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チャプター14:「衝撃と畏怖」
14-5:「Battlefield Death Voice」
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場面はもう一度竹泉と多気投の方へと戻る。
「よし!小僧たちが通ったぞ!」
「けど、あいつ等だけじゃ心配だよな!」
言葉を交わし合いながら、敵の潜む岩場へと駆ける傭兵達の姿がある。若い傭兵達を隊長の元へと送り込むことに成功し、加えて獣人女達の果敢な姿にあてられ、彼らは熱気に包まれていた。
「あいつら臆したのか、妙な鏃も撃ってこなくなった、あと一息だ!」
「おう!ガキ共だけにいい格好はさせられないぜ!あの敵を倒して、俺達も隊長の元へ急ごうぜ!」
傭兵達は、まもなく岩場のすぐ傍まで接近。するとその彼らの目に、岩場の影に潜む巨漢の姿が映った。岩場に隠れていて尚、その上半身を覗かせている巨漢は、しかし俯いて体の側面を傭兵達へと見せている。傭兵達の取っては格好の標的だ。
「でかいのがいるぞ!オーク、いやトロルか?」
「見ろよ、俺達を恐れて縮こまってる。止めを刺すぞ、俺が突っ込む!」
傭兵達の内の一人が、岩場の少し前で踏み切り跳躍する。
「さぁ覚悟しなぁ!」
そしてその手に握る剣を振り上げ、勇ましい掛け声を上げながら、目の前の巨漢へと切りかかる。
「――ぶぇびぇッ!?」
しかし勇ましい傭兵の言葉は、悲鳴へと変わった。
傭兵の横面に大きな拳がめり込み、片目が飛び出す。そして傭兵は、目や鼻や口から血を撒き散らしながら反対方向へと吹っとばされ、地面へグチャリと突っ込んだ。
「おぉかわり、きたずぇえッ!!」
拳骨を放ったのは、他でもない多気投だ。彼は傭兵を殴り飛ばすと同時に、陽気で、しかし異様な声を上げる。多気投のもう片方の腕には、つい先程首を捻じって無力化したばかりの、別の傭兵の亡骸が抱えられていた。
「まぁーた黒タイツぅ?竹しゃんカーチャン、オデもー黒タイツ飽きたヨォ!ヴェハハッ!」
「やかましい!黙って捌けッ!」
排除した傭兵達の姿を見て、品の無い笑い声を上げる多気投。隣にいる竹泉は多気投の声に怒声で返しながらも、小銃を用いて後続の傭兵を退ける。
竹泉と多気投の陣取る岩場の周りには、十体以上の傭兵の亡骸が散乱していた。そのすべてが、この場を突破しクラレティエの元までたどり着こうと、肉薄を仕掛けて来た傭兵達であった。そして周辺からは今も、散会した傭兵達が竹泉等に向けて、波状の間隔で迫って来ていた。剣狼隊の傭兵達は、クラレティエのような超人的な能力こそ見せないが、人間離れした走りや跳躍で、竹泉等の火器が描く火線を翻弄し、掻い潜って来る。そんな傭兵達を相手に中長距離での射撃による迎撃を試みても、弾と手間の無駄でしかなく、竹泉等は否応なしに近、白兵距離で傭兵達を相手取る事となっていた。
「ゴボッ!?」
竹泉はまた一人、間近に迫った傭兵を三点制限点射で押し留め撃退。傭兵は遮蔽物にしている岩の上へと倒れ込む。
「ッ、弾切れだッ」
同時に、弾切れを起こす竹泉の小銃。しかし目と鼻の先には、続いて迫る別の傭兵の姿があった。
「隊長に歯向かう怨敵ッ!」
傭兵は剣の切っ先を真正面に向けて突き進んでくる。とても再装填の間に合う距離ではなく、次の瞬間に傭兵は間合いへと入り、竹泉に向けて剣を突き出した。
「な――!?」
しかし傭兵の剣は竹泉には届かず、突如、両者の間を遮った何かに突き刺さる。それは、岩場に倒れていた傭兵の亡骸だった。
「ごッ!?」
そして直後、傭兵は頭部から奇声と血飛沫を上げてもんどりを打つ。竹泉がホルスターから拳銃を引き抜き、傭兵の頭部に向けて発砲したのだ。傭兵は力を失い、剣の柄から手を離すと、地面に崩れ落ちた。
「装填の隙くらい寄越せや!」
目と鼻の先の敵を撃退した竹泉は、掴み上げて支えていた傭兵の死体を押しのけてどけると、放り出した小銃を手繰り寄せて、弾倉の交換にかかった。
「どいつもこいつも俺等と握手したくて仕方ねぇらしいなァ、人気者はつらいぜェ!」
一方の多気投は、冗談を飛ばしながらも、迫り来る傭兵達に弾幕を張り続けている。
「ぐぁッ!?」
「怯むな!我ら剣狼隊の力を見せろ!」
「クラレティエ様の名の元に、私たちはどんな困難も切り開く!」
傭兵達の内の何名かは、被弾して岩場へたどり着く前に脱落する。しかし仲間がやられようとも、傭兵達は怯むことはなく、高らかに声を上げながら弾幕を掻い潜って来た。
「多気投!2時の方向、お前に突っ込んでくるぞ!」
「ウォウ!やべぇッ!」
一人の女傭兵が、多気投の注意が他の傭兵へと向いている隙に、岩場へと肉薄。
「バケモノめ、覚悟しろッ!」
多気投の間近へ踏み込むと、女傭兵は多気投の胴を狙って、手に握る剣を斜めに薙いだ。
「ひょーーーッ!」
しかし多気投は薙ぎ払われた剣撃を、上体を反らして回避。
「嘘――ごぶぇッ!?」
そして防御のがら空きになった傭兵に腹部に、思い切り拳を叩き込んだ。女傭兵はその衝撃により内臓破裂を起こし、血を吐き出しながら吹き飛ばされた。
「こいつッ!」
多気投が女傭兵と戦っている隙に、間近には別の傭兵が接近していた。今度は多気投の頭部目がけて、傭兵の持つ剣が薙ぎ払われる。
「ワァォウッ!」
だが多気投は首を横に曲げて、またも剣撃を軽やかに回避して見せた。多気投の耳元わずか数ミリ先を、剣が風を切って通り過ぎてゆく。
「そん――え?」
多気投の前で隙だらけの姿を晒す傭兵。多気投はそんな傭兵の後頭部を鷲掴みにすると、岩場へスーパーボールでも投げつけるかのように叩き付けた。
「ぎぇびぇ!?」
叩き付けられた傭兵の頭は、熟れた果実が落ちた時のように潰れ、岩場を血で染めた。
「なんかメッチャ色々言ってんなぁ、このタイツ共ォ!!」
傭兵の襲撃をやり過ごした多気投は、軽機を構え直して弾幕形成を再開しながら発する。
「奴らの頭ん中に浮かんでんのはアレだ。麗しくてサイッキョーの女王様と、主人公なボクたちアタシたちが、悪漢を倒してヤッターな感じの筋書きなんだろうよ!ああ気色ぃ、気っ持ち悪ぃッ!」
対する竹泉は悪態で答えながらも、すぐそこまで迫った傭兵に向けて、小銃を発砲し排除する。続けてサスペンダーから下がる手榴弾を掴み取ると、迫る傭兵グループの一つに目がけて投擲。手榴弾は数十メートル先で炸裂し、土煙を巻き上げるが、竹泉は成果を確認することもせずに、群がる傭兵達に向けて再び引き金を引き続ける。三人、四人と、向かってくる傭兵達を退け続けるが、やがて竹泉の小銃は再び弾切れを起した。
「おおおおおッ!」
しかし傭兵達はこちらの事情などおかまいなしだ。弾切れのタイミングを図ってか偶然かは不明だが、斧を手にした大柄の傭兵が、竹泉の側面へ踏み込む。傭兵の手に握られた斧はすでに振り上げられ、振り下ろす動作に入る直前だ。
「ヤベ――」
竹泉は即座に手元に置いておいた拳銃を掴み上げ、大柄の傭兵に向けて引き金を引こうとする。しかし傭兵が斧を振り下ろすほうが僅差で早かった。振り下ろされた斧は拳銃に接触し、竹泉の手から拳銃を弾き飛ばして地面に落とす。そして岩場にガキンと刃を落とし、小さな火花を上げた。
「危――ッ!」
幸い手首ごとを斧に持っていかれることは免れたが、武器を失い竹泉は焦燥を顔に浮かべる。その間にも、傭兵は斧を再び振り上げ、そして竹泉目がけて振り下ろす直前だった。
危機に陥る竹泉。しかしその時、足元に置いておいたスタンガンが目に入る。それを掴み取ると同時に、竹泉は傭兵の懐へ飛び込んだ。スイッチに指先の力を込めると、スタンガンはバチバチと放電を開始する。それをアッパーのように繰り出し、皮のスーツに覆われていない傭兵の首と顎の境目へ、思い切り押し付けた。
「――!あがががががががッ!?」
瞬間、大柄の傭兵は震えた悲鳴を上げ、全身を痙攣させた。
数秒間の放電の後に、竹泉はスタンガンを傭兵から引き離す。スタンガンから解放された傭兵は力を失い、彼の手から斧の柄がするりと抜け落ちて落下。そして傭兵は態勢を崩して、がくりと地面に両ひざを付く。そんな傭兵の頭部と肩を竹泉はすかさず掴むと、同時に岩場の鋭利な箇所へと思いっきり叩き付けた。肉のぶつかる音と「ごびゅ」という断末魔が響く。そして岩場の一部が血で染まり、傭兵は動きを見せなくなった。
「べっ!ゲボッタレがッ!」
竹泉は無力化した傭兵に悪態を吐き付けながら、その亡骸を岩場から押し除け、弾き飛ばされた拳銃を回収する。
「ヘイ、竹しゃん。だいじょーぶかぁッ?」
「あぁ、わざわざご心配痛みいる――って、おめぇは何してんじゃッ!?」
目先の危機を脱した竹泉に、多気投から安否を気遣う声が掛けられる。しかし、そちらへ視線を向けた竹泉は、そこに移った光景に目を剥きそして呆れ返った。
見れば、多気投は肉弾戦で大立ち回りを繰り広げていた。多気投の周りには多数の傭兵が群がり、次々に多気投に向けて襲い掛かって来る。本来なら人の事を心配している場合ではないはずだが、当人は愉快な様子で傭兵達を相手にしていた。
「そこだ――ごぶぉッ!?」
多気投は数の暴力を物ともせず、自身に向けて振り下ろされた剣撃を軽やかに避けては、傭兵の体に拳を叩き込み、バギャリと心地の悪い肉音を響かせる。
「え?――ひ!?う、腕が――ごびゅッ!?」
側面から切りかかって来た傭兵の剣を、傭兵の腕ごと掴んで止めてはボキリとへし折り、悲鳴が上がる前に、傭兵の脳天に拳を叩き下ろして頭骨を粉砕。
「いびゃぐッ!?――やべ――ぎゃびゅうッ!?」
わずかな隙を突いて脇から切り込んで来た獣人女の傭兵を、紙一重で回避してはその尻尾を捕まえ、グルングルンとぶん回して岩場や他の傭兵に叩き付け、ボロ布と化した獣人女を放り投げる。
その姿はバケモノ以外の何者でもなかった。
「ヴェーハハッ!こりゃもう殴ったほうがお手頃価格だずぇ!」
「お前基準で考えんな!それよか使ってねーなら軽機よこせやッ!」
アドレナリンの作用でハイになり、人間離れした立ち回りを見せる多気投に、竹泉は心底呆れながらも、多気投の肩から下がる軽機を渡すよう要求する。
「悪いが、今さっき弾倉空っ欠になっちったずェ!」
しかし多気投の口からは、軽機を使用せずに愉快な肉弾戦を行っている理由が述べられた。
「カスがァッ!!」
青筋を浮かべて吐き散らした竹泉は、それと同時に真横へ迫っていた傭兵を拳銃で撃ち抜いた。
「ウジャウジャウジャウジャ、うっぜぇッ!」
波状に接近していた傭兵達は次々に距離を詰め、各方向から岩場へと殺到。竹泉は癇癪を起しながらも、傭兵の群れに向けて発砲を再開する。
「チクショウ!妙な力ばっかり使いやがって!」
「何としてもこいつらを仕留めるんだ!放っておくと危険だぞ!」
「まず、あのオークの亜種みたいな奴をやれ!」
仲間が倒されても、傭兵達の士気は衰えず、熱を増す一方だった。傭兵達は竹泉等を押しつぶさんとする勢いで迫り、特に巨体で目立つ多気投には多数の傭兵が群がっていた。
「このぉ――びぎゃッ!?」
「まだよ!連携すれば必ず――ぐほぇッ!?」
襲い掛かる傭兵達を、その巨体からは信じられない軽やかな動きで片づけていく多気投。
「フォウ!ウェッ!ヴォウ!ヴォンバッ!!」
独特の掛け声を上げながら、時に殴り潰し、時に膝蹴りをかまし、時に首をへし折り、撃退してゆく。
「怯むな!ここを抜けて、隊長をお助けするんだ!」
「ああ、主の、そして女の危機に駆け付けられなきゃ、男じゃねぇよな!」
「その通りだ!俺たちの信念と隊長への忠誠は、この程度で折れたりはしない!」
しかし傭兵達は、互いを鼓舞する言葉を交わし合いながら迫り来る。
「なんか聞いてる限り、マジであの女王しゃまに発情中らしいな」
「いいように使われてるだけって理解できてねぇのか!得点稼ぎの犬共がァッ!」
心底嫌悪感を感じた顔で吐き出す竹泉の手には、右手に警棒型懐中電灯、左手に拳銃が握られ、怒りに任せるように、目の前の傭兵の顔面を撃ち抜く。その隙に反対方向からの傭兵の接近を許したが、すかさず傭兵の顔面に警棒型懐中電灯の光を照射。怯んだ傭兵の鼻っ面に、警棒型懐中電灯の柄叩き込む。その刹那、殺気を感じて身を反らした竹泉のすぐそばを、また別の傭兵の振るった剣撃が通り抜けて言った。
「ッ!避けられ――あ゛ッ」
剣撃を紙一重で避けた竹泉は、攻撃動作の直後で隙の傭兵のこめかみに、銃口を押し付け発砲。傭兵は短い断末魔と共に地面へと崩れ落ちた。
「でぇッ!マジで死ぬ!」
いよいよ持って傭兵達の攻勢は熾烈を極め、一歩でも間違えば真っ二つにされかねないギリギリの状況に、竹泉は青筋を増やして声を上げる。
「やべぇぞ!博打の直列つなぎだ!いつしくじってもおかしくねぇ!」
「ほんなら、ちょいと心理作戦試してみっかぁ!」
「――あ?」
意図の掴めない竹泉をよそに、多気投は傭兵の一人を捕まえて絞め殺す片手間に、岩場の片隅に置いてあるスピーカーメガホンを掴み上げる。そして次の瞬間、あらゆる意味で暴力的な音声が周囲に響き出した。
《――ヨォォォォッ!!聞いてっかァ!?ばっちぃゲロカス女王豚の取り巻きペットどもッォ!!
必死だなぁお前ら!
『ぼくたちペットの大事な女王様』を肉の塊にされるのが悔しいかぁッ!?
『ぼくたちにおちおきしてくれる女王様に、ひどい事するなんて許しゃないぞぉ!プンプン!』ってかぁッ!?
まだまだこんなモンじゃねぇずェ!てめぇらまとめて俺サマが半端無いくらいメッ!ってしたる!そんで、こねて叩いて練り込んで、なんかよー分からん塊にしたるッ!!
てめぇらが牙を剥くってんなら、こっちもこっちだぜぇッ!ぶっちきべっちきにしたる!
ヘイ!お前らひょっとして今こう思ってんのかァ!?
『女王ちゃまには誰もかなわないんだぞぉ!』ってかぁッ!?
『お前達なんて、ぼくたちの女王ちゃまがコテンパンにやっつけてくれるんだぞー!』って泣き付こうってかぁッ!?
ウボゲェェェェェェェッ!!
愉快過ぎて吐き気がするじぇェッ!
俺様が女王ちゃま焼き肉の金網に叩き付けて、そのまま焼肉にしたる!てめぇらご自慢の女王ちゃまは、そのイキった顔面、金網の焼き痕だらけになんだぜぇ!
そんで無様な丸焼きになって、お前等とご対面すんだぁ!
よー分からん塊んなったてめぇらの目の前で、お前らの大事な女王ちゃま、俺様がモリモリ食らいつくしてやるぜぇ、うれしいだろぉッ?
さぁ、どいつもこいつもまとめてビャービャーうれし泣きしやがれッ!気っ色悪い取り巻き共ッ!
ヨオオオオオオオオオオオッ!ヴェイヴェエエエエエエエエエエッ!!》
「うるっせぇッ多気投!おめぇ、黙れェッ!!」
多気投の張り上げた、スピーカーメガホン越しの暴声での盛大な煽り文句。それに対する苦言が、敵からではなく隣の竹泉から上がる。
《ヴォォォォォォォォォォォウッッッ!!!》
しかし多気投はその苦言もよそに、さらなる暴声を上げた。
「よし!小僧たちが通ったぞ!」
「けど、あいつ等だけじゃ心配だよな!」
言葉を交わし合いながら、敵の潜む岩場へと駆ける傭兵達の姿がある。若い傭兵達を隊長の元へと送り込むことに成功し、加えて獣人女達の果敢な姿にあてられ、彼らは熱気に包まれていた。
「あいつら臆したのか、妙な鏃も撃ってこなくなった、あと一息だ!」
「おう!ガキ共だけにいい格好はさせられないぜ!あの敵を倒して、俺達も隊長の元へ急ごうぜ!」
傭兵達は、まもなく岩場のすぐ傍まで接近。するとその彼らの目に、岩場の影に潜む巨漢の姿が映った。岩場に隠れていて尚、その上半身を覗かせている巨漢は、しかし俯いて体の側面を傭兵達へと見せている。傭兵達の取っては格好の標的だ。
「でかいのがいるぞ!オーク、いやトロルか?」
「見ろよ、俺達を恐れて縮こまってる。止めを刺すぞ、俺が突っ込む!」
傭兵達の内の一人が、岩場の少し前で踏み切り跳躍する。
「さぁ覚悟しなぁ!」
そしてその手に握る剣を振り上げ、勇ましい掛け声を上げながら、目の前の巨漢へと切りかかる。
「――ぶぇびぇッ!?」
しかし勇ましい傭兵の言葉は、悲鳴へと変わった。
傭兵の横面に大きな拳がめり込み、片目が飛び出す。そして傭兵は、目や鼻や口から血を撒き散らしながら反対方向へと吹っとばされ、地面へグチャリと突っ込んだ。
「おぉかわり、きたずぇえッ!!」
拳骨を放ったのは、他でもない多気投だ。彼は傭兵を殴り飛ばすと同時に、陽気で、しかし異様な声を上げる。多気投のもう片方の腕には、つい先程首を捻じって無力化したばかりの、別の傭兵の亡骸が抱えられていた。
「まぁーた黒タイツぅ?竹しゃんカーチャン、オデもー黒タイツ飽きたヨォ!ヴェハハッ!」
「やかましい!黙って捌けッ!」
排除した傭兵達の姿を見て、品の無い笑い声を上げる多気投。隣にいる竹泉は多気投の声に怒声で返しながらも、小銃を用いて後続の傭兵を退ける。
竹泉と多気投の陣取る岩場の周りには、十体以上の傭兵の亡骸が散乱していた。そのすべてが、この場を突破しクラレティエの元までたどり着こうと、肉薄を仕掛けて来た傭兵達であった。そして周辺からは今も、散会した傭兵達が竹泉等に向けて、波状の間隔で迫って来ていた。剣狼隊の傭兵達は、クラレティエのような超人的な能力こそ見せないが、人間離れした走りや跳躍で、竹泉等の火器が描く火線を翻弄し、掻い潜って来る。そんな傭兵達を相手に中長距離での射撃による迎撃を試みても、弾と手間の無駄でしかなく、竹泉等は否応なしに近、白兵距離で傭兵達を相手取る事となっていた。
「ゴボッ!?」
竹泉はまた一人、間近に迫った傭兵を三点制限点射で押し留め撃退。傭兵は遮蔽物にしている岩の上へと倒れ込む。
「ッ、弾切れだッ」
同時に、弾切れを起こす竹泉の小銃。しかし目と鼻の先には、続いて迫る別の傭兵の姿があった。
「隊長に歯向かう怨敵ッ!」
傭兵は剣の切っ先を真正面に向けて突き進んでくる。とても再装填の間に合う距離ではなく、次の瞬間に傭兵は間合いへと入り、竹泉に向けて剣を突き出した。
「な――!?」
しかし傭兵の剣は竹泉には届かず、突如、両者の間を遮った何かに突き刺さる。それは、岩場に倒れていた傭兵の亡骸だった。
「ごッ!?」
そして直後、傭兵は頭部から奇声と血飛沫を上げてもんどりを打つ。竹泉がホルスターから拳銃を引き抜き、傭兵の頭部に向けて発砲したのだ。傭兵は力を失い、剣の柄から手を離すと、地面に崩れ落ちた。
「装填の隙くらい寄越せや!」
目と鼻の先の敵を撃退した竹泉は、掴み上げて支えていた傭兵の死体を押しのけてどけると、放り出した小銃を手繰り寄せて、弾倉の交換にかかった。
「どいつもこいつも俺等と握手したくて仕方ねぇらしいなァ、人気者はつらいぜェ!」
一方の多気投は、冗談を飛ばしながらも、迫り来る傭兵達に弾幕を張り続けている。
「ぐぁッ!?」
「怯むな!我ら剣狼隊の力を見せろ!」
「クラレティエ様の名の元に、私たちはどんな困難も切り開く!」
傭兵達の内の何名かは、被弾して岩場へたどり着く前に脱落する。しかし仲間がやられようとも、傭兵達は怯むことはなく、高らかに声を上げながら弾幕を掻い潜って来た。
「多気投!2時の方向、お前に突っ込んでくるぞ!」
「ウォウ!やべぇッ!」
一人の女傭兵が、多気投の注意が他の傭兵へと向いている隙に、岩場へと肉薄。
「バケモノめ、覚悟しろッ!」
多気投の間近へ踏み込むと、女傭兵は多気投の胴を狙って、手に握る剣を斜めに薙いだ。
「ひょーーーッ!」
しかし多気投は薙ぎ払われた剣撃を、上体を反らして回避。
「嘘――ごぶぇッ!?」
そして防御のがら空きになった傭兵に腹部に、思い切り拳を叩き込んだ。女傭兵はその衝撃により内臓破裂を起こし、血を吐き出しながら吹き飛ばされた。
「こいつッ!」
多気投が女傭兵と戦っている隙に、間近には別の傭兵が接近していた。今度は多気投の頭部目がけて、傭兵の持つ剣が薙ぎ払われる。
「ワァォウッ!」
だが多気投は首を横に曲げて、またも剣撃を軽やかに回避して見せた。多気投の耳元わずか数ミリ先を、剣が風を切って通り過ぎてゆく。
「そん――え?」
多気投の前で隙だらけの姿を晒す傭兵。多気投はそんな傭兵の後頭部を鷲掴みにすると、岩場へスーパーボールでも投げつけるかのように叩き付けた。
「ぎぇびぇ!?」
叩き付けられた傭兵の頭は、熟れた果実が落ちた時のように潰れ、岩場を血で染めた。
「なんかメッチャ色々言ってんなぁ、このタイツ共ォ!!」
傭兵の襲撃をやり過ごした多気投は、軽機を構え直して弾幕形成を再開しながら発する。
「奴らの頭ん中に浮かんでんのはアレだ。麗しくてサイッキョーの女王様と、主人公なボクたちアタシたちが、悪漢を倒してヤッターな感じの筋書きなんだろうよ!ああ気色ぃ、気っ持ち悪ぃッ!」
対する竹泉は悪態で答えながらも、すぐそこまで迫った傭兵に向けて、小銃を発砲し排除する。続けてサスペンダーから下がる手榴弾を掴み取ると、迫る傭兵グループの一つに目がけて投擲。手榴弾は数十メートル先で炸裂し、土煙を巻き上げるが、竹泉は成果を確認することもせずに、群がる傭兵達に向けて再び引き金を引き続ける。三人、四人と、向かってくる傭兵達を退け続けるが、やがて竹泉の小銃は再び弾切れを起した。
「おおおおおッ!」
しかし傭兵達はこちらの事情などおかまいなしだ。弾切れのタイミングを図ってか偶然かは不明だが、斧を手にした大柄の傭兵が、竹泉の側面へ踏み込む。傭兵の手に握られた斧はすでに振り上げられ、振り下ろす動作に入る直前だ。
「ヤベ――」
竹泉は即座に手元に置いておいた拳銃を掴み上げ、大柄の傭兵に向けて引き金を引こうとする。しかし傭兵が斧を振り下ろすほうが僅差で早かった。振り下ろされた斧は拳銃に接触し、竹泉の手から拳銃を弾き飛ばして地面に落とす。そして岩場にガキンと刃を落とし、小さな火花を上げた。
「危――ッ!」
幸い手首ごとを斧に持っていかれることは免れたが、武器を失い竹泉は焦燥を顔に浮かべる。その間にも、傭兵は斧を再び振り上げ、そして竹泉目がけて振り下ろす直前だった。
危機に陥る竹泉。しかしその時、足元に置いておいたスタンガンが目に入る。それを掴み取ると同時に、竹泉は傭兵の懐へ飛び込んだ。スイッチに指先の力を込めると、スタンガンはバチバチと放電を開始する。それをアッパーのように繰り出し、皮のスーツに覆われていない傭兵の首と顎の境目へ、思い切り押し付けた。
「――!あがががががががッ!?」
瞬間、大柄の傭兵は震えた悲鳴を上げ、全身を痙攣させた。
数秒間の放電の後に、竹泉はスタンガンを傭兵から引き離す。スタンガンから解放された傭兵は力を失い、彼の手から斧の柄がするりと抜け落ちて落下。そして傭兵は態勢を崩して、がくりと地面に両ひざを付く。そんな傭兵の頭部と肩を竹泉はすかさず掴むと、同時に岩場の鋭利な箇所へと思いっきり叩き付けた。肉のぶつかる音と「ごびゅ」という断末魔が響く。そして岩場の一部が血で染まり、傭兵は動きを見せなくなった。
「べっ!ゲボッタレがッ!」
竹泉は無力化した傭兵に悪態を吐き付けながら、その亡骸を岩場から押し除け、弾き飛ばされた拳銃を回収する。
「ヘイ、竹しゃん。だいじょーぶかぁッ?」
「あぁ、わざわざご心配痛みいる――って、おめぇは何してんじゃッ!?」
目先の危機を脱した竹泉に、多気投から安否を気遣う声が掛けられる。しかし、そちらへ視線を向けた竹泉は、そこに移った光景に目を剥きそして呆れ返った。
見れば、多気投は肉弾戦で大立ち回りを繰り広げていた。多気投の周りには多数の傭兵が群がり、次々に多気投に向けて襲い掛かって来る。本来なら人の事を心配している場合ではないはずだが、当人は愉快な様子で傭兵達を相手にしていた。
「そこだ――ごぶぉッ!?」
多気投は数の暴力を物ともせず、自身に向けて振り下ろされた剣撃を軽やかに避けては、傭兵の体に拳を叩き込み、バギャリと心地の悪い肉音を響かせる。
「え?――ひ!?う、腕が――ごびゅッ!?」
側面から切りかかって来た傭兵の剣を、傭兵の腕ごと掴んで止めてはボキリとへし折り、悲鳴が上がる前に、傭兵の脳天に拳を叩き下ろして頭骨を粉砕。
「いびゃぐッ!?――やべ――ぎゃびゅうッ!?」
わずかな隙を突いて脇から切り込んで来た獣人女の傭兵を、紙一重で回避してはその尻尾を捕まえ、グルングルンとぶん回して岩場や他の傭兵に叩き付け、ボロ布と化した獣人女を放り投げる。
その姿はバケモノ以外の何者でもなかった。
「ヴェーハハッ!こりゃもう殴ったほうがお手頃価格だずぇ!」
「お前基準で考えんな!それよか使ってねーなら軽機よこせやッ!」
アドレナリンの作用でハイになり、人間離れした立ち回りを見せる多気投に、竹泉は心底呆れながらも、多気投の肩から下がる軽機を渡すよう要求する。
「悪いが、今さっき弾倉空っ欠になっちったずェ!」
しかし多気投の口からは、軽機を使用せずに愉快な肉弾戦を行っている理由が述べられた。
「カスがァッ!!」
青筋を浮かべて吐き散らした竹泉は、それと同時に真横へ迫っていた傭兵を拳銃で撃ち抜いた。
「ウジャウジャウジャウジャ、うっぜぇッ!」
波状に接近していた傭兵達は次々に距離を詰め、各方向から岩場へと殺到。竹泉は癇癪を起しながらも、傭兵の群れに向けて発砲を再開する。
「チクショウ!妙な力ばっかり使いやがって!」
「何としてもこいつらを仕留めるんだ!放っておくと危険だぞ!」
「まず、あのオークの亜種みたいな奴をやれ!」
仲間が倒されても、傭兵達の士気は衰えず、熱を増す一方だった。傭兵達は竹泉等を押しつぶさんとする勢いで迫り、特に巨体で目立つ多気投には多数の傭兵が群がっていた。
「このぉ――びぎゃッ!?」
「まだよ!連携すれば必ず――ぐほぇッ!?」
襲い掛かる傭兵達を、その巨体からは信じられない軽やかな動きで片づけていく多気投。
「フォウ!ウェッ!ヴォウ!ヴォンバッ!!」
独特の掛け声を上げながら、時に殴り潰し、時に膝蹴りをかまし、時に首をへし折り、撃退してゆく。
「怯むな!ここを抜けて、隊長をお助けするんだ!」
「ああ、主の、そして女の危機に駆け付けられなきゃ、男じゃねぇよな!」
「その通りだ!俺たちの信念と隊長への忠誠は、この程度で折れたりはしない!」
しかし傭兵達は、互いを鼓舞する言葉を交わし合いながら迫り来る。
「なんか聞いてる限り、マジであの女王しゃまに発情中らしいな」
「いいように使われてるだけって理解できてねぇのか!得点稼ぎの犬共がァッ!」
心底嫌悪感を感じた顔で吐き出す竹泉の手には、右手に警棒型懐中電灯、左手に拳銃が握られ、怒りに任せるように、目の前の傭兵の顔面を撃ち抜く。その隙に反対方向からの傭兵の接近を許したが、すかさず傭兵の顔面に警棒型懐中電灯の光を照射。怯んだ傭兵の鼻っ面に、警棒型懐中電灯の柄叩き込む。その刹那、殺気を感じて身を反らした竹泉のすぐそばを、また別の傭兵の振るった剣撃が通り抜けて言った。
「ッ!避けられ――あ゛ッ」
剣撃を紙一重で避けた竹泉は、攻撃動作の直後で隙の傭兵のこめかみに、銃口を押し付け発砲。傭兵は短い断末魔と共に地面へと崩れ落ちた。
「でぇッ!マジで死ぬ!」
いよいよ持って傭兵達の攻勢は熾烈を極め、一歩でも間違えば真っ二つにされかねないギリギリの状況に、竹泉は青筋を増やして声を上げる。
「やべぇぞ!博打の直列つなぎだ!いつしくじってもおかしくねぇ!」
「ほんなら、ちょいと心理作戦試してみっかぁ!」
「――あ?」
意図の掴めない竹泉をよそに、多気投は傭兵の一人を捕まえて絞め殺す片手間に、岩場の片隅に置いてあるスピーカーメガホンを掴み上げる。そして次の瞬間、あらゆる意味で暴力的な音声が周囲に響き出した。
《――ヨォォォォッ!!聞いてっかァ!?ばっちぃゲロカス女王豚の取り巻きペットどもッォ!!
必死だなぁお前ら!
『ぼくたちペットの大事な女王様』を肉の塊にされるのが悔しいかぁッ!?
『ぼくたちにおちおきしてくれる女王様に、ひどい事するなんて許しゃないぞぉ!プンプン!』ってかぁッ!?
まだまだこんなモンじゃねぇずェ!てめぇらまとめて俺サマが半端無いくらいメッ!ってしたる!そんで、こねて叩いて練り込んで、なんかよー分からん塊にしたるッ!!
てめぇらが牙を剥くってんなら、こっちもこっちだぜぇッ!ぶっちきべっちきにしたる!
ヘイ!お前らひょっとして今こう思ってんのかァ!?
『女王ちゃまには誰もかなわないんだぞぉ!』ってかぁッ!?
『お前達なんて、ぼくたちの女王ちゃまがコテンパンにやっつけてくれるんだぞー!』って泣き付こうってかぁッ!?
ウボゲェェェェェェェッ!!
愉快過ぎて吐き気がするじぇェッ!
俺様が女王ちゃま焼き肉の金網に叩き付けて、そのまま焼肉にしたる!てめぇらご自慢の女王ちゃまは、そのイキった顔面、金網の焼き痕だらけになんだぜぇ!
そんで無様な丸焼きになって、お前等とご対面すんだぁ!
よー分からん塊んなったてめぇらの目の前で、お前らの大事な女王ちゃま、俺様がモリモリ食らいつくしてやるぜぇ、うれしいだろぉッ?
さぁ、どいつもこいつもまとめてビャービャーうれし泣きしやがれッ!気っ色悪い取り巻き共ッ!
ヨオオオオオオオオオオオッ!ヴェイヴェエエエエエエエエエエッ!!》
「うるっせぇッ多気投!おめぇ、黙れェッ!!」
多気投の張り上げた、スピーカーメガホン越しの暴声での盛大な煽り文句。それに対する苦言が、敵からではなく隣の竹泉から上がる。
《ヴォォォォォォォォォォォウッッッ!!!》
しかし多気投はその苦言もよそに、さらなる暴声を上げた。
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