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チャプター11:「Silent Search」
11-3:「Tremendous Freedom」
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草風の村。負傷者を収容する病院天幕内部。
その中の一台の簡易ベッドには、怪我を負った村人のイノリアが横になっている。そして横たわる彼の側にもう一人、村人ではない女性の姿があった。
彼女の手には杖が握られ、彼女はそれを水平にして持ち、イノリアの体の上に掲げていた。
「……生ける力よ、癒したまえ。その力で血肉を蘇らせたまえ……」
彼女は目をつむり、言葉を紡いで行く。するとイノリアの腹部や腕にある傷の周辺に、発光する粒子のようなものがいくつも現れた。そして粒子に覆われた傷は、まるで早送りでもするかのように塞がって行く。
「ひぇー……」
脇では出蔵がそれを眺めていた。
女性は詠唱を続け、やがて全ての傷は完全に塞がった。
「……終わりました。体力をいくらか使いましたから、回復するまで安静にするように」
「あぁ、ありがとよ」
イノリアは傷の塞がった腕を眺めながら礼を言った。
「すごいですね、ルエナエルさん……こんな事ができるなんて」
傷の塞がった腕と、女性を見比べながら言う出蔵。
「えぇ、当然です。私達は栄えある地翼教会に使える者。この程度は造作もありません。むしろ使えない者達が劣った人間なのです」
出蔵にルエナエルと呼ばれた彼女は、笑顔を浮かべたままそう返した。
「は、はぁ……」
「そういえば、あなた方は中々の強者と謳われていると聞きましたが、その割には治癒魔法は一切使えないようですね?」
「え?まぁ、治癒っていうか魔法そのものが一切合財使えないんですが……」
「怪我の処置は……まぁ手作業で行ったにしてはなかなか丁寧な処置ですが、治癒魔法に比べれば野蛮な方法に代わりはありませんね」
「まぁ、そうかもしれませんが……」
歯に衣着せぬ物言いのルエナエル。
(うぇぇ……何この人)
出蔵は表面上当たり障りの無い返答を返しながらも、心の中では嫌な顔をしていた。
「そもそも……」
「ルエナエル、喋るより手を動かしたまえ」
小言を続けようとしたルエナエルだったが、それは飛び込んできた別の声によって中断される。
別のベッドの怪我人を手当てしている壮年の男性が、ルエナエルを軽く睨みつけていた。彼はルエナエルの上司である司祭だ。
「こほん、失礼しました」
ルエナエルは咳払いをすると、他の簡易ベッドの患者へと歩いていった。
(なんか、面倒くさい人達だなぁ……)
治療を続ける両者を見ながらそんな事を思う出蔵。
今、負傷者の治癒看護にあたっている彼等は、星橋の街にある教会から派遣されてきた人間だった。現状、月詠湖の国側は、この紅の国に直接介入はできない状況にある。しかしせめてもの助けにと月詠第12兵団司令部は、この世界の民間組織である教会に話を回し、そして彼等が派遣されてきたのだ。
「出蔵、どうなってる?」
「あ、峰さん」
そこへ件の医師免許持ちの衛生隊員、峰が天幕内に現れる。そして彼は、出蔵に状況を尋ねる。
「あとはお二人が、それぞれが見てくれてる人で終わりです」
「了解。お二人とも、ここが終わりましたら、軽傷患者の方を引く続き願いできますか?」
「いいでしょう」
峰の次の動き要請に、司祭の壮年の男性は、表情を変えずに一言だけそう答える。
「ルエナエル。君は今の怪我人が終わったら、先に修道士たちを手伝いに行きたまえ」
そしてルエナエルに向けて治療の片手間に淡々と言う。
避難区域では、別の修道士たちが軽傷者の治療を行っており、ルエナエルにも先んじてそこへ応援に行くよう指示が与えられた。
「はぁ。これで終わりかと思ったのに、また下々の者達のために駆け回らなければいけないようですね」
(別にここまでも、そんなに駆け回った分けじゃ無いのでは)
笑みを浮かべてしかし何か棘のある言葉を並べるルエナエルに、出蔵は心の中で悪態を吐いた。
「文句を言うな」
「分かっています、これも貴族たる者の役目ということでしょう」
司祭の男性の釘を刺す言葉にも、ルエナエルは変わらぬ調子で答える。
「出蔵、終わったらお前が避難区域まで案内してやってくれ」
「了解……」
傍ら、峰は出蔵に言うと天幕を出ていった。
「さて、早く終わらせましょうか」
そしてルエナエルは治療に戻った。
「……なんかいちいち上から目線でやな感じ」
出蔵は集中し出したルエナエルを見ながら、小声で呟く。
「おい、嬢ちゃん」
渋い顔を浮かべる出蔵に、誰かが小声で話しかけた。
振り向くと、イノリアが小声で呼びつつ手招きをしていた。出蔵はイノリアに近づき、聞き耳を立てる。
「驚いたか?はっ倒してやりたくなっただろ」
「あー、えぇまぁ……なんなんですかあの人?教会の人達とは聞きましたけど……」
「嬢ちゃん達はこのへんの事情は詳しくないんだったな」
イノリアは説明の言葉を紡ぐ。彼等は、正しくは地翼教会と言うらしく、この地翼の大陸全土に支部を持つ宗教組織だそうだ。本家は隣接する別大陸、伝脈の大陸にある宗教で、そこから分派した物が地翼教会であるそうだ。
「はー」
「まぁ、今はそこはいいか。肝心なのは、その大多数が貴族出身者によって構成されてるって事だ」
「貴族ですか?」
「そう。名家の出身やら、騎士の家柄の子女やら色々いる。そして厄介な事に、妙な選民思想に取り付かれてる連中が多いようでな、身内以外を見下してる傾向にあるんだ」
「はぁ……そういう身分なら、それこそとるべき態度があるはずなのに」
言いながら出蔵は、一瞬だけルエナエルを見る。
「まともなヤツも居ない訳じゃないんだが……まぁ、そう理想道理にはまかり通らないって事だな。あの姉ちゃんみたいに、極端にひでぇのは俺も始めてみたけどよ。元からああなのか、この辺の事情の影響でああなったのかは知らないが」
「?、どういう意味ですか?」
イノリアのその言葉に、疑問の色を浮かべる出蔵。
「あぁ、彼等は月詠湖の、星橋の街の支部の人間だって聞いたんだが……実は、月詠湖の王国とそれに同調する周辺の国は、かなり前に貴族制度を廃止してるんだ」
「え、そうなんですか?」
「そう。廃止されたのはもう60年は前になるか。今じゃ月詠湖の王国やその近辺では、貴族なんざ物乞い以下と思ってる地域だって少なくない。一応、教会の連中は国の客人扱いだから迎え入れられているが、国民からは当然よくは見られてない。そして、それがかえって教会の連中の感情を逆撫で。双方の相手に対する心象は悪化する一方ってわけだ」
「はー、こっちの世界も面倒なんですね……」
「ともかく、彼らのいう事を真に受ける必要は無い。あんまり気にするなよ」
感心半分呆れ半分といった様子で吐いた出蔵に、イノリアは最後にそんな言葉を口添えした。
「何を話しているのかしら?」
話が一区切りしたタイミングで、背後から声が聞こえてきた。振り向くと、すぐにルエナエルが立っていた。
「うわ……あ、いえ別に」
「こちらは終わりました。次は住民の治療でしたね?雨も降っていますし、手早く案内してもらえますか?」
案内しろと言っておきながら、ルエナエルは先に天幕から出て行ってしまう。
「あ、ちょっと勝手に……!」
出蔵は慌てて必要な航用品を鞄に詰め込むと、それを持ってルエナエルを追いかける。
「ちょっと待って……って、あれ!?もういない!?」
しかし出蔵が天幕の外に出たときには、すでに周囲にルエナエルの姿はなかった。
「どーしよ……あんな面倒臭い人が、竹泉さんあたりと鉢合わせしたら……」
草風の村の一角。
集落内を通る道に、73式大型トラックが縦列で並んで止まっている。そして内の一輌から、武器科隊員の版婆が弾薬他物資を積み降ろしている姿がある。
そして傍らには、竹泉と鳳藤の姿もあった。
「そこに分けてあるのが、各分隊の分の補充用弾薬だ。持ってって各員補給してくれ」
版婆は、雨にぬれぬよう、ビニールシートが掛かった箱の塊を示していう。
「了解。後、ロクロクてき弾が持って来られていると、聞いているんですが」
「あぁ、そいつはそっちだ」
鳳藤は続け尋ねる言葉を発する。それに対して、トラックの荷台上を指し示す版婆。そこには、立てかけられた数門の携行対戦車火器が見えた。
ロクロクてき弾――正式名称、〝71式66㎜てき弾銃〟。最初、試製66㎜てき弾銃の名で試作され、それが改良の後に正式採用された対戦車てき弾発射器だ。
すでに古い設計の火器であり、なおかつ取り扱いの癖のある物である故、後継のカールグスタフ84㎜無反動砲や、01式軽対戦車誘導弾に変わられ、数を大きく減じつつある。しかし駐退復座機構を持ち、バックブラストを発生しないために閉所でも使用可能という特性が状況次第では有用であり、一部では現在も現役であった。
「それも分けてあるから、自分で持ち出すように。俺は他に準備がある」
そこまで説明すると、版婆はその場を発って去った。
「陰気なお三曹だな」
「よせ。竹泉、お前は先に弾薬を持って行ってくれ。私はロクロクを降ろして持っていく」
「へーへー」
鳳藤の悪態を咎める声と指示に、だるそうに返事を返す竹泉。それに対し鳳藤は少し呆れた色を浮かべながらも、トラックの荷台へと這い上がり、作業に取り掛かった。
一方竹泉は、倦怠感を隠そうともしない動きで、弾薬の詰まった箱をいくつか重ねてかかえ、鳳藤に先んじてその場を発った。
「あぁ、やれやれ。たりぃ」
愚痴を零しながら歩く竹泉。先に停車する別のトラックの横を抜けて通り、その先の十字路に出ようとする。
――事が起こったのは、その瞬間であった。
「――でッ!」
トラックの影を出た所で竹泉は、同時に死角より現れた人影とぶつかった。そして竹泉の手にしていた箱の一つが、地面に落ちる。
「ッ……」
竹泉の前には、修道着を纏った一人の女の姿がある。他でも無い、修道女のルエナエルだった。
「……あ?」
村人と違った服装の人間に、竹泉は不可解な表情を浮かべる。
一方のルエナエルは、まず真っ先に自身の服を払い、その後に顔を起こして竹泉の姿を見止める。
「どこを見ているのですか?いきなり飛び出して、私の進路を妨害するなんて、一体どれだけ鈍臭い感性をお持ちなのかしら?」
そして笑顔を作って言い放った。
「ああ、失礼。そもそも愚鈍な下々の者に、そんな立派な感性が備わっているはずもありませんでしたね。でもお勉強になったでしょう?あなたのような愚鈍な人は、今度からは邪魔にならないよう、おとなしくしているといいですよ?」
そこまで連ね捲し立てるルエナエル。
「次に同じことを繰り返すようなら、躾を受けると思いなさいな。フフ――」
そして最後に手にしていた杖を翳して見せ、加虐的な笑みを浮かべて微笑するルエナエル。そして彼女は何事も無かったかのように、竹泉の前を通り過ぎようとした。
「ッ!?」
しかしその彼女が、体のバランスを崩したのは次の瞬間だった。彼女の足元には先に竹泉の手より落ちた箱。彼女はこれに躓いた。
「ひッ――ぎゃッ!」
上がる小さな悲鳴。そして直後、ルエナエルは横に止まっていたトラックのキャビン正面に顔面鼻面をダイレクトにぶつけた。彼女からはそれまでの様子と一点した、無様な叫び声が上がった。
「む……ッ!?ほぁぁ……!?」
ぶつけ赤くなった鼻面を押さえ、おかしな声を零す様子を見せるルエナエル。
「はっ、因果が巡ったな」
そんなルエナエルの姿に、竹泉はそれを鼻で笑い、そして発した。
「――ッ!?あ、あなた!今私を嘲笑いましたか!?この私を……ッ!」
それを聞き留めたルエナエルは、赤くなった鼻先を押さえ、目を見開いて竹泉を振り向き、それまでと様相を一転させて声を上げた。
一方、竹泉は持っていた残りの弾薬箱を乱暴に置き、冷たい表情でルエナエルを見下ろす。
「そうだが?アホみてぇにボゲーっとしながら歩いてぶつかって来た上、ピギピギ不快に台詞を吐き散らかすウンコタレ女にゃ、この上無くお似合いの姿だからなぁ」
そして言い放った。
「な……!?」
浴びせかけられた罵声に、ルエナエルは顔をさらなる驚愕に染める。そしてその身体はワナワナと震え出す。
「私の行く先を妨げ、このような醜態を晒させ嘲笑い……あげくの果てに、この私のそんな無礼な台詞をぶつけるなんて……どうやら厳しい躾が必要なブ――」
「クソッタレ雌ブタがいたもんだぜ。口から汚物を吐き出すだけじゃ飽き足らず、責任転嫁と八つ当たりと来た」
「ッ!?」
ルエナエルは途中で自らのその台詞を遮断される。そればかりか、発しようとしていた単語を先に浴びせられ、逆に自身を罵られる。
「あぁ救いようがねぇ。こりゃ養豚場、いや、精肉場送りにして解体しちまったほうが得策かぁ?」
「な……な……」
そして止めの竹泉の言葉。連続して降り注いだ屈辱に、ルエナエルはついに激昂した。
「――このッ、無礼者がッ!」
そして瞬間、ルエナエルは杖を振り上げて、竹泉へ向けて振り下ろした。
「よせッ!!」
だが杖が振り下ろされる直前、何者かが両者に間に割って入ってそれを止めた。その場に駆けつけたのは鳳藤。二人の間に割って入った彼女は、振り下ろされようとするルエナエルの杖を。
そして、ルエナエルの罵倒の言葉を聞いた瞬間から手を伸ばし、今まさにホルスターから抜かれてルエナエルに向けられようとしていた、竹泉の護身用の9mm拳銃を受け止め抑えた。
「なッ!?」
「チッ」
突然割りいってきた第三者に、ルエナエルは驚きを、竹泉は鬱陶しさを、それぞれ顔に浮かべる。
鳳藤は両者の得物をやや強引に降ろさせた後、両腕を伸ばし、突き飛ばすように両者の距離を開けさせる。
「一体何をやってるんだ!?竹泉説明しろッ!」
そして先に竹泉を睨み、怒号を飛ばした。
「何をやってるってぇ?この女が飛び出してきてぶつかったあげくに、超絶不快にも豚みたいな鳴き声でピギピギ言って来やがったんだよ。そんで八つ当たりの果てに、あげく襲い掛かってきたから、しかるべき対応を取ろうとしただけさ」
対する竹泉は、鳳藤の怒号など気にも留めず、ルエナエルを顎でしゃくり言い放つ。
「何を勝手な事を行ってるのかしら!そもそもどちらがブ……!」
「あーッ!遅かったぁ……!」
竹泉の言葉に言い返そうとしたルエナエルだったが、彼女の言葉は聞こえ来た大声にまたしても遮られる。各々が声の方向へ視線を向ければ、そこに呆れシラけた顔の制刻と、頭を抱えた出蔵の姿があった。
「う……!」
現れ、こちらへと歩いて来る制刻の歪で不気味な容姿を見止め、ルエナエルは若干その顔を引きつらせる。
「おい、今度一体は何をごたついてやがんだ」
「自由!それが……」
制刻は鳳藤に尋ねる。しかし鳳藤も事態を全て把握しているわけではなく、制刻にどう説明したらいいのか悩む様子を見せる。
「その二士とそっちの女が、そこの角で衝突して揉め事になったんだよ」
そんな所へ鳳藤の代わりに、別方から説明する声が聞こえてきた。
各員が視線を向ければ、停まるトラックの運転席のドアが開かれ、そこから降りて来る版婆の姿が見えた。
「版婆三曹!まさかずっとそこに……?」
声の主である版婆に、鳳藤は困惑の色で尋ねる。しかし版婆はそれを無視して説明を続ける。
「衝突後、そっちの女が最初に何やら喚きたて後に、勝手に転んだようだ。んで、そいつが鼻で笑い、そっから下らん喧嘩に発展したみたいだな」
「つまりルエナエルさんは自滅したんですね?」
版婆の流れの説明を聞き、出蔵から「しょーもな」と言いたいような言葉が上がる。
「ゲボカスの発生源が、そいつである事がこれで理解できたかよ?」
「だからって……拳銃を向けたのはやり過ぎだ!」
竹泉は顔を顰めて言うが、鳳藤はしかし先の竹泉の行為を、過剰行為であると咎める
「頭ハッピーの見当違い平和主義かぁ?加害行為に走った以上、対応されても文句は言えねぇんだよ。こんな凶暴な雌ブタは、始末しちまう方が世のため人のためでもあるだろうしなぁ」
しかし竹泉は引かず捲し立て言い放つと、冷たい顔のまま中指を突き立てて見せた
「どこまでも下品な口を……ッ!」
「やめろ、やめろッ!」
それを受け、ルエナエルはまたも竹泉に食って掛かろうとする。鳳藤はそれを止めるべく、再度両名の間に割って入る。
「ガキの喧嘩のほうがまだお上品だな」
制刻はそれを見て、シラけた口調で呟いた。
「というか版婆三曹!見ていたのなら、どうして止めに入ってくれなかったんです!?」
鳳藤は両者を抑えながら、版婆に振り返って問い詰める。
「どうして俺が、お前等の面倒事に関わらなきゃならねぇんだ。今更お前等54普が何しようと、驚きゃしねぇよ。それに――」
版婆はそこで言葉を区切り、その手に持っていた水筒を一度あおってから続ける。
「一服し出したばかりだったからな」
「……」
つまり版婆は竹泉とルエナエルが争っているというのに、休憩を優先し、運転席から高みの見物を決め込んでいたらしい。
「でぇ、結局この茶番劇の原因はどっちにあるんです?」
「双方不注意、辛抱足らずってトコじゃねぇのか?知らん。くだらん案件だし、報告は上げずにおくぞ」
制刻の尋ねる言葉に、版婆は興味無さそうにそれだけ言うと、その場から立ち去って行ってしまった。
「おい出蔵よぉ、結局なんなんだこのうるせぇ女は?」
「星橋の街の教会の、修道士のルエナエルさんですよ。怪我人の治療のために、応援に来てくれたんです……」
「応援だぁ?いらん面倒の間違いじゃねぇのか?降りかかる火の粉を払う、こっちの身にもなって欲しいモンだねぇ」
ゲンナリした様子で回答した出蔵に、竹泉は皮肉気に言葉を連ねる。
「もういい、黙ってろ!お前の発言は事態を悪化させる!」
「は、やぁれやれ。おめでたい事なかれ主義だな」
鳳藤は竹泉のそれを断ずる言葉を上げるが、竹泉はそれを嘲るような言葉で流した。
「……えぇと、ルエナエルさんでしたか?こちらの者にも無礼があったようで、その事はお詫びします。しかし、今現在この村は見ての通り大変な状況なんです。あなたも少し自重してください」
「ふん……まぁ、いいでしょう。下々の者の価値の無い戯言や噛みつきに、一々腹を立てるなど、貴族のすることではありませんから」
鳳藤の言葉に、ルエナエルは多少落ち着いたのか、笑顔を作り直して言う。
「いちいち癪に触るなー……」
「毒舌気取ってりゃ、何でも許されると思ってる頭欠陥女さ。たまにいる」
ルエナエルは竹泉の罵倒に少し表情を崩すも、それを無視。そして赤くなった自らの鼻面に手をかざし、短く詠唱する様子を見せた。すると一瞬頬が発光粒子に覆われ、赤みが引いた。
「!、今のは」
「怪我を治せる、摩訶不思議か」
巻き起こったその現象に鳳藤は驚きの色を見せ、そして制刻は、この世界で最初に目にした、ハシア達勇者一行の使用した治癒回復魔法を思い返した。
「ええ、この能力で村の人達を診てもらってます。今は避難区画の各家を回ってもらいに行く所だったんですけど――あ」
出蔵は言いかけた言葉を区切り、制刻の右腕に触れる。
「あぁ?」
「自由さん、腕に怪我を」
見れば、制刻の1型迷彩戦闘服の左腕の部分に血が滲んでおり、出蔵が袖をめくってみると、 制刻の左腕には軽い切り傷ができていた。
「ああ、さっきの作戦の時にやったようだな」
「とにかく手当てを、えっと絆創膏……」
提げていた鞄を探ろうとする出蔵。
「あら、また出番のようですね」
しかしそれを遮り、ルエナエルが名乗りを上げた。
「私にかかればその程度の傷、造作も無い事ですわ。せっかくですからその醜い顔も治してあげましょうか?」
ルエナエルは得意げな顔でそんな事を言ってのける。
「おい。この女は、ひょっとして排水口かなんかが、人に化けてんじゃねぇのか」
制刻はそんなルエナエルを顎でしゃくり、隣の出蔵にそんな尋ねる言葉を掛ける。
「自由さん……!もぉー……」
出蔵はそんな制刻の発言に困った様子を見せ、そして制刻の左腕を取り持ち上げる。
「う!?」
そこで制刻の左腕を見た、ルエナエルの顔が強張った。
制刻の左腕は、肩の付け根から指先までもが、身体と不釣合いなまでに長く大きい。五指は太く長く、まるで凶器のようであり、そこだけがまるで別種の生き物の腕のようだ。
そんな制刻の酷く異質な左腕に、ルエナエルは驚いたのだ。
「……失礼。始めますよ」
一瞬動揺したルエナエル。しかしすぐに気を取り直し、制刻の左腕の前で杖を掲げ、詠唱を始める。
「――あん?」
「……あ、あら……?」
しかし、しばらく経っても特に変化は起こらず、制刻の傷が塞がる様子も一向に無かった。
「あー?おい、何も起こんねぇようだがぁ?」
「以前見た物は、発光する粒子のような物が発生していたが……?」
その様子を端から見ていた竹泉や鳳藤が、それぞれ煽る言葉や訝しむ声を上げる。
「う、うるさいですわ!……魔力を強くすれば、こんな傷……」
ルエナエルは再度詠唱を口にする。しかし時間は経過するも、やはり傷に変化はなかった。
「……なんも変わりませんね」
「お、おかしいですわ……!たかだかこんな傷が……!」
動揺しつつも、三度目の詠唱を試みるルエナエル。しかし、傷が治る気配は一向に見られなかった。
「あぁ、じゃいい。これ以上はいい」
痺れを切らした制刻は、発して腕を引っ込める。
「出蔵、絆創膏はあったか?」
「あ、はい」
制刻は出蔵から絆創膏を受け取り、腕の傷に適当に貼り付けた。
「俺は行くぞ。指揮所に行く途中で出蔵がウロウロしてて何かと思や、とんだ茶番だった」
呆れた口調で吐き、その場から立ち去ろうとする制刻。
「な、待ちなさい!この私がわざわざ治療してあげると言っているのですよ!あなたは大人しくしていればよいので――」
ルエナエルは追いすがろうとするが、制刻はルエナエルに振り向き。
「ふざけんな、乳捻じ切るぞ」
一言そういった。
「……ひぃ」
その一言。そして制刻の歪で醜い顔に作られる、形容し難い形相に、ルエナエルはたじろぎ小さく悲鳴を上げた。
「自由!お前まで脅かしてどうするんだ……ッ」
「自由さん、前々から言わなきゃと思ってたんですけど、人と接する時はもっとフレンドリーな方が……ほら怯えちゃってますし」
それを端から見ていた鳳藤と出蔵が、それぞれ咎める、あるいは促す言葉を制刻に投げかける。
「しょうがねぇ」
すると制刻は、面倒くさそうに一言発し――
「グジュジュ~。そんなに怖がることないでゲシュ~、ボックンと仲良くするでギュフフ~~」
――直後に凄まじい光景をその場に発現させた。
口や目元、顔の皺や堀り等、ありとあらゆる部分を異質に捻じ曲げ、不気味な笑顔を作り、嫌悪感をこれでもかという程煽る口調で、言葉を紡ぎ吐き出したのだ。
「!?」
「うひ!?」
「ひぃッ!?」
突然のそれに、鳳藤や出蔵は目を剥き、そしてルエナエルは再度の悲鳴を上げた。
制刻の、左右でまったく違う形の目が不気味に笑い、眼はギョロリとルエナエルを見る。
口角を上げ開かれた口の中には、酷い歯並びが覗き見える。歯の一本一本は黄ばんだ物、薄黒いもの、錆色のものが入り混じり、さらにその奥には蠢く口内の様子が微かに見て取れた。
「ひ……!ぁ……ッ!い、嫌ぁ……ッ!」
それを目の当たりにしたルエナエルは、顔を真っ青にし尻餅を着く。そして悲鳴を上げながら、後ずさり逃げ出した。
「うん~?どうしたんでゲジュジュ?ビュヒヒ、怖くないでプクシュゥ」
そのルエナエルを追いかけ一歩踏み出す制刻。それはまるで、新しいオモチャを楽し気に追いかけようとする子供の姿に相似していた。
「は!――じ、自由さんストォップッ!!」
そこへ真っ先に我に返った出蔵が、制刻の身体にすがり付いてその動きを止めた。
「あん?」
それを受け、制刻は動きを止め、そして笑みを戻していつもの様子で零した。
「一体なんですか今のはぁッ!?」
「あぁ?なんか違ったのか?」
問いかける出蔵に対して、しかし制刻は戻した口調で、鬱陶しそうに質問を返す。
「何もかもが違いますけどッ!?」
「お前ぇん中でフレンドリーの定義は一体どぉなってんだ?」
そこへ事態を適当に眺めていた竹泉が、呆れと気持ち悪さの混ざった表情で言い放った。
「ぁぅ……こ、怖ぃ……」
「何この大惨事……あーもー、しっかりして」
制刻の名状し難い嫌悪感を煽る姿を目の当りにし、ルエナエルはへたり込んだまま、開け放った口から言葉を零している。出蔵は困惑し零しつつ、そんなルエナエルへと近寄り、彼女に宥める言葉を掛ける。
「フレンドリーってのは、面倒なモンだな」
一方、当の大惨事の元凶たる制刻は、しかしすでにどこ吹く風で、そんな言葉を発した。
「自由さん……」
「出蔵、オメェもこの後の要員だったろ?このねーちゃんの案内をとっとと終えて、オメェも自分の仕度をしておけ」
そんな制刻の様子に、出蔵は困った顔で何か言いたげに零す。しかし制刻は気に留めず、彼女に対して後の行動への準備を指示する。
「剱、竹泉。オメェ等も、作業は手早くな」
「あ、あぁ……」
「あぁ、へいへい」
そして鳳藤や竹泉に向けて発すると、制刻はその場から立ち去ってしまった。
「ふぇ……な、なんなんですのあの人……あんな、身の毛のよだつ……それに私の魔法が……」
制刻が立ち去った後に、どうにか平静さを取り戻し立ち上がったルエナエルは、困惑の口調で尋ねる声を発する。
「が、害意は無かったんですよ。一応……。魔法が使えなかったって所は、よく分からないけど……」
尋ねる言葉に出蔵は、制刻を一応フォローする言葉を返す。しかし魔法現象が発現しなかった事については、彼女も検討はつかず、疑問の言葉を零す。
「あんだけ偉そうにしといて、このザマの上に役立たずかよ?」
しかしそこへルエナエルに、竹泉の煽る声と軽蔑した眼差しが飛び込み、向けられた。
「ッ!」
その言葉に、ルエナエルは鋭い視線で睨み返し、両者の視線が再びぶつかる。
「ああもう……竹泉、わきまえろ!協力者の方だぞ!」
そこへ鳳藤が、半ば辟易した様子で割り入る。そして竹泉に向けて、叱り咎める言葉を発する。
「協力者ぁ?あのなぁ、出くわしていきなり不快なヘドを吐き出した挙句、襲って来るような輩は、〝敵〟って言うんだよぉ!アンダスタンッ?」
しかし咎める言葉に対して竹泉は、揺るがぬ様子で捲し立て、吐き捨てるように返した。
「お前は……ッ。あぁ、もういい……出蔵、ルエナエルさんを早く案内してあげてくれ……」
それに顔を顰める鳳藤。そしてもう無駄だと判断した彼女は、話を打ち切り、竹泉とルエナエルを早急に遠ざけるべく、出蔵にそう要求した。
「あ、はい。分かりました」
出蔵は若干嫌そうな顔を少し浮かべつつ、ルエナエルの方を向く。
「ッ……なんて不愉快の数々。この私にこんな仕打ちを……あなた!覚えている事ですね、いつか報いを受ける時が来ることでしょう!」
そんなルエナエルは、まだ少し青いままの顔でワナワナと呟き、そして竹泉に向けて言い放った。対する竹泉は最早言葉を返す事も億劫なのか、冷たい視線をルエナエルに向けるのみであったが。
(原因は、おもいっきりこの人にあるように思うんだけどなぁ)
ルエナエルの台詞に、出蔵は内心でそんな言葉を浮かべる。
「何をしているの!あなた、早く案内してもらえますか!?」
その出蔵に対して高慢な姿勢で要求するルエナエル。かと思えば、彼女は先に憤然とした様子で歩き出し、行ってしまう。
「あぁぁ、だから勝手に――っていうか、そっちじゃないし」
そんなルエナエルを、困惑の様子で慌てて追う出蔵。出蔵の行き先の修正を受け、二人は避難区画の方向へと歩み去って行く。
「――ああゆーのをゴミ女っていうのさ」
その姿をシラけた顔で見ていた竹泉は、そこで皮肉気に言い放つ。そして、即座の発砲が可能なように、一連の間終始手にしていた拳銃を、ようやくホルスターに戻した。
その中の一台の簡易ベッドには、怪我を負った村人のイノリアが横になっている。そして横たわる彼の側にもう一人、村人ではない女性の姿があった。
彼女の手には杖が握られ、彼女はそれを水平にして持ち、イノリアの体の上に掲げていた。
「……生ける力よ、癒したまえ。その力で血肉を蘇らせたまえ……」
彼女は目をつむり、言葉を紡いで行く。するとイノリアの腹部や腕にある傷の周辺に、発光する粒子のようなものがいくつも現れた。そして粒子に覆われた傷は、まるで早送りでもするかのように塞がって行く。
「ひぇー……」
脇では出蔵がそれを眺めていた。
女性は詠唱を続け、やがて全ての傷は完全に塞がった。
「……終わりました。体力をいくらか使いましたから、回復するまで安静にするように」
「あぁ、ありがとよ」
イノリアは傷の塞がった腕を眺めながら礼を言った。
「すごいですね、ルエナエルさん……こんな事ができるなんて」
傷の塞がった腕と、女性を見比べながら言う出蔵。
「えぇ、当然です。私達は栄えある地翼教会に使える者。この程度は造作もありません。むしろ使えない者達が劣った人間なのです」
出蔵にルエナエルと呼ばれた彼女は、笑顔を浮かべたままそう返した。
「は、はぁ……」
「そういえば、あなた方は中々の強者と謳われていると聞きましたが、その割には治癒魔法は一切使えないようですね?」
「え?まぁ、治癒っていうか魔法そのものが一切合財使えないんですが……」
「怪我の処置は……まぁ手作業で行ったにしてはなかなか丁寧な処置ですが、治癒魔法に比べれば野蛮な方法に代わりはありませんね」
「まぁ、そうかもしれませんが……」
歯に衣着せぬ物言いのルエナエル。
(うぇぇ……何この人)
出蔵は表面上当たり障りの無い返答を返しながらも、心の中では嫌な顔をしていた。
「そもそも……」
「ルエナエル、喋るより手を動かしたまえ」
小言を続けようとしたルエナエルだったが、それは飛び込んできた別の声によって中断される。
別のベッドの怪我人を手当てしている壮年の男性が、ルエナエルを軽く睨みつけていた。彼はルエナエルの上司である司祭だ。
「こほん、失礼しました」
ルエナエルは咳払いをすると、他の簡易ベッドの患者へと歩いていった。
(なんか、面倒くさい人達だなぁ……)
治療を続ける両者を見ながらそんな事を思う出蔵。
今、負傷者の治癒看護にあたっている彼等は、星橋の街にある教会から派遣されてきた人間だった。現状、月詠湖の国側は、この紅の国に直接介入はできない状況にある。しかしせめてもの助けにと月詠第12兵団司令部は、この世界の民間組織である教会に話を回し、そして彼等が派遣されてきたのだ。
「出蔵、どうなってる?」
「あ、峰さん」
そこへ件の医師免許持ちの衛生隊員、峰が天幕内に現れる。そして彼は、出蔵に状況を尋ねる。
「あとはお二人が、それぞれが見てくれてる人で終わりです」
「了解。お二人とも、ここが終わりましたら、軽傷患者の方を引く続き願いできますか?」
「いいでしょう」
峰の次の動き要請に、司祭の壮年の男性は、表情を変えずに一言だけそう答える。
「ルエナエル。君は今の怪我人が終わったら、先に修道士たちを手伝いに行きたまえ」
そしてルエナエルに向けて治療の片手間に淡々と言う。
避難区域では、別の修道士たちが軽傷者の治療を行っており、ルエナエルにも先んじてそこへ応援に行くよう指示が与えられた。
「はぁ。これで終わりかと思ったのに、また下々の者達のために駆け回らなければいけないようですね」
(別にここまでも、そんなに駆け回った分けじゃ無いのでは)
笑みを浮かべてしかし何か棘のある言葉を並べるルエナエルに、出蔵は心の中で悪態を吐いた。
「文句を言うな」
「分かっています、これも貴族たる者の役目ということでしょう」
司祭の男性の釘を刺す言葉にも、ルエナエルは変わらぬ調子で答える。
「出蔵、終わったらお前が避難区域まで案内してやってくれ」
「了解……」
傍ら、峰は出蔵に言うと天幕を出ていった。
「さて、早く終わらせましょうか」
そしてルエナエルは治療に戻った。
「……なんかいちいち上から目線でやな感じ」
出蔵は集中し出したルエナエルを見ながら、小声で呟く。
「おい、嬢ちゃん」
渋い顔を浮かべる出蔵に、誰かが小声で話しかけた。
振り向くと、イノリアが小声で呼びつつ手招きをしていた。出蔵はイノリアに近づき、聞き耳を立てる。
「驚いたか?はっ倒してやりたくなっただろ」
「あー、えぇまぁ……なんなんですかあの人?教会の人達とは聞きましたけど……」
「嬢ちゃん達はこのへんの事情は詳しくないんだったな」
イノリアは説明の言葉を紡ぐ。彼等は、正しくは地翼教会と言うらしく、この地翼の大陸全土に支部を持つ宗教組織だそうだ。本家は隣接する別大陸、伝脈の大陸にある宗教で、そこから分派した物が地翼教会であるそうだ。
「はー」
「まぁ、今はそこはいいか。肝心なのは、その大多数が貴族出身者によって構成されてるって事だ」
「貴族ですか?」
「そう。名家の出身やら、騎士の家柄の子女やら色々いる。そして厄介な事に、妙な選民思想に取り付かれてる連中が多いようでな、身内以外を見下してる傾向にあるんだ」
「はぁ……そういう身分なら、それこそとるべき態度があるはずなのに」
言いながら出蔵は、一瞬だけルエナエルを見る。
「まともなヤツも居ない訳じゃないんだが……まぁ、そう理想道理にはまかり通らないって事だな。あの姉ちゃんみたいに、極端にひでぇのは俺も始めてみたけどよ。元からああなのか、この辺の事情の影響でああなったのかは知らないが」
「?、どういう意味ですか?」
イノリアのその言葉に、疑問の色を浮かべる出蔵。
「あぁ、彼等は月詠湖の、星橋の街の支部の人間だって聞いたんだが……実は、月詠湖の王国とそれに同調する周辺の国は、かなり前に貴族制度を廃止してるんだ」
「え、そうなんですか?」
「そう。廃止されたのはもう60年は前になるか。今じゃ月詠湖の王国やその近辺では、貴族なんざ物乞い以下と思ってる地域だって少なくない。一応、教会の連中は国の客人扱いだから迎え入れられているが、国民からは当然よくは見られてない。そして、それがかえって教会の連中の感情を逆撫で。双方の相手に対する心象は悪化する一方ってわけだ」
「はー、こっちの世界も面倒なんですね……」
「ともかく、彼らのいう事を真に受ける必要は無い。あんまり気にするなよ」
感心半分呆れ半分といった様子で吐いた出蔵に、イノリアは最後にそんな言葉を口添えした。
「何を話しているのかしら?」
話が一区切りしたタイミングで、背後から声が聞こえてきた。振り向くと、すぐにルエナエルが立っていた。
「うわ……あ、いえ別に」
「こちらは終わりました。次は住民の治療でしたね?雨も降っていますし、手早く案内してもらえますか?」
案内しろと言っておきながら、ルエナエルは先に天幕から出て行ってしまう。
「あ、ちょっと勝手に……!」
出蔵は慌てて必要な航用品を鞄に詰め込むと、それを持ってルエナエルを追いかける。
「ちょっと待って……って、あれ!?もういない!?」
しかし出蔵が天幕の外に出たときには、すでに周囲にルエナエルの姿はなかった。
「どーしよ……あんな面倒臭い人が、竹泉さんあたりと鉢合わせしたら……」
草風の村の一角。
集落内を通る道に、73式大型トラックが縦列で並んで止まっている。そして内の一輌から、武器科隊員の版婆が弾薬他物資を積み降ろしている姿がある。
そして傍らには、竹泉と鳳藤の姿もあった。
「そこに分けてあるのが、各分隊の分の補充用弾薬だ。持ってって各員補給してくれ」
版婆は、雨にぬれぬよう、ビニールシートが掛かった箱の塊を示していう。
「了解。後、ロクロクてき弾が持って来られていると、聞いているんですが」
「あぁ、そいつはそっちだ」
鳳藤は続け尋ねる言葉を発する。それに対して、トラックの荷台上を指し示す版婆。そこには、立てかけられた数門の携行対戦車火器が見えた。
ロクロクてき弾――正式名称、〝71式66㎜てき弾銃〟。最初、試製66㎜てき弾銃の名で試作され、それが改良の後に正式採用された対戦車てき弾発射器だ。
すでに古い設計の火器であり、なおかつ取り扱いの癖のある物である故、後継のカールグスタフ84㎜無反動砲や、01式軽対戦車誘導弾に変わられ、数を大きく減じつつある。しかし駐退復座機構を持ち、バックブラストを発生しないために閉所でも使用可能という特性が状況次第では有用であり、一部では現在も現役であった。
「それも分けてあるから、自分で持ち出すように。俺は他に準備がある」
そこまで説明すると、版婆はその場を発って去った。
「陰気なお三曹だな」
「よせ。竹泉、お前は先に弾薬を持って行ってくれ。私はロクロクを降ろして持っていく」
「へーへー」
鳳藤の悪態を咎める声と指示に、だるそうに返事を返す竹泉。それに対し鳳藤は少し呆れた色を浮かべながらも、トラックの荷台へと這い上がり、作業に取り掛かった。
一方竹泉は、倦怠感を隠そうともしない動きで、弾薬の詰まった箱をいくつか重ねてかかえ、鳳藤に先んじてその場を発った。
「あぁ、やれやれ。たりぃ」
愚痴を零しながら歩く竹泉。先に停車する別のトラックの横を抜けて通り、その先の十字路に出ようとする。
――事が起こったのは、その瞬間であった。
「――でッ!」
トラックの影を出た所で竹泉は、同時に死角より現れた人影とぶつかった。そして竹泉の手にしていた箱の一つが、地面に落ちる。
「ッ……」
竹泉の前には、修道着を纏った一人の女の姿がある。他でも無い、修道女のルエナエルだった。
「……あ?」
村人と違った服装の人間に、竹泉は不可解な表情を浮かべる。
一方のルエナエルは、まず真っ先に自身の服を払い、その後に顔を起こして竹泉の姿を見止める。
「どこを見ているのですか?いきなり飛び出して、私の進路を妨害するなんて、一体どれだけ鈍臭い感性をお持ちなのかしら?」
そして笑顔を作って言い放った。
「ああ、失礼。そもそも愚鈍な下々の者に、そんな立派な感性が備わっているはずもありませんでしたね。でもお勉強になったでしょう?あなたのような愚鈍な人は、今度からは邪魔にならないよう、おとなしくしているといいですよ?」
そこまで連ね捲し立てるルエナエル。
「次に同じことを繰り返すようなら、躾を受けると思いなさいな。フフ――」
そして最後に手にしていた杖を翳して見せ、加虐的な笑みを浮かべて微笑するルエナエル。そして彼女は何事も無かったかのように、竹泉の前を通り過ぎようとした。
「ッ!?」
しかしその彼女が、体のバランスを崩したのは次の瞬間だった。彼女の足元には先に竹泉の手より落ちた箱。彼女はこれに躓いた。
「ひッ――ぎゃッ!」
上がる小さな悲鳴。そして直後、ルエナエルは横に止まっていたトラックのキャビン正面に顔面鼻面をダイレクトにぶつけた。彼女からはそれまでの様子と一点した、無様な叫び声が上がった。
「む……ッ!?ほぁぁ……!?」
ぶつけ赤くなった鼻面を押さえ、おかしな声を零す様子を見せるルエナエル。
「はっ、因果が巡ったな」
そんなルエナエルの姿に、竹泉はそれを鼻で笑い、そして発した。
「――ッ!?あ、あなた!今私を嘲笑いましたか!?この私を……ッ!」
それを聞き留めたルエナエルは、赤くなった鼻先を押さえ、目を見開いて竹泉を振り向き、それまでと様相を一転させて声を上げた。
一方、竹泉は持っていた残りの弾薬箱を乱暴に置き、冷たい表情でルエナエルを見下ろす。
「そうだが?アホみてぇにボゲーっとしながら歩いてぶつかって来た上、ピギピギ不快に台詞を吐き散らかすウンコタレ女にゃ、この上無くお似合いの姿だからなぁ」
そして言い放った。
「な……!?」
浴びせかけられた罵声に、ルエナエルは顔をさらなる驚愕に染める。そしてその身体はワナワナと震え出す。
「私の行く先を妨げ、このような醜態を晒させ嘲笑い……あげくの果てに、この私のそんな無礼な台詞をぶつけるなんて……どうやら厳しい躾が必要なブ――」
「クソッタレ雌ブタがいたもんだぜ。口から汚物を吐き出すだけじゃ飽き足らず、責任転嫁と八つ当たりと来た」
「ッ!?」
ルエナエルは途中で自らのその台詞を遮断される。そればかりか、発しようとしていた単語を先に浴びせられ、逆に自身を罵られる。
「あぁ救いようがねぇ。こりゃ養豚場、いや、精肉場送りにして解体しちまったほうが得策かぁ?」
「な……な……」
そして止めの竹泉の言葉。連続して降り注いだ屈辱に、ルエナエルはついに激昂した。
「――このッ、無礼者がッ!」
そして瞬間、ルエナエルは杖を振り上げて、竹泉へ向けて振り下ろした。
「よせッ!!」
だが杖が振り下ろされる直前、何者かが両者に間に割って入ってそれを止めた。その場に駆けつけたのは鳳藤。二人の間に割って入った彼女は、振り下ろされようとするルエナエルの杖を。
そして、ルエナエルの罵倒の言葉を聞いた瞬間から手を伸ばし、今まさにホルスターから抜かれてルエナエルに向けられようとしていた、竹泉の護身用の9mm拳銃を受け止め抑えた。
「なッ!?」
「チッ」
突然割りいってきた第三者に、ルエナエルは驚きを、竹泉は鬱陶しさを、それぞれ顔に浮かべる。
鳳藤は両者の得物をやや強引に降ろさせた後、両腕を伸ばし、突き飛ばすように両者の距離を開けさせる。
「一体何をやってるんだ!?竹泉説明しろッ!」
そして先に竹泉を睨み、怒号を飛ばした。
「何をやってるってぇ?この女が飛び出してきてぶつかったあげくに、超絶不快にも豚みたいな鳴き声でピギピギ言って来やがったんだよ。そんで八つ当たりの果てに、あげく襲い掛かってきたから、しかるべき対応を取ろうとしただけさ」
対する竹泉は、鳳藤の怒号など気にも留めず、ルエナエルを顎でしゃくり言い放つ。
「何を勝手な事を行ってるのかしら!そもそもどちらがブ……!」
「あーッ!遅かったぁ……!」
竹泉の言葉に言い返そうとしたルエナエルだったが、彼女の言葉は聞こえ来た大声にまたしても遮られる。各々が声の方向へ視線を向ければ、そこに呆れシラけた顔の制刻と、頭を抱えた出蔵の姿があった。
「う……!」
現れ、こちらへと歩いて来る制刻の歪で不気味な容姿を見止め、ルエナエルは若干その顔を引きつらせる。
「おい、今度一体は何をごたついてやがんだ」
「自由!それが……」
制刻は鳳藤に尋ねる。しかし鳳藤も事態を全て把握しているわけではなく、制刻にどう説明したらいいのか悩む様子を見せる。
「その二士とそっちの女が、そこの角で衝突して揉め事になったんだよ」
そんな所へ鳳藤の代わりに、別方から説明する声が聞こえてきた。
各員が視線を向ければ、停まるトラックの運転席のドアが開かれ、そこから降りて来る版婆の姿が見えた。
「版婆三曹!まさかずっとそこに……?」
声の主である版婆に、鳳藤は困惑の色で尋ねる。しかし版婆はそれを無視して説明を続ける。
「衝突後、そっちの女が最初に何やら喚きたて後に、勝手に転んだようだ。んで、そいつが鼻で笑い、そっから下らん喧嘩に発展したみたいだな」
「つまりルエナエルさんは自滅したんですね?」
版婆の流れの説明を聞き、出蔵から「しょーもな」と言いたいような言葉が上がる。
「ゲボカスの発生源が、そいつである事がこれで理解できたかよ?」
「だからって……拳銃を向けたのはやり過ぎだ!」
竹泉は顔を顰めて言うが、鳳藤はしかし先の竹泉の行為を、過剰行為であると咎める
「頭ハッピーの見当違い平和主義かぁ?加害行為に走った以上、対応されても文句は言えねぇんだよ。こんな凶暴な雌ブタは、始末しちまう方が世のため人のためでもあるだろうしなぁ」
しかし竹泉は引かず捲し立て言い放つと、冷たい顔のまま中指を突き立てて見せた
「どこまでも下品な口を……ッ!」
「やめろ、やめろッ!」
それを受け、ルエナエルはまたも竹泉に食って掛かろうとする。鳳藤はそれを止めるべく、再度両名の間に割って入る。
「ガキの喧嘩のほうがまだお上品だな」
制刻はそれを見て、シラけた口調で呟いた。
「というか版婆三曹!見ていたのなら、どうして止めに入ってくれなかったんです!?」
鳳藤は両者を抑えながら、版婆に振り返って問い詰める。
「どうして俺が、お前等の面倒事に関わらなきゃならねぇんだ。今更お前等54普が何しようと、驚きゃしねぇよ。それに――」
版婆はそこで言葉を区切り、その手に持っていた水筒を一度あおってから続ける。
「一服し出したばかりだったからな」
「……」
つまり版婆は竹泉とルエナエルが争っているというのに、休憩を優先し、運転席から高みの見物を決め込んでいたらしい。
「でぇ、結局この茶番劇の原因はどっちにあるんです?」
「双方不注意、辛抱足らずってトコじゃねぇのか?知らん。くだらん案件だし、報告は上げずにおくぞ」
制刻の尋ねる言葉に、版婆は興味無さそうにそれだけ言うと、その場から立ち去って行ってしまった。
「おい出蔵よぉ、結局なんなんだこのうるせぇ女は?」
「星橋の街の教会の、修道士のルエナエルさんですよ。怪我人の治療のために、応援に来てくれたんです……」
「応援だぁ?いらん面倒の間違いじゃねぇのか?降りかかる火の粉を払う、こっちの身にもなって欲しいモンだねぇ」
ゲンナリした様子で回答した出蔵に、竹泉は皮肉気に言葉を連ねる。
「もういい、黙ってろ!お前の発言は事態を悪化させる!」
「は、やぁれやれ。おめでたい事なかれ主義だな」
鳳藤は竹泉のそれを断ずる言葉を上げるが、竹泉はそれを嘲るような言葉で流した。
「……えぇと、ルエナエルさんでしたか?こちらの者にも無礼があったようで、その事はお詫びします。しかし、今現在この村は見ての通り大変な状況なんです。あなたも少し自重してください」
「ふん……まぁ、いいでしょう。下々の者の価値の無い戯言や噛みつきに、一々腹を立てるなど、貴族のすることではありませんから」
鳳藤の言葉に、ルエナエルは多少落ち着いたのか、笑顔を作り直して言う。
「いちいち癪に触るなー……」
「毒舌気取ってりゃ、何でも許されると思ってる頭欠陥女さ。たまにいる」
ルエナエルは竹泉の罵倒に少し表情を崩すも、それを無視。そして赤くなった自らの鼻面に手をかざし、短く詠唱する様子を見せた。すると一瞬頬が発光粒子に覆われ、赤みが引いた。
「!、今のは」
「怪我を治せる、摩訶不思議か」
巻き起こったその現象に鳳藤は驚きの色を見せ、そして制刻は、この世界で最初に目にした、ハシア達勇者一行の使用した治癒回復魔法を思い返した。
「ええ、この能力で村の人達を診てもらってます。今は避難区画の各家を回ってもらいに行く所だったんですけど――あ」
出蔵は言いかけた言葉を区切り、制刻の右腕に触れる。
「あぁ?」
「自由さん、腕に怪我を」
見れば、制刻の1型迷彩戦闘服の左腕の部分に血が滲んでおり、出蔵が袖をめくってみると、 制刻の左腕には軽い切り傷ができていた。
「ああ、さっきの作戦の時にやったようだな」
「とにかく手当てを、えっと絆創膏……」
提げていた鞄を探ろうとする出蔵。
「あら、また出番のようですね」
しかしそれを遮り、ルエナエルが名乗りを上げた。
「私にかかればその程度の傷、造作も無い事ですわ。せっかくですからその醜い顔も治してあげましょうか?」
ルエナエルは得意げな顔でそんな事を言ってのける。
「おい。この女は、ひょっとして排水口かなんかが、人に化けてんじゃねぇのか」
制刻はそんなルエナエルを顎でしゃくり、隣の出蔵にそんな尋ねる言葉を掛ける。
「自由さん……!もぉー……」
出蔵はそんな制刻の発言に困った様子を見せ、そして制刻の左腕を取り持ち上げる。
「う!?」
そこで制刻の左腕を見た、ルエナエルの顔が強張った。
制刻の左腕は、肩の付け根から指先までもが、身体と不釣合いなまでに長く大きい。五指は太く長く、まるで凶器のようであり、そこだけがまるで別種の生き物の腕のようだ。
そんな制刻の酷く異質な左腕に、ルエナエルは驚いたのだ。
「……失礼。始めますよ」
一瞬動揺したルエナエル。しかしすぐに気を取り直し、制刻の左腕の前で杖を掲げ、詠唱を始める。
「――あん?」
「……あ、あら……?」
しかし、しばらく経っても特に変化は起こらず、制刻の傷が塞がる様子も一向に無かった。
「あー?おい、何も起こんねぇようだがぁ?」
「以前見た物は、発光する粒子のような物が発生していたが……?」
その様子を端から見ていた竹泉や鳳藤が、それぞれ煽る言葉や訝しむ声を上げる。
「う、うるさいですわ!……魔力を強くすれば、こんな傷……」
ルエナエルは再度詠唱を口にする。しかし時間は経過するも、やはり傷に変化はなかった。
「……なんも変わりませんね」
「お、おかしいですわ……!たかだかこんな傷が……!」
動揺しつつも、三度目の詠唱を試みるルエナエル。しかし、傷が治る気配は一向に見られなかった。
「あぁ、じゃいい。これ以上はいい」
痺れを切らした制刻は、発して腕を引っ込める。
「出蔵、絆創膏はあったか?」
「あ、はい」
制刻は出蔵から絆創膏を受け取り、腕の傷に適当に貼り付けた。
「俺は行くぞ。指揮所に行く途中で出蔵がウロウロしてて何かと思や、とんだ茶番だった」
呆れた口調で吐き、その場から立ち去ろうとする制刻。
「な、待ちなさい!この私がわざわざ治療してあげると言っているのですよ!あなたは大人しくしていればよいので――」
ルエナエルは追いすがろうとするが、制刻はルエナエルに振り向き。
「ふざけんな、乳捻じ切るぞ」
一言そういった。
「……ひぃ」
その一言。そして制刻の歪で醜い顔に作られる、形容し難い形相に、ルエナエルはたじろぎ小さく悲鳴を上げた。
「自由!お前まで脅かしてどうするんだ……ッ」
「自由さん、前々から言わなきゃと思ってたんですけど、人と接する時はもっとフレンドリーな方が……ほら怯えちゃってますし」
それを端から見ていた鳳藤と出蔵が、それぞれ咎める、あるいは促す言葉を制刻に投げかける。
「しょうがねぇ」
すると制刻は、面倒くさそうに一言発し――
「グジュジュ~。そんなに怖がることないでゲシュ~、ボックンと仲良くするでギュフフ~~」
――直後に凄まじい光景をその場に発現させた。
口や目元、顔の皺や堀り等、ありとあらゆる部分を異質に捻じ曲げ、不気味な笑顔を作り、嫌悪感をこれでもかという程煽る口調で、言葉を紡ぎ吐き出したのだ。
「!?」
「うひ!?」
「ひぃッ!?」
突然のそれに、鳳藤や出蔵は目を剥き、そしてルエナエルは再度の悲鳴を上げた。
制刻の、左右でまったく違う形の目が不気味に笑い、眼はギョロリとルエナエルを見る。
口角を上げ開かれた口の中には、酷い歯並びが覗き見える。歯の一本一本は黄ばんだ物、薄黒いもの、錆色のものが入り混じり、さらにその奥には蠢く口内の様子が微かに見て取れた。
「ひ……!ぁ……ッ!い、嫌ぁ……ッ!」
それを目の当たりにしたルエナエルは、顔を真っ青にし尻餅を着く。そして悲鳴を上げながら、後ずさり逃げ出した。
「うん~?どうしたんでゲジュジュ?ビュヒヒ、怖くないでプクシュゥ」
そのルエナエルを追いかけ一歩踏み出す制刻。それはまるで、新しいオモチャを楽し気に追いかけようとする子供の姿に相似していた。
「は!――じ、自由さんストォップッ!!」
そこへ真っ先に我に返った出蔵が、制刻の身体にすがり付いてその動きを止めた。
「あん?」
それを受け、制刻は動きを止め、そして笑みを戻していつもの様子で零した。
「一体なんですか今のはぁッ!?」
「あぁ?なんか違ったのか?」
問いかける出蔵に対して、しかし制刻は戻した口調で、鬱陶しそうに質問を返す。
「何もかもが違いますけどッ!?」
「お前ぇん中でフレンドリーの定義は一体どぉなってんだ?」
そこへ事態を適当に眺めていた竹泉が、呆れと気持ち悪さの混ざった表情で言い放った。
「ぁぅ……こ、怖ぃ……」
「何この大惨事……あーもー、しっかりして」
制刻の名状し難い嫌悪感を煽る姿を目の当りにし、ルエナエルはへたり込んだまま、開け放った口から言葉を零している。出蔵は困惑し零しつつ、そんなルエナエルへと近寄り、彼女に宥める言葉を掛ける。
「フレンドリーってのは、面倒なモンだな」
一方、当の大惨事の元凶たる制刻は、しかしすでにどこ吹く風で、そんな言葉を発した。
「自由さん……」
「出蔵、オメェもこの後の要員だったろ?このねーちゃんの案内をとっとと終えて、オメェも自分の仕度をしておけ」
そんな制刻の様子に、出蔵は困った顔で何か言いたげに零す。しかし制刻は気に留めず、彼女に対して後の行動への準備を指示する。
「剱、竹泉。オメェ等も、作業は手早くな」
「あ、あぁ……」
「あぁ、へいへい」
そして鳳藤や竹泉に向けて発すると、制刻はその場から立ち去ってしまった。
「ふぇ……な、なんなんですのあの人……あんな、身の毛のよだつ……それに私の魔法が……」
制刻が立ち去った後に、どうにか平静さを取り戻し立ち上がったルエナエルは、困惑の口調で尋ねる声を発する。
「が、害意は無かったんですよ。一応……。魔法が使えなかったって所は、よく分からないけど……」
尋ねる言葉に出蔵は、制刻を一応フォローする言葉を返す。しかし魔法現象が発現しなかった事については、彼女も検討はつかず、疑問の言葉を零す。
「あんだけ偉そうにしといて、このザマの上に役立たずかよ?」
しかしそこへルエナエルに、竹泉の煽る声と軽蔑した眼差しが飛び込み、向けられた。
「ッ!」
その言葉に、ルエナエルは鋭い視線で睨み返し、両者の視線が再びぶつかる。
「ああもう……竹泉、わきまえろ!協力者の方だぞ!」
そこへ鳳藤が、半ば辟易した様子で割り入る。そして竹泉に向けて、叱り咎める言葉を発する。
「協力者ぁ?あのなぁ、出くわしていきなり不快なヘドを吐き出した挙句、襲って来るような輩は、〝敵〟って言うんだよぉ!アンダスタンッ?」
しかし咎める言葉に対して竹泉は、揺るがぬ様子で捲し立て、吐き捨てるように返した。
「お前は……ッ。あぁ、もういい……出蔵、ルエナエルさんを早く案内してあげてくれ……」
それに顔を顰める鳳藤。そしてもう無駄だと判断した彼女は、話を打ち切り、竹泉とルエナエルを早急に遠ざけるべく、出蔵にそう要求した。
「あ、はい。分かりました」
出蔵は若干嫌そうな顔を少し浮かべつつ、ルエナエルの方を向く。
「ッ……なんて不愉快の数々。この私にこんな仕打ちを……あなた!覚えている事ですね、いつか報いを受ける時が来ることでしょう!」
そんなルエナエルは、まだ少し青いままの顔でワナワナと呟き、そして竹泉に向けて言い放った。対する竹泉は最早言葉を返す事も億劫なのか、冷たい視線をルエナエルに向けるのみであったが。
(原因は、おもいっきりこの人にあるように思うんだけどなぁ)
ルエナエルの台詞に、出蔵は内心でそんな言葉を浮かべる。
「何をしているの!あなた、早く案内してもらえますか!?」
その出蔵に対して高慢な姿勢で要求するルエナエル。かと思えば、彼女は先に憤然とした様子で歩き出し、行ってしまう。
「あぁぁ、だから勝手に――っていうか、そっちじゃないし」
そんなルエナエルを、困惑の様子で慌てて追う出蔵。出蔵の行き先の修正を受け、二人は避難区画の方向へと歩み去って行く。
「――ああゆーのをゴミ女っていうのさ」
その姿をシラけた顔で見ていた竹泉は、そこで皮肉気に言い放つ。そして、即座の発砲が可能なように、一連の間終始手にしていた拳銃を、ようやくホルスターに戻した。
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その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊
中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。
終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人
小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である
劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。
しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。
上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。
ゆえに彼らは最前線に配備された
しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。
しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。
瀬能が死を迎えるとき
とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
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