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チャプター8:「淡々と進む行程」

8-2:「デスヴォイスのち発覚&不思議で歪で胡散臭い」

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 数時間後。
 星橋の街での各種調達作業を完了した調達隊は街を後にし、空が橙色に染まりかけた頃に、個人所有領スティルエイト・フォートスティートへと帰還を果たした。
 調達隊が行程に出ている間に、スティルエイト邸の近くに設営されていた宿営地は、石油採掘施設により近い地点にある、開けた空き地空間へと移設されていた。これはスティルエイト一家側への配慮と、作業の上での利便性を考えた上での物であった。
 その移設され新たな活動拠点となった宿営地の一角で、集った普通科4分隊の面子の姿がある。調達活動を終え時間が与えられた彼等は、武器装備の整備等を始めとする必要な各作業に当たっていた。

「Vooooooooooooooooo!!」

 そしてそんな空間でけたたましい暴音、いや歌声が響いている。
 声の主は多気投だ。
 彼は自身の装備火器であるMINIMI軽機の分解整備を行う片手間に、傍らに置かれた携帯端末から大ボリュームで流れる音楽に合わせて、上機嫌に歌い散らかしていた。

「Oh,Yeahhhhhhhh!FoooooooooBabyyyyyyyyyyy!!」
「うっせぇんだよ多気投ェ!ちっとは静かにできねぇのかッ!」

 そんな多気投に、傍らに立っていた竹泉から苦情の怒声が飛ぶ。

「硬い事言うなよ、俺等しかいねぇんだからヨ。――Woooooooo!」

 しかし多気投はまったく悪びれる様子無く返すと、歌う事を再開する。

「……ったく」

 再び鳴り響き出した暴声に、竹泉は顔を顰めながら悪態を吐く。

「――でぇ、そっちはどうなってんだよ」

 そして竹泉は視線を多気投から外し、反対方向の一角へと向ける。
 竹泉等のすぐ側には、一つの業務用天幕が設営されていた。その入り口脇には策頼が立って内部を覗き、内部には河義の姿がある。
 河義の足元、天幕内の地面には大きな布が敷いて広げられ、その上にはインクを用いて複雑な文字列が書き連ねられ、それが大きな円形を描いている。
 ――その円形が描かれた布の上、何もない空間に次の瞬間、何の前触れも無く突如として人の体が姿を現した。

「ふぅ」

 現れたのは他ならぬディコシアとティであった。ティは降り立った布の上で小さく息を吐く。

「成功だな」
「よかった」

 そしてディコシアが言葉を零し、ティは安堵の声を零しながら、二人は円形の描かれた布の上から外れる。
 布の上に描かれた、文字列により形作られた円形。これは、ティの体得している空間の跳躍を可能とする転移魔法術を機能させるための、魔方陣だ。
 これは先日巨大蜘蛛との戦いの中で、竹泉等が体験した空間跳躍転移魔法と類似し、しかし異なる面を持つ物であった。竹泉等が体験した物は、発動時に術者であるティの存在が必要不可欠であるという面を持った。しかし今現在用意されている物は、魔方陣を描き常設する事により、これを用いる事で術者で無い者も転移を可能とする物であった。魔方陣を事前に転移の始終点に前もって用意する必要がある事と、魔方陣が用意された間でしか転移を可能としないという制限はあったが、それでもその利便性は重宝に値する物であった。
 そして隊は今まさにその恩恵に預かる事となっていた。
 フォートスティートの宿営地と制圧した森を結ぶアクセスを必要とした隊は、その所へ事情を知ったスティルエイト家側の協力の申し出を受け、転移魔法の能力支援を受ける事とした。
 ディコシアとティの身を車輛により一度制圧した森へと移送し、そこで転移魔方陣を接地。それは事前にフォートスティートの宿営地に設置された魔方陣と結ばれ、そして今、その二つの魔方陣を用いた転移の成功。宿営地と森を結ぶアクセスが開通された。

「指揮所へ。お二人の着地を確認、転移は成功です」

 その姿を確認した河義が、手にしていたトランシーバーに向けて言葉を発する。隊側は万一の不測の事態に備え、無線で各所と連携を取りながら、ディコシア達の転移を見守っていた。

「お二人とも、ありがとうございます」

 そして無事一連の手順作業を終えた二人に、河義は礼の言葉を発する。

「なんか、改まられるとそれはそれで変な感じだね」
「あぁ、何か過保護な感じまでしたし。そこまでしてくれなくてもって感じだったかな」

 河義や隊の姿勢に、二人はどこか落ち着かなそうに言葉を返す。

「すみません。しかし、ご協力いただいているお二人に、何かあってはなりませんから」

 そんな二人に、河義はそういった旨の説明を述べた。

「やぁれやれ、無事開通か。アクセスを不思議魔法に頼るたぁ、いよいよもってファンタジーに脚を突っ込みだして来たなぁ」

 そこへ天幕の外から皮肉気な声が聞こえ来る。それぞれが視線を向ければ、入り口から天幕内を覗き込む竹泉の姿があった。

「差がすごい」

 河義の畏まった態度に反した、竹泉の変わらぬ無礼な姿勢に、ティは呆れの混じった声を零す。

「竹泉――すみません、隊員が無礼を……」

 河義はそんな竹泉に咎める言葉を発し、そして二人に謝罪する。

「いや、別にいいよ。彼等には助けられた身だし」
「なんかもう慣れた」

 対してディコシアとティは、それぞれ気にしていない旨の言葉を河義に返した。

「すみません――遅くなってしまったな、ご自宅までお送りしましょう」

 河義は二人に言うと、振り返り策頼や竹泉へ向き直る。

「俺はお二人を送って来る。皆は、装備の点検を怠らないようにな」
「了解」
「了解了解」

 そして発された言葉に、各々はそれぞれ返す。

「お二人とも、行きましょう」
「えぇ、皆おやすみ」
「おやすみー」

 そうしてディコシアとティは各員に挨拶を告げ、見送られながら自宅へと戻って行った。



 場所は制圧された森へと移る。
 野盗達が根城としていた空間の一角に、業務用天幕が設営されている 
 その内部、地面にはいくつかのシートが引かれ、それ等はどれもが人の身長サイズで盛り上がっている。それ等は全て、野盗の襲撃行為の被害者と思われる人々の遺体であった。
 隊により回収されたそれ等の遺体は、後日状況の引継ぎに訪れるこの国の兵団へ引き渡される手はずとなっていたが、それまでの間、設営された天幕に一時的に安置されていた。
 そして安置された一つの遺体の前に、しゃがみ込む狼娘、チナーチの姿があった。

「エルコー、ニナム……セート……」

 視線の先に並んだ三つの遺体をその目に収め、旅の仲間であったそれぞれの名を口にするチナーチ。それぞれの体を覆うシートの上には、各々が所有していた貴重品類が、追悼品として置かれている。チナーチのすぐ側に安置されている、護衛剣士の青年セートの体の上には、彼が愛用していた剣が置かれていた。
 チナーチは、そのセートが愛用していた剣を遺体の上から取る。そして代わりに、自身の愛用していた剣を、彼の遺体の上に置き捧げた。

「もっと……もっとあたしは強ければ……!」

 悔いる言葉を吐き零すチナーチ。
 しばらくの沈黙の後に、彼女は立ち上がると、その腰に剣を差し収めて、身を翻して天幕を後にする。
 ――その時、腰に収めた剣に埋められた装飾の結晶が、微かに輝きを灯した事に、チナーチは気づかなかった。



「大丈夫?」

 天幕を出たチナーチを待っていたのは、小柄な一人の少女であった。チナーチの身を案じ、声を掛けて来る少女。
 デクラと名乗った少女は、昨日チナーチが目を覚まして以降、彼女につき切り、必要に状態や隊長を気にかけて来る。どうにも医者か何かのようだが、その詳細は依然として掴めぬままだ。

「あ、あぁ……大丈夫……」

 少女の言葉に返しながら、チラと周囲に視線を配るチナーチ。依然として掴めないのは、彼女の事だけではない。
 つい昨日まで野盗の根城であったはずのその空間は、立ち並んでいた掘っ立て小屋の多くが撤去され、代わりに不思議な荷車や、鉄で出来ていると思しき巨大な物体が、代わって我が物顔で鎮座している。時折緑を基調とした服装に身を包む者が、杖のような物を手に立ち構えていたり、何らかの作業に当たっている様子も見える。
 今日になって彼等の正体について改めて説明されたが、理解できない部分も多く、ニホンというどこか遠くの国の、軍隊(に類した組織であると、彼等は言う)であると言う事が、漠然と分かったのみであった。
 自分を救ってくれた事から、今の所害成す存在では無い事は理解できたが、それ以上に異質な部分が多く見られ、チナーチは未だどこか身構える事を止められないでいた。

「まぁ……すぐには無理だよね……」

 チナーチの大丈夫と返した声に、しかし少女はその内心を察したのだろう、そんな言葉を返してくる。

「しんどいトコ悪いけど、一度私達の宿営地に来てもらいたいんだ。魔法……?で移動できる準備も整ったみたいだし――」

 そして少女はそんな説明をする。
 どうにも彼等は別の地点にもっと大掛かりな拠点を設けているらしく、そことを結ぶ転移魔法の準備か完了した事。そちらの方が設備機材が充実しているため、念のためにそこでチナーチの体を詳細に診察したい事、等をチナーチに告げた。

「あぁ……構わないよ」
「ゴメンね、じゃあ行こっか」

 そんな少女にチナーチは承諾の言葉を返し、少女は促す言葉を発した。



 場所は再びフォートスティート内の宿営地。普通科4分隊の面子がたむろする一角。

「おい誰だ、発動発電機で携帯充電しやがったのは?アダプタそのまんまだったぞ」

 各員が集うその所へ、咎める言葉と共に制刻が姿を現した。その片手には、携帯端末用の充電器が持たれている。

「オォウ、俺っちだぁ!ワリィワリィ!」

 そんな尋ねる言葉に、引き続き歌声を高らかにしていた多気投が、それを中断して悪びれもしない様子で返す。

「私物の充電は、極力手動ダイナモを使えっつったろ」

 言いながら制刻は、その手の充電器を荒々しく多気投に投げ渡す。

「あぁ細けぇ――イチイチ手動でシャコシャコしてられっかよ」

 そんな咎める言葉を端で聞き、そして悪態を返しながらも、書物を片手に夜空を見上げる竹泉の姿がそこにあった。その書物は、昼間に掘り出し物屋で所望した、惑星、星系に関する記述が成された物であった。

「なんぞ、面白れぇモンでも見えるか?」

 制刻は竹泉の視線を追って夜空を見上げる。
 上空には、この世界に降り立って初めての夜にも観測された、それぞれ違う色の灯り方をする、この惑星の月と思しき三つもの衛星が。そして瞬くいくつもの星々が広がっていた。

「あの辺――ひん曲げた梯子みてぇな星座が見えるか?あれの隣にある、ちょい主張の激しいヤツ。あれがこの惑星のお隣を回る星、〝ハルージャ〟だと」
「ほう」

 竹泉が夜空の該当する星座や星を指し示しながら説明。それを追い、制刻が声を零す。

「俺等の世界で言うと、金星の立ち位置か?ああちなみに、この俺等が足を着いてる地べたはこの星系の内から五番目の惑星で、名前は〝アーウィ〟だとよ」

 続けて説明の言葉を発する竹泉。

「――本当に、別の宇宙に来たんだな」

 そして傍らで同様に夜空に視線を上げていた策頼が零す。
 自分等の立つ惑星が、そして上空に広がる宇宙が自分達の居た世界での物とは全く異なる物である事を知り、自分達が別の宇宙へと来てしまった事を漠然と感じた上での言葉であった。
 天体観測に興じていた各員だったが、そこへ傍らに、自分等以外の気配が増えた事を感じ取る。そして傍らに設営された業務用天幕へ視線を向ければ、その内部に設けられた件の転移魔法陣の上に、出蔵と狼娘チナーチが姿を現している様子を見止めた。

「わ――ホントに飛べた」

 転移魔法を用いて制圧された森の方から転移して来た出蔵は、その初めての超常的な体験に、驚き言葉を零す様子を見せている。

「彼女も一緒です」

 策頼がそこで、出蔵と共に現れたチナーチに言及して発する。

「丁度いい、例の件、聞いてみるとするか」

 そして制刻がそんな言葉を零し、制刻は天幕内から出て来た二人の前へと立った。

「出蔵、ちょいいいか?」
「あ、自由さん。お疲れ様です」

 天幕を出た所で出くわした制刻に対して、出蔵はそんな挨拶の言葉を返す。しかし一方のチナーチは、現れた制刻の禍々しい容姿を前に、表情を強張らせて身構える様子を見せた。

「あ――あぁ大丈夫だよ。少なくとも、君に害成す人じゃないから」

 そんなチナーチの言葉に気付き、出蔵がフォローする言葉を口にする。しかし困り顔出蔵がそう伝えるも、チナーチの表情は引きつったままであった。

「それで、用事ですか?」
「あぁ、そっちの狼のねーちゃんに、ちょいと聞きたい事がある」

 そして出蔵の返した言葉に、制刻は用件を発しながらチナーチを見る。歪その眼からの視線を向けられ、チナーチはより身を固くする。

「ねーちゃん。色々とあってきっつい所だろうが、ちょいとアンタに聞いときたい事がある」
「き、聞きたい事……?」

そんな彼女の心情を知ってか知らずか、端的に用件をチナーチにも告げる制刻。その要求に、いささか戸惑う声で返すチナーチ。

「血肉ト汁ト骨髄シボリダシッ!オマエノ死肉デラーメン一丁アガリ!ボウッ!!」

 そんな所へ両者の会話の開始を遮るように、よりテンションを上げた多気投の暴声が割り込んで来た。

「ッ!」

 聞こえ来た暴声にビクリと体を震わせ体毛を逆立たせるチナーチ。そして彼女は暴音の発生源である多気投を見止め、再び身構える様子を見せた。

「えーっと……」
「ちょいと待ってくれ」

 その光景に困り声を零す出蔵。そして制刻は断ると共にチナーチ等の前を一度外す。そして多気投の側に置かれた携帯端末を拾い上げ、操作して端末から流れ出る音楽を止めた。

「ウォゥ!?あんだよ!?」

 突然曲を止められ、多気投は驚きそして文句の言葉を上げる。

「この生きとし生ける騒音公害。今から大事な話をするんだ、静かにしてろ」
「アーォ、盛り上がって来た所だったのによぉ……!」

 制刻の忠告の言葉に、口を尖らせて不服そうに返す多気投。制刻はそんな多気投に携帯端末を投げて返す。

「あれ……?あの機械……?」
「ん?携帯がどうかした?」

 その時、チナーチが何かに気付く様子を見せた。その視線が多気投の携帯端末に向けられている事に気付き、出蔵がチナーチに向けて尋ねる。

「ケイタイ……ミトミちゃんが持ってた物と同じ……?」
「え?」

 チナーチのその発言に、疑問の声を上げる出蔵。

「同じって――」
「どういう事だ?」

 そして出蔵は尋ねる声を上げかけたが、戻った制刻がそれを遮るように発し、そしてチナーチの前に立った。

「ッ!」

 突然戻り迫った制刻のその容姿と圧に、チナーチは尻尾と耳をビクリと跳ね上げて、顔を再び強張らせる。

「あああ、自由さん……!」

 それを見た制刻が慌てて両者の間には入り、双方に少しの距離を作らせる。

「ねーちゃん、あれと似たようなモンを見たのか?」

 出蔵のそれを受けながらも、制刻はチナーチに向けて尋ねる言葉を掛ける。

「あ、あぁ……歌とかが流れ出る、あれに似た物を見せてもらった事がある……」
「そのミトミって人間にか?何者か、教えてもらえるか?」

 回答を返したチナーチに、制刻は続けて問いかける。
 しかしチナーチは答えていい物かと戸惑う様子を見せた。それを察した制刻は、先に自分の方から別の行動を起こして見せる事にした。
 制刻はポケットから財布を取り出すと、その中から一枚の100円硬貨を取り出す。そしてそれを手の平に乗せ、チナーチの前に提示して見せた。

「あ!それって……野盗達に持ってかれた……」
「いや、少し違ぇ」

 チナーチはそれを目にして何か気付く言葉を上げるが、制刻はそれを察し、そして否定する。

「ねーちゃんが持ってた硬貨は、今こっちで預かり保管してる。これはそれと同種の、だが別物の硬貨だ」
「え?それって……」

 そして手中の100円硬貨を見せながら、制刻は説明の言葉をチナーチに発する。それを聞いたチナーチは、微かに驚く様子を見せる。

「いいか?これは俺等の世界の、俺等の国で使用されてる通貨だ。それでだ、アンタが持ってた硬貨は、そのミトミって人間から譲られたモンじゃねぇか?」
「ッ!?」

 その言葉を聞き、チナーチの微かだった驚きは、より大きな物へと変わった。

「……確かに、その硬貨は紅の国の道中で出会った、ミトミちゃんから貰った物だよ……」

 チナーチは戸惑いを見せながらも言葉を発し始める。彼女はそのミトミという人物が、この地域では見ない容姿をし、服装、所有物などに不思議な箇所が多く見られた事。そして何より当人が、異世界より来たといった旨を話していた事を説明した。

「それって……!」

 チナーチのその言葉に、今度はそれを脇で聞いていた出蔵が、驚きの様子を見せる。

「同じ道具に硬貨……それに、よく見れば同じ黒髪……アンタ達、ミトミちゃんと同じ……!?」
「当たりだな。ねーちゃん、詳しく話を聞きたい」

 そしてチナーチも察しを付け、驚く声を上げる。それに対して、制刻は淡々と要請の言葉を発した。



 チナーチからもたらされた情報は、この世界に日本国の民間人が存在している事実を発覚させた。そしてチナーチから得られた情報からその民間人は、自分等とは違い単身この異世界に飛ばされて来た事。当人の話していたという状況から鑑みるに、それが当人も意図しない突発的な物であった事。迷い込んだ彼女は危険な状況に陥った所を、〝勇者〟一行に救われ、今はその者達に身を寄せて同行しているらしき事等が明らかになった。
 そして今現在、宿営地内で指揮所として使用されている業務用天幕内では、各陸曹が集っていた。各員の視線は長机上に置かれ、天幕天井から吊るされた光源に照らされる、この世界で入手された地図に落とされている。

「ここが今日、調達隊が訪れた星橋の街。そして越境してすぐの所にある風精の町――この町がそのチナーチさんが、おそらく邦人と思われるその人と別れた町か」

 地図上に記された各町を指し示しながら、長沼の発する言葉が響く。
 邦人の存在――それもその人物がこの世界に迷い込んだらしき事が発覚した以上、隊はそれを放っておくわけには行かなかった。
 少なくとも一度接触する必要があり、今現在はその邦人の足取りを予測すべく、陸曹等はそのために地図を睨んでいる最中であった。

「その先の細かい行路までは、チナーチさんにも分からないとの事だったな?」
「えぇ」

 長沼の問いかけの声に、河義が返す。
 チナーチによると、その勇者一行はいくつかの町を経由して、紅の国の北に存在する〝笑癒の公国〟という国を目指すと話していたそうであった。しかしそこまでにどの町にどの程度滞在するかまでは流石に不明との事であった。

「これは、少し厄介ですね……どんな行路を取り、今どの辺りを進んでいるのか……」

 河義は情報の不足に、その邦人の辿るルートの割り出しが、困難な物になりそうな事を懸念する。しかしそれに長沼は、「いや」と言葉を返した。

「その邦人と勇者一行は徒歩移動だそうだ。私達のように車輛での無茶は効かないはず。おそらく、近場の町や集落を結んだ経路を取るはずだ」

 そして発しながら、長沼は地図上に存在する町や集落を、トントンと指で指し示し結んで行く。

「ある程度は絞れる。それを頼りに、追いかけてみるしかないだろうな」

 そしてそんな旨の言葉を発した。

「懸念事項としましては、この紅の国という国の、内情でしょうか」

 そこへ河義が言葉を発する。
 現在隊が展開駐屯するこの地域の近くに存在する国境線。それを越えた先にある〝紅の国〟という名の隣国は、集められた情報によると、あまり安定した内情ではない国であるとの事であった。

「厄介に厄介が重なるな――赴かせる部隊には、またそれ相応の備えをさせる必要があるな」

 その事を聞き、思い返した長沼は重々しく呟き、そして発した。



 それからおよそ一時間後。場所は五森の公国内の高地野営陣地――改め五森分屯地。
 分屯地内の一角には応急的なヘリポートが設けられ、その場には航空隊のCH-47J輸送ヘリコプターが駐機鎮座している。そしてその近くには、武器や弾薬類を始めとした少なくない量の装備品が集積されており、今現在は数名の隊員が、それ等の確認作業に当たっている姿があった

「聞いたかね、讐(あだ)。この世界に、我らの同胞が迷い込んでいるかもしれないという事ではないか」

 そんな場の傍らから、何か奇妙な言い回しの声が上がり聞こえる。
 そこには、確認作業に当たる各員とは様相の異なる、一人の隊員らしき男性の姿があった。まず目を引くのは、他の陸隊隊員の者とは異なる色合いの迷彩服であった。陸隊各員の迷彩服が緑を基調とした物であるのに対して、その隊員の纏う物は黒寄りの灰色を基調とし、そしてエンジ色や淡い灰色を用いて荒い迷彩柄を描く物だ。
 これは、日本国〝多用途隊〟の隊員に支給される物であった。
 多用途隊――。陸隊、海隊、航空隊に並ぶ日本国隊内に編成される部隊である。他三隊のいずれへの割り振りも適切でないと判断された任務、業務を担当し、隊の体制を欠落無く完璧な物に保つ事を主たる目的とする。

「まこと、この世界での出来事は、我らを退屈させてはくれないようだ」

 そんな多用途隊の所属である男性隊員は、何か芝居掛かった仰々しい言い回しで、近くで確認作業に当たっている一人の陸隊隊員に話しかけている。ただでさえ独自の迷彩服装で周りから目立っている彼は、その上その妙な口調と、何より不気味なまでの胡散臭さを醸し出しているその顔立ち容姿から、凄まじく悪目立ちしていた。

「ああ、そうか」

 一方、そんな彼に話しかけられている陸隊の隊員――多用途隊の彼から讐という名で呼ばれた、予勤の階級章をその襟に付ける隊員は、手元のバインダーに視線を落したまま、静かな冷たい一言を返す。
 そんな讐もまた、多用途隊の彼程ではないが周囲の他の隊員とは異なる服装を纏っている。一部の隊員の着用する1型迷彩服や、多くの隊員が用いる2、3型迷彩服とも異なるそれは、67式迷彩服と呼ばれる古い服装装備であった。
 陸軍時代の後期戦車に用いられた物に似た、緑や枯草色、土地色からなり荒い迷彩柄を描くそれは、名の示す通り1960年代後半に1型迷彩服に先んじて採用された物であり、一時期1型迷彩服と並行して陸隊に主要装備として普及した。
 現在は2及び3型迷彩の普及で1型と並んで多くは姿を消しつつあるが、〝使える物は限界まで使え〟を謳い文句とする日本国隊では、未だに一部で使用され、その姿を拝むことが出来た。

「聞き及ぶにその同胞の少女は、この世界の選ばれし勇なる者達と旅路を共にしているらしい。先に出会い偵察隊が共に旅したと言う勇なる少年達の噺。賊や異形なる者たちとの戦い。姫君と騎士達と共にした戦。これに続き、心躍る冒険譚をまた聞くことができそうだ――」

 それぞれ異なる目立つ服装に身を包む二人の会話は続く。――いや、正しくは多用途隊の彼の、芝居掛かった一方的な独白が続く。彼はこれまで発出された各隊が遭遇経験し、もたらしたこの異世界での出来事を並べ思い返し、そして物語の続きを待ち望むような様子で言葉を紡ぎ続ける。

「――旗上(はたうえ)、お前は一人芝居で私の邪魔をしに来たのか?」

 そんな多用途隊の彼――旗上という名らしい隊員の、胡散臭い口調での語りについに痺れを切らしたのか、讐は確認作業を中断。その正直極めて印象の悪い、陰湿そうな顔立ちをさらに顰めて、旗上を睨んで冷たい声で発した。

「――おや、不快であったかな?私は新たな物語へのワクワクを、共有したかっただけなのだが」

 そんな讐の言葉を受けて、旗上は独白を中断。そして悪びれもしない様子でそんな言葉を返す。

「面倒な作業に当たっている横で、出来の悪い語りをベラベラ聞かされて、気分を害さない訳がないだろうが」

 対する讐は旗上との距離を詰めて、率直な思いを言い放った。

「讐、こっちは終わったぞ」

 そんな所へ、装備の確認作業に当たっていた別の隊員から声が掛けられる。

「あぁ――いいだろう。お前は高機を回してこい、終わった分から積載を始める」

 そんな隊員へ讐は指示を返す。
 彼等が確認作業を行っていたこれらの装備は、これより高機動車に積載され、その上でさらに高機動車ごと輸送ヘリコプターに搭載される手はずであった。
 隊は燃料対策やもたらされた邦人の存在発覚の報等から、活動の場の中心が隣国――月詠湖の国になるであろう事を見越し、さらなる増援の発出を決定。今彼等が確認を行っている多数の装備も、その一部であった。
 指示を出した隊員を見送った讐は、足元に並ぶのその多量の装備に目を落とす。

「まったく――忌々しい」

 そして零す。それは自身を煩わせる多数の装備。そして何よりこの異質な世界で立て続く、面倒な事態の数々に対して吐かれた物であった。

「暇なのなら、お前も手を貸せ」

 零した後に讐は、要求の言葉と共に手にしていたバインダーを、旗上の胸元に乱暴に叩き付けて押し付け渡し、そして身を翻す。

「おやおや、極めて不機嫌なようだ」

 旗上はそんな讐の背中を見ながら、バインダーを受け取った手を掲げ、ニヒルな動作と胡散臭い口調でやれやれと呟いた。
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日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

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