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チャプター4:「状況は動き巡る」

4-2:「夜を過ごす ―勇者達の場合―」

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 再び、月詠湖の国の隣国、紅の国領内。
 紅の国領内の西端にある〝風精の町〟へと続く道を、一台の馬車が進んでいる。
 そしてその馬車の上で、揺られる水戸美と、勇者の少女ファニールの姿があった。

「ごめんなさい。手を貸してもらった上に、乗せてもらっちゃって」
「なぁに、これも旅の醍醐味さ」

 ファニールが御者席に向けて言葉を発すると、御者席で馬の手綱を握る男性から、そんな言葉が帰って来た。
 今、水戸美やファニール達が乗り合わせ、身を預けているのは、途中で出会った商隊一行の馬車であった。水戸美達は先程までいた林を抜けてしばらく進んだ所で、この商隊一行と遭遇。彼等は水戸美達と同じく風精の町を目指しており、そして怪我を追っている水戸美の存在を知った彼等は、水戸美達に同行を提案。ファニール達はその好意を受け入れ、今現在、馬車の上の人となっていたのだ。

「それにしても、まさか魅光の王国の勇者様とは驚いたよ。それに騎士様も一緒とは、心強い限りだ」

 男性は言いながら、馬車の横へと視線を移す。そこには愛馬に跨り、周囲を警戒しながら馬車と並走するクラライナの姿があった。

「――よし、できた」

 一方、馬車の上でそんな声が上がる。声の主は、水戸美の前に対面で座っている、商隊の女性だ。彼女の手により、水戸美が足に負った怪我の十分な手当てが、丁度終えられた所であった。

「これで大丈夫だけど、しばらくは必要以上に無理はしないでね」
「は、はい。ありがとうございます」

 女性の注意の言葉に、礼で返す水戸美。
 女性は水戸美の手当てを終えると、その場を立って御者席へと戻って行った。

「……」

 落ち着いた環境で手当てを受け、少しだけ心の余裕ができ、何より手持ち無沙汰になった水戸美は、周囲へ視線を送る。
 そして、何もかもが見慣れぬ光景の中で、一際異彩を放っている存在に、彼女は目を留めた。
 馬車の後ろに、こちらへ背を向けて座っている、一人の女性の姿があった。商隊の護衛なのか、身軽そうな服の上から軽装の防具を纏い、腰には剣を下げている。
 しかし水戸美が目を奪われているのは、もっと別の部分にあった。

(狼の耳……?それに、尻尾生えてる……)

 その女性の頭部、灰色の長い髪が伸びる頭の頭頂部からは、狼の物と思しき二つの耳が生え揃っていた。さらに女性の履く下衣の後ろからは同じく狼の物と思しき尻尾が生えている。色はどちらも、髪色と同じ灰色。
 その彼女は、耳をたまにピコンと跳ね、尻尾をゆったりと揺らしながら、周囲を警戒している様子であった。

「ん?どうかしたかい?」

 そんな狼の特徴を持つ彼女は、そこで自分を見つめる視線に気づいたのか、振り向いて水戸美へと声を掛けて来た。

「い、いえ!その……」

 突然声を掛けられ戸惑いながらも、水戸美は振り向いた狼娘の姿を目に留める。
 彼女の特異な姿は耳や尻尾のみに留まらず、首周りや腕などにも狼の体毛が生え揃い、さらには瞳や覗いた口内の牙等も、狼のそれである事を伺わせた。

(わぁ……ゲームのキャラクターみたい……)

 そして内心でそんな感想を思い浮かべる水戸美。

「……ひょっとして、獣人を見るのは初めてかい?」
「え……?あ……!」

 そこへ狼の女から勘繰る言葉が投げかけられ、水戸美は我に返る。

「す、すみません……!」

 そして自分が彼女の身体をジロジロと見てしまっていた事に気づき、慌てて謝罪の言葉を述べた。

「はは、そんなに慌てなくてもいいよ。別にあんたが初めてじゃない」

 そんな水戸美に対して、狼の女は笑って返す。

「すみません……失礼ですけど、し、尻尾とか、本物なのかなと思ってしまって……」
「もちろん。なんなら、確かめて見るかい?」

 狼の女は少し揶揄うような口調と共に、牙を覗かせてニヤリと笑みを作ると、その尻尾を水戸美に向けて差し出して見せた。

「い、いいんですか……?」
「ああ」
「……じゃ、じゃあ……」

 初対面の相手に失礼なのではと一瞬だけ躊躇した水戸美であったが、しかし好奇心に負けて彼女は差し出された尻尾に手を伸ばした。
 最初は恐る恐る、その尻尾に触れてみる水戸美。

(うわ……ふわふわしてる……)

 しかし彼女はすぐにその感触の虜になった。
 尻尾に五指を埋め、触り心地の良さを指先で感じ取る。

「……ん!」

 そこで狼娘が微かに艶っぽい声を零す。
 しかし水戸美はそれに気づかずに、もう片方の腕も尻尾へと伸ばし、両手でその感触を堪能し始める。

「……ちょ、ごめん……流石に、くすぐったいかな……」
「あ……!す、すみません!」

 そこで狼娘の彼女が声を上げ、再び我に返った水戸美は、慌てて彼女の尻尾から両手を放して解放した。

「ふー……あんた、端正な顔の割に、やらしい手つきするね……」
「や、やらし……すいません……」

 狼娘からのそんな評価に、水戸美は顔を赤くして縮こまる。

「はは、ごめん。冗談だよ。――それにしても、あんたなんか変わってるね。格好といい、雰囲気と言い……一体どこから来たんだい?」
「えっと、その……こことは違う世界から……」

 狼娘からの質問の言葉に、水戸美は少し狼狽えてからそう答えた。

「……えっと……おもしろいよ……」
「いえ、その、冗談じゃなくてですね……」

 水戸美の回答に、狼娘は少し固まった後に、困ったようにそんな言葉を返す。それに対して水戸美はなんとか弁明しようとするも、うまい言葉を紡ぎだせないでいた。

「本当だよ」

 そこへ声が割り込む。水戸美と狼娘が振り向くと、こちらへ視線を向けるファニールの姿があった。

「この子――ミトミさんは、ボク達とは違う世界から来たらしいんだ」
「って、言われてもなぁ……」

 ファニールが説明して見せるが、狼娘は当たり前の事ではあるが、信じていない様子であった。

「じゃあミトミさん、あれ見せてあげたら?えっとケー、なんとか……」
「携帯ですか?」
「そうそれ」

 ファニールに言われ、水戸美は手元のバッグから携帯端末を取り出す。

「何それ?」

 水戸美が取り出した不可解な物体を目に、狼娘は訝し気な声を上げる。

「私の世界で使われてる……なんていうか、いろんな機能が詰まった機械です。たとえば……」

 水戸美は携帯端末を操作して、音楽機能を選択して起動する。すると、端末から音楽が流れだした。

「わ!?」
「へぇ……こんな事も出来るんだ」

 音楽を流し始めた携帯端末を前に、狼娘は驚きの声を上げ、ファニールは感心した様子で端末を見つめている。

「な、何これ!?中に妖精でも入ってるの!?」
「ち、違います……さっきも言いましたけど、こういう事ができる道具なんです」

 驚きながら端末を見つめ、予想の言葉を上げる狼娘に、水戸美は戸惑いながら説明してみせる。

「どう?これで信じた?」

 驚く狼娘に、ファニールは笑みを浮かべて問う。

「う、うん……正直まだ半信半疑だけど……こんな魔法道具は見たことないよ……」
「ま、魔法じゃないんですけど……」

 町を目指す馬車の上で、水戸美達はしばらくの間そんなやり取りを繰り広げた。



 場所は再び月詠湖の国、月流州のスティルエイト・フォートスティート内。
 日が傾きかけ、採掘施設を調べに向かっていた長沼率いる一隊は、一度調査を切り上げてスティルエイト邸の所まで戻り、待機していた指揮通信車を中心とするもう半数と合流した。

「わぁお、すげぇ顔だな竹しゃぁん!まるでなんかの怪人みてぇだ!」
「ホントに真っ黒ですね……!」

 その一角で、多気投や出蔵が声を上げている。彼等の前には、原油で顔を黒く汚した竹泉の姿があった。採掘施設はやはり原油を扱うだけあってか原油の汚れが酷く、竹泉のみならず、調査に携わった隊員等は皆一様に、多少の差はあれど油汚れに塗れていた。

「丁度いいからそのままどっかから、怪人っぽく美人さんでもさらって来てくれやぁ!」
「自分でやれ。原油ランドは24時間開園中だ、お前等も油に塗れて来たらどうだぁ、えぇ?」

 多気投の揶揄う声に、竹泉は心底鬱陶しげな口調で発する。

「そいつぁ、遠慮しておくずぇ」

 それに対して、多気投は相変わらずの陽気な声で答えた。

「長沼二曹。お疲れさんです」

 一方その傍らで、指揮通信車車長の矢万が、長沼に労いの言葉を掛けていた。長沼もご多分に漏れず、その顔を油で汚していた。

「あぁ、ありがとう。そっちもご苦労だったな」

 矢万に対して、同様に労いの言葉で返す長沼。
 スティルエイト邸から少し離れた地点には、矢万を筆頭とした待機していた隊員等により、野営の準備が整えられていた。

「いえ。それで――その採掘施設はどうでした?」

 矢万が尋ねる。
 その言葉には、長沼の背後に控えていた施設科の麻掬三曹が答えた。

「あぁ、使用不能の原因となっている部分は、大した故障ではなかった。だが、施設自体が大分老朽化しているのが気になったな。安全を考えるなら、櫓だけでも組み直したいところだ」

「櫓の組み換えですか?結構大掛かりな作業になりません?」

 麻掬の説明に、矢万は疑問の言葉を挟む。

「あぁ、重機も必要になる。向こうの拠点から、施設作業車やクレーンを回してもらう必要があるだろう」

 矢万の言葉を麻掬は肯定。そして転移現象に巻き込まれた施設科の装備車輛である、施設作業車やトラック・クレーンの名を上げる。

「本格的に作業に取り掛かれるのは、少し先になるだろう。だが、その間に私達でできる事をやろう」

 そして長沼が、皆に向けてそう発した。

「――だが、これ以降は明日にしよう。今日は皆、これ以降は休息とする」
「それがいいでしょう。そうだ――長沼二曹、それに皆も。湯が沸かしてあるから、風呂とまではいかないが体を流すくらいはしてくれ」

 長沼の休息を指示する言葉を受け、矢万は、採掘施設での作業に携わった皆に向けて促した。

「ありがたい。それでは、お言葉に甘えるとするか」
「はぁ、やっとこのギットギト鬱陶しい油を流せるぜ……!」

 矢万等の気遣いに長沼がホッとした様子を浮かべて発し、端でそれを聞いていた竹泉がやれやれと言った様子で零す。

「あんだよ、油怪人竹泉とはお別れかぁ。残念だずぇ」
「うるせぇんだよ!そのネタは二度と言うな!」

 多気投のおちょくる言葉に、竹泉は米神に青筋を浮かべて返した。



 紅の国、領内。
 日が傾き始めて少し経った頃に、水戸美達と商隊一行は、目的地であった〝風精の町〟へと到着。
 水戸美達と商隊一行は、それぞれの馬や馬車を町の入り口に設けられた厩舎へと預け、町へと入った。

(うわ……絵本やゲームで見るような町並み……)

 町の城門を潜った水戸美の目に飛び込んで来たのは、現代日本のそれとはかけ離れた光景であり、水戸美はそれに目を奪われた。

「さて、まずは宿を探さなきゃね」

 そんな水戸美をよそに、ファニールやクラライナは今日の夜を越す宿を見つけるべく、算段を始めていた。

「ファニールさん。この町には、我々がよく世話になる宿屋がある。よければファニールさん達もそこに泊ったらどうだい?」

 そこへ提案の言葉を掛けたのは、馬車で手綱を握っていた、商隊のリーダー格である男性だ。

「なかなかいい宿なんだよ」

 そして水戸美を手当てした商隊の女性が付け加える。

「えーっと……ちなみにそこのお代ってどれくらい?」

 そんな二人の勧めに、しかしファニールはおずおずとした様子で尋ねる。

「あぁ、金額かい?えっと――」

 男性はファニールにその宿の金額を提示して見せる。

「う……あぅ……」

 それを聞かされたファニールは、言葉を詰まらせ、そして項垂れた。

「ど、どうかしたかい?」

 あからさまに項垂れたファニールに、男性は若干戸惑いながら問いかける。その問いかけには、ファニール当人ではなくクラライナが答えた。

「その……お恥ずかしい話なんだが、私達は若干金欠気味なんだ」
「だから良い宿に泊まる余裕はちょーっと無いかなー、って……あはは……」

 そして顔を起こしたファニールが、困り笑いを浮かべながら言う。

「まったく。前の町で後先考えずに新しい剣など買うから……」

 そんなファニールを、クラライナは呆れた目で見ながら発する。

「だ、だって……!鋼龍の巨大鱗から削り出した剣なんだよ!出物なんだよ!?クラライナも、ミトミさんを助けた時に、これの切れ味見たでしょ!」

 クラライナの呆れた視線を感じ取ったファニールは、慌ててクラライナへと振り向くと、自身の背負う大剣を指し示して、その素晴らしさを必死に訴え出した。

「武器が大切なのは分かる。しかしそればかりに資金を全て吸い上げられてしまっては、元も子もないだろう?」
「うー……」

 しかし結局ファニールはクラライナのその言葉には返せず、小さく唸り縮こまってしまった。

「あはは……」

 そんなやり取りを端から見ていた水戸美は、困り笑いを零す。

「まぁ、私達は安宿を探すとして……ミトミさんはどうしたい?」
「……へ?」

 しかしそこで話が自分へと向き、水戸美は呆けた声を上げた。

「少し落ち着きたいだろう?ミトミさん一人分くらいの宿代ならなんとかなる。よければ、彼等と同じ宿に泊まるといい」
「そだねー。疲れてるだろうし、安宿じゃやだよね。そうしなよミトミさん」
「え、で、でも……」

 クラライナやファニールの勧めに、水戸美は若干狼狽える。

「こっちとしては大歓迎だよ。色々話も聞かせて欲しいしさ」

 そこへ狼娘が発し、商隊一行側も受け入れる姿勢を見せる。

「えっと……せっかくですけど、私はファニールさん達と一緒がいいかな……なんて……」

 しかし水戸美はファニール達と共に宿泊する事を選択し、そう回答した。

「え、ボク達と?」
「あ、足手まといならいいんです!ただ、ファニールさん達と一緒の方が安心するっていうか……」

 回答の後に、水戸美は取り繕うように言葉を捲し立てる。

「足手まといだなんて、そんな事ないよ!元は一緒の宿の予定だったんだし!」

 そんな水戸美に対して、ファニールは慌ててフォローの言葉を入れた。

「あっはっは、フラれちゃったな」

 そんな様子を見ていた狼娘は、笑い声を上げる。

「す、すみません……」
「謝る事じゃないよ。そりゃ、できれば自分を助けてくれた勇者様と一緒にいたいよね」

 申し訳なさそうに謝罪した水戸美に対して、狼娘は笑って返した。

「確かに、寄る辺の無いミトミさんの心情も考えるべきだったな。すまなかった」

 そして今度は、クラライナが水戸美に向けて謝罪する。

「あ、謝らないでください……!私のワガママなんですから!」

 それに対して、水戸美は慌て、困惑した様子で返した。

「決まりかな。という事で、ボク達三人は安宿を探す事にするよ。せっかく誘ってくれたのに、ゴメンね」
「とんでもない。それより、この町には安いけどうまい料理を出してくれる酒場があるんだ。よければ、夕食くらいはそこで一緒にしないかい?」

 商隊一行のリーダの男性は、ファニールの謝罪を受け入れ、そして改めて彼女達を夕食に誘う。

「クラライナ、安くておいしいご飯だって。それならいいよね?」

 その情報を聞いたファニールは笑みを浮かべて、クラライナに同意を求める。

「勇者様、意地汚いぞ……だが、助けていただいた一行からのお誘いを、これ以上無碍にしては失礼だな。ご一緒させていただこうか」

 クラライナはファニールの姿勢に呆れながらも、商隊一行の誘いを受けることに同意する。そして水戸美達と商隊一行は待ち合わせ場所を決め、一度分かれて後ほど落ち合う事となった。



 その後、水戸美達は適当な安宿を見つけ、そこで部屋を一つ取った。

「ふぅぅ……」

 水戸美は室内に置かれたベッドに腰を降ろし、息を吐く。
 今現在、ファニールとクラライナは宿のホールへ情報収集のために降りており、部屋内には水戸美の姿だけがあった。
 水戸美はそのまま上半身をベッドへと倒す。あまり良いベッドでは無かったが、疲れが溜まっていた彼女の身体には、それでも心地が良かった。

「とんでもない事になっちゃったなぁ……」

 ベッドに身を預け、そんな言葉を呟く水戸美。正直な所、水戸美は自身の身に起こった出来事を、未だに信じ切れてはいなかった。

「よく分からない世界に来たと思ったら、いきなり襲われるし、まるでゲームの中みたいな事が次々と起こるし……この先どうなっちゃうんだろ?」

 少しのこの先の事を考えてみた水戸美。しかしあまり建設的な物とはならず、彼女はやがて考える事を止めた。

「……そうだ」

 そして彼女は上体を起こし、ベッド脇に放り出していたバッグを手繰り寄せ、その中身を引っくり返す。

「……あんまり使えそうな物はないなぁ」

 バッグから出て来た物は、参考書やルーズリーフ、筆記用具、少しのお菓子、ets――。
 彼女はその内からルーズリーフを手に取り、開いてページをパラパラと捲る。

「……久しぶりに見直したけど、変な内容ばっかり……教授、妙な講義ばっかりするんだもんなぁ……。こないだなんか油まみれになるし……」

 ルーズリーフに綴られた内容を見返しながら、呟き零す水戸美。

「ミトミさん?」

 その時、部屋のドアが開かれ、ファニールが室内へと姿を現した。

「あ、ファニールさん」
「大丈夫?これから夕ご飯に行こうかと思ったんだけど、もしかして疲れちゃってる?」

 ファニールはベッドに腰掛ける水戸美を見て、心配する声を掛ける。

「あ、いえ、大丈夫です。行きます」

 しかし水戸美はそれに慌てて平気な旨を返し、バッグの中身を戻して立ち上がった。



 水戸美達は取った安宿に荷物を置き、商隊一行との待ち合わせ場所に赴いていた。

「エルコーさん達、遅いなぁ……」

 待ち合わせ場所で呟くファニール。エルコーというのは商隊一行のリーダー格の男性の名だ。

「あ、来ましたよ」

 その時、水戸美が声を上げ、視線の先を指し示す。町路の向こうから商隊一行の皆が歩いて来る姿があった。

「ん、何か妙じゃないか?」

 しかしそこでクラライナが、一行の様子がおかしい事に気付く。
 商隊一行は、皆荷物を抱えたままであり、そして皆一様に困惑した顔を浮かべていた。

「やぁ、ファニールさん。待たせてしまって申し訳ない」

 歩み寄って来たリーダー格の男性エルコーが、ファニール達に向けて謝罪の言葉を述べる。

「ううん、全然。それよりどうしたの?皆荷物を持ったままみたいだけど?」
「ああ、それが……先程話した、私達が泊る予定だった宿が、なくなってしまっていてね……」

 ファニールの質問に、エルコーは困惑した様子でそう答えた。

「無くなっていた?」
「ああ、なんでも尋ねてみれば、三月程前に突然夜逃げしちまったっていうんだ」

 クラライナの重ねられた疑問の言葉に、今度は狼娘が答える。

「あそこの店主は、そんな下手な経営をする人じゃなかったんだがなぁ」

 そして呟くエルコー。彼だけでなく、商隊一行の皆は、一様に納得のいかない様子だった。

「あぁ、失礼。とにかく、そんな事で急遽別の宿を探さなくてはならなくなってね」
「あ、それなら私達の宿なら、まだ空きの部屋がありましたよ」

 そこへ水戸美が提案の言葉を発する。

「ただ、ボロっちいけどね」
「そのボロっちい宿に私達が泊る事になった原因は、誰にあると?」
「う……」

 ファニールの軽口に、クラライナが鋭く突っ込みを入れる。

「いいじゃないか。せっかくだし、あたし達も一緒の宿に泊まるとしようよ」

 そこへ狼娘がフォローの言葉を入れた。

「そうだな、そうするか」
「では、一度宿へ――」

 エルコーの言葉を聞き、クラライナは宿への案内を買って出ようとする。

「いや、先に夕食を済ませよう。こっちから誘っておいて、後回しにさせるのも悪い」

 しかしエルコーはそう提案の言葉を発した。

「いいのかい?」
「いいって、あたし達も腹減ってるしね!」

 クラライナの言葉に、狼娘が返す。そして水戸美達はその提案を受け入れ、先に食事を済ませに酒場へと向かう事となった。



「ぷはっ!うまい!」

 酒場内の一角にあるテーブルにて、酒を勢いよく飲み干す狼娘の姿がある。

「うん、これおいしいよ!」

 一方で、テーブルの上に並んだ料理を次々と平らげてゆくファニールの姿がある。

「酒のおかわりちょーだーい!」
「……」

 そしてそんな二人の様子を、呆気に取られながら見ている水戸美の姿があった。
 酒場に入って席を確保し、注文した酒や料理が運ばれて来て以来、狼娘やファニールはこの調子であり、水戸美はそんな二人に視線を奪われていたのだ。

「二人とも、すごいですね……」
「ああ、勇者様の大食いのせいで、いつも出費がかさむんだ……」

 水戸美の零した言葉に、クラライナは若干眉間に皺を寄せて、呆れた様子で呟く。

「むぐ!?――だ、だって、町に寄った時じゃないとおいしい料理なんて食べられないし……!」
「はいはい、分かったから食べてる最中にしゃべらない。もっと行儀よく!」
「むぅ……」

 まるで子供の用にクラライナから注意を受けたファニールは、唸りながらもしかし食事の手を止める事はなかった。

「しかし……やはり腑に落ちないな……」

 一方で、常識的なペースで酒を嗜んでいたエルコーが、その時呟き声を零した。

「先程の宿の件か」

 それにクラライナが反応する。

「あぁ。以前訪れたのが半年前だったんだが、その時にはとても経営難に陥っているとは思えなかった」
「それなんだけどよ――」

 エルコーの零した疑問に、一人の青年が酒を片手に空いた席へと付きながら、声を被せる。青年は、商隊一行の護衛剣士であった。

「カウンターでちょっと聞いてみたんだが、どうにも町ではこんな事が続いてるみたいなんだ」
「こんな事って?」

 青年の言葉に、エルコーは疑問の声を返す。

「経営の順調だった所が突然倒産したり、知らずの内に夜逃げしてたりって事が、少なくない件数で起きてるらしいぜ」
「不景気……なんですかね?」

 青年の加えての説明に、今度は水戸美が推測の言葉を零す。

「それにしても妙なんだ。そうやって無くなっちまう所がある一方で、今まで芳しく無かった所が、急に活気付きだしたりしてる例もあるそうでな」
「それは、妙だな……」
「少し、調べてみたほうがいいかもしれないな」

 さらなる説明に、クラライナが訝しむ声を上げ、そしてエルコーがそんな言葉を呟いた。

「うんにゃ~?どうしたんだ、みんな~?」

 しかしその時、神妙な空気を崩すように、狼娘が会話に割り込んでくる。かなりの量の酒を飲んだのか、彼女は相当に出来上がっていた。
「ひゃ!ち、チナーチさん!」

 チナーチというのは狼娘の名だ。
 酔いの回った彼女――チナーチは、水戸美に絡みだす。

「辛気臭い顔しちゃって~、綺麗な顔が台無しだ~」

 水戸美に抱き着き、そしてぐでーともたれ掛かるチナーチ。

「わう……」

 そして彼女はそのまま、パタリと気を失ってしまった。

「あやや……」

 そんなチナーチに、困惑する水戸美。

「またか。しょうがないな……」

 そんなチナーチを見て、呆れながら立ち上がったのは、ミトミを手当てした女性だ。
 彼女は水戸美にもたれ掛かるチナーチを引き剥がし、抱え上げる。

「エルコー。私はファニールさん達の宿に先に行って、部屋を取っておくよ。ついでに、この娘を放り込んでおく」
「すまん、頼む。こっちは俺が支払っておく」

 女性の言葉に、エルコーも呆れた表情を浮かべながら発する。

「手を貸そうか?」
「いや、大丈夫。そっちはゆっくり食事を楽しんでて頂戴」

 クラライナの申し出を商隊の女性は笑いながら遠慮し、そしてチナーチを抱えて先に酒場を後にした。

「だ、大丈夫なんですか?」
「いつものことさ。酔いが回りやすい体質なのに、いつも調子に乗るんだから……困ったもんだ」

 水戸美の心配する言葉に、エルコーは困り笑いで返す。

「お気持ち、察するよ……」

 一方のクラライナは同情的な言葉を発すると共に、チラリと自分の隣の席を見る。

「むぐむぐ――ん~?何の話?」
「……はぁ?」

 以前、料理を遠慮なく堪能し続けているファニールの姿に、クラライナは小さくため息を吐いた。



 それからまた時間が経過。
 水戸美達は酒場での食事を終え、宿へと戻って来た。

「はふ~、満足」

 取った部屋に戻って来たファニールは、満足そうに言葉を零しながら、ベッドへと身を投げ出す。

「靴を履いたまま寝転がらない!」
「うぅ、は~い」

 しかしそこでクラライナから注意を受け、ファニールは渋々半身を起こし、靴を脱ぎ始める。

「――そうだ、ミトミさん」

 その途中で、ファニールは思い出したように水戸美へと顔を向け、声を掛けた。

「はい?」
「疲れてるかもしれないけど、寝る前に話しておきたい事があるんだ」
「話……ですか?」

 水戸美の疑問の言葉に、ファニールは頷く。

「うん。お昼にも話した通り、ボク達は魔王討伐のために旅をしてる。とても長くて、そして危険を伴う旅なんだ。――正直、この先の旅で何が起こるかはボク達にも分からない……だからね……」

 そこで言いづらそうにしたファニールを、クラライナが引き継いで言葉を発する。

「安全を考えるなら、ミトミさんはここで別れた方がいいかもしれない」
「え……」

 水戸美は発せられたその言葉に若干顔を曇らせるが、クラライナは続ける。

「この町で身を寄せられそうな所を見つけるという手もあるし、エルコーさん達に同行させてもらえるよう頼むという手もある。もちろん、私達も手伝うが……」
「あ、あの!待ってください!」

 しかしクラライナの言葉を、途中で水戸美が遮った。

「ん?」
「その……ファニールさん達と一緒に行くのは……ダメなんですか……?」

 そして疑問の声を上げたクラライナに、水戸美は恐る恐る尋ねる。

「……いや、ゴメンなさい。勝手な事言っちゃって……ご迷惑ですよね……」

 しかし彼女は直後に、自らの言葉を撤回し、謝罪の言葉を零す。そして水戸美はそのまま押し黙ったが、その表情はみるみる不安に染まっていった。

「「!」」

 それを見て、今度はファニール達の表情が変わる。

「あわわ、そんな悲しそうな顔しまいで!」
「す、すみま――ひゃわ!?」

 そして次の瞬間、ファニールは水戸美に思い切り抱き着いた。

「大丈夫だよー!ミトミさんを置いてったりしないから!」

 さらにミトミをワシワシと撫でまわすファニール。

「だからそんな、捨てられた子猫みたいな顔しないでー!」
「わ、わかりました!だから……」

 ファニールに撫でくりまわされ、困惑する水戸美。

「勇者様。ミトミさんが戸惑ってる」
「へ?……あ、ご、ごめん」

 そこで水戸美の状態に気づき、ファニールは彼女を解放した。

「い、いえ……こちらこそごめんなさい」

 そして謝罪の言葉を発した水戸美に、クラライナは「いや」と言葉を被せる。

「こちらこそ配慮が足りなかったな……誤解しないでくれ、水戸美さん。今のは、あくまで一つの案として言ってみただけなんだ」
「じゃ、じゃあ……ファニールさん達と一緒に行っても……?」
「もちろんさ、当初はそのつもりだったしな。ミトミさんが望むなら、何も問題はあるまい」

 クラライナはそこで、その凛とした顔に優しい笑みを浮かべて、水戸美の言葉を肯定してみせた。

「ごめんね?変な事言って不安にさせちゃって」

 そしてファニールも、謝罪の言葉を述べた。

「いえ、我儘言ってすみません……でもちょっと、安心しました」
「それは良かった――さて、では決まった所でどうする、勇者様?明日には出発する予定だったが」
「ミトミさんが落ち着くまで、この町に滞在しようか?」

 話が纏まった所で、クラライナとファニールは今後の予定を水戸美に向けて提案する。

「そ、そこまで迷惑かけられません!これからは、私がファニールさんとクラライナさんに合わせます!」
「いいの?大変だよ?」
「大丈夫です……たぶん」

 水戸美は少し不安になりながらも、コクリと首を振り肯定する。

「では予定道理、明日には出発しよう。ただ、出発前に、ミトミさんの分の用具を用意しないとな」
「だね。それと、ボク達と一緒に行くなら、覚悟してね?クラライナの馬ちゃんは基本荷物運び用だから、道中はずっと歩きになるよ?」
「が、がんばります」

 ファニールの言葉に、水戸美は少し気圧されながらも頷く。

「それに、道中でこわ~い魔物に出会う事も――むぺ!?」

 言葉の途中で、ファニールは奇妙な声を発する。見れば、クラライナがファニールの頬を掴んでいた。

「必要以上に脅かさない!大丈夫だ、ミトミさんの身は私達が守るから。そうだろう、勇・者・様?」

 ファニールの頬を掴んで彼女の眼を睨みながら、クラライナは怒気を込めて発する。

「ふぁい……がんばりまふ……」
「あはは……」

 そして今度は自身が気圧されながら発するファニール。そんな二人のやり取りに、水戸美は困り笑いを浮かべた。
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