?」
「どうにも脅威存在の女に心酔してる取り巻きらしい。何か、色々偉そうにほざいていた。私には、ただのオナニー野郎の被虐性癖ジジイにしか見えないがな」

 峨奈はしんどそうなその顔をより顰めて吐き捨てた。

「ぎご……よくも我が主をぉぉぉ、おのれぇ貴様ら!そのお方をどなたと心得るかぁぁ!我々など足元にも及ばぬ至高の存在であるロイミ嬢であらせられるぞォォォ!」

 そんな香故等の足元で、壮年傭兵は踏みつけられながらも、未だに怒りの喚き声を上げ続けている。

「……ハノーバー、施設作業車」

 香故は壮年傭兵の喚き声に耳を傾けるのを止め、施設作業車に向けてインカムで無線通信を開く。

《ハノーバー、操縦手です。車長は今はずしてます》
「かまわん、少し頼み事がある」

 無線で施設作業車側に何かを伝える香故。それが終わると、鉄の擦れる音と、機械の動作音が響き出す。

「貴様らのような……ぎぃやッ!?」

 そして、喚いていた壮年傭兵の台詞が途中で途絶え、代わりにその口から悲鳴を上が上がった。
 見れば施設作業車のショベルアームが壮年傭兵の体の上まで移動し、その先端、ショベルの刃が壮年傭兵の上半身、頭から腰に掛けてを縦に押し潰していた。

「あが……ぎぇあ……」

 施設作業車の操縦手の操作に連動してショベルアームが下がり、先端の刃は壮年傭兵の体をミシミシと圧迫する。

「あ、ぎゃぁぁぁぁ……!」

 より強くなる圧に、壮年傭兵の口から悲鳴が上がる。

「あぴょッ!」

 おかしな最後の悲鳴と共に、壮年傭兵の上半身は真っ二つになった。
 ショベルの刃により、頭部から上半身にかけてが文字道理真っ二つになり、頭部は脳や目玉や舌、胴体は内臓をふんだんに地面にぶちまけ、最期を迎えた。

「あぁ、気持ち悪い」

 香故は、凄惨な最期を迎えた壮年傭兵の死体を見下ろしながら、そんな言葉を零す。不快な存在が一人居なくなったためか、その言葉には少しの安堵の色が含まれていた。



 策頼は壮年傭兵の処分されるその様子を一瞥だけすると、腰の下のロイミに視線を戻した。

「ぐぷ……お、お前ェ……絶対に許さない……!徹底的に痛めつけて――ひぃッ!」

 残る嘔吐感に耐えて、呪いの言葉を策頼に向けて発そうとしたロイミ。しかし、彼女の言葉を遮るように、パァンと子気味の良い音が響き、ロイミの口から悲鳴が上がった。
 見れば策頼の片手には鞭が握られている。それはロイミが愛用していた乗馬鞭だ。策頼はそれをロイミの尻に振り下ろしたのだ。

「痛ッ!やめなさ――やめ、いやぁッ!」

 そして策頼は何度も乗馬鞭をロイミの尻に叩き下ろす。
 悲鳴を鬱陶しそうに聞きながら、ただロイミの体を甚振り続ける。幾度も振り下ろされる乗馬鞭に、ロイミの黒い戦闘服の尻の部分はボロボロになり、剥き出しになった彼女の尻の地肌には、いくつもの赤い鞭の跡が刻まれていった。

「ぅぁ……殺してや――ぎッ!」

 再びロイミの呪詛の言葉が遮られる。
 ロイミは頭を鷲掴みにされて強引に上を向かされる。策頼を睨みつけようとしたロイミだが、直後、目に映った物に彼女は目を見開く。

「――!おごォッ!?」

 次の瞬間、ロイミから濁った嘔吐くような声が上がった。
 見れば、乗馬鞭のその先端が、ロイミの鼻の穴に思い切り突っ込まれているではないか。強引に突き込まれた鞭は咽頭にまで達し、ロイミの鼻からは鼻血が出て、酷く歪に咳き込むロイミ。

「ごぉ……ほが……あんは、へっはいにころひてや……――ッ!?」

 ロイミは鼻に鞭を突き込まれた状態のまま、振り向き策頼を睨んで呪詛の言葉を吐こうとしたが、そこで彼女の言葉は止まった。
 そしてそこで、ロイミの顔が初めて青ざめる。
 彼女の視線の先には、ただ物でも見るような冷たい顔で、自分を見下ろす策頼の顔があった。

「ひ――!?」

 ロイミはそれに恐怖を感じた――。
 今までも、強くしかし可憐な容姿のロイミに、下衆な願望を抱いてきた輩は両手に余るほどいた。そしてそんな輩をことごとく蹴散らしてきた。
 しかし、今の相手から向けられているのは、ただ淡々とロイミを排除しようとする意志。自身の強さが常識が通じない、まったく不可解な相手からの冷たい凶大な撃滅の意志。
 そしてロイミは見た。策頼の瞳の奥に宿る、静かな、しかし巨大な怒りを。
 先程までのロイミ達の怒りを獰猛な獣の物と例えるなら、策頼のそれは、悲しみと憎悪と撃滅の意思に満ちた――暴走特急だ。半端な脅しや、見せかけの恐怖などでは動かせない、獣たちがいくら牙を剥こうとも傷一つ付けることのできない、強大な鋼鉄と発動の怒り。
 それらが、彼女が実に数百年ぶりの恐怖を、それも今まで感じた事の無い初めての種類の恐怖を覚えさせた。

「――!」

 そんな恐怖の存在である策頼の手に、何かが握られている事にロイミは気づく。
 それは自らが生成し、周囲にばら撒いた鉱石針だ。

「う、嘘れしょ……やめなはい、ひょんなこほひて、たらひゃおからいはよ……ッ!」

 その意図を察したロイミは、碌に喋ることもできない状態にも関わらず、必死に拒絶の言葉を捲し立てる。

「やめなひゃい……やめ、やめへ――」

 ついにその言葉は命令から懇願に代わる。しかし――

「ヒギュィッ!?」

 ロイミの尻穴に、鋭利な鉱石柱が深々と突き立てられた。

「あ……あ……」

 次の瞬間、ロイミの股間から小便が漏れ出した。股間を濡らし、内腿を伝って地面を汚す。

「汚い」

 策頼は冷めた目で一言吐き捨てる。本当にゴミを見たときのような一言。
 連ねられた罵倒文句ではなく、冷静で端的な一言に、ロイミの尊厳はかえって踏みにじられ、彼女はその顔を真っ赤に染める。

「あぅ、あぅぅ……」

 そして、まるで下僕の頼りない少年と同じような、惨めな呻き声を漏らし始めた。

「……あぐッ……!」

 策頼はロイミの後頭部を再び踏みつける。
 少し載せる程度の軽い踏みつけだったが、ロイミの頭は抵抗の片鱗も無く、容易に地面の水溜まりにビシャリと沈んだ。ぬかるんだ土に、ロイミ自身の嘔吐物、そして今しがた漏れ広がった小便が混じりあった汚水の水溜まりに。

「あ……あ……、あは、あひゃははははは……」

 汚水溢れる地面に沈んだロイミの口から、力ない笑い声が零れ出す。
 ロイミの精神は限界を迎え、崩壊した。
 これまで絶対の勝利を重ねて来た、逆を言えば敗北を経験することの無かった、籠の中の鳥も同然であったロイミ。
 彼女のその心は徹底的な敗北と、それに伴うこの仕打ちの前には、あまりに脆過ぎた。

「………」

 憎き仇敵が精神崩壊を迎える様を、策頼は何の感動も無く、興が冷めたとでも言うような、ただ冷たい目で見下ろしていた。

「はひゃは……ぁ……――ぎぇッ!?」

 そして策頼は自棄の笑い声を上げているロイミの顔を、脚で踏みつけ直し、汚物と混じった水溜まりにその顔面を沈めた。

「ぶぇッ……ぼぉ……!ぼぼッ……!」

 溶けた土と汚物の混ざりあった水溜まりに顔を沈められ、苦しみ藻掻くロイミ。

「もぼぉ……ひぶ、はびゅけ(リル、助け)――ぶぉ……!」

 使役獣の少年に助けを求めようとするが、その言葉すら最後までは続かない。
 最初こそ激しく見せていた抵抗の動きは、目に見えて弱くなっていく。

「……ぉぼ……ぉ……」

 そしてピクリピクリと断続的な動きを見せたかと思うと、それを最後に、尻を突き上げた姿勢のまま硬直し、動かなくなった。
 700年もの時を生き、あらゆる知見に長け、技を自らの物とし、人々から時に敬愛を、時に畏怖の念を向けられてきた魔女。
 そんな彼女の最期はあっけなく、そして嘔吐物と排泄物に塗れた畜生にも劣る物だった。

「ふぼぉ……――もぎょッ!?」

 策頼は最早作業も同然の動きで、隣でモゴモゴと力なく藻掻いていたシノの頭を強く踏み、首の骨をへし折った。
 先に死体となったロイミ、すでに死体となっていたカイテにシノが加わり、
 こうして三人の女は策頼の腰の下で、土下座のように縮こまり尻を突き出した姿勢で、仲良く死体となって並んだ。



 それまで消えていた厚く黒い雨雲が再び現れ、淡い光を降ろしていたこの世界の月を覆い隠す。まるでロイミ達の活躍の許される時間が、終わった事を示すように。彼女達が敗北した事実を示すように。
 そして勝者である策頼のその心内を代弁するかのように、曇天へと戻った夜空は雨雫を零し始める。

「殺したぞ、誉――。終わったぞ、鈴暮――」

 策頼は、先に逝った友人の名を冷たい口調のまま静かに呼ぶ。そして策頼は、少しの沈黙の後に咆哮の口火を切った。
 比類なき、暴声が如き声で。もはや災害、天災という域で。曇天の夜空に向けて咆哮を上げた―― 



「……策頼さん……」

 出蔵は少し青く、しかし悲しそうな顔で策頼の姿を見ていた。
 本来ならば策頼の虐殺行為を止めるべきであったが、策頼の友を失っているという事実。そして悲しいまでの復讐の意思を前に、出蔵は彼の行為を止めることも咎める事もできなかった。
 咆哮が止み、策頼は最早腰の下のロイミ達には興味も向けずに、ただ夜闇の一点を見つめ続けている。そんな策頼に、出蔵は駆ける声も思いつかないまま、ともかく歩み寄ろうとした。

「そっとしといてやれ」

 しかし香故がそれを止めた。

「こ、香故三曹……あの……」

 出蔵はそんな香故に対しても、少し青ざめた顔で視線を向けた。
 今さっき、平然と傭兵の一人を施設作業車に命じて潰して見せた香故もまた、出蔵からすれば接し方に困る存在であった。

「このタイツ共が徹底して気っ色悪い奴等だってことは、重々理解できた」

 そんな出蔵の思いを知ってか知らずか、香故はそれ以上出蔵と会話を交わそうとはせず、周辺に転がる多数の傭兵達を冷たい目で見下ろす。

「クソぉ、なんてことだ……」
「ロイミさんやセフィアさんがぁ……!」

 傭兵達は皆、悲観に満ちた顔で、嘆きの声を上げている。

「ぁぅぅ……ロイミぃ……」

 その中には、涙を流すリルの姿もあった。

「隊長がいてくれれば……」

 しかし傭兵の一人が口にした言葉に、傭兵達はハッとなった。

「そうだ、僕等には隊長がいる!」
「そうだ、あきらめるな!クラレティエ隊長がきっと来てくれる!」

 そして傭兵達は再び活気に満ち、次々に声を上げ始めた。

「どうせ貴様らは、隊長の刃に倒れる!そしてその強大さと麗わしさを目の当りにし、歯向かう事がいかに愚かな事だったかを思い知り、後悔するだろう」
「そうだ!これまでの敵は皆そうだった。俺達のように真実に気づいた者は皆様の虜としていただけたが、愚か者は無残に屠られる!」
「強く美しい方に従属する喜びを知らぬ、哀れな奴め。奴には、我が主による鉄槌が下るであろう……!」
「そうだ、我々が隊長達に使え、鞭を頂くことこそ、最高の褒美!それを分からぬ愚か者共めッ!」
「………」

 喚き散らす傭兵達に、香故は最早悪態を吐くことすら億劫に感じながら、転がる傭兵の一人に向けて小銃を構え、その引き金に指を掛ける。
しかしその時、香故は自身の真横の気配に気が付き、視線をそちらに向けた。

「やめろ香故……!」

 横を向くと、そこにはウラジアの姿があった。慌てて駆け付けたのか少し息が上がっている。
 しかし今問題な部分はもっと別にあった。
 その手には彼の護身用の9mm拳銃が構えられ、その銃口は他でもない香故に向けられていた。

「な!?よ、四耶三曹!」

 近くにいた香故の組の隊員が、その光景に驚き声を上げる。

「いい、下がってろ」

 しかし当の香故は変わらぬ口調で隊員にそう言うと、ウラジアの顔に視線を向ける。

「で、どうした?お前まで洗脳を食らったか」

 言いながらも香故は、ウラジアが洗脳などを受けたわけではない事は見た時点で察していた。
 ウラジアのその目は、確固たる自身の意思により、香故を睨み、その手の拳銃を向けている。

「違う!俺は……自覚してる限りは正気だ!」
「ふん、じゃあアレか?また敵にも慈悲を云々か?この気色悪い奴等は、観測壕の面子をヘラヘラ笑いながら甚振り殺したんだぞ?」
「許せるわけはない。俺だって反吐が出そうだ……だが、虐殺が正当化されるわけじゃない……!お前の行為は度が過ぎている!」

 ウラジアはその手の9mm拳銃を突き付け直しながら、香故に向けてそう訴えた。

「こいつ等は抵抗の意思がある。無力化しておくべきだ」
「なら拘束しておけばいいだけだ!お前は……宇桐一士を殺された恨みを、彼等にぶつけて晴らそうとしてるんじゃないか!?」
「あぁ……そうかもな」
「――ッ!」

 香故の口から発せられた思いもよらぬ肯定の言葉に、ウラジアは目を剥いた。

「俺からすれば正直、こいつ等も、停戦を飲んだ奴等も変わらねぇ。皆、殺してやりたいくらいだ。お前はまだ、近しい人間を殺された事がないから、分からないだろうがなぁ?」

 先の親狼隊との戦闘で死亡した宇桐一士は、香故が教育隊の班長を務めていた際の班員だった。
 停戦によりその仇討が不完全に終わってしまった香故にとって、そこへ遭遇した、隊員をその手にかけた剣狼隊傭兵達の存在は、それを少しでも完遂に近づける絶好の獲物であった。

「ッ……」
「どうした、それが許せないなら撃ったらどうだ?」

 拳銃のグリップを握るウラジアの手に、汗がにじむ。
 額からは一筋の汗が伝い落ちる。
 そして彼は、見せつけるように傭兵に銃を向けている香故に向けた拳銃の、引き金にかかる指にゆっくりと力を込める。

「ぬぉぃ、お三曹どもがたぁ!」

 一触即発状態の二人へ、唐突に声が掛かった。
 二人が振り向くと、そこにあったの竹泉と多気投の姿だった。

「なーにを面倒臭ぇこと、やらかしてるんでござんしょッ?」
「クールダウンしようぜぇ、ミスタァーズ」

 竹泉が皮肉120%の顔で両者の顔を睨み、多気投はその巨体で両者の間に割り込み、二人を強引、かつダイナミックに遠ざけさせる。
 竹泉と多気投の場の空気を読みもしない仲裁は、ウラジアと香故の間の緊迫した空気を掻き乱した。

「はッ、やれやれ」

 強引な仲裁に毒気を抜かれた香故は、そんな声を発する。

「お前等……何をその手に持っているんだ……」

 一方のウラジアは、竹泉の多気投がそれぞれ両腕に持っている物を目に留め、驚愕とも呆れともつかない声を上げた。
 竹泉の右腕と左腕には、それぞれ首を締め上げらている女傭兵の体があった。どちらもすでに首の骨を折られて絶命している。
 そして多気投は両手にそれぞれ、女傭兵の死体を足首を掴んで逆さ釣りにして持っている。いずれもすでに亡骸と化していた女傭兵達のその様子は、まるで絞められた鶏のようだった。

「えぇ、道中でなんぞ気持ち悪く絡んで来たもんでねぇ!」
「悪い事しちゃ、メッってしたわけだぁ。あー――です」

 皮肉気にいう竹泉と、軽快に発した後に怪しく敬語を付け加える多気投。

「お前等……」

 ウラジアは言葉を発しかけたが、それ以上発する言葉が見つからなかったのか、そのまま絶句した。

「こりゃ、愉快な事になってるな」
「……こっちも酷い……」

 さらにそこへ、制刻と鳳藤が現れる。

「制刻、鳳藤」
「先行班、任務を完了して戻りました。そっちに合流します」

 気付いたウラジアや香故に向けて、淡々と言ってのける制刻。

「あぁ、それと。無線でも言いましたが、脅威存在は無力化しました」

 言いながら制刻は、片方の腕にぶら下げ持っていた物体を少し持ち上げて見せる。

「な……!」
「マジか」

 それは脅威存在であり、剣狼隊隊長であるクラレティエの、無残な死体だった。

「そっちのガキは?」

 香故は制刻のもう片方の手からぶら下がる死体に気付く。

「あぁ、よくは知りませんが、この脅威存在の女の取り巻きのようです。どうにも、こいつもヤベェ能力を持ってたようですが、はっ倒したら無力化できました」
「滅茶苦茶だな」

 香故は再び呆れた声を零した。

「え……あ、あああああッ!?」

 その時、どこからか絶叫が上がった。それは地面に横たわる傭兵の内の誰かの物であった。制刻のその手にぶら下がる死体が、クラレティエの物だと気が付いたのだ。

「う、嘘だぁ!そんなぁ!」
「い、いやぁぁぁッ!」
「く、クラレティエさまぁぁぁ!」

 そして傭兵達は次々のその事に気が付き、絶叫は伝播してゆく。
 彼等にとってクラレティエの存在は絶対の物であった。そんなクラレティエの無惨な死体を目の前に突き付けられた事は、彼らを絶望に追いやり絶叫を上げさせるには十分過ぎる要因であった。

「く、うぁぁぁぁッ!」

 そしてそんな中、一人の傭兵が剣を拾い、叫び声と共に満身創痍の体を無理やりに起

「ぎゃッ!」

 しかし直後に、発砲音と傭兵の悲鳴が響いた。

「抵抗の意思、有りだ」

 香故からそんな言葉が発せられる。彼の持つ小銃からは硝煙が上がっていた。

「クソォォォッ!」
「うわぁぁぁッ!」

 最早自棄のそれである抵抗行為は、生き残りの剣狼隊傭兵達全員に伝播した。傭兵達は次々とその傷だらけの体に鞭を打ち、近くの隊員に襲い掛かろうとする抵抗を試みる。
 しかしそんな彼らの末路は目に見えていた。
 動きを見せた傭兵達に向けて、大型トラックの荷台に据えられていた92式7.7mm重機関銃が、無慈悲にも弾を吐き出し浴びせた。
 機銃掃射を前に、傭兵達は試みようとした抵抗も虚しく、次々に悲鳴を上げて倒れてゆく。
 機銃掃射から漏れた傭兵達にも、香故始め警戒姿勢を取っていた各組の隊員が対応。各員の火器が発砲音を響かせ、そして傭兵達は無力化されてゆく。
 異常事態を認め、警戒をしていた各組の隊員も各々対応し、動きを見せた傭兵に向けて発砲。傭兵達は抵抗虚しく、各所で無力化されてゆく。

「デリック1、混戦になりつつある。ガントラックからはこれ以上はいい」
《了解》

 混戦になる中、しかし香故は冷静かつ的確に指示を飛ばし、なおかつ自身も傭兵達を撃ち抜いてゆく。

「よせ、もう抵抗するな!こんな事は――!」

 一方のウラジアは傭兵達に向けて、抵抗をやめるよう訴えかけている。しかし――

「うぁぁッ!」

 そこへ、ウラジアにも剣を持って飛び出してきた傭兵が襲い掛かって来た。

「ッ――!」

 ウラジアは反射的に拳銃を傭兵に向け、そして発砲した。

「ぎょッ」

 打ち出された9mm弾は傭兵の額に命中し、傭兵はもんどりうって地面に崩れる。

「………ッ!」

 亡骸となった傭兵を足元に、ウラジアは目を剥き、悲愴に満ちた顔を作った。



 傭兵達の捨て身の抵抗は、一分にも満たない間に鎮圧された。

「我々が……いただくことこそ……あびゃッ!?」

 瀕死の状態で、まだ言っていた傭兵がいたが、香故はその傭兵の後頭部に小銃を押し付け、発砲して止めを刺した。

「21観測壕の面子は、こんなくっだらない奴等のために犠牲になったのか。浮かばれねぇな」

 傭兵の死体を踏みつけながら小銃を降ろし、不快そうに吐き捨てる香故。周囲から、同様に止めを刺す発砲音が、一発、二発分と響き聞こえてくる。
 そしてその音を境に、動く傭兵の姿は一人も無くなった。
 それは、これまで華々しい活躍をしてきた剣狼隊が、今、その歴史に幕を閉じた事を意味していた。
 猟犬を名乗る飼い犬達の、凄惨で救いの無い最期であった。

「………」

 ウラジアは目を剥き、倒れた傭兵の姿を見つめている。

「な?撃つべきだっただろ」

 香故はそんなウラジアに近寄ると、皮肉気に一言発し、ウラジアの元から離れて次の行動に移って行った。

「………Чёрт возьми(悪魔め)……!」



 制刻等も各々降りかかる火の粉を払い、事なきを得ていた。

「やぁれやれ」

 制刻は立ち構え呟きながら、血で汚れた自分の手を払っている。

「ッ!こんなことって……」

 その隣では立膝姿勢の鳳藤が、構えていた小銃を降ろしながら困惑の声を漏らしている。制刻等の足元には、制刻にはっ倒された傭兵や、銃撃の犠牲になった傭兵の亡骸が転がっていた。

「土産でホッとさせようとおもったんだが、ウケが悪かったみてぇだな」

 制刻は足元の傭兵の死体を脚でよけながら、冗談とも本心ともつかない台詞を、淡々とした口調で言ってのける。

「お前……!」

 それに対して、苦言を呈そうとする鳳藤。

「制刻士長」

 しかしそれは、近寄って来た香故の声に阻まれた。

「どうしてわざわざ死体を持ってきたんだ?」

 そして制刻に向けて尋ねる香故。

「停戦なら亡骸の引き渡しとかがあると思ったんで。少し間が悪かったようですが」

 対する制刻は、悪びれる様子すらなくそう言ってのける。

「ったく、まぁいい。お前等はアイツについててやれ。お前の所の班員だろう」

 香故は策頼の姿を指し示すと、その場から歩き去って行った。



「あー、策頼大先生。ケツん下のそいつは新作ですかぁ?」

 竹泉は両腕に抱えていた女傭兵達の死体を投げ捨てると、策頼に近寄り、彼の腰の下にあるロイミ達の死体に言及する。

「こいつがもう一人の脅威存在だ」

 皮肉と悪趣味な冗談交じりの竹泉の問いかけに、対する策頼は淡々と答える。

「策頼、いくらなんでも……ッ!」

 その光景に、鳳藤が咎める声を発しかける。

「これが誉や鈴暮を甚振った張本人です」

 言葉こそ静かだが、鋭い眼光で鳳藤を見つめ返して発する策頼。

「しかし………」

 その気迫に、鳳藤は次に紡ぐ言葉を失った。

「で、よぉ。もいっちょ気になってたんだが、んだよコレは?」

 一方、竹泉は近くに転がる一人の傭兵の死体を指し示す。
 リルだ。
 混乱の最中、流れ弾に当たって死んだようだ。
 魔女の飼い犬であった少年は、主である魔女のその凄惨な最期を見せつけられた挙句に、屍となって転がったのだった。

「なーして真っ裸で首輪なんかつけてんだ、気持ち悪ッ」

 竹泉は首輪のつけられた少年の体を気色悪がる。

「そいつは、脅威存在のガキの奴隷らしいよ」
「あん?」

 そこへ掛けられた言葉に竹泉が振り向く。説明の台詞を挟んで来たのは樫端だ。

「樫端さん、まだ安静にしてないと……ッ」
「もう大丈夫だって出蔵」

 寄り添う出蔵に返しながら、樫端は制刻等の元まで歩いて来る。

「奴隷って、じゃあ保護すべきだったんじゃ……!」

 鳳藤は険しい顔を作って発する。

「いや、その必要はないでしょう。その脅威存在のガキに甚振られても、碌に抵抗せずにアウアウ言うだけ。かと思いきや、いざ戦闘になったら『僕が護るんだ~』とか、女を護る騎士気取りでした。つまりそういう気持ち悪い関係だったんでしょうよ、骨抜きにされた飼い犬だ」

 樫端は洗脳状態にあった中でも、起こった出来事を断片的に覚えていたようで、そのことを説明して見せた。

「この坊主と同じパターンか。そいつぁ、かわいそうだが、手を差し伸べるこたぁできねぇな」
「……」
「お前、いつまでそれ摘まんでんだよ」

 シレっと言ってのける制刻に、鳳藤は最早返す言葉も浮かばない様子で、代わりに竹泉が未だに制刻の手からぶら下がっているレンリの死体について言及した。

「他の黒タイツ共もそうでした。こいつらは、女がイキってて、男がいいようにされてるSM集団なんですよ。危うく俺も操られて、その仲間にされちまう所だった……」

 少し顔を青くしながら、樫端は見聞きした剣狼隊の実態を説明する。

「ヴォッエ……ッ!」
「ゲロゲロだずぇ」

 それを聞いた竹泉と多気投が、真似事か本気か嘔吐を催したような声を発して見せた。

「……ちなみに、策頼が今座ってる脅威存在のガキは、聞く限り700歳を超える魔女だそうです。ホントがどうかは知りませんけど。俺にはヒステリックなガキにしか見えませんでしたが」
「ほーう。勇者女の次は、ビックリ長寿女か。ビックリ人間コレクションが作れそうだな」

 本気にしてるのか不明な、淡々とした口調で言ってのける制刻。

「こんなんばっかだなッ!不快でしかない要素の塊のくせに、この手の奴に釣られて、ヘラヘラ付き従う低能が後を絶たねぇッ!」
「民間保安軍の待遇に釣られる市民の問題みたい……」

 竹泉の罵倒文句に、よく分からない例えを挟む出蔵。

「とにかく。このタイツ共が、とんでもなくキモイ奴等だってこたぁよく分かった」
「お前ぇの顔面のキモさに届くくれぇにな……ッ!」

 制刻は竹泉の嫌味は無視して、汚物に塗れたロイミとリルの死体を見下ろす。

「どこもかしこも、どうかしてる……」
「今に始まったことかよ」

 鳳藤の悲痛な言葉に、竹泉が水筒の水で口をゆすぐ片手間に、皮肉の言葉を飛ばした。



 竹泉等が気分の良いとは言えない会話を繰り広げている間も、策頼は殺気止まぬ顔で一点を見つめていた。
 誉達の命を奪った下手人であるクラレティエ達は、制刻により仕留められ、誉と鈴暮を嘲り甚振ったロイミ達は、今、策頼の手によって屠ら無残な姿となった。
 ここに報復は全て成し遂げられた。
 しかし、それで友である誉や鈴暮が生き返る訳ではない。
 今の策頼は大きな喪失感に襲われていた。
 そんな策頼の前に、制刻が立った。

「策頼、色々思うトコはあるだろうし、この後、特に俺等はアレコレと面倒なことを聞かれるだろう。まだ終わりじゃねぇ、色々とな。だから、今はとりあえず下がって休め。んな趣味の悪ぃ椅子じゃねぇ所でな」

 策頼の腰の下で人間椅子と成り果てた女達を指し示しながら、策頼を説く制刻。

「………了解です」

 その言葉に策頼はようやく女達の背から腰を上げた。



 ヘッドライトを煌々と照らす旧型小型トラックが一両、そしてその斜め後ろを追走していた二騎の騎兵が、その場に走り込んで来た。小型トラックは施設作業車の近くに停車し、その助手席から長沼二曹が。二騎の馬からは衛狼隊の隊長バンクスと、側近のパスズがそれぞれ降りて駆け寄って来る。
 駆け寄って来た長沼は、周囲の状況を見て愕然とした。

「ッ……また、やってくれたなお前等は……」

 そして機関けん銃を握ったままの手の甲を、額に当てて苦々しく吐く長沼。
 そんな長沼に、香故が近づいて報告の言葉を発した。

「長沼二曹、確認された脅威存在は全て無力化されました。それに追従していた小隊規模の敵部隊も、全て処理完了です」

 苦々しい顔の長沼とは対照的に、香故は涼しい顔でつらつらと報告の言葉を並べてみせる。

「香故三曹……」
「あぁ。状況を説明するには長くなりますが、この場に関しては半数は策頼が、半数は今、俺等がやりました。抵抗を受けましたので」

 長沼の言いたいことを察してか、香故はそんな言葉を付け加える。

「………」

 長沼は周辺に散らばる死体を、そして策頼とその腰の下に並ぶ死体を目にして、渋い表情を作る。

「長沼二曹。現状維持は不可能でしたし、私達前進観測班は危険な状態にありました。策頼一士と、香故三曹等の増援が来てくれなければ、私は拷問の末に殺されていたかもしれなかった」

 近くで手当てを受けていた峨奈が、長沼の元へフォローの言葉を発する。

「危機的な状況であった事は理解はしてるつもりだ……それに、どうにも彼女らは停戦の報を知りながら、襲撃に踏み切ったらしい……だが、それにしてもこれは……」
「これは……」
「………ッ!」

 長沼の隣では、衛狼隊長バンクスと、側近のパスズが言葉を失っていた。

「バンクスさん……申し訳ない」
「いや……停戦の報を無視したのは剣狼隊だ……」

 長沼の謝罪に対して、どうにか言葉を紡ぐバンクス。しかしその表情には割り切れない感情が滲み出ていた。

「よぉ、アンタ」

 次に返す言葉を見つけられずにいた長沼に代わり、横から香故が口を挟んだ。

「余計なおせっかいかもしれないが、あんた方の雇い主は禄でもない事を企んでるようだ。
手を引くことを進めるね」

 横に居た香故がそんな言葉を挟む。

「それと、とっととここから引くことだな。俺は正直、アンタ等もぶっ殺してやりたいくらいなんだ」
「香故ォッ!!」

 長沼が怒声を飛ばすが、香故の表情は冷たく、そして憎らし気なままだ。

「バンクスさん……そちらの負傷者の引き渡しは、予定道理行います」
「あぁ……すまない……」

 両者は約束された引き渡しの日時、手順を再度確認する。
 そしてバンクスとパスズは愛馬に跨ると、回頭させ、その場から去って行った。それを見送った後に、長沼は周囲の隊員等に向けて声を張り上げた。

「作戦は終了――撤収だ!!」
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