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チャプター3:「任務遂行。異界にて」
3-2:「状況一転。迎え討て」
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鷹幅は第37騎士隊の陣地内に招かれ、そこから布陣を終えた第1騎士団の様子を眺めていた。鷹幅の隣にはザクセンが立ち、鷹幅に第1騎士団が行う作戦の概要を説明している。
「まず最初に、横隊に布陣した重装歩兵隊が先陣として突撃します。その間、砦からは弓等による応射があるでしょが、後方に控えた弓兵隊と魔法隊がこれに対応します。その援護の元に、重装歩兵隊は砦まで接近して砦の門を確保、突破し砦内部への突入口を開きます。同時に後ろから続く軽装歩兵隊が城壁へと上り、城壁上を抑えます」
そこまで説明すると、ザクセンは片手に持っていた砦とその周辺の地形図を広げる。そしてそれを鷹幅に見せながら、説明を再開する。
「城壁内部は開けた空間があり、その中央部に内砦がある構造になっています」
地図で見る砦の構造は、漢字で表現するなら回の字のような構造物の配置になっていた。
「突入した重装歩兵隊は、内部の広場で再度横隊に布陣。内部で待ち構えているであろう敵と交戦し、これを排除。最後に内砦へと突入し、これを制圧します。――以上が、第1騎士団が行う作戦の大まかな流れです」
ザクセンの説明が終わったその時、布陣する第1騎士団で動きが見えた。
布陣する第1騎士団の各隊の中央で、馬に跨るハルエー団長が声を張り上げだした。
「皆聞け!今、砦に立て籠もるのは、魔王の軍勢に寝返らんとする我が国の恥さらし共だ!これより我々は砦に踏み込み、奴らを一掃する。心して掛かれ!」
「「「オオオーーーッ!!!」」」
ハルエーの言葉に応じ、騎士団の騎士達は雄叫びを上げた。彼等の声が周辺の空気をビリビリと震わせる。
「重装歩兵隊、前へーッ!」
そして発されたハルエーの命令と共に、最前列に位置していた重装歩兵隊が、前進を開始した。鎧の接触する音と足音を響かせ、重装歩兵隊は砦との距離を詰める。彼等が砦と包囲陣の中間程まで達した所で、砦の城壁から彼等に向けて、弓矢による攻撃が降り注いだ。しかし降り注いだ矢の雨は、重装歩兵隊の纏う厚い鎧に阻まれ、重装歩兵隊に傷を負わせることは無い。そして攻撃を受けながらも、彼等は怯むことなく、前進を続けた。
「勇敢な重装歩兵隊を援護せよ!弓兵隊、放てーッ!」
重装歩兵隊を援護するべく、控えていた騎士団の弓兵隊が応射を開始した。彼等の放った矢は砦の城壁へと降り注ぎ、その成果か、城壁上からの攻撃が収まる。
その間に、重装歩兵隊は砦の城門まで到達した。
「門を開けろ、道を切り開け!」
到達した重装歩兵隊は、その鎧に覆われた堅牢な体を用いて、砦の門に体当たりを敢行する。数回の体当たりが行われた後に、砦の扉はついに破られた。
開かれた門から重装歩兵隊がなだれ込み、同時に後ろから続いていた軽装歩兵隊が、城壁に梯子を掛けて、城壁上を抑えるべく登っていく。
砦の内部では、想定した通り反乱を起こした砦の守備隊が待ち構えていた。それに対応するべく、雪崩れ込んだ重装歩兵隊は砦の内側で再び横隊を組み直す。
そして重装歩兵隊は、待ち受けていた守備隊とぶつかった。
重装歩兵隊と守備隊は、激しく剣を振るい合い、槍を薙ぎ合う。
そして砦からは守備隊の弓兵隊による攻撃が重装歩兵隊に降り注ぎ、それに対抗すべく、抑えられた城壁上に上がった騎士団の弓兵隊が、重装歩兵隊を援護する。
戦況の変化はすぐに訪れた。守備隊は軽装歩兵主体であり、騎士団の重装歩兵隊の堅牢さの前に苦戦を強いられ、押され始める。そして守備隊の作っていた隊列の一角が突き破られると、そこを起点守備隊の陣形は崩壊を始めた。その期を逃さずに、重装歩兵隊は攻撃の手を一層増し、押し上げを始めた。騎士団の容赦ない攻撃に、守備隊の陣形はやがて総崩れとなり、守備隊の兵達は後退を始め出した。
「よし、私達の出番だ!」
そこへ、重装歩兵隊の背後に控えていた一騎の騎兵から声が上がる。それはミルニシアだった。彼女の発した掛け声ち共に、彼女の配下である数騎の騎兵達は、後退を始めた守備隊の中へと切り込んだのだ。
彼女達の役割は、後退を始めた敵の中へと切り込み、再編成を阻害する事に遭った。
「こ、この――ぐぁッ!」
「甘い!」
守備隊の兵たちは、少数で切り込んで来たミルニシア達をどうにか排除しようとするが、彼女達は愛馬を華麗に操り敵の攻撃を回避。そして敵を馬上から薙ぎ払ってゆく。
元々多い数では無かった守備隊は、総崩れになった所へ騎士隊や重装歩兵隊の追撃を受け、見る見るうちに数を減らしていった。そしてまともに応戦する能力を失い、わずかに残った兵たちは、その場を完全に放棄して、砦の奥側へと逃げ去って行った。
「ふん、軟弱者どもめ」
ミルニシアは馬上で逃走する兵達の背中を見ながら、吐き捨てる。
「ミルニシア」
そこへ彼女を呼ぶ声がする。彼女が振り向けば、馬を操りこちらへと駆けて来る、ハルエー団長の姿があった。
「主だった抵抗戦力は排除できたようだな。砦の内部は軽装歩兵隊が制圧に掛かる。お前は、砦の北門を抑えに行ってくれ」
「は!」
ハルエーの命令に凛とした声で返すと、ミルニシアは配下の騎兵達を引き連れ、砦の奥へと向かった。
内砦にも軽装歩兵隊が突入し、砦内部は順調に制圧されつつあった。
「く……」
その内砦の上階の一室で、焦燥の色を浮かべる中年の男がいた。男は、魔王勢力への寝返りを企てていた、五森の公国の官僚であった。企てが発覚して追われる身となりこの砦に逃げ込んだ彼は、今現在は少数の砦の守備兵と共に、砦上階の一室に立て籠もっている状況にあった。
一室の入り口にはバリケードが築かれているが、外から騎士団の兵たちが扉を蹴破ろうとしているのだろう、バリケードと扉は何度も音を立てて揺れている。
「ッ、これ以上は無理だ!」
バリケードを支えている守備隊兵の一人が、悲痛な叫び声を上げる。
「くぅ……〝まだ〟なのか……」
守備隊兵の声を聞いた官僚の男は、願うように零しながら、一室の壁に設けられた小窓から外を見る。
「……!あれは!」
その時、官僚の男の目が、小窓から見えたその先の光景に、声を上げる。
「ふふふ……間に合ったようだ……形勢は我々の方へと傾いたぞ!」
そして官僚の男は、下卑た笑みを浮かべて言い放った。
「おい、なんだあれ……?」
砦の北側の城壁上。その場を抑えた騎士団の軽装歩兵達は、そこから見える光景に困惑の声を零していた。
砦の北側、両脇を谷に挟まれた道をこちらへと迫る、正体不明の一団の姿があったからだ。
「〝雪星瞬く公国〟の部隊か?」
「今回の件を聞きつけて、部隊を寄越したのでしょうか?」
「そんな報告は聞いていないがな……?」
兵たちは、隣国が事態鎮圧のために部隊を派遣して来たのかと、予測の言葉を発する。
しかしそれが間違った解釈であると知るのは、その直後であった。
「――ぐぁッ!?」
城壁上にいた軽装歩兵の一人が、悲鳴を上げて崩れ落ちる。彼のその首には、矢が突き刺さっていた。
「な、隊長――ぐッ!?」
城壁上に次々と矢が降り注ぎ、その場にいた軽装歩兵達が射抜かれ、倒れてゆく。それはまごう事なき、攻撃で会った――。
「隊長!城壁の上の軽装歩兵隊が!」
「隊長、あれは敵です!」
ミルニシアの耳に、部下からの報告の声が次々に飛び込んでくる。
その彼女の目にも、開け放たれた城門の先から迫る、軍勢の姿が見えていた。
「何だあれは……正規軍規模じゃないか……!」
「隊長!敵は見る限りで、我々の倍以上はいます……!このままでは……」
動揺して声色で、部下の一人が報告の声を上げる。迫る軍勢は、300~400程の数を有していた。
ミルニシア達も、籠城する一団が何かの助けを待っている事は察していた。しかしここまでの大規模な部隊が、堂々と隣国の領地を行進して来るとは流石に想定外であった。
目の前の光景に、ミルニシアは表情を険しくして奥歯を噛み締める。
「た、隊長……」
「狼狽えるな馬鹿者!重装歩兵隊に伝令を出せ!城門で布陣し、奴らを迎え撃つんだ!」
形勢が一転し、圧倒的に不利な状況に置かれた彼女達。しかしミルニシアは自らの役目を果たすべく、部下に発し、そして迫る軍勢を睨み、行動に移った。
「妙だな……」
砦を囲う包囲陣から、ザクセンが訝し気な表情で砦を見つめていた。
騎士団の突入後、一度は収まった喧騒が、少しの間を置いて再び聞こえ着て、その度合いを増していたからだ。
「何か――あったようですね」
ザクセンの横に並ぶ鷹幅も、砦を見つめながら神妙な面持ちで発する。
そんな彼等の目が、砦の南門から一騎の騎兵が飛び出してくる姿を見る。包囲陣の方向へと走って来たその騎兵は、包囲陣内へ駆け込んで来たかと思うと、その場で落馬し、地面に崩れ落ちる。
「お、おいどうした!」
ザクセン始め、周囲にいた第37騎士隊の兵達が騎兵の元へと駆け寄る。その騎兵は、背中に矢を受けていた。
「ッ……看護兵を呼べ!」
それを見たザクセンは、側にいた兵に命じる。
「峨奈三曹、こちらで負傷者発生だ。着郷一士をこちらへ寄越してくれ」
鷹幅はインカムに向けて衛生隊員を寄越すよう指示を発すると、ザクセン等の背後から負傷兵の様子を伺う。ザクセン等に囲われている負傷兵は、掠れた声で何かを訴え始めた。
「ぐ……と、砦に……奴らの援軍が来た……!数は、300以上……」
「何!?」
負傷兵のその言葉に、ザクセンは目を見開く。
「皆で迎え撃ったが、押されている……!」
負傷兵は傷を負ったその体に鞭を打ち、目を見開いて訴える。
「頼む……皆を助けてくれ……!」
「落ち着いて、それ以上喋らない方がいい」
必死に訴えかけてくる負傷兵に、鷹幅は落ち着かせる言葉を送る。
「着郷一士、来ました」
「ここだ、彼を見てやってくれ」
そこへ衛生隊員の着郷がその場に到着する。着郷は負傷兵の姿を確認すると、彼の元へと近寄り、応急手当を開始する。やがて第37騎士隊の看護兵達も到着し、負傷兵は彼等の手によって、後方へ搬送されていった。
「糞、なんてことだ……」
砦の状況を知らされたザクセンは、言葉を零す。
「応援を待っているとは考えたが、まさかそこまでのまとまった数を――」
対する鷹幅は、砦に視線を送りながら分析の言葉を発する。
「300だって……?俺達の倍以上いるじゃないか……」
「どうするんだ……」
この場にいる五森の公国側の兵力は、第1騎士団、第37騎士隊両隊を合計しても、150に満たない。その内、第37騎士隊の内訳は約50名程度だ。圧倒的に不利な状況となった現状を前に、第37騎士隊の隊兵達は狼狽える声を上げる。
「決まっているだろう!すぐに我々も、砦へ援軍に向かうべきだ!」
そこへ第37騎士隊の1隊隊長である騎士の男が声を上げる。しかし直後に、ザクセンがそれを否定した。
「いや、ダメだ。我々の数で無闇に突入すれば、返り討ちに遭う事は目に見えている。それに数を揃えた奴らは打って出て来る可能性もある。それを防がなければ、次に襲われるのは木漏れ日の町だ!」
ザクセンの言葉に、それを聞いた第37騎士隊の兵達は息を飲む。
「俺達は、ここで迎え撃つ体制を取るぞ。木漏れ日の町に伝令を出し、この事を伝えろ。そして各隊は、防戦準備だ!」
第1騎士団の救援を断念し、防衛に専念する非情の決断を下すザクセン。それは彼にとっても決して軽い決断ではなかった。
「――は!聞いたな皆?かかれ!」
その心中を察した1隊隊長はザクセンに代わって声を張り上げ、隊兵達はそれを受けて散ってゆく。
「タカハバさん……申し訳ないが、あなた方にも協力をお願いしたい」
ザクセンは、藁にも縋るような面持ちで、鷹幅に願い入れる。
「もちろんです、私達も準備しましょう」
鷹幅はその言葉を受け入れると、インターカムに指示の声を発し始めた。
砦の城壁の内側の各所で、第1騎士団の兵達は分断され、包囲されていた。
最初の内こそ城門に布陣し、迫る正体不明の敵兵とぶつかり合っていた第1騎士団だったが、数の暴力にやがて彼等の陣形は破られ、砦内部に雪崩れ込まれ、現在の状況に陥っていた。
「やぁぁッ!」
「ぐぁッ!?」
ミルニシアは馬上から剣を振るい、何人目かも分からぬ敵兵を切り倒す。その場にはミルニシアと、同様に馬に跨る彼女の部下数名の姿がある。彼女達は敵の包囲の中で円陣を作り、自分達に向かってくる敵兵を迎え撃っていた。すでに多数の敵兵を倒していたが、それでもなお、彼女達を囲う敵の包囲が崩れる気配は無かった。
「くッ、隊長!敵が多すぎます!」
「弱音を吐くな!持ちこたえるんだ!」
部下の吐いた弱音に怒声を飛ばし、ミルニシアは敵兵の群れを睨む。
「クソッ、こいつら手練れだぞ……!」
一方の敵兵側には多数の死傷者が出ており、彼等は怯み始めていた。
(敵は怖気づいている……この調子なら……)
その様子を見てミルニシアはこの場を乗り越える微かな可能性を見出す。
「ほう――これだけの数を相手に立ち回るとは、さすがは近衛部隊といった所か」
しかしその時、敵兵達の後方から、その名声が響き聞こえた。
ミルニシア達を包囲していた敵兵達の一角が割れ、そこから一人の男が現れた。
「しかしまぁ、ずいぶんとたくさん伸してくれたものだ」
男は周囲に散らばる兵の死体を見渡して発する。
「貴様がこの軍勢の将か!?」
現れた男に、ミルニシアは問う。
「将などと大したものではないが、一応こいつ等の指揮官だ。ラグスという、お見知りおきを――ミルニシア姫」
自己紹介と共に、そのような呼ばれ方をしたミルニシアは、あからさまに不快そうな表情を作る。
「私を姫と呼ぶな!――ふん、指揮官がノコノコと出て来た事、後悔するがいい、その首、貰い受ける!」
ミルニシアは高々と発すると、跨る愛馬を操り、敵指揮官のラグスに向けて切りかかろうとする。
「おっと、大人しくした方がいいと思うぜ?こいつ等の事を思うならな?」
しかしラグスはその身を一歩横へと引き、そして背後を指し示して見せる。そこに見えた物に、ミルニシアは手綱を引いて愛馬を急停止させた。
「ミルニシア隊長!すみません……」
「くっ、放して!」
そこにいたのは、敵兵により拘束された、ミルニシアの部下の女騎士達の姿であった。おそらく別の場所で戦いに敗れ、囚われの身となったのだろう。
「な――お前達!」
ミルニシアは驚愕して身を見開き、そしてラグスを睨む。
「この、卑怯者ッ!」
「戦いの基礎だよ、基礎。捕まえたのはこいつ等だけじゃない。行商とかの人質も、俺達が再び抑えた。そのことを考えれば、聡明な姫隊長様なら、そうすればいいか分かるよな?」
「ッ……」
不敵な笑みを浮かべて発するラグス。対するミルニシアは、敵の卑劣な手を前に、奥歯を噛み締める。
「……皆、武器を捨てろ」
そしてミルニシアは苦渋の決断を下した。
「そんな、隊長!」
「仲間や人質の命には代えられない!捨てるんだ……」
意義を唱える部下に発し、ミルニシアはその手にしていた剣を捨て、愛馬から降りる。渋りを見せていた部下達も、しかしやがてそれに続いた。
「よし、捕まえろ」
ラグスの言葉を受け、ミルニシアを包囲していた兵達が、ミルニシア達に接近。
「コイツ!」
「散々てこずらせてくれやがって!」
兵達は恨みの言葉を吐きながら、ミルニシア達を拘束して行く。
「ぐッ!」
「おいお前達、仮にも姫様だ。丁重に扱えよ」
拘束され苦悶の声を上げるミルニシアを前に、ラグスはそんな言葉を発する。しかしその顔には、にやにやとしたサディスティックな笑みが浮かんでいた。
「下衆めぇ……!」
「はは、怖いお姫様だ」
そんなラグスを、ミルニシアは鋭い目つきで睨みつけたが、ラグスはそれを一笑して返すのみだった。
「ラグス隊長」
そこへラグスの元に、伝令の兵が訪れる。伝令兵はラグスに、砦は内部、城壁共に制圧がほぼ完了。残るは城壁の壁際で抵抗を続ける、一部の重装騎兵隊のみである事を告げた。
「よし、第1百人隊には早急にその残党共を片づけるよう伝えろ。第2、第3百人隊は砦の南側で布陣を開始、準備が出来次第、奴らの包囲陣に突入、制圧させろ。本陣の到着前に、周辺を全て掌握する」
ラグスは伝令兵に命じると、未だ自身を睨み続けるミルニシアを再び一笑。「連れていけ」と命じる言葉を発し、身を翻してその場を後にした。
「クソ、隊長の予想道理、敵が出て来た……」
包囲陣の一角で、第37騎士隊の隊兵の声が上がる。
第37騎士隊は、敵に援軍が加わった事による攻勢の可能性に備えて、包囲陣の各所に配置してそれを待ち構えていた。
そしてその可能性は現実となり、第37騎士隊の隊兵達の視線の先。砦の南門からは、多数の兵が姿を現し、布陣して行く様子が見えていた。
「百人隊が二隊か?……それに弓兵や魔法兵の支援も見える」
別の隊兵が零す。城壁上には、弓兵や魔法兵が配置して行く姿が見えた。
「こっちの3倍以上だ……なぁ、あの人等は本当に力になってくれるのか?」
一人の隊兵が懐疑的な声を上げ、その言葉に周囲の隊兵達が、同方向に視線を移す。
彼等の視線の先には、包囲陣の片隅で布陣した、緑色の服装に身を纏った数人の人影があった。
昇林の町を救ったという噂の、謎の一団である彼等。
そんな彼等の内の一部が、第37騎士隊の包囲陣の中に、自分達数名を配置させて欲しいと願い入れてきたのは、つい先程だった。
そして隊長のザクセンに許可を受けた彼等は、何やら黒い鉄の棒を陣地内に持ち込み、その一角に据え置いたのだ。そして今は、その黒い鉄の棒を中心に、数名が布陣している。
「あんな棒で何をしようっていうんだ……?」
「たった30人程度加わった所でなぁ……」
戦力で勝る敵がこれから攻めて来るという不安のせいか、隊兵の中には不信感が伝播し、皆不可解な一団を見ながらひそひそと言葉を交わす。
「やめんかお前等!」
そこへ隊兵達に、ザクセンの怒声が飛んだ。
「無関係の立場でありながら、彼等はこの場で共に戦ってくれるというのだ!そんな彼等に無礼な真似はよせ!」
ザクセンの言葉に、慌てて隊兵達は視線を正面に戻して、口をつむぐ。
(不安で疑心が生まれている……無理も無いか)
隊兵達を見ながら心の中で言葉を紡いだザクセンは、包囲陣内に陣取った一団を、そして包囲陣の隣に作られた彼等の陣地に視線を送る。
ザクセンも噂こそ聞き及んでいたが、彼等一団が実際にどれほどの力を有しているかを知っている訳ではない。隊兵達には先のように言ってみたものの、ザクセン自身も一団に対して懐疑心が無いと言えば、嘘になるのが本当の所であった。
「彼等は――一体何をしようというのだ?」
程なくして、砦の南門から姿を現した敵の部隊は布陣を終え、最前列で横隊を組んだ重装歩兵隊が、こちらへ向かって前進を開始した。
「来たか……!全員備えろ!」
その光景を目にしたザクセンは、隊兵達に向けて声を上げ、隊兵達は迎え撃つ態勢を取る。
「ザクセンさん、お待たせしました」
そこへザクセンに声が掛かる。彼が振り向くと、そこに鷹幅と、他数名の隊員の姿があった。
「彼等は、動き出しましたか」
「えぇ……数に物を言わせて、こちらを蹂躙する気でしょう……」
鷹幅の言葉に、ザクセンは重い口調で答える。
「隊長、城壁上に動きが……来ます!」
その時、隊兵の一人が声を上げる。
砦の城壁上に布陣した敵の弓兵隊と魔法隊が一斉に矢を、そして火炎魔法をこちらへ向けて放ったのは、その次の瞬間だった。
「伏せろッ!」
ザクセンが怒声を上げた直後、無数の矢と複数の火炎弾が包囲陣に降り注いだ。
襲い来た矢は第37騎士隊の隊兵数名を貫き、火炎弾は同様に彼等を負傷させ、そして包囲陣の各所を焼いた。
包囲陣内の各所からは、悲鳴や怒声が上がる。
「ッ、負傷者した者を下がらせろ!」
ザクセンの指示により負傷者が担ぎ出される傍ら、第37騎士隊の弓兵達は、迫る敵の重装歩兵隊や、後方の城壁を狙って各個に弓を放ち始めていた。しかしこちらから放たれた矢は、重装歩兵の装甲、あるいは城壁に阻まれ、ほとんど成果を上げる事は無かった。
「隊長、こちらの弓が通りません!」
「落ち着け、散発的に打っても効果は無い!敵の指揮官、もしくは後方を集中して狙うんだ!」
混乱する隊兵達に指示の言葉を発するザクセン。
一方その彼の横では、鷹幅がインカムにより各所との通信を行っていた。
「各ポイント、被害は?」
《右翼陣地、マルチャー1。被害ありません》
《包囲陣内銃座、マルチャー2。一名かすり傷を負いましたが、行動に支障無し》
《モーターネスト、被害無し》
各所に布陣している小隊の各隊から報告が上がって来る。各所共に、大きな被害はないようであった。
「よし、各ポイント攻撃命令に備えろ」
無線に向けてそう発した鷹幅は、そこで背後に振り向く。そこにはスピーカーメガホンを肩から下げた帆櫛が立っており、彼女はそのスピーカーメガホンのマイクを鷹幅へと渡す。そして鷹幅はマイクを口に当てると、こちらへ迫る敵部隊へ視線を送り、そして声を発し出した。
《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》
スピーカーメガホンを介した鷹幅の声は、大きくそして異質な音声となって、周辺へと響き渡る。
それにまず驚いたのていたのは、その横にいるザクセン達、第37騎士隊の面々であった。突然の異質な音声もさる事ながら、この期に及んでの敵に撤退を言葉で促すという行為に、ザクセン達は大変不可解な様子で鷹幅を見つめていた。
「タカハバさん、何を――」
「一応、規定なものですから」
そのザクセンの心中を察したのか、鷹幅はどこか自嘲気味に言って見せる。そして鷹幅は視線を戻して前方へ向ける。警告の言葉を受けた敵部隊は、突然の異質な音声のせいか若干の同様こそ見せたが、やがて足並みを揃え直しこちらに向けての攻勢を再開した。
「やはりダメか――マルチャー1、マルチャー2。50口径による発砲を許可する」
それを見た鷹幅はため息混じりに呟くと、再びインカムに向けて、しかし今度は攻撃命令を発した。
前進を開始した重装歩兵隊は、順調に包囲陣との距離を詰めていた。途中、相手からの散発的な弓矢による攻撃があったが、重装歩兵達のとっては大した障害にはならず、彼等はそれを押し跳ねて進み、砦と包囲陣の中間地点まで到達する。
彼等の耳に異質な音声が聞こえたのは、その時だった。
《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》
突然の異質な音声に、重装歩兵達の間に若干の動揺が走ったが、彼等はそれ以上に、聞こえ来たその内容を訝しんだ。
「退去しろだと?何を世迷い事を」
その中で後方に位置していた、この場の指揮官である騎兵が呆れた声で一笑する。
彼の言う通り、聞こえ来た発言は世迷い事もいい所だった。現状優勢なのは彼等の方であり、物事の決定権も今やこちらにあるのだから。重装歩兵達の隊列からは、いくつかの呆れた呟きや笑い声が上がる。
「五森の公国は、どこかから応援を受け入れたのでしょうか?ニホン国、とは聞いた事がありませんが……?」
指揮官の横に控えていた副官が発するが、指揮官はその言葉を一蹴する。
「知った事か。どうであれ我々の任務は変わらない、前方の陣地を蹂躙するのだ」
そして指揮官は、重装歩兵隊に前進再開の号令を出す。最早、彼等の行く手を阻める物は何もなく、包囲陣は彼等の手により蹂躙される物と思われた。
――それが起こったのは、次の瞬間であった。
周辺に、何かが爆ぜるような音が連続して響き渡る。そして同時に、包囲陣の隅から発せられた光の線が、重装歩兵隊の一角に飛び込む。
その直後、そこ場に居た数名の重装歩兵が、何か巨大な物に殴打されたかのように吹き飛び、地面に倒れたのだ。
その現象は、横隊で展開している重装歩兵隊の両翼で巻き起こっていた。
爆ぜる音が響くと共に、光の線が重装歩兵隊へと飛び込み、その場に居た重装歩兵達が薙ぎ倒されてゆく。
「な、何事だ!」
突然の事態に、指揮官の騎兵は今度は大きく狼狽えた。
「分かりません……!何か……私達は光に射抜かれています!」
指揮官の声に、副官が困惑した声を上げる。
よく観察すれば、倒れた重装歩兵達の纏う鎧は、皆貫かれ大穴が空いていた。そして光に射抜かれた重装歩兵達はほとんどが即死し、あるいは生きていても、腕や足を失っている者が見受けられた。
そんな中へ、光の線は容赦なく彼等に襲い来る。
崩れた横隊の各所で悲鳴が上がり、被害は後方に布陣していた軽装歩兵隊にも及び始める。先程まで優勢の立場にいた彼は、一転して地獄の渦中に叩き込まれた。
「敵の魔法か……!?く……後方の弓兵と魔法兵に援護させろ!無事な者は敵陣まで前進せよ!懐に入り込むのだ!」
部隊が混乱に陥る中で、指揮官は命令を発する。それを聞いた兵達は、各個に決死の前進を開始した。
包囲陣には、二門の50口径12.7㎜重機関銃が、三脚を用いて設置されていた。
正確には、一門は包囲陣の右翼に構築された小隊陣地に。もう一門は第37騎士隊の方位陣地内の左翼に。両翼に設置された重機関銃は、鷹幅の攻撃命令と共に唸り声を上げた。
二門の12.7㎜重機関銃が形成する十字砲火は、横隊で迫りつつあった重装歩兵隊を両脇から削り、彼等の陣形を大きく崩す事に成功した。そして今も銃撃は続き、重機関銃の弾薬に混ぜ込まれた曳光弾の光が、敵中へ注がれる銃火を可視化している。
「鷹幅二曹。向こうさん、各個に前進を始めました」
鷹幅の横で、観測手を務める新好地が報告の声を上げる。
「横隊を維持できなくなったか」
鷹幅はその様子を見て呟くと、インカムを口元に寄せて発し出す。
「両銃座は射撃を継続。各分隊、各個の判断で攻撃を許可する。散会した敵に対応しろ」
現在、右翼の小隊陣地には2分隊と3分隊が、左翼の12.7㎜重機関銃の周囲には1分隊が展開している。鷹幅はそれら各分隊に、敵に対する自由攻撃を許可した。
許可が下りると共に、各分隊の各員は発砲を開始。
各員の小銃やMINIMI軽機から撃ち出された5.56㎜弾が、こちらへ接近を試みる重装歩兵達へと命中した。
「――!」
しかし、そこで見えた光景に、鷹幅始め各員は、訝し気な表情を作った。
5.56㎜弾を受けた重装歩兵達は、しかしその衝撃に身を怯ませる様子こそ見せた物の、依然としてその場に立っていた。そして彼等は、こちらへ向けての前進を再開したのだ。
「マジか」
その光景に、包囲陣内に展開していた1分隊の中から、誰かの声が上がる。
「鷹幅二曹、あれは弾が通ってません」
そして観測手の新好地から再び報告が上がる。
「厚い装甲だな……両銃座、接近する重装歩兵を優先して排除しろ。各分隊は重装歩兵以外の目標を狙え」
鷹幅の指示を受け、各所各員はそれに対応した行動に移る。
二門の12.7㎜重機関銃は、包囲陣に迫ろうとする重装歩兵を優先して狙い、一人一人を確実に無力化して行く。そして各分隊は、重装歩兵隊に続き接近を試みていた軽装歩兵達に狙いを定め、彼等に向けて5.56㎜弾を撃ち込んで行く。
それぞれに有効となる攻撃が向けられ、重装歩兵や軽装歩兵達はその数を減らし始める。
「――!鷹幅二曹、城壁上で動きがあります!」
その時、新好地が声を張り上げる。
直後、砦の城壁上の弓兵や魔法兵が放った矢と火炎弾が、再び包囲陣に降り注いだ。
「ッ――各ポイント、報告しろ!」
《被害無し》
《同じく》
《ナシ》
鷹幅の被害報告を求める声に、各所から無線越しに報告が上がる。
「ザクセンさん、そちらは大丈夫ですか?」
「あぁ……こちらも今度は、大きな被害は無いようです」
鷹幅の言葉に、尋ねられたザクセンは答える。
「彼等を排除する必要がある。選抜射手、城壁上の相手を狙え」
鷹幅はインカムに指示の言葉を発する。その指示に呼応したのは、不知窪三曹や鳳藤を始めとした、数名の選抜射手だ。彼等はそれぞれが持つ、狙撃用スコープ付きの99式7.7㎜小銃や、小銃用照準補助具を装着した小銃を用いて、城壁上の弓兵や魔法兵をその照準内に収める。
そして各員は発砲。
それぞれから放たれた7.7㎜弾や5.56㎜弾は砦の城壁上に到達し、そこに布陣していた弓兵や魔法兵を貫いた。
《排除》
《同じく、一名排除……!》
そして不知窪や鳳藤から、無線越しに報告の声が上がる。
「了解。各選抜射手は引き続き、城壁上の彼等を抑え続けろ」
インカムに向けて言った鷹幅は、砦の城壁上へ向けていた視線を地上へと戻す。
最初、勇ましく横隊を組んでこちらへ迫っていた敵部隊は、今はその数を2割以下にまで減らしていた――。
「な、なんだこれは……」
百人隊の指揮官である騎兵の男は、馬上で目の前の光景を呆然と眺めていた。
相手は50人にも満たない、自分達の半数も居ない地方の守備兵力部隊。蹂躙する事は容易いはずだった。しかし、奇妙な警告の声の後に訪れた正体不明の攻撃が、蹂躙する側であったはずの彼等の立場を一転させた。
奇妙な破裂音が鳴り響き、光の線が飛来する旅に部下である兵達が倒れてゆき、今や彼等は、通り過ぎるだけであったはずの目の前の空間に、散乱している。
後方の砦の城壁上に陣取っていた弓兵や魔法兵達も、同様の攻撃により無力化されたのか、今や弓矢や魔法による支援も途絶えた。
「指揮官殿!重装歩兵隊、軽装歩兵達共に被害甚大です!」
「後方の弓兵、魔法兵隊も謎の攻撃に射抜かれています!すでに支援は受けられません!」
指揮官の耳に、副官達の悲鳴に近い声での、絶望的な報告が相次いで飛び込んでくる。
こんな事態は、予想だにしていなかった。
「こ、こんな事が――」
惨状に、叫び声を上げかけた指揮官の男だったが、それは途中で途絶えた。
響いた一発の破裂音と共に、彼の胸に穴が開いた。そして同時に襲い来た衝撃で、彼は馬上から投げ出され、地面に投げ出されて動かなくなった。
《敵、指揮官と思しき存在を排除》
「了解」
選抜射手の不知窪が寄越した端的な報告に、鷹幅は答える。
そんな鷹幅は、目の前の光景に表情を曇らせていた。
砦から包囲陣の間までの地上には、数多の敵兵の亡骸が散らばっている。中には、弾幕の中を果敢に突撃して来たのであろう、包囲陣まであと少しの所で息絶えてる兵の姿もあった。
「敵残存兵力、後退して行きます」
新好地が鷹幅に何度目かの報告を発する。
わずかに生き残った敵部隊の兵達が、砦に向けて後退――いや、逃げ込んでゆく姿が見える。
「……各員、後退して行く者は撃つな」
《遅かれ早かれだと思うんですがねぇ》
鷹幅の指示の声に、不知窪の気だるげな口調での言葉が返って来る。
「撃つな」
《了》
再び圧を込めて飛ばされた鷹幅の命令に、不知窪は端的な了解の言葉を返して来た。
鷹幅等が通信によりやり取りを行っている一方、その横でザクセンは、いや第37騎士隊の隊兵達は、その顔を驚愕に染めていた。
「本当かよ……」
「あの数を、撃退したってのか……?」
隊兵の中から、ポツリポツリと言葉が上がる。
「すげぇ!あの人ら、勝っちまった!噂は本当だったんだ!」
そして歓喜の声が上がる。その声の主は隊兵の少年だ。
彼のその声を皮切りに、第37騎士隊の隊兵達から、歓声が上がった。
「これが……彼等の力……!」
その中で、ザクセンもその顔に驚きを浮かべて、目の前の光景を見つめている。
「ザクセンさん」
そんなザクセンに、隣に立っていた鷹幅から声が掛かる。
「あ、あぁ……なんでしょう?」
「私達はこの機に、第1騎士団の皆さんの救出にために、砦へ突入したいと思います。簡単でいいので、砦内の構造を教えていただけませんか――?」
「まず最初に、横隊に布陣した重装歩兵隊が先陣として突撃します。その間、砦からは弓等による応射があるでしょが、後方に控えた弓兵隊と魔法隊がこれに対応します。その援護の元に、重装歩兵隊は砦まで接近して砦の門を確保、突破し砦内部への突入口を開きます。同時に後ろから続く軽装歩兵隊が城壁へと上り、城壁上を抑えます」
そこまで説明すると、ザクセンは片手に持っていた砦とその周辺の地形図を広げる。そしてそれを鷹幅に見せながら、説明を再開する。
「城壁内部は開けた空間があり、その中央部に内砦がある構造になっています」
地図で見る砦の構造は、漢字で表現するなら回の字のような構造物の配置になっていた。
「突入した重装歩兵隊は、内部の広場で再度横隊に布陣。内部で待ち構えているであろう敵と交戦し、これを排除。最後に内砦へと突入し、これを制圧します。――以上が、第1騎士団が行う作戦の大まかな流れです」
ザクセンの説明が終わったその時、布陣する第1騎士団で動きが見えた。
布陣する第1騎士団の各隊の中央で、馬に跨るハルエー団長が声を張り上げだした。
「皆聞け!今、砦に立て籠もるのは、魔王の軍勢に寝返らんとする我が国の恥さらし共だ!これより我々は砦に踏み込み、奴らを一掃する。心して掛かれ!」
「「「オオオーーーッ!!!」」」
ハルエーの言葉に応じ、騎士団の騎士達は雄叫びを上げた。彼等の声が周辺の空気をビリビリと震わせる。
「重装歩兵隊、前へーッ!」
そして発されたハルエーの命令と共に、最前列に位置していた重装歩兵隊が、前進を開始した。鎧の接触する音と足音を響かせ、重装歩兵隊は砦との距離を詰める。彼等が砦と包囲陣の中間程まで達した所で、砦の城壁から彼等に向けて、弓矢による攻撃が降り注いだ。しかし降り注いだ矢の雨は、重装歩兵隊の纏う厚い鎧に阻まれ、重装歩兵隊に傷を負わせることは無い。そして攻撃を受けながらも、彼等は怯むことなく、前進を続けた。
「勇敢な重装歩兵隊を援護せよ!弓兵隊、放てーッ!」
重装歩兵隊を援護するべく、控えていた騎士団の弓兵隊が応射を開始した。彼等の放った矢は砦の城壁へと降り注ぎ、その成果か、城壁上からの攻撃が収まる。
その間に、重装歩兵隊は砦の城門まで到達した。
「門を開けろ、道を切り開け!」
到達した重装歩兵隊は、その鎧に覆われた堅牢な体を用いて、砦の門に体当たりを敢行する。数回の体当たりが行われた後に、砦の扉はついに破られた。
開かれた門から重装歩兵隊がなだれ込み、同時に後ろから続いていた軽装歩兵隊が、城壁に梯子を掛けて、城壁上を抑えるべく登っていく。
砦の内部では、想定した通り反乱を起こした砦の守備隊が待ち構えていた。それに対応するべく、雪崩れ込んだ重装歩兵隊は砦の内側で再び横隊を組み直す。
そして重装歩兵隊は、待ち受けていた守備隊とぶつかった。
重装歩兵隊と守備隊は、激しく剣を振るい合い、槍を薙ぎ合う。
そして砦からは守備隊の弓兵隊による攻撃が重装歩兵隊に降り注ぎ、それに対抗すべく、抑えられた城壁上に上がった騎士団の弓兵隊が、重装歩兵隊を援護する。
戦況の変化はすぐに訪れた。守備隊は軽装歩兵主体であり、騎士団の重装歩兵隊の堅牢さの前に苦戦を強いられ、押され始める。そして守備隊の作っていた隊列の一角が突き破られると、そこを起点守備隊の陣形は崩壊を始めた。その期を逃さずに、重装歩兵隊は攻撃の手を一層増し、押し上げを始めた。騎士団の容赦ない攻撃に、守備隊の陣形はやがて総崩れとなり、守備隊の兵達は後退を始め出した。
「よし、私達の出番だ!」
そこへ、重装歩兵隊の背後に控えていた一騎の騎兵から声が上がる。それはミルニシアだった。彼女の発した掛け声ち共に、彼女の配下である数騎の騎兵達は、後退を始めた守備隊の中へと切り込んだのだ。
彼女達の役割は、後退を始めた敵の中へと切り込み、再編成を阻害する事に遭った。
「こ、この――ぐぁッ!」
「甘い!」
守備隊の兵たちは、少数で切り込んで来たミルニシア達をどうにか排除しようとするが、彼女達は愛馬を華麗に操り敵の攻撃を回避。そして敵を馬上から薙ぎ払ってゆく。
元々多い数では無かった守備隊は、総崩れになった所へ騎士隊や重装歩兵隊の追撃を受け、見る見るうちに数を減らしていった。そしてまともに応戦する能力を失い、わずかに残った兵たちは、その場を完全に放棄して、砦の奥側へと逃げ去って行った。
「ふん、軟弱者どもめ」
ミルニシアは馬上で逃走する兵達の背中を見ながら、吐き捨てる。
「ミルニシア」
そこへ彼女を呼ぶ声がする。彼女が振り向けば、馬を操りこちらへと駆けて来る、ハルエー団長の姿があった。
「主だった抵抗戦力は排除できたようだな。砦の内部は軽装歩兵隊が制圧に掛かる。お前は、砦の北門を抑えに行ってくれ」
「は!」
ハルエーの命令に凛とした声で返すと、ミルニシアは配下の騎兵達を引き連れ、砦の奥へと向かった。
内砦にも軽装歩兵隊が突入し、砦内部は順調に制圧されつつあった。
「く……」
その内砦の上階の一室で、焦燥の色を浮かべる中年の男がいた。男は、魔王勢力への寝返りを企てていた、五森の公国の官僚であった。企てが発覚して追われる身となりこの砦に逃げ込んだ彼は、今現在は少数の砦の守備兵と共に、砦上階の一室に立て籠もっている状況にあった。
一室の入り口にはバリケードが築かれているが、外から騎士団の兵たちが扉を蹴破ろうとしているのだろう、バリケードと扉は何度も音を立てて揺れている。
「ッ、これ以上は無理だ!」
バリケードを支えている守備隊兵の一人が、悲痛な叫び声を上げる。
「くぅ……〝まだ〟なのか……」
守備隊兵の声を聞いた官僚の男は、願うように零しながら、一室の壁に設けられた小窓から外を見る。
「……!あれは!」
その時、官僚の男の目が、小窓から見えたその先の光景に、声を上げる。
「ふふふ……間に合ったようだ……形勢は我々の方へと傾いたぞ!」
そして官僚の男は、下卑た笑みを浮かべて言い放った。
「おい、なんだあれ……?」
砦の北側の城壁上。その場を抑えた騎士団の軽装歩兵達は、そこから見える光景に困惑の声を零していた。
砦の北側、両脇を谷に挟まれた道をこちらへと迫る、正体不明の一団の姿があったからだ。
「〝雪星瞬く公国〟の部隊か?」
「今回の件を聞きつけて、部隊を寄越したのでしょうか?」
「そんな報告は聞いていないがな……?」
兵たちは、隣国が事態鎮圧のために部隊を派遣して来たのかと、予測の言葉を発する。
しかしそれが間違った解釈であると知るのは、その直後であった。
「――ぐぁッ!?」
城壁上にいた軽装歩兵の一人が、悲鳴を上げて崩れ落ちる。彼のその首には、矢が突き刺さっていた。
「な、隊長――ぐッ!?」
城壁上に次々と矢が降り注ぎ、その場にいた軽装歩兵達が射抜かれ、倒れてゆく。それはまごう事なき、攻撃で会った――。
「隊長!城壁の上の軽装歩兵隊が!」
「隊長、あれは敵です!」
ミルニシアの耳に、部下からの報告の声が次々に飛び込んでくる。
その彼女の目にも、開け放たれた城門の先から迫る、軍勢の姿が見えていた。
「何だあれは……正規軍規模じゃないか……!」
「隊長!敵は見る限りで、我々の倍以上はいます……!このままでは……」
動揺して声色で、部下の一人が報告の声を上げる。迫る軍勢は、300~400程の数を有していた。
ミルニシア達も、籠城する一団が何かの助けを待っている事は察していた。しかしここまでの大規模な部隊が、堂々と隣国の領地を行進して来るとは流石に想定外であった。
目の前の光景に、ミルニシアは表情を険しくして奥歯を噛み締める。
「た、隊長……」
「狼狽えるな馬鹿者!重装歩兵隊に伝令を出せ!城門で布陣し、奴らを迎え撃つんだ!」
形勢が一転し、圧倒的に不利な状況に置かれた彼女達。しかしミルニシアは自らの役目を果たすべく、部下に発し、そして迫る軍勢を睨み、行動に移った。
「妙だな……」
砦を囲う包囲陣から、ザクセンが訝し気な表情で砦を見つめていた。
騎士団の突入後、一度は収まった喧騒が、少しの間を置いて再び聞こえ着て、その度合いを増していたからだ。
「何か――あったようですね」
ザクセンの横に並ぶ鷹幅も、砦を見つめながら神妙な面持ちで発する。
そんな彼等の目が、砦の南門から一騎の騎兵が飛び出してくる姿を見る。包囲陣の方向へと走って来たその騎兵は、包囲陣内へ駆け込んで来たかと思うと、その場で落馬し、地面に崩れ落ちる。
「お、おいどうした!」
ザクセン始め、周囲にいた第37騎士隊の兵達が騎兵の元へと駆け寄る。その騎兵は、背中に矢を受けていた。
「ッ……看護兵を呼べ!」
それを見たザクセンは、側にいた兵に命じる。
「峨奈三曹、こちらで負傷者発生だ。着郷一士をこちらへ寄越してくれ」
鷹幅はインカムに向けて衛生隊員を寄越すよう指示を発すると、ザクセン等の背後から負傷兵の様子を伺う。ザクセン等に囲われている負傷兵は、掠れた声で何かを訴え始めた。
「ぐ……と、砦に……奴らの援軍が来た……!数は、300以上……」
「何!?」
負傷兵のその言葉に、ザクセンは目を見開く。
「皆で迎え撃ったが、押されている……!」
負傷兵は傷を負ったその体に鞭を打ち、目を見開いて訴える。
「頼む……皆を助けてくれ……!」
「落ち着いて、それ以上喋らない方がいい」
必死に訴えかけてくる負傷兵に、鷹幅は落ち着かせる言葉を送る。
「着郷一士、来ました」
「ここだ、彼を見てやってくれ」
そこへ衛生隊員の着郷がその場に到着する。着郷は負傷兵の姿を確認すると、彼の元へと近寄り、応急手当を開始する。やがて第37騎士隊の看護兵達も到着し、負傷兵は彼等の手によって、後方へ搬送されていった。
「糞、なんてことだ……」
砦の状況を知らされたザクセンは、言葉を零す。
「応援を待っているとは考えたが、まさかそこまでのまとまった数を――」
対する鷹幅は、砦に視線を送りながら分析の言葉を発する。
「300だって……?俺達の倍以上いるじゃないか……」
「どうするんだ……」
この場にいる五森の公国側の兵力は、第1騎士団、第37騎士隊両隊を合計しても、150に満たない。その内、第37騎士隊の内訳は約50名程度だ。圧倒的に不利な状況となった現状を前に、第37騎士隊の隊兵達は狼狽える声を上げる。
「決まっているだろう!すぐに我々も、砦へ援軍に向かうべきだ!」
そこへ第37騎士隊の1隊隊長である騎士の男が声を上げる。しかし直後に、ザクセンがそれを否定した。
「いや、ダメだ。我々の数で無闇に突入すれば、返り討ちに遭う事は目に見えている。それに数を揃えた奴らは打って出て来る可能性もある。それを防がなければ、次に襲われるのは木漏れ日の町だ!」
ザクセンの言葉に、それを聞いた第37騎士隊の兵達は息を飲む。
「俺達は、ここで迎え撃つ体制を取るぞ。木漏れ日の町に伝令を出し、この事を伝えろ。そして各隊は、防戦準備だ!」
第1騎士団の救援を断念し、防衛に専念する非情の決断を下すザクセン。それは彼にとっても決して軽い決断ではなかった。
「――は!聞いたな皆?かかれ!」
その心中を察した1隊隊長はザクセンに代わって声を張り上げ、隊兵達はそれを受けて散ってゆく。
「タカハバさん……申し訳ないが、あなた方にも協力をお願いしたい」
ザクセンは、藁にも縋るような面持ちで、鷹幅に願い入れる。
「もちろんです、私達も準備しましょう」
鷹幅はその言葉を受け入れると、インターカムに指示の声を発し始めた。
砦の城壁の内側の各所で、第1騎士団の兵達は分断され、包囲されていた。
最初の内こそ城門に布陣し、迫る正体不明の敵兵とぶつかり合っていた第1騎士団だったが、数の暴力にやがて彼等の陣形は破られ、砦内部に雪崩れ込まれ、現在の状況に陥っていた。
「やぁぁッ!」
「ぐぁッ!?」
ミルニシアは馬上から剣を振るい、何人目かも分からぬ敵兵を切り倒す。その場にはミルニシアと、同様に馬に跨る彼女の部下数名の姿がある。彼女達は敵の包囲の中で円陣を作り、自分達に向かってくる敵兵を迎え撃っていた。すでに多数の敵兵を倒していたが、それでもなお、彼女達を囲う敵の包囲が崩れる気配は無かった。
「くッ、隊長!敵が多すぎます!」
「弱音を吐くな!持ちこたえるんだ!」
部下の吐いた弱音に怒声を飛ばし、ミルニシアは敵兵の群れを睨む。
「クソッ、こいつら手練れだぞ……!」
一方の敵兵側には多数の死傷者が出ており、彼等は怯み始めていた。
(敵は怖気づいている……この調子なら……)
その様子を見てミルニシアはこの場を乗り越える微かな可能性を見出す。
「ほう――これだけの数を相手に立ち回るとは、さすがは近衛部隊といった所か」
しかしその時、敵兵達の後方から、その名声が響き聞こえた。
ミルニシア達を包囲していた敵兵達の一角が割れ、そこから一人の男が現れた。
「しかしまぁ、ずいぶんとたくさん伸してくれたものだ」
男は周囲に散らばる兵の死体を見渡して発する。
「貴様がこの軍勢の将か!?」
現れた男に、ミルニシアは問う。
「将などと大したものではないが、一応こいつ等の指揮官だ。ラグスという、お見知りおきを――ミルニシア姫」
自己紹介と共に、そのような呼ばれ方をしたミルニシアは、あからさまに不快そうな表情を作る。
「私を姫と呼ぶな!――ふん、指揮官がノコノコと出て来た事、後悔するがいい、その首、貰い受ける!」
ミルニシアは高々と発すると、跨る愛馬を操り、敵指揮官のラグスに向けて切りかかろうとする。
「おっと、大人しくした方がいいと思うぜ?こいつ等の事を思うならな?」
しかしラグスはその身を一歩横へと引き、そして背後を指し示して見せる。そこに見えた物に、ミルニシアは手綱を引いて愛馬を急停止させた。
「ミルニシア隊長!すみません……」
「くっ、放して!」
そこにいたのは、敵兵により拘束された、ミルニシアの部下の女騎士達の姿であった。おそらく別の場所で戦いに敗れ、囚われの身となったのだろう。
「な――お前達!」
ミルニシアは驚愕して身を見開き、そしてラグスを睨む。
「この、卑怯者ッ!」
「戦いの基礎だよ、基礎。捕まえたのはこいつ等だけじゃない。行商とかの人質も、俺達が再び抑えた。そのことを考えれば、聡明な姫隊長様なら、そうすればいいか分かるよな?」
「ッ……」
不敵な笑みを浮かべて発するラグス。対するミルニシアは、敵の卑劣な手を前に、奥歯を噛み締める。
「……皆、武器を捨てろ」
そしてミルニシアは苦渋の決断を下した。
「そんな、隊長!」
「仲間や人質の命には代えられない!捨てるんだ……」
意義を唱える部下に発し、ミルニシアはその手にしていた剣を捨て、愛馬から降りる。渋りを見せていた部下達も、しかしやがてそれに続いた。
「よし、捕まえろ」
ラグスの言葉を受け、ミルニシアを包囲していた兵達が、ミルニシア達に接近。
「コイツ!」
「散々てこずらせてくれやがって!」
兵達は恨みの言葉を吐きながら、ミルニシア達を拘束して行く。
「ぐッ!」
「おいお前達、仮にも姫様だ。丁重に扱えよ」
拘束され苦悶の声を上げるミルニシアを前に、ラグスはそんな言葉を発する。しかしその顔には、にやにやとしたサディスティックな笑みが浮かんでいた。
「下衆めぇ……!」
「はは、怖いお姫様だ」
そんなラグスを、ミルニシアは鋭い目つきで睨みつけたが、ラグスはそれを一笑して返すのみだった。
「ラグス隊長」
そこへラグスの元に、伝令の兵が訪れる。伝令兵はラグスに、砦は内部、城壁共に制圧がほぼ完了。残るは城壁の壁際で抵抗を続ける、一部の重装騎兵隊のみである事を告げた。
「よし、第1百人隊には早急にその残党共を片づけるよう伝えろ。第2、第3百人隊は砦の南側で布陣を開始、準備が出来次第、奴らの包囲陣に突入、制圧させろ。本陣の到着前に、周辺を全て掌握する」
ラグスは伝令兵に命じると、未だ自身を睨み続けるミルニシアを再び一笑。「連れていけ」と命じる言葉を発し、身を翻してその場を後にした。
「クソ、隊長の予想道理、敵が出て来た……」
包囲陣の一角で、第37騎士隊の隊兵の声が上がる。
第37騎士隊は、敵に援軍が加わった事による攻勢の可能性に備えて、包囲陣の各所に配置してそれを待ち構えていた。
そしてその可能性は現実となり、第37騎士隊の隊兵達の視線の先。砦の南門からは、多数の兵が姿を現し、布陣して行く様子が見えていた。
「百人隊が二隊か?……それに弓兵や魔法兵の支援も見える」
別の隊兵が零す。城壁上には、弓兵や魔法兵が配置して行く姿が見えた。
「こっちの3倍以上だ……なぁ、あの人等は本当に力になってくれるのか?」
一人の隊兵が懐疑的な声を上げ、その言葉に周囲の隊兵達が、同方向に視線を移す。
彼等の視線の先には、包囲陣の片隅で布陣した、緑色の服装に身を纏った数人の人影があった。
昇林の町を救ったという噂の、謎の一団である彼等。
そんな彼等の内の一部が、第37騎士隊の包囲陣の中に、自分達数名を配置させて欲しいと願い入れてきたのは、つい先程だった。
そして隊長のザクセンに許可を受けた彼等は、何やら黒い鉄の棒を陣地内に持ち込み、その一角に据え置いたのだ。そして今は、その黒い鉄の棒を中心に、数名が布陣している。
「あんな棒で何をしようっていうんだ……?」
「たった30人程度加わった所でなぁ……」
戦力で勝る敵がこれから攻めて来るという不安のせいか、隊兵の中には不信感が伝播し、皆不可解な一団を見ながらひそひそと言葉を交わす。
「やめんかお前等!」
そこへ隊兵達に、ザクセンの怒声が飛んだ。
「無関係の立場でありながら、彼等はこの場で共に戦ってくれるというのだ!そんな彼等に無礼な真似はよせ!」
ザクセンの言葉に、慌てて隊兵達は視線を正面に戻して、口をつむぐ。
(不安で疑心が生まれている……無理も無いか)
隊兵達を見ながら心の中で言葉を紡いだザクセンは、包囲陣内に陣取った一団を、そして包囲陣の隣に作られた彼等の陣地に視線を送る。
ザクセンも噂こそ聞き及んでいたが、彼等一団が実際にどれほどの力を有しているかを知っている訳ではない。隊兵達には先のように言ってみたものの、ザクセン自身も一団に対して懐疑心が無いと言えば、嘘になるのが本当の所であった。
「彼等は――一体何をしようというのだ?」
程なくして、砦の南門から姿を現した敵の部隊は布陣を終え、最前列で横隊を組んだ重装歩兵隊が、こちらへ向かって前進を開始した。
「来たか……!全員備えろ!」
その光景を目にしたザクセンは、隊兵達に向けて声を上げ、隊兵達は迎え撃つ態勢を取る。
「ザクセンさん、お待たせしました」
そこへザクセンに声が掛かる。彼が振り向くと、そこに鷹幅と、他数名の隊員の姿があった。
「彼等は、動き出しましたか」
「えぇ……数に物を言わせて、こちらを蹂躙する気でしょう……」
鷹幅の言葉に、ザクセンは重い口調で答える。
「隊長、城壁上に動きが……来ます!」
その時、隊兵の一人が声を上げる。
砦の城壁上に布陣した敵の弓兵隊と魔法隊が一斉に矢を、そして火炎魔法をこちらへ向けて放ったのは、その次の瞬間だった。
「伏せろッ!」
ザクセンが怒声を上げた直後、無数の矢と複数の火炎弾が包囲陣に降り注いだ。
襲い来た矢は第37騎士隊の隊兵数名を貫き、火炎弾は同様に彼等を負傷させ、そして包囲陣の各所を焼いた。
包囲陣内の各所からは、悲鳴や怒声が上がる。
「ッ、負傷者した者を下がらせろ!」
ザクセンの指示により負傷者が担ぎ出される傍ら、第37騎士隊の弓兵達は、迫る敵の重装歩兵隊や、後方の城壁を狙って各個に弓を放ち始めていた。しかしこちらから放たれた矢は、重装歩兵の装甲、あるいは城壁に阻まれ、ほとんど成果を上げる事は無かった。
「隊長、こちらの弓が通りません!」
「落ち着け、散発的に打っても効果は無い!敵の指揮官、もしくは後方を集中して狙うんだ!」
混乱する隊兵達に指示の言葉を発するザクセン。
一方その彼の横では、鷹幅がインカムにより各所との通信を行っていた。
「各ポイント、被害は?」
《右翼陣地、マルチャー1。被害ありません》
《包囲陣内銃座、マルチャー2。一名かすり傷を負いましたが、行動に支障無し》
《モーターネスト、被害無し》
各所に布陣している小隊の各隊から報告が上がって来る。各所共に、大きな被害はないようであった。
「よし、各ポイント攻撃命令に備えろ」
無線に向けてそう発した鷹幅は、そこで背後に振り向く。そこにはスピーカーメガホンを肩から下げた帆櫛が立っており、彼女はそのスピーカーメガホンのマイクを鷹幅へと渡す。そして鷹幅はマイクを口に当てると、こちらへ迫る敵部隊へ視線を送り、そして声を発し出した。
《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》
スピーカーメガホンを介した鷹幅の声は、大きくそして異質な音声となって、周辺へと響き渡る。
それにまず驚いたのていたのは、その横にいるザクセン達、第37騎士隊の面々であった。突然の異質な音声もさる事ながら、この期に及んでの敵に撤退を言葉で促すという行為に、ザクセン達は大変不可解な様子で鷹幅を見つめていた。
「タカハバさん、何を――」
「一応、規定なものですから」
そのザクセンの心中を察したのか、鷹幅はどこか自嘲気味に言って見せる。そして鷹幅は視線を戻して前方へ向ける。警告の言葉を受けた敵部隊は、突然の異質な音声のせいか若干の同様こそ見せたが、やがて足並みを揃え直しこちらに向けての攻勢を再開した。
「やはりダメか――マルチャー1、マルチャー2。50口径による発砲を許可する」
それを見た鷹幅はため息混じりに呟くと、再びインカムに向けて、しかし今度は攻撃命令を発した。
前進を開始した重装歩兵隊は、順調に包囲陣との距離を詰めていた。途中、相手からの散発的な弓矢による攻撃があったが、重装歩兵達のとっては大した障害にはならず、彼等はそれを押し跳ねて進み、砦と包囲陣の中間地点まで到達する。
彼等の耳に異質な音声が聞こえたのは、その時だった。
《前方へ展開する皆さんに通達します、こちらは、日本国陸隊です。あなた方は五森の公国領内へ不当に侵入しています。ただちにすべての行動を中止し、領内より退去してください》
突然の異質な音声に、重装歩兵達の間に若干の動揺が走ったが、彼等はそれ以上に、聞こえ来たその内容を訝しんだ。
「退去しろだと?何を世迷い事を」
その中で後方に位置していた、この場の指揮官である騎兵が呆れた声で一笑する。
彼の言う通り、聞こえ来た発言は世迷い事もいい所だった。現状優勢なのは彼等の方であり、物事の決定権も今やこちらにあるのだから。重装歩兵達の隊列からは、いくつかの呆れた呟きや笑い声が上がる。
「五森の公国は、どこかから応援を受け入れたのでしょうか?ニホン国、とは聞いた事がありませんが……?」
指揮官の横に控えていた副官が発するが、指揮官はその言葉を一蹴する。
「知った事か。どうであれ我々の任務は変わらない、前方の陣地を蹂躙するのだ」
そして指揮官は、重装歩兵隊に前進再開の号令を出す。最早、彼等の行く手を阻める物は何もなく、包囲陣は彼等の手により蹂躙される物と思われた。
――それが起こったのは、次の瞬間であった。
周辺に、何かが爆ぜるような音が連続して響き渡る。そして同時に、包囲陣の隅から発せられた光の線が、重装歩兵隊の一角に飛び込む。
その直後、そこ場に居た数名の重装歩兵が、何か巨大な物に殴打されたかのように吹き飛び、地面に倒れたのだ。
その現象は、横隊で展開している重装歩兵隊の両翼で巻き起こっていた。
爆ぜる音が響くと共に、光の線が重装歩兵隊へと飛び込み、その場に居た重装歩兵達が薙ぎ倒されてゆく。
「な、何事だ!」
突然の事態に、指揮官の騎兵は今度は大きく狼狽えた。
「分かりません……!何か……私達は光に射抜かれています!」
指揮官の声に、副官が困惑した声を上げる。
よく観察すれば、倒れた重装歩兵達の纏う鎧は、皆貫かれ大穴が空いていた。そして光に射抜かれた重装歩兵達はほとんどが即死し、あるいは生きていても、腕や足を失っている者が見受けられた。
そんな中へ、光の線は容赦なく彼等に襲い来る。
崩れた横隊の各所で悲鳴が上がり、被害は後方に布陣していた軽装歩兵隊にも及び始める。先程まで優勢の立場にいた彼は、一転して地獄の渦中に叩き込まれた。
「敵の魔法か……!?く……後方の弓兵と魔法兵に援護させろ!無事な者は敵陣まで前進せよ!懐に入り込むのだ!」
部隊が混乱に陥る中で、指揮官は命令を発する。それを聞いた兵達は、各個に決死の前進を開始した。
包囲陣には、二門の50口径12.7㎜重機関銃が、三脚を用いて設置されていた。
正確には、一門は包囲陣の右翼に構築された小隊陣地に。もう一門は第37騎士隊の方位陣地内の左翼に。両翼に設置された重機関銃は、鷹幅の攻撃命令と共に唸り声を上げた。
二門の12.7㎜重機関銃が形成する十字砲火は、横隊で迫りつつあった重装歩兵隊を両脇から削り、彼等の陣形を大きく崩す事に成功した。そして今も銃撃は続き、重機関銃の弾薬に混ぜ込まれた曳光弾の光が、敵中へ注がれる銃火を可視化している。
「鷹幅二曹。向こうさん、各個に前進を始めました」
鷹幅の横で、観測手を務める新好地が報告の声を上げる。
「横隊を維持できなくなったか」
鷹幅はその様子を見て呟くと、インカムを口元に寄せて発し出す。
「両銃座は射撃を継続。各分隊、各個の判断で攻撃を許可する。散会した敵に対応しろ」
現在、右翼の小隊陣地には2分隊と3分隊が、左翼の12.7㎜重機関銃の周囲には1分隊が展開している。鷹幅はそれら各分隊に、敵に対する自由攻撃を許可した。
許可が下りると共に、各分隊の各員は発砲を開始。
各員の小銃やMINIMI軽機から撃ち出された5.56㎜弾が、こちらへ接近を試みる重装歩兵達へと命中した。
「――!」
しかし、そこで見えた光景に、鷹幅始め各員は、訝し気な表情を作った。
5.56㎜弾を受けた重装歩兵達は、しかしその衝撃に身を怯ませる様子こそ見せた物の、依然としてその場に立っていた。そして彼等は、こちらへ向けての前進を再開したのだ。
「マジか」
その光景に、包囲陣内に展開していた1分隊の中から、誰かの声が上がる。
「鷹幅二曹、あれは弾が通ってません」
そして観測手の新好地から再び報告が上がる。
「厚い装甲だな……両銃座、接近する重装歩兵を優先して排除しろ。各分隊は重装歩兵以外の目標を狙え」
鷹幅の指示を受け、各所各員はそれに対応した行動に移る。
二門の12.7㎜重機関銃は、包囲陣に迫ろうとする重装歩兵を優先して狙い、一人一人を確実に無力化して行く。そして各分隊は、重装歩兵隊に続き接近を試みていた軽装歩兵達に狙いを定め、彼等に向けて5.56㎜弾を撃ち込んで行く。
それぞれに有効となる攻撃が向けられ、重装歩兵や軽装歩兵達はその数を減らし始める。
「――!鷹幅二曹、城壁上で動きがあります!」
その時、新好地が声を張り上げる。
直後、砦の城壁上の弓兵や魔法兵が放った矢と火炎弾が、再び包囲陣に降り注いだ。
「ッ――各ポイント、報告しろ!」
《被害無し》
《同じく》
《ナシ》
鷹幅の被害報告を求める声に、各所から無線越しに報告が上がる。
「ザクセンさん、そちらは大丈夫ですか?」
「あぁ……こちらも今度は、大きな被害は無いようです」
鷹幅の言葉に、尋ねられたザクセンは答える。
「彼等を排除する必要がある。選抜射手、城壁上の相手を狙え」
鷹幅はインカムに指示の言葉を発する。その指示に呼応したのは、不知窪三曹や鳳藤を始めとした、数名の選抜射手だ。彼等はそれぞれが持つ、狙撃用スコープ付きの99式7.7㎜小銃や、小銃用照準補助具を装着した小銃を用いて、城壁上の弓兵や魔法兵をその照準内に収める。
そして各員は発砲。
それぞれから放たれた7.7㎜弾や5.56㎜弾は砦の城壁上に到達し、そこに布陣していた弓兵や魔法兵を貫いた。
《排除》
《同じく、一名排除……!》
そして不知窪や鳳藤から、無線越しに報告の声が上がる。
「了解。各選抜射手は引き続き、城壁上の彼等を抑え続けろ」
インカムに向けて言った鷹幅は、砦の城壁上へ向けていた視線を地上へと戻す。
最初、勇ましく横隊を組んでこちらへ迫っていた敵部隊は、今はその数を2割以下にまで減らしていた――。
「な、なんだこれは……」
百人隊の指揮官である騎兵の男は、馬上で目の前の光景を呆然と眺めていた。
相手は50人にも満たない、自分達の半数も居ない地方の守備兵力部隊。蹂躙する事は容易いはずだった。しかし、奇妙な警告の声の後に訪れた正体不明の攻撃が、蹂躙する側であったはずの彼等の立場を一転させた。
奇妙な破裂音が鳴り響き、光の線が飛来する旅に部下である兵達が倒れてゆき、今や彼等は、通り過ぎるだけであったはずの目の前の空間に、散乱している。
後方の砦の城壁上に陣取っていた弓兵や魔法兵達も、同様の攻撃により無力化されたのか、今や弓矢や魔法による支援も途絶えた。
「指揮官殿!重装歩兵隊、軽装歩兵達共に被害甚大です!」
「後方の弓兵、魔法兵隊も謎の攻撃に射抜かれています!すでに支援は受けられません!」
指揮官の耳に、副官達の悲鳴に近い声での、絶望的な報告が相次いで飛び込んでくる。
こんな事態は、予想だにしていなかった。
「こ、こんな事が――」
惨状に、叫び声を上げかけた指揮官の男だったが、それは途中で途絶えた。
響いた一発の破裂音と共に、彼の胸に穴が開いた。そして同時に襲い来た衝撃で、彼は馬上から投げ出され、地面に投げ出されて動かなくなった。
《敵、指揮官と思しき存在を排除》
「了解」
選抜射手の不知窪が寄越した端的な報告に、鷹幅は答える。
そんな鷹幅は、目の前の光景に表情を曇らせていた。
砦から包囲陣の間までの地上には、数多の敵兵の亡骸が散らばっている。中には、弾幕の中を果敢に突撃して来たのであろう、包囲陣まであと少しの所で息絶えてる兵の姿もあった。
「敵残存兵力、後退して行きます」
新好地が鷹幅に何度目かの報告を発する。
わずかに生き残った敵部隊の兵達が、砦に向けて後退――いや、逃げ込んでゆく姿が見える。
「……各員、後退して行く者は撃つな」
《遅かれ早かれだと思うんですがねぇ》
鷹幅の指示の声に、不知窪の気だるげな口調での言葉が返って来る。
「撃つな」
《了》
再び圧を込めて飛ばされた鷹幅の命令に、不知窪は端的な了解の言葉を返して来た。
鷹幅等が通信によりやり取りを行っている一方、その横でザクセンは、いや第37騎士隊の隊兵達は、その顔を驚愕に染めていた。
「本当かよ……」
「あの数を、撃退したってのか……?」
隊兵の中から、ポツリポツリと言葉が上がる。
「すげぇ!あの人ら、勝っちまった!噂は本当だったんだ!」
そして歓喜の声が上がる。その声の主は隊兵の少年だ。
彼のその声を皮切りに、第37騎士隊の隊兵達から、歓声が上がった。
「これが……彼等の力……!」
その中で、ザクセンもその顔に驚きを浮かべて、目の前の光景を見つめている。
「ザクセンさん」
そんなザクセンに、隣に立っていた鷹幅から声が掛かる。
「あ、あぁ……なんでしょう?」
「私達はこの機に、第1騎士団の皆さんの救出にために、砦へ突入したいと思います。簡単でいいので、砦内の構造を教えていただけませんか――?」
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