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チャプター5:「怒れるタイタン」
5-6:「巨大な衝突」
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制刻と策頼は、超巨大蜘蛛の注意が他所へと反れぬよう、距離に注意を払いながら森の中を駆ける。そして程なく森を抜け、再び湖際の崖上の、開けた場所へと出た。
そのまま二人は開けた場所の真ん中付近まで駆け、そしてそこで身を反転、翻し、自分等が今しがた出て来た森を睨む。
「竹泉、そっちは準備できてるだろうな?」
そして制刻はインカムで竹泉に向けて通信を開き、傍を流れる川の対岸へチラと視線を送る。
《出来てるよ。ヤツは釣れたのか?》
対岸に備える竹泉や多期投の姿が確認できると同時に、インカム越しに竹泉からの返答が来る。
「あぁ、すぐに来るだろう。備えろ」
制刻は竹泉からの通信に端的に返すと、視線を森の方向へと戻す。
「策頼、携帯放射器を」
「了」
そして制刻は策頼に指示する。
その指示を受け、策頼は手にしていたショットガンを降ろして下げ、代わりに背負っていた携帯放射器の発射筒を繰り出し構えた。
「――来たな」
その直後、制刻等の耳にそれは聞こえ来た。
最早聞き飽きたまでの音と、伝わりくる振動。
そして――
「――ギャァァァァッ!!」
森の境目の木々が薙ぎ倒され、吹き飛び、砂埃を舞い上げ、咆哮と共に超巨大蜘蛛がその姿を現した。
「怒れるタイタンのお出ましだ」
その姿を目にし、策頼が静かに呟く。
超巨大蜘蛛は森からその巨体を抜き出すと、その八本の脚を重々しく動かし、制刻の前へと音を立てて歩み寄って来る。
「よぉー、元気か?」
制刻は近寄って来た超巨大蜘蛛を見上げ、揶揄うようにそんな言葉を発する。
「ギュァァァァァァッ!!」
まるでそれに呼応するように、超巨大蜘蛛は、咆哮を制刻へと浴びせかける。そして直後に、攻撃のために一本の前脚を、思い切り振り上げた。
「さぁ、ビビってもらうとしようぜ」
しかしその直前に、制刻は発する。そして言葉を指示と受け取り、策頼は携帯放射器の発射筒ノズルを超巨大蜘蛛へと向け、そのハンドルを開く。
瞬間、ノズルから巨大な炎が放射され、超巨大蜘蛛の前面へと襲い掛かった。
「ギュァァァァッ!!」
突然浴びせられた炎に、超巨大蜘蛛は驚き怯み、攻撃動作を中断。前脚二本で体を庇い、そしてその身を数歩後退させる。
「――ギェァァァァァァッ!!」
しかし火炎放射は超巨大蜘蛛の体を表面をわずかに炙った程度で、致命傷を与えるには程遠かった。どころか、火炎放射はその感情を返って逆撫でしたのだろう、超巨大蜘蛛は眼下の二人に向けて、怒りの咆哮を上げた。
「おし、行け!」
だが、制刻は想定通りと言ったように発する。そして制刻の合図と同時に、二人は身を反転させ、超巨大蜘蛛と反対方向に駆け出した。
「ギェァァァァッ!!」
自身の前から逃げ出した二人の背に向けて、超巨大蜘蛛は怒り叫ぶ。その八つの脚をドスンと音を立てて踏み切ると、その巨体に見合わぬ速さで制刻等を追い飛び出した。
「来ました」
自分達を追って来た超巨大蜘蛛を、策頼は背後をチラと見て確認する。
「距離は、悪くねぇ」
そして自分達と超巨大蜘蛛との間の距離を見て、呟く制刻。
程なくして、二人は崖際へと到達。その場またも身を翻して崖を背にすると、迫りくる超巨大蜘蛛をその目に収める
「もうちょい――もうちょいだ――」
超巨大蜘蛛を睨みながら、横にいる策頼に向けて、抑えるように発する制刻。
「――今だッ!」
瞬間、制刻が声を上げ、その合図と同時に二人は左右へと駆け飛んだ。
制刻等を追う事だけに意識を取られていた超巨大蜘蛛は、そこで初めてその先が崖際である事に、そして制刻等の意図に気が付く。
「――ギュォォォォ!!」
崖の向こう、湖への落下コースを自身が辿っている事に気付いた超巨大蜘蛛は、直後にその前脚四本を思い切り地面に突き立て、自身の巨体にブレーキを掛けた。
勢いに乗っていたその巨体はすぐには止まらず、突き立てられた前脚と、動作を停止した後ろ脚は共に、引きずられて地面の大きな爪痕を描く。
しばらく引きずり進んだ所で、超巨大蜘蛛の体はようやく停止。その位置は崖際からギリギリの所であった。
「流石に、そう簡単にダイブしちゃくれねぇか」
退避した先で、その様子を眺めていた制刻は呟く。
超巨大蜘蛛はその八本の巨大な脚を器用に動かし、その巨体の旋回を開始する。
「良くない位置関係になりましたね」
策頼の発した声が、制刻に聞こえ来る。
超巨大蜘蛛に自ら湖へと突っ込んでもらうには、超巨大蜘蛛が崖側を背にしている位置関係は、制刻等にとっては都合が良いとは言えなかった。
「しゃぁねぇ。もっぺん煽って位置関係をまた変えるか――あるいはそのまま押し込むかだ」
策頼に対して、次の案を述べる制刻。
その間に超巨大蜘蛛はその体の旋回を完了させ、そして分かれた二人の内、制刻の方を向く。
「ギャォォォォ!!」
そして制刻目がけて咆哮を上げた。
「ご指名のようだな」
身を震わす、常人であれば萎縮してしまうような咆哮だったが、それを受けた制刻は淡々とそんな言葉を発して見せる。
《ヨォ、自由。蜘蛛ちゃんに懐かれたみてぇだなぁ》
そんな所へ、インカム越しに多気投の茶化すような声が飛んでくる。
「あぁ。生き物には、俺様の魅力がわかるのさ」
多気投からの言葉に、同様に冗談で返す制刻。
《言ってろ》
それに対して、今度は竹泉からの呆れ混じりの言葉が来る。
超巨大蜘蛛の体の一部で、爆炎が上がったのはその直後だった。
「ギェァァァァッ!!」
川の向こうにいる竹泉等からの、無反動砲による攻撃だ。
二度目の対戦車榴弾による攻撃をその身に受けた超巨大蜘蛛は、その顎をかっ開いて叫び声を上げる。
しかしその巨体は先と同様、多少なり炙られた物の、大きな傷ができる事は無く、それどころか態勢を崩す事すらしなかった。
「一歩引く事すらしねぇか」
その姿に制刻は、感心したような台詞を、しかしいつもと変わらぬ淡々とした様子で発する。
対する超巨大蜘蛛はその身を覆っていた爆炎が晴れると、再び制刻を見る。今の攻撃を制刻が行った物と誤認したのか、はたまた単純に近くにいる存在を優先したのかは不明だが、ともかく超巨大蜘蛛は制刻に狙いを定め、その前脚の内の一本を振り上げ、そして振り下ろした。
「っとぉ」
制刻は前脚が振り下ろされ、その軌道と着地点が確定した瞬間に、再び横へと跳躍。
退避した先で、先程まで自分がいた場所に、前脚が音を立てて突き立てられる光景を見た。
「自由さん。次、来ます!」
そこへ策頼からの警告の言葉が飛び込む。
超巨大蜘蛛はすかさず別の脚を振り上げて、それを今まさに振り降ろさんとする瞬間であった。
「あぁ」
しかし制刻は警告の言葉に端的に返すと、同時に踏み切り跳躍。
そして制刻が今までいた場所に、またも超巨大蜘蛛の前脚が、音を立てて落ちた。
「とぉ――どうした、そんなんじゃ退屈だぞ?」
制刻は退避した先で立ち上がり体勢を立て直すと、超巨大蜘蛛へ向けて挑発の言葉を投げかけた。
「ギャァァァァッ!!」
その挑発を理解したのか、それとも二度にも渡って攻撃が空振りに終わり痺れを、切らしたのか。超巨大蜘蛛は叫び上げると同時に、前脚四本を胴体の半身ごと持ち上げ、振り上げる。
しかしそれらが振り下ろされる直前、超巨大蜘蛛の胴体側面が、またも爆炎に包まれた。
《腹が丸出しだっつの》
そして制刻と策頼のインカムに、竹泉の声が聞こえ来る。
竹泉からの再びの無反動砲による攻撃であった。
前脚四脚と半身を振り上げている不安定な体勢にあった所への攻撃には、流石に平気とはいられなかったのだろう。超巨大蜘蛛は体勢を崩し、その攻撃のために振り上げた四本の前脚を、やむなく地面へと降ろしてその体を支えた。
《どうよ?流石にどっか穴空いたか!?》
そこへ再びインカム越しに、竹泉の声が聞こえ来る。
「いや。フラついたが、大した傷はできてねぇようだ」
《チッ、どこまでふざけてやがんだ!》
しかしそれに対して、制刻が超巨大蜘蛛の体を観察して返答。伝えられた結果に、竹泉からの悪態が聞こえ来る。
「だが、良いタイミングだった。普段から、そんくらい気を利かせたらどうだ?」
制刻は竹泉の攻撃が、超巨大蜘蛛の攻撃を阻害する良いタイミングの物であったことを称し、そして皮肉の言葉を付け加えて送る。
《それを期待してほしけりゃ、追加手当てが必要だねぇ。もしくは、お前の給料全部寄越せ》
それに対して、竹泉からは吐き捨てるような返答が返って来た。
視点は川の対岸の竹泉等へと移る。
《オメェにやるくらいなら、燃やして捨てるさ》
「あぁそうかよ」
インカム越しに返された制刻からの言葉に、竹泉は適当に返して通信を終える。
「ほれ多気投、次だ次!」
「全然くたばってくんねぇなぁ、化け蜘蛛ちゃん」
竹泉が多気投に向けて急かす言葉を発しながら、無反動砲への再装填作業を始める。そしてそれを受けた多気投も、対岸に視線を送り呟きながらも、竹泉の作業へ手を貸す。
「すごい……」
一方、竹泉等から少し離れた場所にある倒木の影に、ディコシアとティの姿があった。竹泉等から安全な場所へ身を隠すよう促された二人は、そこから戦いの様子を見守っていたのだ。
「あんな化け物を前にして……恐ろしくないのか……?」
ディコシアは超巨大蜘蛛を間近で相手取る、対岸の制刻と策頼を視線で追いながら、言葉を零す。
「さっきあの人……龍みたいに炎を吹いたよ……?」
ティはというと策頼を視線で追いながら、先程彼が行った火炎放射攻撃を、そのように言い表して見せた。
「おいお二人さん、下手に体を晒すな!バックブラストで黒焦げんなりてぇか!?」
そこへ、光景に目を奪われるあまり、倒木から身を乗り出しがちになっていた二人の元へ、竹泉から警告の言葉が飛ぶ。
「あぁ、すまな――皆、あれ!」
謝罪と共に引き込もうとしたディコシアとティだったが、しかし直後にディコシアが対岸を指し示して声を上げた。
「うひ!」
「チッ!」
ティが悲鳴を上げ、竹泉が舌打ちを打つ。
二度に渡る無反動砲の攻撃を受け、その発射元に気付いたのだろう。超巨大蜘蛛が、こちら側にいる竹泉等へと、その顔を向けていた。
「おーっとぉ!化け蜘蛛ちゃん、こっちに気付きやがったぜぇ!」
「やべぇか!?」
多気投が若干緊張感に欠ける声を上げ、竹泉が超巨大蜘蛛がこちらへ向かってくる可能性を鑑み、身構える。
しかしその瞬間、超巨大蜘蛛の巨体が炎に包まれる光景が、それぞれの目に映った。携帯放射器を操る策頼が、再び放射攻撃により炎を超巨大蜘蛛へと浴びせ掛けたのだ。
火炎放射を受けた超巨大蜘蛛はわずかだが怯む様子を見せ、そして再び対岸の制刻と策頼へと注意を向ける。
「よぉし、うまくやってくれたな。多気投、次だ次!」
「ヘイヨォ!」
超巨大蜘蛛の注意が反れた事に安堵した二人は、次の攻撃準備を再開する。
「これが……〝ニホン〟の軍隊……!」
そしてそれ等の様子を眺めていたディコシアは、その驚異的な光景の数々に、思わず言葉を零していた。
「よそ見は厳禁だ」
策頼が超巨大蜘蛛に向けて声を上げる。
彼は対岸の竹泉等へと反れた超巨大蜘蛛の注意を、自分達へと戻すために火炎放射攻撃を実施。超巨大蜘蛛の注意が再び自分達へと向いた所で、発射筒のハンドルを切って放射を停止した。
「ギュァァ――ギュァァァァッ!!」
超巨大蜘蛛は、火炎に怯む様子を見せたのも束の間。自身に攻撃を行って来た策頼へとその顔を向け、そして叫び上げる共に、前脚の一本を振り上げ、振り下ろした。
「ッ――」
策頼は、超巨大蜘蛛の前脚が振り下ろされた瞬間に、側方へ跳躍。
瞬間、今さっきまで策頼が居た場所へ、前脚の切っ先が突き下ろされた。
「――まだ来るか」
策頼は突き下ろされた前脚を、そしてそれを辿って超巨大蜘蛛の胴体を見上げる。
超巨大蜘蛛は策頼を追ってその巨体を旋回させ、そして再び前脚を振り上げた。
「来る――」
自分を狙う追撃に、策頼はそれを回避するための予備姿勢を取る。しかし超巨大蜘蛛の状態に、変化が見られたのはその時であった。
超巨大蜘蛛はその前脚を振り上げた直後、胴を支えていた脚の内の数本をガクリと折り、その体勢を崩した。そして直後に振り上げていた前脚を突き下ろしたが、それは策頼のいる場所とはまるで離れた所であった。
「体勢を崩した?――自由さん、これは」
超巨大蜘蛛の様子の変化を察した策頼は、制刻に向けて呼びかける。
「あぁ――竹泉、良い知らせだ。ハチヨンの攻撃は、全く通ってねぇ訳じゃぁ、ねぇらしい」
策頼の言葉に制刻は答え、そしてインカムを通して対岸の竹泉に向けて発した。
《見えてる。合計三発もぶち込んだんだ。外っ面は無傷でも、内臓まで無事とはいかねぇだろぉよ》
それに対して、竹泉は分析の言葉を返して寄越す。
竹泉の言葉通り、超巨大蜘蛛は外観こそ無傷に見えたが、三度に渡る対戦車榴弾の被弾により、その内側には軽くない損傷を受けているようであった。
「ギュォォ……ギャァァァァッ!!」
しかし半端に追い込まれた事が、超巨大蜘蛛を焦らせ、そして何より感情を逆撫でしたのだろう。
超巨大蜘蛛は複数の脚を地面に突き立て直して体勢を立て直すと、自分を奮い立たせるかのように方向を上げ、そして同時に前脚四本を半身ごと思い切り振り上げた。
「来るぞ!」
それを見た制刻は策頼に向けて声を飛ばす。そして超巨大蜘蛛がその四本の前脚を一斉に振り下ろした瞬間、二人はその場からそれぞれの方向へと跳躍。
直後、二人の近辺各所に、四本の前脚が次々に突き下ろされた。
「とぉ――無理やり押し込むにゃ、まだ元気過ぎるな」
退避先で超巨大蜘蛛の姿を見上げ、変わらぬその凶暴さから、呟く制刻。
一方の超巨大蜘蛛の攻撃は、その一回に留まらなかった。
超巨大蜘蛛は振り下ろした四本の脚を、引いて集め揃える。そして再び身を振り上げると同時に揃えた脚を広げ、広範囲に一斉に突き下ろした。
「ッ――」
「おっと」
幸い、突き下ろされた四本の脚は、全て制刻等の立つ場所からは外れた地点に落ちる。
しかし超巨大蜘蛛の攻撃はさらに続く。
再び突き下ろした四本の脚を引いて揃えた超巨大蜘蛛は、それを端から順に振り上げ、一本づつ連続的に突き出し振り下ろした。
「――自由さん。奴さん、すでに狙ってません」
「あぁ、余裕がねぇのかもな」
襲い来た攻撃を回避しやり過ごした二人は、言葉を交わす。
その攻撃が、狙いを定めた上で行われた物では無く、勢い任せの物であることは明白であった。
《ヨォ!ダメ押しの四発目行くぞォッ!》
そこへインカム越しに制刻等の耳に、竹泉の声が響く。
そして同時に、川の向こうで無反動砲のバックブラストが上がり、撃ち出された対戦車榴弾が超巨大蜘蛛目がけて飛来する。
――しかし、それが起こったのは次の瞬間であった。
超巨大蜘蛛は、その前脚の一本をわずかに動かした。
その行為自体は偶然の物であり、意図したものではなかったのであろう。しかし結果としてその前脚は、対戦車榴弾の射線を遮る形となった。
そして対戦車榴弾は前脚と接触。その段階では起爆せず、そして接触の影響で対戦車榴弾はその進路を変え、超巨大蜘蛛の直下の地面に落ち、炸裂した。
「ッ!」
「――っとぉ」
幸いにも制刻等に被害は無かったが、予期せぬ位置で上がった爆炎に、二人は思わず手で顔を庇う。
《オイ冗談だろ?どうなったんだ!?》
そして思わぬ位置での対戦車榴弾の炸裂に、それを放った竹泉から、インカム越しにそんな声が届く。
「脚に掠って軌道が反れたらしいな。竹泉、これ以降はもう少し慎重に狙え」
《どこまでもふざけてやがる!》
届いた声に対して制刻が説明と指示を返すと、了承の言葉の代わりに悪態が飛んで来た。
「ギャァァァァァッ!!」
一方の超巨大蜘蛛は、自らの直下起こった炸裂を脅しと受け取ったのか、それに返すように咆哮を上げる。
そして四本の前脚を、制刻等目がけて一本一本突き下ろす。さらにそこから連続動作で、脚を揃え集めて身を振り上げ、四本の脚を広げながら一斉に突き下ろした。
「――っと」
「おぉ、危ねぇ」
超巨大蜘蛛の繰り出した連続的な攻撃を、制刻と策頼は跳躍行動で回避する。
「ッ――どうやったらこのバケモノを押し込めるんだ?」
策頼は跳躍回避し着地した先で、超巨大蜘蛛の姿を見上げて呟く。
「確実に弱ってはいる。だが、何か決定打が必要だな」
動揺に超巨大蜘蛛を見上げて発した制刻は、そこからさらに周囲へと視線を配る。
「――おぉ?」
そして脚元に視線を落とした時、制刻は〝それ〟に気付いた。
彼等の脚元、周辺の地面に、いくつもの亀裂が走っている事を。
「自由さん、地面が」
策頼もそれに気づいたのだろう、制刻に向けて声を投げかけて来る。
「あぁ、こいつぁ使える――竹泉」
制刻は呟くと、インカムを用いて、竹泉へと呼び掛け始める。
「ヤツの脚元の地面に、もっぺんハチヨンをぶち込め」
《はぁ?なんだってまた――》
唐突に寄越された不可解な指示に、竹泉からは怪訝な声が返って来る。
「説明は後だ。やれ」
しかし制刻は端的に再び指示する。
《あぁ、わーったよッ!》
竹泉から、悪態じみた了解の言葉が返って来る。
そして直後、川の向こうでここに来て四度目のバックブラストが上がり、そして対戦車榴弾が飛来し着弾。超巨大蜘蛛の脚元で爆炎が上がった。
「――ギャァァァァッ!!」
炸裂により撒き散らされた熱と破片が超巨大蜘蛛の腹部を襲う。
致命傷とはならなかったが、それに対して苛立ちを覚えたのだろう超巨大蜘蛛は、怒り叫びあげると共に半身を振り上げ、制刻等目がけて、何度目かもしれぬ四本脚による一斉攻撃を突き下ろす。
――それが決定打となった。
「自由さん!」
「あぁ」
セオリー通りその攻撃を跳躍回避した制刻と策頼は、退避先で足元周囲に視線を落とし、言葉を交わす。
発生していた亀裂はその数を目に見えて増やし、瞬く間に周辺地面へと広がり走ってゆく。
ピシリピシリと何かが割れるような音が聞こえ、さらにズズ――と大きな何かがズレを起こしたような音が聞こえ来る――。
「退避だ!」
制刻が策頼に向けて張り上げ、二人は身を翻して飛ぶようにその場から駆け出す。
瞬間――制刻等と超巨大蜘蛛のいた崖際一帯が、亀裂に沿って、巨大な音を立てて崩落した。
水際で水気を含んでおり、さらに木々が生えておらず根等により繋ぎ止められていなかった崖際一帯の地面は、元々脆い状態にあったのであろう。
さらにその上幾度も超巨大蜘蛛の体重を乗せた攻撃を受け止め、極めつけは二度に及ぶ対戦車榴弾の着弾。
それ等の要素が積み重なり、耐えきれなくなった一帯は、ついに崩落したのだ。
「ギャァァァァ!!」
崩落地帯の真上に身を置いていた超巨大蜘蛛は、崩落に諸に巻き込まれた。
崩落し、雪崩のように背後の湖に落ちてゆく土砂に流され、その巨体を滑らせて行く。
「っと!」
「危ねぇ」
一方、制刻と策頼はギリギリの所で崩落地帯から脱し、崩落を間逃れた――かに見えた。
「――!、自由さん!」
しかしその時、策頼が声を張り上げる。
「――チッ」
そして制刻も事態に気付き、舌打ちを打つ。
制刻のすぐ側に、超巨大蜘蛛の伸ばした一本の脚の先があった。
超巨大蜘蛛が足掻きに伸ばした一本だ。
制刻は即座に背後へ飛ぼうとしたが、それよりもわずかに早く、伸ばされた前脚は制刻の近場の地面を突いて掻き、制刻の立つ周辺を崩落させた。
「自由さん!?」
策頼は崩落に巻き込まれた制刻の姿を追い、慌てて眼下へ視線を送る。
「ふざけやがってぇ!」
制刻は悪態は吐きながら、崩落によりできた斜面を、仰向けの姿勢で滑り降りていた。
流れ落ちる土砂に運ばれるように、制刻は数メートル程流される。
「おぉらッ」
しかし制刻はその途中で、弾帯に差しておいた鉈を抜いて繰り出し、それを斜面に突き立ててその身を停止させた。
「おぉ、やべぇやべぇ」
どうにかその場で身を留め、制刻は一息吐く言葉を零す。
「自由さん、無事ですか!」
そこへ頭上から、策頼の安否を問う言葉が聞こえてくる。
「一応な。愉快じゃねぇ、アトラクションだ」
それに対してそんな言葉で返しながら、制刻は眼下へと視線を送る。
視線の先、崩落によりできた斜面の下の方では、ギリギリの所でその前脚を突き立てて、湖への落下を逃れている超巨大蜘蛛の姿があった。
超巨大蜘蛛は、どうにかその位置から這い上がろうと前脚を必死に伸ばし突き立てているが、斜面の土は超巨大蜘蛛の体重を支えるには脆過ぎるようで、前脚を突き立てた傍から崩落してしまう。
さらには、今奇跡的に超巨大蜘蛛の脚を掴み支えている部分にも亀裂が走り、長くは持たないであろう事を現していた。
「ギシャァァァ!!ギュァァァァ!!」
超巨大蜘蛛は、その怒りと悔しさをぶつけようとしているのか、それとも何としても道連れにしようとしているのか、斜面の途中で留まっている制刻に向けて、叫び散らす。
「だいぶお怒りだな。楽しいダイビングを用意してやったのに、不満だったか?」
「ギャァァァァッ!!」
制刻の挑発が理解できるのか、超巨大蜘蛛は制刻を食い殺してやりたいと言わんばかりに、悍ましい口内を覗かせて、その顎をバクバクと動かして見せる。
「おぉ、気色悪ぃ。腹でも減ってんのか?」
そんな悍ましい光景を眼下に見ながらも、制刻は淡々と発して見せる。
「丁度いい。いいモンをやるよ」
制刻は言うと、残っていた数発の手榴弾を掴み出した。制刻は彼の持つ独特の大きく鋭い左手で、複数の手榴弾をまとめて握り、指先を器用に操り、手榴弾のピンをまとめて引き抜く。
そして大きく開かれた超巨大蜘蛛の口内目がけて、数発の手榴弾を放り込んだ。
「ギュォォ――」
手榴弾はいとも容易く超巨大蜘蛛の口内へと入り、そしてその暗い咽の奥へと消える。
そして――
「ギョォォォォォォ!!?」
ボゴォ――という鈍い炸裂音が響き、次いで超巨大蜘蛛の絶叫が上がった。
「ギョゴォォォ!!ギュォォォォ!!」
上がった絶叫は、それまでの咆哮とは違う、大きな苦痛を訴える物であった。
全くの無防備な体の内側からの手榴弾複数発の炸裂には、流石に〝彼〟も耐えられる物ではなかったのであろう。
苦しみのあまりか、前脚、後ろ脚を共に、最早何の考えも無くがむしゃらに動かし、藻掻く姿を見せる超巨大蜘蛛。
その大きな動きに耐えきれずに、超巨大蜘蛛の脚先を支えていた箇所が、ついに崩落した。
「ギャァァァァァァァッ!!!」
その巨体は崖際を離れ、超巨大蜘蛛はその腹を空に見せて、森中に響き渡るかのような叫び声と共に落下して行く。
そして眼下の湖へとその巨体を落とし、盛大な音と水柱、飛沫を上げた。
「ギャァァ……ギシャァァァ……!!」
湖に落ちた超巨大蜘蛛は、なお、沈むまいと死に物狂いの足掻きを見せる。
万全の状態であれば、その状態から復帰する事も不可能ではなかっただろう。しかし内外から爆発によるダメージを受け、その身に多大な損傷を負った今の〝彼〟にとって、水中に落ちた事は致命的な物となった。
「ギャァァ……!!ギュォォォォ……」
その胴は真っ先に水中へと沈んでゆき、水面から突き出て藻掻く姿を見せていた八本の脚も、次々に水面下へと沈んでゆく。
やがて全ての脚が水面下に沈み、超巨大蜘蛛はその巨体を、湖の中へと消した。
「――あばよ」
制刻は、完全に水中へと沈んだ超巨大蜘蛛に向けて、一言呟いた。
「よっと」
超巨大蜘蛛の最期を見届けた制刻は、弾帯に着けた鞘から銃剣を引き抜くと、先に突き立てていた鉈と共に、それ等をピッケル代わりとして、崩落によりできた斜面を登ってゆく。
「自由さん」
「悪ぃな」
そして上で待っていた策頼の手を借り、崖の上へと戻り上がった。
「肝が冷えましたよ――やりましたね」
「あぁ。サプライズだったが、結果オーライだ」
言葉を交わした二人は、再び眼下に視線を向ける。
超巨大蜘蛛の落下の影響で、湖は底に沈殿していたであろう泥が舞い上がり濁っていたが、それでもなお、そこに沈んだ超巨大蜘蛛のシルエットがはっきりと浮かんでいた。
未だ湖の底で藻掻いているのであろう、シルエットは蠢き、湖の水面は不規則に波打っている。
《どこまでしつけぇんだよ。どうする、止めにもぉ一発ぶち込むかぁ?》
川の向こうの崖際では、同様に眼下の湖へ視線を落とす竹泉等の姿が見えた。そしてインカム越しに、竹泉からそんな進言が送られて来る。
「必要ねぇ。じき、息絶える」
しかし制刻は竹泉の進言に否定で答え、そして再び眼下に視線を送る。
水面に浮かぶシルエットの動きは次第に鈍くなり、そしてついに息が続かなくなったのだろう、大きな気泡が水面に上がる様子が見えた。
「――許してくれとは言わない」
超巨大蜘蛛が息絶えたのであろうその光景に、策頼が静かに言葉を紡いだ。
「――終わったんですかね?」
そして眼下に向けていた視線を起こし、策頼は、事態がこれで一段落したのか勘繰る声を、制刻に向けて発する。
「ヤツの絶叫が響いてなお、新手が現れる様子はねぇ。少なくとも、近場にはこれ以上いねぇようだ」
尋ねて来た策頼に対して、制刻は推察を述べ、当面の脅威は去った物と結論付けた。
「皆、とりあえず終わったようだ、よくやった。異常はねぇか?」
そして制刻はインカムを通じて、竹泉等へ安否確認の言葉を送る。
《あぁ、俺等もこっちのブラザーズも問題ねぇよ。――やれやれ……とんだビックリドッキリアドベンチャーだったぜ……ッ!》
それに対して、竹泉からは悪態混じりの報告が、捲し立てられ返って来る。制刻が川の向こうへ目をやれば、竹泉と多気投、ディコシアやティ等四人の健在な姿が確認できた。
《――お?ヘイ竹しゃん、下見て見ろやぁ》
そこへ続けて、インカムから多気投の促す言葉が零れ聞こえてくる。
《でっけぇ木がいっぱいだぜぇ。あの辺なら、使えるんじゃねぇかぁ?》
川の向こうで竹泉等が崖下に視線を降ろす様子が見え、それに合わせて制刻や策頼も眼下へ視線を降ろす。
下に広がる湖の周辺には、これまで見て来た以上の巨木が生え揃っていた。
《あぁ、探す手間が省けたな。あのサイズなら施設のヤツ等の要求に足りるだろうよ》
インカムから竹泉のそんな呟きが聞こえ来る。
《だがよぉ自由。これ以上の作業は、全部明日以降にしてもらう事を強く要求するねぇ。これが通らなきゃ、俺はこの場で辞表を提出すっからなぁ!》
そして今度は制刻に言葉が向けられ、そんな訴えを竹泉は捲し立てて来た。
「オメェが辞めたかろうが知ったこっちゃねぇが、前半は尊重してやるよ。記録写真を撮って、撤収だ」
そうして制刻等はここまでに遭遇した巨大蜘蛛や超巨大蜘蛛、ゴブリンの群れ等を可能な限り記録として写真に収めた後、森から撤収した。
そのまま二人は開けた場所の真ん中付近まで駆け、そしてそこで身を反転、翻し、自分等が今しがた出て来た森を睨む。
「竹泉、そっちは準備できてるだろうな?」
そして制刻はインカムで竹泉に向けて通信を開き、傍を流れる川の対岸へチラと視線を送る。
《出来てるよ。ヤツは釣れたのか?》
対岸に備える竹泉や多期投の姿が確認できると同時に、インカム越しに竹泉からの返答が来る。
「あぁ、すぐに来るだろう。備えろ」
制刻は竹泉からの通信に端的に返すと、視線を森の方向へと戻す。
「策頼、携帯放射器を」
「了」
そして制刻は策頼に指示する。
その指示を受け、策頼は手にしていたショットガンを降ろして下げ、代わりに背負っていた携帯放射器の発射筒を繰り出し構えた。
「――来たな」
その直後、制刻等の耳にそれは聞こえ来た。
最早聞き飽きたまでの音と、伝わりくる振動。
そして――
「――ギャァァァァッ!!」
森の境目の木々が薙ぎ倒され、吹き飛び、砂埃を舞い上げ、咆哮と共に超巨大蜘蛛がその姿を現した。
「怒れるタイタンのお出ましだ」
その姿を目にし、策頼が静かに呟く。
超巨大蜘蛛は森からその巨体を抜き出すと、その八本の脚を重々しく動かし、制刻の前へと音を立てて歩み寄って来る。
「よぉー、元気か?」
制刻は近寄って来た超巨大蜘蛛を見上げ、揶揄うようにそんな言葉を発する。
「ギュァァァァァァッ!!」
まるでそれに呼応するように、超巨大蜘蛛は、咆哮を制刻へと浴びせかける。そして直後に、攻撃のために一本の前脚を、思い切り振り上げた。
「さぁ、ビビってもらうとしようぜ」
しかしその直前に、制刻は発する。そして言葉を指示と受け取り、策頼は携帯放射器の発射筒ノズルを超巨大蜘蛛へと向け、そのハンドルを開く。
瞬間、ノズルから巨大な炎が放射され、超巨大蜘蛛の前面へと襲い掛かった。
「ギュァァァァッ!!」
突然浴びせられた炎に、超巨大蜘蛛は驚き怯み、攻撃動作を中断。前脚二本で体を庇い、そしてその身を数歩後退させる。
「――ギェァァァァァァッ!!」
しかし火炎放射は超巨大蜘蛛の体を表面をわずかに炙った程度で、致命傷を与えるには程遠かった。どころか、火炎放射はその感情を返って逆撫でしたのだろう、超巨大蜘蛛は眼下の二人に向けて、怒りの咆哮を上げた。
「おし、行け!」
だが、制刻は想定通りと言ったように発する。そして制刻の合図と同時に、二人は身を反転させ、超巨大蜘蛛と反対方向に駆け出した。
「ギェァァァァッ!!」
自身の前から逃げ出した二人の背に向けて、超巨大蜘蛛は怒り叫ぶ。その八つの脚をドスンと音を立てて踏み切ると、その巨体に見合わぬ速さで制刻等を追い飛び出した。
「来ました」
自分達を追って来た超巨大蜘蛛を、策頼は背後をチラと見て確認する。
「距離は、悪くねぇ」
そして自分達と超巨大蜘蛛との間の距離を見て、呟く制刻。
程なくして、二人は崖際へと到達。その場またも身を翻して崖を背にすると、迫りくる超巨大蜘蛛をその目に収める
「もうちょい――もうちょいだ――」
超巨大蜘蛛を睨みながら、横にいる策頼に向けて、抑えるように発する制刻。
「――今だッ!」
瞬間、制刻が声を上げ、その合図と同時に二人は左右へと駆け飛んだ。
制刻等を追う事だけに意識を取られていた超巨大蜘蛛は、そこで初めてその先が崖際である事に、そして制刻等の意図に気が付く。
「――ギュォォォォ!!」
崖の向こう、湖への落下コースを自身が辿っている事に気付いた超巨大蜘蛛は、直後にその前脚四本を思い切り地面に突き立て、自身の巨体にブレーキを掛けた。
勢いに乗っていたその巨体はすぐには止まらず、突き立てられた前脚と、動作を停止した後ろ脚は共に、引きずられて地面の大きな爪痕を描く。
しばらく引きずり進んだ所で、超巨大蜘蛛の体はようやく停止。その位置は崖際からギリギリの所であった。
「流石に、そう簡単にダイブしちゃくれねぇか」
退避した先で、その様子を眺めていた制刻は呟く。
超巨大蜘蛛はその八本の巨大な脚を器用に動かし、その巨体の旋回を開始する。
「良くない位置関係になりましたね」
策頼の発した声が、制刻に聞こえ来る。
超巨大蜘蛛に自ら湖へと突っ込んでもらうには、超巨大蜘蛛が崖側を背にしている位置関係は、制刻等にとっては都合が良いとは言えなかった。
「しゃぁねぇ。もっぺん煽って位置関係をまた変えるか――あるいはそのまま押し込むかだ」
策頼に対して、次の案を述べる制刻。
その間に超巨大蜘蛛はその体の旋回を完了させ、そして分かれた二人の内、制刻の方を向く。
「ギャォォォォ!!」
そして制刻目がけて咆哮を上げた。
「ご指名のようだな」
身を震わす、常人であれば萎縮してしまうような咆哮だったが、それを受けた制刻は淡々とそんな言葉を発して見せる。
《ヨォ、自由。蜘蛛ちゃんに懐かれたみてぇだなぁ》
そんな所へ、インカム越しに多気投の茶化すような声が飛んでくる。
「あぁ。生き物には、俺様の魅力がわかるのさ」
多気投からの言葉に、同様に冗談で返す制刻。
《言ってろ》
それに対して、今度は竹泉からの呆れ混じりの言葉が来る。
超巨大蜘蛛の体の一部で、爆炎が上がったのはその直後だった。
「ギェァァァァッ!!」
川の向こうにいる竹泉等からの、無反動砲による攻撃だ。
二度目の対戦車榴弾による攻撃をその身に受けた超巨大蜘蛛は、その顎をかっ開いて叫び声を上げる。
しかしその巨体は先と同様、多少なり炙られた物の、大きな傷ができる事は無く、それどころか態勢を崩す事すらしなかった。
「一歩引く事すらしねぇか」
その姿に制刻は、感心したような台詞を、しかしいつもと変わらぬ淡々とした様子で発する。
対する超巨大蜘蛛はその身を覆っていた爆炎が晴れると、再び制刻を見る。今の攻撃を制刻が行った物と誤認したのか、はたまた単純に近くにいる存在を優先したのかは不明だが、ともかく超巨大蜘蛛は制刻に狙いを定め、その前脚の内の一本を振り上げ、そして振り下ろした。
「っとぉ」
制刻は前脚が振り下ろされ、その軌道と着地点が確定した瞬間に、再び横へと跳躍。
退避した先で、先程まで自分がいた場所に、前脚が音を立てて突き立てられる光景を見た。
「自由さん。次、来ます!」
そこへ策頼からの警告の言葉が飛び込む。
超巨大蜘蛛はすかさず別の脚を振り上げて、それを今まさに振り降ろさんとする瞬間であった。
「あぁ」
しかし制刻は警告の言葉に端的に返すと、同時に踏み切り跳躍。
そして制刻が今までいた場所に、またも超巨大蜘蛛の前脚が、音を立てて落ちた。
「とぉ――どうした、そんなんじゃ退屈だぞ?」
制刻は退避した先で立ち上がり体勢を立て直すと、超巨大蜘蛛へ向けて挑発の言葉を投げかけた。
「ギャァァァァッ!!」
その挑発を理解したのか、それとも二度にも渡って攻撃が空振りに終わり痺れを、切らしたのか。超巨大蜘蛛は叫び上げると同時に、前脚四本を胴体の半身ごと持ち上げ、振り上げる。
しかしそれらが振り下ろされる直前、超巨大蜘蛛の胴体側面が、またも爆炎に包まれた。
《腹が丸出しだっつの》
そして制刻と策頼のインカムに、竹泉の声が聞こえ来る。
竹泉からの再びの無反動砲による攻撃であった。
前脚四脚と半身を振り上げている不安定な体勢にあった所への攻撃には、流石に平気とはいられなかったのだろう。超巨大蜘蛛は体勢を崩し、その攻撃のために振り上げた四本の前脚を、やむなく地面へと降ろしてその体を支えた。
《どうよ?流石にどっか穴空いたか!?》
そこへ再びインカム越しに、竹泉の声が聞こえ来る。
「いや。フラついたが、大した傷はできてねぇようだ」
《チッ、どこまでふざけてやがんだ!》
しかしそれに対して、制刻が超巨大蜘蛛の体を観察して返答。伝えられた結果に、竹泉からの悪態が聞こえ来る。
「だが、良いタイミングだった。普段から、そんくらい気を利かせたらどうだ?」
制刻は竹泉の攻撃が、超巨大蜘蛛の攻撃を阻害する良いタイミングの物であったことを称し、そして皮肉の言葉を付け加えて送る。
《それを期待してほしけりゃ、追加手当てが必要だねぇ。もしくは、お前の給料全部寄越せ》
それに対して、竹泉からは吐き捨てるような返答が返って来た。
視点は川の対岸の竹泉等へと移る。
《オメェにやるくらいなら、燃やして捨てるさ》
「あぁそうかよ」
インカム越しに返された制刻からの言葉に、竹泉は適当に返して通信を終える。
「ほれ多気投、次だ次!」
「全然くたばってくんねぇなぁ、化け蜘蛛ちゃん」
竹泉が多気投に向けて急かす言葉を発しながら、無反動砲への再装填作業を始める。そしてそれを受けた多気投も、対岸に視線を送り呟きながらも、竹泉の作業へ手を貸す。
「すごい……」
一方、竹泉等から少し離れた場所にある倒木の影に、ディコシアとティの姿があった。竹泉等から安全な場所へ身を隠すよう促された二人は、そこから戦いの様子を見守っていたのだ。
「あんな化け物を前にして……恐ろしくないのか……?」
ディコシアは超巨大蜘蛛を間近で相手取る、対岸の制刻と策頼を視線で追いながら、言葉を零す。
「さっきあの人……龍みたいに炎を吹いたよ……?」
ティはというと策頼を視線で追いながら、先程彼が行った火炎放射攻撃を、そのように言い表して見せた。
「おいお二人さん、下手に体を晒すな!バックブラストで黒焦げんなりてぇか!?」
そこへ、光景に目を奪われるあまり、倒木から身を乗り出しがちになっていた二人の元へ、竹泉から警告の言葉が飛ぶ。
「あぁ、すまな――皆、あれ!」
謝罪と共に引き込もうとしたディコシアとティだったが、しかし直後にディコシアが対岸を指し示して声を上げた。
「うひ!」
「チッ!」
ティが悲鳴を上げ、竹泉が舌打ちを打つ。
二度に渡る無反動砲の攻撃を受け、その発射元に気付いたのだろう。超巨大蜘蛛が、こちら側にいる竹泉等へと、その顔を向けていた。
「おーっとぉ!化け蜘蛛ちゃん、こっちに気付きやがったぜぇ!」
「やべぇか!?」
多気投が若干緊張感に欠ける声を上げ、竹泉が超巨大蜘蛛がこちらへ向かってくる可能性を鑑み、身構える。
しかしその瞬間、超巨大蜘蛛の巨体が炎に包まれる光景が、それぞれの目に映った。携帯放射器を操る策頼が、再び放射攻撃により炎を超巨大蜘蛛へと浴びせ掛けたのだ。
火炎放射を受けた超巨大蜘蛛はわずかだが怯む様子を見せ、そして再び対岸の制刻と策頼へと注意を向ける。
「よぉし、うまくやってくれたな。多気投、次だ次!」
「ヘイヨォ!」
超巨大蜘蛛の注意が反れた事に安堵した二人は、次の攻撃準備を再開する。
「これが……〝ニホン〟の軍隊……!」
そしてそれ等の様子を眺めていたディコシアは、その驚異的な光景の数々に、思わず言葉を零していた。
「よそ見は厳禁だ」
策頼が超巨大蜘蛛に向けて声を上げる。
彼は対岸の竹泉等へと反れた超巨大蜘蛛の注意を、自分達へと戻すために火炎放射攻撃を実施。超巨大蜘蛛の注意が再び自分達へと向いた所で、発射筒のハンドルを切って放射を停止した。
「ギュァァ――ギュァァァァッ!!」
超巨大蜘蛛は、火炎に怯む様子を見せたのも束の間。自身に攻撃を行って来た策頼へとその顔を向け、そして叫び上げる共に、前脚の一本を振り上げ、振り下ろした。
「ッ――」
策頼は、超巨大蜘蛛の前脚が振り下ろされた瞬間に、側方へ跳躍。
瞬間、今さっきまで策頼が居た場所へ、前脚の切っ先が突き下ろされた。
「――まだ来るか」
策頼は突き下ろされた前脚を、そしてそれを辿って超巨大蜘蛛の胴体を見上げる。
超巨大蜘蛛は策頼を追ってその巨体を旋回させ、そして再び前脚を振り上げた。
「来る――」
自分を狙う追撃に、策頼はそれを回避するための予備姿勢を取る。しかし超巨大蜘蛛の状態に、変化が見られたのはその時であった。
超巨大蜘蛛はその前脚を振り上げた直後、胴を支えていた脚の内の数本をガクリと折り、その体勢を崩した。そして直後に振り上げていた前脚を突き下ろしたが、それは策頼のいる場所とはまるで離れた所であった。
「体勢を崩した?――自由さん、これは」
超巨大蜘蛛の様子の変化を察した策頼は、制刻に向けて呼びかける。
「あぁ――竹泉、良い知らせだ。ハチヨンの攻撃は、全く通ってねぇ訳じゃぁ、ねぇらしい」
策頼の言葉に制刻は答え、そしてインカムを通して対岸の竹泉に向けて発した。
《見えてる。合計三発もぶち込んだんだ。外っ面は無傷でも、内臓まで無事とはいかねぇだろぉよ》
それに対して、竹泉は分析の言葉を返して寄越す。
竹泉の言葉通り、超巨大蜘蛛は外観こそ無傷に見えたが、三度に渡る対戦車榴弾の被弾により、その内側には軽くない損傷を受けているようであった。
「ギュォォ……ギャァァァァッ!!」
しかし半端に追い込まれた事が、超巨大蜘蛛を焦らせ、そして何より感情を逆撫でしたのだろう。
超巨大蜘蛛は複数の脚を地面に突き立て直して体勢を立て直すと、自分を奮い立たせるかのように方向を上げ、そして同時に前脚四本を半身ごと思い切り振り上げた。
「来るぞ!」
それを見た制刻は策頼に向けて声を飛ばす。そして超巨大蜘蛛がその四本の前脚を一斉に振り下ろした瞬間、二人はその場からそれぞれの方向へと跳躍。
直後、二人の近辺各所に、四本の前脚が次々に突き下ろされた。
「とぉ――無理やり押し込むにゃ、まだ元気過ぎるな」
退避先で超巨大蜘蛛の姿を見上げ、変わらぬその凶暴さから、呟く制刻。
一方の超巨大蜘蛛の攻撃は、その一回に留まらなかった。
超巨大蜘蛛は振り下ろした四本の脚を、引いて集め揃える。そして再び身を振り上げると同時に揃えた脚を広げ、広範囲に一斉に突き下ろした。
「ッ――」
「おっと」
幸い、突き下ろされた四本の脚は、全て制刻等の立つ場所からは外れた地点に落ちる。
しかし超巨大蜘蛛の攻撃はさらに続く。
再び突き下ろした四本の脚を引いて揃えた超巨大蜘蛛は、それを端から順に振り上げ、一本づつ連続的に突き出し振り下ろした。
「――自由さん。奴さん、すでに狙ってません」
「あぁ、余裕がねぇのかもな」
襲い来た攻撃を回避しやり過ごした二人は、言葉を交わす。
その攻撃が、狙いを定めた上で行われた物では無く、勢い任せの物であることは明白であった。
《ヨォ!ダメ押しの四発目行くぞォッ!》
そこへインカム越しに制刻等の耳に、竹泉の声が響く。
そして同時に、川の向こうで無反動砲のバックブラストが上がり、撃ち出された対戦車榴弾が超巨大蜘蛛目がけて飛来する。
――しかし、それが起こったのは次の瞬間であった。
超巨大蜘蛛は、その前脚の一本をわずかに動かした。
その行為自体は偶然の物であり、意図したものではなかったのであろう。しかし結果としてその前脚は、対戦車榴弾の射線を遮る形となった。
そして対戦車榴弾は前脚と接触。その段階では起爆せず、そして接触の影響で対戦車榴弾はその進路を変え、超巨大蜘蛛の直下の地面に落ち、炸裂した。
「ッ!」
「――っとぉ」
幸いにも制刻等に被害は無かったが、予期せぬ位置で上がった爆炎に、二人は思わず手で顔を庇う。
《オイ冗談だろ?どうなったんだ!?》
そして思わぬ位置での対戦車榴弾の炸裂に、それを放った竹泉から、インカム越しにそんな声が届く。
「脚に掠って軌道が反れたらしいな。竹泉、これ以降はもう少し慎重に狙え」
《どこまでもふざけてやがる!》
届いた声に対して制刻が説明と指示を返すと、了承の言葉の代わりに悪態が飛んで来た。
「ギャァァァァァッ!!」
一方の超巨大蜘蛛は、自らの直下起こった炸裂を脅しと受け取ったのか、それに返すように咆哮を上げる。
そして四本の前脚を、制刻等目がけて一本一本突き下ろす。さらにそこから連続動作で、脚を揃え集めて身を振り上げ、四本の脚を広げながら一斉に突き下ろした。
「――っと」
「おぉ、危ねぇ」
超巨大蜘蛛の繰り出した連続的な攻撃を、制刻と策頼は跳躍行動で回避する。
「ッ――どうやったらこのバケモノを押し込めるんだ?」
策頼は跳躍回避し着地した先で、超巨大蜘蛛の姿を見上げて呟く。
「確実に弱ってはいる。だが、何か決定打が必要だな」
動揺に超巨大蜘蛛を見上げて発した制刻は、そこからさらに周囲へと視線を配る。
「――おぉ?」
そして脚元に視線を落とした時、制刻は〝それ〟に気付いた。
彼等の脚元、周辺の地面に、いくつもの亀裂が走っている事を。
「自由さん、地面が」
策頼もそれに気づいたのだろう、制刻に向けて声を投げかけて来る。
「あぁ、こいつぁ使える――竹泉」
制刻は呟くと、インカムを用いて、竹泉へと呼び掛け始める。
「ヤツの脚元の地面に、もっぺんハチヨンをぶち込め」
《はぁ?なんだってまた――》
唐突に寄越された不可解な指示に、竹泉からは怪訝な声が返って来る。
「説明は後だ。やれ」
しかし制刻は端的に再び指示する。
《あぁ、わーったよッ!》
竹泉から、悪態じみた了解の言葉が返って来る。
そして直後、川の向こうでここに来て四度目のバックブラストが上がり、そして対戦車榴弾が飛来し着弾。超巨大蜘蛛の脚元で爆炎が上がった。
「――ギャァァァァッ!!」
炸裂により撒き散らされた熱と破片が超巨大蜘蛛の腹部を襲う。
致命傷とはならなかったが、それに対して苛立ちを覚えたのだろう超巨大蜘蛛は、怒り叫びあげると共に半身を振り上げ、制刻等目がけて、何度目かもしれぬ四本脚による一斉攻撃を突き下ろす。
――それが決定打となった。
「自由さん!」
「あぁ」
セオリー通りその攻撃を跳躍回避した制刻と策頼は、退避先で足元周囲に視線を落とし、言葉を交わす。
発生していた亀裂はその数を目に見えて増やし、瞬く間に周辺地面へと広がり走ってゆく。
ピシリピシリと何かが割れるような音が聞こえ、さらにズズ――と大きな何かがズレを起こしたような音が聞こえ来る――。
「退避だ!」
制刻が策頼に向けて張り上げ、二人は身を翻して飛ぶようにその場から駆け出す。
瞬間――制刻等と超巨大蜘蛛のいた崖際一帯が、亀裂に沿って、巨大な音を立てて崩落した。
水際で水気を含んでおり、さらに木々が生えておらず根等により繋ぎ止められていなかった崖際一帯の地面は、元々脆い状態にあったのであろう。
さらにその上幾度も超巨大蜘蛛の体重を乗せた攻撃を受け止め、極めつけは二度に及ぶ対戦車榴弾の着弾。
それ等の要素が積み重なり、耐えきれなくなった一帯は、ついに崩落したのだ。
「ギャァァァァ!!」
崩落地帯の真上に身を置いていた超巨大蜘蛛は、崩落に諸に巻き込まれた。
崩落し、雪崩のように背後の湖に落ちてゆく土砂に流され、その巨体を滑らせて行く。
「っと!」
「危ねぇ」
一方、制刻と策頼はギリギリの所で崩落地帯から脱し、崩落を間逃れた――かに見えた。
「――!、自由さん!」
しかしその時、策頼が声を張り上げる。
「――チッ」
そして制刻も事態に気付き、舌打ちを打つ。
制刻のすぐ側に、超巨大蜘蛛の伸ばした一本の脚の先があった。
超巨大蜘蛛が足掻きに伸ばした一本だ。
制刻は即座に背後へ飛ぼうとしたが、それよりもわずかに早く、伸ばされた前脚は制刻の近場の地面を突いて掻き、制刻の立つ周辺を崩落させた。
「自由さん!?」
策頼は崩落に巻き込まれた制刻の姿を追い、慌てて眼下へ視線を送る。
「ふざけやがってぇ!」
制刻は悪態は吐きながら、崩落によりできた斜面を、仰向けの姿勢で滑り降りていた。
流れ落ちる土砂に運ばれるように、制刻は数メートル程流される。
「おぉらッ」
しかし制刻はその途中で、弾帯に差しておいた鉈を抜いて繰り出し、それを斜面に突き立ててその身を停止させた。
「おぉ、やべぇやべぇ」
どうにかその場で身を留め、制刻は一息吐く言葉を零す。
「自由さん、無事ですか!」
そこへ頭上から、策頼の安否を問う言葉が聞こえてくる。
「一応な。愉快じゃねぇ、アトラクションだ」
それに対してそんな言葉で返しながら、制刻は眼下へと視線を送る。
視線の先、崩落によりできた斜面の下の方では、ギリギリの所でその前脚を突き立てて、湖への落下を逃れている超巨大蜘蛛の姿があった。
超巨大蜘蛛は、どうにかその位置から這い上がろうと前脚を必死に伸ばし突き立てているが、斜面の土は超巨大蜘蛛の体重を支えるには脆過ぎるようで、前脚を突き立てた傍から崩落してしまう。
さらには、今奇跡的に超巨大蜘蛛の脚を掴み支えている部分にも亀裂が走り、長くは持たないであろう事を現していた。
「ギシャァァァ!!ギュァァァァ!!」
超巨大蜘蛛は、その怒りと悔しさをぶつけようとしているのか、それとも何としても道連れにしようとしているのか、斜面の途中で留まっている制刻に向けて、叫び散らす。
「だいぶお怒りだな。楽しいダイビングを用意してやったのに、不満だったか?」
「ギャァァァァッ!!」
制刻の挑発が理解できるのか、超巨大蜘蛛は制刻を食い殺してやりたいと言わんばかりに、悍ましい口内を覗かせて、その顎をバクバクと動かして見せる。
「おぉ、気色悪ぃ。腹でも減ってんのか?」
そんな悍ましい光景を眼下に見ながらも、制刻は淡々と発して見せる。
「丁度いい。いいモンをやるよ」
制刻は言うと、残っていた数発の手榴弾を掴み出した。制刻は彼の持つ独特の大きく鋭い左手で、複数の手榴弾をまとめて握り、指先を器用に操り、手榴弾のピンをまとめて引き抜く。
そして大きく開かれた超巨大蜘蛛の口内目がけて、数発の手榴弾を放り込んだ。
「ギュォォ――」
手榴弾はいとも容易く超巨大蜘蛛の口内へと入り、そしてその暗い咽の奥へと消える。
そして――
「ギョォォォォォォ!!?」
ボゴォ――という鈍い炸裂音が響き、次いで超巨大蜘蛛の絶叫が上がった。
「ギョゴォォォ!!ギュォォォォ!!」
上がった絶叫は、それまでの咆哮とは違う、大きな苦痛を訴える物であった。
全くの無防備な体の内側からの手榴弾複数発の炸裂には、流石に〝彼〟も耐えられる物ではなかったのであろう。
苦しみのあまりか、前脚、後ろ脚を共に、最早何の考えも無くがむしゃらに動かし、藻掻く姿を見せる超巨大蜘蛛。
その大きな動きに耐えきれずに、超巨大蜘蛛の脚先を支えていた箇所が、ついに崩落した。
「ギャァァァァァァァッ!!!」
その巨体は崖際を離れ、超巨大蜘蛛はその腹を空に見せて、森中に響き渡るかのような叫び声と共に落下して行く。
そして眼下の湖へとその巨体を落とし、盛大な音と水柱、飛沫を上げた。
「ギャァァ……ギシャァァァ……!!」
湖に落ちた超巨大蜘蛛は、なお、沈むまいと死に物狂いの足掻きを見せる。
万全の状態であれば、その状態から復帰する事も不可能ではなかっただろう。しかし内外から爆発によるダメージを受け、その身に多大な損傷を負った今の〝彼〟にとって、水中に落ちた事は致命的な物となった。
「ギャァァ……!!ギュォォォォ……」
その胴は真っ先に水中へと沈んでゆき、水面から突き出て藻掻く姿を見せていた八本の脚も、次々に水面下へと沈んでゆく。
やがて全ての脚が水面下に沈み、超巨大蜘蛛はその巨体を、湖の中へと消した。
「――あばよ」
制刻は、完全に水中へと沈んだ超巨大蜘蛛に向けて、一言呟いた。
「よっと」
超巨大蜘蛛の最期を見届けた制刻は、弾帯に着けた鞘から銃剣を引き抜くと、先に突き立てていた鉈と共に、それ等をピッケル代わりとして、崩落によりできた斜面を登ってゆく。
「自由さん」
「悪ぃな」
そして上で待っていた策頼の手を借り、崖の上へと戻り上がった。
「肝が冷えましたよ――やりましたね」
「あぁ。サプライズだったが、結果オーライだ」
言葉を交わした二人は、再び眼下に視線を向ける。
超巨大蜘蛛の落下の影響で、湖は底に沈殿していたであろう泥が舞い上がり濁っていたが、それでもなお、そこに沈んだ超巨大蜘蛛のシルエットがはっきりと浮かんでいた。
未だ湖の底で藻掻いているのであろう、シルエットは蠢き、湖の水面は不規則に波打っている。
《どこまでしつけぇんだよ。どうする、止めにもぉ一発ぶち込むかぁ?》
川の向こうの崖際では、同様に眼下の湖へ視線を落とす竹泉等の姿が見えた。そしてインカム越しに、竹泉からそんな進言が送られて来る。
「必要ねぇ。じき、息絶える」
しかし制刻は竹泉の進言に否定で答え、そして再び眼下に視線を送る。
水面に浮かぶシルエットの動きは次第に鈍くなり、そしてついに息が続かなくなったのだろう、大きな気泡が水面に上がる様子が見えた。
「――許してくれとは言わない」
超巨大蜘蛛が息絶えたのであろうその光景に、策頼が静かに言葉を紡いだ。
「――終わったんですかね?」
そして眼下に向けていた視線を起こし、策頼は、事態がこれで一段落したのか勘繰る声を、制刻に向けて発する。
「ヤツの絶叫が響いてなお、新手が現れる様子はねぇ。少なくとも、近場にはこれ以上いねぇようだ」
尋ねて来た策頼に対して、制刻は推察を述べ、当面の脅威は去った物と結論付けた。
「皆、とりあえず終わったようだ、よくやった。異常はねぇか?」
そして制刻はインカムを通じて、竹泉等へ安否確認の言葉を送る。
《あぁ、俺等もこっちのブラザーズも問題ねぇよ。――やれやれ……とんだビックリドッキリアドベンチャーだったぜ……ッ!》
それに対して、竹泉からは悪態混じりの報告が、捲し立てられ返って来る。制刻が川の向こうへ目をやれば、竹泉と多気投、ディコシアやティ等四人の健在な姿が確認できた。
《――お?ヘイ竹しゃん、下見て見ろやぁ》
そこへ続けて、インカムから多気投の促す言葉が零れ聞こえてくる。
《でっけぇ木がいっぱいだぜぇ。あの辺なら、使えるんじゃねぇかぁ?》
川の向こうで竹泉等が崖下に視線を降ろす様子が見え、それに合わせて制刻や策頼も眼下へ視線を降ろす。
下に広がる湖の周辺には、これまで見て来た以上の巨木が生え揃っていた。
《あぁ、探す手間が省けたな。あのサイズなら施設のヤツ等の要求に足りるだろうよ》
インカムから竹泉のそんな呟きが聞こえ来る。
《だがよぉ自由。これ以上の作業は、全部明日以降にしてもらう事を強く要求するねぇ。これが通らなきゃ、俺はこの場で辞表を提出すっからなぁ!》
そして今度は制刻に言葉が向けられ、そんな訴えを竹泉は捲し立てて来た。
「オメェが辞めたかろうが知ったこっちゃねぇが、前半は尊重してやるよ。記録写真を撮って、撤収だ」
そうして制刻等はここまでに遭遇した巨大蜘蛛や超巨大蜘蛛、ゴブリンの群れ等を可能な限り記録として写真に収めた後、森から撤収した。
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電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます
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28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。
勇者、聖女、剣聖――
華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
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『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
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【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
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これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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