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チャプター16:「最凶の陸士」

16-3:「塵潰し」

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「あらあら、これは……」

 ここまで戦いの様子を見守っていたセフィアが、ここで初めて言葉を漏らす。

「手を出すなって言われたけどぉ……そういう訳にもいかなくなってきたわねぇ」

 口調こそ普段と変わらぬ緊張感の無い物だが、その表情は面白くなさそうであった。
 腰掛にしていた男傭兵達から腰を上げると、セフィアは新たに香を炊き、それを少しだけ吹いている生暖かい風に乗せる。

「「「あ、ひぃぃ……」」」

 零れて周りにも流れた香の香りが作用し、セフィアに下で虐げられていた男傭兵達がまたも嬌声を上げる。

「セフィアさん。あたし達も行きますかぁ?」
「こっちの男共は役に立たないもんねー。それに調子に乗ってる男は、身の程を分からせなきゃ」

 女傭兵達はそんな男傭兵達を嘲笑い甚振りながら、そんな言葉を上げる。

「うふふ、ありがとう。でも大丈夫よぉ、皆はこの子達をイジメててあげて」

 セフィアは虐げられている男傭兵達を視線で示しながら、そんな台詞を返す。

「ロイミちゃんに酷い事をした悪い子だしぃ、この手できっちり躾けておきたいの」
「うわっ、こわーい」
「あいつ調子に乗り過ぎたねー。セフィアさんを怒らせちゃったわ」
「どこまで悲惨な目に遭わされるのか楽しみっ」

 女傭兵達は文字道理尻に敷いている男傭兵達を甚振りながら、笑い合う。
 そんな女傭兵達にセフィアも「クスクス」と笑いを返すと、篭絡し甚振るべき敵の姿へ、視線を向ける。
 そしてその身を跳躍させた。

(ちょっとおいたが過ぎたわねぇ。お仕置きに、とびっきり無様な姿にしてあげる――)

 香の効果と、背徳的な魅力を醸すセフィアの姿や振る舞いを利用した篭絡の技は、屈強な戦士ですら抗う事を許さず、尊厳も何もかも全部奪い、彼女の忠実な僕としてきた。
 今回もそれを信じて疑わず、セフィアはその妖しい瞳の中に、敵の姿を捉える。敵の動く様子は見られず、セフィアは香の効力を確信する。
 そして香の香りを振りまきながら、優雅に背後に着地。

(さぁ、悪い子は――)

 耳元で篭絡のための言葉を囁くべく、その艶やかで豊満な体を密着させようとした。


 ザグッ、と――


 セフィアが体を密着させる前に、鈍い音が彼女の耳に届いた。
 そして同時に、セフィアは自身の胸元に違和感を覚える。胸元が奇妙に軽く、そして冷たさを感じる。

「―――え?」

 彼女が視線を落とすと、彼女の自慢の豊満な二つの乳房が――そこになかった――。
 あるのは胸全体に広がる赤黒く平らな〝切断面〟。
 そして彼女の目に映ったのは、憎き敵の持つ血のこびり付いた鉈。
 ボチャリ――とセフィアの足元に重量のある二つの肉の塊が落ちる。それは、切断されたセフィアのご自慢の二つの乳房。
 セフィアの乳房は、鉈で付け根から切断され、削ぎ落されていた。

「は――?え……あ……いぎゃぁああああああああああッ!?」

 状況を理解すると同時に、胸の切断面からブシュリと血が噴出する。
 そしてセフィアの妖艶な表情が崩壊し、彼女はおっとりとした瞳をかっ開き、これまで艶のある加虐の声を奏でていた口を、顎が外れんまでに開口して、野生動物のような絶叫を上げた。
 そんな悲鳴も束の間、彼女の鼻に指が掛かり、顔面の上半分が手に覆われる。掴んだのは他でもない策頼の腕。策頼の背後を取っていたはずのセフィアは、いつの間にか背後に回られていた。策頼はセフィアの背後から頭頂部を越えて、彼女の顔面を覆い掴んでいた。そして――

「ぎゃッ――!?」

 絶叫の最中のセフィアから新たな悲鳴が上がる。見れば、彼女の頭部は鼻から頭頂部に掛けて皮を剥がされていた。顔面の鼻から上半分の肉が向き出しになり、頭頂部は禿げ上がりまるでグロテスクな落ち武者のようだ。

「いびゃぁぁぁぁぁッ!?」

 新たな痛みに新たな悲鳴を上げ、ついにセフィアはその場に崩れ落ち、倒れて藻掻き出す。

「いぎゃぁぁぁぁぁッ!熱い、痛い、あづい、いだい、イダイィィィィィ!!!?」

 艶と妖しさで男を支配して来た、穏やかさと加虐性を併せ持つ恐怖の女王、セフィア。しかし今、地べたを転げのたうち回る今の彼女に、これまでの女王のような振る舞いの面影は欠片ほども無かった。
 無様な姿へと成り果てる運命にあったのは、他でもないセフィア自身であった。



「え……?」
「は……?」

 配下の女達は何が起こったのか分からず目を丸くしている。
 女傭兵達は、セフィアの手にかかった獲物が、いかに哀れな末路なを迎えるのか、笑いながら鑑賞していた。しかし哀れな末路を迎えたのは彼女達の敬愛するセフィアであり、セフィアは無様な姿で地面に転がり、獣のように叫び声をあげている。

「「「ごぼぉッ!?」」」
「ぎぇぼぇ!」
「ぎゅごぼッ!」
「ぐぉぼぉッ!?」

 そして理解する間も無く、傭兵達を惨劇が襲った。
 触手だ。
 傭兵達は、突如地中から突き出して来た触手に、ことごとくその体を串刺しにされた。
 骨抜きになり、女に乗られてた男傭兵達と、男の顔に乗り笑っていた女傭兵達。それぞれが皆一様に、突き出して来た触手に股間部から口までを、串に刺さった魚のように貫かれていたのだ。
 貫かれた女達を見れば、触手が貫通している影響で胴体は膨れ上がり、者によっては一部が裂けて内臓が飛び出し、手足はピクピクと痙攣している。しかし誰も即死はできなかったらく、触手の突き出す口からは、苦し気な声とも付かない音がコポコポと漏れ聞こえている。眼球はことごとく飛び出し、目や鼻、耳からは残らず血や涙、鼻水などが噴き出ていた。
 男傭兵達を甚振り、嘲笑っていた先程までとは一転した、凄惨で惨めな姿だ。最も、同様に貫かれた男傭兵達も状況は同じだったが。
 周囲には触手の刺突の難を逃れたセフィア配下の傭兵達もいた。だが触手達は、運無き傭兵達の体を串刺しにしたまま、初撃の難を逃れた傭兵達へと牙を剥いた。

「は――ぎゃぶぉッ!?」

 一匹の触手がその体をしならせ、近くにいた女傭兵をその身で叩き潰す。
 打ち飛ばされたのは、最初に男傭兵達を踏んで甚振り出し、情けないと罵っていた女傭兵だ。
 地面に叩き付けられる女傭兵。触手がその体を持ち上が手どけると、その下から触手の巨体の圧で潰れた女傭兵の死体が現れた。

「あぼ……びぇッ……ギェッ……」

 女の全身の骨は折れて捨てられた人形のように四肢がおかしな方向に曲がり、口や体に出来た深い裂傷からは臓物が飛び出している。目は白目を剥き、体はピクリピクリと痙攣して、臓物の飛び出ている口からは声とも知れない音が零れ聞こえてくる。
 顔も体もグチャグチャの状態で痙攣している女傭兵の姿は、まさに潰された虫のように無様であった。

「ぎゃぁッ!?」
「びょげッ!?」
「ごぶッ!?」

 さらに、そこかしこで傭兵達の悲鳴が上がる。
 へたり込み、虐げられていた男傭兵達や、それを取り囲んで虐げていた女傭兵達がことごとく触手に打たれ、投げ散らかされ、あるいは潰される。

「「「ぎゃぼぉッ!?」」」

 セフィアの腰かけや足置きとなり、四つん這いになっていた男傭兵達が、身を打った触手に押しつぶされている。
 香の影響とセフィアからの甚振りの余韻で、碌に動くこともままならなかった傭兵達は、触手にことごとく無惨に投げ散らかされ、快楽にだらしなく緩ませていた顔を、死の形相に変えていった。

「ぱぁッ!?」
「びょっ!?」

 そして身を打った触手に貫かれていた男女の傭兵は、その衝撃で内側から限界の圧が掛かっていた体が爆ぜ飛び、細切れの肉片と化して仲良く周囲に四散した。
 その調子で、セフィア配下の傭兵達は次々に同じ境遇を辿った。触手に弾き飛ばされ、あるいは踏みつぶされてゆき、そしてそのたび、触手に貫かれていた男女の傭兵達は、体を爆ぜ、四散させる最期を迎える。
 男を虐げていた気色悪い女達と、虐げられ気色悪く喘いでいた男達は、最後には仲良く凄惨な末路を迎えたのだった。

「うぁぁッ!よくもセフィアさんをッ!」
「男の癖にぃッ!」

 しかし中には難を逃れた女達がいた。
 女達は怒りを露わにし、触手を潜り抜けて策頼に向けて襲い掛かって来た。
 敬愛するセフィアと仲間を屠った策頼に、憎しみと殺意を向けて、各々の得物を振り降ろす女傭兵達。

「ぎぇッ!?」

 しかし策頼は一人の剣を避けると、警棒を前頭部に叩き付け、女の頭をたたき割った。

「この――」

 立て続けに二人目が剣を手に襲い掛かって来たが、その手の剣が振り降ろされる前に、策頼は脚を思い切り真上に蹴り上げ、女の顎を蹴とばした。

「ぎゃぢッ!?」

 女は運悪くガヂリと自分の舌を噛み千切り、死体となってもんどり打ち倒れた。

「………」

 セフィア配下の襲撃が返り討ちにした所で、敵の攻勢が途絶え、周囲に一時だが静寂が戻る。
 暴れまわっていた触手達はそこでその動きを止める。それまでの暴虐的なまでの働きに反して、触手達の様子は酷く苦しそうだった。
 内、一匹の触手が限界を迎えたのか、ゆらりとその巨体を倒しかけた。しかし、突如伸びた人の腕が、触手の表面の一部を、肉が千切れんばかりに鷲掴みにした。
 触手を掴んだ腕の主は、他ならぬ策頼だ。大木のような巨体の触手を、策頼は軽々とした動きで引き寄せる。

「まだだ、倒れるな。ちゃんと言う事聞けよ」

 そして触手に対して冷たく囁いた。
 触手達は策頼の配下に完全に下っており、策頼の意思に呼応し、セフィア配下の傭兵達を襲っていたのだ。そして触手は、新たな主人である策頼の言葉に、承諾か、はたまた恐怖によるものなのか、弱々しい身悶えで答えた。
 策頼はそんな触手をほっぽり出すと、別の目標を探すため、視線を周囲へ走らせようとする。

「――死ね」

 しかしそこへ真横から、目を血走らせたカイテの襲撃があった――



 数分前。

「く……」
「っつぅ……!」

 地面に倒れ、苦悶の声を漏らすシノとカイテ。ダメージにいばらく起き上がる事のできなかった二人は、今ようやく半身を起こした。

「シノさん!カイテさん!」
「二人とも、大丈夫!?」

 そこに駆け付けたのは侍女のミルラと護衛の少年リート。
 突然の敵の強襲に呆気に取られていたミルラだったが、尊敬するシノの危機に気が付き、仕置きの拘束を受けていたリートを解いて解放し、今この場に駆け付けたのだ。
 二人はシノやカイテに駆け寄り、手を貸そうとする。

「ふん、この程度……」
「ッ、大丈夫ですよ……」

 シノやカイテは掛けられた言葉に返しながらも、貸された手を断り、視線を敵のいる方向へと向ける。

「あぁ……!」
「セフィアさんに、皆が……」

 二人の視線を追って顔を上げたミルラとリートが、驚愕の声を上げる。
 散らばる仲間、セフィアがのたうち、配下の傭兵達が触手に串刺しにされる姿が見えた。その中にはセフィアの取り巻きの姿もあった。

「アイツ……絶対に、切り裂いてやる……!」

 それを目にしたカイテは怒りを再燃させ、感情に任せてその場から飛び出した。

「カ、カイテ!」

 リートは飛び出したカイテを呼び止めようとするも、彼女は行ってしまう。追うべきかと迷うリートだが、その時、彼は横から強い怒りの気配を感じ取った。

「み、みなさん……許しません――」
「ミ、ミルラ?」

 怒気の発生源はミルラだった。普段大人しい彼女が見せない雰囲気に、それを見たリートはたじろぐ。

「躾では済みませんね……奴には、徹底した仕置きを与え、屠らねばならないようです……」

 そしてシノも冷たい表情に怒りを宿らせ、冷酷な台詞を口にする。

「二人とも落ち着いて!」

 そんな二人を冷静にさせようと、声を上げるリート。

「ふん、豚が偉そうに指図ですか」
「う……うぅ」

 しかし怒りに駆られる女達に、その言葉は一蹴されてしまった。

「……ううん、リートさんの言う通りかもです……敵を倒すならば、それこそ協力しないといけません」

 だが、ミルラがリートの提案に賛同した。彼女は強い怒りの感情を孕みながらも、その内には冷静さを残しているようだった。

「………」

 ミルラのその言葉に、怒りの感情の中にあったシノにも、少しの冷静さを取り戻す。

(この子は私よりもずっと肝が据わっているのかもしれないですね)

 怒りに囚われていた自身を自嘲するように、そんなことを思い浮かべるシノ。

「何か――考えはあるのですか?」

 そしてシノは、二人に向けてそう尋ねた。



 飛び出したカイテは、目にも止まらぬ速度で触手を潜り抜けて策頼に肉薄、襲撃を仕掛けた。その彼女の目は、怒りのあまり酷く充血している。

「――死ね」

 最早多くの煽りや罵倒の言葉は無い。
 跳躍で策頼の斜め上空に位置取った彼女は、最高潮に達した怒りを冷酷なその一言と、手の中のナイフに込め、それを策頼に向けて振り下ろした。
 しかし、策頼の一歩横にずれるだけの動作で、カイテの一振りは空しく空振りに終わる。

「このッ――」

 これまでも見た不可解なまでの敵の回避行動に悪態を吐きながらも、カイテは身を反転させて、再度攻撃を仕掛けようとした。しかし、彼女が己の右腕の違和感に気が付いたのは、その時だった。

「――は?」

 見れば、右腕に握っていたはずのナイフがそこに無い。否、ナイフを握っていた〝右腕が無い〟。カイテの右腕は、肘から先が切断されていた。

「あ……あぁぁ――ッ!?」

 理解した瞬間、カイテは悲鳴を上げかける。

「――ごぅッ?」

 しかし彼女のそれは強引に中断され、代わりに鈍い叫び声が彼女の口から上がる。彼女の顔面には、横から振るわれた警棒が叩き込まれている。
 それを握るのは他ならぬ策頼。
 そして策頼のもう片方の手には、切断されたカイテの腕が掴まれている。カイテの物だったその腕は、愛用のナイフを握ったまま硬直している。
 警棒に打たれたカイテはもんどり打ち、大きく仰け反っている。策頼はそんなカイテの横を抜けながら、切断された腕に握られたままの彼女の愛用ナイフを、彼女の顔面に叩き込んだ。

「びょッ!?」

 顔面に自身の愛用ナイフが突き立てられ、彼女の口から短い悲鳴が上がる。愛用のナイフと、それを握ったままの腕が、彼女の顔面の上にそびえ立つ。カイテの体は膝を付き、やがて全身が崩れ落ちるように地面に沈んだ。
 まだ息があるのか、顔から血を噴き出しながら、彼女の身体は痙攣していた。
 襲撃者を一人屠った策頼だが、息つく間もなく新たな襲撃者をその目に捉えた。



 濡れた地面を跳ぶように駆け、敵の傍まで接近したシノ達三人。その三人の目に映ったのは、悠然と佇む敵と、無残に倒れるカイテの体だ。

「ッ――カイテ……!」

 ライバル的存在であったカイテの無惨な姿に、顔を険しくするシノ。
 ミルラやリートもカイテの姿に、顔を悲愴に染める。
 しかし三人はその顔から悲観の念を振り払い、凛々しい傭兵としての顔を作り出す。今は目の前の敵に集中し、仇敵を討ち果たすことが、仲間への弔いだと己に言い聞かせて。
 そしてシノが先陣を切り、策頼に向けて飛び込んだ

「はッ!」

 ナイフで敵に切りかかるシノ。しかし敵は斧を掲げて易々とシノの攻撃を受け流した。しかしそれを予想していたシノは、受け流されたのを利用してそのまま敵の懐から離脱。

「やぁぁッ!」

 そして入れ替わりに、今度は剣を手にしたリートが敵に向けて切りかかった。彼の攻撃はまたも受け流されるが、リートはシノの同じようにそのまま離脱する。
 そしてまたも入れ替わるように、反転し戻って来たシノが敵に攻撃を仕掛ける。
 二人は幾度も入れ替わりに一撃離脱と反転を繰り返し、敵を翻弄する。これにより、敵は二人に向けて決定的な有効打を打てていなかった。
 しかしそれはシノ達も同じであり、このままでは両者共に疲弊する一方に思えた。

「お二人とも、お待たせしました!」

 だがその時、背後から声が響いた。
 声の主はミルラ。彼女は得意とする槍をその手に持ち、上空に跳躍していた。ミルラのその姿を確認したシノとリートは、反復攻撃を中止して飛び退き、敵との距離を取る。

「落ちよ!雷の柱ッ!」

 そしてミルラが通る声で発した瞬間、敵の周囲にいくつもの稲妻が落ちた。
 さらに、通常の稲妻であれば発生した直後に消滅するはずであったが、この稲妻は、閃光を迸らせながらもその姿を維持し、敵の周囲を囲い、まるで周囲に壁を作るようにして、包囲する。
 二人が浅い攻撃を繰り返していたのは、ミルラの魔法発動準備の時間を稼ぐためだった。

「よし、相手の行動を封じた!」

 リートが上げた声の通り、敵は周囲を囲った稲妻の柱により、動きを制限されたようだ。

「〝雷槍――<<サーディル・ピェリシア>>……ッ!〟」

 そして、敵を包囲することに成功したことを確認したミルラは、続けて詠唱を行う。すると彼女の構える槍に、電流が走り出した。パチリパチリと小気味良い音の放電現象を纏う槍。ミルラはしっかりと構え直すと、眼下の倒すべき敵に向けて突貫を開始した。

(敵の行動の自由を奪った所への、雷槍による突貫。単純ですが、有効なはずです――)

 シノは作戦を分析しながら、急降下するミルラの姿を見守っている。

「ミルラ、お願い!」
「そのまま、行きなさいッ!」

 そしてリートとシノはそれぞれ思いを込めた一声を発し、ミルラに一撃を託す。
 二人の声を受けたミルラは、やがて敵へのリーチ内へ降り立った。すかさず槍を放つための予備動作に入るミルラに対して、敵は動きを見せない。
 飛び退き逃げれば、雷の柱に突っ込みその身を焼くことになる。ミルラの槍と刃を交えれば、槍の纏う雷により感電死することになるだろう。
 そう、敵の選べる道は全て閉ざされたのだ。

「さぁ!あなたの行い、反省してください――!」

 そして今、仇敵へ向けてミルラの槍が思い切り繰り出された――

「――ぎょッ!?――ごぼぉッ!?」

 が、槍の切っ先が届く前に、ミルラの体に異変が訪れ、彼女から奇妙な悲鳴が上がった。

「え?」
「な――!?」

 ミルラは、股間から胴を通って口に掛けて一直線に、その体を地中から現れた触手に貫かれていた。

「ご……おぼォ……」

 全身を触手に貫かれて串刺しとなったミルラは、白目を剥き、顎の外れた口からからは触手が突き出し、苦し気な声が口のわずかな隙間から漏れ出ている。
 そして、触手は体力の限界を迎えたのか、その巨体を巨木が倒れるように地面へと横たえる。必然、共に倒れることとなったミルラの体は、串刺しにされたままカエルのように両手両足を広げて、ビクビクと痙攣していた。
 周囲を囲っていた雷は、主を失ったためか消滅して行く。
 その場には、思いを託され慣行された攻撃が身を結ぶことなく、無惨な姿と成り変わったミルラの死体だけが残る。

「………」

 策頼はそんなミルラの死体を、ただ無力化の確認のためだけに、つまらなそうに一瞥した。

「ミ、ミルラ……う、うぉぉ――!」

 そこへ、サポートのために脇に控えていたリートが動いた。ミルラの死を理解した彼は、考えるよりも先に策頼に向けて切りかかった。

「びょッ――ッ!?」

 しかしその手の剣が届く前に、発砲音が響いた。策頼が片手で構えて向けたショットガンからは硝煙が上がっている。
 そしてリートの顔面の上半分がこそげるように無くなり、頭部の中身が覗いていた。顔面に散弾を受けたリートは、削がれた顔面の上半分から血を盛大に噴き出すと、そのままあっけなく倒れて死体の仲間入りを果たした。
 二人を屠った策頼だが、その背後に回り込む人影がある。殺気を全身に纏わせたシノだ。

「よくもミルラを……カイテに、豚までも……私の大切な友人達に下僕――」

 仲間の死に歯を食いしばりながらも、一瞬の隙を突いて背後を取ったシノ。彼女のその両手には一本鞭とナイフが握られている。憎き敵を捕らえ、切り裂くための得物。

「己の罪を知り、悔いて、無様に死になさい――」

 言葉と共に、敵を捕らえるべく目にも止まらぬ素早さで、一本鞭を放った。

「ッ――!?」

 しかし、彼女の一本鞭は空を切り、何者も捉える事は無かった。そしてシノは自身の背後に気配を感じる。
 いつのまにか、彼女の背後に策頼の姿があった。つい先程まで確実に目の前に捉えていた存在が、一瞬の内に背後に移動していたのだ。まるで戦闘機がオーバーシュートを起こした時のように。

「むぶッ!?」

 シノが気配に気が付いた時には、すでに遅かった。
 直後、突然シノの頭部が何かに覆われる、彼女の視界が奪われる。シノの顔には土嚢袋が被さっていた。

「ぎゅぃ!?」

 そして間髪いれずに、シノは己の体が縛り上げられる感覚を覚える。
 それは正しかった。
 策頼はワイヤーを繰り出し、彼女の身体の横を抜けながら、恐るべき素早さで彼女の身体を縛り上げたのだ。そして策頼は身を翻すと、仕上げといわんばかりに、土嚢袋に覆われたシノの顔に、警棒を叩き込んだ。

「もびゅッ!?」

 土嚢袋に覆われた口から、くぐもった悲鳴を上げながら、シノはその体を捻じるようにしながら吹っ飛び、地面に突っ込んだ。
 他者を豚や犬と罵っていたシノだが、哀れにも家畜の加工のような最期を迎えたのは、彼女自身だった。
 黒皮のボンレスハムとなり果てた、ビクビクと痙攣しているシノの体を、邪魔なので蹴とばす策頼。

「………ッ」

 その直後、策頼は上空に瞬く光と人影を捉え、手を翳す。
 その人影はロイミとリルだった。



 再び数分前。

「ロイミ、ロイミ!しっかりして……!」

 自分の鞭を食らって倒れたロイミを、リルが介抱している。と言っても、最初の襲撃で蹴り飛ばされたリルは、つい先程ようやく立ち直った所であり、そこでロイミの打ち飛ばされる姿を目にして、今しがた彼女の元に駆け付けたばかりであった。

「ッ……!」

 ギリリと歯を食いしばりながら、ロイミは敵のいる方向を睨んでいる。

「カイテ……セフィア隊長やみんなが……」

 仲間達、そして幼馴染が死んだ事実を前に、リルは顔を青くしている。残る傭兵達が掛かってゆく姿が見えるが、彼等もことごとく蹴散らされてゆく。

「ここまで……私を……絶対に許さない……!」

 立ち上がろうとしロイミは、しかしふらついて再び地面に膝を付く。度重なるダメージにより、いかに人より強靭な体を持つ魔女と言えども、限界を迎えようとしていた。

「だ、ダメだよロイミ……」
「うるさいわね、私に命令する気……?」
「う……」

 ロイミに凄まれ、たじろぐリル。満身創痍の身でありながら、ロイミの眼孔は未だに逆らい難い鋭さを孕んでいた。

「うぅ……で、でも!やっぱりだめだよ……ッ!そんな体で戦いに行くなんて、絶対にダメ!」

 しかしそれでもリルはロイミを止めた。

「どうしても行くなら、僕が一緒に行く!ロイミさっき言ったでしょ、ロイミの盾となり矛となれって。だから僕を頼ってよ!僕は……僕はロイミの使役獣だから!」

 そしてロイミに向けてその身を乗り出し、意を決した表情で訴えた。

「フン……そんな恰好でいっても、何の格好もつかないわよ」
「え?……あ!あぅぅ……」

 襲撃直前まで、ロイミから仕置きを受けていたリルの姿は裸のままだった。一糸まとわぬ己の姿に気づき、両腕で体を隠して赤面するリル。

「はぁ……」

 一方、ロイミはそんなリルの姿に、纏っていた殺気と憎しみの念を少しだけ収めて、小さなため息を吐いた。

「今や私の手に残っているのは、あなただけか……」

 毒気の抜かれたような顔で、自嘲気味に言うロイミ。

(でも、この子の素質ならあるいは……)

 思いながら、リルを見る。

「いいわ。私が奴の動きを読んで指示を出すから、あなたはそれに従って動きなさい。ヘマしたら容赦しないわよ」

 その言葉に、リルはごくりと喉を鳴らす。

「使役魔としての役目を果たして見せなさい。あなたを……信じてみるわ」

 しかしその後に見せた信頼の言葉。

「ロイミ……うん!」

 その言葉に、リルは明るく凛とした表情で返事を返す。そして二人は、夜闇へと飛び立った。



 飛び上がったロイミとリル。上空に身を置いた二人は、そこから敵の姿を捉える。
 敵は背後を見せ、進んでいる。残った傭兵を探しているのだろう。

「さぁ、教えた通りにしてごらんなさい」
「う、うん……〝その刃に勇なる輝きを纏い、獲物を討つ力と成せ――<<ユーリォ・ソレス>>……ッ!〟」

 ロイミに言われ、リルは恐る恐る魔法詠唱を口にしたリル。詠唱を終えた瞬間、彼の持つ剣の刃には紋様が浮かび上がり、そして次の瞬間に閃光を発した。

「す……すごい!ロイミのおかげで、剣にこんな大きな魔法が……」
「ふっ、違うわ。これはあなたの持つ魔力によるものよ、リル」
「え……?」

 言われた言葉に、キョトンとした表情を作るリル。リルは元々大きな魔力を宿しており、ロイミのそれを引き出す呼び水としてリルに魔力を流したに

「前に教えたことを忘れたの?覚醒していないだけで、あなたの体の内には大きな魔力が眠っていたのよ。ただ、それを引き出す力はまだまだ未熟だったわ。だけど、あなたはこの土壇場で覚醒して、これほどの魔力をここまでの力に変えてみせた。私が導いたとはいえ、ここまでの覚醒を見せるなんて、さすがに想像していなかったけど」
「え……ぼ、僕が……?」

 普段では考えられないような優し気なロイミの言葉に、戸惑いの様子を露わにするリル。

「あら、素質を褒めたからといってうぬぼれない事ね。これから、この力をもってして敵を討つことこそ、あなたの今の使命なのよ」

 少しだけ言葉をいつもの調子に戻し、リルに釘を刺すロイミ。

「う、うん!」

 その言葉に、リルは少し気圧されながらも、先と同様に凛とした通る声で返事をする。それは彼女の調子が少しだけ戻ったようで、そこに嬉しさを感じたからであった。
 そして二人は、再び眼下の敵へとその瞳を向ける。

「奴は、おそらく魔封じの魔法を使っていたみたい……でも、あなたに宿る膨大な魔力の前には、封じきれないみたいね……!」

 眼下の敵の姿を見ながら、分析の言葉を口にするロイミ。そして横に居るリルにその視線を移し、愛しい使役獣である少年の、緊張した表情をその目に留める。

「大丈夫よ、あなたの力を信じなさい。あなたはこの魔女ロイミの使役獣なんだから」
「ロイミ……」
「さぁ行くわよ、リル。私の愛しい使役魔。私の盾であり剣――」
「うん、ロイミ。僕の主様――」

 二人は互いを呼び合うと、剣の柄の上でお互いの手を重ね、指を絡ませ合う。

「〝我らを瞬突の牙と成せ――<<シュトゥル・ルァ・グムラストゥ>>――〟」

 そしてロイミが詠唱。二人は共に構えた剣と一体となり、その場から打ち出されるように飛び出した。
 凄まじいスピードで敵に迫り、そして目と鼻の先まで一瞬でたどり着く。敵からすれば、上空に居たふたりが消え、一瞬にして接近して来たかのように見えただろう。最早敵には二人の攻撃を回避することも叶うまい。
 そして魔法による力の込められた剣は、今や岩や鋼をも砕く威力を持つ。これを防ぐ手などありはしない。
 二人で一緒に構えた剣の柄に、力を込める。そして憎き敵に、切っ先を向けて、二人の力を合わせた渾身の一撃を突き込み、仇敵の体を貫く――!


 ――だが、その直後、ガクリという突然押し留められるような奇妙な衝撃が二人を襲った。
剣が敵の体に到達するには、まだわずかにだが早い。
 予期せぬ事態に困惑しながらも二人は視線を剣先へと向ける。

「え――?」
「へ――?」

 ロイミとリルの口から素っ頓狂な声が零れ出る。それは二人の目に入った、事態の原因にあった。
 仇敵を貫くべく二人の突き放った剣は、その仇敵の手前で停止していた。
 仇敵、すなわち策頼の〝片手により掴まれて〟。
 岩を、鋼をも断ち切り砕くはずの剣撃が、翳した片手で、いとも容易に受け止められている。それだけではない。宿っていたはずの強大な魔力も、まるで初めから何もなかったかのように消失していた。
 この衝撃の事態は、剣撃が決まる事を確信していた二人の思考能力を奪うには十分過ぎた。


「――ごぼォッ!?」


 そして、ロイミの腹部に衝撃と鈍痛が走った。



「――ごぼォッ!?」

 ロイミの腹部に衝撃と鈍痛が走った。
 策頼の放った蹴りの一撃が、ロイミの腹部に入ったのだ。その威力は凄まじく、ロイミの手は握っていた剣を離れ、彼女のその体は上空に高々と舞い上げられた。

「え――ぎゃッ!?」

 何が起こったのか理解できずに呆然としていたリルは、次の瞬間に地面に叩き付けられて悲鳴を上げた。
 策頼が掴んでいた剣ごと、リルを地面に投げ捨てたのだ。剣を投げ捨てた策頼は、拳を握り、少し姿勢を低くして、その場でタメの体勢に入る。

「ぁ――ぁ――」

 上空からは、蹴り上げられたロイミがうめき声を漏らしながら真っ直ぐ落下して来る。ロイミの体が自分の胸の高さまで落ちて来た瞬間、策頼は落ちて来たロイミの体に、タメの一撃を思い切り叩き込んだ。

「ぎぃ――ぎぇぼぅッ――!!!」

 拳がロイミの顔面横面にとてつもない勢いで叩き込まれ、ロイミの体はその衝撃を受けながら地面へと叩き付けられた。その勢いは比類なき物で、衝撃でロイミの体は地面にめり込み、土砂が巻き上がった。
 巻き上がった土砂が止むと、そこには湿った地面にめり込み、白目を剥いてピクリピクリと痙攣し、起き上がる様子の無いロイミの姿がそこにあった。
 倒れたロイミを、ただただつまらない物を見る目で見下ろす策頼。
 周囲に静寂が訪れる。
 その場には多くの無惨な姿となった者達の体が転がり散らばっていた。
 魔女ロイミが。使役獣の少年リルが。
 シノやカイテ、リートやミルラなどの少年少女達が。
 ロイミ配下の傭兵達が。
 セフィアに、セフィア配下の男傭兵や女傭兵達が。
 その全てが一帯に無残な姿となって散らばっていた。
 そしてその中心にただ一人、彼ら彼女らにとっての憎き敵であり、そしてこの場の圧倒的勝者となった策頼の、静かに佇む姿があった。
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