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チャプター5:「怒れるタイタン」
5-3:「問題隊員無事確認」
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場所は制刻等のいる窪地へと戻る。
《生きてるわドアホウッ!勝手に殺してくれてんじゃねぇ!》
大型無線機の受音スピーカーから、竹泉の苛立ち混じりの声が流れ聞こえて来た。
制刻は再度竹泉への通信を試み、結果彼からの応答を受け取る事に成功した。
「無事なようだな」
《あぁ、一応な!今さっきまで、どえらい目に遭ってたトコだけどなぁ!》
制刻の問いかけに、竹泉の皮肉気な言葉が返って来る。
「どえらい目?皺共に襲われたか?それとも、蜘蛛のバケモノとやらか?」
「あぁ、そっちもすでに知ってるか。なんともうれしい事に、両方のお得なセットだよ!マジでヤバかっんだぞ!たった今さっきまで、蜘蛛のバケモンと鬼ごっこの最中だったんだ!」
質問の言葉に、竹泉は捲し立て返してくる。
「そいつぁ、大したもんだ」
それに対して、制刻は端的な皮肉の言葉を発する。
《うるせぇ。それとよぉ、こっちゃ逃げてる最中に、多気投とはぐれちまった》
「投(多気投)なら今さっき、こっちで拾った。大体何があったのかも、聞いた所だ」
《そうかい、なら是非とも早いトコ救出頂きたいモンだね。あのバケモン相手に、こっちだけじゃどうにもならねぇ》
竹泉は喚き立て、早期の回収の要請を寄越す。
「オメェ、ハチヨン(84㎜無反動砲)はどうした。その化け蜘蛛相手に、試さなかったのか?」
対戦車火器射手である竹泉は、84㎜無反動砲を装備しているはずであった。制刻はその事を尋ねる。
《んな余裕あるワケねぇだろ!ただでさえ鬼ごっこで必死だった上に、周りは遮蔽物だらけで射線も安全距離もスペースも確保できやしねぇ。おまけにこっちゃお一人様。悠長にノロノロ装填してたら自殺行為もいいトコだ!――ああ少し違った、お一人様ではなかったわ。足手まとい様が、もう一名追加だったな》
《あ、足手まといってあたしの事ッ!?》
竹泉がうるさく捲し立てたその後、無線の向こうから別の声が混じり、聞こえて来た。
「待った!今の声はティ――?妹は無事なのか!?」
その声が妹のティの者である事に気付いたディコシアが、横から言葉を挟んだ。
「竹泉、案内のねーちゃんもそこにいるのか?」
《あぁ!一々喚き散らかしてうるせぇのなんの――》
「んじゃ竹泉、ねーちゃんに一旦インカムを渡せ」
制刻は発されかけた竹泉の愚痴を抑え込み、指示を発する。
「兄ちゃん、これに向けて喋れ。そうすりゃ、向こうと会話ができる」
そして傍で通信を聞いていたディコシアに、大型無線機のマイクを渡した。
「あ、あぁ……――ティ、聞こえるか?」
ディコシアは戸惑いつつもマイクを受け取り、そして恐る恐るといった様子で、マイクに向けて声を発する。
《うわわっ!》
すると大型無線機の受音スピーカーから、ティの物と思われる声が流れて来た。
《すっごい、ほんとに聞こえて来た!兄貴の声だ!》
流れ聞こえて来るティの声は、無線機の機能に驚いているのか上擦り、そして何よりはしゃいだ様子であった。
「お、おいティ。大丈夫なのか?怪我はしてないか?」
《あ、えっと一応大丈夫。大変だったけど、怪我とかはしてないよ》
「そうか、良かった」
ティからのその報に、ディコシアは胸を撫でおろす。
《っていうかコレ凄いね!珍しい音声魔法だよ!詠唱や前準備も特に無しに、発動できるみたいだし!》
ティは初めての無線通信を体験し、大分はしゃいでいる様子であった。
「そ、そうか……」
そんな妹の様子に、ディコシアは少し困惑した声を零す。
《ねぇねぇ、これ他にもなんかできたり――》
《要点だけ言ったらはよ外せトロカス!まだ、ヤツの脅威は去ってねぇんだぞ》
《わわ!?》
しかしそこで竹泉の声が割り込み、そしてティの台詞は途絶えて雑音が入る。どうやらティに貸し渡されていたインターカムを、竹泉が強引に奪い戻したらしい。
そして受音スピーカーからは再び竹泉の声が響き出した。
《――とにかく!こっちだけじゃどうしようもねぇ。今は無事だが、早いトコ対策を打たねぇと、最悪末路は化け蜘蛛の腹ん中だぞ!》
「落ち着け。そっちは今、どの辺だ?」
竹泉の声に対して、ディコシアからマイクを返された制刻が答え、尋ねる。
《さぁな、見当もつかねぇ。あっちこっち逃げ回ったからな》
「見つけるのは、難しそうですね」
竹泉からの言葉に、策頼が横から言葉を挟む。
「信号弾上げますか?」
「得策じゃねぇな。こっちの位置が皺共にも知れて、またパーティーになる可能性がある」
策頼の進言に、制刻はしかしその危険性を発する。
「ハハァ!またトマト祭りと行くかァ!?」
多気投が陽気に言葉を発したが、制刻等はそれは無視した。
「兄ちゃん、この森ん中に、なにか合流の目当てになりそうな場所か物はねぇか?」
「目当てかい?この近くなら、南下すれば川が流れてるけど……」
制刻の問いかけにディコシアは答えるが、その言葉には難色が含まれていた。
「川を目指すにしても方角が分からないと……向こうは現在位置を見失っているんだろう?この深い森の中で、方角を調べるのは無理だし……」
「いや、方角なら竹泉の方でも分かる」
懸念の色を見せたディコシアに、しかし制刻は言う。そして自身の胸元から、方位磁針を取り出して見せた。
「それは――随分小さいけど、ひょっとして羅針盤の類かい……?」
「あぁ」
ディコシアの推測の言葉を、制刻は肯定して見せる。
「竹泉の方でも、これで方角は分かる。その川に出させれば、そのまま川に沿って合流できるはずだ」
「本当に色々できるね、君達は……」
ディコシアは、関心とも呆れとも付かない声を零した。
「竹泉。南下すれば川が流れてるらしい、そこを目指せ。川に出たら、その場で待機しろ。俺等の方で、お前等を川沿いに探して拾う」
制刻は竹泉に向けて無線越しに指示の言葉を飛ばし、そして自分等の方で彼等を捜索する旨を伝えた。
《あぁ、了解だ。是非とも急いでもらいたいモンだね》
「切るぞ」
制刻は竹泉の皮肉気な言葉は聞き流し、通信を終了した。
「それじゃ、俺等もその川を目指すぞ」
制刻は大型無線機を多気投に渡しながら、各員に向けて発する。
「所で、そのバケモノ蜘蛛にまた出くわしたらどうするんだ?君達で、なんとかできるのかい?」
そこへディコシアが懸念の声を発する。
「その化け蜘蛛とやらがどれほどの脅威度なのか掴めねぇが、竹泉に合流すれば対戦車火器が使える。それで相手してみるしかねぇ」
発する、制刻は多気投に視線を向ける。
「投。予備弾はちゃんと持ってんな?」
「あぁ。栄えあるハチヨン射手である竹しゃまに代わって、たーっぷり持ってるぜ」
問いかけに対して、多気投はふざけた調子で言って見せる。
「よく分からないけど……策はあるんだね?」
「竹泉に、盛大な花火を上げてもらうとしよう」
やり取りに、ディコシアは少し不安げにしながらも発し、続けて策頼が呟いた。
「時間が無い、行くぞ」
そして制刻が促し、各員は窪地を後にし、川を目指して南下を始めた。
視線は再度、竹泉等の元へと移る。
二人は救援に来た制刻等との合流を目指し、森の中を南下し進んでいた。
「糞見晴らしが悪ぃな……」
竹泉は愚痴を吐きながらも、周囲に警戒の目を向け、時に手にした方位磁針に目を落としながら、脚場の悪い森の中を、一定のペースを維持して歩み進んでいる。
「ちょ…待ってよ……!」
しかし同行者であるティは、ペースを維持できずに、竹泉のやや後方を息を切らしながら歩いていた。
「ったく、もうちっとキビキビ動けねぇのか?この森はオメェさんのホームじゃねぇのかよ?」
一度歩みを止めて振り向き、追いついて来たティに対して呆れた言葉を零す竹泉。
「ぜぇ……しょうがないじゃん!あたし正直あんまり体力ある方じゃないし……!それに普段、長い距離の移動には、転移魔法使ってるから……」
「あぁ、そういやそれだ。その転移魔法とやらで、この森から脱出できねぇのか?」
転移魔法の言葉を聞いた竹泉は、ティに向けて尋ねる。
「使えなくはないけど……目視できない場所へ飛ぶのは、その場所に何があるか分からないから危険が伴うよ?昨日、兄貴にもやるなって注意されたばっかりだし……」
しかしティは、そんな説明を返した。
「んなリスクがあんのかよ」
「事前に転移魔方陣を接地しておけば、遠地でも安全に飛べるけど……」
「あぁもういい、素直に自由等と合流すっぞ」
「むぅ」
あしらうように言った竹泉に、ティは不服そうに声を零す。
その後二人はしばらく進み、やがて森を抜けて件の森の中を通る川へと出た。出た先はそれなりに開けた砂利場が広がっており、その向こうにはそれなりの幅がある川が流れていた。
「やっと出たぁ……」
やっとの事で森を抜け、ティは零しながら膝に両手を付く。
「ヘッド自由、聞こえっか?こちら4-2竹泉。こっちゃ森を抜けて川に出たぞ」
一方の竹泉は、インカムを用いて制刻へと通信を送る。
《オーケー、俺等が到着するまで、そこで待機してろ。その間、十分警戒しろ》
「わーってる、そっちこそ急げよ」
通信を終えると、竹泉は川沿いの砂利場へと出て周辺を見渡す。辺りは開けており視界は良かったが、その分遮蔽物も少なかった。
「こっちはこっちで、良い事ばかりの環境とも言えねぇな」
そうぼやく竹泉。彼が自分等に向けられた害意を察知したのは、その次の瞬間だった。
「――ッ!隠れろ!」
「え――わっ!?」
竹泉はティを側にあった岩の影へと突き飛ばし、そして自らもそこへと飛び込む。
森の方向から手斧が飛来し、二人が身を隠した岩に音を立てて命中したのは、その直後であった。
「ぐぇ――な、何すんの――!?」
岩場に強引に転がり込まされたティは、抗議の声を上げようとする。
「顔を出すなッ!」
「ふんぎゃッ!」
しかしティは竹泉に頭を押さえつけられ、砂利場に顔をうずめた。
「――チッ!」
岩の影から慎重に視線を出し、自分達が出て来た森の方向を確認する竹泉。
そして複数匹からなるゴブリンの群れが、森から湧き出て来る姿をその目で確認した。
「厄日だぁ……」
一方、砂利に顔を埋めたティは、しくしくと悲し気な言葉を零している。
「嘆くのは後にしろ!皺共が森から湧いて出て来やがった!」
「またぁ!?」
「応戦する。オメェは顔出すなよ!」
竹泉はティに忠告すると、ホルスターから再び9mm拳銃を抜き、構えて照準を覗き、ゴブリン達へ向けて発砲を開始した。
最初の発砲音が響くと共に、森を出てこちらへ向かって来ていたゴブリンの内の一体が、9mm弾により撃ち倒される。
「次、お前だ!」
竹泉は次の個体へ向けて照準を付け、再び引き金絞る。しかし撃ち出された2発目の9mm弾は、命中弾とはならなかった。
そのゴブリンは開けた砂利場の上で、左右に素早く跳躍しながらの前進を始めたのだ。
「野郎ブサイク、ちょろちょろすんなッ!」
竹泉は照準方法を変更し、ゴブリンが次に身を置くであろう予測地点に照準を付けて、再び発砲。予測射撃は功を成し、ゴブリンの跳躍先と9mm弾の弾道は合致。
ゴブリンは自ら弾を受けに行く形となり、9mm弾をその身に受けて、その場に崩れ倒れた。
しかしその間に、ゴブリン達はさらに森から出てきて数を増し、数の暴力で竹泉等へと迫っていた。
「ひぇぇ、いっぱい来たぁ!」
「あぁ畜生、どんだけいんだよ!手持ちの弾も少ねぇ――こいつぁやべぇぞ!」
狼狽する声を上げるティ。
そして竹泉はゴブリン達の数と、自身の保有弾数を鑑み、自分達が不利な状況に置かれた事を察し、首元に一筋の汗を垂らした。
竹泉等のいる地点から、川を遡り数十メートル地点。
竹泉等と同様に川沿いに出て、川に沿い下流に向かって進む制刻等の姿がそこにあった。
「自由さん、この音」
「あぁ」
先頭を行く策頼が声を上げ、制刻がそれに答える。
彼等の耳に、散発的な乾いた破裂音が届き聞こえていた。
「この音は――」
「竹泉の、武器の音だ」
訝しむ声を上げたディコシアに、制刻は説明する。
「竹しゃんが戦ってんのかぁ?」
「だろうな。近い、行くぞ」
多気投の推測の言葉を肯定し、そして制刻等は音の方向に向けて駆け出す。
少しの間川沿いを下り進むと、やがて視線の先に、岩の影に身を隠す人影と、それに相対するゴブリンの群れが各員の目に映った。
「ヘイ、見ろやあれ!」
「いたぞ二人だ!」
多気投と策頼が同時に声を上げる。
「走れ!その先でカヴァーしろ!」
制刻の上げた声と共に、各員は接近速度を上げる。
そして交戦距離まで近づくと、周辺の遮蔽物とできる岩や倒木に、その身を隠した。
「竹泉、無事のようだな、今、そっちの側面に到着した」
倒木にカヴァーした制刻は、インカムを用いて竹泉に向けて呼びかける。
《やっとかよ!こっちゃケツに火が付いてんだ!とっととブサイク共をなんとかしてくれッ!》
呼びかけに対して、竹泉から若干焦った様子での返答が返って来た。見れば、竹泉等の元へ群がるゴブリンの数は、両手ではとても脚りない程に増幅していた。
「待ってろ――投、森から出て来る皺共に向けて、撃ちまくれ!」
制刻は隣で位置取っている多気投に向けて指示を送る。
それを受けた多気投は、MINIMI軽機を倒木の上に乗せて構える。
「オゥイェーーッ!」
そして掛け声と共に、引き金を引き、発砲を開始した。
次の瞬間響き出した連続的な発砲音と共に、無数の5.56㎜弾がMINIMI軽機の銃口から吐き出され、弾幕が形成される。
そして弾幕は、一様に竹泉等を目指して突貫していたゴブリン達に、側面から容赦なく襲い掛かった。
突然横殴りに撃ち込まれた数多の5.56㎜弾の雨に食らいつかれ、ゴブリン達は「ギュギュッ!」「ギヒッ!」等と言った悲鳴を上げ、次々と血を噴き出し、なぎ倒されてゆく。
「よぉし、お前はここで支援射撃を続けろ。策頼、竹泉等んトコまで行くぞ」
「了」
制刻は多気投に支援射撃の継続を指示し、次いで策頼に竹泉等の元までの移動を指示する。
「俺も行く!」
「なら、姿勢を低く保て」
申し出たディコシアに、制刻は忠告する。
「行くぞ」
そして制刻等はそれぞれ身を隠していた倒木、岩陰を飛び出し、竹泉等の元へと走り出した。
ゴブリンの内の数体が、飛び出して来た制刻等に注意を向けたが、しかしそんなゴブリン達は、直後に多気投のMINIMI軽機の餌食となり、なぎ倒された。
「すごい……」
走りながら、その様子を横目に見て、思わず呟くディコシア。
制刻、ディコシア等は支援を受けながら駆け、竹泉等の身を隠す岩陰へと到達し、飛び込んだ。
「よぉ、元気か?」
「やっと来やがったか!」
岩陰に飛び込みカヴァーし、竹泉に向けてそんな言葉を掛ける制刻。
対する竹泉は、すぐ側まで迫っていたゴブリンを9mm拳銃で撃ち抜きながら、悪態で返した。
「ティ、無事か!?」
「な、なんとか……」
同様に岩場に飛び込んだディコシアは、そこに妹の姿を確認し、安否を尋ねる声を掛ける。それに対してティは、いささか疲弊した声で答えた。
「ファンが大量だな。知らぬ間に、大人気じゃねぇか」
「羨ましいか?こんなファンは願い下げだよボケタレ」
制刻の揶揄う言葉に、竹泉は心底鬱陶し気な口調で返す。
「じゃ、あの世へお帰りいただくとしようぜ――策頼」
「了」
発した制刻は、自身の小銃を用意しながら、策頼に促す。
そして二人は岩陰から最低限身を乗り出し、それぞれの装備火器を構えてゴブリン達を狙い、発砲を開始した。
すぐ傍まで迫っていた複数のゴブリン達は、突如として威力を増した正面火力に、射抜かれ、押し留められる事となった。
「どぉーだい!鉛の雨は心地良だろォ!?ブッサイク共ォ!」
そして側面からは多気投のMINIMI軽機による支援射撃を継続されており、ゴブリン達は十字砲火に晒される事となる。
次々に悲鳴を上げ、倒れてゆくゴブリン達。
しかし未だその手数は多く、ゴブリン達は数に物を言わせた攻勢を止めようとはしなかった。
「おかしい。ここまで仲間がやられてるのに、まだ迫って来るなんて……」
その凄惨な光景に、岩陰からそれを眺めていたディコシアは、そんな言葉を零す。
「しつけぇし、多すぎる!1匹みたら30匹かこいつ等!?」
そして忌々し気な声を上げる竹泉。
「塊り出してんな。策頼、手榴弾放り込め」
「了」
制刻の指示を受け、策頼はサスペンダーに下がる手榴弾を掴んでピンを引き抜き、そしてゴブリンが特に密集している部分に向けて、投擲した。
群れの中に放り込まれた手榴弾は、設定された起爆時間に達すると同時に、炸裂。
複数匹のゴブリンを、その真ん中からまとめて吹き飛ばし、ゴブリン達の体を宙に舞い上げ、そして血肉と悲鳴を撒き散らせ、上げさせた。
「うわッ!?」
「ひぇッ!?こ、今度は爆炎魔法……!?」
炸裂と、巻き上げられたゴブリン達を目の当りにし、ディコシアとティは驚きの声を上げる。
手榴弾攻撃を境に、ゴブリン達は攻勢の勢いを減じ始めた。
森からの新手も途絶え、その上に各銃火を受けてゴブリン達はみるみる内にその数を減らしてゆく。
「――そこだ」
策頼が、肉薄を仕掛けて来た一体のゴブリンを、自身のショットガンで仕留める。
そのゴブリンが倒れたのを最後に、制刻等の近場に、攻撃を仕掛けようとしてくるゴブリンの姿は無くなった。
森と砂利場の境目付近には、未だに数体のゴブリンが健在だったが、ゴブリン達は流石に形勢不利を察したのか、身を反転させ、森の中へと引いて行った。
敵性存在が完全に姿を消した事により、各員の射撃も止み、先頭は停止。
各火器の射撃音が鳴りを潜めたその場には、川のせせらぎだけが再び響き出した。
「奴さん達、引いて行ったようです」
森の方を観察しながら、策頼が報告の声を上げる。
「集まれ。策頼、引き続き森を見張ってろ」
「了」
制刻は各員へ集合と、策頼に監視を指示する。
そして側面から支援攻撃を行っていた多気投がこちらへ合流し、全員がその場に集合した。
「ヨォー!竹しゃぁん!感動のご対面だな!」
「あぁそうだな、この感動の場面に合うBGMが欲しい所だよ、カスッタレ」
揚々と、しかしどこか揶揄うように声を掛けて来た多気投に、竹泉は皮肉の込められた言葉で返す。
「あ、兄貴~……」
一方、ティは自らの兄にフラフラと縋り寄ると、その体にパタリともたれ掛かり、身を預けた。
「だ、大丈夫か?」
「走り回って、ぐってりだよぉ~……」
「……相変わらず体力が無いなお前は」
「……酷い」
無事再開を果たした兄からの、やや辛辣な一言に、ティはそう零して脱力。ディコシアの胸中に顔を埋めた。
「お兄さんよぉ?以降、そいつのお守りはお前さんが頼むぜ?もうこりごりだ!」
「あ、あぁ……」
そんな所へ、竹泉がディコシアに向けて訴え、ディコシアは困惑混じりの声でそれに答えた。
「……しかし、妙だな。ゴブリンが森にいることもだけど。それ以上にどうしてここまで……?」
そしてディコシアは、散らばる多数のゴブリン達の死体へ目を落としながら、そんな言葉を呟いた。
「どうした?」
それを耳に留めた、制刻が問いかける。
「あ、あぁ。俺も今日まで、情報としてしかゴブリンの事は知らなかったんだけど――」
ディコシアは説明を始める。
ゴブリンは凶暴性を有する魔物ではあるが、利口な頭を持ち、本来であれば脅威度の高い相手と遭遇した際には、大きな犠牲を出す前に、早急に引いてしまう事が多い種族であるという。
しかし今回のゴブリン達は、明らかな脅威である制刻等の分隊を相手に、過度なまでの執着を見せ、そして結果ここまでの少ないとは言えない犠牲を出していた。
その事を、ディコシアは妙に思ったのだ。
「突然、いねぇはずのこの森に現れた事と言い、何かイレギュラーな事が起こってるようだな」
「あぁ……」
制刻の発した推測の言葉に、ディコシアは神妙な顔を作りながら、同意の言葉を返す。
しかしそこへ、竹泉が言葉を挟んで来た。
「よぉ?考察は後にして、とっととズラかろうぜ!ボヤボヤしてっと、じきに――」
少し急かすように発する竹泉。しかし直後、彼の声を遮り、〝それ〟は聞こえ来た。
「げ!?」
「うひ!?」
ズゥゥン――という振動。そして音。
「今のは何だ」
「奴だよ――バケモノさ――!」
制刻の問いかけに、竹泉は答える。
森の奥から聞こえ来る振動音は次第に近づき、大きくなり、その間隔は狭くなる。
同時に、ミシリ、ミシリ、と木々が悲鳴を上げて倒れているであろう音が聞こえ来る。
森と砂利場の境目に並ぶ木々が勢いよく倒される。そして――
「ギシャァァァァァッ!!」
――咆哮と共に、巨大蜘蛛が各員の前に、再びその姿を現した。
「なッ!?」
「ッ!」
その姿を始めて目の当たりにしたディコシアや策頼は、驚愕の様子をその顔に浮かべる。
「あぁ、糞ッ!」
「ひぇぇ!」
「ワァォッ!おいでなすったぜぇッ!」
そして竹泉やティ、多気投は、巨大な脅威との再会に、それぞれ声を上げる。
「――ギャァァァァァァッ!!!」
姿を現した巨大蜘蛛は、その頭部に多数備えた眼で各員の姿を見ると、一帯に向けて先以上の方向を上げた。
「ぐッ!」
「ひぅ……!」
咆哮は周辺の空気をビリビリと振動させ、ディコシアやティはその強大な方向に気圧される。
「――うるせぇ虫だな」
そんな中、制刻だけはいつもと変わらぬ淡々とした口調で、そんな感想を発して見せた。
「おいオメェ等。ボケっとしてんな」
そして制刻は各員に、端的な声で、しかし檄を飛ばす。
「竹泉、策頼、お前等でハチヨンを準備しろ」
まず制刻は、竹泉と策頼に84㎜無反動砲の準備を指示。
「了!」
「あぁ糞、やりゃいいんだろ!」
「多気投、予備弾を」
指示を受け、竹泉はその場に片膝を付いて、自身の肩に背負っていた84㎜無反動砲を降ろす。そして策頼は多気投から予備弾の袋を受け取り、弾薬を取り出して準備を始める。
「兄ちゃん、ねーちゃん。二人は遮蔽物に、隠れてろ」
次に制刻は、ディコシアとティに隠れているように指示する。
「本当に、あれを倒せるのかい……?」
「任せろ」
動揺の様子を見せながら尋ねて来たディコシアに対して、制刻は一言答える。
「そんじゃ、投。時間を稼ぐぞ」
「イェイ!ついに鬼ごっこから、ぶつかり合いにランクアップだなぁ!」
そして最後に指示を受けた多気投は、揚々と発して見せる。
「行くぞ」
そして制刻の一言と同時に、二人は行動に移る。
「――え!?」
そこで声を上げたのはディコシアだ。任せろと言われた手前ではあったが、しかし二人の見せたその行動に、流石に驚きの声を抑えられなかった。
制刻と多気投は巨大蜘蛛に向けて、正面切って向かって行ったのだ――。
《生きてるわドアホウッ!勝手に殺してくれてんじゃねぇ!》
大型無線機の受音スピーカーから、竹泉の苛立ち混じりの声が流れ聞こえて来た。
制刻は再度竹泉への通信を試み、結果彼からの応答を受け取る事に成功した。
「無事なようだな」
《あぁ、一応な!今さっきまで、どえらい目に遭ってたトコだけどなぁ!》
制刻の問いかけに、竹泉の皮肉気な言葉が返って来る。
「どえらい目?皺共に襲われたか?それとも、蜘蛛のバケモノとやらか?」
「あぁ、そっちもすでに知ってるか。なんともうれしい事に、両方のお得なセットだよ!マジでヤバかっんだぞ!たった今さっきまで、蜘蛛のバケモンと鬼ごっこの最中だったんだ!」
質問の言葉に、竹泉は捲し立て返してくる。
「そいつぁ、大したもんだ」
それに対して、制刻は端的な皮肉の言葉を発する。
《うるせぇ。それとよぉ、こっちゃ逃げてる最中に、多気投とはぐれちまった》
「投(多気投)なら今さっき、こっちで拾った。大体何があったのかも、聞いた所だ」
《そうかい、なら是非とも早いトコ救出頂きたいモンだね。あのバケモン相手に、こっちだけじゃどうにもならねぇ》
竹泉は喚き立て、早期の回収の要請を寄越す。
「オメェ、ハチヨン(84㎜無反動砲)はどうした。その化け蜘蛛相手に、試さなかったのか?」
対戦車火器射手である竹泉は、84㎜無反動砲を装備しているはずであった。制刻はその事を尋ねる。
《んな余裕あるワケねぇだろ!ただでさえ鬼ごっこで必死だった上に、周りは遮蔽物だらけで射線も安全距離もスペースも確保できやしねぇ。おまけにこっちゃお一人様。悠長にノロノロ装填してたら自殺行為もいいトコだ!――ああ少し違った、お一人様ではなかったわ。足手まとい様が、もう一名追加だったな》
《あ、足手まといってあたしの事ッ!?》
竹泉がうるさく捲し立てたその後、無線の向こうから別の声が混じり、聞こえて来た。
「待った!今の声はティ――?妹は無事なのか!?」
その声が妹のティの者である事に気付いたディコシアが、横から言葉を挟んだ。
「竹泉、案内のねーちゃんもそこにいるのか?」
《あぁ!一々喚き散らかしてうるせぇのなんの――》
「んじゃ竹泉、ねーちゃんに一旦インカムを渡せ」
制刻は発されかけた竹泉の愚痴を抑え込み、指示を発する。
「兄ちゃん、これに向けて喋れ。そうすりゃ、向こうと会話ができる」
そして傍で通信を聞いていたディコシアに、大型無線機のマイクを渡した。
「あ、あぁ……――ティ、聞こえるか?」
ディコシアは戸惑いつつもマイクを受け取り、そして恐る恐るといった様子で、マイクに向けて声を発する。
《うわわっ!》
すると大型無線機の受音スピーカーから、ティの物と思われる声が流れて来た。
《すっごい、ほんとに聞こえて来た!兄貴の声だ!》
流れ聞こえて来るティの声は、無線機の機能に驚いているのか上擦り、そして何よりはしゃいだ様子であった。
「お、おいティ。大丈夫なのか?怪我はしてないか?」
《あ、えっと一応大丈夫。大変だったけど、怪我とかはしてないよ》
「そうか、良かった」
ティからのその報に、ディコシアは胸を撫でおろす。
《っていうかコレ凄いね!珍しい音声魔法だよ!詠唱や前準備も特に無しに、発動できるみたいだし!》
ティは初めての無線通信を体験し、大分はしゃいでいる様子であった。
「そ、そうか……」
そんな妹の様子に、ディコシアは少し困惑した声を零す。
《ねぇねぇ、これ他にもなんかできたり――》
《要点だけ言ったらはよ外せトロカス!まだ、ヤツの脅威は去ってねぇんだぞ》
《わわ!?》
しかしそこで竹泉の声が割り込み、そしてティの台詞は途絶えて雑音が入る。どうやらティに貸し渡されていたインターカムを、竹泉が強引に奪い戻したらしい。
そして受音スピーカーからは再び竹泉の声が響き出した。
《――とにかく!こっちだけじゃどうしようもねぇ。今は無事だが、早いトコ対策を打たねぇと、最悪末路は化け蜘蛛の腹ん中だぞ!》
「落ち着け。そっちは今、どの辺だ?」
竹泉の声に対して、ディコシアからマイクを返された制刻が答え、尋ねる。
《さぁな、見当もつかねぇ。あっちこっち逃げ回ったからな》
「見つけるのは、難しそうですね」
竹泉からの言葉に、策頼が横から言葉を挟む。
「信号弾上げますか?」
「得策じゃねぇな。こっちの位置が皺共にも知れて、またパーティーになる可能性がある」
策頼の進言に、制刻はしかしその危険性を発する。
「ハハァ!またトマト祭りと行くかァ!?」
多気投が陽気に言葉を発したが、制刻等はそれは無視した。
「兄ちゃん、この森ん中に、なにか合流の目当てになりそうな場所か物はねぇか?」
「目当てかい?この近くなら、南下すれば川が流れてるけど……」
制刻の問いかけにディコシアは答えるが、その言葉には難色が含まれていた。
「川を目指すにしても方角が分からないと……向こうは現在位置を見失っているんだろう?この深い森の中で、方角を調べるのは無理だし……」
「いや、方角なら竹泉の方でも分かる」
懸念の色を見せたディコシアに、しかし制刻は言う。そして自身の胸元から、方位磁針を取り出して見せた。
「それは――随分小さいけど、ひょっとして羅針盤の類かい……?」
「あぁ」
ディコシアの推測の言葉を、制刻は肯定して見せる。
「竹泉の方でも、これで方角は分かる。その川に出させれば、そのまま川に沿って合流できるはずだ」
「本当に色々できるね、君達は……」
ディコシアは、関心とも呆れとも付かない声を零した。
「竹泉。南下すれば川が流れてるらしい、そこを目指せ。川に出たら、その場で待機しろ。俺等の方で、お前等を川沿いに探して拾う」
制刻は竹泉に向けて無線越しに指示の言葉を飛ばし、そして自分等の方で彼等を捜索する旨を伝えた。
《あぁ、了解だ。是非とも急いでもらいたいモンだね》
「切るぞ」
制刻は竹泉の皮肉気な言葉は聞き流し、通信を終了した。
「それじゃ、俺等もその川を目指すぞ」
制刻は大型無線機を多気投に渡しながら、各員に向けて発する。
「所で、そのバケモノ蜘蛛にまた出くわしたらどうするんだ?君達で、なんとかできるのかい?」
そこへディコシアが懸念の声を発する。
「その化け蜘蛛とやらがどれほどの脅威度なのか掴めねぇが、竹泉に合流すれば対戦車火器が使える。それで相手してみるしかねぇ」
発する、制刻は多気投に視線を向ける。
「投。予備弾はちゃんと持ってんな?」
「あぁ。栄えあるハチヨン射手である竹しゃまに代わって、たーっぷり持ってるぜ」
問いかけに対して、多気投はふざけた調子で言って見せる。
「よく分からないけど……策はあるんだね?」
「竹泉に、盛大な花火を上げてもらうとしよう」
やり取りに、ディコシアは少し不安げにしながらも発し、続けて策頼が呟いた。
「時間が無い、行くぞ」
そして制刻が促し、各員は窪地を後にし、川を目指して南下を始めた。
視線は再度、竹泉等の元へと移る。
二人は救援に来た制刻等との合流を目指し、森の中を南下し進んでいた。
「糞見晴らしが悪ぃな……」
竹泉は愚痴を吐きながらも、周囲に警戒の目を向け、時に手にした方位磁針に目を落としながら、脚場の悪い森の中を、一定のペースを維持して歩み進んでいる。
「ちょ…待ってよ……!」
しかし同行者であるティは、ペースを維持できずに、竹泉のやや後方を息を切らしながら歩いていた。
「ったく、もうちっとキビキビ動けねぇのか?この森はオメェさんのホームじゃねぇのかよ?」
一度歩みを止めて振り向き、追いついて来たティに対して呆れた言葉を零す竹泉。
「ぜぇ……しょうがないじゃん!あたし正直あんまり体力ある方じゃないし……!それに普段、長い距離の移動には、転移魔法使ってるから……」
「あぁ、そういやそれだ。その転移魔法とやらで、この森から脱出できねぇのか?」
転移魔法の言葉を聞いた竹泉は、ティに向けて尋ねる。
「使えなくはないけど……目視できない場所へ飛ぶのは、その場所に何があるか分からないから危険が伴うよ?昨日、兄貴にもやるなって注意されたばっかりだし……」
しかしティは、そんな説明を返した。
「んなリスクがあんのかよ」
「事前に転移魔方陣を接地しておけば、遠地でも安全に飛べるけど……」
「あぁもういい、素直に自由等と合流すっぞ」
「むぅ」
あしらうように言った竹泉に、ティは不服そうに声を零す。
その後二人はしばらく進み、やがて森を抜けて件の森の中を通る川へと出た。出た先はそれなりに開けた砂利場が広がっており、その向こうにはそれなりの幅がある川が流れていた。
「やっと出たぁ……」
やっとの事で森を抜け、ティは零しながら膝に両手を付く。
「ヘッド自由、聞こえっか?こちら4-2竹泉。こっちゃ森を抜けて川に出たぞ」
一方の竹泉は、インカムを用いて制刻へと通信を送る。
《オーケー、俺等が到着するまで、そこで待機してろ。その間、十分警戒しろ》
「わーってる、そっちこそ急げよ」
通信を終えると、竹泉は川沿いの砂利場へと出て周辺を見渡す。辺りは開けており視界は良かったが、その分遮蔽物も少なかった。
「こっちはこっちで、良い事ばかりの環境とも言えねぇな」
そうぼやく竹泉。彼が自分等に向けられた害意を察知したのは、その次の瞬間だった。
「――ッ!隠れろ!」
「え――わっ!?」
竹泉はティを側にあった岩の影へと突き飛ばし、そして自らもそこへと飛び込む。
森の方向から手斧が飛来し、二人が身を隠した岩に音を立てて命中したのは、その直後であった。
「ぐぇ――な、何すんの――!?」
岩場に強引に転がり込まされたティは、抗議の声を上げようとする。
「顔を出すなッ!」
「ふんぎゃッ!」
しかしティは竹泉に頭を押さえつけられ、砂利場に顔をうずめた。
「――チッ!」
岩の影から慎重に視線を出し、自分達が出て来た森の方向を確認する竹泉。
そして複数匹からなるゴブリンの群れが、森から湧き出て来る姿をその目で確認した。
「厄日だぁ……」
一方、砂利に顔を埋めたティは、しくしくと悲し気な言葉を零している。
「嘆くのは後にしろ!皺共が森から湧いて出て来やがった!」
「またぁ!?」
「応戦する。オメェは顔出すなよ!」
竹泉はティに忠告すると、ホルスターから再び9mm拳銃を抜き、構えて照準を覗き、ゴブリン達へ向けて発砲を開始した。
最初の発砲音が響くと共に、森を出てこちらへ向かって来ていたゴブリンの内の一体が、9mm弾により撃ち倒される。
「次、お前だ!」
竹泉は次の個体へ向けて照準を付け、再び引き金絞る。しかし撃ち出された2発目の9mm弾は、命中弾とはならなかった。
そのゴブリンは開けた砂利場の上で、左右に素早く跳躍しながらの前進を始めたのだ。
「野郎ブサイク、ちょろちょろすんなッ!」
竹泉は照準方法を変更し、ゴブリンが次に身を置くであろう予測地点に照準を付けて、再び発砲。予測射撃は功を成し、ゴブリンの跳躍先と9mm弾の弾道は合致。
ゴブリンは自ら弾を受けに行く形となり、9mm弾をその身に受けて、その場に崩れ倒れた。
しかしその間に、ゴブリン達はさらに森から出てきて数を増し、数の暴力で竹泉等へと迫っていた。
「ひぇぇ、いっぱい来たぁ!」
「あぁ畜生、どんだけいんだよ!手持ちの弾も少ねぇ――こいつぁやべぇぞ!」
狼狽する声を上げるティ。
そして竹泉はゴブリン達の数と、自身の保有弾数を鑑み、自分達が不利な状況に置かれた事を察し、首元に一筋の汗を垂らした。
竹泉等のいる地点から、川を遡り数十メートル地点。
竹泉等と同様に川沿いに出て、川に沿い下流に向かって進む制刻等の姿がそこにあった。
「自由さん、この音」
「あぁ」
先頭を行く策頼が声を上げ、制刻がそれに答える。
彼等の耳に、散発的な乾いた破裂音が届き聞こえていた。
「この音は――」
「竹泉の、武器の音だ」
訝しむ声を上げたディコシアに、制刻は説明する。
「竹しゃんが戦ってんのかぁ?」
「だろうな。近い、行くぞ」
多気投の推測の言葉を肯定し、そして制刻等は音の方向に向けて駆け出す。
少しの間川沿いを下り進むと、やがて視線の先に、岩の影に身を隠す人影と、それに相対するゴブリンの群れが各員の目に映った。
「ヘイ、見ろやあれ!」
「いたぞ二人だ!」
多気投と策頼が同時に声を上げる。
「走れ!その先でカヴァーしろ!」
制刻の上げた声と共に、各員は接近速度を上げる。
そして交戦距離まで近づくと、周辺の遮蔽物とできる岩や倒木に、その身を隠した。
「竹泉、無事のようだな、今、そっちの側面に到着した」
倒木にカヴァーした制刻は、インカムを用いて竹泉に向けて呼びかける。
《やっとかよ!こっちゃケツに火が付いてんだ!とっととブサイク共をなんとかしてくれッ!》
呼びかけに対して、竹泉から若干焦った様子での返答が返って来た。見れば、竹泉等の元へ群がるゴブリンの数は、両手ではとても脚りない程に増幅していた。
「待ってろ――投、森から出て来る皺共に向けて、撃ちまくれ!」
制刻は隣で位置取っている多気投に向けて指示を送る。
それを受けた多気投は、MINIMI軽機を倒木の上に乗せて構える。
「オゥイェーーッ!」
そして掛け声と共に、引き金を引き、発砲を開始した。
次の瞬間響き出した連続的な発砲音と共に、無数の5.56㎜弾がMINIMI軽機の銃口から吐き出され、弾幕が形成される。
そして弾幕は、一様に竹泉等を目指して突貫していたゴブリン達に、側面から容赦なく襲い掛かった。
突然横殴りに撃ち込まれた数多の5.56㎜弾の雨に食らいつかれ、ゴブリン達は「ギュギュッ!」「ギヒッ!」等と言った悲鳴を上げ、次々と血を噴き出し、なぎ倒されてゆく。
「よぉし、お前はここで支援射撃を続けろ。策頼、竹泉等んトコまで行くぞ」
「了」
制刻は多気投に支援射撃の継続を指示し、次いで策頼に竹泉等の元までの移動を指示する。
「俺も行く!」
「なら、姿勢を低く保て」
申し出たディコシアに、制刻は忠告する。
「行くぞ」
そして制刻等はそれぞれ身を隠していた倒木、岩陰を飛び出し、竹泉等の元へと走り出した。
ゴブリンの内の数体が、飛び出して来た制刻等に注意を向けたが、しかしそんなゴブリン達は、直後に多気投のMINIMI軽機の餌食となり、なぎ倒された。
「すごい……」
走りながら、その様子を横目に見て、思わず呟くディコシア。
制刻、ディコシア等は支援を受けながら駆け、竹泉等の身を隠す岩陰へと到達し、飛び込んだ。
「よぉ、元気か?」
「やっと来やがったか!」
岩陰に飛び込みカヴァーし、竹泉に向けてそんな言葉を掛ける制刻。
対する竹泉は、すぐ側まで迫っていたゴブリンを9mm拳銃で撃ち抜きながら、悪態で返した。
「ティ、無事か!?」
「な、なんとか……」
同様に岩場に飛び込んだディコシアは、そこに妹の姿を確認し、安否を尋ねる声を掛ける。それに対してティは、いささか疲弊した声で答えた。
「ファンが大量だな。知らぬ間に、大人気じゃねぇか」
「羨ましいか?こんなファンは願い下げだよボケタレ」
制刻の揶揄う言葉に、竹泉は心底鬱陶し気な口調で返す。
「じゃ、あの世へお帰りいただくとしようぜ――策頼」
「了」
発した制刻は、自身の小銃を用意しながら、策頼に促す。
そして二人は岩陰から最低限身を乗り出し、それぞれの装備火器を構えてゴブリン達を狙い、発砲を開始した。
すぐ傍まで迫っていた複数のゴブリン達は、突如として威力を増した正面火力に、射抜かれ、押し留められる事となった。
「どぉーだい!鉛の雨は心地良だろォ!?ブッサイク共ォ!」
そして側面からは多気投のMINIMI軽機による支援射撃を継続されており、ゴブリン達は十字砲火に晒される事となる。
次々に悲鳴を上げ、倒れてゆくゴブリン達。
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その凄惨な光景に、岩陰からそれを眺めていたディコシアは、そんな言葉を零す。
「しつけぇし、多すぎる!1匹みたら30匹かこいつ等!?」
そして忌々し気な声を上げる竹泉。
「塊り出してんな。策頼、手榴弾放り込め」
「了」
制刻の指示を受け、策頼はサスペンダーに下がる手榴弾を掴んでピンを引き抜き、そしてゴブリンが特に密集している部分に向けて、投擲した。
群れの中に放り込まれた手榴弾は、設定された起爆時間に達すると同時に、炸裂。
複数匹のゴブリンを、その真ん中からまとめて吹き飛ばし、ゴブリン達の体を宙に舞い上げ、そして血肉と悲鳴を撒き散らせ、上げさせた。
「うわッ!?」
「ひぇッ!?こ、今度は爆炎魔法……!?」
炸裂と、巻き上げられたゴブリン達を目の当りにし、ディコシアとティは驚きの声を上げる。
手榴弾攻撃を境に、ゴブリン達は攻勢の勢いを減じ始めた。
森からの新手も途絶え、その上に各銃火を受けてゴブリン達はみるみる内にその数を減らしてゆく。
「――そこだ」
策頼が、肉薄を仕掛けて来た一体のゴブリンを、自身のショットガンで仕留める。
そのゴブリンが倒れたのを最後に、制刻等の近場に、攻撃を仕掛けようとしてくるゴブリンの姿は無くなった。
森と砂利場の境目付近には、未だに数体のゴブリンが健在だったが、ゴブリン達は流石に形勢不利を察したのか、身を反転させ、森の中へと引いて行った。
敵性存在が完全に姿を消した事により、各員の射撃も止み、先頭は停止。
各火器の射撃音が鳴りを潜めたその場には、川のせせらぎだけが再び響き出した。
「奴さん達、引いて行ったようです」
森の方を観察しながら、策頼が報告の声を上げる。
「集まれ。策頼、引き続き森を見張ってろ」
「了」
制刻は各員へ集合と、策頼に監視を指示する。
そして側面から支援攻撃を行っていた多気投がこちらへ合流し、全員がその場に集合した。
「ヨォー!竹しゃぁん!感動のご対面だな!」
「あぁそうだな、この感動の場面に合うBGMが欲しい所だよ、カスッタレ」
揚々と、しかしどこか揶揄うように声を掛けて来た多気投に、竹泉は皮肉の込められた言葉で返す。
「あ、兄貴~……」
一方、ティは自らの兄にフラフラと縋り寄ると、その体にパタリともたれ掛かり、身を預けた。
「だ、大丈夫か?」
「走り回って、ぐってりだよぉ~……」
「……相変わらず体力が無いなお前は」
「……酷い」
無事再開を果たした兄からの、やや辛辣な一言に、ティはそう零して脱力。ディコシアの胸中に顔を埋めた。
「お兄さんよぉ?以降、そいつのお守りはお前さんが頼むぜ?もうこりごりだ!」
「あ、あぁ……」
そんな所へ、竹泉がディコシアに向けて訴え、ディコシアは困惑混じりの声でそれに答えた。
「……しかし、妙だな。ゴブリンが森にいることもだけど。それ以上にどうしてここまで……?」
そしてディコシアは、散らばる多数のゴブリン達の死体へ目を落としながら、そんな言葉を呟いた。
「どうした?」
それを耳に留めた、制刻が問いかける。
「あ、あぁ。俺も今日まで、情報としてしかゴブリンの事は知らなかったんだけど――」
ディコシアは説明を始める。
ゴブリンは凶暴性を有する魔物ではあるが、利口な頭を持ち、本来であれば脅威度の高い相手と遭遇した際には、大きな犠牲を出す前に、早急に引いてしまう事が多い種族であるという。
しかし今回のゴブリン達は、明らかな脅威である制刻等の分隊を相手に、過度なまでの執着を見せ、そして結果ここまでの少ないとは言えない犠牲を出していた。
その事を、ディコシアは妙に思ったのだ。
「突然、いねぇはずのこの森に現れた事と言い、何かイレギュラーな事が起こってるようだな」
「あぁ……」
制刻の発した推測の言葉に、ディコシアは神妙な顔を作りながら、同意の言葉を返す。
しかしそこへ、竹泉が言葉を挟んで来た。
「よぉ?考察は後にして、とっととズラかろうぜ!ボヤボヤしてっと、じきに――」
少し急かすように発する竹泉。しかし直後、彼の声を遮り、〝それ〟は聞こえ来た。
「げ!?」
「うひ!?」
ズゥゥン――という振動。そして音。
「今のは何だ」
「奴だよ――バケモノさ――!」
制刻の問いかけに、竹泉は答える。
森の奥から聞こえ来る振動音は次第に近づき、大きくなり、その間隔は狭くなる。
同時に、ミシリ、ミシリ、と木々が悲鳴を上げて倒れているであろう音が聞こえ来る。
森と砂利場の境目に並ぶ木々が勢いよく倒される。そして――
「ギシャァァァァァッ!!」
――咆哮と共に、巨大蜘蛛が各員の前に、再びその姿を現した。
「なッ!?」
「ッ!」
その姿を始めて目の当たりにしたディコシアや策頼は、驚愕の様子をその顔に浮かべる。
「あぁ、糞ッ!」
「ひぇぇ!」
「ワァォッ!おいでなすったぜぇッ!」
そして竹泉やティ、多気投は、巨大な脅威との再会に、それぞれ声を上げる。
「――ギャァァァァァァッ!!!」
姿を現した巨大蜘蛛は、その頭部に多数備えた眼で各員の姿を見ると、一帯に向けて先以上の方向を上げた。
「ぐッ!」
「ひぅ……!」
咆哮は周辺の空気をビリビリと振動させ、ディコシアやティはその強大な方向に気圧される。
「――うるせぇ虫だな」
そんな中、制刻だけはいつもと変わらぬ淡々とした口調で、そんな感想を発して見せた。
「おいオメェ等。ボケっとしてんな」
そして制刻は各員に、端的な声で、しかし檄を飛ばす。
「竹泉、策頼、お前等でハチヨンを準備しろ」
まず制刻は、竹泉と策頼に84㎜無反動砲の準備を指示。
「了!」
「あぁ糞、やりゃいいんだろ!」
「多気投、予備弾を」
指示を受け、竹泉はその場に片膝を付いて、自身の肩に背負っていた84㎜無反動砲を降ろす。そして策頼は多気投から予備弾の袋を受け取り、弾薬を取り出して準備を始める。
「兄ちゃん、ねーちゃん。二人は遮蔽物に、隠れてろ」
次に制刻は、ディコシアとティに隠れているように指示する。
「本当に、あれを倒せるのかい……?」
「任せろ」
動揺の様子を見せながら尋ねて来たディコシアに対して、制刻は一言答える。
「そんじゃ、投。時間を稼ぐぞ」
「イェイ!ついに鬼ごっこから、ぶつかり合いにランクアップだなぁ!」
そして最後に指示を受けた多気投は、揚々と発して見せる。
「行くぞ」
そして制刻の一言と同時に、二人は行動に移る。
「――え!?」
そこで声を上げたのはディコシアだ。任せろと言われた手前ではあったが、しかし二人の見せたその行動に、流石に驚きの声を抑えられなかった。
制刻と多気投は巨大蜘蛛に向けて、正面切って向かって行ったのだ――。
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