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チャプター10:「Intrigue&Irregular」
10-2:「各所進行中、計画構築中」
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苛烈な戦闘が繰り広げられた夜は過ぎて終わり、日付は変わり、そしてその地は再び朝を迎えた。草風の村上空は、晴れ間こそ見せているが、厚い雲の散見される空模様を見せている。
そんな空模様の元――草風の村より東へ数百メートルの地点に、二人分の人影があった。
両者は共に、丘の傾斜地を利用して身を隠し、そこから何やら、草風の村を伺う様子を見せてる。
「なんだ……どうなってやがる……?」
内の片方、その右目を包帯で覆う青年が、困惑にも近い訝しむ言葉を零す。その青年は、先日ならず者達を率いて水戸美を襲った男、リーサーであった。
このリーサーという青年は、盗賊兼傭兵業を生業とする身であり、そして今は商議会に秘密裏に雇われ、商議会が表立って行えない大小の非合法な仕事を請け負い従事していた。
そして今現在の行動も、その仕事の一環であった。
――事が知らされたのは昨晩深夜。
商議会と魔王軍の関係に気付いた草風の村の住民の口を封じるため、村に発された傭兵隊が、壊滅しその一部が逃げ帰って来たとの報がもたらされたのだ。
なぜ碌な戦力も無い小さな村相手にそのような事態に陥ったのか、リーサーはもちろん商議会の関係者たちは最初、その話を信じられず訝しんだ。
そんな疑問に対して傭兵達は口々に、得体の知れない者等からの迎撃を受けたと訴えた、
しかし傭兵達の説明は要領を得ない部分も多く、リーサー達は実際の状況事態を把握するため、急遽偵察に出る事となったのだ。
そしてこの地に赴いたリーサー達は、不可解な光景を目にする事となった。
本来であるならば傭兵達の手によって、完膚なきまでに焼いて落とされているはずだった村は、しかし無傷とは行かないまでも健在の様子を見せている。
そして何より村の周辺には、異質な姿格好の者等や、得体の知れない数々の物体の居座る姿があるではないか。
「あいつ等が、傭兵共を退けたっていうのか……?」
先に見える不可解な光景に、再び困惑の声を零すリーサー。
「り、リーサーさん……な、なんなんすかあいつ等……?」
そんなリーサーの横から、困惑の声が聞こえ来る。リーサーの横には彼の配下である、まだ十代半ばにも達していないと見られる、一人の少年の姿があった。
「俺に聞くな……とにかく、一度戻るぞ」
少年に対して返し、リーサーはそう促す。
不可解な者達の正体は皆目不明だが、とにかく自分達の手には余る――露草の町に戻り、商議会の者に報告しなければならない。そう判断し、丘の麓に隠した馬へと戻るべく、身を翻すリーサー。
――しかし、振り向いた彼の視界を唐突に何かが占め、そしてその進路を阻害した。
「ヨーォ。そぉんなに急いでドコ行くのぉ?」
「ッ!?」
突然目に飛び込み、自身の行動を阻害した存在。そして掛けられ降りて来た声に、リーサーは目を剥く。
いつの間にそこにいたのか、リーサー達の背後には、凄まじく巨大な体躯の存在が、塞ぎ立ちはだかっていた。
「俺等に、なんぞ用事があるんじゃねぇのかぁ?」
さらにその背後、そこにある小さな崖状の段差から、陰険そうな顔立ちの男が上り現れ、声を掛けて来る。
――その両者は、他でも無い多気投と竹泉であった。
偵察行動に訪れたリーサー達の存在は、疾うに隊側に把握されており、そして多気投と竹泉はそんなリーサー達の退路を断つべく、回り込んできていたのだ。
「俺等も、ユー達のお話聞かせてほしぃなぁ」
竹泉の言葉に続けて、多気投はその太い片手に持ち構えたMINIMI軽機を翳し見せながら、状況に反した愉快な笑顔を浮かべて、リーサー達へと投げかける。
「お、オーク……!?」
一方、突然目の前に現れた、巨体と濃い褐色の肌を持つ、亜人種とも見紛う多気投の存在に、リーサーの配下の少年から狼狽の声が上がる。
「ッ……!」
その傍ら、リーサーは腰に下げた剣の柄を握り、抜剣し応戦態勢を取ろうとする。
「ぎぁッ――!」
しかし直後、乾いた破裂音のような音が響き渡り、同時にリーサーの口から悲鳴が上がった。彼の手の甲には痛みと衝撃が走り、リーサーの手から剣が放れ落ちる。
「余計なコトをすんじゃねぇよ」
そして竹泉から言葉が飛ぶ。多気投の斜め後ろに位置していた竹泉のその手には9mm拳銃が握り構えられ、その銃口からはうっすらと煙が上がっている。竹泉の発砲がリーサーの手の甲を傷つけ、彼の手から得物を失わせたのであった。
「おいたはダメだずぇ、お兄ちゃぁん」
相手に得物を失わさせて無力化。その上で多気投はリーサー達に向けて不気味とも取れる笑みで投げかけながら、一歩一歩と距離を詰め始める。
「ぅあ……わぁぁッ!」
直後に、配下の少年が叫び声を上げた。
迫る多気投のその巨体に、臆し危機を覚えたのか、彼は反対方向へを駆け出し逃走を図ろうとした。
「むぷッ!?」
しかし瞬間、配下の少年は何かにぶつかった。
そこには先まで何もなかったはずであり、配下の少年は事態を掴めないまま、ぶつかった何かからその顔を放して上げる。
「……ひッ!」
そして少年は、あどけないその顔を恐怖で染めた。
彼の視線に飛び込んで来たのは、最初に立ちはだかった多気投とはまた別の、そしてそれを遥かに超越する、歪で不気味な存在であった。
「――よぉ」
そんな少年に、頭上から一言声が掛けられる。
そして同時に、その存在の持つ禍々しい眼が、ギョロリと少年を見下ろす。
「ひぃッ――化け物ッ!」
その禍々しい存在を前に、少年は悲鳴を上げた。そして慌て身を翻し、その存在から逃走しようとする。
「――こぁッ」
しかし身を翻した少年の口から、直後に掠れた音――悲鳴が零れ出た。
見れば、その歪な存在から繰り出された手刀が、少年の首に入っていた。少年はそのまま気を失い、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
「悪ぃな」
そんな倒れた少年の体を見下ろしながら、その歪な存在――制刻は一言呟いた。
「剱、この坊主を」
「あ、あぁ……」
制刻の背後には、制刻にその存在感を完全に飲まれていた鳳藤の姿もあった。
制刻はその鳳藤に少年の体の回収を任せ、自分はその先に立つリーサーに距離を詰める。
「な!クニッ!?」
一方のリーサーは倒された配下の少年を前に、少年の物であろう名を叫び上げる。
「糞、お前等一体――ぐぅッ!?」
そして狼狽の色を見せながらも、自身を囲う制刻等に向けて問いただす声を上げかけたリーサー。しかしその声は強制的に中断させられ、代わりにリーサーの口からは苦し気な声が零れる。
伸ばされた制刻の片腕によりリーサーの顎は鷲掴みにされ、そしてリーサーはそのまま掴み上げられ、その身を宙に浮かされていた。
「悪ぃが、質問すんのはこっちだ。何か知ってそうだな、来てもらうぞ」
掴み上げ捕獲したリーサーに向けて、制刻は淡々とそう発した。
ほぼ同時刻。
場所は月読湖の国、スティルエイト・フォートスティートの隊宿営地。
宿営地の一角に設けられた臨時ヘリポートでは、そこに駐機されたCH-47J輸送ヘリコプターを中心として、陸空の各隊員が急かしく動き回っている。
現在隊が介入している紅の国の草風の村は、その被害及び今後に予想される再度の襲撃から、さらなる支援及び防護迎撃戦力の増強を必要としていた。
その一環として現在この場では、輸送ヘリコプターを草風の村へ向けて発出するための準備が進められていた。
「「………」」
そんな準備作業の進む臨時ヘリポートの端に、ディコシアとティの兄妹の姿があった。二人は鎮座するCH-47Jと周辺の光景を、どこか唖然とした様子で眺めている。
「――お二人とも、準備は大丈夫ですか?」
そんな二人の元へ声が掛けられる。二人が声に反応して視線を移せば、そこには二名の隊員の姿があった。現在の隊の実質的指揮官である井神と、少年とも見紛う体躯容姿の隊員、鷹幅であった。
「ひぇ?あ、はい」
「あぁ、できてます――といっても、大したことはしていないけど」
二名の内の井神が発して掛けた声に、ティは戸惑いつつ反応し、ディコシアは手から下げていた荷袋に視線を落としながら返して見せる。
――隊は、草風の村に対する各支援活動を行う上で、草風の村とフォートスティートの宿営地を、彼等の転移魔法能力で結び、輸送、連絡のためのアクセスを開通させる事が効果的であると判断。ディコシア達兄妹に、再びの協力の要請を申し出た。
それをディコシア達は承諾。
そして兄妹は転移魔法設置を草風の村へ設置するために、これより発される応援に同行し、輸送ヘリコプターで村へと向かう事となっていた。
「お二人とも申し訳ありません。ただでさえ色々ご協力いただき、ご迷惑をお掛けしている上で、さらに国外への同行までお願いする事となってしまい」
出発の準備は完了している旨を告げた二人に対して、井神は礼と謝罪の言葉を発する。
「いえ、構いません。遠地であっても、転移陣の設置さえできれば、すぐに帰って来れますから」
「むしろ設置しにいくまでが大変だからね~。それがそっちの乗り物で送ってもらうと、あっという間だったし――なんか、これまでで一番この魔法活用できてるカンジ」
井神の言葉に対して、ディコシアはそれ等に支障無い旨を。そしてティは先日に、隊が制圧した野盗の根城に車輛で送ってもらい、転移魔方陣を接地しに向かった件を思い返してどこか気分よさげに発する。
「それに、こっちも色々してもらってるしね」
「昨日は、建付け直してもらったもんね」
続けて、二人はそう言葉を紡ぐ。
現在、スティルエイト家の所有領であるフォートスティート内に長期駐留、及び協力を要請している隊。その迷惑料ではないが、隊はスティルエイト家側に対して大は支援から小は細かな手伝いまでを、可能な範囲で提供していた。
そしてそれ等は、ディコシアやティ達に行為的に受け止められているようであった。
「そういっていただけると、助かります――さて、間もなく出発となります」
二人に対して礼を言った井神は、それから腕時計に目御落し、続けて準備の完了に近づく輸送ヘリコプターの方へ目を向けて発する。
「向こうまでの空路間は、この鷹幅二曹をお頼りください――鷹幅二曹、お二人を頼む」
井神は隣に立つ鷹幅の姿を示して促し、そして鷹幅自身に発し委ねる。
「了解です――ではお二人とも、搭乗をお願いします」
鷹幅は井神の言葉に返すと、ディコシアとティに求める言葉を発する。
「あ、あぁ。はい――しかし……」
そんな要請の言葉に返事を返しながらも、しかしディコシアはそこで戸惑う様子を顔に浮かべる。
「飛ぶんだよね……今から……」
続けて零すティ。
そして二人は視線の先に鎮座する、今から乗り込む事になるCH-47J輸送ヘリコプターを、神妙な面持ちを作りその目に収めた。
「各計器表示異常無し、操縦系動作良し――離陸準備良しだ」
CH-47J輸送ヘリコプターのコックピットでは、離陸飛行を控えての各種確認が行われていた。各所各部位に問題が無い事を確認し、副機長の維崎が報告の声を上げる。
「了解。得野、各員の退避は?」
維崎の声に、機長の小千谷が返す。そして小千谷は続けて、コックピットの背後に控える機上整備員の得野に、尋ねる声を発する。
「完了しています」
それに対して得野は、それまで臨時ヘリポート上の機体周辺で作業活動を行っていた各隊員が、すでに退避を終えている旨を告げる。
「よし、エンジン始動する」
得野からの安全の確認を得た小千谷は、発し、そしていくつかの操縦系を操作。それによりCH-47Jがその機体上に備える、二つのエンジンが始動された。
エンジン始動により、機体の持つ二つのローター、六枚のブレードがゆっくりと動き出し回転を始める。回り始めたローターは徐々にその回転速度を上げ、ヒュンヒュンという風を切る音が鳴り始める。そして程なくして風を切る音は轟音へと変化。激しい回転運動へと変わった二つのローターから発生する風圧が、砂埃を巻き上げ始めた。
「問題無し」
エンジンが始動され、各種動作に問題が無い事を確認し、その旨を声で示す小千谷。
「小千谷二尉」
そこへコックピット内へ、小千谷を呼ぶ声が聞こえ来る。小千谷が振り向けば、背後貨物室からコックピットに顔を出す、鷹幅の姿がある。
「搭載物資異常無し。各員、及び同行される二名も、着席を完了しています」
小千谷に向けて報告の言葉を紡ぐ鷹幅。
鷹幅は、今回の空路行程の間、移送される隊員及び物資の監督。そして同時に移送される、協力者であるディコシア達の引率を任されていた。
その鷹幅の報告を聞いた小千谷は、同時に背後貨物室へと目を向ける。
機体貨物室内はその大半が積載された多量の物資で占められ、わずかに余裕の残されたスペースには、数名の隊員と、そしてディコシアとティが座席に着席している姿がある。
ディコシアのティに関してはその顔を緊張で染め、体を固くしている様子が傍目にも見て取れた。
「了解――オールオーケー、離陸に問題無しだ」
鷹幅の報告と機内の様子から、小千谷は離陸準備が万全である事を確認。
それを言葉にしながら、コックピットへ向き直る。
「おい、今度は俺が飛ばす」
そこへ小千谷の横からぶっきらぼうな声が飛ぶ。コ・パイ席に座る維崎の物だ。
それは、先日のフライトでは操縦補佐に終始していた彼の、今回は自身が操縦を行う事を訴える言葉であった。
「別にいいが――今回はお客さんもいる、ヘタはうつなよ」
「言われるまでもない」
維崎に対して茶化すように言葉を飛ばす小千谷。それに対して維崎は、操縦桿を握り手元の計器類を操作しながら、仏頂面で静かに返した。
「頼むぞ――離陸する」
そんな維崎に小千谷は一言発すると、背後の貨物室にも届く声で、離陸の旨を発し上げる。
同時に維崎が操作により、始動していたエンジンのパワーをさらに上げる。
激しく回転していた二つのローターは一層その度合いを増し、そして揚力を発生させる。揚力は、積載物された荷物を含めて20tに届く機体を持ち上げ、機体はふわりと浮かび上がった。
「っ!」
「ひぁ……!」
機体の浮かび上がる感覚に、貨物室で座席に付いていたディコシアとティは、顔を強張らせ、または思わず声を零す姿を見せる。
「50フィートまで上昇。方位は020」
「020、了解」
コックピットでは小千谷が指示、指定する声を上げ、維崎は端的にそれを復唱する。
機体が上昇し一定高度まで達した所で、維崎はエンジンパワーを調整して上昇を止める。そして操縦桿、ペダル類等各操縦機器を操り、機体を旋回させる。
「020確認――行程開始する」
維崎は、先に指定された方位を機体が向いた事を確認。そして操縦桿を倒す。彼の操作を反映して機体は前傾姿勢へ移行し、前進を開始。
CH-47J輸送ヘリコプターは、目的地である草風の村を目指して航行を開始した。
スティルエイト・フォートスティートの宿営地を発したCH-47J輸送ヘリコプターは、それから順調な航行を続け行程を消化。現在は、先日隊が制圧無力化した、野盗達の根城が置かれていた森へと到達し、その上空空域を通過中であった。
そのCH-47Jの機内貨物室。その後方、ランプドアの付近には、そこに立ち眼下地上を眺める鷹幅の姿があった。彼の眼は、地上に広がる森及びその周辺地形の様子を移している。
森の外には、現在も森の駐屯している隊の一部隊の車輛が少数。他に、いくらかの馬や馬車、そして地上で活動する人の姿が見て取れた。
馬や馬車や人々は全て、先日隊が〝星橋の街〟を訪問した際にこの月詠湖の国より約束された、野盗の一件を引き継ぐための応援派遣部隊であった。森にはこの月詠湖の国の軍、及び警察組織である兵団や保安官が到着しており、現在は隊からの事態の引継ぎ、調整及び調査が行われている最中であった。
そしてそんな地上の兵団の人間や保安官達の多数が、今は上空――飛行通過中のCH-47Jへと視線を向けていた。
輸送ヘリコプターが森上空を通過する旨は、森に留まる隊を通じて彼等にも事前に通達周知されていた。その甲斐あってか地上の彼等に混乱などは見られなかったが、しかしそれでも、この世界には本来存在しない異質な飛行物体の飛来はどうしても注目された。
輸送ヘリコプター機上の鷹幅からも、おそらく驚いているであろう地上の人々の様子が見て取れる。そして鷹幅の横では、同様にランプドアの傍に立つ航空隊の空中輸送員の三等空曹が、視線を降ろしそして地上の人々に手を振っていた。
「……この距離を、一瞬での行き来を可能にするのか」
機が森の上空を通過し切った所で、鷹幅はそんな言葉を呟き零す。
鷹幅のその呟きは、今現在スティルエイト家からの協力を得て恩恵に預かっている、転移魔法能力について言及した物だ。
フォートスティートの隊宿営地と野盗達の根城であった森との間は、車輛を用いても少なくない時間を要する距離がある。しかし双方に設置された転移魔法陣は、その間を文字通り一瞬で往来する事を実現した。鷹幅は飛行行路で宿営地と森の両点の、実際の距離を知った上で、改めて転移魔法という物が驚異的な物である事を実感したのだ。
感心の含まれた呟きを零した鷹幅は、それから背後を振り向き、貨物室の大半を占める物資機材の、その向こうに目を向ける。
「ひぇぇ……」
「飛んでる……本当に……」
「しかも、かなり速くない……コレ……」
そこにディコシアとティの兄妹の姿が見えた。
鷹幅の感嘆した驚異的能力の持ち主であるその当人達は、しかし今は座席に身を固くして落ち着かない様子で座している。そして機体の窓の外を流れる景色を目に映しながら、鷹幅のそれ以上の驚愕の色を、その顔に表していた。
「お二人とも、大丈夫ですか?気分など悪くなったりはされていませんか?」
鷹幅は満載された物資機材の合間を縫って貨物室を渡り、そしてディコシアとティの二人の傍に歩み寄って、尋ねる声を発する。
「あ、えぇ……それは大丈夫です……」
「うん……正直、すっごく変な感じしてるけど……」
鷹幅の尋ねる言葉に、落ち着かなそうな顔色ながらも、問題は無い事を伝える二人。
「ハァーッハッハッ。これはまたなんとも、不思議な光景だ」
そんな所へ、異質な笑い声と言葉が飛んで聞こえ来たのはその時であった。
「え?」
「ほへ?」
唐突に聞こえ来たそれに、ディコシアとティ、そして鷹幅も声を辿り視線をそちらに向ける。
そしてディコシア達の座る座席の、対面より少し横にずれた位置。そこの座席に座す、一人の隊員の姿が目に入った。
目を引くのは、多くの陸隊隊員の戦闘服とは異なる、黒寄りの灰色を基調とした独特の迷彩戦闘服。そして何より、不気味な笑みを浮かべる大変に胡散臭そうなその顔。
〝多用途隊〟の隊員、旗上多士長であった。
「空間を飛び越える事を可能とする、摩訶不思議な術を持つ君達――だというのに、空を飛ぶ事にこうも初々しい姿を見せてくれるとは」
何の真似なのか、異様に芝居掛かった口調で、そして何やら面白そうに声を弾ませ、ディコシア達に言葉を投げ掛け紡ぐ旗上。
「えっと……だってねぇ……?」
「そうは言われても、転移魔法とはまるで感覚が違うからな……」
そんな旗上とその言葉を前に、ディコシアとティは戸惑いながら自身の抱いている間隔を口にする。
「旗上多士長、配慮を考えろ。お二人にとってもまた、航空機は異質な未知の体験、困惑されるのは当然だ。揶揄うような真似はやめろ」
困惑しているディコシア達に代わり、鷹幅が旗上に対して、少し厳しめの口調で咎める言葉を送る。
「こぉれは失敬失敬。誤解しないでくれたまえ。この摩訶不思議な世界に住まう人々にも、私達同様に未知があり、そして驚愕し感嘆する。――その事に私も少しばかり驚き、そして共通の感覚を持つという事を、うれしく思ったのだよ」
しかし咎める言葉をさして気に留めた様子も無く、旗上は変わらぬ胡散臭い芝居掛かった口調で、ディコシア達に向けて説明の言葉を紡いで見せる。
「は、はぁ……」
「そ、そうなのか……」
そんな旗上を前に対するディコシアとティは、困惑、というよりも若干引いた様子を見せていた。
「お前の心内などどうでもいいが――それよりも、その気味の悪い言い回しをするなと、お前は後何万回、私に言わせる気だ?」
そこへ淡々とした、しかし不快感がありありと現れた声が上がる。
各々は声を辿り視線を移す。そして旗上の対面に位置する座席。そこに座す、古い形式の迷彩戦闘服を纏う古参の隊員の――讐予勤が、その主であると判明する。
「鬱陶しい台詞に、何よりお前のその顔。不快以外の何物でもない」
讐はその印象の悪い陰湿そうな顔を、どこか白けた、それでいて険しい形に顰め、旗上に向けてその言葉を刺すように投げつける。
「ハッハッハァ。讐、君と比べて見れば、どちらにおいても優雅であるとすら、私は自覚しているがねぇ」
しかし刺すようなその言葉に旗上は、わざとらしく仰々しく笑い上げ、そして煽るように言葉を返して見せた。
「機上から叩き落とされたいのか」
煽りを受け、陰湿そうなその顔に讐は若干の凄みを利かせて、旗上に向けて静かに告げる。
「讐予勤ッ、旗上多士長も、それくらいにしておくんだ。お二人にいらない不安感を与える」
讐等の間を往来する異質なやり取りを、そこへ鷹幅が間に入って強引に遮り止める。そして鷹幅は、依然として引いた様子のディコシア達の存在を示し、咎める言葉を発する。
「おーっとお、失礼。あまり愉快でない演目となってしまったようだぁ。お詫びに、一つ心躍る物語でも語り紡ごうかぁ――」
「いやいい!静かに、着席していろ!」
鷹幅の咎める言葉を受けて、ディコシア達に向けて非礼を詫びる言葉を発した旗上は、しかし次にそんな提案を口にする。そして何か旗上はその口から、改まって語り始める様子を見せたが、直後に鷹幅が慌ててそれを差し止めた。
「ハーハッハァ。退屈を凌ぐに良い語りがあるのだが、残念だぁ」
旗上は言葉と裏腹に、変わらずの胡散臭い口調でそう発する。そして対面の讐は、呆れの混じった顰め面で、「フン」と一言吐き捨てた。
「はぁ……お二人とも失礼しました。この者等の事は、気にしないでください」
異質なやり取りの往来が終わり、機内貨物室を支配していた歪な空気が一応の鳴りを潜めた所で、鷹幅はディコシア達に向き直り謝罪の言葉を述べる。
「到着までにはまだしばらく掛かります。何かあれば、遠慮なく声をお掛けください」
「あ、えぇ」
「あ、はい」
そして二人にそう断り、付け加える鷹幅。すこし戸惑いがちに返された二人の返事を聞くと、鷹幅はその場を発ってコックピットの側へと向かって行った。
「……なんか、すごく変な人達だね……」
「あぁ……」
それを見届けた後に、ディコシアとティは讐等の姿を盗み見ながら、互いにしか聞こえない声で呟き交わし合った。
コックピットでは機長の小千谷と副機長の維崎が、操縦及び補佐等役割を担い、CH-47Jを事前に割り出した航路に沿って、飛ばし運んでいる。
「小千谷二尉、間もなく国境です」
そこへ鷹幅が貨物室より顔を出す。そして鷹幅は、機が程なく国境線を越え、隣国空域へ入る事を報告する。
「あぁ、確認してる。――各員、間もなく国境線を越える。警戒態勢厳に」
それに返す小千谷。
隣国、紅の国が不安定な情勢状況にある事は小千谷等も聞き及んでおり、小千谷は返事の後にヘルメット備え付けの無線を用いて発報。機内の各ポジションで警戒監視に当たっている、航空隊の各搭乗員の隊員に、いっそうの警戒姿勢に移るよう告げる。
「お客さんの様子はどうだい?」
発報の後に、小千谷は続けて鷹幅に、お客――ディコシア達の状態を尋ねる。
「やはり緊張はされていますが、気分などは悪くされていないようです」
「それは良かった。引き続き頼むよ」
「は」
返された鷹幅の大事無い旨の報告に、小千谷は零し、そしてお客のディコシア達を引き続き任せる鷹幅に任せる旨を発する。鷹幅はそれに了解の返事を返すと、貨物室へと引いて戻って行った。
「こんな単調で退屈なフライトで緊張を楽しめるとは、うらやましい事だ」
鷹幅がコックピットを去った直後に、コ・パイ席の維崎からどこか皮肉気な声が上がる。
操縦操作を機体状況に応じて、無駄の無い動作で正確に行い、そしてコックピットの風防越しに周囲へ油断のない視線を向けている維崎。しかし維崎は同時に、その顔に酷く退屈そうな色を浮かべていた。
「ははっ。音速を越えて飛んでいた人間は、言う事が違うな」
そんな維崎の零した言葉に対して、小千谷は少し揶揄うような口調で返す。
「お前、聞いてるぞ。T-2改を降ろされてヘリの課程に移されたそうだが、その姿勢で色々揉め事が絶えなかったようだな?」
しかし小千谷はそれから一拍置いた後に、少し声色を真剣な物にして、維崎に向けてそう投げかけた。
「そんな事もあったか」
自身の経歴について言及して来た小千谷の言葉に、しかし維崎当人は取り合い詳しく話す気はさらさら無いらしく、一言流すように返すのみであった。
「やれやれ――ともあれ、気を抜き過ぎる事はするなよ?」
「当然。退屈ではあるが、油断をする気はない」
小千谷は少しの困り笑いを浮かべながら吐き、そして忠告の言葉を発する。一方それを受けた維崎は、操縦に意識を向けながらも、冷たく端的に返す。
「ならいいがな。頼むぞ」
場所は再び草風の村へ。
集落の中を通り中心部へと続く道を行く、制刻、鳳藤、竹泉、多気投の姿がある。四名は、前列を制刻と鳳藤が、後列を竹泉と多気投が位置する雑把な隊伍を組んで歩いている。
今朝方に商議会側の放った偵察――リーサー達の捕縛を成して遂げた制刻等の組は、その後、集落周辺の哨戒任務に当たっていた。
そして今は別隊と交代してその任務を終え、元分隊へ合流復帰すべく、集落の中心部へと向かっている最中であった。
(……ひどいもんだ……)
進む四人の中で鳳藤が、表情を険しくし、内心で言葉を浮かべながら、周囲に目を配っている。現在この村の生存者達は皆、村の中心部に設けられた避難区域に集まり避難している。そのため今制刻等の進む周辺は人の気配がまるでなく、焼け焦げ落ちた各家屋だけが、痛々しいその姿を並べ、存在を訴えていた。
「つまり、先の見えねぇ村のお守りだろぉ?歓迎し難い事態になったモンだぜ」
そんな光景が広がる中で、竹泉の卑屈げな台詞だけが、響いて上がっている。
前方を行く制刻を相手に、発し上げられている竹泉の言葉。それは隊が長期的な村の防護を行う事となった事態に対して、苦言を呈する物であった。
「お前……物言いを考えろ。この集落は、こんなに酷い状況にあるんだぞ……!」
竹泉のその、村や村人に対する配慮を著しく欠いた発言に、それを見咎めた鳳藤は咎め釘を刺す言葉を放つ。
「あぁ失礼――だが、そんな表面ツラ取り繕ってる余裕も、あるたぁ思えねぇんだがよぉ?俺等も言っちまえば迷子同然、色々と有限の身だ」
しかし竹泉は咎める言葉に投げやりな詫びを返し、そして収まる様子の無い皮肉気な口調で言葉で、現状の懸念事項を説いて見せる。
言う通り、隊も実際の所は流浪の身であり、人員他キャパシティも有限である。
「その上で、今回は他所にすぐにはぶん投げられず、終わりの目途が見えねぇと来た」
「……これまでは各国地域の治安組織に状況を引き継いできたが、今回はそれが叶わないそうだな」
続け発せられた竹泉の言葉に、鳳藤も苦々しく呟く。
これまでは、隊は遭遇対処した各案件を、地元地域の治安組織に引き継ぐことで対応して来た。しかし今回の事態においては、それが叶わずにいた。
この紅の国の警備組織には事態の黒幕である商議会の息が掛かり、頼る事はできない状況にある。そして隣接する各国の各組織は、紅の国内外で定められた不可侵条約により簡単には介入ができないと言う。
これ等の事項から今の所、隊は孤立した草風の村を単独で長期的に防護する事を余儀なくされ、余裕のあるとは言えない隊の態勢を、さらに脅かしていた。
竹泉はそれ等の事柄を思い返しながら、説明の言葉にして並べて見せる。
「よくもまぁこんだけ面倒に、んで向こうっ側に都合よく進んだモンだよ。んでそんなゲロを俺等は自分から踏みに行っちまったワケだ」
そして最後の再び、皮肉気に吐き捨てた。
「色々ウェルカムしがてぇ状況だなぁ。なんか抉じ開ける手はねぇのかぁ?」
竹泉のそこまでの説明を聞き、横を歩く多気投がどこか面白くなさそうな口調で発する。
「手に入れるべきは、向こうの企みの証拠だ」
そんな所へ、前列を行く制刻から声が上がった。
「十分な証拠が揃えば、隣国は正当に介入できるらしい。そいつを掴むんだ」
制刻は他の三人に向けて訴えて見せる。
「証拠……?とは言うが……」
「フワっと言うがよ、なんのアテがあるってんだよ?」
しかしその言葉に、鳳藤は訝しむ声を上げ、竹泉は荒々しく返す。
「俺等が事態に割り行った事で、向こうの企みには亀裂が入った。それを取り繕うために、向こうは予定外の行動を取らざるを得ねぇはずだ」
そんな二人に制刻は説明。そしてその〝予定外〟の一例であろう、今朝方自分等が捕縛した、商議会が送り込んで来た偵察の人間達の事を上げて見せる。
「そいつを掴んで潰し、辿って行く。そうすりゃ奴等の動脈、心臓を引きずりだせるはずだ」
そう発し、そして制刻は「うまくいきゃ、引き千切り潰すこともな」と付け加える。
「そんなうまく行くモンかよ?」
一方の竹泉は、顔を顰めた懐疑的な色を浮かべている。
「やれるさ。やる以外はねぇ」
そんな竹泉に、制刻は端的に答えた。
「まぁ、それを解決策とすんのはいいんだけどよぉ?そいつがリミット内でなんとかならなかったらどぉすんだよ?」
竹泉はそこまで聞いた所で再び発する。
先にも述べられた通り、隊も決して余裕のある状況と言えない。商議会側の企みの証拠を掴み他国介入を実現できれば良いが、事態が長引けば最悪それよりも前に、隊が活動限界に達し村の防護を続けられなくなる可能性もあった。
「そんときゃ最悪、住人に村を放棄させて国外へ脱出させる。――陸曹方は、二次プランとしてそう考えてるそうだ」
その可能性を示唆する竹泉の問いかけに、端的に答えを述べる制刻。
「確かにそれが現実的な所か……しかし、村の人達は故郷を離れることはしたくないだろうな……」
それを隣で聞いた鳳藤は、難しそうな顔を浮かべて零す。
「言うてる状況かよ。そっちの方がはるかに負担が少ねぇ。俺はそのプランを推すね、なんなら今すぐにでもだ」
しかし竹泉は、心底面倒くさそうな口調でそう続けて見せた。村人達の心情を二の次にした発言に、鳳藤は竹泉を睨む。
「今のはあくまで最後のプランだ。まだ住民には口走るなよ」
「へぇへぇ、了解了解」
そして制刻の釘を刺す言葉。それに対して竹泉は片手をヒラヒラとさせながら、適当な返事を返した。
「邦人捜索の件もある。どっちにしろ、まだしばらくはこの国に居座る事になる」
「――……そういえば、私達がこの国に居座るのは問題ないのか?」
各員に聞かせるように発した制刻。その一部のワードを聞き留め、鳳藤が疑問の声を発したのはその時であった。
鳳藤は、この他国の組織の介入駐留を強く制限している紅の国国内で、同様に武装組織である自分等が居座っている事が、問題とされないのかを疑問視したのだ。
「どうだかな、色々考えられるが――」
それには竹泉が答える。
現在この世界においての隊は、この世界に帰属する国を持たない、定かでない立ち位置のまま流浪する正体不明の組織というのが現状だ。その隊の正体実態を紅の国商議会が掴み、定められた件の不可侵条約に当てはめ、対応を取るには手間と時間が掛かるであろう事を推測して見せる。
しかし直後に竹泉は別の可能性を提示して見せる。
隊はこれまで立ち入った各国家からは、漂流者、難民等の名目、及び国の安全に貢献する実績をもって、その存在及び滞在を看過されて来た。しかし今回の紅の国商議会と隊は、最早敵対も同然の関係性に踏み入っている。その状況下で紅の国商議会側は、正体不明の武装組織である隊を、国家に害成す領土侵犯存在と認定し、国家の権利及び義務として排除に掛かって来るであろう事は、想像に難くなかった。
いやそもそも、すでに水面下で様々な工作行為を行っているのが紅の国商議会である。
公な手段、訴えなど取れなくとも、国内に侵入した帰属国家の確認の取れない組織など、秘密裏に何らかの手を差し向けて対応して来るであろう事すら予想された。
「その面倒臭ぇ条約的には、グレーゾーン。だが、他の理由つけて何かしてくんのは、間違いねぇだろぉよ」
「近い内のさらなる衝突は避けられない……か」
竹泉が締めくくる言葉を発し、それを受けた鳳藤は、難しい顔で呟いた。
「そのジャパニーズらしい姉ちゃんサーチして、向こうさんのワルダクミを探る探偵ごっこに、アーンドバトルの二次会と来たかぁ。ヴィジーだなァッ」
ここまでの一連の会話や説明の内容を思い返し、多気投がどこか緊張感の欠ける声色で零す。
「事態に追われてんのは、向こうも同じさ」
そんな所へ、制刻が言葉を発する。
「向こうとの、立ち回りの勝負だ。うまく捌いて奴等の企みの上を行き、崩しリーチを掛ける」
続け、三人に向けて端的に発して見せる制刻。
「ハハァ。ディスりあいの、ラップバトルみてぇだなァッ」
「随分簡単に言ってくれる」
それを聞き、多気投が陽気に発し上げ、竹泉がどこかくたびれた様子で言葉を零した。
会話の区切りが付いたタイミングで、制刻等は避難区域となっている村の中心部に到着。
そしてその制刻等の視線の向こうに、こちらに向けて歩いて来る河義と策頼の姿が見えた。
「制刻、皆も。哨戒は終わったか」
「えぇ。今、上がったトコです」
河義は制刻等の近くへと歩み近寄って来ると、尋ねる声を発しかけて来た、制刻はそれに対して肯定の旨を答える。
「そうか。上がった直後ですまないが、間もなくヘリコプターが来る――」
河義は、物資機材等を積んだ輸送ヘリコプターが、間もなくこの村に飛来到着する事。さらにヘリコプターにはディコシアとティの兄妹が搭乗同行している事を告げる。そして物資資材の積み降ろし作業の支援、及び兄妹の迎えに向かって欲しい旨を、制刻等に伝えた。
直後には、河義のその言葉を証明するように、ヘリコプターの物であろうパタパタという音が、各員の耳に微かにだが聞こえ届いた。
「いいでしょう」
その音を聞きながら、制刻は河義に対して端的な了承の言葉を発する。
「すまない、策頼もそっちに合流させる。頼むぞ」
他にも作業等に負われているのだろう。河義はそこまで言い制刻に任せると、身を翻して小走りに去って行った。
「やぁれやれ。息つく暇もありゃしねぇ」
河義が立ち去るのを待ってかそれとも気にせずか、伝えられた指示に竹泉がそんな悪態を吐き上げる。
「臨時ヘリポートは、村の北側に用意されてるはずだ。行くぞ」
そんな竹泉の悪態を聞き流し、各員に促す制刻。そして合流した策頼を含む制刻等5名は、そのヘリポートを目指して再び歩き始める。
直後に、その制刻等の直上を、飛来したCH-47J輸送ヘリコプターが、ローターのけたたましい回転音を響かせながら、通過して行った。
草風の村より北に少し外れた地点。そこには地面に線と文字を描き応急的に拵えた、臨時ヘリポートが用意されていた。そして臨時ヘリポートから距離を少し離した周辺には、車輛といくらかの隊員が、作業及び不測の事態に備えて待機している。
そんな隊員等の見守る中、飛来したヘリコプターは臨時ヘリポートの直上に機体を運び、ホバリング状態に入る。完全なホバリングに移行したヘリコプターは、ゆっくりと高度を下げる。そして風圧で周囲の草を揺らし、砂埃を巻き上げながら、ヘリポート上にその巨体を着陸させた。
「ふぇー……」
「着いたのか……」
機体の貨物室で、座席に着いていたディコシアとティからそれぞれ声が上がる。
機体が地上へ降りた事で、二人は飛行航行の間、常にあった緊張状態をようやく解き、安堵の溜息を吐いて脱力する様子を見せていた。
「空を行く旅は楽しめかねぇ?銀の髪の少年少女達よ」
そんな二人に対して、旗上が怪しげな口調で聞き尋ねる。
「しょ、少年少女……」
「そんな呼ばれ方をされる歳じゃないんだけどな……」
自分達を呼び示した旗上のその言葉に、二人は困惑の声を零す。
「この者の言う事は聞き流してください」
そんな所へ鷹幅が割って入り、鷹幅は旗上を顰め面で見ながら、ディコシア達に向けてそう促す。
「お二人とも、降りますのでこちらへ」
そして鷹幅は二人に機を降りる旨を告げ、追従を求める。
鷹幅は二人を連れて、満載された荷物の隙間を縫って貨物室を通り抜け、後部ランプドアを踏んで機外へと降り立った。
機体の傍にはすでに大型トラックが乗りつけ、物資機材の積み降ろしに当たる隊員等が待機していた。鷹幅はその中の監督担当者である陸曹と、敬礼と挨拶を、その後に作業の段取りを交わし合う。それが終わると、隊員等は作業へと取り掛かり始めた。鷹幅の横を抜けてランプドアを踏み、隊員等は機内へと乗り込んでゆく。
「鷹幅二曹」
その様子を見ていた鷹幅の所へ、独特の重く鈍い声色で声が飛び掛けられる。
鷹幅がそれを聞き留め振り向けば、こちらへ歩いて来る一隊――制刻筆頭の4分隊各員の姿が見えた。
「制刻士長に――4分隊か」
制刻と各員の姿を見止め、その正体所属を確認するように鷹幅はそれを声に出す。
「えぇ。こっちに手を貸すように――それと、にーちゃんねーちゃんを迎えに来るよう言われて来ました」
制刻はその鷹幅に肯定の返事を返し、そして自分等が与えられている指示を伝える。
「あぁ。お二人はこちらだ」
それを聞き、鷹幅は背後で待っていたディコシアとティに振り向き、彼等の存在を示して見せた。
「こんなトコまで、ご苦労なこったな。んでもって、俺等はいつから異世界ブラザーズの保護者になったのやら」
そのディコシアとティの姿を見止め、いの一番にそんな皮肉気で気だるげな言葉を上げたのは、もちろん竹泉だ。
「顔を合わせるなりこれだもん。もうちょっと、愛想良く迎えるくらいしてくれてもいいんじゃない?」
最早とうに慣れたのか、竹泉のそんな言葉にティが呆れ混じりの、そして本心から期待はしていないといった様子の台詞を返す。
「そうだな、じゃあ再会を祝してワルツでも踊ろうかぁ?」
対する竹泉は、そんな卑屈な提案を言葉にして見せる。
「竹泉二士」
「いらん事を、垂れ流さんでいい」
そんな竹泉に対して、鷹幅が咎める口調を上げ、そして制刻が釘を刺す言葉を発した。
「でだ――にーちゃん、ねーちゃん。例の摩訶不思議の設置だが、今から掛かれそうか?」
それから制刻はディコシア達に向き直り、.要請と問いかけの言葉を彼等に投げ掛ける。
「あぁ、もちろん。到着したら、すぐに取り掛かるつもりだったからね」
その問いかけに、ディコシアは問題ない旨の言葉を返した。
「助かる――おぉし、策頼、竹泉。にーちゃん達に付いて、お守りや手伝い、面倒を見ろ」
ディコシアからの確認、了承を得、そして制刻は背後の各員へ振り向き、その中から策頼等二名をピックアップして指示を告げる。
「了」
「へーへー」
指示に対して、二人はそれぞれ返事を返す。
「剱と多気投は、俺とだ。積み降ろしに手を貸す」
「あぁ、了解だ」
「ヘィヨォ」
続け、残る鳳藤等に向けて告げる制刻。それに鳳藤等もまた返事を返す。
「おぉし、かかれ」
そして制刻は各員に向けて発する。それを合図に、各々はそれぞれ割り振られた役割に掛かって行った。
そんな空模様の元――草風の村より東へ数百メートルの地点に、二人分の人影があった。
両者は共に、丘の傾斜地を利用して身を隠し、そこから何やら、草風の村を伺う様子を見せてる。
「なんだ……どうなってやがる……?」
内の片方、その右目を包帯で覆う青年が、困惑にも近い訝しむ言葉を零す。その青年は、先日ならず者達を率いて水戸美を襲った男、リーサーであった。
このリーサーという青年は、盗賊兼傭兵業を生業とする身であり、そして今は商議会に秘密裏に雇われ、商議会が表立って行えない大小の非合法な仕事を請け負い従事していた。
そして今現在の行動も、その仕事の一環であった。
――事が知らされたのは昨晩深夜。
商議会と魔王軍の関係に気付いた草風の村の住民の口を封じるため、村に発された傭兵隊が、壊滅しその一部が逃げ帰って来たとの報がもたらされたのだ。
なぜ碌な戦力も無い小さな村相手にそのような事態に陥ったのか、リーサーはもちろん商議会の関係者たちは最初、その話を信じられず訝しんだ。
そんな疑問に対して傭兵達は口々に、得体の知れない者等からの迎撃を受けたと訴えた、
しかし傭兵達の説明は要領を得ない部分も多く、リーサー達は実際の状況事態を把握するため、急遽偵察に出る事となったのだ。
そしてこの地に赴いたリーサー達は、不可解な光景を目にする事となった。
本来であるならば傭兵達の手によって、完膚なきまでに焼いて落とされているはずだった村は、しかし無傷とは行かないまでも健在の様子を見せている。
そして何より村の周辺には、異質な姿格好の者等や、得体の知れない数々の物体の居座る姿があるではないか。
「あいつ等が、傭兵共を退けたっていうのか……?」
先に見える不可解な光景に、再び困惑の声を零すリーサー。
「り、リーサーさん……な、なんなんすかあいつ等……?」
そんなリーサーの横から、困惑の声が聞こえ来る。リーサーの横には彼の配下である、まだ十代半ばにも達していないと見られる、一人の少年の姿があった。
「俺に聞くな……とにかく、一度戻るぞ」
少年に対して返し、リーサーはそう促す。
不可解な者達の正体は皆目不明だが、とにかく自分達の手には余る――露草の町に戻り、商議会の者に報告しなければならない。そう判断し、丘の麓に隠した馬へと戻るべく、身を翻すリーサー。
――しかし、振り向いた彼の視界を唐突に何かが占め、そしてその進路を阻害した。
「ヨーォ。そぉんなに急いでドコ行くのぉ?」
「ッ!?」
突然目に飛び込み、自身の行動を阻害した存在。そして掛けられ降りて来た声に、リーサーは目を剥く。
いつの間にそこにいたのか、リーサー達の背後には、凄まじく巨大な体躯の存在が、塞ぎ立ちはだかっていた。
「俺等に、なんぞ用事があるんじゃねぇのかぁ?」
さらにその背後、そこにある小さな崖状の段差から、陰険そうな顔立ちの男が上り現れ、声を掛けて来る。
――その両者は、他でも無い多気投と竹泉であった。
偵察行動に訪れたリーサー達の存在は、疾うに隊側に把握されており、そして多気投と竹泉はそんなリーサー達の退路を断つべく、回り込んできていたのだ。
「俺等も、ユー達のお話聞かせてほしぃなぁ」
竹泉の言葉に続けて、多気投はその太い片手に持ち構えたMINIMI軽機を翳し見せながら、状況に反した愉快な笑顔を浮かべて、リーサー達へと投げかける。
「お、オーク……!?」
一方、突然目の前に現れた、巨体と濃い褐色の肌を持つ、亜人種とも見紛う多気投の存在に、リーサーの配下の少年から狼狽の声が上がる。
「ッ……!」
その傍ら、リーサーは腰に下げた剣の柄を握り、抜剣し応戦態勢を取ろうとする。
「ぎぁッ――!」
しかし直後、乾いた破裂音のような音が響き渡り、同時にリーサーの口から悲鳴が上がった。彼の手の甲には痛みと衝撃が走り、リーサーの手から剣が放れ落ちる。
「余計なコトをすんじゃねぇよ」
そして竹泉から言葉が飛ぶ。多気投の斜め後ろに位置していた竹泉のその手には9mm拳銃が握り構えられ、その銃口からはうっすらと煙が上がっている。竹泉の発砲がリーサーの手の甲を傷つけ、彼の手から得物を失わせたのであった。
「おいたはダメだずぇ、お兄ちゃぁん」
相手に得物を失わさせて無力化。その上で多気投はリーサー達に向けて不気味とも取れる笑みで投げかけながら、一歩一歩と距離を詰め始める。
「ぅあ……わぁぁッ!」
直後に、配下の少年が叫び声を上げた。
迫る多気投のその巨体に、臆し危機を覚えたのか、彼は反対方向へを駆け出し逃走を図ろうとした。
「むぷッ!?」
しかし瞬間、配下の少年は何かにぶつかった。
そこには先まで何もなかったはずであり、配下の少年は事態を掴めないまま、ぶつかった何かからその顔を放して上げる。
「……ひッ!」
そして少年は、あどけないその顔を恐怖で染めた。
彼の視線に飛び込んで来たのは、最初に立ちはだかった多気投とはまた別の、そしてそれを遥かに超越する、歪で不気味な存在であった。
「――よぉ」
そんな少年に、頭上から一言声が掛けられる。
そして同時に、その存在の持つ禍々しい眼が、ギョロリと少年を見下ろす。
「ひぃッ――化け物ッ!」
その禍々しい存在を前に、少年は悲鳴を上げた。そして慌て身を翻し、その存在から逃走しようとする。
「――こぁッ」
しかし身を翻した少年の口から、直後に掠れた音――悲鳴が零れ出た。
見れば、その歪な存在から繰り出された手刀が、少年の首に入っていた。少年はそのまま気を失い、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちる。
「悪ぃな」
そんな倒れた少年の体を見下ろしながら、その歪な存在――制刻は一言呟いた。
「剱、この坊主を」
「あ、あぁ……」
制刻の背後には、制刻にその存在感を完全に飲まれていた鳳藤の姿もあった。
制刻はその鳳藤に少年の体の回収を任せ、自分はその先に立つリーサーに距離を詰める。
「な!クニッ!?」
一方のリーサーは倒された配下の少年を前に、少年の物であろう名を叫び上げる。
「糞、お前等一体――ぐぅッ!?」
そして狼狽の色を見せながらも、自身を囲う制刻等に向けて問いただす声を上げかけたリーサー。しかしその声は強制的に中断させられ、代わりにリーサーの口からは苦し気な声が零れる。
伸ばされた制刻の片腕によりリーサーの顎は鷲掴みにされ、そしてリーサーはそのまま掴み上げられ、その身を宙に浮かされていた。
「悪ぃが、質問すんのはこっちだ。何か知ってそうだな、来てもらうぞ」
掴み上げ捕獲したリーサーに向けて、制刻は淡々とそう発した。
ほぼ同時刻。
場所は月読湖の国、スティルエイト・フォートスティートの隊宿営地。
宿営地の一角に設けられた臨時ヘリポートでは、そこに駐機されたCH-47J輸送ヘリコプターを中心として、陸空の各隊員が急かしく動き回っている。
現在隊が介入している紅の国の草風の村は、その被害及び今後に予想される再度の襲撃から、さらなる支援及び防護迎撃戦力の増強を必要としていた。
その一環として現在この場では、輸送ヘリコプターを草風の村へ向けて発出するための準備が進められていた。
「「………」」
そんな準備作業の進む臨時ヘリポートの端に、ディコシアとティの兄妹の姿があった。二人は鎮座するCH-47Jと周辺の光景を、どこか唖然とした様子で眺めている。
「――お二人とも、準備は大丈夫ですか?」
そんな二人の元へ声が掛けられる。二人が声に反応して視線を移せば、そこには二名の隊員の姿があった。現在の隊の実質的指揮官である井神と、少年とも見紛う体躯容姿の隊員、鷹幅であった。
「ひぇ?あ、はい」
「あぁ、できてます――といっても、大したことはしていないけど」
二名の内の井神が発して掛けた声に、ティは戸惑いつつ反応し、ディコシアは手から下げていた荷袋に視線を落としながら返して見せる。
――隊は、草風の村に対する各支援活動を行う上で、草風の村とフォートスティートの宿営地を、彼等の転移魔法能力で結び、輸送、連絡のためのアクセスを開通させる事が効果的であると判断。ディコシア達兄妹に、再びの協力の要請を申し出た。
それをディコシア達は承諾。
そして兄妹は転移魔法設置を草風の村へ設置するために、これより発される応援に同行し、輸送ヘリコプターで村へと向かう事となっていた。
「お二人とも申し訳ありません。ただでさえ色々ご協力いただき、ご迷惑をお掛けしている上で、さらに国外への同行までお願いする事となってしまい」
出発の準備は完了している旨を告げた二人に対して、井神は礼と謝罪の言葉を発する。
「いえ、構いません。遠地であっても、転移陣の設置さえできれば、すぐに帰って来れますから」
「むしろ設置しにいくまでが大変だからね~。それがそっちの乗り物で送ってもらうと、あっという間だったし――なんか、これまでで一番この魔法活用できてるカンジ」
井神の言葉に対して、ディコシアはそれ等に支障無い旨を。そしてティは先日に、隊が制圧した野盗の根城に車輛で送ってもらい、転移魔方陣を接地しに向かった件を思い返してどこか気分よさげに発する。
「それに、こっちも色々してもらってるしね」
「昨日は、建付け直してもらったもんね」
続けて、二人はそう言葉を紡ぐ。
現在、スティルエイト家の所有領であるフォートスティート内に長期駐留、及び協力を要請している隊。その迷惑料ではないが、隊はスティルエイト家側に対して大は支援から小は細かな手伝いまでを、可能な範囲で提供していた。
そしてそれ等は、ディコシアやティ達に行為的に受け止められているようであった。
「そういっていただけると、助かります――さて、間もなく出発となります」
二人に対して礼を言った井神は、それから腕時計に目御落し、続けて準備の完了に近づく輸送ヘリコプターの方へ目を向けて発する。
「向こうまでの空路間は、この鷹幅二曹をお頼りください――鷹幅二曹、お二人を頼む」
井神は隣に立つ鷹幅の姿を示して促し、そして鷹幅自身に発し委ねる。
「了解です――ではお二人とも、搭乗をお願いします」
鷹幅は井神の言葉に返すと、ディコシアとティに求める言葉を発する。
「あ、あぁ。はい――しかし……」
そんな要請の言葉に返事を返しながらも、しかしディコシアはそこで戸惑う様子を顔に浮かべる。
「飛ぶんだよね……今から……」
続けて零すティ。
そして二人は視線の先に鎮座する、今から乗り込む事になるCH-47J輸送ヘリコプターを、神妙な面持ちを作りその目に収めた。
「各計器表示異常無し、操縦系動作良し――離陸準備良しだ」
CH-47J輸送ヘリコプターのコックピットでは、離陸飛行を控えての各種確認が行われていた。各所各部位に問題が無い事を確認し、副機長の維崎が報告の声を上げる。
「了解。得野、各員の退避は?」
維崎の声に、機長の小千谷が返す。そして小千谷は続けて、コックピットの背後に控える機上整備員の得野に、尋ねる声を発する。
「完了しています」
それに対して得野は、それまで臨時ヘリポート上の機体周辺で作業活動を行っていた各隊員が、すでに退避を終えている旨を告げる。
「よし、エンジン始動する」
得野からの安全の確認を得た小千谷は、発し、そしていくつかの操縦系を操作。それによりCH-47Jがその機体上に備える、二つのエンジンが始動された。
エンジン始動により、機体の持つ二つのローター、六枚のブレードがゆっくりと動き出し回転を始める。回り始めたローターは徐々にその回転速度を上げ、ヒュンヒュンという風を切る音が鳴り始める。そして程なくして風を切る音は轟音へと変化。激しい回転運動へと変わった二つのローターから発生する風圧が、砂埃を巻き上げ始めた。
「問題無し」
エンジンが始動され、各種動作に問題が無い事を確認し、その旨を声で示す小千谷。
「小千谷二尉」
そこへコックピット内へ、小千谷を呼ぶ声が聞こえ来る。小千谷が振り向けば、背後貨物室からコックピットに顔を出す、鷹幅の姿がある。
「搭載物資異常無し。各員、及び同行される二名も、着席を完了しています」
小千谷に向けて報告の言葉を紡ぐ鷹幅。
鷹幅は、今回の空路行程の間、移送される隊員及び物資の監督。そして同時に移送される、協力者であるディコシア達の引率を任されていた。
その鷹幅の報告を聞いた小千谷は、同時に背後貨物室へと目を向ける。
機体貨物室内はその大半が積載された多量の物資で占められ、わずかに余裕の残されたスペースには、数名の隊員と、そしてディコシアとティが座席に着席している姿がある。
ディコシアのティに関してはその顔を緊張で染め、体を固くしている様子が傍目にも見て取れた。
「了解――オールオーケー、離陸に問題無しだ」
鷹幅の報告と機内の様子から、小千谷は離陸準備が万全である事を確認。
それを言葉にしながら、コックピットへ向き直る。
「おい、今度は俺が飛ばす」
そこへ小千谷の横からぶっきらぼうな声が飛ぶ。コ・パイ席に座る維崎の物だ。
それは、先日のフライトでは操縦補佐に終始していた彼の、今回は自身が操縦を行う事を訴える言葉であった。
「別にいいが――今回はお客さんもいる、ヘタはうつなよ」
「言われるまでもない」
維崎に対して茶化すように言葉を飛ばす小千谷。それに対して維崎は、操縦桿を握り手元の計器類を操作しながら、仏頂面で静かに返した。
「頼むぞ――離陸する」
そんな維崎に小千谷は一言発すると、背後の貨物室にも届く声で、離陸の旨を発し上げる。
同時に維崎が操作により、始動していたエンジンのパワーをさらに上げる。
激しく回転していた二つのローターは一層その度合いを増し、そして揚力を発生させる。揚力は、積載物された荷物を含めて20tに届く機体を持ち上げ、機体はふわりと浮かび上がった。
「っ!」
「ひぁ……!」
機体の浮かび上がる感覚に、貨物室で座席に付いていたディコシアとティは、顔を強張らせ、または思わず声を零す姿を見せる。
「50フィートまで上昇。方位は020」
「020、了解」
コックピットでは小千谷が指示、指定する声を上げ、維崎は端的にそれを復唱する。
機体が上昇し一定高度まで達した所で、維崎はエンジンパワーを調整して上昇を止める。そして操縦桿、ペダル類等各操縦機器を操り、機体を旋回させる。
「020確認――行程開始する」
維崎は、先に指定された方位を機体が向いた事を確認。そして操縦桿を倒す。彼の操作を反映して機体は前傾姿勢へ移行し、前進を開始。
CH-47J輸送ヘリコプターは、目的地である草風の村を目指して航行を開始した。
スティルエイト・フォートスティートの宿営地を発したCH-47J輸送ヘリコプターは、それから順調な航行を続け行程を消化。現在は、先日隊が制圧無力化した、野盗達の根城が置かれていた森へと到達し、その上空空域を通過中であった。
そのCH-47Jの機内貨物室。その後方、ランプドアの付近には、そこに立ち眼下地上を眺める鷹幅の姿があった。彼の眼は、地上に広がる森及びその周辺地形の様子を移している。
森の外には、現在も森の駐屯している隊の一部隊の車輛が少数。他に、いくらかの馬や馬車、そして地上で活動する人の姿が見て取れた。
馬や馬車や人々は全て、先日隊が〝星橋の街〟を訪問した際にこの月詠湖の国より約束された、野盗の一件を引き継ぐための応援派遣部隊であった。森にはこの月詠湖の国の軍、及び警察組織である兵団や保安官が到着しており、現在は隊からの事態の引継ぎ、調整及び調査が行われている最中であった。
そしてそんな地上の兵団の人間や保安官達の多数が、今は上空――飛行通過中のCH-47Jへと視線を向けていた。
輸送ヘリコプターが森上空を通過する旨は、森に留まる隊を通じて彼等にも事前に通達周知されていた。その甲斐あってか地上の彼等に混乱などは見られなかったが、しかしそれでも、この世界には本来存在しない異質な飛行物体の飛来はどうしても注目された。
輸送ヘリコプター機上の鷹幅からも、おそらく驚いているであろう地上の人々の様子が見て取れる。そして鷹幅の横では、同様にランプドアの傍に立つ航空隊の空中輸送員の三等空曹が、視線を降ろしそして地上の人々に手を振っていた。
「……この距離を、一瞬での行き来を可能にするのか」
機が森の上空を通過し切った所で、鷹幅はそんな言葉を呟き零す。
鷹幅のその呟きは、今現在スティルエイト家からの協力を得て恩恵に預かっている、転移魔法能力について言及した物だ。
フォートスティートの隊宿営地と野盗達の根城であった森との間は、車輛を用いても少なくない時間を要する距離がある。しかし双方に設置された転移魔法陣は、その間を文字通り一瞬で往来する事を実現した。鷹幅は飛行行路で宿営地と森の両点の、実際の距離を知った上で、改めて転移魔法という物が驚異的な物である事を実感したのだ。
感心の含まれた呟きを零した鷹幅は、それから背後を振り向き、貨物室の大半を占める物資機材の、その向こうに目を向ける。
「ひぇぇ……」
「飛んでる……本当に……」
「しかも、かなり速くない……コレ……」
そこにディコシアとティの兄妹の姿が見えた。
鷹幅の感嘆した驚異的能力の持ち主であるその当人達は、しかし今は座席に身を固くして落ち着かない様子で座している。そして機体の窓の外を流れる景色を目に映しながら、鷹幅のそれ以上の驚愕の色を、その顔に表していた。
「お二人とも、大丈夫ですか?気分など悪くなったりはされていませんか?」
鷹幅は満載された物資機材の合間を縫って貨物室を渡り、そしてディコシアとティの二人の傍に歩み寄って、尋ねる声を発する。
「あ、えぇ……それは大丈夫です……」
「うん……正直、すっごく変な感じしてるけど……」
鷹幅の尋ねる言葉に、落ち着かなそうな顔色ながらも、問題は無い事を伝える二人。
「ハァーッハッハッ。これはまたなんとも、不思議な光景だ」
そんな所へ、異質な笑い声と言葉が飛んで聞こえ来たのはその時であった。
「え?」
「ほへ?」
唐突に聞こえ来たそれに、ディコシアとティ、そして鷹幅も声を辿り視線をそちらに向ける。
そしてディコシア達の座る座席の、対面より少し横にずれた位置。そこの座席に座す、一人の隊員の姿が目に入った。
目を引くのは、多くの陸隊隊員の戦闘服とは異なる、黒寄りの灰色を基調とした独特の迷彩戦闘服。そして何より、不気味な笑みを浮かべる大変に胡散臭そうなその顔。
〝多用途隊〟の隊員、旗上多士長であった。
「空間を飛び越える事を可能とする、摩訶不思議な術を持つ君達――だというのに、空を飛ぶ事にこうも初々しい姿を見せてくれるとは」
何の真似なのか、異様に芝居掛かった口調で、そして何やら面白そうに声を弾ませ、ディコシア達に言葉を投げ掛け紡ぐ旗上。
「えっと……だってねぇ……?」
「そうは言われても、転移魔法とはまるで感覚が違うからな……」
そんな旗上とその言葉を前に、ディコシアとティは戸惑いながら自身の抱いている間隔を口にする。
「旗上多士長、配慮を考えろ。お二人にとってもまた、航空機は異質な未知の体験、困惑されるのは当然だ。揶揄うような真似はやめろ」
困惑しているディコシア達に代わり、鷹幅が旗上に対して、少し厳しめの口調で咎める言葉を送る。
「こぉれは失敬失敬。誤解しないでくれたまえ。この摩訶不思議な世界に住まう人々にも、私達同様に未知があり、そして驚愕し感嘆する。――その事に私も少しばかり驚き、そして共通の感覚を持つという事を、うれしく思ったのだよ」
しかし咎める言葉をさして気に留めた様子も無く、旗上は変わらぬ胡散臭い芝居掛かった口調で、ディコシア達に向けて説明の言葉を紡いで見せる。
「は、はぁ……」
「そ、そうなのか……」
そんな旗上を前に対するディコシアとティは、困惑、というよりも若干引いた様子を見せていた。
「お前の心内などどうでもいいが――それよりも、その気味の悪い言い回しをするなと、お前は後何万回、私に言わせる気だ?」
そこへ淡々とした、しかし不快感がありありと現れた声が上がる。
各々は声を辿り視線を移す。そして旗上の対面に位置する座席。そこに座す、古い形式の迷彩戦闘服を纏う古参の隊員の――讐予勤が、その主であると判明する。
「鬱陶しい台詞に、何よりお前のその顔。不快以外の何物でもない」
讐はその印象の悪い陰湿そうな顔を、どこか白けた、それでいて険しい形に顰め、旗上に向けてその言葉を刺すように投げつける。
「ハッハッハァ。讐、君と比べて見れば、どちらにおいても優雅であるとすら、私は自覚しているがねぇ」
しかし刺すようなその言葉に旗上は、わざとらしく仰々しく笑い上げ、そして煽るように言葉を返して見せた。
「機上から叩き落とされたいのか」
煽りを受け、陰湿そうなその顔に讐は若干の凄みを利かせて、旗上に向けて静かに告げる。
「讐予勤ッ、旗上多士長も、それくらいにしておくんだ。お二人にいらない不安感を与える」
讐等の間を往来する異質なやり取りを、そこへ鷹幅が間に入って強引に遮り止める。そして鷹幅は、依然として引いた様子のディコシア達の存在を示し、咎める言葉を発する。
「おーっとお、失礼。あまり愉快でない演目となってしまったようだぁ。お詫びに、一つ心躍る物語でも語り紡ごうかぁ――」
「いやいい!静かに、着席していろ!」
鷹幅の咎める言葉を受けて、ディコシア達に向けて非礼を詫びる言葉を発した旗上は、しかし次にそんな提案を口にする。そして何か旗上はその口から、改まって語り始める様子を見せたが、直後に鷹幅が慌ててそれを差し止めた。
「ハーハッハァ。退屈を凌ぐに良い語りがあるのだが、残念だぁ」
旗上は言葉と裏腹に、変わらずの胡散臭い口調でそう発する。そして対面の讐は、呆れの混じった顰め面で、「フン」と一言吐き捨てた。
「はぁ……お二人とも失礼しました。この者等の事は、気にしないでください」
異質なやり取りの往来が終わり、機内貨物室を支配していた歪な空気が一応の鳴りを潜めた所で、鷹幅はディコシア達に向き直り謝罪の言葉を述べる。
「到着までにはまだしばらく掛かります。何かあれば、遠慮なく声をお掛けください」
「あ、えぇ」
「あ、はい」
そして二人にそう断り、付け加える鷹幅。すこし戸惑いがちに返された二人の返事を聞くと、鷹幅はその場を発ってコックピットの側へと向かって行った。
「……なんか、すごく変な人達だね……」
「あぁ……」
それを見届けた後に、ディコシアとティは讐等の姿を盗み見ながら、互いにしか聞こえない声で呟き交わし合った。
コックピットでは機長の小千谷と副機長の維崎が、操縦及び補佐等役割を担い、CH-47Jを事前に割り出した航路に沿って、飛ばし運んでいる。
「小千谷二尉、間もなく国境です」
そこへ鷹幅が貨物室より顔を出す。そして鷹幅は、機が程なく国境線を越え、隣国空域へ入る事を報告する。
「あぁ、確認してる。――各員、間もなく国境線を越える。警戒態勢厳に」
それに返す小千谷。
隣国、紅の国が不安定な情勢状況にある事は小千谷等も聞き及んでおり、小千谷は返事の後にヘルメット備え付けの無線を用いて発報。機内の各ポジションで警戒監視に当たっている、航空隊の各搭乗員の隊員に、いっそうの警戒姿勢に移るよう告げる。
「お客さんの様子はどうだい?」
発報の後に、小千谷は続けて鷹幅に、お客――ディコシア達の状態を尋ねる。
「やはり緊張はされていますが、気分などは悪くされていないようです」
「それは良かった。引き続き頼むよ」
「は」
返された鷹幅の大事無い旨の報告に、小千谷は零し、そしてお客のディコシア達を引き続き任せる鷹幅に任せる旨を発する。鷹幅はそれに了解の返事を返すと、貨物室へと引いて戻って行った。
「こんな単調で退屈なフライトで緊張を楽しめるとは、うらやましい事だ」
鷹幅がコックピットを去った直後に、コ・パイ席の維崎からどこか皮肉気な声が上がる。
操縦操作を機体状況に応じて、無駄の無い動作で正確に行い、そしてコックピットの風防越しに周囲へ油断のない視線を向けている維崎。しかし維崎は同時に、その顔に酷く退屈そうな色を浮かべていた。
「ははっ。音速を越えて飛んでいた人間は、言う事が違うな」
そんな維崎の零した言葉に対して、小千谷は少し揶揄うような口調で返す。
「お前、聞いてるぞ。T-2改を降ろされてヘリの課程に移されたそうだが、その姿勢で色々揉め事が絶えなかったようだな?」
しかし小千谷はそれから一拍置いた後に、少し声色を真剣な物にして、維崎に向けてそう投げかけた。
「そんな事もあったか」
自身の経歴について言及して来た小千谷の言葉に、しかし維崎当人は取り合い詳しく話す気はさらさら無いらしく、一言流すように返すのみであった。
「やれやれ――ともあれ、気を抜き過ぎる事はするなよ?」
「当然。退屈ではあるが、油断をする気はない」
小千谷は少しの困り笑いを浮かべながら吐き、そして忠告の言葉を発する。一方それを受けた維崎は、操縦に意識を向けながらも、冷たく端的に返す。
「ならいいがな。頼むぞ」
場所は再び草風の村へ。
集落の中を通り中心部へと続く道を行く、制刻、鳳藤、竹泉、多気投の姿がある。四名は、前列を制刻と鳳藤が、後列を竹泉と多気投が位置する雑把な隊伍を組んで歩いている。
今朝方に商議会側の放った偵察――リーサー達の捕縛を成して遂げた制刻等の組は、その後、集落周辺の哨戒任務に当たっていた。
そして今は別隊と交代してその任務を終え、元分隊へ合流復帰すべく、集落の中心部へと向かっている最中であった。
(……ひどいもんだ……)
進む四人の中で鳳藤が、表情を険しくし、内心で言葉を浮かべながら、周囲に目を配っている。現在この村の生存者達は皆、村の中心部に設けられた避難区域に集まり避難している。そのため今制刻等の進む周辺は人の気配がまるでなく、焼け焦げ落ちた各家屋だけが、痛々しいその姿を並べ、存在を訴えていた。
「つまり、先の見えねぇ村のお守りだろぉ?歓迎し難い事態になったモンだぜ」
そんな光景が広がる中で、竹泉の卑屈げな台詞だけが、響いて上がっている。
前方を行く制刻を相手に、発し上げられている竹泉の言葉。それは隊が長期的な村の防護を行う事となった事態に対して、苦言を呈する物であった。
「お前……物言いを考えろ。この集落は、こんなに酷い状況にあるんだぞ……!」
竹泉のその、村や村人に対する配慮を著しく欠いた発言に、それを見咎めた鳳藤は咎め釘を刺す言葉を放つ。
「あぁ失礼――だが、そんな表面ツラ取り繕ってる余裕も、あるたぁ思えねぇんだがよぉ?俺等も言っちまえば迷子同然、色々と有限の身だ」
しかし竹泉は咎める言葉に投げやりな詫びを返し、そして収まる様子の無い皮肉気な口調で言葉で、現状の懸念事項を説いて見せる。
言う通り、隊も実際の所は流浪の身であり、人員他キャパシティも有限である。
「その上で、今回は他所にすぐにはぶん投げられず、終わりの目途が見えねぇと来た」
「……これまでは各国地域の治安組織に状況を引き継いできたが、今回はそれが叶わないそうだな」
続け発せられた竹泉の言葉に、鳳藤も苦々しく呟く。
これまでは、隊は遭遇対処した各案件を、地元地域の治安組織に引き継ぐことで対応して来た。しかし今回の事態においては、それが叶わずにいた。
この紅の国の警備組織には事態の黒幕である商議会の息が掛かり、頼る事はできない状況にある。そして隣接する各国の各組織は、紅の国内外で定められた不可侵条約により簡単には介入ができないと言う。
これ等の事項から今の所、隊は孤立した草風の村を単独で長期的に防護する事を余儀なくされ、余裕のあるとは言えない隊の態勢を、さらに脅かしていた。
竹泉はそれ等の事柄を思い返しながら、説明の言葉にして並べて見せる。
「よくもまぁこんだけ面倒に、んで向こうっ側に都合よく進んだモンだよ。んでそんなゲロを俺等は自分から踏みに行っちまったワケだ」
そして最後の再び、皮肉気に吐き捨てた。
「色々ウェルカムしがてぇ状況だなぁ。なんか抉じ開ける手はねぇのかぁ?」
竹泉のそこまでの説明を聞き、横を歩く多気投がどこか面白くなさそうな口調で発する。
「手に入れるべきは、向こうの企みの証拠だ」
そんな所へ、前列を行く制刻から声が上がった。
「十分な証拠が揃えば、隣国は正当に介入できるらしい。そいつを掴むんだ」
制刻は他の三人に向けて訴えて見せる。
「証拠……?とは言うが……」
「フワっと言うがよ、なんのアテがあるってんだよ?」
しかしその言葉に、鳳藤は訝しむ声を上げ、竹泉は荒々しく返す。
「俺等が事態に割り行った事で、向こうの企みには亀裂が入った。それを取り繕うために、向こうは予定外の行動を取らざるを得ねぇはずだ」
そんな二人に制刻は説明。そしてその〝予定外〟の一例であろう、今朝方自分等が捕縛した、商議会が送り込んで来た偵察の人間達の事を上げて見せる。
「そいつを掴んで潰し、辿って行く。そうすりゃ奴等の動脈、心臓を引きずりだせるはずだ」
そう発し、そして制刻は「うまくいきゃ、引き千切り潰すこともな」と付け加える。
「そんなうまく行くモンかよ?」
一方の竹泉は、顔を顰めた懐疑的な色を浮かべている。
「やれるさ。やる以外はねぇ」
そんな竹泉に、制刻は端的に答えた。
「まぁ、それを解決策とすんのはいいんだけどよぉ?そいつがリミット内でなんとかならなかったらどぉすんだよ?」
竹泉はそこまで聞いた所で再び発する。
先にも述べられた通り、隊も決して余裕のある状況と言えない。商議会側の企みの証拠を掴み他国介入を実現できれば良いが、事態が長引けば最悪それよりも前に、隊が活動限界に達し村の防護を続けられなくなる可能性もあった。
「そんときゃ最悪、住人に村を放棄させて国外へ脱出させる。――陸曹方は、二次プランとしてそう考えてるそうだ」
その可能性を示唆する竹泉の問いかけに、端的に答えを述べる制刻。
「確かにそれが現実的な所か……しかし、村の人達は故郷を離れることはしたくないだろうな……」
それを隣で聞いた鳳藤は、難しそうな顔を浮かべて零す。
「言うてる状況かよ。そっちの方がはるかに負担が少ねぇ。俺はそのプランを推すね、なんなら今すぐにでもだ」
しかし竹泉は、心底面倒くさそうな口調でそう続けて見せた。村人達の心情を二の次にした発言に、鳳藤は竹泉を睨む。
「今のはあくまで最後のプランだ。まだ住民には口走るなよ」
「へぇへぇ、了解了解」
そして制刻の釘を刺す言葉。それに対して竹泉は片手をヒラヒラとさせながら、適当な返事を返した。
「邦人捜索の件もある。どっちにしろ、まだしばらくはこの国に居座る事になる」
「――……そういえば、私達がこの国に居座るのは問題ないのか?」
各員に聞かせるように発した制刻。その一部のワードを聞き留め、鳳藤が疑問の声を発したのはその時であった。
鳳藤は、この他国の組織の介入駐留を強く制限している紅の国国内で、同様に武装組織である自分等が居座っている事が、問題とされないのかを疑問視したのだ。
「どうだかな、色々考えられるが――」
それには竹泉が答える。
現在この世界においての隊は、この世界に帰属する国を持たない、定かでない立ち位置のまま流浪する正体不明の組織というのが現状だ。その隊の正体実態を紅の国商議会が掴み、定められた件の不可侵条約に当てはめ、対応を取るには手間と時間が掛かるであろう事を推測して見せる。
しかし直後に竹泉は別の可能性を提示して見せる。
隊はこれまで立ち入った各国家からは、漂流者、難民等の名目、及び国の安全に貢献する実績をもって、その存在及び滞在を看過されて来た。しかし今回の紅の国商議会と隊は、最早敵対も同然の関係性に踏み入っている。その状況下で紅の国商議会側は、正体不明の武装組織である隊を、国家に害成す領土侵犯存在と認定し、国家の権利及び義務として排除に掛かって来るであろう事は、想像に難くなかった。
いやそもそも、すでに水面下で様々な工作行為を行っているのが紅の国商議会である。
公な手段、訴えなど取れなくとも、国内に侵入した帰属国家の確認の取れない組織など、秘密裏に何らかの手を差し向けて対応して来るであろう事すら予想された。
「その面倒臭ぇ条約的には、グレーゾーン。だが、他の理由つけて何かしてくんのは、間違いねぇだろぉよ」
「近い内のさらなる衝突は避けられない……か」
竹泉が締めくくる言葉を発し、それを受けた鳳藤は、難しい顔で呟いた。
「そのジャパニーズらしい姉ちゃんサーチして、向こうさんのワルダクミを探る探偵ごっこに、アーンドバトルの二次会と来たかぁ。ヴィジーだなァッ」
ここまでの一連の会話や説明の内容を思い返し、多気投がどこか緊張感の欠ける声色で零す。
「事態に追われてんのは、向こうも同じさ」
そんな所へ、制刻が言葉を発する。
「向こうとの、立ち回りの勝負だ。うまく捌いて奴等の企みの上を行き、崩しリーチを掛ける」
続け、三人に向けて端的に発して見せる制刻。
「ハハァ。ディスりあいの、ラップバトルみてぇだなァッ」
「随分簡単に言ってくれる」
それを聞き、多気投が陽気に発し上げ、竹泉がどこかくたびれた様子で言葉を零した。
会話の区切りが付いたタイミングで、制刻等は避難区域となっている村の中心部に到着。
そしてその制刻等の視線の向こうに、こちらに向けて歩いて来る河義と策頼の姿が見えた。
「制刻、皆も。哨戒は終わったか」
「えぇ。今、上がったトコです」
河義は制刻等の近くへと歩み近寄って来ると、尋ねる声を発しかけて来た、制刻はそれに対して肯定の旨を答える。
「そうか。上がった直後ですまないが、間もなくヘリコプターが来る――」
河義は、物資機材等を積んだ輸送ヘリコプターが、間もなくこの村に飛来到着する事。さらにヘリコプターにはディコシアとティの兄妹が搭乗同行している事を告げる。そして物資資材の積み降ろし作業の支援、及び兄妹の迎えに向かって欲しい旨を、制刻等に伝えた。
直後には、河義のその言葉を証明するように、ヘリコプターの物であろうパタパタという音が、各員の耳に微かにだが聞こえ届いた。
「いいでしょう」
その音を聞きながら、制刻は河義に対して端的な了承の言葉を発する。
「すまない、策頼もそっちに合流させる。頼むぞ」
他にも作業等に負われているのだろう。河義はそこまで言い制刻に任せると、身を翻して小走りに去って行った。
「やぁれやれ。息つく暇もありゃしねぇ」
河義が立ち去るのを待ってかそれとも気にせずか、伝えられた指示に竹泉がそんな悪態を吐き上げる。
「臨時ヘリポートは、村の北側に用意されてるはずだ。行くぞ」
そんな竹泉の悪態を聞き流し、各員に促す制刻。そして合流した策頼を含む制刻等5名は、そのヘリポートを目指して再び歩き始める。
直後に、その制刻等の直上を、飛来したCH-47J輸送ヘリコプターが、ローターのけたたましい回転音を響かせながら、通過して行った。
草風の村より北に少し外れた地点。そこには地面に線と文字を描き応急的に拵えた、臨時ヘリポートが用意されていた。そして臨時ヘリポートから距離を少し離した周辺には、車輛といくらかの隊員が、作業及び不測の事態に備えて待機している。
そんな隊員等の見守る中、飛来したヘリコプターは臨時ヘリポートの直上に機体を運び、ホバリング状態に入る。完全なホバリングに移行したヘリコプターは、ゆっくりと高度を下げる。そして風圧で周囲の草を揺らし、砂埃を巻き上げながら、ヘリポート上にその巨体を着陸させた。
「ふぇー……」
「着いたのか……」
機体の貨物室で、座席に着いていたディコシアとティからそれぞれ声が上がる。
機体が地上へ降りた事で、二人は飛行航行の間、常にあった緊張状態をようやく解き、安堵の溜息を吐いて脱力する様子を見せていた。
「空を行く旅は楽しめかねぇ?銀の髪の少年少女達よ」
そんな二人に対して、旗上が怪しげな口調で聞き尋ねる。
「しょ、少年少女……」
「そんな呼ばれ方をされる歳じゃないんだけどな……」
自分達を呼び示した旗上のその言葉に、二人は困惑の声を零す。
「この者の言う事は聞き流してください」
そんな所へ鷹幅が割って入り、鷹幅は旗上を顰め面で見ながら、ディコシア達に向けてそう促す。
「お二人とも、降りますのでこちらへ」
そして鷹幅は二人に機を降りる旨を告げ、追従を求める。
鷹幅は二人を連れて、満載された荷物の隙間を縫って貨物室を通り抜け、後部ランプドアを踏んで機外へと降り立った。
機体の傍にはすでに大型トラックが乗りつけ、物資機材の積み降ろしに当たる隊員等が待機していた。鷹幅はその中の監督担当者である陸曹と、敬礼と挨拶を、その後に作業の段取りを交わし合う。それが終わると、隊員等は作業へと取り掛かり始めた。鷹幅の横を抜けてランプドアを踏み、隊員等は機内へと乗り込んでゆく。
「鷹幅二曹」
その様子を見ていた鷹幅の所へ、独特の重く鈍い声色で声が飛び掛けられる。
鷹幅がそれを聞き留め振り向けば、こちらへ歩いて来る一隊――制刻筆頭の4分隊各員の姿が見えた。
「制刻士長に――4分隊か」
制刻と各員の姿を見止め、その正体所属を確認するように鷹幅はそれを声に出す。
「えぇ。こっちに手を貸すように――それと、にーちゃんねーちゃんを迎えに来るよう言われて来ました」
制刻はその鷹幅に肯定の返事を返し、そして自分等が与えられている指示を伝える。
「あぁ。お二人はこちらだ」
それを聞き、鷹幅は背後で待っていたディコシアとティに振り向き、彼等の存在を示して見せた。
「こんなトコまで、ご苦労なこったな。んでもって、俺等はいつから異世界ブラザーズの保護者になったのやら」
そのディコシアとティの姿を見止め、いの一番にそんな皮肉気で気だるげな言葉を上げたのは、もちろん竹泉だ。
「顔を合わせるなりこれだもん。もうちょっと、愛想良く迎えるくらいしてくれてもいいんじゃない?」
最早とうに慣れたのか、竹泉のそんな言葉にティが呆れ混じりの、そして本心から期待はしていないといった様子の台詞を返す。
「そうだな、じゃあ再会を祝してワルツでも踊ろうかぁ?」
対する竹泉は、そんな卑屈な提案を言葉にして見せる。
「竹泉二士」
「いらん事を、垂れ流さんでいい」
そんな竹泉に対して、鷹幅が咎める口調を上げ、そして制刻が釘を刺す言葉を発した。
「でだ――にーちゃん、ねーちゃん。例の摩訶不思議の設置だが、今から掛かれそうか?」
それから制刻はディコシア達に向き直り、.要請と問いかけの言葉を彼等に投げ掛ける。
「あぁ、もちろん。到着したら、すぐに取り掛かるつもりだったからね」
その問いかけに、ディコシアは問題ない旨の言葉を返した。
「助かる――おぉし、策頼、竹泉。にーちゃん達に付いて、お守りや手伝い、面倒を見ろ」
ディコシアからの確認、了承を得、そして制刻は背後の各員へ振り向き、その中から策頼等二名をピックアップして指示を告げる。
「了」
「へーへー」
指示に対して、二人はそれぞれ返事を返す。
「剱と多気投は、俺とだ。積み降ろしに手を貸す」
「あぁ、了解だ」
「ヘィヨォ」
続け、残る鳳藤等に向けて告げる制刻。それに鳳藤等もまた返事を返す。
「おぉし、かかれ」
そして制刻は各員に向けて発する。それを合図に、各々はそれぞれ割り振られた役割に掛かって行った。
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