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チャプター2:「Dual Itinerary」

2-3:「語られるこの世界、そして来訪」

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 村を後にした偵察隊とハシア達は、村から少しより距離を取った地点で野営をし、朝を待っていた。指揮通信車の傍らで制刻等は焚火を囲んでいる。

「成程、ニニマさんのお姉さんはそんな考えを……」
「あぁ……」

 神妙な面持ちで発されたハシアの台詞に、新好地が小さく言葉を返す。
 新好地とニニマは、イロニスがなぜ今回の事態を巻き起こしたのか、本人が語ったその理由を皆へと伝えていた。

「世界平和のために全人類をゾンビ化か。またぶっ飛んだ結論にたどり着いたモンだな」

 制刻は脱いだ自身の66式鉄帽を、片手で弄りながら発する。

「そして、実際にこんな薬を作り出してしまったのか……」

 制刻に続いて河義が発する。彼女の手には、一つの小瓶が握られている。それはイロニスが所有していた、死者をゾンビ化させる薬品だ。偵察隊は彼女が所有していたその薬品を、今回の事件の重要証拠品として回収していた。

「世界の汚い部分を、色々と知ってしまったんだろうな……」

 そして河義は苦々しい口調で言う。

「彼女にも同情が無いわけではないが――それでも今回の事は許されざる行為だ。今回の事、そして彼女が作り出した薬に付いては、然るべき機関に報告して、無力化の方法を見つけなければならない」
「……ですね」

 ハシアの毅然とした言葉に、河義は少しやりきれないといった表情で返した。

「河義三曹。アインプさんの方、終わりました」

 そこへ出蔵が声を挟む。彼女は救い出されたアインプの手当てをしていた。指揮通信車の後部ハッチには、そこに腰掛けるアインプの姿もある。

「アインプの怪我の具合はどうだったんだい?」

 ハシアは彼女等の元へ近寄づき、出蔵に尋ねる。

「小さな怪我はいくつかありましたけど、体調は健康そのものです」
「あったりまえ!この程度屁でもないよ」

 ハシアに対して出蔵が伝え、それに続いてアインプが意気揚々と答えて見せた。

「――所で、嬢ちゃん村があんなことになっちまって、どこか他に当てはあるのか?」

 アインプの容態に関する話が一区切りした所で、新好地がニニマに向けて尋ねる。

「あ、それは大丈夫です。月橋の町に姉が住んでますから」
「姉?」
「あぁ、ごめんなさい。もう一人下の姉がいるんです。私が村を一週間離れていたのも、その下の姉の所に行っていたからなんです」
「成程」

 ニニマの説明に、新好地は納得したように呟く。

「じゃあ、寄り道等はすることなく、ニニマさんを送っていけるな」
「え――送って、いただけるんですか?」

 河義の発した言葉に、ニニマは若干驚いた様子で発する。

「当り前だろう?まさかここまで来て、俺達があんたを放って行くとでも?」
「でも――ううん、ありがとうございます」

 最初は遠慮の姿勢を見せかけたニニマだが、小さく首を振ると例の言葉を言った。



 明日の行程の話し合いも終わり、偵察隊は食事とする事となった。
 持ち込まれていた戦闘糧食Ⅱ型が各員に、そしてハシアやニニマ達にも配られ、焚火を囲んで各々はそれを口に運んでいる。
 隊員等はパックから直接スプーンで中身を食していたが、ハシアやニニマ達の分に関しては、食べやすいよう飯盒の中蓋に移す配慮が取られていた。

「変わってるけど、うまいねこれ」
「アイディ種と違って水気と粘りの多い米だな……それに何より、この保存形式事態も興味深い」

 アインプは楽し気に糧食を頬張り、ハシアは興味深げに観察しながら、糧食を口に運んでいる。主食をとり飯とし、副食に筑前煮のパックを用意した日本人向けのメニューだったが、異世界人の彼等にも受け入れられたようだった。

「……」

 しかしニニマだけは、その手に持ったスプーンの動きが緩慢であり、飯盒の中蓋によそわれた糧食にも、ほとんど口がつけられた様子が無かった。

「ん?どうした嬢ちゃん、口に合わないか?」

 隣に座っていた新好地がそれに気づき、ニニマに尋ねる。

「あ、いえ……そういうわけでは……」
「……いやすまん、そもそも食欲が無いか」
「すみません……」

 ニニマの心境を察した新好地は発し、それに対してニニマも謝罪で返す。
 つい先程、両親と姉、そして故郷を一度に失った彼女だ。そんな彼女に何か物を口にする気力が起きないのも、当然の事であった。

「しかしな……何か口に入れて置かないと、それこそ体に悪いしな……」

 困ったように発した新好地は、自身持っていたとり飯のパックを置くと、入れ替わりにそこに置いてあったフルーツ缶を手に取る。これに関しては民生品の物であった。
 そしてフルーツ缶の蓋を開けると、缶をニニマへと差し出した。

「果物ならどうだ?味飯よりは口に入れやすいと思う」
「あ、ありがとうございます」

 ニニマはフルーツ缶を新好地の手から受け取ると、少し遠慮がちな手つきで、スプーンでその中身を掬い、自身の口に運ぶ。

「――ん」

 カットされた果物と果汁の味をその舌で感じたニニマは、そこで初めて緊張で強張っていたその頬を綻ばせ、わずかにだが安堵の様子を見せた。

「食えそうか?」
「はい、ありがとうございます」

 尋ねた新好地に返しながら、ニニマはフルーツ缶の中身を口に運ぶ。その様子に、新好地の顔にも笑みが浮かんだ。



 東方面偵察隊の各員とハシア達は野営で夜を越し、そして朝を迎えて行程を再開。指揮通信車は連峰の内の残る最後の山を越えつつあった。

「ふえー!速いなぁ、コレ!」

 指揮通信車の車上では、監視役を引き受けたアインプが、風を受けながらその走行速度に驚き、そしてはしゃいでいる。

「よぉ、姉ちゃん!はしゃぐのいいが、間違って落っこちたりすんなよ!」

 そんなアインプを、ターレットに付く矢万は危なっかしそうに見ながら、声を送る。

「大丈夫、分かってるってぇ!」
「本当に大丈夫かよ……」

 陽気に返事を返すアインプに、矢万は呆れた声で呟いた。



 一方、車内後部の隊員用スペースでは、ニニマが落ち着かなそうな様子で座席に座っていた。

「大丈夫か?」
「ちょっと、落ち着かないです……」
「俯いてると酔うから気を付けてな。気分が悪くなったら、すぐに言うんだぞ?」

 不慣れな車輛に顔を強張らせているニニマを、新好地が気遣っている。

「改めて思うけど、君達の持つ装備は本当にすごいね」

 一方、同様に座席に腰掛けているハシアは、すでに驚く段階は過ぎたのか、興味深げに指揮通信車の内部を見回している。

「確か初めてあった時に、ニホンという国の軍隊だと言っていたよね?」
「厳密には軍を名乗ってはいませんが……まぁ、類似する組織である事に代わりはありません」

 ハシアの質問に、河義が答える。

「君達のような強力な軍隊を持つ国があれば、その名が世間に知れ渡らないという事はまずないだろう。でも……少なくとも、僕等が知る限りではそういった名の国は聞いたことが無い。どうやら最初に聞かされた、君達がまったく違う世界からやって来たというのは、本当の事のようだね」
「まだ信じてなかったのか、オメェさん」

 ハシアの言葉に。今度は制刻がふてぶてしい口調で発する。

「おい、制刻。――無理も無い話だろう、私達だって、今だに現在の状況を信じ切れてはいないんだ」

 そんな制刻に、河義は咎める声を上げる。制刻はそれに対して「あぁ、失礼」と軽い調子で返すと、ハシアへ再び向き直る。

「所で、こっちからも聞いていいか?」
「ん、なんだい?僕に答えられる事であればいいけど」
「むしろ、お前ぇさん以外に適任はいない質問だ。お前ぇさん、最初に魔王とやらを倒すために旅をしてると言ったな?この世界の魔王っつーのは、どういう存在なんだ?」
「この世界の……?ごめん、先に聞いてもいいかな?君たちの世界にも魔王が?」
「いや、俺等の世界には居ねぇ――」

 制刻は自分達の世界には、強大な人や物を現す比喩的な言葉としてこそ〝魔王〟という言葉は存在しているが、実態を持った本物の魔王というものは存在しない事を、勇者に教える。

「まぁ、魔王の名で祭り上げられる奴は五万といたがな」

 言葉の最後に、制刻は皮肉気に付け加える。

「成程――じゃあ、この世界に魔王について教えようか――」

 ハシアは言葉を紡ぎ始める。
 この世界では、世界各地に魔王関する共通の言い伝えがあったという。
 何千年、もしくは何万年かもしれない遥か昔。魔王と言う強大な力を持つ存在が、実在していたという。その魔王は比類なき力を誇り、そして地上に存在する魔物のほとんどを従え、それ等を持って世界に侵略の手を伸ばした。
 しかし魔王とその軍勢に対抗すべく、この世界の国々は結託。そして魔王を打ち倒すべく、それにたる力を持った存在、〝勇者〟が世界の各地から選び出され、集った。
 勇者達、そして各国の勢力は数えきれない犠牲と引き換えに魔王の勢力を打ち破り、魔王を倒すことに成功した。
 しかし、魔王は最後にこう言い残したという。――いずれこの世に蘇り、その時こそは人類を打ち倒し、この世界を支配する――と。

「その言い伝えが現実の物となったのが、およそ五年前だよ……」
「RPGの世界観そのものだな……」

 そこまで聞かされた内容に、新好地は思わず呟く。

「あーる……?」

 横に座っていたニニマが不思議そうな顔で尋ねる。

「あぁ……まるで御伽噺の世界観だなって」
「ははは。実際、世界中の皆がそう思っていたよ。――現実に、魔王が復活するまではね」

 ハシアは一度指揮通信車内にいる各員を見渡すと、再び語り始める。
 魔王は、現在この世界で人類が到達している範囲の中でも、最北東端にある〝終界の誓国〟という国で復活したとの事だ。
 そして魔王復活に呼応して多くの魔物が魔王の元に集結。再び結成された魔王の軍勢はその地を起点として、各地へ侵略を始めた。終界の誓国、そして近隣諸国は抵抗も空しく、もしくは碌な抵抗すらできないまま攻め落され、あるいは滅ぼされて行ったという。
 魔王の軍勢の各地への侵略に対して、この世界の各国は連合を結成し、これに立ち向かう事となる。
 しかし、すでに御伽噺としてしか考えられていなかった魔王の突然の復活と侵略に対して、各国の対応はお世辞にも迅速な物とは言えず、対応は後手に回り続けた。
 足並みは揃わず、各国の戦力は敗走と壊滅を繰り返し、五年の間に二つの大陸とそこに存在する数多の国々が、魔王の軍勢の手に落ちた。
 現在主戦場となっている〝命郷の大陸〟で、各国の連合軍はようやく足並みを揃え、まっとうな防衛線を築いて魔王の軍勢の侵攻速度を抑える事に成功したものの、防戦一方である状況に変わりはなく、防衛線は日に日に押されている。
 さらには魔王復活の影響か、各地に生息していた魔物もその数を増やし、そして狂暴性を増した。
 そして改善どころか悪化の一途を辿る状況に、連合への参加や派兵を渋る国が現れ始め、挙句の果てには各国の連合体を裏切り、魔王の軍勢に下る国や人々まで現れる有様であるという。

「ボロクソだな……」

 そこまで話を聞いた所で、新好地は思わず零した。

「まったくだよ……抵抗を続ける者達の士気も下がり続け、各国は疲弊して行く一方だ。そしてそんな状況に藁にもすがる思いだったんだろうね。各国、そして人々は、もう一つの言い伝えに賭ける事にしたんだ」
「それが、勇者か」

 ハシアの言葉に、制刻が返す。そしてハシアはその通りだと告げた。
 かつて魔王を打倒した勇者という存在。各国と人々は、その存在の復活を願い、その可能性のある者を死にもの狂いで探し始めた。
 そしてそれが功を奏したのか、言い伝えにある勇者の条件に値する者が、各地で発見される。人並み外れた身体能力と魔力をその身に宿す者達。あるいは未熟であれども、鍛錬を受けることにより、その力を得うる可能性のある者達。または心得が無くとも、国、組織単位で行われる強大な魔力加護を、その一身に受け止められる程の器を持つ者達。彼等はかつての勇者達の末裔であったり、あるいはかつての魔王との戦い以降に生まれ出た、新たな勇者としての資質を持つ血筋の者であったりした。
 各国は探し出したそれらの勇者たる者達に、魔王討伐の命を与えたのだ。
 さらに同じくして、各地からかつて勇者達が使用した武器が見つけ出された。それらは国宝として厳重に保管されている者もあれば、人目を避けるように辺境に隠されている物もある一方で、普通の武器や道具に混じって一般に流通している物もあれば、田舎の一般家屋の物置で埃を被っている物まであった。
 それらは皆、一般的な武器や道具とはかけ離れた強力な力を宿していた。
 しかし発見されたそれらはかつて存在いくつもの武器のほんの一角に過ぎず、選び出された勇者達には、魔王討伐の命に並び、未だ未発見の武器や道具の発見回収が命じられた。

「成程な。で、その面倒を押し付けられた一人が、お前さんってわけか」
「おい制刻」

 皮肉気な言葉を吐いた制刻を、河義は咎める。

「いや……僕も正直、大変な役割を任されちゃったなと思ってるよ。国で図書管理士をやってた頃には、こんな危険を伴う冒険に出るとは、思ってもみなかった」
「図書管理士ですか……!」
「おもいっきり畑違いの職だな。どんな経緯で選び出されたんだ?」

 ハシアの前職を聞き、河義が驚きの声を発して、制刻が呆れの混じった声で返す。
 ハシアの話によると、彼の国はかつての勇者の血縁にある者を調べ、それが彼の一族であったらしい。この事実は、ハシアも彼の家族も家族も初耳で、大変驚いたとのこと。
 そして一族の中で、ハシアに勇者としての資質が確認され、勇者としての命が与えられたとの事だった。

「なんというか、ご出身の事を悪く言うようで失礼かもしれませんが……少し乱暴な話ですね……」
「もちろん強制ではなく、僕には断る選択肢もあったよ。知らせは公にされる事はなかったから、断って元の生活を続けることもできた。――でも、魔王軍によって世界が危機に陥っている事は心苦しく思っていたからね」

 そこでハシアは俯き、少し声のトーンを落とす。

「魔王討伐の旅なんて偉そうに言ったけど、僕じゃ魔王の元までたどり着く事もできないだろう……。でも、未だに眠る武器や道具の発見や、対魔王戦線で戦力の一端になるくらいはできるかもしれない。僕でも力になれる事があるなら、それをしたいと思ったんだ」

 ハシアはそこで再び顔を起こす。

「それに、僕一人だけではなく、ガティシアやイクラディが仲間として一緒に来てくれたからね」
「村で一緒だったあの兄ちゃん二人か」

 ハシアの言葉に、制刻は村でハシアと一緒だった、騎士のガティシアと僧侶のアインプの姿を思い出す。

「うん。ガティシアは王宮騎士団でももっとも優秀な存在だし、イクラディも片翼協会から選び出された優秀な僧侶だ。二人には何度も助けられたよ」
「ん?では、アインプさんは?」

 そこで河義は指揮通信車内の天井を見上げ、その向こうで風を切っているであろうアインプについて尋ねる。

「あぁ、アインプだけは僕等の故郷、栄と結束の王国の出身じゃないんだ。途中で立ち寄った町で彼女と出会って、色々あって同行してくれる事になったんだ」
「成程」
「彼女にも何度も助けられている。三人が居なければ、僕はとっくにどこかで倒れていただろう。今回、そんな仲間を助け出してくれた事には、本当に感謝しているよ」
「よしてください。私たちはたまたま居合わせ、出来る事をしたに過ぎません」

 頭を下げたハシアに、河義は慌てて返す。

「それに、飛んだり切ったりと、俺等から見りゃお前ぇさんも十分やべぇけどな」

 そして制刻が言う。

「はは、ありがとう。でもこの力は、純粋な僕自身の力じゃない。国の教会から加護を受けているから、発揮できる力なんだ」

 ハシアによれば、彼の国の教会では勇者に加護を与えるための大掛かりな魔法儀式が今も行われており、それがハシアに、そして彼を通して彼の仲間達に、超常的な力を与えているのだと言う。
 この先の鍛錬次第では、魔法儀式の恩恵がなくとも、彼自身がその体に強大な魔力を宿す事が可能になるそうだが、それまでの道は遠いとの事であった。

「僕はまだ、借り物の力でやっと戦っているに過ぎない。国からの加護がなければ、ただの人さ」
「しかし先の話を聞くに、その力を大きな力を借り受ける事のできる存在が、そもそも稀なのでしょう?」

 自嘲気味に言ったハシアに、河義は問う。

「うん、そうらしい。でも僕は、その借り受けることのできた力すら、満足に使いこなせていないのが現実だ。国の人々の期待に少しでも応えるために、もっと鍛錬を重ねなければならない」

 それは皆にというより、自身に言い聞かせるように発した言葉だったのだろう。ハシアは決心を新たにしたように、凛とした表情で発する。

「これ以上強くなんのかよ……」

そんなハシアに、新好地は驚きと呆れの混じった口調で発した。



 指揮通信車が急ブレーキを掛けたのは、話が一段落したその時だった。

「きゃッ!」
「っと!」

 突然のブレーキに各員は体勢を崩す。特に大きく体勢を崩したニニマは、隣に座っていた新好地に抱き留められた。

「ッ――何事だ!?」

 河義は車内から、ターレットに付く矢万に報告を求める声を上げる。

「へ、蛇だ……ッ!」

 しかし車上の矢万から返って来たのはそんな一言だった。

「蛇――?」

 要領を得ない矢万の言葉に、河義は訝しみながら指揮官用ハッチを潜り、半身を指揮通信車の車上へと出す。

「――なッ!」

 しかしそこで視線の先に見えた物に、河義は目を剥いた。 指揮通信車の前方に、全長3mはあろうかという巨大な蛇が立ち塞がっていたのだ。巨大な蛇は口内に生えた鋭い牙を剥き出し、独特の鳴き声を上げ、明らかにこちらに敵意を向けている。

「今度は蛇のバケモンか」
「あれは――剣鱗蛇!」

指揮通信車側面の乗員用ハッチを開いて身を乗り出していた制刻が、巨大な蛇の姿を見て呟く。そして同様に顔を出していたハシアが、巨大な蛇の名を叫ぶ

「野生生物か……!?矢万三曹、構わない発砲しろ!」

 流石に目の前の巨大な蛇が、対話の可能な相手では無い事はすぐに判別がつき、河義は矢万に発砲の指示を出す。しかし、12.7㎜重機関銃に付いている矢万は、押し鉄に力を込める事をためらっていた。

「そうしたいのは山々なんですが――あの姉ちゃんが蛇に飛び掛かって行っちまったんです!」
「何!?」

 見れば、指揮通信車の車上にいたはずのアインプの姿がそこには無い。そして河義が視線を上げて先を見ると、中空に身を置き、今まさに剣鱗蛇に切りかからんとするアインプの姿があった。

「だぁぁぁぁッ!」

 剣鱗蛇目がけて愛用の大斧を振り降ろすアインプ。しかし蛇はその巨体に似合わぬ速さで上体を引き、アインプの一撃は空を切った。

「げっ、速い!」

 思いもよらぬ剣鱗蛇の素早さに、アインプは言葉を零しながら地に足を着く。一方、着地により隙のできたアインプに対して、剣鱗蛇は牙を剥く。

「やばッ!」

 自らに襲い掛かろうとする剣鱗蛇に対し、アインプは慌てて斧を翳し、防御姿勢を取ろうとする。剣鱗蛇は、そんなアインプに噛みつかんと襲い掛かる。
 ――だがその時、二人の間に人影が割って入り、そして打撃音のような物が響いた。

「おろ?」

 アインプと剣鱗蛇の間に現れたのは、他でも無いハシアだ。彼の腕には振るわれた直後であろう大剣が見え、そして大蛇はその身を大きく仰け反らせている。彼の放った剣撃が、アインプを剣鱗蛇の攻撃から救ったのだ。

「クソッ、鱗が硬い……ッ!」

 蛇はただ巨大なだけでなく、体中が剣先のような鋭い鱗で覆われており、その鱗に阻まれハシアの剣撃は剣鱗蛇に対する決定打とは鳴り得なかった。そのことにハシアは苦々しく言葉を零す。

「アインプ、大丈夫かい!?」
「へへ、悪い悪い、助かったよ!」
「闇雲に飛び掛かるんじゃなく、相手の弱点を探すんだ!」
「了解!」

 会話を交わしながら体勢を整え直した二人を、同じく体勢を立て直した剣鱗蛇が睨み下ろす。

「来るぞ!」

 ハシアのその言葉を合図とするかのように、剣鱗蛇は再び牙を剥き、二人に向かって飛び掛かって来た。しかし二人は剣鱗蛇の牙が届く直前に、左右へと飛び散会。剣鱗蛇は頭から地面へ激突した。
 剣鱗蛇は突っ込んだ先でのっそりと体を起こすと、上体を横へと旋回させる。その先に、ハシアの姿があった。ハシアの姿をその目に捉えた剣鱗蛇は、体を伸縮させ、バネのような動きで再びハシアに襲い掛かる。

「――はぁぁッ!」

 ハシアは剣鱗蛇が間合いに踏み込むと同時に、その手にある大剣を振るった。横に薙がれた大剣は、目前まで迫っていた剣鱗蛇の身体を直撃。刃は先と同様鱗に阻まれ、剣鱗蛇の体に傷は入らなかったが、強力な剣撃による打撃は、剣鱗蛇をのけ反らせ、怯ませた。
 打撃を受けた剣鱗蛇は、緩慢な動きで仰け反った体を持ち直す。そして、二度に渡る打撃に感情に火が付いたのか、剣鱗蛇はそれまで以上の剣幕で鳴き声を上げ、そしてハシアに飛び掛かろうとする。
 ――グシャ、と鈍い音が響いたのはその瞬間だった。

「……よくやってくれた、アインプ」

 ハシアは剣鱗蛇を見上げて発する。剣鱗蛇の頭部には大斧が突き立てられ、蛇の頭部は真っ二つに勝ち割られていた。そして剣鱗蛇の背には、大斧の主であるアインプが立っていた。

「へへ、当然!」

 揚々と発しながら、アインプは蛇の頭から大斧を引き抜き、そして地面へと降りる。そしてその直後に、事切れた剣鱗蛇は音を立ててその場に倒れた。

「……やっぱりバケモンだぜあいつ等」

指揮通信車のターレットから一連の様子を伺っていた矢万は、静かに呟いた。

「やぁ、お待たせ」

 ハシアとアインプの二人は、何事も無かったかのように指揮通信車へと戻って来た。

「すごいな、あんなデカブツを簡単に――さすがは勇者を名乗るだけある……」

 指揮通信車から降車し、事態に備えていた新好地が発する。

「ううん、僕等なんてまだまだだよ――所で君達、物資の調達が目的と言っていたけど、金銭は大丈夫なのかい?」
「いえ、こちらの世界の通貨は何も――隊員から貴重品の提供を募って、それを換金、もしくは物々交換ができないかと考えています」

 ハシアの唐突な質問に、河義が答える。

「なら、それは仲間に返してあげるといい。あの剣鱗蛇の鱗や内臓は、町に持っていけばいい値で売れるはずだ。僕達だけだったら置いてく事になっただろうけど、君達のシキシャ?を使えば持っていけるんじゃないかい?」
「そりゃありがてぇが、アレを仕留めたのはオメェさん達だろ。いいのか?」

 ハシアの提案に、今度は制刻が返す。

「いいさ。昨日から何度も助けられてるんだ、これくらいは譲らせてくれ」
「それなら、お言葉に甘えましょう。皆、あの蛇を指揮車に乗せよう」

 河義はハシアの提案を受け入れ、各員は剣鱗蛇を指揮通信車に乗せる作業へ掛かった。



 それから数十分後、東方面偵察隊はついに最後の山を越えた。山を越えるとその先には一面の草原が広がっており、指揮通信車はその真っただ中を走っている。

「はい、これで終わりで~す」
「ぬ……!」

 そんな指揮通信車の後部隊員用スペースで、河義と出蔵は対面で座っている。そして二人の間にはミニオセロの板が置かれていた。危険地帯を抜け、要員に余裕ができ手が空いた二人は、オセロに興じていたのだ。

「あはッ、また私の勝ち~。あれ~、河義三曹ちょっと弱すぎじゃないですか~?歳も階級も下の女の子にボロ負けなんて~、恥ずかしくないんですか~?♡だっさ~い♡ざぁこ♡ざこざこざ~こ♡」
「むむむ……」

 勝負は始まって以来数回戦に及び、全てが出蔵の勝利、河義の敗北に終わっていた。連勝に気をよくした出蔵は河義をメスガキムーブで煽り倒し、対する河義は唸り声を上げている。
 ゴッ――、と出蔵の頭に拳骨が落ちたのはその瞬間だった。

「へぷッ――痛った~い!?」

 メスガキムーブから一転して鳴き声を上げる出蔵。その横には、拳骨の主である制刻の姿があった。

「何するんですか~!」
「勝者だからって敗者を煽る権利はねぇ。ゲーマーとしての一線を越えた奴に対する、必要な措置だ」
「ほんの冗談だったのに~……」
「悪質な冗談だ」

 涙目で抗議の声を上げる出蔵に、制刻は淡々と返す。

「上官に対する無礼、とかじゃないんだな……」

 河義は、制刻が出蔵を叱りつけた理由が部隊規則等とは関係ない物であったことに、少し残念そうに呟いた。

「……あの、ちょっと外に出てきてもいいですか?」

 そんな光景を少し戸惑った顔で眺めていたニニマが、そこでおずおずと発する。

「あぁ、気分でも悪くなったか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど。ちょっと風に当たりたいなって」

 制刻の質問に、そう返すニニマ。

「構いませんが、落ちないようにくれぐれも転落だけはしないよう、気を付けて下さいね」
「き、気を付けます……」

 河義の警告に返すと、ニニマはおぼつかない動きでハッチを潜り、車上へと上がって行った。

「アホなやり取りしてたから、呆れられたかもな」
「え」
「俺達のせいか……?」

 制刻のその言葉に、出蔵と河義は納得いかない様子でそれぞれ発した。



「――わ」

 ハッチを潜って指揮通信車の車上に出たニニマは、吹き流れる風に思わず声を上げる。彼女は風により顔に掛かった髪をかき避けながら、周囲を見渡す。
 車上では矢万の他、ハシアやアインプが周囲を見張っており、その向こうには流れてゆく景色が見えた。少しの間、流れる景色に見入っていた彼女だったが、その時、背後から聞こえてくる歌声に気付く。彼女が振り返ると、指揮通信車の後部に腰掛ける新好地の背中が見えた。新好地は後方を見張りながら、歌を口ずさんでいる。

「~~――ん?おぉ、嬢ちゃんか。どうした?」

 歌の途中で新好地は気配に気づいて振り返り、そこでニニマの存在に気付いた。

「ちょっと風に当たりたくて……その、変わった歌ですね……?」
「ん?そうか?まぁ、世界も時代感も違うし、そう感じるのも無理はないかもな。不快だったら止めるよ」

 新好地は歌うのも止め、監視に戻ろうとする。

「い、いえ……!ラクトさんの歌、もっと聞きたいです!」

 しかしそんな新好地にニニマは発した。

「俺なんかの歌をか?別に構わないが……」
「はい……その、元気になれそうな気がして……」
「――はは、まぁいいぜ。歌があれば、暗い気持ちも吹っ飛ぶかもしれないしな」

 言うと偵察は、再び歌い出す。

「……~~」

 そしてそれに合わせて、ニニマもリズムを取り、体を小さく揺らし始める。
 そうして指揮通信車は歌声と共に走り続け、やがてその行く先に町の姿を捉えた。



 長き行程を得て、東方面偵察隊はついに目的地である〝月橋の町〟に到着した。

「やーっと着いたな、やたら長く感じたぜ」
《道中で、あの騒ぎでしたからね》

 道の先に見える町を眺めながら、矢万や鬼奈落がそんな声を上げている。

「物資と、あわよくばうまい飯にありつければ御の字なんだがな」

 続けてそんな願いを口にする矢万。

「……鬼奈落士長、一度停車してくれ」

 しかし矢万のそんな希望の言葉を否定するような低いトーンで、指揮官用ハッチから半身を乗り出している河義が、停車の指示を出した。彼は双眼鏡を除き、険しい表情で先にまる町を眺めている。

「どうしたんです?」
「町の城門付近を見て見ろ」

 疑問の声を上げる矢万に、河義は双眼鏡を渡して促す。言われた通りに矢万は双眼鏡を覗いて、町の城壁の一角に作られた城門へ視線を送る。そこでは、複数の衛兵らしき人間が、併設された詰め所から慌てた様子で出て来たり、城門直上の城壁に配置して行く姿が言えた。

「あれは、まさか――」
「あぁ、私達を警戒している」

 矢万の言葉の先を、河義が先回りして代弁、肯定する。見た限り、偵察隊は町側から明らかに警戒されていた。

「――三角帽に青い軍服か、独立戦争時の大陸軍みてぇだな」

 車体側面のハッチから身を乗り出し、双眼鏡を構えている制刻は、展開している衛兵達の井出達を確認して、そんな分析の言葉を発する。

「まぁ……考えて見りゃ、こんな得体のしれないデカブツが近づいて来りゃ、警戒もするか……」

 矢万は、自身の乗る指揮通信車を見下ろしながら呟く。

《どうします?このまま接近すれば、最悪戦闘になりかねません》

 操縦席の鬼奈落がインカム越しに言葉を寄越す。

「誰かが徒歩で先に言って、誤解を解く必要があるな……」
「それなら、僕が行こう」

 河義の言葉に、名乗りを上げたのはハシアだ。

「ハシアさんがですか?確かに、こちらの世界の人であるハシアさんであれば、私達よりは警戒されないかもしれませんが……」

 それでも危険が無いとは言い切れず、河義はハシアが単身で赴く事に懸念の色を見せる。

「大丈夫、こういった町との初接触には慣れてる。それに勇者である事を証明すれば、悪いようにはされないだろう」

 ハシアは河義に対して説くように言うと、指揮通信車の車上から飛び降りる。

「気ぃつけろよ」
「任せてくれ」

 制刻の言葉を背に受けながら、ハシアは指揮通信車を離れ、城門に向かって歩き出した。

「各員、念のため戦闘に備えろ。万一の場合は、ハシアさんを回収してこの場から離脱する――」

 向かってゆくハシアの背中を見守りながら、河義は各員に向けて発した。



 ハシアは片手を城門に向けて大きく振り、危害を加える者では無い事をアピールしながら、歩みを進める。そして城門との距離を一定まで詰めた所で、立ち止まり、そして口を開いた。

「聞いてください!私は栄と結束の王国より選び出された勇者、ハシア・リアネイテスという物です!国から〝君路の勇者〟の称号を授かり、魔王を討つべく旅をしています!」

 ハシアの一声に、町の衛兵達に警戒とは別種の反応が見える。

「この町には物資の補給と休息、そしてある案件の報告のために立ち寄らせていただきました!決して、この町に危害を加える者ではありません、どうか滞在の許可を頂きたい!」

 ハシアが発し終わり、少しの間を置いた後、城門から数人の衛兵が駆け寄ってくる様子が見えた。その中でも代表者らしき衛兵が、ハシアのすぐ傍まで駆け寄ると、口を開いた。

「星橋の町駐留、月詠第6兵団、南門隊の兵長のラシケと申します。栄と結束の王国と勇者様とのことですが……失礼ですが、何か証明できる物を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ではこれを。我が国の国王から預かっています、証明文書です」

 警戒の色を解かないラシケと名乗った兵長に、ハシアは懐から一枚の筒状に丸めた羊皮紙を取り出し、それを広げて見せる。すると次の瞬間、羊皮紙に描かれた紋様が発光し、光で構成された立体となって浮かび上がった。

「これは……」
「さらに近隣提携国の証明です」

 さらにハシアは別の羊皮紙を取り出し、広げて見せる。そこにはいくつもの署名が連なっており、そしてそれらの文字列も先の紋様と同様に、発光し、羊皮紙の上に浮かび上がった。

「どうやら……本物の勇者様で間違い無いようだ」

 兵長ラシケは背後の衛兵達に言うと、ハシアに向き直り、姿勢を正す。

「――失礼いたしました、栄と結束の国の勇者様。どうかご無礼をお許しください」
「とんでもありません。こちらこそ、お騒がせしてしてしまったようで、申し訳ありません」

 謝罪の言葉を述べたラシケ兵長に、ハシアもまた謝罪で返す。

「所で……重ね重ねの失礼で申し訳ないのですが、あちらの方々は……?」

 ラシケ兵長は言いながら、ハシアの背後へ視線を向ける。

「彼等は遠方の国、〝ニホン国〟のもののふ達。そしてここまで幾度も僕達を救い、事態を解決してくれた友にして、英雄達です――!」



「英雄たぁ――また妙な紹介をしてくれたな」

 指揮通信車の車上で制刻はやや呆れた口調で呟く。

「そうかい?少なくとも僕達から見た君達のこれまでの活動は、十分英雄的だと思うよ。それに、ただ異国の軍隊だとだけ紹介するよりかは、いいと思ってね」

 制刻の言葉に、ハシアはそう返す。

「まぁ、お前ぇさんに交渉を任せたのは俺等だから、それはいい。最もここの住民は、英雄どうこうよりも、もっと別の目で俺等をみてるようだがな」
「まぁそりゃぁ、指揮車ごと入ったらこうなりますよね……」

 制刻が発し、出蔵がそれに続いて呟き、そして周囲に視線を送る。
 ハシアの交渉のおかげで、偵察隊は町に害意のある存在でない事を理解してもらい、町へと入ることが出来た。しかし、偵察隊はその都合上、指揮通信車ごと町内に入る事となり、結果悪い意味で住民達の注目を集める事となっていた。
 実際、レンガ作りの家と石畳の道等から成る中世風の町並みを、迷彩を施した装甲車両は行く光景は、かなり異様であった。

「おい、なんだあのでかいのは!?」
「まさか魔物か!?」

 町の住民達は、指揮通信車のその巨体を目にして騒めいている。

「住民の皆さん、大丈夫です!この方たちは町の正式な客人です。ですから道を開けてください!」

 一応、指揮通信車の周辺には、この町に駐留している兵団の騎兵が数騎、護衛兼住民との緩衝役として付いている。その内、先を行く騎兵達が住民に説明をして、安全のために道を開けさせてゆく。しかし兵団の兵の説明だけでは不安を解消するには至らず、住民達は皆、懐疑的な、もしくは不安の籠った目でこちらを見つめていた。

「これすごい迷惑をかけてますよね、私達」
「致し方無ぇ、このデカブツを運び込むには、指揮車ごと入るしかなかったからな」

 出蔵の言葉に、制刻は指揮通信車の車上に乗せられた、剣鱗蛇の亡骸を一瞥して発する。

「ママ、なんか怖い……」
「大丈夫よ……」

 途中、怯える子供とそれを抱き寄せ宥める母親の姿が目に入る。

「……早く通り抜けたい所だな」

 その光景を目に留めた河義は、居心地悪そうに呟いた。



 偵察隊はなんとか町中を通り抜け、兵団の騎兵の案内で、町の役所へと辿り着いた。
現在は河義とハシアが、各種手続きと、件の村でのゾンビ騒ぎに関する報告のために役所内へと赴き、他の各員は役所前の敷地に停めた指揮通信車で待機している。

「あ、戻ってきました」

 出蔵が声を上げ、役所を視線で指し示す。
 彼女の言葉通り、役所の正面玄関から河義とハシアが出てきて、こちらへと向かってくる姿が見えた。

「どうなりました?」

 ターレット上の矢万が、戻って来た河義に尋ねる。

「あぁ、まず滞在許可はもらえた。そして、私達の来訪は、役所と兵団を通して住民に知らせられるそうだ」
「それって、町中に俺等の事が知れ渡るって事ですか?」
「町の中を指揮車で動き回らせて欲しいとお願いしたからな。事前通達は、その条件としては必要なことだろう。私達としても、住民の方に混乱を与える可能性は、少しでも減らしておきたい」
「……まぁ、悪目立ちするのはどちらにせよ変わらないか」

 河義の説明に、矢万はため息混じりに呟く。

「そして村の件だが、この町の駐留兵団から、調査隊が編成されて派遣されるそうだ」
「じゃあ、村の件はあっちに引き継がれたと考えていいですかね」

 言った新好地の言葉を、しかし河義は否定する。

「いや、私達には最後の仕事が残っている。例のゾンビ化の薬だが、町が支援している研究者がいるそうだ。薬はそこに持ち込んで欲しいと頼まれた」
「研究者ですか」

 河義の言葉に、出蔵が返す。

「あぁ、ウルワレーシュという人らしい。その人の家までの地図ももらっている」
「え!」

 その時、ニニマが声を上げた。

「どうした嬢ちゃん?」
「いえ、それって多分、私の下のお姉ちゃんです」
「何?」

 ニニマの言葉に、新好地始め各員は、若干の驚きの目をニニマに向ける。

「なら、同時にニニマさんを送り届けることが出来るな。ニニマさん、案内をお願いできますか?」
「は、はい」
「よし、行くぞ」

 河義の言葉で各員は指揮通信車に乗車。ニニマの姉の家へ向けて出発した。



 偵察隊を乗せた指揮通信車は、ニニマの案内を受けながらあまり広くはない町内の道を慎重に進み、そして道中住民からの注目を多分に集めながら、どうにかニニマの姉の家へと到着した。

「ここですか?」
「はい」

 河義の問いかけに答えるニニマ。
 指揮通信車を道の端に停車させ、各員は降車。河義を始めとする数名が、住宅の玄関前に立ち、代表して河義が扉をノックした。

「……出てこないな。留守か?」
「あ、それじゃ駄目なんです」
「え?」

 疑問の声を上げた河義に、ニニマがそんな言葉を発する。

「危ないので、ちょっと下がってて下さい」
「え、何が?」

 ニニマの言葉に、今度は出蔵が疑問の声を発する。しかしニニマは構わずに玄関扉から少し距離を取ると、次の瞬間、勢いを付けて玄関扉に突進、体当たりをかました。

「よいしょ」

 ニニマの体当たりにより玄関扉は開かれ、ニニマは踏み入った先で体勢を立て直し、体を払っている。

「たぶんお姉ちゃん、この時間は眠ってますから、こうでもしないと入れないんです」

 そして各員に向けて平然とした様子で言って見せた。

「嬢ちゃん……大人し気に見えて凄い事するな……」

 ニニマが唐突に見せたアグレッシブな一面に、各員を代表して新好地が発した。

「ん~、どちらさま~?」

 その時、家の奥からそんな眠そうな声色が聞こえて来た。そして出て来たのは一人の女性だ。その井出達は、服装はよれよれ、髪はボサボサと酷い物だったが、顔立ちだけは若干くたびれた様子が見えながらも、ニニマとよく似た整った物であった。どうやらこの女性がニニマの姉であるらしい。

「あ……」
「んん~?あり、ニニマちゃん?なんで?もう村に帰り着いてる頃だと思ってたのに。何か忘れ物でもした?」

 ニニマは二日ほど前に一度、この家を発っていた。そのニニマがこの場にいる事に、ニニマの姉は眠そうなその顔に疑問の色を浮かべる。

「……ぅ……ぇ」
「んん?」

 しかしニニマは姉の疑問には答えず、小さな声をこぼし出す。

「フレーベルお姉ちゃぁぁん!」
「わぁッ!?」

 そしてニニマはフレーベルと呼ばれた姉に抱き着くと、大声で泣き出し始めた。

「おねえちゃ……ぅぇ……ひぐ……」
「ちょ、ちょ!え、どうしたの!?何があったの!?」

 一方の姉、フレーベルは当然の事態に、とりあえずニニマを抱き留めながらも、しどろもどろになっている。

「失礼します。フレーベル・ウルワレーシュさんでよろしいですか?」

 そんなフレーベルへ、河義が声を掛けた。

「ふぇ?そ、そうですけど……あの、どちら様……?」
「私たちは日本国陸隊の者です。あなたの元へニニマさんを送り届けるためと、ある案件の依頼のために、こちらを訪ねさせていただきました」
「ニホンコク、リクタイ?ニニマちゃんを送る……?それに依頼……?」

 河義は自分達の身分と目的を簡潔に説明してみせたが、無理もない事だがフレーベルはそれだけでは事態は把握しかねているようだ。

「まずはニニマさんが落ち着くのを待ちましょう。それから、くわしくご説明します」



 ニニマの状態はやがて落ち着き、河義等各員とハシア達は、家の中へと通された。現在はフレーベルと河義が机を挟んで対面で座っている。そして河義の口から、時折に制刻やハシアの補足が入りながら、これまでの一連の出来事についての説明が、フレーベルにされた。

「嘘でしょ……父さんと母さんが、それにイロニス姉が……?」

 その河義から一連の説明を受けたフレーベルは、両手で顔を覆い、深く息を吐いた。突然もたらされた両親の訃報と、故郷が失われた事実、そしてその原因が実の姉の所業であるという事実。これらの報を一度に受けたフレーベルのショックは、計り知れないものであった。

「フレーベルお姉ちゃん……」

 フレーベルの横に立つニニマは、心苦し気な面持ちで姉の姿を見つめている。

「すまない、僕達の力が及ばないばっかりに……」

 そしてハシアが苦々しい表情で、謝罪の言葉を述べる。

「とんでもない。こうしてニニマちゃんを連れ帰って来てくれたんだもの。勇者様には感謝しかないよ……」
「お礼なら、僕達じゃなく彼等に言ってくれ。彼等がいなければ、ニニマさんを助けるどころか、僕達も危なかった」

 ハシアは河義を始めとする隊員等に目を向け、フレーベルの視線もそれを追う。

「えっと、ニホン国?の軍隊さんだっけ?ありがとう、ニニマちゃんが帰って来てくれたのは、せめてもの救いだよ」
「とんでもありません。私達は自分達にできる事をしたに過ぎません」

 フレーベルの礼の言葉に、河義はそう答える。

「そして、私達こそあなたに頼まなければならない事があります――出蔵」
「はい!」

 河義は出蔵を呼び、出蔵は下げていた雑嚢から複数の小瓶を取り出して、机の上に置いた。

「これは、話に出て来た――」
「えぇ、お姉さんが作った、死者をゾンビ化させる薬です」

 フレーベルの予測を、河義は肯定する。

「町の役所からフレーベルさんの事を紹介されました。フレーベルさんにお願いしたいのは、この薬品の解析と対抗策の発見です。事情が事情ですから、色々と複雑なお気持ちかもしれませんが……」
「――ううん、任せてちょうだい、身内が撒いた種よ。それに……こんな物はこの世に存在してちゃいけない……!」

 フレーベルは何かを吹っ切るように立ち上がると、机に置かれた小瓶を掴み上げた。

「よし、そんじゃ早速始めるとしますか!」
「え、今すぐ始められるんですか……!」

 流石に今すぐ解析作業にかかるとは想定しておらず、河義は驚きの声を上げる。

「こんな代物だもの、少しでも早い方がいいでしょう?大丈夫、任しといて!」

 言うとフレーベルは、奥の部屋へと引き込んでいった。

「早いな……」
「一度、火が付くとああなんです」

 呆気に取られつつ呟いた新好地に、ニニマが言う。

「あるいは、親御さんや姉ちゃんのショックを吹っ切るためかもな」

 そして制刻が静かに、そして端的に言った。

「さて――私達にできる役割は果たしたと思う。私達は、本来の任務に戻ろう」
「そうそう、私達物資調達が目的で、この町を目指してたんでしたね」

 河義の言葉に、出蔵が思い出したように発する。

「まずは、指揮車に乗っけてるデカブツの換金だな。物資を調達するにしても、金がなきゃ始まらねぇ」
「けど、あんなモン、どこで買い取ってくれるんだ?」

 制刻の言葉に、矢万が疑問の声を上げる。その疑問にはハシアが答えた。

「剣鱗蛇丸ごと一匹分を換金となると、あちこち回る必要があるだろうね。鱗や牙は武器や、皮は被服店、肉や内臓は精肉店――いや、この町に狩猟ギルドがあるならば、まずはそこを訪ねた方がいいかな」
「その後に物資の調達作業がある事を考えると、一日作業になりそうだな……」

 ハシアの説明に、河義は顎に手を当てて言葉を零す。

「今日中にこの町を発つのは無理だな。野営の必要があるだろう」
「そんな事になくても、宿に泊まったらどうだい?剣鱗蛇を換金すれば、宿の代金くらいは余裕で確保できると思うよ」

 河義の言葉にハシアはそう発案するが、河義はそれを否定する。

「せっかくですが、私達は拠点の同胞達から物資調達の任を託されて行動しています。その間に入手できた金銭等を、私達偵察隊の都合だけで使う事はできません。入手できた金銭は、可能な限り物資補給のために当てたいのです」
「やはり町の外で野営しますか」

 河義の言葉に続いて、矢万がそんな言葉を発する。

「よければウチに泊ってけばー?」
「ひゃ!」

 その時、会話にそんな声が割って入る。見れば、ニニマの背後に奥に引き込んでいったはずのフレーベルが立っていた。

「ごめん、脅かした?ちょっと必要な機材があってさ。でさ、勇者様達もニホンの兵隊さん達もウチに泊ってったらどう?」
「しかし、よろしいんですか……?」
「妹の恩人を野宿させる程、恩知らずじゃないよー」

 河義の言葉に、フレーベルは返しながら一つの扉の前に立つ。

「大きな家じゃないけど、一人暮らしだとやっぱり持て余しててさー。二階とかほとんど物置状態だし。――えーと、確かこの部屋――」

 説明ながら、フレーベルは一室の扉を開ける。その次の瞬間、中から荷物の山が雪崩となって押し出てきて、フレーベルはそれに飲み込まれた。

「うぎゃぁっ」
「あ、お姉ちゃん!」

 フレーベルの悲鳴が上がり、ニニマが驚きの声を上げる。

「おぉいおい」

 制刻等は出来上がった荷物の山に駆け寄り、荷物をどかして中からフレーベルを救出してやる。

「だ、大丈夫ですか?」
「あはは……ごめんごめん。こんな風に、ほとんど使ってない部屋ばっかりだからさ、よければ好きに使って」

 出蔵が差し出した手を借りて立ち上がったフレーベルは、そう返すと、目的の機材を荷物の中から引っ張り出し、そして籠っていた一室に戻って行った。

「ありがたい話だが……ニニマさんとしてはどうですか?」

 河義はニニマに尋ねる。

「私も、皆さんに泊って行っていただければと思います。皆さんは、本当に恩人ですから――ただ……」

 ニニマは先程の荷物の雪崩を巻き起こした一室をちらりと見る。

「よし、ではお言葉に甘えよう。役割を二つに分けるぞ、一組は大蛇の換金に出る。もう一組は――部屋の片づけだ」
「やっぱし」

 河義の指示の言葉に、新好地がため息混じりに呟いた。
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