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チャプター12:「Battle of Wind Route」

12-1:「丘の上にはヤツ等がいる」

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「ここだ」
「うえッ、また弾かれた。自由さん性格悪い」

 薄暗く狭い空間で、制刻と出蔵の会話が聞こえる。
 その場所は深さ、幅共に2mも無い。そして周囲は全て湿った土だ。唯一の例外は上面を覆う濃緑色のビニールシートだが、これもひっきりなしに雨粒の音と感触を伝え、不快感を煽る。
 そこは地面をほりさげ構築された、塹壕の中であった。
 そしてその不快な塹壕空間の床面、制刻と出蔵の間には、通常より小さく作られたバックギャモンの板。

「あ。やったゾロ目」

 二人は先ほどから、時間を潰すために制刻の持ち込んだミニバックギャモンで遊んでいた。

「なんでそんなもん持ち込んでんだよ」

 制刻の背後から覗き込んでいた竹泉が呆れ顔で言い放つ。
 彼は勝負を続ける二人から目を離し、暗視眼鏡を付け直す。そして、塹壕の一点に設けられたスポットに、三脚で据え置かれた92式7.7mm重機関銃の、その銃身が突き出している地面とビニールの隙間から、外へと目を向けた。
 そこから望めるのは、眼下で東西に伸びる幅の広い谷間の道だった。
 凪美の町と草風の村の行路上には、浅く幅の広い谷が2~3km程続いている地域がある。
 この塹壕は、その谷の南側を走る丘の上に作られていた物であった。

「ったく、どんだけ面倒事が溢れてくんだよ」

 外を監視しながら愚痴る竹泉。
 身柄を拘束した商議会の手先、リーサーの証言は、邦人の一件とは別に、もう一つの問題を発覚させた。
 昨晩村を襲った傭兵団の本隊が、再び村を襲撃すべく、こちらへに向っている事が判明したのだ。
 これに対し隊側は、その傭兵団の進路上で陣地を張り、傭兵団を待ち伏せし殲滅する作戦を立てる。そして、待ち伏せ地点にこの谷が選ばれたのだ。
 谷の各所には、この場の物も含め、計四つの塹壕陣地が構築されている。。
 制刻等の塹壕は谷のおよそ中間地点に作られ、主要火器として92式7.7mm重機関銃と12.7mm重機関銃が一門ずつ据え置いてあった。
 そしてここより後方にも同形態の塹壕陣地が一つ。他に一回り小さい観測壕が二つ.、谷の要点に設けられている。加えて、谷より南に離れた地点には、迫撃砲陣地も築かれていた。

「こんな鬱陶しい環境に、いつまで閉じこもってりゃいいんだ」

 現在置かれた環境を愚痴りながら、竹泉は傍らに置かれた無線機のマイクを手に取った。

「河義三曹ォ、こちら竹泉。そっちに何か変化はありましたでしょうかぁ?」
《こちらは未だ敵影見えず。他に特に伝えるような事もないぞ》

 竹泉の呼びかけに応答したのは河義だ。この塹壕陣地よりさらに数百メートル東では、
河義三曹等が、そこにある谷の入口の監視を行っていた。

「俺としましては、そもそもその傭兵の本隊とやらがアホ正直にこんな所通るのか、疑問しょうがねぇんですがね?」
《通らざるを得ないはずだ。この近辺は足場が悪い、そして敵は騎兵が中心で二個中隊規模だそうだ、それも短い期間で片付けろとの命令を受けているらしい。一騎二騎ならともかく、そんな大所帯が一晩で一度に通れるのはここだけだ。でなけりゃ数日かけて大きく迂回しなけりゃならない》
「えぇ、そりゃ知ってますよ。作戦の概要はさんざん聞かされましたからねぇ」

 竹泉の投げた疑問の声に、河義から説明の言葉が返る。しかし竹泉はそれに、上官相手だというのにどこか嫌味な口調で、承知している旨を返した。

《じゃあなんで聞いてきたんだ》
「そんなカスみたいな命令を受けたら、俺だったら全部ぶんなげて帰ることにしますから、敵も同じなんじゃねぇかとおもったんですよォ!」
《ああそうかい………》

河儀は竹泉の皮肉な台詞に呆れ声を漏らした。

《どうでもいいけど、お前の態度の酷さはホント噂に聞いた通りだな。一士昇任を見送られたヤツなんて、俺始めてみたぞ》
「おべんちゃら使って上官の尻に頬ずりしてたって、自身の向上には繋がりませんからねぇ!」
《もうずっと言ってろ。愚痴しかいう事無いなら切るぞ》

 そう言って、無線は一方的に切れた。

「えーと、じゃあここに」
「目は3だぞ。そこにゃ置けねぇ」
「あ、そっか」

 一方、竹泉の背後ではバックギャモンが続いている。

「出蔵。おめぇ、実際に盤上でやったことはねぇのか?」
「あー、はい実は。いつもはパソコンでやってたんで、打てる箇所の判別はアシストに頼ってて……」
「お前等はそんな運任せの単純なゲームを、よくも飽きずにパチパチパチパチやれるもんだなぁ!?」

 ここ数日の疲労に加え、現在の環境のせいでイライラもあってか、竹泉は背後でボードゲームに興じる二人に向って怒鳴った。

「うるせぇ」
「こっちに当たられても困りますよ」

 しかし二人は竹泉の罵声を軽くあしらい、淡々とバックギャモンを続ける。

「運だけのゲームじゃないんですよ、出たサイコロの目から、いかに最善のコマの進め方を出来るかが肝心で――」
「ここだな」
「あ」

 出蔵の孤立していたコマが再び弾かれた。

「………あぁ、アホらし」

 二人の淡々とした姿に、自分の行動のほうが馬鹿馬鹿しくなったのか、竹泉は視線を戻し、外の監視作業へと戻った。

「おい竹泉」

 そんな竹泉の行動を見かねたのか、別方向を監視していた鳳藤が口を開く。

「疲れているのは皆同じだ。だが、今この状況で――」
「あぁ、そういうのはいいんだよ」

 だが鳳藤の説教は全てを発する前に、竹泉のその一言で流されてしまった。

「おいッ!お前ッ……少しは聞く姿勢を――」

 言いかけた鳳藤だったが、ちょうどそこへ、彼女の台詞を遮るように無線に声が飛び込んできた。

《ジャンカーL2聞こえるか、河義だ。敵が見えたぞ………ッ!》



 草風の村と凪美の町を結ぶ道がある。
 道といっても人々の行き来で自然に出来た道であり、ちゃんと整備されているわけではない。現在は雨のせいで大分ぬかるんでいる。
 そしてその道を行く、およそ200騎近い騎兵の姿があった。
 彼等は昨晩、草風の村を襲った傭兵団の本隊であり、名を〝月歌狼の傭兵団〟と言った。
 傭兵団は現在、雇い主である商議会からの命を受け、草風の村に向けて進軍している最中であった。隊列は、まず先鋒を勤める30騎ほどの騎兵部隊が先行していて、その後ろに100騎近くからなる本隊の第1部隊が続いていた。

「……まったく、どうなっておるんだ」

 その本隊の先頭で、馬に跨る初老の男性がつぶやく。彼こそがこの月歌狼の傭兵団の頭領だった。

「翔狼隊が壊滅などと……信じられるものか」

 傭兵団の頭領は馬上で呟いている。
 彼は今朝方、眠っているところを叩き起こされ、草風の村へ差し向けた傭兵団の壊滅を知らされたのだが、その報告を素直に受け入れる事はできなかった。

「あの村にそんな戦力があるとは到底考えられん。トイチナ、お前はどう考える?」
「村の側も、傭兵を雇い入れたのではないでしょうか?」

 頭領の左隣を並走する、トイチナと呼ばれた中年の男性が発する。
 彼はこの月歌狼の傭兵団の本隊第1部隊、〝親狼隊〟の隊長だ。

「この近隣で、翔狼隊を壊滅させられるほど大きな規模の傭兵団の活動は聞いていない。いや、たとえそのような奴等がいたとしても、瞬狼隊も素人ではない。わずか数名を残して壊滅などありえん!それに……生きて帰ってきた者達の言葉も不可解だ」

 トイチナの推測に、しかし釈然としないように言葉を返す頭領。
 草風の村を襲った部隊、〝翔狼隊〟はほとんど壊滅状態だったが、一部の傭兵達は難を逃れて凪美の町へと逃げ帰っていた。しかし、その者たちが伝えてきた言葉の内容は、にわかには信じがたい物ばかりだった。

「弓兵か魔術師かは知らぬが、我々よりもはるかに速い速度で人を射抜く兵がいた、などと言っておった。他にも勝手に動き回る荷車や、車輪で動き回る怪物などという者までいたぞ。一体あの村で何を見たのだ……?」

 生き残りの部下達からの報告を思い出し、考え込む頭領。頭領のその表情は、まるで出来の悪い怪談話でも聞かされたかのようだった。

「村人の中に、高位の魔術師か魔獣がいるのでしょうか?あるいは村の人間が、何らかの策を講じたのか」
「予想できるのはそんな所か……何にせよ、情報が何も無いも同じだ。本来なら数日かけて下調べをする所だが……商議会も無茶な要求をして来おる」

 草風の村襲撃失敗の報を受けた商議会は、傭兵団に最長でも明日夕刻までの事態解決を要求してきた。
 ちなみに傭兵団には目標の村は、商議会に、国に反発する不穏分子の温床になっているのだという説明が成されていた。

「向こうは我々が雑な仕事をしたと疑っているらしいです。まったく、何をしているかはしりませんが、向こうに不具合が続いたからと言って、我々に当たられるなど迷惑な話です」

 親狼隊長トイチナは不服そうに呟く。

「そうだな。だが、請け負った依頼を翔狼隊が完遂できなかったのも事実だ。我々は翔狼隊の依頼を引き継いで完遂しなければならない。そして何が翔狼隊を壊滅させたのか調べなければ」

 どちらかというと、頭領達の本命は後者であった。
 先に草風の村を襲撃した翔狼隊は、傭兵団の中では比較的最近出来た隊であったが、すでにいくつかの厳しい戦いを経験しており、小さな村の自警団ごときに壊滅させられるような素人集団ではなかった。
 だがその翔狼隊が壊滅させられたという事は、あの村には何かがあるのだ。
 現在、紅の国を活動拠点としている月歌狼の傭兵団としては、それが何であれ放っておくわけにはいかなかった。

「頭領、谷が見えました」

 頭領の右隣を並走している、頭領の参謀である傭兵が頭領に話しかける。
 進路の先に谷の入口が見えた。この谷は凪美の町から見て三分の二ほどの距離にあり、ここを越えれば目的の草風の村まであと少しだった。

「到着まであと少しですね、予定道理進んでくれればいいですが」

 傭兵団は深夜の内に草風の村に到着し、まずは暗闇に乗じての偵察、周辺調査を実行。
 そして隙が出来やすいであろう、夜明けの直前に総攻撃を仕掛け、その後に村人の口封じと情報の回収を行い、撤収する計画だった。

「………全隊を停止させろ」

 しかし進軍の最中、頭領は唐突にそんな命じる言葉を上げた。

「はい?」
「聞こえなかったか?全隊停止だ!」
「は、はッ!全隊停止ッ!」

 命を受け、トイチナが号令を上げると、その号令が周辺の傭兵達へと伝播してゆく。
 そして号令を聞いた別隊の隊長達が、同様の号令を繰り返し上げ、命令は傭兵団全体へと伝播。
 傭兵団は谷の入口前で停止した。

「………」
「頭領、どうされました?」

 トイチナは、谷の入口を睨みつけ、難しい表情を作っている頭領に問いかける。

「分からんか?谷間の道は広く、両側の丘の上から容易に見渡せる……奇襲にはもってこいの地形だ」
「奇襲……ですか?」

 トイチナは頭領の言葉を耳にし、谷の入口を凝視する。

「翔狼隊を壊滅させた連中が、ここで待ち伏せているという事も十分に考えられる」
「それは、そうですが……」

 親狼隊長は再度谷を視界に収め、感覚を研ぎ澄まし周囲を観察する。
 もし、傭兵団と渡り合えるような大規模な敵が潜んでいるのであれば、姿こそ見えなくとも、その気配はとっくに感じ取れているはずだった。
 だが、谷からそんな気配を感じる事はできなかった。

「……数名ならともかく、大規模な数の敵が隠れている気配は感じられません」
「少数の魔術師や魔獣の可能性は?お前がさっき言ったばかりだろう」
「は、そうでした。イレマ、魔力感知で谷に魔術師や魔術トラップが潜んでいないか調べろ」

 トイチナは、自身の斜め後ろにいる女性に指示を出した。

「はい」

 イレマと呼ばれた女性は返事をすると、小さな木箱を取り出して両手に持った。
 その木箱は、正確には各所がくり抜かれて模様になっており、中には野球ボールサイズの水晶玉が納まっている。
 彼女は木箱を胸の高さまで持ってくると、目をつむり、何かに祈るような姿勢を取った。
 彼女は自身の能力と水晶玉で、周辺の魔術師や魔力を持つ存在、魔術道具や設置された魔法陣等を感知する事ができる術師であった。そして繰り出された水晶玉は、その能力を増強、補佐する役割を持つ。
 これ等を用いて、彼女は谷に魔力を有する存在が潜んでいないか、その調査を始めたのだ。
 最も、この世界では小動物や昆虫、植物、果ては無機物までが微量ながら魔力を持つため、イレマはそれらの発する微弱な魔力は気にせず、脅威となりうる一定以上の魔力のみの感知に努めていた。

「ラミ」

 トイチナはイレマが調査を始めた姿を見届けると、イレマの隣にいる別の少女に問いかけた。

「はい!」

 ラミと呼ばれた少女が返事をする。

「遠方知覚魔法で谷全域を上から調べるんだ」
「あの……でも夜間で、それもこの天気です。私の能力では何かいたとしても発見できるかどうか……」

 指示を受けるも、ラミは自信がなさそうに答える。

「大型の魔獣や攻城兵器の類に注意すればいい。やるんだ」
「は、はい」

 しかし指示を受け、戸惑いながらもラミは目を閉じて詠唱を始める。すると、赤い拳大の発光体が彼女の体の上に現れた。
 発光体は上空に浮かび上がると、谷の方向へと飛んでいった。
 遠方知覚魔法にはいくつか種類が存在するが、彼女の能力は今のように発光体を飛ばし、 発光体が視認した物を術者が感じ取るという、現代におけるドローン偵察機に似通った物だった。

「隊長」

 入れ替わりに、魔力感知を終えたイレマが、トイチナに声をかける。

「イレマ、どうだ?周辺に高位魔法の存在を感知できるか?」
「一番強い魔力は、後方にいる剣狼隊隊長の物です。他に感じる強い魔力も、我々傭兵団の術師の物のみ。他には何も察知できません」
「そうか……ラミ、谷の様子はどうだ?」
「……少なくとも、我々と拮抗しうるような数の兵、並びに脅威となりうる魔獣や大掛かりな兵器の存在は確認できません」

 発光体を飛ばす方式の遠方知覚魔法は、術者の魔力と技能によって、発光体の出現時間、行動範囲、出現数、はては解像度から機動までさまざまな制約を受けた。
 ラミの技能では谷の上空を大きく周回させるのが限度で、隅々まで調べるような芸当は適わなかったが、少なくとも傭兵団に脅威となるような大掛かりな代物は、確認できなかったようだ。

「ご苦労」

 二人の報告を聞き届けると、トイチナは頭領へと向き直る。

「頭領、魔法感知では特に異常は確認できません」
「そうか……」

 トイチナの言葉に、歯切れの悪い返事を返す頭領。

「……頭領、迂回を考えておられるんですか?」

 トイチナの問いかけに、頭領は無言の肯定を寄越す。
 報告を聞いてもなお、頭領は疑念を払拭できないようだ。

「危険です。この周辺は岩場ばかりで地面も悪く、馬での移動はかなりの困難を伴います。ましてこの雨では、下手をすれば多くの落伍者を出す事になります」

 悩む頭領に、トイチナは進言をした。

「最悪、斧と破力の街を攻めたときの二の舞です」

 傭兵団は過去に攻城戦において、敵を欺くために無茶な迂回を敢行し、多数の落伍者を出した事例があった。その時は作戦自体が依頼主からの要請であり、致し方なかった面もあったが、結果、傭兵団は攻城戦において苦戦を強いられる事となった。
 トイチナはその事を思い返し、そして今回、未知の敵との戦闘を前にして、落伍により戦力を損失する事を心配していた。

「頭領」
「……分かっておる、部隊をいくつかに分けてこの谷を抜けるぞ。レダ隊長!」

 頭領は前方で待機している男性に声をかける。

「は!」

 レダと呼ばれた30台前半の男性が答える。彼は傭兵団の尖兵を担う瞬狼隊の隊長だ。

「まず瞬狼隊が先陣だ。親狼隊より300スイリチ(約150メートル)の間隔を空け、陣形を取れ」
「分かりました!瞬狼隊ーッ!本隊より300スイリチ先で警戒陣形だ!モタモタするなよ!」

 レダという名の瞬狼隊隊長が大声を張り上げる。
 その指示を受け、前方にいる30騎近くの騎兵が、本隊から距離を空けながら展開を始めた。

「トイチナ。親狼隊もいくつかのグループに分けて、グループごとに警戒陣形を取らせろ。それと……谷の左側の丘は比較的なだらかだな。数名を上げて、上から本隊を援護させろ」
「は。聞いたな、親狼隊!10人隊ごとに分かれて警戒陣形!エミュリの隊は徒歩で丘の上に上がれ!」

 トイチナは自分の指揮する親狼隊に指示を出して行く。

「パリタ」
「はい!」

 頭領は伝令の若い傭兵を呼び寄せる。

「衛狼隊は先陣が無事谷を抜けるまで待機。瞬狼隊が谷を抜け次第伝令を送り、谷に入らせる。剣狼隊は他三隊が谷を抜け終えるまで、不測の事態に備えて最後までこの場で待機。この旨を両方の隊長に伝えろ」
「は!」

 伝達内容を受け、伝令の傭兵は後方の部隊へと馬を走らせていった。

「……頭領、もしもの時の対処を剣狼隊に任せるんですか?」

 それと入れ替わりに、自身の隊に指示を出し終えたトイチナが、頭領に疑念の声を投げかけて来た。

「剣狼隊は切り札だ。不測の事態があっても、剣狼隊には十分対処できる力がある」
「確かにそうですが……」
「何か不満か?剣狼隊は優秀で結束も強い」
「そうですが……その結束の仕方がいささか歪だと私は感じています。まして、剣狼隊隊長の人柄を考えると……剣狼隊に緊急時の対処を委ねるのはいささか気が引けます」

 親狼隊長はいささか不快そうな顔を浮かべる。

「……お前の言いたい事も分からないではないが、今それは些細な事柄だ」
「……は、場違いな事を言いました」
「よし――前進する!」



《敵は約200名から250名程の二個中隊規模、隊列を組んで谷に向って来る。該当の傭兵団と見て間違いないと思われる》

 制刻等の潜む塹壕陣地の内。置かれた無線機より、谷の入口にいる河義から寄越された、傭兵団の動向を知らせる声が響く。
 この場だけでなく、河義の報告は無線機によって、谷に配置した全ての部隊に伝わっていた。

《河義三曹、ジャンカーL1長沼だ。逐一報告してくれ》
《了解》

 無線に長沼の声が入り、河義はその指示を受諾する。
 後方には、制刻等のいる塹壕と同形態の、第1攻撃壕と呼称される塹壕陣地がある。そこは今回の作戦の指揮所を兼ね、今作戦の指揮官となった長沼が、そこから指揮を執っていた。

《L1より各隊へ、交戦準備に入れ》

 そして長沼から無線越しに、全隊へ指示が下った。

「お前等、準備しろ」

 通信に耳を傾けていた制刻が指示を発する。

「あ!」

 そして同時に、出蔵が声を上げる。
 出蔵が巻き返し、良い勝負になりかけていたバックギャモンの板が、制刻の手によって乱暴に折りたたまれたのだ。
 板は近くに置いてあった背嚢に放り込まれる。
 乱暴な動作のために、いくつかの駒が地面に零れ落ちたが、制刻は構わずに無線機のハンドマイクを手に取り、通信を開いた。

「多気投、策頼、今のは聞いてたな?そっちは後どれくらいかかる?」
《まだちこーとかかりそうだぁ。ワイットだぜガイ》

 無線の向こうの相手は多気投だ。
 多気投と策頼の二名は現在、制刻等の塹壕より西後方にある、第11観測壕と呼称される観測壕の手伝いに出向いていた。

「おぃ、いつまでかかってんだ。頼んだ予備弾と、暗視眼鏡の換えはどうなってんだよ?」
《少し待てと言っただろう。観測壕の重機がここに来て愚図った。対処のために、今まで観測壕と後方を往復していたんだ》

 竹泉の嫌味な問いかけに、多気投に代わり策頼の声で返答が来る。その口調は、彼にしてはめずらしい苛ついた物であった。

「ああそうかよ」
「しょうがねぇ。出蔵、向こうに手を貸しに行け」

 それを流す竹泉。そして制刻は出蔵に、策頼等への手伝いに赴くように指示を出す。

「うまくやれば、あたしが勝てたかもしれないのにぃ……」

 その出蔵はというと、嘆きながら塹壕内に散らばった、バックギャモンの駒を拾い集めていた。

「切り替えろ。片づけは放っといていい、行け」
「あい……」

 制刻に言われ、出蔵は駒を集めるのを中断。塹壕と偽装シートの隙間から這い出て行った。
 出蔵が出て行くと同時に、再び無線機から河義の声が聞こえてきた。

《各隊へ、敵の集団が谷の少し手前で止まった》
《こちらに気付かれたのか?》

 河義の報告に、長沼からの返す声が聞こえる。

《分かりません。停止しただけで、それ以外の動きは無いのでなんとも》

 河義は淡々とした口調で入口の様子を伝えてくる。

《待った……なんだあれ……?》

 が、次の瞬間、河義の声色が変わった。

《どうした?》
《隊列の前側で何か赤く光ってる。松明の類じゃない……まるで発光ダイオードみたいな……》
《発光ダイオード?》

 河義の寄越した言葉に、長沼の返した怪訝な声が聞こえ来る。

《そうです。ダイオードの光みたいな赤い発光体が、隊列の真上にが浮かび上がって……、野郎……!谷へ、そちらへ向って行きます!》
《ッ!上空から偵察するつもりか?》

 河義のさらなる報告で、長沼は発光体の正体に察しをつけたのだろう、変化した声色での声が聞こえ届く。

《かもしれませんが、最悪攻撃の可能性もあります!ともかく対応を!》
《各隊、聞こえていたか?上空より偵察、もしくは攻撃の類と思われる赤い発光体が接近中。身を隠してやり過ごせ!》
「マジかよ」

 長沼からの指示に、無線に耳を傾けていた竹泉が悪態を吐く。

「剱、竹泉、重機を隠せ」
「あぁ、畜生」

 鳳藤と竹泉は、外部へ銃身を突き出していた92式7.7mm重機関銃と12.7mm重機関銃を、それぞれ塹壕内へと引き込む。

「出蔵、今どこだ?」

 制刻は無線を出て行った出蔵へと繋ぐ。

《第11観測壕とそっちの真ん中くらいです》
「今のは聞いてたな?適当な所に隠れろ」
《適当な所って!?》
「岩の影でも草むらでも何でもいい、どっかに身を隠せ」
《は、はい!》

 出蔵の返事を聞き届けてから制刻は無線を切った。

「出蔵のやつ、見つからなきゃいいが」

 各機関銃を引き込み終え、自分の小銃を確認しながら鳳藤は呟く。

「人のことよりこっちの心配をしたらどうだぁ?隠れろと言ったってよ、谷全体をスキャニングとかするようなシロモンだったらどうすんだよ?隠蔽も意味をなさねぇぞ?」
「そんときゃ、ドンパチが早まるだけだ」

 喚く竹泉に、制刻が一言簡潔に答えた。
 そしてほんの数十秒後。谷の上空、制刻等の塹壕から数百メートル先に、赤い発光体が表れた。

「なんだありゃ、気色悪ぃ」

 竹泉は、機関銃の銃身を突き出していた隙間から、谷の上空に視線を向けている。
 谷間に沿って接近して来る赤い発光体は、夜闇と雨で視界の悪い状況でも、肉眼ではっきりと見えた。

「………」

 壕内の皆が声を殺す中、発光体は塹壕の直上に到達する。
 そして、発光体は特に目立った動きを見せることも無く、壕の上を通り過ぎて行ってしまった。

「行った」
「はぁ……」

 制刻が発し、安堵の声を漏らす鳳藤。

「安心すんのは早ぇんじゃねぇかぁ?ばれてる可能性もあるんだぞ」
「ッ、分かってる」

 会話する二人を尻目に、制刻は無線を繋ぐ。

「ジャンカーL1、聞こえますか?こちらL2。発光体はこちらの上空を通過。おそらく数十秒後にはそっちに到達します」
《了解。そちらも引き続き警戒は怠るな》



「………」

 一方、後方――長沼等のいる第1攻撃壕でも、長沼を始めとする隊員等が塹壕内で息を潜めていた。
 長沼は、偽装のビニールシートを僅かにだけ開け、上空に視線を向けている。

「来た」

 一言発する長沼。
 制刻からの無線連絡を受けてから十数秒後。第1攻撃壕の長沼等の視線の先に、赤い発光体が現われた。

「………通り過ぎて行くな」

 発光体は速度も動きも大きく換えることは無く、第1攻撃壕の直上をやや逸れる形で上空を通過した。そして、そのまま塹壕から遠ざかっていくかと思われた。

「待った。発光体、戻ってきます」
「何?」

 しかし、監視を行っていた隊員が報告の声を上げた。
 発光体は第1攻撃壕からさらに100メートル程飛行した地点で、大きく旋回して反転した。そして第1攻撃壕の対岸の丘に沿って、谷を戻って行く。

「チッ、しつこいな。各隊、発光体は反転して谷の入口向けて飛行中、警戒を続行せよ」

 長沼は無線で全部隊に警戒続行の旨を伝えた。



「なんでまた来るんだよ、カスが」

 竹泉が悪態を吐きながら、外の監視を続けている。
 長沼の無線での警告から十数秒後。谷を沿って戻って来た発光体は、再び制刻等の塹壕の上空に姿を現していた。そして、先ほど同様の動きで第2攻撃壕を通過、塹壕から数十メートル発光体は消滅した。

「消えやがった」
「各隊、こちらジャンカーL2。発光体は第2攻撃壕上空で消滅した」

 制刻は発光体が消滅した事を全部隊に知らせる。

《了解L2。河義、発光体は消えたそうだが、そっちに動きは?》

 発光体消滅の報告を受けた長沼は、河義に傭兵団の動きを尋ねる。

《河義です。隊列に動きがありました……隊列が陣形を組み直し出してます》
《今ので発見されたか……?》
《まだ分かりません、もう少し見てみない事には……》

 少しの沈黙の後に、再度河義からの通信が来る。

《――動いた。隊列が動き出しました。ただ全部じゃありません、二手に分かれました。隊列の前半分だけが前進を始めて、残り半分は以前停止中》
《半分だけ?》
《はい……待った、こちら側の丘にも数名上がってきた。およそ7~8名》
《大丈夫か?》
《待って下さい……大丈夫です、我々のいる場所からは逸れて行きます》
《そうか。しかし……丘にも兵が上がってきたとなると、やはり我々の待ち伏せに気付かれたか?》
《いえ、にしては丘に上げた部隊の規模が小さすぎる気がします。こちらを把握しているのなら、もっと多くの人数を割くはずではないでしょうか?》

 河義は長沼に具申する。

《なにより向こうの動きなんですが、先行した傭兵団の人間と、上がってきた数名の斥候。どちらも周囲にしきりに視線を向けながら進んでいきます。明確な目標に対して行動しているようには見えません。さっきの発光体に発見された可能性も捨て切れませんが、まだ警戒してるだけの可能性が大です》
《そうか……だが、どちらにせよこのままだと、丘にあがってきた斥候が、そちら第2攻撃壕とぶつかるな……》

 長沼の声には微かな苦々しさが感じられた。
 第2攻撃壕とは、制刻等の陣取る塹壕陣地の呼称である。
 そして事前に立てられた計画では、1、2両攻撃壕、他二つの観測壕のすべての塹壕の射程圏内となる、谷の中心地点まで敵を引き込み、四方から傭兵団へ火力を投射する手はずとなっていた。
 だが、丘に上がってきた斥候が制刻等の第2攻撃壕と接触し、その存在に気付けば、必然そこで戦闘が発生し、そこより後方に位置する塹壕陣地は遊兵となってしまう。

「長沼二曹は配置をミスったな」

 無線から流れるやり取りを聞いていた竹泉が、皮肉な口調で一言言った。

《L2》

 そこに、長沼から制刻等への呼びかけが入った。

「はい、こちらL2」
《今の通信は聞いてたか?そちらに斥候が数名行っている。今からそこを撤収して、第1攻撃壕まで下がれるか?》
「時間的に少し厳しいかと。それより、俺等が奴等をやり過ごすのはどうです?」

 制刻は長沼に意見具申する。

《できるのか?確かにそれならば予定通り敵を四方から包囲できる。だが危険を伴うぞ?》
「試してみる価値はあるでしょう」

 制刻の言葉に、長沼は思考のためしばし沈黙したが、十数秒してから返答を寄越した。

《すまん。判断は任せる、無理なら交戦して身を守れ》
「L2、了解」

 進言の許可を聞き、制刻は無線通信を終えた。

「聞いたな。敵の斥候がこっちに接近してるが、これをやり過ごすぞ」
「マジかよ、こっちに皺よせが来やがった」
「万が一に備えて、接近戦の準備をしておけ」

 制刻は竹泉の愚痴を聞き流し、指示を発する。

「おい、本気でやろうってのか?塹壕は一応擬装してあるが、完璧とはいえねーんだぞ」
「暗闇とこの天候だ。可能性はある。それに、やろうがやるまいが、その先のドンパチは避けられんぞ」

 食い下がって発言する竹泉を説きながら、制刻は無線を手にする。

「出蔵、今どこだ?」
《第11観測壕に着きました、策頼さん達と一緒です》
「通信は聞いてたか?こっちは今から敵の斥候をやり過ごす。やり過ごした斥候は、下の本隊に合わせて第11観測壕の矢面まで行くはずだ。第11観測壕の面子がそれ片付けるまで、お前もそこにいろ」
《もし、そっちで戦闘になった場合は?》
「俺等だけでなんとかする、とにかくこっちが片付くまでそこから動くな」
《分かりました》

 制刻は通信を切り、自身の小銃を手に取った。



 それから数分が経過。

「おい。来たぜ」

 暗視眼鏡を構え、ビニールシートの隙間から外を覗いていた竹泉が発した。

「あぁ、見えてる」

 それに返答する制刻。
 視線の先、塹壕より100メートルと少し先に、ユラユラとゆれる複数の光源が見える。
 先ほどの発光体とは違う自然な光りかた、そして光によってぼんやりと浮かび上がる複数のシルエット。
 斥候の傭兵達と、傭兵達がそれぞれ持つ松明の明かりだった。

「数は……7名か。ばらけてるな」

 鳳藤が呟く。
 接近して来る人影は、散らばって塹壕に向って歩いてくる。

「右側の四名は壕から逸れるだろう。だが左の三名はこっちに来るな」

 制刻は人影を追いつつ、傭兵の進路を予測していた。
 傭兵達は警戒しながら徐々に近づいて来る。しかし彼等の警戒心は、明確に塹壕の方向に向けられているわけではなかった。

「周辺を広く警戒してるように見えるな」
「俺等には気付いてねぇ。たぶん、もっとでかい部隊の潜伏を警戒してんだ」

 鳳藤が零し、竹泉が推測の言葉を発する。やがて傭兵は塹壕の間近まで迫って来た。

「来たぞ」

 制刻等は息を殺す。
 一番先頭の傭兵、そしてそれに続く二人目は、塹壕より10メートル程横を通り過ぎた。
 そして三人目の傭兵が塹壕のすぐ側まで接近する。

(………)

 その傭兵は、塹壕の真横ギリギリを通過して行った。

「はぁ……」
「まだいるぞ、気ぃ抜くな」

 制刻が、安堵の息を吐いた鳳藤を咎めた。
 塹壕には、さらに二人の傭兵が接近する。二人の傭兵は、塹壕から大分離れたところを通過していった。
 そして、六人目の傭兵が塹壕に向けて歩いてくる。

(やばいか)

 制刻が心内で浮かべる。
 六人目の傭兵の進路は、塹壕にそのままぶつかる物だった。傭兵は歩みのリズムは変わらず、塹壕の直前まで迫る。

(……ッ!)

 身を竦ませる鳳藤。
 六人目の傭兵の歩幅は大きく、傭兵は塹壕の真上を跳び越え、そのまま離れていった。

(……よかった)
(勘弁願いたいね、糞!)

 鳳藤、竹泉は心の中で各々吐き出した。

(あと一人だ)

 制刻が再び心内で発する。
 最後の傭兵が塹壕の前まで接近する。この傭兵が塹壕に気付かずにそのまま通り過ぎてくれれば、この場は万事解決だ。しかし――

(!)

 鳳藤は傭兵の足の歩幅に気付く。
 傭兵の歩幅から見るに、彼の足はそのまま擬装されたシートに踏み込むコースだ。

(まず――)

 まずい、と思いかけた鳳藤。が――

「――ごぷ……ッ!?」

 次の瞬間、鳳藤の頭部を鈍い衝撃が襲った。
 なんと、傭兵は丁度、シートの真下に位置していた鳳藤の頭を踏みつけたのだ。鉄帽越しに人の体重を感じ、鳳藤は声を上げかけた。

「耐えろ」

 しかしそこを、制刻が声を上げそうになった鳳藤の口を手で塞ぐ。そして同時にもう片手で首根っこを掴み、鳳藤の頭を強引に固定させた。

「ふも……」

 口を塞がれ、鳳藤は傭兵の体重を頭と首周りに感じながら、くぐもった声を上げる。

「ん……?」

 一方の傭兵は、足裏の感覚を不思議に思ったのか、足元に視線を落とした。

「竹泉」
「チッ」

 傭兵が足元を不審に思った事は、傭兵の上げた声と気配により、制刻等にも分かった。
 制刻は顎をしゃくり、竹泉に合図を送る。竹泉は狭い塹壕内で、小銃をほぼ真上に向けて構えた。傭兵がこちらを完全に認識した瞬間、シート越しに彼を射殺できるように。

「うわッ!?」

 だがその時、声と土砂がこすれるような音が、塹壕の後方で上がった。

「どうした?」

 そして頭上の傭兵の注意が逸れ、傭兵はそちらへと駆けて行く。傭兵が塹壕の上から立ち去ったことにより、鳳藤は傭兵の重量から解放された。

「大丈夫か?」
「すまん……ぬかるみに足を取られた」
「気をつけろ、このあたりは地面の状態が特に悪いみたいだ」

 声と音の主は、先ほど塹壕を跨いで行った六人目の傭兵だった。塹壕を越えて進んだ先で転倒したようだ。

「急ごう、他の連中に置いてかれる」
「ああ」

 少しの会話の後、傭兵達は塹壕から離れていった。

「――行ったか」

 制刻は傭兵の気配が完全に消えるのを待ち、鳳藤から手を離した。

「ぶはッ!何をするんだ、畜生……!」

 口を解放された鳳藤は、酸欠で赤くなった顔をしかめて文句を言う。

「ばれなくてよかっただろ。竹泉、周囲を確認しろ。慎重にな」

 だが制刻はシレッと一言だけ言い、竹泉に指示を送った。

「何で私がこんな目に……」

 傍ら、鳳藤は自分の首周りをさすりながら、不服そうに呟く。

「周囲からは捌けたみてぇだ」

 竹泉はシートを少しだけ持ち上げ、周囲を見渡し、傭兵が塹壕の近辺からいなくなった事を確認。

「L1、こちらL2。敵の斥候はやり過ごした」

 制刻は無線で、長沼に傭兵をやり過ごした事を報告した。



《L1、こちらL2。敵の斥候はやり過ごした》
「……向こうは敵の斥候をやり過ごしたみたいだ」

 狭く暗い空間で、一人の隊員――施設科の麻掬(あさすくい)三曹が無線通信に耳を傾けている。
 ここは第21観測壕。
 制刻等の第2攻撃壕から、谷を挟んで反対側の丘の上に作られた観測のための塹壕陣地だ。

「よくやる」

 麻掬三曹の隣にいる、同じく施設科の陸士長――迷彩戦闘服の名札に、誉(ほまれ)という名字の記された隊員が、呆れた声で言いながら、その特徴的な大きくギョロリとした眼で、偽装シート隙間から外を監視している。
 それを真似する様に、麻掬も塹壕とシートの隙間から外を覗き見る。
 最初に目に映るのは、谷を挟んで向こう側の第2攻撃壕のある丘。第2攻撃壕を通り過ぎた傭兵達の松明の明かりが、ゆらゆらと揺れているのが見える。
 一瞬その様子を見てから、今度は崖下の谷間の道に目を落とす。そして目に飛び込んでくるのは、先程の物とは比べ物にならない、谷間を川の水のように流れて行く無数の松明の明かり。
 傭兵団の本隊。何十騎、いや百を越える騎兵が通過して行く様子が見えた。

「ジャンカーL1、長沼二曹聞こえますか?こちらスナップ21。目標ドローン1は現在B2線を通過中」

 麻掬三曹は無線を手に取り、第1攻撃壕の長沼へ傭兵団の動向を伝える。

《了解スナップ21。L2が敵斥候をやり過ごしたのは聞いたな?作戦は変更無く開始の予定だ。少しでも何か変化があればすぐに伝えるように》
「了解」

 眼下を通り過ぎて行く傭兵団を、塹壕内の隊員等はまじまじと眺めている。

「……百名以上居る。それに対してこっちはたかだが三十数名、本当に大丈夫なのか」

 訝しげな顔で呟いたのは、誉のさらに隣に座る、武器科の美斗知(みとち)という名の陸士長。

「だから奇襲をするんだろ。十字砲火を浴びせられるよう陣形を整えたし、迫撃砲支援もある。なんとかなるだろ………いや、なんとかするしかねぇんだ」

 美斗知の発した台詞に、誉は言い聞かせるように答えた。

「長沼二曹はうまく指揮してくれるのかね………年長者で先任だからって、今回の戦闘の指揮なんぞ押し付けられたんだろ?それも需品科の先任と来た」
「………私等がそんな心配できた義理?」

 美斗知の発した愚痴に、いささか暗い声で言葉で声が返される。
 塹壕の中央部のスポットに据えられた、12.7mm重機関銃に着く女隊員。美斗知と同じく武器科の、祝詞(のりと)陸士長が声を返したようだ。

「みんな矢表に立ったことなんてない後方支援要員じゃない。私達にちゃんと今回の戦闘をこなせる保障はあるのかしらね………」

 この第21観測壕には6人の隊員が配置されていたが、彼女の言葉通り、一人を除いてこの場にいるのは皆、武器科や施設科などの後方支援職種の人間であった。

「は、確かにな」

 祝詞の言葉に、誉が鼻で笑ってから言う。

「だが俺等はともかく、長沼二曹は以前は19機団の68普(第19機動団、第68普通科連隊を示す)にいたって聞いてる。いくらかの経験はあるんだろう、少なくとも俺等が心配すんのはお門違いだ。――おい、隊列が途切れたぞ」

 話をしている間に、傭兵団の長い隊列は、第21観測壕の眼下を通り過ぎた。

「スナップ2よりジャンカーL1。目標ドローン1がB2線を通過。あと数分でそちらの有効射程に入る」

 麻掬は無線で長沼のいる第1攻撃壕にその旨を送った。隊員等は遠ざかって行く傭兵団を見送る。

「背中が丸見えだ」

 誉は、自身の火器であるMINIMI軽機関銃の照準を覗き、傭兵団の隊列を追いながら呟く。

「まだ撃つなよ。敵本隊への主攻撃はA1線の担当だ。俺等は敵の背後を監視し、撃ち漏らしをやるだけだ」

 麻掬が誉に、念を押すように注意の言葉をかける。

「分かってますよ。ッ、とっとと終わらせたいぜ……」
「あれ?誉さん、意外ですね」

 悪態を吐いた誉士長に、やや明るめの口調で反応する声。声の主は塹壕の一角に居る、小柄で童顔――いや可愛らしい顔立ちとまで言える、まるで少年のような男性隊員。施設科の、鈴暮(すずくれ)と言う名の一等陸士であった。

「は?」

 鈴暮の言葉の意図が分からず、誉は怪訝な声を返す。

「もっと息巻いてると思ってましたよ。じいちゃんばあちゃんに自慢できる仕事がしたいって、いつも言ってたじゃないですか。今こそ日ごろの成果を発揮して、人々を守れる。自慢話として、持って帰れるんじゃないですか?」
「……何言ってる」

 鈴暮の言葉に、しかし誉は不機嫌そうな表情を作り、そう返す。

「守るためとは言え、これからするのは人殺しだぞ。間違っても自慢なんかできるかよ……」
「あ……すんません……」

 そんな誉の言葉に、自身の発言が軽率だった事に気付き、鈴暮は気まずそうに謝った。

「54普のヤツ等とかは、何食わぬ顔でドカスカやってるけどな」

 そんな二人のやり取りに、美斗知が横から口を挟む。

「あいつら基準にしてどうすんのよ、〝おかしい〟の代名詞の54普よ?危ない言動のヤツ等が意図的に隔離されてるって噂まである」

 さらに祝詞も会話に加わり、ウンザリしたような口調で発言する。

「あー、それは他の隊や新人にも、普通に戦ってる人がチョコチョコいるみたいですけど?」

 美斗知、祝詞両名の54普連に対する発言に、鈴暮が少しかばうように言う。

「そういうのは元からイカれたヤツなんだろ。そいつらもほっときゃ、何人かは54普送りになってたかも――」
「おいッ!」

 美斗の言葉を遮り、麻掬が怒鳴った。そして塹壕内の一番端に目配せをする。

「あ……」
「……すいません、崖胃(がけい)三曹」

 その先にいる人物を見て、美斗知、祝詞は気まずそうな顔を作り、謝罪した。

「……いい、少しアレなヤツが多いのは事実だ」

 そう発した、塹壕内の一番端の人物。
 返事を返しながらも、その視線は美斗知等には向かず、塹壕の外を監視している。
 この場で唯一の普通科隊員の、崖胃と言う三曹だ。
 彼は後方支援職の隊員が中心のこの隊を補佐するため、ここに組み込まれていた。

「どちらにせよお前等のは根拠の無い噂話だ、口を慎め」
「了解……」
「すみません……」

 崖胃は気にしていない様子の言葉を返したが、麻掬は武器科の両名を注意。美斗知と祝詞は再度謝罪した。

「麻掬三曹。敵隊列、A1攻撃線に入ります」

 ちょうど会話が一区切りを迎えたところで、誉が発する。
 傭兵団の隊列が、A1攻撃線――長沼等の第1攻撃壕の攻撃範囲に入ろうとしていた。

「よし、備えろ。向こうでおっぱじまるぞ」



 傭兵団は谷間の道を進軍している。
 先陣の瞬狼隊は楔陣形を作り、前方を警戒しながら進んでいる。
 一方、本隊である親狼隊は、隊をいくつかのグループに分け、グループごとにいくらかの間隔を取りつつ、陣形を作って瞬狼隊に続いている。
 谷の南側の丘には、警戒のために上げた軽装兵の松明の明かりが見える。軽装兵は本隊に合わせて丘の上を進んでおり、彼等から特に異常の報告は無い。
 ここまで傭兵団に襲い掛かってくるような敵の気配は感じられず、傭兵団は谷の半ばに差し掛かった。
 その時、傭兵団の上空を、発光体が斜めに通過した。

「………」

 遠方知覚魔法を扱う少女ラミが、再び周囲を観測するために、発光体を飛ばしていた。

「ラミ、あまり根をつめるな」
「はい……でも近くなら比較的思い道理にうごかせますから」

 頭領が気を使い声をかけるが、ラミは言葉だけ返し、発光体の操作を続ける。
 高い魔力と技術を持たず、発光体の操作に制約を受けるラミだったが、近距離では比較的思い道理に発光体を動かす事ができた。

「エテナさんがいれば……」

 ラミが発した名は、彼女の慕っていた女性術師だ。
 ラミよりも高い魔力と技量を持つ術師だったが、数ヶ月前に傭兵団が引き受けた作戦で負傷し、今は隊に身をおいていなかった。

「頭領、もう少しで谷の出口が見えてくるはずです」

 トイチナが頭領に言う。
 傭兵団は谷を進み続け、谷の三分の二を消化。谷の出口に近づこうとしていた。

「……杞憂で終わってくれそうですかね」
「油断はするな」

 頭領は戒めの言葉を発する。
 しかし、周辺に大部隊の気配は無く、術師からの報告も無い。頭領も内心では少しだけ安堵していた。

「……え?」

 だが、次の瞬間、背後で声が上がる。
 他でもない、上空の発光体を操っている少女、ラミの発した声だった。

「どうした?」
「いえ……前方の崖の上に今何か……」

 トイチナの問いかけに、戸惑った声を返すラミ。
 ラミの操る発光体は、今さっき、前方側面に見える崖の上を横切ったところだったが、そこで、地表に微かな違和感を覚えた。
 先ほどの偵察では真っ暗で地面の様子などほとんど分からなかったが、今、周囲には傭兵団の松明の明かりが微かだが届いている。そのおかげで、崖の上の違和感に気付いたのだ。
 違和感の正体が何かを確かめるべく、ラミは発光体を旋回させ、再度崖の上へと飛ばす。崖の上空へと到達した発光体は、上空から見たその場の様子を、映像としてラミの脳裏へと伝える。
 その場で発光体を旋回させ、地表をよくよく観察する。そして崖際に、奇妙な一帯が存在する事に気付いた。何か布のような物で一帯が細長く覆い隠され、所々から何かが覗き出ている。

「!――崖の上!何か隠れています!」
「何!?」

 ラミが叫び、それを聞いた頭領達が声を上げる。

「――各隊ッ!右翼を正面に防御体制ーーッ!!」

 頭領はラミに詳細を尋ねることはしなかった。
 それより先に声を張り上げ、傭兵団全隊へと指示を出した。
 近くにいた傭兵の各グループは、頭領の声を耳にすると、即座に馬から降りて行動に移った。
 同時に頭領の命令を聞いた各グループのリーダーは、その命令を大声で反復する。反復された命令は陣形の外側にいるグループへ伝わり、頭領の命令はものの数秒で、傭兵団全体へと伝播していった。各グループの傭兵達の動きはすばやく、命じられた隊形を形作って行く。

「ラミ!崖の上に何がいるんだ!?」

 防御命令を出し終えてから、頭領は背後の少女に振り向き、詳細を尋ねた。

「分かりません!地面に何かが隠れています!あ、今動き――」

 次の瞬間だった。
 谷の上空で、突如鈍い破裂音が響く。そして傭兵団の頭上で、二つの強烈な光が瞬いた。上がった二つの光源により、周囲が今まで以上に明るく照らされる。

「ッ……!これはフレムか!?」

 トイチナは目を細め、上空の強烈な光を見上げながら、思い当たる光系魔法の名を口にする。

《――こちらは、ニホンコクリクタイです。皆さんに告ぎます。直ちに進行行動を中止し、退去してください。繰り返します――》

 そして同時に谷中に、異質な音声が響いて、そんな文言が聞こえ来た。

「何を……!?」
「うろたえるなッ!陣形を作れ!」

 唐突なそれ等に傭兵達は動揺を見せたが、そこへ頭領は再び声を張り上げる。
 傭兵達の注意はほんの一瞬だけ逸れたものの、彼等は即座に行動を再開。
 そしていくつかの隊から、牽制の矢が反射的に、右翼側の丘の上へと放たれる。
 傭兵達は素早く的確に動いてゆく。そして間もなく、全てのグループが防御体制への移行を完了するはずだった。

「!!」

 だが刹那、頭領の――いや、全ての傭兵達の耳が不可解な音を捉えた。それは風が吹く音とも、口笛の音ともつかない異質な音。

「一体何の音――」

 ――その音が、次の瞬間に爆音へと変わった。
 音と同時に頭領の視線の先で爆煙が上がる。そして、そこにいた傭兵のグループが、土砂と共にまとめて吹き飛んだ。

「――……な……?」

 さらに一秒と間を置かずに、各所で次々に爆炎が上がった。その場にいた傭兵達が爆煙に巻き込まれ、吹き飛ばされ、巻き上げられて行く。

「こ、攻撃ッ!敵の攻撃だぁーー!」

 誰かの声が爆音に混じって微かに聞こえる。
 そして傭兵団は混乱に陥った。

「ッ、落ち着け!各隊、散会し――ごぁぁッ!?」

 親狼隊長トイチナは、混乱する傭兵達を治めるべく、声を張り上げようとした。
だが、彼の背後でも爆炎が上がった。
 爆風に煽られ、彼の愛馬は吹き飛ぶように転倒、そしてトイチナは地面に投げ出された。



 数分前、長沼等の第1攻撃壕。

「来たな」

 長沼が暗視装置を覗いている。
 彼の目には、谷間の先から姿を現した傭兵団が見えていた。

「敵の先鋒がまもなく着弾範囲に侵入。先鋒と本隊の間に近くの間隔があります。100メートル から150メートルほどです」

 長沼の横で、同じく暗視装置を覗いている峨奈がそう伝える。

「先鋒は通過させろ、目標は本隊だ。本隊が着弾地点に来るまで待つ」

 長沼は隣の峨奈だけでなく、塹壕にいる隊員等に言い聞かせる。

「先鋒、着弾範囲に侵入……二曹、敵隊の上空に発光体です」

 迫り来る傭兵団の上空に、先ほど飛来したものと同様の赤い発光体が表れた。現われた発光体は、傭兵団本隊を中心に周辺を飛び回っている。

「周辺警戒のために飛ばしているようです」
「まるで護衛機だな」

 長沼は発光体の動きを見て呟いた。

「二曹。敵先鋒、通過します」

 先行していた傭兵の偵察隊、30騎程の騎兵が長沼等の眼下を通り過ぎてゆく。

「敵本隊、まもなく着弾範囲に侵入」
「樫端、迫撃砲に準備要請。すぐさま砲撃できるようにと伝えろ」
「はい」

 峨奈のさらに隣にいる樫端が、無線を手に後方の迫撃砲部隊へ通信を繋ぐ。

「二曹!発光体がこっちに来ます」

 その時、峨奈が上空に視線を送りながら言った。
 彼の言葉通り、傭兵団の上空を飛びまわっていた発光体が、こちらへと向ってきている。

「落ち着け。下手に動かず、さっきと同じようにやり過ごすぞ」

 長沼を始め、塹壕内の隊員等は息を潜める。
 発光体はものの数秒で塹壕上空に到達、真上を通り過ぎて行った。

「行ったか」
「……いえ、また戻ってきます」

 上空を通過した発光体は、塹壕から少し離れたところで旋回し、再び塹壕上空へ戻って来た。

「さっきより動きが機敏だ、彼等が近くにいるせいか?」

 発光体は再度塹壕上空を通過し、傭兵団の元へ戻ると思われた。だが、発光体はまたしても旋回し、こちらへと飛来してきた。そしてあろうことか、発光体は塹壕上空に張り付くように旋回を始めた。

「ッ、糞!」

 発光体のしつこさに、樫端が悪態を吐く。

(こいつは、気付かれたか……?)

 長沼は発光体を目で追いながら、心の中で呟く。

「二曹!」

 その時、長沼の内心を肯定するかのように、隣にいる峨奈が叫んだ。彼の目線は上空ではなく谷間の傭兵団に向いている。

「敵隊に動きが……こっちに向けて展開してる――我々は発見されています!」

 分散していた傭兵グループのほとんどが、慌しく動き始める。そして彼等の動きは、どれもこちらへ向けられたものだった。

「偽装解除ッ!対戦車班、照明弾を上げろッ!」

 瞬間、長沼は決断し、発し上げた。
 塹壕を覆っていた擬装シートが一斉に取り払われる。そして同時に、塹壕内で備えていた対戦車火器を担当する班の隊員等が、71式66mmてき弾銃を構える。それぞれの引き金が引かれ、各てき弾銃から照明弾が上空夜闇に向けて撃ち出される。
 ――撃ち出された照明弾は、上空で炸裂。強烈な光源が夜空に浮かび、谷全体を照らした。

《――こちらは、日本国陸隊です。皆さんに告ぎます。直ちに進行行動を中止し、退去してください。繰り返します――》

 そして長沼は、手にしていた拡声器を口元に寄せ、眼下の傭兵団に向けて広報勧告の声を発し始める。
 突然巻き起こったそれ等の現象に、眼下の傭兵達の狼狽する様子が見える。
 しかし、それも束の間。直後には、傭兵達は陣形の変更行動と見られる動きを再開する。
 そして、彼等の方より、複数の矢が飛来。塹壕の頭上を掠め、そして周辺へと突き刺さった。

「ッ――!攻撃です!」

 峨奈が発し、長沼も顔を顰める。
 その間にも、眼下で傭兵団は陣形を変え、完成させてゆく。

「聞く耳は持たないか……仕方がない――樫端、迫撃砲隊に砲撃開始要請!」

 長沼はその光景を前に零し、そして決意。傍らの樫端に指示の声を発する。

「はい!――ジャンカーL1よりモーターネスト。砲撃開始、繰り返す砲撃開始ッ!」

 それを受け、樫端が無線に向けて叫びだす。

「長沼二曹!迫撃砲隊、砲撃を開始。初弾着弾まで五秒ッ!」

 そして樫端が、迫撃砲隊から返された通信内容を長沼に伝える。

「了解」

 長沼はそれに一言、端的に答える。
 そして照明弾により照らし出された谷に、風を切るような音が響き渡り出し――
 ――最初の爆炎が上がった。
 初弾は傭兵団本隊の先頭、最右翼にいた傭兵グループの元へと落ちた。グループは爆炎に包まれ、5~6名が馬と共に吹き飛んだ。それとほぼ同時に、2発目が傭兵団の中列左翼にいたグループの所に着弾。グループのやや後ろで爆破した迫撃砲弾に、傭兵達数名は馬と共に、まるで蹴り上げられたかのように宙へと舞った。3発目、4発目と、迫撃砲隊の64式81mm迫撃砲から撃ち出された迫撃砲弾は次々と着弾。
 ほとんど同じ瞬間に、傭兵団隊列の各所で計六つの爆炎が上がり、合計して30名近くの傭兵達が、吹き飛ばされ、四散した。
 無事だった他の傭兵達が何が起こったのかを把握する前に、第2波が傭兵団へと襲い掛かる。何発かは第1波攻撃を凌ぎ、無事だったグループの元へと着弾、吹き飛ばされた先の者達と同様の運命を辿らせる。残りの何発かは、第1波攻撃で吹き飛ばされ、しかし死には至らなかった傭兵達へ、無慈悲にも再度襲い掛かった。
 第2派攻撃が止むと、その数秒後には第3波、さらにその後には第4波と、混乱に陥った傭兵団へ迫撃砲弾が着弾。傭兵達を次々に吹き飛ばしていった。

「………砲撃停止」

 20発以上の迫撃砲弾が撃ち込まれた所で、長沼は砲撃停止の命令を出した。

「モーター、砲撃停止、砲撃停止」
《モーター、了解。次の指示あるまで待機する》

 樫端が無線で砲撃停止の旨を伝え、迫撃砲隊からの砲撃が止んだ。

(三~四十名は吹き飛んだか……)

 長沼は双眼鏡を覗き、眼下の谷の様子を確認する。

(………)

 数秒眺めた後に、長沼は双眼鏡を降ろす。その表情はかすかに曇っていた。

「二曹、生き残りがばらけます!」

 しかし感傷に浸る間もなく、峨奈が生き残りの傭兵達の動きを確認し、報告を上げる。

「――射撃開始、各個に撃て」

 報告に、長沼は曇っていた表情を元に戻し、端的に指示を下す。
 塹壕陣地に設置された各機関銃、そして各員の持つ火器が火を噴き出した。
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元号が令和となり一年。自衛隊に数々の災難が、襲い掛かっていた。 対戦闘機訓練の為、東北沖を飛行していた航空自衛隊のF-35A戦闘機が何の前触れもなく消失。そのF-35Aを捜索していた海上自衛隊護衛艦のありあけも、同じく捜索活動を行っていた、いずも型護衛艦2番艦かがの目の前で消えた。約一週間後、厄災は東北沖だけにとどまらなかった事を知らされた。陸上自衛隊の車両を積載しアメリカ合衆国に向かっていたC-2が津軽海峡上空で消失したのだ。 これまでの損失を計ると、1514億4000万円。過去に類をみない、恐ろしい損害を負った防衛省・自衛隊。 防衛省は、対策本部を設置し陸上自衛隊の東部方面隊、陸上総隊より選抜された部隊で混成団を編成。 損失を取り返すため、何より一緒に消えてしまった自衛官を見つけ出す為、混成団を災害派遣する決定を下したのだった。 派遣を任されたのは、陸上自衛隊のプロフェッショナル集団、陸上総隊の隷下に入る中央即応連隊。彼等は、国際平和協力活動等に尽力する為、先遣部隊等として主力部隊到着迄活動基盤を準備する事等を主任務とし、日々訓練に励んでいる。 其の第一中隊長を任されているのは、暗い過去を持つ新渡戸愛桜。彼女は、この派遣に於て、指揮官としての特殊な苦悩を味い、高みを目指す。 海上自衛隊版、出しました →https://ncode.syosetu.com/n3744fn/ ※作中で、F-35A ライトニングⅡが墜落したことを示唆する表現がございます。ですが、実際に墜落した時より前に書かれた表現ということをご理解いただければ幸いです。捜索が打ち切りとなったことにつきまして、本心から残念に思います。搭乗員の方、戦闘機にご冥福をお祈り申し上げます。 「小説家になろう」に於ても投稿させて頂いております。 →https://ncode.syosetu.com/n3570fj/ 「カクヨム」に於ても投稿させて頂いております。 →https://kakuyomu.jp/works/1177354054889229369

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