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チャプター3:「任務遂行。異界にて」

3-3:「砦攻略 前編《アンブッシュ・ラッシュ》」

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「なかなかの抵抗を見せてくれたもんだ。流石、近衛の第1騎士団といった所か?」

 砦の最上階にある一室。
 その中で、正体不明の軍勢の指揮官ラグスは、歩き回りながら皮肉気な言葉を発している。彼の視線の先には、椅子に座らされて拘束された、第1騎士団団長ハルエーの姿があった。ハルエーは他の隊同様、分断包囲されながらも抵抗を続けていたのだが、ミルニシア同様に人質を盾にされ、あえなく投降。虜囚の身となっていた。

「貴様ら……〝雲翔の王国〟の兵だな?紋章を消して身分を隠したつもりだろうが、その鎧には見覚えがあるぞ!」

 拘束されているハルエーは、鋭い目つきでラグスを睨み、彼等の正体を見抜いて言い放つ。

「ご名答、さすが騎士団長殿」

 しかしラグスは取り繕うともせずに、それを肯定してみせた。

「なぜ貴様らが雪星瞬く公国の領土から……一体、雲翔の王国は何をしようとしている!?」
「いずれ分かる。それと勘違いしてくれるな。我々は、雲翔の王国の命で動いているわけではない。紋章も、あのような腰抜け国家の物を付けて置く趣味は無いのでな」
「貴様らも、国を裏切った輩ということか……!」
「聞こえの悪い事を言ってくれるな。我々は、正しい選択をしたまでだ」

 軽蔑の目を向けるハルエーに、ラグスは平然とした態度で返す。

「ハルエー騎士団長、よく考えろ。世界は変わりつつあるのだ」

 さらに部屋の壁際に控えていた、五森の公国の官僚の男が発する。

「……魔王か……!」

 ハルエーは彼等の後ろ盾となる存在を再確認し、魔王の名を零す。ハルエーのその言葉を区切りに、その場が一度沈黙する。

「ふざけるな!何が正しい選択だ!」

 沈黙を破ったのは、甲高い叫び声だった。声の主は、ハルエーの隣で、同様に椅子に拘束されているミルニシアだ。拘束されていながら、今の彼女はそのまま相対している者達に、噛みつかんばかりの様相を醸し出していた。

「貴様らはただ、臆病風に吹かれただけではないか!それを正しい選択だと?笑わせるな!」

 そしてミルニシアはグエス達に向けて叫び、吐き捨てる。

「はは、威勢のいいお姫様だ。だが、威勢だけでは何もできんぞ?拘束された無力なお姫様」
「くぅ……!」

 ラグスの煽る言葉に、ミルニシアはギリと奥歯を噛み締めた。
 ラグスはそんな彼女を一笑すると、再び口を開く。

「先程から聞こえていた奇妙な音も治まったようだな。どうにも話を聞くに、君等は奇妙な一団を招き入れていたようだが、それも無意味だったようだ」

 つい先程まで、この一室内にも外での戦闘の音が聞こえ及んでいた。その際に聞こえて来た奇妙な音には、ラグス達も訝しんだものの、その音もすぐに収まり、ラグスは打って出た部隊が包囲陣を制圧したのであろうことを、半ば確信していた。
 そしてハルエーやミルニシアも、包囲陣の第37騎士隊と、奇怪な一団が破れたのであろう事を察し、項垂れ、悔し気な声を零す。

「ら、ラグス指揮官!」

 その時、一室の扉が開かれ、伝令の兵が駆けこんで来た。
 その場にいた誰もが、それが包囲陣制圧の報であると疑わなかった。

「敵陣に打って出た、第2、第3百人隊が壊滅しましたッ!」

 しかし、次の瞬間伝令兵の口から飛び出したのは、誰もが思っても見なかった言葉であった。

「――何?」

 ラグスはその内容を最初、理解できずに、思わず呆けた声で聴き返す。

「敵は謎の強力な魔法攻撃を使用し、それにより各百人隊はほぼ壊滅!今は、わずかな生き残りのみが砦へ逃げ帰って来ている状況にあります!」

 伝令のその報告を聞いたラグスは、少しの間固まっていた。数秒が経過し、我を取り戻すと、扉から一室を飛び出し、近くにあった階段を駆け上がり、砦の屋上へと駆け出た。
 砦の屋上からは、周辺が一望できる。
 砦の南側の、城壁の向こう側へ視線を向けたラグスの目に映ったのは、砦から包囲陣の間に散らばる、無数の第2、第3百人隊の兵達の亡骸。
 そして砦の南門から逃げ込んでくる、わずかな生き残りの兵達の姿だった。

「な……何だこれは……!何が起こったんだッ!?」

 ラグスは、自身の後を付いて来ていた伝令の兵に、叫ぶように尋ねる。

「さ、先に報告した通り、敵の魔法攻撃によるもののようなのです。奇妙な破裂音がして、光の線が襲い来る旅に、兵が倒れていったのです……!」

 伝令の兵は、ラグスに対して捲し立てるように説明する。
 呆然とするラグスの眼下では、逃げ帰って来た兵達が、慌てて南門を閉じようとする姿が見える。
 しかしその直後、奇妙な唸り声のような物が響き、そして閉じられかけていた南門が、外側からの衝撃を受けて再びねじ開けられた。そして城門を潜ってラグス達の視界に姿を現したのは、馬も無く動く、異質な大きな荷馬車と小さな荷車であった。



 およそ1分ほど前。
 包囲陣の前に、二輛の73式大型トラックがエンジンを吹かし、待機している。各トラックの荷台には、それぞれ小隊の第1分隊と第2分隊、そして支援班の一部が搭乗し、これより慣行される〝突入〟作戦に備えていた。
 小隊は砦を解放し、人質と第1騎士団を救出するために、砦への突入作戦を行う事になった。突入部隊は第1分隊と第2分隊、小隊支援班の一部で編成され、第3分隊は後衛として、及び迫撃砲分隊の守備のために陣地に残る。

「各員聞け、もう一度確認するぞ」

 大型トラックの助手席に座る鷹幅は、無線を取り、各員へ状況の再説明を行う。
 突入小隊は、まず砦の南門を破って砦の内部敷地へ侵入。その場で大型トラック二両を盾に展開し、内部に陣取る敵勢力に対応、これを排除。同時に城壁上へ部隊を上げ、高所の支援位置を確保する。
 内部敷地の安全と城壁の確保が完了次第、内砦内部へ侵入し、無力化を行う算段となっていた。

「内部には未だ抵抗を行っている第1騎士団の残存兵力がいる可能性がある。良く見極め、発砲には十分注意しろ」
《ジャンカー1、了解!》
《ジャンカー2、了解》

 鷹幅の指示の声に、各分隊の隊長から返事が返って来る。

「よし――突入」

 そして鷹幅は突入の合図を送る。
 合図と共に、2両の大型トラックはエンジンをより唸らせ、前進を開始した。
 縦隊を組み、一定まで速度を上げた2両のトラックは、すぐに砦の城門との距離を詰める。

「鷹幅二曹、城門が閉じかけてます」

 運転席でハンドルを握る舞魑魅が声を上げる。
 彼の言葉通り、砦の城門は逃げ込んだ兵達によって、内側から閉じられようとしていた。

「構わん、そのまま突っ込め」
「は」

 しかし、鷹幅はそのまま突入するよう指示を出した、舞魑魅はそれに応え、アクセルペダルをより強く踏み込む。
 大型トラックは速度を上げ、城門との距離を詰め、そして城門に接触。
 バンパーで閉じられかけていた城門扉を強引にねじ開け、扉と、それを閉じようとしていた兵達を弾き飛ばしながら、その巨体を城壁内部へと突入させた。
 先陣を切って突入した、鷹幅等の乗る一両目の大型トラックは、舞魑魅のハンドル操作により車体の横面を敵兵達のいる方向へ向けて停車。続いて突入して来た二両目の大型トラックも、それに習い車体の横面を敵に向けるように旋回して、停車する。

「わぁぁ!な、なんだ!?」
「ば、馬車が勝手に突っ込んで来たぞ!?」

 突入して来た二両の大型トラックを前に、砦内部の敷地にいた兵達に、驚きと動揺が走る。彼等は困惑しながらも、侵入者に対応すべく、布陣を整えようとする。
 しかし鷹幅等の乗る大型トラックの荷台に搭載されていた、一門の12.7㎜重機関銃が、そんな彼等に対して牙を剥いた。
 重機関銃の射手の隊員が押し鉄に力を込めた瞬間、銃口から12.7㎜弾が吐き出され、布陣の途中で会った重装歩兵達を弾き飛ばしてゆく。
 さらに二両のトラックの荷台搭乗している各隊員が、それぞれの装備で周辺に点在していた兵に向けて攻撃を開始。
 遊兵となっていた彼等はまともな応戦も叶わずに、各個に撃破され、その場に崩れ落ちて行った。

《鷹幅二曹!敵正面戦力の無力化、完了しました!》
《ジャンカー2、周辺残存兵力の無力化を完了!》

 鷹幅の元に、無線越しに第1、第2各分隊長からの報告が上がって来る。

「了解。50口径の要員を残し、各隊は降車展開せよ」

 報告を聞いた鷹幅は各隊へ次の指示を送ると、自身も助手席のドアを開いて、大型トラックから降車。降車と共に大型トラックのキャビンに身を隠し、周辺を確認する。
 周囲に組織的な反抗、攻撃を仕掛けて来る敵の姿は無い。そして降車した両分隊が、トラックを盾に展開を完了したことを確認する。

「よし――ジャンカー2、城壁上に上がり高所を確保せよ」
《了》

 鷹幅の指示を受け2分隊の各員は、城門内側の両脇に設けられた階段へ向かい、それを用いて城壁上を確保するべく駆けあがってゆく。

「ジャンカー1及び両車輛へ、まずは砦の内部敷地を無力化するぞ。二手に分かれ、トラックを盾にしながら両側から北門を目指す。いいな?」
《ジャンカー1了解!》
《デリック1、了》
《デリック2》

 鷹幅の指示に、1分隊分隊長と両大型トラックから了解の返事が返って来る。

「よし、かかるぞ」

 鷹幅の言葉を受け、1分隊と二輛の大型トラックは二手に分かれ、砦の内部敷地の索敵、制圧を開始した。



 地上の1分隊と車輛隊が制圧行動を開始したその頃、2分隊は城門脇に設けられた階段を登り切り、城壁上に到達していた。

「クリア」
「こちらもクリア」

 小銃を構え、城壁上へ踏み込んだ各隊員から、報告の声が上がる。
 事前に行われた城壁上に対する攻撃のおかげで、その場に抵抗する敵勢力の姿は無く、あるのは倒れる無数の亡骸のみであった。

「よぉし、俺等も二手に分かれるぞ。城壁上を伝ってクリアリングしながら、同時に下の1分隊を援護する」

 周囲の安全を確認し、2分隊の指揮を任されている波原なみばらという名の快活そうな三曹が発する。それに応じて、各員は行動を開始する。

「………」

 そんな中で一人だけ、行動に移らない隊員の姿があった。
 2分隊には本部支援班の隊員も一部同行しており、彼はその一人だ。職種は武器科職に属し、名を版婆はんばと言う三曹だ。
 彼は、城壁上に連なって横たわるいくつもの死体に視線を落とし、その顔を顰めている。

「版婆さん?行きますよ?」

 そんな版婆に、この場の指揮官である波原から声が掛かる。

「……あぁ」

 掛けられた声に版婆は浮かない声色で答え、すでに行動を開始していた波原や他の隊員を追いかけた。
 2分隊は地上の1分隊と車輛隊に合わせて分隊を二手に分け、城壁上を南門を起点に両翼へと押し上げる作戦を取る。
 内、波原が率いる一組は西側を伝う城壁を担当。波原、版婆含む四名からなる組は、眼下を進む1分隊の片割れを援護しながら、城壁上を進みつつあった。

「波原三曹。前方から来ます、分隊規模」

 城壁を半ばまで進んだところで、先頭をゆく隊員が声を上げた。波原が彼の視線を追えば、城壁上の先から7~8名程の軽装兵がこちらへ向かってくる姿が見えた。

「敵か?」

 波原始め隊員等には、遠目には五森の公国の第1騎士団の団員と、敵方の兵との見分けがつかず、その判別には慎重さを求められた。

「この国の騎士団とは、鎧の色合いが違います。武器を構えてこちらに向かってきてますし、おそらく敵でしょう」

 波原の問いかけの言葉に、組の先陣を担当していた隊員が答える。

「OK――版婆さん、MINIMIを」
「了解………」

 波原の声に、版婆はあまり気の進まなそうな声で答えると、近くに置いてあった木箱に身を隠し、そこに自身の担当装備であるMINIMI軽機を置き構えた。
 武器科隊員である版婆は本来は正面戦闘要員ではない。しかし今現在、普通科隊員の数は十分とはいえず、それを補うために版婆は普通科隊員に代わり、分隊支援火器射手の役割を担っていた。

「まだ引き付けてくださいよ――今だ!」

 波原が合図を下すと共に、版婆はMINIMI軽機の引き金を引く。そして銃口から無数の5.56㎜弾が吐き出され、こちらへ迫っていた軽装兵達へと牙を剥いた。
 彼等へと襲い掛かった5.56㎜弾の群れは、まず先頭を駆けていた軽装兵達を薙ぎ倒した。続いて隊列の中程に位置していた兵達をその牙に掛け、内二名程が倒れる勢いで城壁上から落下。

「ッ………」

 版婆は夢中で引き金を引き続ける。
 射線は隊列の殿を務めていた兵達へと向き、MINIMI軽機の成す銃火は彼等を食らい、攫った。

「よし、版婆さん!もういい、射撃やめだ!」

 迫っていた分隊規模の敵兵等はMINIMI軽機による掃射により全て無力化された。それを確認した波原は、夢中で引き金を引き続けている版婆の方を強く叩き、射撃停止の命令を送る。

「――畜生が!」

 射撃停止命令を受け、引き金から指を話した版婆は、それと同時に悪態を吐き捨てた。

「――城壁上、アクティブな敵影ありません」

 組の先頭を担当していた隊員が、報告の声を上げる。彼の言葉通り、城壁上にそれ以上の動く人影は無かった。

「よし、前進再開だ!」

 波原の言葉で、組は城壁上の前進を再開。倒した敵兵達の傍を通り抜け、さらに押し上げにかかる。
 しかし版婆だけは、横たわる兵達の所で足を止め、視線を降ろした。

「……夢に出るぜ」

 険しい表情で一言呟くと、版婆は波原等の後を追った。



「だめです隊長……これ以上は……!」
「あきらめるな!踏ん張るんだッ!」

 砦内敷地の一角では、まだ生き残っていた少数の第1騎士団の兵達の姿があった。
 重装歩兵隊の隊長を中心とした彼等は、城壁の際に追い詰められ、敵の部隊に完全に包囲されている状況にありながらも、懸命に抵抗を続けている。しかしそれを包囲する敵の数は彼等の数倍はあり、その抵抗が崩されるのは最早時間の問題であった。

「しかし……ぐぁッ!」

 そしてまた一人の騎士団の兵がその体を切られ、地面に崩れる。

「おい!クソ……ここまでだというのかッ!」

 重装歩兵隊の隊長は、絶望的な状況に奥歯を噛み締める。
 対する敵の兵達は、騎士団員達の抵抗をこれで終わりにせんと、剣や槍の切っ先を彼等に向けて、間合いを詰めだす。

「ッ……!」

 重装歩兵隊の隊長達はそれに対して迎え撃つ態勢を取り、最後の抵抗の覚悟を決める。
 ――それが起こったのはその直後であった。
 敵の包囲の向こうから、奇妙な唸り声のような音が聞こえる。
 そして敵の包囲陣が何やら騒めきが聞こえ出し、そして包囲の隊列が乱れ出したのだ。

「あれは……?」

 乱れた敵の包囲の隙間から、重装歩兵隊の隊長が見たのは、こちらへ近づく大きな荷馬車のような物体と、それを中心に隊列を組む、緑色の装備に身を固めた一団の姿であった。



 二手に分かれて砦内敷地の制圧に掛かった第1分隊。その内、東側から回る1組は、進んだ先で人だかりに遭遇した。

「鷹幅二曹。前方、武装勢力が密集しています」

 隊列の端にいる隊員が、鷹幅に向けて報告の声を上げる。

「あれは――騎士団の人達が包囲されているのか」

 その光景を観測し、鷹幅は予測の言葉を上げる。

「二曹、敵の一部がこちらへ向きます」

 隊員が再び声を上げる。見れば、騎士団を包囲している敵包囲陣の一部が崩れ、こちらへ注意を向け、隊列を組み出していた。

「しめた、こちらへ注意が向いたな。各員、攻撃許可。ただし騎士団の人達に被害が及ばぬよう、射線、射角には十分注意しろ」

 鷹幅の命令が下り、組の各員が持つ火器が発砲を開始した。
 こちらの隊列から放たれた各火器の銃弾は、形成されかけていた敵の隊列を突き崩し、彼等をなぎ倒してゆく。
 軽装兵には各員の火器から放たれる銃弾が。重装歩兵には大型トラックに搭載された12.7㎜重機関銃の12.7㎜弾が撃ち込まれてゆく。そして騎士団を囲っていた包囲陣は、突然の新手の襲来により浮足立ち、陣形を乱してゆく。

「ッ!……い、今だ!」

 騎士団の重装備歩兵隊隊長はそれを好機と見て、わずかに残った部下達に声を発した。

「騎士団の人達が巻き返しを始めたな。各員、掃射は避け、より慎重に発砲しろ」

 鷹幅が再度命令を下し、各員は慎重に敵の一人一人に弾を撃ち込んでゆく。
 騎士団の巻き返しにより、それまで包囲する側であった敵兵達は、逆に内外からの攻撃に晒される事となった。

「二曹、2組です」

 隊員が声を上げる。
 見れば、砦内敷地の反対側を回っていた1分隊2組の隊列が、こちらへ向かってくる姿が見えた。

「2組、密集地点の中央では騎士団の人達が戦っている。発砲には十分注意しろ」
《了解》

 鷹幅が無線で二組に指示の言葉を送り、2組の指揮官から返答が返って来る。
 加わった2組も含めた各方向からの攻撃に、敵兵達は次々と倒れてゆき、やがてわずかな生き残りの兵達は敗走を始めた。

「各員、撃ち方止め。深追いはするな」

 敵の敷いていた包囲がほぼ排除され、鷹幅は攻撃中止の命令を発する。

「各員、周辺警戒」

 鷹幅は、分隊の各員に警戒命令を出すと、騎士団の団員達の方へ視線を向け、そちらへと向かう。

「……我々は、助かったのか……?」

 重装歩兵隊の隊長を始め、騎士団の兵達は、絶望的な状況から脱した事を、半ば信じられずにいながら、その場に立っていた。

「大丈夫ですか?」

 そこへ鷹幅が声を掛ける。鷹幅の姿に気付いた重装歩兵隊の隊長は、戸惑いつつも口開く。

「あぁ……いや、残念ながら部下が何名もやられてしまった」
「そうですか……到着が遅れて申し訳ない」

 隊長の言葉に、鷹幅は謝罪の台詞を述べる。

「いや、あなた方が来てくれなければ、我々は全滅していた……来てくれた事に感謝する。そして、私はあなた方の実力を疑っていた。私こそ、その事について謝罪しなければならない」

 鷹幅の謝罪に対して、隊長はそう言って返す。

「いえ、それは仕方の無い事。私達は得体の知れないよそ者でから」

 隊長のその言葉に、鷹幅はさして気にしていない様子でそう発した。

《鷹幅二曹、砦から攻撃を受けています》

 その時、鷹幅の付けるインカムに隊員からの報告が届く。

「ッ、またか」

 報告を受けた鷹幅は、その視線を内砦へと向ける。
 分隊はここまでの間、内砦内に籠る敵の弓兵から散発的な攻撃を受けていた。
 今現在も、分隊は苛烈な物では無いものの弓撃に晒されており、隊員等が身を隠している大型トラックの周辺の地面には、放たれて来た矢が突き刺さっている。
 分隊もそれに対して応戦しているが、堅牢な砦に設けられた弓眼からの攻撃を、完全に封じる事はできていなかった。

「あなた方は陣地まで引いて下さい。私達は、これより砦内部を制圧します」
「しかし……」

 鷹幅は隊長に対して発する。しかし隊長はそれに対して困惑の様子を見せる。自分達だけが撤退することに、後ろめたさを感じているようであった。

「あなた方は生き残ったのです、その身を大事にして。大丈夫、ここは私達に任せてください」

 そんな隊長を、鷹幅は説く。

「……分かった、あなた方に任せよう。皆、一度引き、体勢を整えるぞ!」

 鷹幅の説得を聞き入れた隊長は、周囲の生き残りの兵達に発する。

「デリック2、彼等と一緒に行け。彼等を援護するんだ」
《デリック2、了解》
「大型トラック――あの乗り物にあなた方を護衛させます。あれを盾にしながら、ここを脱出してください」

 鷹幅は大型トラックの内の一両を、視線で指し示しながら隊長に説明する。

「あぁ……すまない」

 隊長は鷹幅に礼を言うと、生き残りの部下達を率い、大型トラックの護衛を受けながら、その場より引いて行った。

「――よし、私達はこれより、砦内部の制圧にかかる!」

 それを見送った鷹幅は、分隊の各員へ向けて発した。



 砦の一角には、出入り口として比較的大きめの門扉が設けられている。しかし今その門扉は固く閉ざされていた。
 そんな門扉の前で、一人の隊員が何やら作業を行っていた。
 宇桐という名の施設科隊員である彼は、砦の門扉に爆薬の設置作業を行っている最中であった。門の蝶番な等の主要な部分に粘土状の爆薬を張りつけ、それをコードで繋いでゆく。

「完了です」

 爆薬の設置作業を完了した宇桐は、扉脇に顔を向けて発する。
 扉脇には、そこで待機する鷹幅の姿があった。そして扉の両脇には剱や新好地、1分隊指揮官の帆櫛等始め、各隊員が突入に備えて待機していた。さらに扉から離れた位置では大型トラックが待機し、その荷台に搭載された12.7㎜重機関銃が、扉にその銃口を向けて待機している。
 すでに各員各所の突入、およびその支援準備は整っており、あとは扉が爆破により破られるのを待つのみとなっていた。

「よし、各員備えろ」

 爆薬設置完了の報告を受けた鷹幅は、突入に備えている各員に発する。
 そして爆薬を設置し終えた宇桐は扉前から退避し、突入に備える隊員の列に加わる。

「これより突入する――宇桐一士、起爆しろ」
「了」

 鷹幅の指示を受け、宇桐は起爆装置のスイッチに掛けた指に、力を込める。
 瞬間、門扉に設置された爆薬が一斉に起爆し、爆音と爆風を発生させながら、固く閉ざされていた門扉をいとも簡単に吹き飛ばし、こじ開けた。

《配置された敵を確認》

 鷹幅等各員のインカムに通信が飛び込む。その主は、後方で支援位置についている12.7㎜重機関銃の射手からだ。
 強引な手段で開かれた門扉の向こうには、布陣し、待ち構えていたのであろう敵重装歩兵の隊列が見えた。しかし爆薬の起爆に巻き込まれたのであろう、隊列の最前列にいたと思しき兵達の体が、入り口付近の床に倒れている。そして、爆破による被害を逃れた兵達にも、突然の出来事に、隊列を乱して動揺する様子が見て取れる。

「マルチャー1、射撃許可」
《了解、射撃開始》

 鷹幅の許可が下りると同時に、12.7㎜重機関銃の射手はその照準内に混乱する兵達の姿を収め、そして押し鉄に掛けた指に力を込めた。
 瞬間、撃ちだされた無数の12.7㎜弾が、入り口を越えて砦内に注ぎ込まれる。
 爆破により態勢を乱された砦内の兵達に、12.7㎜弾の群れは追い打ちをかけるように襲い掛かる。襲い来る12.7㎜弾の前に、重装歩兵達の誇る装甲は、まるで紙屑のように彼等の身体もろとも千切れ飛んで行った。

「マルチャー1、撃ち方止め」

 一定の射撃時間を得た後に、鷹幅は12.7㎜重機関銃の射手に向けて、命令を送る。命令が反映され、12.7㎜重機関銃から注がれていた銃火が止む。

「突入」

 銃火が収まると同時に、鷹幅は突入命令を下し、そして彼を筆頭に、扉の両脇に控えていた各隊員が突入した。
 踏み込んだ彼等を待っていたのは、砦内の奥へと続く比較的広めの廊下と、12.7㎜重機関銃による掃射により出来上がった、無数の敵兵達の亡骸であった。

「クリア」
「クリアー」

 突入した各員から、報告の声が上がる。
 12.7㎜重機関銃の掃射により、待ち構えていた兵のほとんどはすでに無力化されていた。わずかに生き残っていた敵兵達も、負傷して戦える状態に無いか、あるいは戦意を喪失していた。

「……よし、まずは一階のクリアリングを行う」

 凄惨な光景に鷹幅は顔を顰めながらも、指示を出し、各員と共に廊下内の前進を開始する。
 ――廊下の途中にあった曲がり角の死角から、一人の重装歩兵が飛び出して来たのはその瞬間だった。

「ぬぉぉッ!」

 突如として現れ鷹幅の前に立ちはだかった重装歩兵は、その手にした剣を、鷹幅目がけて振り下ろした。

「ッ!」

 鷹幅は、間一髪の所で身を捩り、その一太刀を回避する。しかしそのせいで鷹幅は体勢を崩し、床へと崩れ落ちる。重装歩兵はそれを好機と見たのか、鷹幅に向けて続けざまに剣を突き立てようとする。
 しかしその瞬間、発砲音が響いた。
 その発生源は、鷹幅の後ろを続いていた新好地の持つショットガンだ。
 撃ちだされた散弾は、重装歩兵の厚い装甲に阻まれ、中に人間に届きこそしなかったが、その衝撃は重装歩兵の動きを押し留める事に成功する。新好地は再度引き金を引き絞り、重装歩兵に対して再び散弾を見舞う。再び襲い来た散弾による衝撃に、重装歩兵は一歩引き下がる。

「ッ、弾が通ってねぇ!」

 しかし致命傷を与えられていない事に、ショットガンを構える新好地は悪態を吐く。

「士長、どいて下さいッ!」

 その時、新好地のさらに背後から声が響く。そこに立っていたのは、分隊支援火器射手の町湖場だ。彼の手には彼の装備であるMINIMI軽機が構えられている。
 町湖場の意図を察した新好地は、即座にその場で身を屈める。その瞬間、町湖場は己の持つMINIMI軽機の引き金を思い切り引いた。
 撃ちだされた無数の5.56㎜弾は、重装歩兵の頭部のヘルムに集中する。ヘルムは格子状の覆いで目元が覆われていたが、その隙間を縫って数発の5.56㎜弾が装甲の内部の人間の頭部に到達。頭部に致命傷を受けた重装歩兵は、格子状の目覆いの隙間から血を噴き出し、その場に崩れ落ちた。

「鷹幅二曹、大丈夫ですか!?」

 鷹幅は発した新好地に手を貸され、起き上がる。

「あぁ……すまない、二人とも助かった」

 鷹幅は一筋の冷や汗を流しながら、新好地と町湖場に礼を言う。

「他はいないか!?」

 鷹幅に代わり帆櫛が、各隊員に他に敵が潜んでいないか確認を求める声を上げる。

「いません、この一人だけのようです」

 曲がり角の先を調べた隊員から、報告の声が上がる。

「この硬ってぇのと、近距離で遭遇するのは危険っすね……」

 町湖場は、自身の倒した重装歩兵の姿を見ながら、顔を顰めて発する。

「だが、危険を承知でも建物を無力化しなければならない。私が引き続き先頭に立つ。新好地、町湖場、私の後ろに付いて、フォローを頼む」
「了解です」
「いつでも変わりますよ」

 鷹幅は、危険な目に遭いながらも尚、自身が先頭に立つことを選択。それに対して町湖場は了解の旨を返し、新好地は気遣いの言葉で答える。そして分隊は、砦一階のクリアリングを開始した。


 幸いなことにそれ以降、敵との不意な接敵は無く、分隊は砦の一階を完全に無力化。さらにその中の一室で、人質となっていた行商人や旅人の人達の確保保護に成功。
 そして分隊は、砦の二階へと続く階段を発見。しかし階段を発見したのはいいものの、分隊はそこから先へ踏み込めずに、階段の前で足止めを食っていた。

「……」

 階段元の壁に身を隠している新好地が、頭をわずかに出して階段の先を覗き見ようとする。ヒュッ、と何かが彼の前を通り過ぎたのは、その瞬間だった。

「ッ!」

 それを認識した瞬間、新好地は慌ててその身を階段脇へと引き込む。その直後、階段の上から無数の何らかの物体が、風を切る音を立てて降り注いだ。

「糞、覗き見る事も叶やしねぇ……!」

 身を引き込み、悪態を吐く新好地。彼の階段を挟んで反対側では、鷹幅が同様に身を隠していた。降り注いだ〝何か〟か内の一つが、壁に当たって跳ね返り、鷹幅の足元へと落ちる。鷹幅はそれを拾い上げて観察する。

「冷たい……これは氷か」

 降り注いだ〝何か〟は、ツララ状の氷だった。
 分隊は先程から、階段状から襲い来るツララの雨により、前進を阻まれていたのだ。

「これも、魔法なのでしょうか?」

 鷹幅の横で同じく身を隠している鳳藤が発する。

「今度は氷の魔法かよ、退屈しないぜホント……」

 階段を挟んで反対側で鳳藤の言葉を聞いた新好地が、皮肉気な声で言葉を呟いた。

「誰か手鏡か何かを持っていないか?」
「あ、俺あります」

 鷹幅の声に答えたのは樫端だ。彼は胸元のポケットから手鏡を取り出すと、それを鷹幅に渡す。鷹幅はさらに銃剣とビニールテープを取り出すと、手鏡を銃剣の先にビニールテープで巻き付け始めた。

「映画でこういうシーン、ありましたよね」
「この状況で呑気な事を……」

 町湖場の飛ばした軽口に、鳳藤が呆れた声で返す。当の鷹幅はその軽口には取り合わずに、完成させた手鏡付きの銃剣を、階段脇からそっと突き出す。

「あれは……」

 ミラー越しに鷹幅は、階段の踊り場に作られたバリケードを確認する。その向こうには、数名の敵兵が姿を隠している物と思われた。

「!」

 驚くべき光景が鷹幅の目に飛び込んで来たのは、次の瞬間だった。なんとバリケードの前に、無数のツララが突然形成され始めたのだ。それはまるでCGでも見ているようであった。そして形成されたツララの群れは、直後に撃ちだされ、再び階段元へと襲い来た。

「ッ!」

 慌てて手を引き込める鷹幅。襲い来たツララは音を立てて鷹幅等の傍を通り過ぎ、階段元にある壁に音を立てて辺り、四方に始め飛ぶ。

「野郎!」

 痺れを切らしたのか、新好地はショットガンを階段上へ突き出し、二発ほど発砲。しかしその直後に、お返しとばかりにまたもツララが降り注いだ。

「落ち着け、新好地」

 鷹幅は新好地に発しながら、再び手鏡付き銃剣を階段上へ突き出す。残念な事に、新好地のショットガンから放たれた散弾は、バリケードに阻まれ効果を成してはいなかった。

「地形的に完全に不利だな」

 鷹幅は手鏡付き銃剣を引き込みながら呟く。

「狭くて短い階段だ、手榴弾や爆薬類も下手に使えない」

 続けて発する鷹幅。こちらが階段元に位置している状況で手榴弾や爆薬類等を使えば、最悪傾斜により転がり戻って来て、こちらが被害を被る可能性もあった。

「じゃあどうします?」

 新好地が若干疲れた様子で言葉を寄越す。

「なんとか周り込めないか試そう。不知窪、私と来てくれ。帆櫛三曹、ここは任せる」



 上階へ侵入するためのルートを探しに、鷹幅と不知窪は一度内砦の外へと出て、内砦外周を探っていた。

「侵入できそうな小窓などはないか……」

 砦を壁伝いに探るも、侵入できそうな箇所は見当たらず、言葉を零す鷹幅。

「鷹幅二曹、あれをこじ開けられませんかね?」

 同行していた不知窪が発したのはその時だった。彼が指し示したのは、砦の上階にある細長い開口部。それは砦の各所に設けられた、弓眼の一つだった。

「弓眼か……」
「無反動砲でぶっこめば、人が通れる穴ぐらいは開けられるかもしれません」

 不知窪は小銃てき弾を取り出し、その手に翳して見せながら言う。

「――よし。ジャンカー2-1、聞こえるか」

 鷹幅は東側城壁上に位置取っている2分隊の1組に向けて通信で呼びかける。そこから無反動砲により多目的榴弾を撃ち込んでもらい、砦の壁面に開口部をこじ開ける算段だ。
 要請から間もなく、鷹幅等の背後の城壁上から無反動砲による射撃音が響き。そして上階の弓眼付近に命中し炸裂。炸裂により上がった爆雲が晴れると、そこに弓眼周辺が倒壊してできた開口部が姿を現した。

「よし、うまく空いたな。あそこから入れそうだ。私が先に行く、不知窪、ブーストしてくれ」
「了」

 鷹幅の指示を受け、不知窪は警戒を解いてできた開口部の真下へと位置取る。そこで背中を壁に預けて、両手をレシーブを打つ時のように重ねる。鷹幅はその不知窪からやや距離を取り、小銃を肩から下げて両手を空け、準備を整える。

「行くぞ」

 言葉と共に、鷹幅は不知窪目がけて駆け出した。そして不知窪の間近までたどり着いた瞬間、彼の重ねられた手の平に足を掛ける。不知窪は自身の手に鷹幅の足が乗った瞬間、両腕を思い切り持ち上げた。
 不知窪の補助と、さらに助走による勢いを利用して、鷹幅は思い切り跳躍。そして上階にできた開口部の縁に、その手を掛けた。

「よし!」

 鷹幅は声を上げながらも、縁を掴んだ両手で自身の体を持ち上げ、警戒しつつ開口部から上半身を中に突き込む。

「ここは、廊下か」

 開口部の向こうが廊下である事、そして敵の姿が無い事を確認した鷹幅は、下に居る不知窪に手招きをしながら中へと入る。そして肩に掛けていた小銃を構え成して、不知窪が上がって来るまでの間、廊下の先を警戒する。
 廊下の先から駆け足のような音が聞こえ、そして四名程の軽装兵が先から姿を現したのはその直後だった。爆発音を聞きつけて、内部の兵が駆け付けたのだろう。

「ッ、二階へ侵入されたぞ!」
「魔法で弓眼をこじ開けたのか!?クソッ、排除しろ!」

 姿が見えると同時に、広くは無い廊下に相手の上げる声が反響して、鷹幅の耳に届く。

「ッ!」

 鷹幅は、やや浮足立った様子の彼等に対して、構えていた小銃の引き金を引いた。

「がッ!?」
「ぎぁッ!」

 単射で数発撃ち出された5.56㎜弾は、鷹幅へと距離を詰めようとしていた敵兵等を順に貫き、短い間合いと狭い空間であった事から、彼等の上げた悲鳴が鷹幅の耳にはっきりと届く。

「ッ……」

 聞こえ来た悲鳴に表情を顰めながらも、鷹幅は引き金を再び引く。

「ごぅッ!?」

 後続の敵軽装兵がもんどりうって倒れ、鷹幅は残る最後の敵軽装兵に照準を移そうとする。しかし鷹幅が引き金を引く前に、彼の横から別の発砲音が響いた。

「ッ」

 そして鷹幅の視線の先で、最後の敵軽装兵が床に崩れ落ちる。鷹幅が若干驚きながらも横に目を向ければ、そこには立膝の姿勢で9mm機関けん銃を構える、不知窪の姿があった。彼の構える9mm機関けん銃の銃口からは、うっすらと煙が上がっていた。

「お待たせしました」

 鷹幅に代わって最後の軽装兵を仕留めた不知窪は、9mm機関けん銃を下げると、どこか無気力さを感じさせる口調で発する。

「分かってはいた事ですが、爆発音が敵の注意を引きましたね」
「あぁ、他にも来るかもしれない。急ぎ階段を探し、一階の分隊と合流するぞ」

 二人はその場を早急に離れ、一階と二階を繋ぐ、先の階段の捜索を開始した。



「待て」

 少しの間廊下を進んだ所で曲がり角に差し掛かった両名。鷹幅はそこで腕を翳し、制止の合図を出した。曲がり角の際で停止した鷹幅は、そこで先の手製の手鏡付き銃剣を突き出し、先の様子を探る。

「――あったぞ」

 そして言葉を発する鷹幅。手鏡に映る曲がり角の先の光景。そこには一階と二階を繋いでいるであろう階段。そしてそこに控えている数名の兵の姿があった。

「ジャンカー1、応答してくれ。こちら鷹幅」
《ジャンカー1、帆櫛です》

 鷹幅はインカムを用いて、一階で待機している1分隊へ通信を繋ぐ。

「二階に上がり、階段を発見した。おそらく位置的にそちらの真上だ。これよりこちらから制圧、無力化にかかる」
《了解です、こちらも備えます》
「頼む――よし、行くぞ」

 通信を終えた鷹幅は、自分の背後に控える不知窪に合図を送ると、サスペンダーから下げられた閃光発音筒、いわゆるスタングレネードを掴み手に取る。そして閃光発音筒のピンを抜き、腕を曲がり角の先に突き出して、その先に放り投げる。
 その直後、曲がり角の先で爆音が鳴り響いた。

「突入!」

 爆音が鳴りを潜めると同時に鷹幅が発し、そして鷹幅と不知窪はそれぞれの装備火器を構えて、曲がり角の先へと飛び出した。

「ぐぁぁ……!」
「な、なに、が……」

 突入した先では、閃光発音筒の放った閃光と爆音を諸にその身に受けた敵兵達の、よろめきあるいは膝を付く姿があった。
 鷹幅と不知窪はそんな彼等にそれぞれの火器の引き金を絞った。敵の兵達は抵抗も叶わぬままにそれぞれの銃弾を受け、無力化されてゆく。

「悪いな」

 不知窪は、床に倒れた彼等に対して、そんな言葉を呟いた。

「――次、階段下だ!」

 抵抗も叶わぬ相手を射殺した不快さをかき消すように、鷹幅は指示の声を張り上げる。その場を無力化した両名はすかさず階段入り口の脇に張り付き、そして装備火器構えて飛び出し、階段下にその視線を向ける。
 見下ろした先にある階段の踊り場には、バリケードを前にしてその場に陣取っていた、数名の敵兵の姿が確認できた。閃光発音筒の炸裂の影響は、階段下にも少なからずあったのであろう、その場にいる彼等の態勢は崩れていた。

「て、敵……ッ!」

 その中の一人、他の者と比べて軽装な女が、鷹幅達の存在に気付く。そして彼女は、鷹幅達に向けて腕を翳し、何かをその口で発しようとした。
 しかし彼女のその行動よりも、鷹幅と不知窪が引き金を引くほうが早かった。

「――あッ!」
「ぐぁッ!」

 踊り場へ、小銃と9mm機関けん銃から撃ち出された各銃弾が降り注ぎ、背後を取られた無防備な敵兵達を容赦なく貫く。狭い階段内に悲鳴が木霊し、彼等、彼女等は崩れ落ちてゆく。やがて発砲音、そして悲鳴は止み、階段内に動く者はいなくなった。

「……ジャンカー1、階段に陣取っていた敵部隊は無力化した」
《了解。分隊はそちらへ合流します》

 インカムに無力化完了の通信を入れる鷹幅。
 程なくして、一階で待機していた1分隊の各員が、階段踊り場のバリケードを越え、二階へと駆けあがって来た。

「上がったら周辺を警戒しろ」

 すれ違ってゆく隊員等に指示を飛ばしながら、鷹幅は眼下の踊り場に足を進め、倒れる敵兵達の亡骸をその目に収める。

「……」
「やれやれ、とんだ攻撃を見舞ってくれたもんだ」

 そこへ声がする、鷹幅が顔を起こせば、丁度バリケードを越えて来た新好地の姿があった。

「しかしそんな相手とは言え、これは気分のいいモンじゃないっすね」

 そして新好地は、鷹幅に代わって踊り場に倒れる敵兵達の亡骸に目を落として言う。

「あぁ……だが、感傷に浸ってばかりもいられない。これより上階を抑える、行くぞ」
「了」

 気持ちを切り替え、鷹幅と新好地は先に上階へ向かった隊員等の後を追った。



「ラグス指揮官!砦外の部隊はほとんど壊滅です!」
「敵に一階を抑えられ、二階に踏み込まれました!」

 砦の上階にある一室に、伝令の兵達が入れ替わり立ち代わりに飛び込み、報告の言葉を発する。その言葉に、指揮官のラグスは奥歯を噛み締め、聞いていた。

「糞……どうなってるんだ?たかだか百人にも満たない残敵に、なぜここまで押し返される事がある……!?」

 ラグスは焦りと苛立ち混じりの声を零しながら、拘束されているハルエーやミルニシアを睨む。それに対して怖じる事無く、ハルエーは静かに、ミルニシアは鋭い目つきでラグスを睨み返す。しかしそんな彼等の顔には、同時に困惑の色が見えた。ハルエーとミルニシアにとっても、今現在巻き起こっている事態は、信じられない事であったからだ。

「……クソ!」

 二人の顔色からその事を察したラグスは、吐き捨てながら二人から目を離した。

「ラグス指揮官、一体どうしたらいいのですか……!」

 そんなラグスへ、伝令兵の一人が助けを求めるような声色で尋ねる。

「ッ……本陣だ。本陣が間もなく到着する!それまで時間を稼ぐんだッ!」

 配下の兵達に対してラグスは声を荒げて命じた。



「――突入!」

 砦の二階にある一室の扉の前。その扉の両脇に待機していた四名一組の隊員等が、発せられた合図と共に、扉を蹴破り今突入した。

「――クリア」
「クリアッ!」

 小銃を構え内部へ突入した彼等は、その一室の内部が無人である事を確認すると、それぞれ報告の声を上げた。
 砦二階へと踏み込んだ1分隊は、二階にある各部屋を順に制圧。そして今、最後の一部屋の制圧が完了した所であった。

《鷹幅二曹、最後の部屋もクリアです》

 最後の部屋へ突入し、制圧を終えた隊員から、鷹幅の元へ通信による報告がもたらされる。

「了解、こちらに合流してくれ」

 無線からの報告に答えながらも、鷹幅の注意は脇へと向いている。

「糞!頑丈に固めやがって」

 鷹幅その脇では、町湖場がその場にある〝障害〟を蹴り押しながら、悪態を吐いている。
 鷹幅等は今、砦の二階と三階を繋ぐ階段の前に居た。叶う事ならば今すぐに三階へと踏み込みたい所だったが、それはすぐには叶わない状況にあった。
 鷹幅始めその場にいた隊員は、階段へ改めて視線を送る。二階と三階を結ぶ階段の空間には、椅子や棚を始めとした砦内にあったであろうあらゆる物がぎっしりと積まれ、強固なバリケードを築いていたのだ。

「めんどくせぇ、爆薬で吹っ飛ばしちまいましょう」

 痺れを切らしたのか、町湖場は鷹幅にそんな発案をする。しかし鷹幅は「いや」とその発案を否定する。

「この場合、爆薬の使用はあまり適当ではないだろう。だな?宇桐一士」

 鷹幅は背後に居た施設科隊員の宇桐に意見を求める。

「えぇ。――町湖場、このバリケードは奥の方まで固めてあるみたいだ」

 宇桐は町湖場を始めとする各員に、今の保有爆薬量では、バリケードの浅い部分をいくらか削ることはできても、全てを除去することは出来ない旨を説明した。

「じゃあ、どうすんだよ?」
「手作業で、バリケードを形成してる物を一つ一つ取り除いて行くしかないだろう」
「マジかよ……」

 宇桐の言葉に、町湖場はゲンナリとした表情を作って発する。

「仕方がないな。取り掛かるしかあるまい」

 鷹幅は言うと、その場の各員へバリケードの除去や警戒等の役割を割り振る。

「よし、不知窪、私と来てくれ。もう一度、回り込めるルートが無いかを探しに行くぞ」
「この場で皆で燻っててもしょうがないですからね」

 鷹幅の同行を求める言葉に、不知窪は相変わらずの無気力そうな口調で軽口を返す。

「帆櫛、この場は君に任せる。バリケードの除去が完了したら、君の判断で突入してくれ」
「は!」

 分隊の指揮を帆櫛に任せ、鷹幅と不知窪は再び分隊を離れ、別ルートの捜索を開始した。



 鷹幅と不知窪が分隊の元を離れてからおよそ十数分後。
 1分隊は二階と三階を繋ぐ階段に築かれたバリケードの、その大半を苦労しながらも除去し終え、残るは階段と三階入り口を隔てる、大きな棚を一つ残すのみとなっていた。
 その大きな棚の前で、1分隊の各員は突入に備えて待機している。

「お前達準備はいいな?決して油断するな!」

 待機する各員の背後で、この場の指揮を任された帆櫛が、やや口うるさげな口調で釘を刺す言葉を上げる。

「よし……突入しろ!」

 帆櫛を受け、階段の先頭に位置していた鳳藤と新好地が、それぞれの持つ小銃とショットガンを目の前の棚に向け、数発発砲。撃ち出された5.56㎜弾と散弾は、木製の棚を貫通。同時に、反対側で棚を抑えていたのであろう、敵兵の物と思しき悲鳴が耳に届く。
 新好地は壁の向こうからの悲鳴をその耳に聞きながら、最後の隔たりである大きな棚を、その脚で蹴とばした。
 最後の障害物が倒壊し、その先の光景が露わになる。
 床には、事前に撃ち込まれた弾により死傷した、二名程の敵兵の身体が見える。そしてその両脇には、分隊の突入を待ち構えていたのであろう、数名の敵兵の姿が見えた。
 しかしその待ち構えていた兵達は、バリケードを貫通して襲い来た正体不明の攻撃と、それにより仲間が倒れた事に意識を取られたのだろう、踏み込んで来た分隊への対応に遅れを見せる。それが彼等にとって致命的な一因となった。
 先陣を切る鳳藤と新好地は、待ち構えていた敵兵達の姿を確認すると同時に、それぞれの持つ火器の照準に彼等を収め、そして発砲。
 さらに続けて、後続の町湖場と樫端が、鳳藤と新好地の肩越しに各装備火器を突き出し、残る敵兵に向けて引き金を引いた。
 響いた発砲音と同じ数だけ、敵兵達から悲鳴が上がる。対応の遅れた敵の兵達は、応戦ままならぬまま、銃弾に倒れる運命を迎える事となった。
 待ち構えていた敵兵達を排除した鳳藤、新好地等は、倒されたバリケードの大きな棚を越え、砦の三階へと踏み込む。踏み込んだ先は廊下になっており、階段から左右へと通路が伸びていた。
 鳳藤、新好地、町湖場、樫端の四名はそこで二手に割れた。鳳藤と町湖場は右へ、新好地と樫端は左へ。
 鳳藤と町湖場が歩みを進めた廊下右手には、木箱や机などがバリケードとして並べられている。そして鳳藤等の間近に置かれていたバリケードの影から、一人の敵兵が乗り出し、剣を手に切りかかって来たのはその瞬間だった。

「ッ!」

 敵兵の剣が振り下ろされるよりも前に、鳳藤は構えていた小銃の引き金を絞り、発砲。撃ち出された5.56㎜弾が敵兵の胸を貫き、敵兵は絶命。銃弾を受けた衝撃で遮蔽物の後ろへと倒れ、動かなくなった。
 襲い掛かって来た敵を撃退すると、鳳藤と町湖場は間近に築かれていたバリケードに滑り込み、そこを遮蔽物代わりとして身を隠す。そして二人は、バリケードから視線を出して、その先を慎重に覗き見る。
 視線の先、次に控えるバリケードからは、二本の槍が突き出されていた。間合いに接近して来た敵を貫かんと、待ち構えているのだろう。

「このまま突っ込みゃ、串刺しですね」
「あぁ、先に無力化する必要がある」

 町湖場の言葉に鳳藤は返しながら、自身のサスペンダーから下がった手榴弾を握りしめる。掴んだ手榴弾を引き下げ、サスペンダーに繋がるピンを引き抜くと、遮蔽物から腕だけを突き出して、握った手榴弾をその先に投擲。
 数秒後、廊下の先で炸裂音が響き渡った。

「行くぞ!」
「了!」

 炸裂音が聞こえると同時に、鳳藤と町湖場の二人は立ち上がり、バリケードを越えてその先へと踏み込んだ。
 手榴弾の炸裂により、その場にあったバリケードのいくつかは破壊され、待ち構えていた二本の槍は、主を失いその切っ先を床へと落としていた。
 さらに炸裂の影響はその後方に設けられたバリケード陣にもあったのだろう。その場にいた敵兵達が、動揺の余り身を晒す姿が目に映る。
 鳳藤と町湖場の二人は、その期を見逃さなかった。

「このまま突っ込む!」
「了!」

 二人は手榴弾の炸裂した凄惨なその場を駆け抜け、その次のバリケード陣へと距離を詰める。そして二人は同時にバリケードに足を掛け、その向こう側へと突貫した。
 ただでさえ動揺の中にあった敵の兵達は、そこへ何の躊躇いもなく突っ込んで来た鳳藤と町湖場に対して、対応を取る事すら叶わなかった。
 二人はバリケードの向こうへ飛び込むと同時に、それぞれ構えた火器をその場に居た兵達に向けて発砲。兵達はバリケード内に、次々と倒れて行った。

「……よし!」
「……他にはいませんね」

一方的な殺戮となった戦闘に、二人の表情は曇る。しかし感傷に浸っている暇は無かった。二人は気づけば廊下の突き当りまで達しており、曲がり角となっていたその先に、扉が見えた。

《鳳藤、町湖場、聞こえるか?こっちは廊下を進み切って扉を抑えた》

 そこへインカムから通信が飛び込む。先に廊下の反対側へと向かった新好地からだ。

「あぁ……こちらも同様だ」

 通信に鳳藤は浮かない口調で返す。

《了解。確か事前の情報だと、この先は一つの大部屋になってるはずだ》
「じゃあ、とっとと突っ込んで片づけちまいましょう」

 続く新好地からの通信の言葉に、町湖場はダルそうな様子で発する。

「いや、私達の独断では決められない、帆櫛三曹の指示を仰がなければ」
「チッ」

 鳳藤の言葉に口うるさい女三曹の名を聞いた町湖場は、隠そうともしない舌打ちを打つ。

「鳳藤士長、町湖場一士!」

 そこへ二人の背中に声が掛かる。 二人が振り向けば、追いついて来た帆櫛と一分隊の隊員等の姿がそこにあった。

「帆櫛三曹、廊下の制圧は完了しました」

 それに対して、鳳藤は足元に横たわる敵の兵達の亡骸へ、視線を落としながら発する。

「……ッ!」

 その光景に、帆櫛はその顔を青くする。いや、虚勢こそ張っているが、戦闘が始まって以来の死体の数々を前に、彼女の顔は常にすぐれた物ではなかった。

「帆櫛三曹、大丈夫ですか……?」
「ッ……この程度、問題ない……!」

 案ずる鳳藤に対して、キッとした目を向けて帆櫛は返す。

「帆櫛三曹、反対側では新好地士長達も扉を抑えたそうです。私達は、両側から同時に部屋内への突入を試みたいと思うのですが?」
「あぁ……許可する。……いいか、ここが最後だぞ。各員気を抜くな、突入準備!」

 帆櫛は鳳藤の意見具申を受け入れ、そして己を奮い立たせるべく、いつもの口うるさげな声で指示の言葉を発する。しかしその顔は青いままだった。

(大丈夫かよ、この娘っ子)

 そんな帆櫛を端から見ていた町湖場は、内心で訝し気な言葉を吐く。各員が状況にそれぞれの思いを抱えながら、突入の準備が始められた。



 三階にて突入準備が始められたその頃。

「よっ」

 〝砦の壁面〟にある突起物をその手で掴みながら、自身の身体を上へと運ぶ鷹幅の姿が、そこにある。鷹幅と不知窪は今現在、まるでロッククライミングのように砦の壁面を登っている真っ最中であった。
 事の起こりは数分前。
 上階へと回り込む別ルートがないか、二人が砦内を調査していた時に、不知窪が「いっそ外から登って行きますか?」といった旨の発言をしたことが発端であった。
 鷹幅はその発案を採用し、先の二階への侵入時にこじ開けた弓眼から再び外へと出て、登壁を開始したのであった。
 砦を囲う城壁上の一角からは、2分隊の一組が、鷹幅等の登壁の様子を見守っている。彼等は、登壁の最中無防備となる鷹幅等の援護についているのだ。
 砦城壁上、及び敷地内部の敵はほぼ無力化されていたが、それでも万一の事が起こらないとは限らず、鷹幅が城壁を担当する2分隊へ援護を要請したのだった。

「やれやれ、正直半分冗談だったんですがねぇ」

 鷹幅の下から続いている不知窪は、器用に壁面の突起部を掴み登りながらも、ため息交じりにそんな言葉を発する。

「自分の軽口を呪うんだな」

 鷹幅は自分に続く不知窪に端的にそう返しながらも、砦の屋上を目指して手と足を進めた。



 砦三階にて、1分隊は残る最後の部屋への突入準備を完了した。
 廊下の両端にそれぞれ存在する出入り口の扉には、施設科隊員の宇桐の手により爆薬が設置され、それぞれの扉の側では1分隊の各員が、突入に備えて待機している。

「1分隊各員、準備はいいか?」

 その場の指揮を取る帆櫛が、直接、そしてインカム越しに各員へ問いかけの言葉を発する。

「準備よし」
「問題ナシ」

 すぐ側の扉前で待機している、鳳藤や町湖場から返答が返る。

《ジャンカー1-2、突入準備よし》

 そして反対側のもう一つの扉で、同様に突入合図を待つ新好地等からも、インカム越しに返答が来る。

「よし……宇桐一士、爆破準備」

 各員からの報告を聞いた帆櫛は、傍らで待機していた宇桐に、指示の言葉を送る。

「行くぞ………突入ッ!」

 帆櫛の合図と共に、宇桐が起爆装置のスイッチを押す。そして二ヶ所の扉に設置された爆薬が、同時に起爆。爆音と共に二つの扉が、同時に部屋の内側へと吹き飛ぶ。
 突入口が開かれると同時に、片側の扉からは鳳藤と町湖場が、反対側の扉からは新好地と樫端が、部屋内へと突入した。

「――!」

 突入した鳳藤の眼に、その先の光景が飛び込んでくる。
 事前情報道理、その先は大部屋となっており、そして各所に立つ複数の人の姿が見える。
 扉の近くにいたため、爆破に巻き込まれ吹き飛ばされる者。爆破こそ間逃れたが、突然の事態に狼狽える者。そして部屋の一角には椅子に拘束された人間の姿も見える。
 反対側に位置する扉には、自分達同様突入して来た新好地と樫端の姿。
 アドレナリンの作用か、鳳藤には目に飛び込んで来たそれら全ての動きが、スローモーションのように緩慢に見えていた。
 瞳を動かして部屋の全容を把握した鳳藤は、一番間近にいた一人の敵兵に照準を合わせて、引き金を引く。
 弾が撃ち込まれ、その胸に穴を開け、その場に崩れ落ちる敵兵。崩れ落ち行く敵兵から目を外し、鳳藤はその後方にいた別の敵兵に照準を移し、再び発砲。
 隣にいる町湖場や、反対側で位置取る新好地や樫端も同様に、部屋内にいる敵性存在を各々の持つ火器の照準に捉え、引き金を引いてゆく。
 部屋内にいた敵の兵達は抵抗する暇すらなく、銃弾に貫かれ、次々と倒れてゆく。そして一瞬の後には、部屋内に立つ敵の兵の姿は、一人としていなくなった。



 第1騎士団団長ハルエーは、信じがたい光景を目の当たりにしていた。
 突然の爆音と共に部屋の扉が吹き飛んだかと思えば、次の瞬間にはいくつもの小さな炸裂音が響き渡り、音と同時に部屋を占拠していた敵兵達が、瞬く間に崩れ落ちていったからだ。
 突然巻き起こった目の前の光景に、ハルエーは驚きの声すら零すことを忘れ、ただ目を見開いていた。

「クリア!」
「クリアー!」
「クリア」

 そんなハルエーの耳に鳳藤らの発した無力化完了を伝える声が飛び込み、ハルエーの意識を現実へと引き戻す。ハルエーはそこで始めて、踏み込んで来た者達が先に顔を合わせた奇抜な恰好の一団――すなわち隊員等である事に気付いた。

「あんた、大丈夫か?」

 そしてハルエーに声が掛けられ、彼はそちらへ顔を向ける。そこにあったのは新好地の姿だ。

「帆櫛三曹、人質っぽい人を確保しました」

 新好地は背後に振り向き、発する。そこには後続で部屋内に踏み込み、警戒の姿勢を取っている帆櫛の姿があった。

「あなたは……!」

 帆櫛はハルエーの姿を見て、目を見開く。

「知ってるんですか?」
「この方は、この国の騎士団の団長さんだ。早く解放して差し上げろ……!」

 身分階級といった物を気にする達である帆櫛は、少し焦った様子で言う。

「あぁ、偉いさんですか」

 対する新好地は特段気にした様子もなく、銃剣を取り出して彼を拘束していた縄を切り、ハルエーの身を解放した。

「す、すまない……しかし、これが君たちの力なのか……」

 ハルエーは礼を述べながらも、驚き冷め止まぬ様子で言葉を零す。

「助けが遅れて申し訳ありません。こちらで人質となっていたのは、団長さんだけでしょうか?」

 帆櫛の尋ねる言葉に、驚きに染まっていたハルエーの表情は、苦くそして焦りの含まれた物へと変わった。

「いや……まだいるんだ……!」

 ハルエーは、1分隊が突入して来る少し前に、敵部隊の指揮官である男と、今回の立て籠りの主犯格であるこの国の官僚が、共に囚われていた部下――すなわちミルニシアを連れて、屋上へと逃れた事を説明した。

「なんてことだ……分かりました、その人は私達が追いかけます!」

 帆櫛はハルエーに言うと、インカムで通信を開く。その相手は鷹幅だ。

「鷹幅二曹、応答してください。こちらジャンカー1、帆櫛」
《鷹幅だ、どうした?》
「こちらは三階を制圧し、囚われていた騎士団長さんを確保しました。……しかし、敵の指揮官が人質を一人連れて、屋上へ逃れたそうです……!」
《本当か?それは厄介だな……》

 無線の向こうから鷹幅の、苦い声色での言葉が聞こえてくる。

「これより私達で、その敵指揮官と人質を追いかけます」
《了解。その逃げた指揮官は屋上にいるんだな?こちらも、屋上を目指している最中だ、なんとか背後を取れないか試してみる》

 そして鷹幅は最後に「決して無茶はするな」と念を押すと、通信を切った。

「――よし、数名私と来い!行くぞ!」

 帆櫛が指示を張り上げ、彼女を始めとした数名は、逃げた指揮官を追う。
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