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チャプター3:「任務遂行。異界にて」

3-4:「砦攻略 後編《モーター・サイクル》」

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「糞、簡単な役目のはずだったんだ……!」

 砦の屋上を、苦々しく言葉を零しながら歩く指揮官ラグスの姿がある。 その後ろには、臆した様子の官僚が続き、彼等の周辺を僅かな兵が囲っている。そして一番最後尾には、後ろ手に拘束され、両脇を兵に抑えられて強引に連れてこられたミルニシアの姿があった。

「くッ……放せ……!」

 ミルニシアは苦し気な声を零ながらも、身を捩り微かな抵抗の意思を見せ続けている。ラグスはそんなミルニシアを忌々しそうに一瞥だけし、ズカズカと歩みを進める。

「ら、ラグス殿……!一体どうなっているのだ……!?あなたの部隊は……?敵は一体……?」

 そんなラグスに官僚の男は追いすがり、今にも泣き出しそうな声で言葉を連ねる。

「うるさい!俺をイラつかせる言葉を吐くなッ!」
「ひっ!」

 しかし官僚の男の問いかけは、ラグスの怒声に一蹴される。

「糞……どうする、なんとか時間を……」
「ら、ラグス指揮官!」

 焦燥に駆られながらも思考を巡らせるラグスに、今度は追従していた兵の一人から声が掛かる。

「ええいッ、俺をイラつかせるなと言って――!」
「い、いえ、あれを見てください!」

 掛けられた声にラグスは再び怒声を上げかけたが、しかし兵はそれに言葉を被せ、そして砦の北側を指し示す。
 訝しみながらそちらへ視線を向けたラグスは、しかしその先に見えた光景に目を見開く。そして、焦燥に満ちていたその表情に、下卑た笑みを浮かべた。

「全員動くなッ!」

 そんなラグスの背後から、声が響いたのはその時であった。



 帆櫛が率い、鳳藤や新好地達からなる1分隊の一組は、制圧を終えた部屋を出て、その先にあった階段を駆け上がる。さらにその後ろを追うハルエーの姿がある。彼等が屋上に出ると、そこには複数の敵兵と、そして拘束されているミルニシアの姿があった。

「全員動くなッ!」

 敵兵とミルニシアの姿を確認すると同時に、帆櫛が声を張り上げる。そして鳳藤等各員は帆櫛を中心に左右へと展開し、各装備火器を敵兵達へ向けて構える。

「ひッ!?」

 自分達を追って来た隊員等の存在に、官僚の男はまたも悲鳴を上げ、周囲の敵兵達にも動揺が走る。しかし、ラグスだけは他の者達と違う反応を見せた。

「フンッ、よく分からない奇怪な奴らめ――おい、言う通りに大人しくしてる奴があるか!その女を前に引き出せッ!」
「は、は……!」

 ラグスの言葉を受け、慌てて動き出す兵達。そして、兵達と隊員等を隔てるように、ミルニシアの身が引き出された。

「ミルニシア!」

 分隊の背後にいたハルエーが、その光景におもわず彼女の名を発する。

「やはり、人質を盾に使うか……!」

 そして鳳藤が苦々しく言葉を零す。

「ッ……無駄な抵抗はやめろ!その人を解放するんだ!」

 ラグス達に向けて、警告の言葉を上げる帆櫛。しかしその言葉を、ラグスは鼻で笑い一蹴する。

「は!あれを見てもそんな事が言えるか?」

 そしてラグスは片手を翳し、自身の背後を示して見せる。

「ッ!」

 ラグスが示した先に見えた光景に、各員は目を見開いた。

「く……敵の本陣が到着してしまったか……!」

 そしてハルエーが苦し気な言葉を零す。
 各員の視線の先、砦の北側、城壁を越えた先に見えた物。それは、その先に伸びる道を埋め尽くす、騎兵、軽装歩兵、そして重装歩兵。それ等各兵種からなる大規模な部隊が、こちらへと迫る姿であった。



 砦の北門。その直上に設けられた、左右に伸びる城壁上の通路が合流する足場。そこには、その場を抑えた2分隊の各員の姿があった。
 各員の視線は、城壁の外側へと向いている。

「――マジかよ」

 そしてその中で、版婆が驚きと言うよりも、忌々しさに近い声を零す。
 彼等の目には、先に伸びる道から砦へと迫る、軍勢の姿が映っていた。さらにその先頭に位置する敵部隊は、その縦隊を二つに割いて、布陣を開始している。

「また大層な団体さんのお出ましだな」

 その隣で同様に軍勢に視線を向けていた波原は、呟くと同時にインカムのスイッチを入れ、発し出す。

「ジャンカー2波原よりジャンカー1へ。砦の北より、接近する大規模な部隊を確認した。およそ500名、大隊規模」
《ジャンカー1帆櫛だ!こちらでも確認している……だがこちら今切迫した状況にある、こちらで敵増援への対応はできない!》

 波原の発報に、帆櫛から焦燥に駆られた声色での返答が来る。

「了解。敵増援部隊にはこちらで対応する」
《すまない、頼む……!》

 帆櫛の焦りに満ちた託す声を区切りに、通信が終わる。
 帆櫛達の方がどういう状況なのかも気がかりではあったが、波原は自分達が今成すべき役割に集中する事にした。

「波原三曹、敵の先陣が布陣を完了させました。こちらを狙っている模様――来ます!」

 観測の役割を担っていた隊員が叫ぶ。その瞬間、敵の陣形から多数の矢が放たれた。
 放たれた多数の矢は、陣形から城壁の間を弧を描いて飛び、2分隊の配置している城壁上とその周辺へ降り注いだ。

「おわッ!」

 波原始め各員は寸での所で身を屈めて隠し、難を逃れる。

「敵陣、第2射の態勢に入っています――あれは……!」

 しかし間髪入れずに観測を行っていた隊員が、再び叫び声を上げる。彼の目は、敵陣の中で複数の火球が形成される様子を捉える。火球は先の弓撃と同じように上空へ撃ち出され、城壁上の2分隊へと襲い来た。

「ッ!」

 降り注いだ複数の火球は、落ちた地点とその周囲を焼く。波原は、近くに落ちた火球の熱に、表情を歪める。

「全員無事か!?被害報告しろ!」
「ナシ!」
「無事です!」

 幸いにも火球による被害を負った隊員は居なかった。波原はその事に安堵しつつ、城壁から視線を出してその先を覗き見る。

「彼我を確認せず、問答無用で撃って来やがった……!俺達の事は把握済みってか」
「逃げた敵がいたようですから、俺達の事を報告したんでしょうね」

 波原の悪態混じりの言葉に、観測を行っていた隊員は冷静な口調で答える。

「これ以上撃ち込まれる前に黙らせる!様羅(さまら)一士!」
「は」

 波原は、分隊に組み込まれていた様羅という名の通信科隊員を呼ぶ。

「迫撃砲分隊に砲撃要請!」
「了解。――ジャンカー2よりモーターネスト、迫撃砲による砲撃支援を要請――」



 小隊陣地の後方に設けられている迫撃砲陣地。その中心である96式自走120㎜迫撃砲の車上では、自走迫撃砲の車長を始めとした搭乗員等が、砦へと視線を向けていた。

「車長、そろそろですかね」
「だな」

砲室内の重迫撃砲の脇で佇む砲手の言葉に、車長用キューポラから半身を乗り出している車長が返す。
 先程から彼等の元には、無線機やインカムから聞こえ来る声により砦内の情報が届いており、そこから推測される状況から、自分達迫撃砲部隊の出番か近い事を予測していた。

「――ん?」

 その時、自走迫撃砲の車長は自分達に注がれる視線に気づいた。車長が視線をそちらに向けると、自走迫撃砲のすぐ側に立つ二人の少年少女。第37騎士隊の隊兵の少年と、書記の少女の姿が目に映った。

「どうした君等?」

 車長はこちらを見上げている二人に声を掛ける。声を掛けられた二人は少し驚いた様子を見せ、その後に少年の方がおっかなびっくりといった様子で口を開いた。

「い、いや……その、あんた達は戦いに行かないのか?てっきり、その大きな乗り物で突っ込むものかと思ってたのに」

 隊兵の少年の言葉に、車長は「あぁ」と言葉を零すと続ける。

「そういう手もないでは無いんだが、俺達にはもっと別の、大事な役割があってな」
「大事な役割……?」

 車長の言葉に、今度は書記の少女が疑問の声を上げる。

《ジャンカー1よりモーターネスト、迫撃砲による支援を要請》

 自走迫撃砲内の無線機に、砲撃要請の通信が飛び込んできたのはその時だった。

「車長!」
「来たか。皆、準備しろ!」

 そして迫撃砲陣地内は慌ただしくなり、自走迫撃砲上の各員も各々の行動へと移り出す。

「な、なんなんだ……?」

 その光景を、少年と少女は呆気に取られた様子で眺めている。
 迫撃砲陣地内に布陣する96式120㎜自走迫撃砲、そして3門の64式81㎜迫撃砲にそれぞれ担当する隊員が付き、砲撃準備を整えてゆく。

「車長、ジャンカー2より再度通信です。敵の展開位置は、こちらより1200から1500m地点とのこと」

 重迫撃砲の砲手が、車長に報告の声を上げる。

「了解、射角を調整しろ」

 自走迫撃砲に搭載された120㎜重迫撃砲は、砲手の操作により、もたらされた敵との距離に対応した射角へと調整される。

「射角調整完了!」
「装填準備!」

 車長の上げた指示と共に、重迫撃砲装填手の隊員が120㎜重迫撃砲の前へ立つ。彼の腕には120㎜迫撃砲弾が抱えられ、持ち上げられた砲弾が重迫撃砲の砲口にあてがわれる。

「――撃ッ!」

 車長の号令と同時に装填手が腕を放して屈み、120㎜迫撃砲弾が砲身内に滑り落ちる。そして重迫撃砲砲身内の底部に設けられた撃針に砲弾が触れ、発射薬が起爆。
 ボッ、という音と共に、重迫撃砲から第一射が撃ち出された。



 砦の北側で布陣する部隊の後方。そこに、馬上で訝しむ表情を作る、この部隊の指揮官の姿があった。

「……奴等、何もして来んな」

 砦を眺めながら、指揮官の男は呟く。
 彼の訝しむ理由は、彼の元にもたらされていた知らせにあった。
 ここまでの行程の最中に、彼の率いる本陣は、どういうわけか砦から逃げ帰って来た兵を拾っていた。その逃げ帰って来た兵達の話を聞けば、なんと先んじて砦へ向かったはずの先陣部隊が、正体不明の敵の攻撃を受け、壊滅状態にあるというではないか。砦を包囲しているのは近衛騎士団の一部と、地方の守備隊だけであるという情報を前もって受けていた彼にとって、この報は衝撃的な物であった。
 しかし、いざ実際に砦へと到着してみれば、砦に居座っている思しき相手は、攻撃の気配すら見せない。先手を打つべく部隊に弓と魔法による攻撃を実行させたが、それに対しても応射の一つすらなかった。
 その前情報と現状の落差に、指揮官の男は疑念を抱いていたのだ。

「フン、この本陣を目の当りにして臆したのではないか?」

 そこへ指揮官の男の前から声が上がる。部隊の先頭で展開している、百人隊の隊長の男の声だ。

「しかし逃げ帰って来た兵の話によると、相手はわずかな兵力で、先陣の百人隊二個部隊を壊滅に追いやったと言うではないか?」
「先陣部隊は、何か小賢しい罠にでも嵌められたのであろう。その策も付き、そこへ我々が現れて途方にくれているのだろう」

 百人隊長の男の上げた言葉に、その場に居合わせた別の部隊の隊長が疑念の声を挟むが、百人隊長はそれに対しても一笑するように返す。

「百人隊長、あまり油断はするな」
「はは、指揮官殿は相変わらず心配性ですな。その心配、我が隊が敵ごと散らしてみせましょう」

 指揮官の男は百人隊長に咎める言葉を発するが、百人隊長はそれに対して意気揚々と言葉を返して見せる。あくまで楽観的な態度を崩さない百人隊長に、余計に不安を覚える指揮官。
 しかし懸念事項こそあれど、この場でただ燻っているわけにもいかなかった。

「相手は矢か、魔力切れでも起こしたのでしょうか?」
「敵は少数と聞く、おそらくそんな所であろうな……」

 側に控えていた副官が発した、比較的現実的な推測の言葉に、指揮官は同意の言葉を返す。それは指揮官が、自身を強引に納得させるために発せられた言葉であった。

「中で追い込まれている先陣の事もある、モタモタしてはいられない……百人隊長!まずは第1百人隊が前進し、突入口を確保せよ!」
「お任せあれ!第1百人隊、前進準備ーッ!砦に籠った臆病な敵を、捻り潰してやるのだ!」

 命を受けた百人隊長が、高らかに声を上げて配下の百人隊に命じる。最前列布陣していた百人隊は、号令を受け、それに応える雄たけびを上げると共に進撃に備えた態勢へと移行する。

「前進ーッ!」

 そして次の号令と共に、百人隊は前進を開始した。
 百人隊の兵達は、揃った足音を立て、鎧の擦れる音を上げながら、勇ましく歩みを進める。
 ――そんな彼等の耳に、奇妙な音が届いたのはその時であった。
 彼等の元へ聞こえ着たのは、風のような、しかしそれにしてはやや甲高い奇妙な音。

「ん?一体何の――」

 百人隊長は疑念の声を上げかける。しかし、その言葉が最後まで紡がれる事は無かった。
 ――次の瞬間、隊列の後方で爆炎が上がった。
 発生した衝撃と、撒き散らされた破片は周辺に居た百人隊の兵達に襲い掛かり、彼等を吹き飛ばし、死傷させる。
 そして爆炎の上がった丁度その場所にいた百人隊長は、己の身に何が起こったのかを知る事も無いまま、その体を四散させて消滅した。



「――な」

 指揮官の男はその場で膠着していた。奇妙な音が聞こえ来たかと思った直後、前進を命じた百人隊の隊列の後方で、突然爆炎が上がった。爆炎は隊列の後方にいた兵達を吹き飛ばし、そして百人隊長を消し飛ばした。
 突然目の前で起こったこれ等の事態を、彼の頭は処理しきれずにいたのだ。

「指揮官殿!」

 脇に控えていた副官の声が、そんな彼を現実に引き戻す。そして引き戻された彼の耳が聞いたのは、先に聞こえた物と同様の奇妙な風切り音。
 瞬間、またしても爆炎が、今度は複数個所で同時に上がった。
 前に布陣していた百人隊や、後方に控えていた弓兵隊、魔法兵隊等の各所で爆炎は発生し、その場に居た兵達の吹き飛ばされる姿が、指揮官の男の目に映る。

「ッ――指揮官殿、我々は攻撃を受けています!」
「く……こんな攻撃が……?奴らは、これを――」

 発しかけた指揮官の耳が、その時、またしても風を切るような音を捉える。その音が爆炎の前触れである事を、指揮官は今理解し、その顔が青ざめる。

「全隊、散会しろ――!」

 指揮官は咄嗟に指示の声を張り上げる。彼の近くで爆炎が上がったのは、その瞬間だった。

「のぁぁッ!?」

 襲い来た衝撃は、指揮官の跨る愛馬ごと彼を吹き飛ばした。そして指揮官は愛馬が放り出され、地面に叩き付けられる。

「……ぐ……!」

 叩き付けられた事によるダメージに指揮官の体が悲鳴を上げる。さらに発生した爆炎から撒き散らされた破片が、指揮官の体を傷つけており、その傷による痛みも指揮官を苛む。
 指揮官はそれらの痛みに耐えながら、必死にその体を起こし、視線を上げる。

「……なんということだ……」

 その彼の目に飛び込んで来たのは、陣形を保てなくなり、大混乱に陥った部隊の姿であった。



 迫撃砲陣地からは、絶え間なく砲撃が行われている。
 並ぶ64式81㎜迫撃砲、そして自走迫撃砲に搭載された120㎜迫撃砲 RTから各迫撃砲弾が撃ち出される。そして撃ち出された直後に、各砲に付く装填手がすかさず次の迫撃砲弾を方へと滑り込ませ、わずかなスパンで次の砲弾が撃ち出される。
 そのサイクルが繰り返され、迫撃砲分隊は砦を越えた向こう側へと、次々に迫撃砲弾が注ぎ込まれてゆく。
 その傍らでは、隊兵の少年と書記の少女が、絶え間なく響く迫撃砲独特の発射音を聞きながら、その光景を見つめていた。
 そして彼等の耳には同時に、砦の向こうから響く無数の爆音も聞こえている。

「何が起こってるんだろう……」

 口でこそそう言ってみた隊兵の少年。だが、今目の前で行われているのが、何らかの、それも苛烈な攻撃行為であることは、彼等も感じ取っていた。



 展開した敵陣へ、次々と迫撃砲弾の雨が降り注いでいく。
 迫撃砲弾が的中に落ちるたびに、その場で爆炎が上がって土砂が巻き上がり、その場にいる歩兵や騎兵、重装備歩兵等を区別なく吹き飛ばしてゆく。

「右方奥側に固まってる。下へ3°、右へ7°修正」
「了解。モーターネスト、各砲を下へ3°、右へ7°修正してくれ」

 城壁上では2分隊が砲撃の弾着観測を担っていた。
 波原が敵の位置を確認して、迫撃砲の取るべき適切な角度を判別。それを通信科隊員の様羅が迫撃砲陣地へと送り、間もなくすると要請の反映された砲撃が行われ、そして観測した敵の頭上へと迫撃砲弾が降り注ぐ。そのたびに、人が紙切れのように吹き飛び、四散してゆく。
 度重なる砲撃により敵は混乱に陥り、組まれていた陣形は今や完全に崩れ去っていた。城壁上からは、混乱し逃げ回る者。負傷し、さ迷い這いずり回る者等の姿が見える。一部には果敢に、そして一塁の望みをかけて砦へと突貫を仕掛ける者達もいたが、その彼等は、城壁上で待ち構える2分隊の各個射撃の餌食となった。

「波原三曹、敵が後退を始めます」

 配置していた隊員の一人が報告の声を上げる。
 その言葉通り、砲撃により散り散りになった敵兵達が、後退を始める様子が見えた。陣形も取らずに背を見せて走り去る彼等のそれが、組織的、戦術的な後退ではなく、敗走であることは目に見えて明らかであった。

「……迫撃砲分隊へ砲撃停止要請」
「了解。ジャンカー2よりモーターネスト。砲撃停止、繰り返す、砲撃は停止」

 通信で要請が送られ、やがて砦の北側へと降り注いでいた、砲弾の雨は止んだ。
 砲撃は止んだ事により敵部隊が態勢の再構築を図る事を警戒し、2分隊各員は眼下へ睨みを利かせる。だが、敵部隊の敗走が止まる事は無かった。
 一帯に、つい先程まで布陣していた大部隊の姿はすでになく、残されたのは、一帯の各所にできた迫撃砲弾の炸裂による穴。そして、砲撃の犠牲となった無数の敵兵達の亡骸であった。

「……見てられん」

 MINIMI軽機の照準の向こうに、その光景を見ていた版婆が、静かに呟いた。



 「……な……」

 砦の屋上。そこから見える光景に、指揮官ラグスはその身を固まらせていた。本陣が到着し、それにより状況の巻き返しが図られる事を期待していたラグス。しかしその期待は、彼の視線の先で脆くも崩れ去った。
 到着した本陣は砦へと足を踏み入れる事もままならないまま、突如巻き起こった無数の爆炎、爆風に蹴散らされて壊滅。わずかな時間で本陣は見る影も無くなり、わずかな生き残りがラグス達を置いて敗走してゆく姿が見える。

「なんという……」

 一方では、騎士団団長ハルエーも、その光景に驚愕していた。そしてハルエーは、自分の前で展開している帆櫛等1分隊の隊員を、畏怖の目で目詰める。
 しかし当の帆櫛等1分隊は、以前緊迫状態にあった。
 敵の兵がミルニシアを人質に取っている状況は変わらず、分隊は次の一手に慎重な判断を要求される状況にあった。

(……彼等の注意は背後に向いている……行けるか……?)

 帆櫛は、敵兵達の目が砲撃により背後に反れている事に目を付け、そこを人質解放のチャンスと判断。自分の傍に立つ鳳藤と町湖場に目配せで合図を送る。

「――今だ!」

 そして声を上げると共に、鳳藤と町湖場はそれぞれ発砲した。
 両名の放った銃弾は、ミルニシアを捕まえていた彼女の両脇の兵に命中。兵達が崩れ落ち、ミルニシアの身が解放される。

「よし、確保!」

 そして帆櫛が叫ぶと同時に、鳳藤がミルニシアの身を保護すべく彼女の元へと駆け寄り、手を伸ばす。
 しかしその直前、ミルニシアの身は引っ張られるように後退し、鳳藤の手は空を切った。

「な――!」

 鳳藤、そして帆櫛は驚きの声を上げ、そして顔を苦渋に染める。
 鳳藤等の目に飛び込んできたのは、ミルニシアの首に腕を回し、そして彼女の首元に短剣をあてがう、敵の指揮官ラグスの姿だった。

「う、動くな……動けば、この姫様がどうなるか分かるな!?」

 帆櫛等1分隊に向けて叫び声を上げるラグス。その様子には、あきらかな動揺が見て取れた。

「ッ、無駄な抵抗はやめなさい!もうそちらの戦力は壊滅状態だ、その人を解放して投降しなさい!」

 帆櫛は投降を呼びかけるが、不安定な状態にあるラグスが、それを聞き入れる様子は無い。

「ッ……わ、私の事は気にするな!こいつを――むぐ!?」
「うるさい、喋るな!」

 声を上げかけたミルニシアは、しかしその口をラグスの手に塞がれる。そしてラグスはミルニシアに短剣を突き付けた姿勢で、砦の縁へジリジリと後ずさって行く。

(クソ、もう一度撃たせるべき?どうすれば……!)

 下手な判断を下せば、人質を傷つける結果となりかねない。そのプレッシャーに押され、帆櫛は次に取るべき手段を決めかねている。

「――!」

 帆櫛の目が、〝それ〟を見たのはその瞬間だった。
 ラグスの背後、砦の縁の向こうから、突如人影が姿を現した。

「!?」

 帆櫛から一瞬遅れて、ラグスも自身の背後の気配に気づき、振り返ろうとする。
 しかしそれよりも速く、現れた人影がぬっと腕を伸ばし、ラグスの短剣を握る腕を捕まえた。

「な――ごうッ!?」

 そして同時に、ラグスの後ろ首に衝撃が走った。襲い来た衝撃にラグスの脳は揺れ、その体はミルニシアを放して床へと崩れ落ちる。

「――よし」

 そして砦の縁を乗り越え、ラグスの体に乗りかかって彼の体を抑える人影。その正体は、鷹幅であった。

「あ、あぁ……ひ!?」
「動くなよ。両手を頭に」

 その傍らで、ただ狼狽していた官僚の男に、9mm機関けん銃の銃口が突き付けられる。銃口を突き付けた主は、鷹幅に続いて砦へと上がって来た不知窪だ。

「鷹幅二曹!」

 ラグス達の拘束が完了したその場へ、帆櫛や鳳藤が駆け寄って来る。その背後では、ラグスを取り巻いていた兵達が、同様に隊員等の手で拘束されてゆく姿が見えた

「どうやら、いいタイミングで駆け付けられたようだな」
「すみません、助かりました……」

 鷹幅に向けて礼の言葉を発する帆櫛。自身が判断に困っていた所を鷹幅に助けられる形となったせいか、彼女の言葉にはどこか後ろめたさのような物が含まれていた。

「いいさ、こうしてうまい事抑えることができたんだからな」

 それを察してか、鷹幅は帆櫛にそんな言葉を返す。

「ぐ……――このッ!」

 ラグスが、その脚を払ったのはその瞬間だった。
 払われた彼の脚は、まだ近くにいたミルニシアの足を掬った。

「あッ!」

 足を掬われたミルニシアは体勢を崩し、その体は砦の縁の向こうへと放り出される。

「な――」
「しまっ――!」

 思わぬ事態に、目を剥く鷹幅と帆櫛。すかさずその体を動かそうとする二人だが、その時にはすでに、ミルニシアの体は中空へと投げ出されていた。

「ッ――!」

 ミルニシアは、落下を覚悟してその目を瞑る。
 しかしその直後、彼女の身体に奇妙な感覚が走った。やや乱雑だが、地面へと激突というにはあまりにも柔らかい、何かに支えられるような感覚。

「……?」
「間に合った……!」

 それは正しかった。
 恐る恐る目を開いたミルニシアの目に映ったのは、端正な鳳藤の顔。
 ミルニシアは、鳳藤の片腕に支えられていた。
 鳳藤は片腕だけでミルニシアの体を抱きかかえ、もう片腕で砦の縁を掴み、さらに片足を砦の壁面に着いて突っ張り、その体を支えている。
 鳳藤はミルニシアを救うべく、自らも縁を越えて城壁を飛び出し、ギリギリの所でミルニシアの体を抱き寄せたのだ。

「君、もう大丈夫だよ」
「……あ、あぁ……」

 ミルニシアを安心させるべく、鳳藤は笑みを作って発する。それに対して、ミルニシアは戸惑いつつ、そして若干頬を赤らめながら言葉を返した。

「鳳藤士長、大丈夫か!」

 縁の向こうから、帆櫛からの身を案ずる声が聞こえてくる。

「人質も、自分も無事です!引き上げてもらえますか!?」

 それに対して返す鳳藤。
 鳳藤とミルニシアは、1分隊の隊員等の助けを得て、無事砦の屋上へと引き上げられた。

「糞!糞ッ!なんだってんだ……!?」

 一方、最後の悪あがきも失敗に終わったラグスは、地面に横たわりながらも喚き声を上げ続けていた。

「こんなはずじゃなかった!お前等、一体なんだって――ごうッ!」

 しかしそんなラグスの後ろ首に9mm機関けん銃のグリップが勢いよく当てられ、彼は悲鳴を最後に気を失う。

「悪いが、これ以上抵抗されると困るんだ」

 そしてラグスに伸し掛かっていた鷹幅が静かに言った。

「すまない、鳳藤士長。よくやってくれた」

 そして鷹幅は、丁度ミルニシアと共に引き上げられてきた鳳藤に視線を向けて発する。

「いえ、とっさに体が動いたものですから」

 その言葉に鳳藤は当然の事といったように返した。
 屋上の制圧が完全に成された事を確認した鷹幅はインカムに向けて発し出す。

「ジャンカー2、こちらジャンカー1鷹幅。こちらは砦の全フロアを掌握した」
《ジャンカー2波原です。こちらも、敵の団体にはお帰りいただきました》

 鷹幅の発報に、波原から軽口混じりの返信が返って来る。

「了解。ジャンカー2はそのまま城壁上で警戒監視を続けてくれ。それと、通信科の様羅一士もそちらにいるな?そちらの無線で、陣地の3分隊――ジャンカー3に、こちらへ合流するように伝えてくれ」
《了解です》

 必要なやり取りを終え、鷹幅は通信を終える。

「お、おい……もう降ろしてくれ……!」

 ちょうどその時、鳳藤の腕の中で、未だに抱きかかえられたままのミルニシアが声を上げた。彼女は鳳藤の腕の中で身を捩り、鳳藤の腕からやや強引に降りて、地面に足を着く。

「っ……!」

 しかし地面に足を着けたミルニシアは、その脚に力を入れる事が出来ずに、崩れ落ちかける。

「っと」

 そしてそこを再び鳳藤に支えられた。
 長時間人質として拘束され、さらに生命の危機に陥りかけたミルニシアの精神的負担はかなりの物となっていた。それが解放された事により、一気に体に現れたのだ。

「かなり疲弊しているようだね、無理もない。やはり私が運ぼう」
「よ、よせ……こんな……!」

 鳳藤は再びミルニシアを抱き上げるが、ミルニシアは身を捩ってそれに抵抗する。

「大人しくお言葉に甘えなさい、ミルニシア」

 そんなミルニシアに声が掛けられる。ミルニシアや鳳藤が顔を上げると、そこにはハルエーの姿があった。

「団長!で、ですが……」
「我々は、全てにおいてこの人達に助けられた。だというのに、ここに来てまで虚勢を張る事は、返って見苦しさを晒すだけだろう」

 そう言ってミルニシアを説くハルエー。

「ッ……」

 上官の言葉を聞いたミルニシアは、すこしの沈黙の後に、鳳藤からそっぽを向いて、その腕の中に身を預けることに甘んじた。

「……さて、確かタカハバ殿と申されましたな。あなた方には謝罪と、そして感謝をしなければなりません」

 ハルエーは鷹幅へ向き直り、そう発すると同時に頭を下げた。
 そして、最初に鷹幅等に失礼な態度を取ってしまった事に対して謝罪を述べる。続けて、そのような態度を取ってしまったにもかかわらず、こうして駆け付け、助けてくれたくれた事に感謝の言葉を述べた。

「よしてください。私達は突然現れたよそ者、それを懐疑的に思われるのは当たり前の事です。それに私達は、自分達が引き受けると決めた事を、成したに過ぎません」
「ご謙遜を。あなた方の存在が無ければ、私達は……いえ、この地、この国はどうなっていた事か……」

 ハルエーはそこで、砲撃の行われた砦の先の光景へ目を移し、そして続ける。

「ここまでの力を持つあなた方……その力量を見誤り、軽んじた。己の浅はかさに、呆れるばかりです」

 そう言って鷹幅に頭を下げ続けるハルエー。

「頭を上げてくださいハルエーさん。仕方の無い事です、想定異常の勢力の襲撃があったのですから――それより、あなたも拘束されていた身です。休まれたほうがいいでしょう」

 対する鷹幅は、ハルエーに頭を上げてもらうよう促し、そして休息を取るように勧める。

「しかし……」
「大丈夫です、しばらくは私達にお任せください。それに――ザクセンさん達もじきに来られるでしょう」

 言いながら、砦の屋上から、南側にある包囲陣へと視線を送る鷹幅。包囲陣の方向からは、先程合流を要請した3分隊の隊員等と小型トラックが。そしてそれに続くように、第37騎士隊の隊兵達が、砦へと向かってくる姿が見えた。

「……分かりました」

 ハルエーは少し後ろめたい様子を見せたが、鷹幅の勧めを受け入れた。
 ハルエーは隊員に付き添われ、そしてミルニシアも鳳藤に抱きかかえられて、砦の内部へと戻ってゆく。
 それを見送った後に、鷹幅は再び砲撃の行われた北側の一帯へと視線を向け、その光景を目に収める。

「終わったんですかね……?」

 傍らにいた帆櫛が、どこか複雑そうな様子で鷹幅へ尋ねる。

「今回はな」

 その言葉に対して、鷹幅は先の光景を見つめたまま、静かに答える。
 鷹幅等は勝利を収めた。
 しかし自分達が生み出した、数多の亡骸が広がる光景を前に、鷹幅達はその勝利を手放しに喜ぶ事は出来ないでいた。
 そして今回のような戦いが、おそらく今後も起こるであろうことを、彼等は心のどこかで感じ取っていた――。



 それから、小隊の3分隊と第37騎士隊の隊兵達が砦へと到着し合流。
 負傷者の手当てや、人質となっていた者達の保護、わずかだが投降して来た敵兵の拘束。そして何より犠牲となった者達の遺体の回収。そういった類の戦闘後処理が始まった。
 特に、敵味方共に多数の犠牲者を出したがために、遺体の回収作業にはかなりの手間と時間、人員を要し、最低限の分別と安置が成された頃には、戦闘終結から半日が経過。すでに日が沈む時刻となっていた。
 薄暗くなった砦の中では、手空きの者が各所に灯りを灯して回る姿が見える。

「……よし、点いた」

 そして砦の三階の一室では、第37騎士隊隊長のザクセンが、机の上に置かれたランプに火を灯した所であった。
 一室は、現在かく作業の指揮を取るための指揮所として使われており、その場にはザクセンの他に、37隊の書記の少女や数名の隊兵。そして鷹幅の姿もあった。

「すみません、中断して」
「いえ。じゃあ、続けてくれるかな」

 火を灯し終えたザクセンの言葉に鷹幅は返すと、側に立っていた書記の少女に促す。
 鷹幅達は、書記の少女から各種報告を聞いている最中であった。

「はい。では、こちらの被害ですが、亡くなった方が38名、重軽症者が合わせて60名程。そのほとんどが第1騎士団の方達です……」
「そうか……人質となっていた商隊や旅人、砦の駐留兵の方は?」
「衰弱こそしていましたが、人質となっていた人達に犠牲者はありませんでした」
「不幸中の幸いか……」

 そう言ってみたザクセンだが、その顔は酷く曇ったものであった。

「……敵の情報は、どれくらい判明した?」

 ザクセンは首を軽く振るうと、書記に向けて次の情報を求める言葉を紡ぐ。

「装備から見るに、おそらく雲翔の王国の部隊と思われます。ただ、正規の部隊なのか、離反兵なのかはまだ……」
「正規の部隊だとは、思いたくないな……」

 書記の少女の説明を聞き、呟くザクセン。

「すみません。その、雲翔の王国というのは?」
「あぁ、この地翼の大陸に東北の国です――」

 そこへ言葉を挟み尋ねた鷹幅に、ザクセンは説明する。
 雲翔の王国とは、いま現在隊がいるこの地翼の大陸の東北に、広大な領地を持つ大陸であるという。五森の公国との位置関係は、隣国である雪星瞬く公国を挟んでさらに向こう側に位置するとのことであり、今回攻め込んで来た部隊は、間にある雪星瞬く公国を通過して、攻め入って来たのであろうと、ザクセンは予測の言葉を発して見せた。

「間にある別の国を跨いで、この国に攻め込んで来たという事ですか?無茶を……」
「もしくは、雪星瞬く公国も、同様に攻め込まれているか……ッ、嫌な考えしか浮かんでこないな……」

 ザクセンは苦い表情を浮かべる。

「確保拘束した敵の指揮官。彼から情報を聞き出すしかなさそうですね」
「そうですね……各作業も落ち着いた事ですし、その指揮官から聴取を――」

 そう言いながら、付いていた席から立ち上がろうとするザクセン。
 彼の言葉を遮るように、一室の扉が勢いよく開かれ、37隊の隊兵が飛び込んで来たのはその時だった。

「た、大変です――!」



 砦内にある一室。そこは拘束した敵指揮官のラグスを、一時的に拘置するため使用されていた。しかし今、その部屋の扉は開け放たれ、扉の前には隊員や37隊の隊兵が詰めかけ、ざわめきが上がっている。
 彼等が視線を送る一室の内部。そこにあったのは、自殺防止のために塞がれていた口の端から血を流し、死体となっていた敵指揮官、ラグスの姿であった。

「なんてこった……」

 部屋内には、駆け付けたザクセンと鷹幅の姿があった。
 二人は亡骸となったラグスに、驚愕で表情を染めながら、視線を落としている。

「口を塞がれ、舌を噛むこともできなかったはずなのに、どうやって……」

 困惑の声を上げるザクセン。

「着郷、分かるか?」

 指揮官ラグスの死体の前に、そこ屈み、死体を調べている衛生隊員の着郷の姿がある。彼に向けて尋ねる鷹幅。

「……おそらく、毒ですね」

 ラグスの口内を覗き調べていた着郷は、鷹幅等に振り向くと、そう発した。

「毒……」

 呟く鷹幅。

「奥歯の付近に付着物があります。あらかじめ、奥歯に自決用の毒を仕込んでいたのでしょう」
「そこまでするか……」

 着郷の説明に、ザクセンが思わずしてそんな言葉を零す。

「ッ、貴重な情報源だったのに……」

 そして鷹幅も、苦々しい表情で言葉を零す。

「他の兵ではダメなんですか?」
「ある程度の情報は得られるかもしれないが……この男は指揮官だ。この男しか知らない情報もあったかもしれない」

 疑問の声を上げた着郷に、鷹幅はそう答える。

「ザクセンさん、どうしますか?」
「ッ……情報源を失ってしまったからには、こちらから雪星瞬く公国や、雲翔の王国の内情を探りに行く必要が出て来るでしょう。しかしそれは既に、地方の部隊である我々の管轄を越えます。まずは上に報告しなければ……」

 鷹幅の問いかけに、苦い口調でそう答えるザクセン。

「誰か伝令の手配を――」
「それは私が行こう」

 そして発されかけたザクセンの言葉は、しかし背後からした声に阻まれた。鷹幅とザクセンがその声に振り向くと、一室の入り口に立つ、騎士団長ハルエーの姿があった。

「ハルエーさん、休まれていませんと」
「いえ、私は大丈夫です」

 驚き発した鷹幅の言葉に、ハルエーは首を静かに振って答える。

「それに私はこの場の責任者です。判断を誤り、騎士団に大きな犠牲を出してしまった責任を、姫様の前で取らなければならない。本来、休んでいる事が許される身ではないのです」
「しかし……いえ、分かりました」

 ハルエーの体を案じかけた鷹幅。しかしハルエー達にも、彼等にとって大事な役割や立場、関係性がある事を察し、鷹幅はハルエーの言葉を受け入れた。

「確かに……責任云々はともかくとして、この件は大事になる。団長さんに預かってもらって、王女様と相談してもらうのが適切か」

 そしてザクセンもそう発する。

「それではタカハバ殿。申し訳ないのですが、あなたもご同行願いえないだろうか?」
「私ですか?」
「ええ、私は恥ずかしくも人質となっていた身。そんな私よりも、敵の軍勢を追い払って見せたあなた方からのお話を、姫様は望んでおられるでしょう」
「分かりました、そういう事でしたら」

 ハルエーの願い入れを、鷹幅は受け入れた。

「ありがとうございます。では、馬車の手配をしないといけませんな」

 そう言い、ハルエーはその場を立とうとする。

「ああ、お待ちくださいハルエーさん。移動手段はこちらで用意しましょう」

 しかし鷹幅はそんなハルエーを呼び止め、言った。

「しかし……」
「大丈夫です。そちらは私達にお任せください」

 それは申し訳ないという様子で、言葉を零すハルエー。
 しかし、馬車より小隊のトラックを用いたほうが到着は圧倒的に早い。その事から、鷹幅はやや強引に移動手段を自分達で受け持つことを押し通した。



 大型トラックの手配を関係隊員に命じ、ハルエー達にも出発の準備を整えてもらっている中、鷹幅は砦内の一室に顔を出していた。
 内部に等間隔でベッドが並ぶその一室は、本来は砦の駐留兵のための生活スペースであったが、今現在は負傷者の救護手当のために使用されていた。
 各ベッドには負傷者――主に第1騎士団の騎士や兵達が寝かされ、彼等の看護手当のために第37騎士隊の看護兵を始めとする隊兵らが、忙しく動き回っている。
 そしてその忙しく動き回る彼等に混じって、負傷者の手当てに手を貸している鳳藤の姿があった。

「鳳藤士長」
「はい!」

 鷹幅の掛けた声に反射で声を返した鳳藤は、振り向いて鷹幅に気が付く。

「いいか?」
「少し待ってください」

 そう言った鳳藤は、見ていた負傷者の引継ぎのためだろう、近くにいた看護兵を呼び止めて短い会話を交わしてから、鷹幅の元へと駆け寄って来た。

「どうされました?」
「あぁ、実はな――」

 鷹幅はまず、敵の指揮官が自害した旨を伝えた。

「敵の指揮官が……!?」
「あぁ……」

 鷹幅は続けて、その事を含めた各案件の報告のために、騎士団長ハルエーを木洩れ日の町まで送り届ける事。また、その報告に自分達も同席を求められた事などを伝えた。

「その護衛が必要だ。鳳藤、君はここを離れられそうか?」
「えぇ、大分落ち着きましたんで、問題ありません」

 鷹幅の問いかけに、背後の室内を振り返りながら言う鳳藤。

「よし、じゃあ準備を――」
「私も同行させてくれ!」

 突然の声が、鷹幅の言葉を遮ったのはその時だった。鷹幅と鳳藤が声のした方へ振り向くと、室内のベッドの一つから、こちらに視線を向けて、今まさに起き上がらんとするミルニシアの姿があった。

「あぁ、駄目ですよ、安静にしていないと……!」
「構うものか!」

 ミルニシアは困り顔で制止を掛けて来た看護兵を振り切り、鷹幅等の元へと歩み寄って来る。

「頼む、私も同行させてくれ!今回の失態の責任を、姫様の前で取らなければならないんだ!」
「しかし――」

 訴え、迫るミルニシアに、鷹幅は困惑の表情を浮かべる。

「それは私の役割だ、ミルニシア」

 その時、今度は鷹幅の背後から声がした。そして背後、廊下側へ振り向けば、そこには出発の準備を終えたハルエーが立っていた。

「団長……!」
「今回の失態の責は私にある。姫様の前で責任を取るのも、私の役目だ」
「しかし!よそ者の助けなどいらぬと、驕った考えで意見を具申したのは私です!」
「その考えを受け入れ、作戦を強行したのは私だ」
「ですが……!」

 ハルエーの言葉に、直を食い下がろうとするミルニシア。

「これは私の立場に与えられた責と役割だ。ミルニシアの君の出る幕ではない」

「そんな……いえ、出過ぎた真似をしました……」

 しかしハルエーの発したあえての厳しい言葉に、ミルニシアは引き下がった。
 頭を垂れ、しゅんとした姿を見せたミルニシアに、鷹幅や鳳藤は気の毒そうな表情を向ける。

「……しかし、お前が無事な姿を見せれば、姫様もご安心なさるだろうな」

 ハルエーがそんな言葉を発したのは、その直後だった。

「タカハバ殿。大変もうしわけありませんが、同行者を一人増やしてもかまいませんか?」
「あ、はい。問題ありません」

 尋ねられた鷹幅は、了承の返事を返す。

「よろしいのですか、団長!」
「礼はタカハバ殿等に言いなさい。それと、あくまで責任を取るのは私の役目だ、そこは忘れるな。さ、身支度を整えてきなさい」
「は!ありがとうございます!それと、その……貴殿等にも感謝する!」

 ミルニシアはハルエーに、続いて鷹幅等に礼を言うと、出発準備のためにその場を後に下。

「……申し訳ありませんタカハバ殿。ただでさえご迷惑をおかけしているのに、こちらの我儘を聞いていただいて」
「いえ。別に構いません」

 繰り返しのハルエーの謝罪の言葉に、鷹幅は手を振りながらそう返す。

「あの……失礼ですが、あの子とレオティフル王女様は何か特別な関係で……?」

 そこへ鳳藤が、ハルエーに向けて尋ねる。

「あぁ、あいつ――ミルニシアと王女様は、従姉妹同士の関係なんです」
「従姉妹!……ですか?」

 ハルエーの説明に、目を見開く鳳藤。

「では王族の人、というか彼女もお姫様じゃないですか……それなのに騎士団で矢面に立っているのですか?」
「えぇ、当人のたっての希望ということでしてね。しかし、今回私は、お預かりしているミルニシアの身を危険に晒してしまった……。やはりミルニシアには、王女様の元にいてもらった方がいいかもしれないな……」

 ハルエーはそんな言葉を零す。

「ああ、失礼。変な愚痴を聞かせてしまいましたな」
「いえ、構いません。それでは、彼女の準備が整い次第、出発しましょうか」

 ハルエーの謝罪に、鷹幅はそう返した。



 日は完全に落ちて周囲は闇に包まれ、砦内の所々にある松明だけが、周囲を申し訳程度に明るくしている。そんな中、砦の敷地内の一角だけが、強烈な光により照らされていた。
 小隊の保有する大型トラックのヘッドライトの灯りだ。
 町へ向かうために手配された一両の大型トラックが、煌々とした灯りを灯し、そしてエンジンを吹かしてその場に待機している。
 そして後ろには、鷹幅や鳳藤等各隊員と、ハルエーやミルニシアの姿があった。

「目が光を放っている……それに、唸っているぞ……」

 言いながら大型トラックを見上げているミルニシア。彼女は大型トラックの姿や、エンジンの発動音に若干気圧されているようであった。そして言葉こそ発しないが、それは隣に立つハルエーも同じようだった。

「さぁ、乗って」

 先に大型トラックの荷台へと上がった鳳藤が、ミルニシアに手を差し出す。
「お、おい……大丈夫なのかこの……馬?ずっと唸っているし、体を震わせているぞ、機嫌を損ねているんじゃないのか……!?」

「大丈夫。これは走り出すために備えているんだ」

 不安そうに声を上げるミルニシアを、安心させるためにそう説明しながら、鳳藤はミルニシアを荷台上に引き上げてやる。その隣では、同様にハルエーが新好地の手を借りて、荷台へと引きげられていた。
 荷台に上がったハルエーとミルニシアには荷台の奥側に座ってもらい、鳳藤と新好地は安全監視のために荷台の端に座る。

「鷹幅二曹、ハルエーさん達にシートに着いてもらいました。こちらは準備OKです」

 鳳藤はインカムで、キャビンの鷹幅へ準備完了の報告を送る。

《了解――あぎと一士、出発だ》
《了――えー、ご搭乗の皆さま、本日は陸隊観光をご利用いただき、ありがとうございます。あいにくの暗闇となり、景色をお楽しみいただくことはできませんが、トラックの揺れくらいはご堪能いただきたいと思います。なお、当車は全席禁煙となっております》
《余計な事をするな》
《いっぺん言ってみたかったんですよ》

 インカムから、操縦席に着く輸送科の顎一士のふざけた言い回しが流れ、その発言を咎める鷹幅の言葉が聞こえて来る。そして大型トラックはエンジンをより今まで以上に唸らせ、ゆっくりと動き出す。

「う、うわっ……」

 動き出し、揺れる車内に、ミルニシアが困惑の声を零す。
 そんな彼女等を乗せて、大型トラックは木漏れ日の町を目指し、砦を出発した。
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