―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター2:「Dual Itinerary」

2-1:「死の集落 前編」

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 二日後。
 東方面への探索を担当する東方面偵察隊は、連峰と国境を越えた先にあるという町、〝月橋の町〟を目指して出発した。
 東方面偵察隊の移動手段には82式指揮通信車が用いられ、搭乗員である車長と操縦手、そして選抜された一個班が搭乗。班は河義を筆頭に制刻と策頼。機甲科偵察隊の新好地と、衛生科の出蔵の5名という面子で編成されていた。

「まさか指揮車で偵察行動に出る事になるとはな」

 指揮通信車の車長である矢万やよろず三曹が呟く。彼は指揮通信車のキューポラから半身を乗り出していた。今現在彼等の乗っている82式指揮通信車は、砲科隊に配備されている車輛であり、砲科隊が行動する際の指揮通信行動に用いられる事を主要な目的としていた。そんな当車輛が、偵察行動という矢面に立つ役割を与えられた事に、矢万は妙な感覚を感じていた。

《機動性と装甲を兼ね備えているのは、この指揮車だけでしたからね》

 矢万の呟きに、インターカム越しに言葉が返って来る。相手は指揮通信車の操縦手である鬼奈落きならく士長だ。
 彼の言う通り、指揮通信車が今回の偵察任務に抜擢された理由は、異世界へと飛ばされて来た車輛装備の中で、ある程度の機動力と装甲を兼ね備えているという条件を満たすのが、当車だけであったからだ。

「本来なら普通科のLAV(軽装甲機動車)か96(96式装輪装甲車)が適任なんだろうがな」

 矢万は、この場に存在しない車輛装備を思い浮かべながら、再び呟いた。
 しばらく平坦な草原やなだらかな丘などを進み越えて来た指揮通信車は、やがてその前方に連なる山々の姿を捉えた。

「道は通っているようだが……」

 河義の呟き声が聞こえる。彼は指揮通信車の車長用キューポラに併設された乗員用ハッチから半身を乗り出し、双眼鏡を覗いて先に見える連峰を観察していた。
 山々は道こそ通っているが、山肌は木々が生い茂り、深い森を形成していた。このことから、野生動物等との接触が懸念された。

「制刻、車上に上がってくれ」

 河義は視線をハッチの隙間から車内へ降ろし、通信指揮車の後部に設けられた隊員収容用スペースにいる制刻に向けて発する。

「了解」

 制刻は河義の指示の言葉に返すと、車体の側面に設けられた乗員用ハッチを開く。そしてその巨体を器用にくぐらせ、車上へと上がって来た。

「山肌は深い森になってる。警戒のため、ここからは常時二名を監視として車上に上げたい」
「いいでしょう」

 河義の提案に制刻はいささか礼節を欠いた口調で返す。
 やがて彼等の乗る指揮通信車は、連なる山々の麓へとたどり着いた。



 山の中へは一本の小さな轍が伸びており、指揮通信車はそれを頼りに登頂を始める。

「……ちょっと不気味な山ですね、何か出てきそう……」

 そんな言葉を発したのは、小柄な女衛生隊員の出蔵だ。
 指揮通信車の後部の隊員収容用スペースでちょこんと腰かけている彼女は、指揮通信車の側面に設けられた視察窓から外をの様子を眺めつつ発する。

「嫌な事言うなよ……」

 そんな出蔵の発言に、対面に座る新好地が発する。

「ひょえっ!」

 その時、指揮通信車の車体が大きく揺れ、出蔵が小さな悲鳴を零した。

「ッ、酷く揺れるな……」
「我慢してください、ちゃんと整備されている道を進んでいるわけじゃありませんから」

 新好地の零した言葉に、操縦席の鬼奈落からそんな言葉が返って来る。

「ここを越えるのに、どれくらいかかるんですか?」

 出蔵は丁度車内へ降りて来た河義に尋ねる。

「ん?あぁ――地図で見た限りでは、数時間で山を全て越えられるはずだ。できれば、暗くなる前に越えてしまいたい所だな」

 出蔵の質問に、河義は答える。

「数時間もこんなのが続くのか……」
「よ、酔うかも……」

 河義の返答に、新好地と出蔵は苦い表情で呟いた。



 数時間を駆けて指揮通信車は連なる山々を順調に越え、最後の山に差し掛かろうとしていた。

「矢万、見張りを交代する」

 制刻が何度目かの見張りの交代のため、乗員用ハッチを潜って車上に上がり、矢万に向けて発する。

「おぉ、頼む。気を張りっぱなしだったが、結局何も無かったな」
「その方がいいだろ」

 各方へ警戒の目線を向けながら、そんな言葉を交わし合う二人。
 矢万の方が階級が上であるにも関わらず、制刻の口調はタメ口であった。そして矢万はそれを気にした様子は無い。それは制刻と矢万は同い年であり、何より教育隊の同期であるからであった。
 曹昇任こそ矢万の方が早かった(というより制刻に曹に昇任する気は無かった)が、教育隊で苦楽を共にした二人にとって、階級の差は些細なことであった。

「あの山を越えりゃ、〝月詠湖の国〟って国の領土に入れる」
「この調子なら、何事も無く辿り着けそうだな」

 矢万は行程の終わりが見えて来た事に、安堵の表情を作る。

「矢万三曹、制刻さん。山の入り口に集落が見えます」

 しかし、そんな二人の元へ声が割って入ったのはその時だった。声の主は、指揮通信車の前部、操縦席の横に設けられた座席でMINIMI軽機に付く策頼だ。

「何?」

 策頼の言葉に、制刻は双眼鏡を構えて指揮車の進行方向へ視線を向ける。山と山の合間に位置する僅かな平坦な地形部分に、確かに集落が存在した。規模は町と村の中間程だ。

「あれか」
「鬼奈落、一度停車してくれ」

 同様に双眼鏡を覗いていた矢万が、操縦手の鬼奈落に停車の指示を出す。

「どうした?」

 異常に気付いたのだろう、河義が車内からハッチを潜って車上に這い出てくる。

「河義さん、前方に集落が見えます」

 歳こそ矢万の方が上だが、三曹としての経歴は河義の方が長く、この場の先任者は河義であった。矢万は河義に言いながら、双眼鏡を渡す。

「………廃村か?」

 河義はしばらく集落を観察した後に、そんな言葉を発した。
 遠目に見てもその集落は寂れている事がわかり、人のいる様子も確認できなかった。

「出蔵、地図を確認してくれるか?この近辺に、集落はあるか?」

 河義は車内にいる出蔵に指示を出す。

「えーっと……一応地図には表示されてます」

 出蔵はタブレット端末に表示された地図に目を落としながら、言葉を返す。

「それと、道なりに進むにはこの集落を通過しなきゃダメみたいです」
「行くしかないか」

 指揮通信車は再度発進し、集落へと接近した。



「まーた、分かりやすい寂れ具合だな……人の気配も無いぞ……」

 集落の入り口まで近づいた指揮通信車の車上で、矢万が発する。そして班の各員は降車し、周囲に警戒の視線を向けていた。

「おい、いつの間にか空が曇ってるぜ……風も止んでる……。何か嫌な予感がしないか……?」

 新好地は空を眺め、周囲を見渡しながら呟く。

「予感と言うより確信だな」

 そんな新好地の呟きに制刻が返す。

「あん?」
「あれを見ろ」

 制刻は近くにあった一軒の家屋の根元を視線で指し示す。

「げッ」

 新好地が声を上げる。そこにあったのは死体だった。
 それも酷い破損状態であり、体のそこかしこが齧り取られたかのように無くなっており、骨や内臓がはっきりと見えていた。

「酷いな……」
「野生動物か何かに襲われたんでしょうか?」

 出蔵が死体の前にしゃがみ込んで死体を検分し、それを背後から河義が呟きながら尋ねる。

「出蔵、お前これ平気なのか……?」
「あ、はい。一応は」

 戸惑いながら尋ねる新好地に、出蔵は平気な様子で答えた。

「河義三曹、指揮車を一度ここから放したほうがいいかと」
「何?」
「要の指揮車に何かあれば事です。先に少数で村内を漁って、安全を確保すべきかと」

 制刻は河義に進言する。

「それもそうだが――危険かもしれんぞ、誰が行くんだ?」
「俺が行きます」
「俺も付き合うよ」

 制刻が言い、新好地がそれに続く。

「大丈夫なんですか?」

 出蔵は二人に尋ねる。

「それを確認しに行くんだ。河義三曹、俺と新好地で見てきます」
「了解。ただ、逐一連絡を寄越せ。15分以上通信が無いようなら、何かあったと判断して突入する」
「了解」



 指揮車は一度集落を離れ、制刻と新好地は集落の探索を開始する。集落内部は、不気味なまでに静まり返っている。そして、先程と同様の損傷状態の死体が、行く先に点在していた。

「おいおい、そこかしこに死体があるぜ……」
「何かの襲撃にあったか」
「死体を見るに、人間の仕業じゃないよな……何かヤバイ生き物でもいるんじゃないかのか……?」

 二人は会話を交わしながら進み、集落の中心部までたどり着く。

「本当に人っ子一人いないな……」

 生きた人間の気配がまったくない事に、訝しむ言葉を発する新好地。

「昨日の町ん時みてぇに、どこかに避難してるのかもしんねぇ」
「ならいいんだが……」

 制刻の言葉に、呟き返しながら、周囲を見渡す新好地。
「……オオオーーー……」

 ――彼等の耳が、妙な音を捉えたのはその次の瞬間だった。

「な、なんだ今の……!?」
「人の声か?」

 突然聞こえて来たのは、呻き声のような音。聞こえて来た音に新好地は驚き、制刻は推察の声を上げる。

「……オオオーーー……」

 彼等の耳に、再び呻き声が届く。

「……にしては、ずいぶんホラーテイストだな……!」
「あの十字路の先からっぽいな」

 二人は先にある十字路に駆け、角にある家屋の壁にカバーする。

「オオオーーー……」

 その呻き声は次第に大きくなり、さらに今度は足音がそれに混じる。そして二人は隠れた家屋の向こう側に、接近する何者かの気配を感じた。

「待った、ちょっと待った!俺達、これ大丈夫なのか!?」
「手遅れだ」

 新好地の困惑の言葉に対して、制刻は端的に一言返す。そして制刻は、自身の小銃を構えて家屋の影から身を出し、その先に向けてその銃口を向けた。

「うわぁッ!?」
「うぉ」

その瞬間、制刻は前方から走って来た何者かと鉢合わせ、二人分の驚く声が上がった。

「くッ!回り込まれ――って、君は……!?」

 そこにいたのは小柄な体躯で、少女と見まがうほどの整った顔立ちをした少年。
 芽吹きの村で制刻等が出会った勇者の少年、ハシアであった。
 制刻と正面衝突しかけたハシアは、その瞬間にこそ警戒の色を見せたが、制刻の姿を見てその表情にまた別種の驚きを浮かべた。

「おぉん?」
「アンタは……!」

 そしてハシアの姿を目の当りにした制刻と新好地も、程度の差はあれどその顔に驚きの様子を浮かべる。

「ジユウ――だったね?どうしてここに……?」
「奇遇だな。俺もまったく同じ事を訪ねようとしてた」

 ハシアの問いかけの言葉に、制刻は小銃の銃口を下げながら言葉を返す。

「ん?」

 しかし両者が次の言葉を交わす前に、新好地がハシアの背後にもう一人、何者かがいる事に気付いた。

「ううっ……」

 ハシアの背後に居たのは、長い髪をした十代後半程と見られる娘だった。視線を向けられた彼女は、ビクリと見え震わせて、ハシアの背後にその身を隠す。

「あぁ、大丈夫だよニニマさん。彼等は僕の知り合いなんだ」
「は、はい……」

 ハシアはニニマという名らしい彼女に振り向き、怯える彼女を安心させるための言葉を発する。

「誰だその子?向こうの村で会った時には見なかったが……」
「あぁ、この娘は――」

 新好地の疑問の言葉に、返答を返そうとするハシア。しかしその時、彼は何かに感づいた様子を見せ、再び背後を振り向く。

「ッ!話は後で!今は逃げるのが先だ!」
「逃げるって……?」

 新好地はハシアの言葉に疑問を覚えながら、彼の視線を追って道の先を見る。

「なんだありゃ」

 制刻が声を上げる。
 道の先に見えたのは、人の集団だった。
 しかしその様子はどこか妙であった。彼等は密集した隊形を取り、いずれも緩慢な足取りでこちらへ向かってきている。よくよく観察すれば、彼等の顔色は健常な人間のそれとはかけ離れており、眼は血走り、あるいは白目を剥き、その口からは涎を垂らしている。
 そして何より、機敏さを感じさせない動きでありながら、彼等からは明確な害意が見て取れた。それは捕食行為を行う生物が発するそれと、同様の物であった。

「おい冗談だろ……!?」
「驚きだな」

新好地と制刻はそれぞれ発する。
先に見える存在を目の当たりにして、彼等の脳裏に浮かんだのは、〝ゾンビ〟〝グール〟〝アンデッド〟等といった言葉だった。

「オオオーーー……」

 ゾンビの集団は、呻き声のような物を上げながら、こちらとの距離をゆっくりと詰める。
 それに対して新好地はショットガンを、制刻は小銃をそれぞれを構え、接近する集団へその銃口を向ける。

「ダメだ、やめてくれ!あれはこの村の人達なんだ!」

 しかしそこで、銃の効力を知るハシアが、制止の声を上げた。

「そうは言っても……あれ、こっちをどうにかする気満々だぜ……!?」

 ハシアの言葉を受けた新好地は、しかし困惑の声を上げる。

「とにかく今は逃げるしかない……君達も来てくれ!」

 ハシアは発すると、ニニマの手を取って走り出す。
 致し方なく、制刻と新好地も身を翻してハシアの後を追った。



 制刻等とハシア達は集落内の通る道を駆ける。
 ハシアがニニマの手を引きながら先を行き、制刻と新好地がそれに追走している。

「この村で何が起こったんだ?」
「詳しい事は何も分からない……僕達も、少し前にこの村に到着したばかりだから……!」

 制刻とハシアは駆けながら言葉を交わす。

「そういやお前さん、お仲間はどうした?」
「あぁ、ガティシアとイクラディは別行動中なんだ。アインプは……」

 ハシアは一瞬言葉を詰まらせた後に、表情を曇らせて説明を始める。
 ハシア等は少し前にこの集落に到着し、そこで異様な状態の村人達に囲われているニニマを発見。ハシアの仲間である斧使いの女性――アインプは、ハシアとニニマの脱出を助けるために、囮となり別方向に逃げたという。

「マジかよ……それ、ヤバいんじゃないか……?」

 ハシアの説明を聞いた新好地が零す。

「今の俺等の状況も、ヤベェモンだがな」

 言葉を交わしながら駆け続ける四人。
 だが進路上の民家の影から、別の多数の人影が姿を現したのは次の瞬間だった。

「げ!」

 新好地が声を上げる。
 現れた多数の人影は、後方から迫る村人達同様、健常な人間のそれではない風貌で、こちらへ向かって緩慢な動きで向かって来た。

「まずい前後から挟まれたぜ!」

 新たに現れたゾンビの集団と、背後から迫るゾンビの集団により、制刻等は進路と退路の両方を塞がれる。

「屋根だ。屋根に上がれ」

 そこで制刻が横にある住居の屋根を指し示しながら発した。

「ハシア、お前さん飛べたな?その娘を連れて屋根に飛べ」
「あ、ああ……!ニニマさん、掴まって!」
「は、はい……!」

 ハシアはニニマを抱きかかえると、その人間離れした跳躍力で住居の屋根へと飛んだ。

「新好地、ブーストするから先に上がれ」
「あぁ……!」

 新好地は制刻の差し出した手の平にその片足をかける。制刻は自らの手に収まった新好地の足を掴み保持すると、勢いを付けて新好地の身を放り投げるように持ち上げた。瞬間に同時に伸ばされた新好地の手は、住居の屋根の縁まで届き、彼の手は屋根の縁を掴む。そして新好地は懸垂の要領で自身の体を持ち上げ、屋根の上へと這い上がった。

「制刻、ほら!」

 屋根に上がった新好地は、そこから未だ地上に残る制刻に向けて手を差し出す。制刻は助走を付けた後に跳躍。その巨体に見合わぬ軽やかな跳躍を見せ、差し出された新好地の腕を掴む。

「ッ……!」

 制刻の巨体が持つ重量に、新好地は顔を顰める。

「無理はすんな」

 制刻は言いながら、新好地の負担を減らすべく、空いた片腕で屋根の縁を掴み、自らの体重を支える。

「なんの……ッ!」

 新好地は発しながら全身に力を込め、制刻の体を持ち上げる。そして制刻自身も先の新好地同様、懸垂の要領で自身の体を持ち上げ、屋根の上へと這い上がった。

「あいつら……登ってこれねぇみたいだな」

 新好地は地上を見下ろしながら発する。
 前後から迫っていたゾンビの集団は、先程まで制刻等がいた場所で合流。その場で密集し、こちらを見上げながら緩慢な動作で蠢いていた。

「よし……このまま屋根伝いに村の出口を目指そう」

 ハシアがそう発したが、言った彼の顔には、どこか後ろめたさを感じているような色が浮かんでいた。

「ハシア、連れの姉ちゃんは大丈夫なのか?」

 ハシアの内心を察した制刻が、彼に向けて発する。

「あぁ、もちろん心配だよ……。けど、アインプは自ら囮になってくれたんだ、それを無碍にはできない。ニニマさんを安全な所まで連れて行くのが最優先だ」

「そうか。なら、とりあえずとっととここを出るか」

 制刻は言ったが、その直後に彼等を事態が襲った。

「あん?――新好地、姉ちゃん、避けろ!」

 何かに気付いた制刻は発し、同時に身を捻る。

「ッ!」
「キャッ!?」

 制刻の声に反応し、新好地はニニマを抱き寄せてその身を後ろへ引く。
回避行動を取った両者の間を、何かが飛び越えて言ったのはその次の瞬間であった。

「な、何だ!?」

 ハシアが声を上げ、そして四人の視線が、その何かが飛び越えて行った先に集中する。
そこにいたのは、一人の〝おそらく〟人間であった。
 おそらくというのは、その人間の外見と状態にあった。その人物は、四つん這いの姿勢でこちらと相対し、肌は先のゾンビ化した村人達と同様に異常な色をし、なおかつボロボロ。血走った眼をこちらへ向け、歯と歯茎を剥き出しにしている。
 その姿は、人と言うよりもまるで獣であった。

「何だコイツ!?」

 新好地は起き上がりながら叫び、そしてショットガンをその獣のようなゾンビに向けようとする。

「ギギャァァァッ!」

 しかし新好地の態勢が整うよりも早く、そのゾンビは奇声と共に新好地とニニマに向けて飛び掛かった。

「いやッ!」
「ッ!」

 ニニマは目を伏せ、新好地はニニマを庇うように防御姿勢を取る。

「ギェッ!」

 しかし次の瞬間、そのゾンビは奇妙な悲鳴と共に、横へと吹き飛び、屋根の上に叩き付けられた。見れば、その横には蹴りを放った直後の姿勢の、制刻の姿があった。

「ギェェ……!ギェッ!」

 獣のようなゾンビはすかさず起き上がろうとしたが、その前に制刻に踏みつけられ、短い悲鳴を上げた。

「大丈夫か?」
「すまん制刻、助かった……」
「素早いヤツだ」

 制刻は新好地と言葉を交わしながら、小銃を構えてその銃口を獣のような人物へと向ける。

「ま、待つんだ――!」

 それを見たハシアが声を上げ、止めにかかろうとする。

「ハシア、この個体の素早さと狂暴性を見ただろ。流石にこれを相手に不殺を貫くのは、困難だし危険だ」

 しかしそれに対して、制刻はハシアに視線だけを送り、そして説くように発する。

「だな。それに――これはもう、人として生きてるとは言えないぜ……」

 制刻の横に立った新好地が、足元で暴れる獣のようなゾンビに視線を落としながら言う。

「そんな……でも……」

 ハシア自身も、そのことを分かってはいたのだろう。
 だが彼の倫理観が、元は罪なき村人であったであろう目の前のゾンビを、殺傷するという行為に抵抗を見せる。
 しかし、無慈悲にも彼の覚悟が整う前に、小銃の引き金が制刻の手により引かれ、一発の発砲音が響き渡った。心臓に5.56㎜弾が撃ち込まれ、その獣のようなゾンビは「ギェ」という悲鳴を上げて一度痙攣し、動かなくなる。

「ひ……!」

 その光景を目の当たりにし、ニニマが表情を強張らせて悲鳴を上げる。

「ッ……!」

 そしてハシアは割り切れないといった様子の、険しい表情を浮かべていた。

「ハシア。思う所はあるだろうが、今は考える余裕はねぇようだぞ」

 そんなハシアに、制刻は言葉を掛けながら、視線で先の方向を指し示す。
 ハシアがそちらを見れば、今しがた倒された人物と同様の、元は村人であったのだろう獣のような姿勢の者が二体、屋根を伝って跳ねるように駆けながら、こちらへと迫って来る姿が見えた。

「お前さんはその姉ちゃん守ってろ。あれは俺等で相手する」

 発すると同時に制刻は小銃を構え、迫る獣のようなゾンビ達に向けて発砲した。
 三点制限点射で撃ちだされた三発の5.56㎜弾は、接近する二体の内の片方に命中。中空で5.56㎜弾を受けたそのゾンビは、着地に失敗して屋根の上にべしゃりと突っ込み、動かなくなった。
 四足で走るゾンビのその速度は速く、その間にもう一体がこちらとの距離を詰める。しかし、その一体を待ち受けていたのは、新好地の使用するショットガンによる水平射撃だった。
 撃ちだされた散弾群は間近に迫っていたその個体に直撃。散弾はその個体の肉を削ぎ、肉に食い込む。そしてその衝撃によりゾンビは、強制的に逆方向に押し戻され、屋根の上に倒れて動かなくなった。
 迫っていた二体のゾンビを撃退した自衛等だが、直後に彼等の耳が新たな異音を捉える。

「横だ」

 制刻が発すると同時に、制刻と新好地はそれぞれ左右を向き、屋根の縁に視線を向ける。そこから、獣のようなゾンビが、まるで猿のように這い上がって姿を現し、そして両側から飛び掛かって来た。しかし、先と同様に新好地がショットガンの引き金を引き、ゾンビの内一体は、散弾を諸に受けて吹きとばされる。
 その反対側では制刻が、同様に飛び掛かって来たもう一体の個体に蹴りを入れていた。鳩尾に戦闘靴を叩き込まれたその個体は、吹っ飛びそのまま屋根の下へと落下していった。

「……ッ」

 傍らでは、ハシアが複雑そうな面持ちでその様子を見守っている。
 そんな彼が、背後に気配を感じたのは次の瞬間だった。

「ひッ!」

 同時にニニマの悲鳴が上がる。
 ハシアが背後に振り向いて見れば、こちらへむけて飛び掛かって来る、二体の獣のようなゾンビの姿があった。

「ッ!」

 ハシアはニニマを庇って前に出て、飛び掛かって来たゾンビを愛用の大剣で受け止め、押しのける。
 だが一帯を退けた直後に、もう一体がハシアに向かって飛び掛かって来た。

 「く……ッ!」

 交互にハシアに向けてハシアに襲い掛かる二体。対するハシアは未だ躊躇いがあるのか、防御一転倒となり攻撃に転じられずにいた。

「ハシア、躊躇うな」

 しかしそこへ、制刻の言葉がハシアへ飛ぶ。発した制刻の手にはゾンビが一体捕まえられており、そして屋根の下に放り捨てられる。

「ッ――でやぁぁぁッ!」

 言葉を受け、ハシアはついに攻撃に転じた。
 何度目かの飛び掛かり攻撃を仕掛けて来たゾンビを押しのけ、その動作から流れるように愛用のその大剣を構え直し、そして二体のゾンビに向けて横一文字に思い切り薙いだ。
 放たれた斬撃は二体のゾンビの胴を連続して裂き、真っ二つにした。胴を裂かれて真っ二つになったゾンビ達は、一体は屋根の上に落下し、一体は屋根の下へと落下していった。

「……ッ」
「それでいい」

 苦悶の表情を浮かべて元は村人だった者の体を見下ろすハシアに、制刻は発する。

「く……すまない……」
「仕方ないさ……」

 そして村人の体に向けて謝罪するハシアに、新好地が慰めの言葉を掛けた。

「一区切りついたようだな、行くぞ」

 制刻が発し、四人は村からの脱出を目指して屋根の上を掛け出した。



 屋根の上を一列の隊形を取って掛ける制刻等。
 数軒分の屋根を伝った所で、その事態は起こった。

「ギェアアアッ!」

 唐突に響く生理的嫌悪を煽る叫び声。
 それと同時に、獣のようなゾンビが屋根の縁から再び姿を現し、飛び掛かって来た。その個体の狙いは、列の三番目に位置していたニニマだ。

「――!」

 ニニマは意識せずに反射で身を捩り、辛うじてゾンビの振るわれた爪は空を切る。

「――あ!」

 しかし不安定な屋根の上で身を捩ったニニマは体勢を大きく崩す。
 そして彼女の身体は、屋根の上から放り出される――。

「嬢ちゃんッ!」

 瞬間、殿を務めていた新好地が屋根の縁から飛び出し、彼女の身体を抱き寄せた。そして新好地は中空で体を捻り、自分の体を下にする。そのまま二人は、地上へと落下。

「なッ!」
「チ」

 振り向き、事態に気付いたハシアは驚愕。制刻は舌打ちを打ちながら、小銃を構えて身を翻し、現れたゾンビに向けて発砲。ゾンビを排除した。

「なんてこった!二人が……!」
「しゃあねぇ、俺等も降りるぞ」
「あ、あぁ……!」

 制刻は落下した二人を追って屋根から飛び降り、ハシアもそれに続いた。



「――あれ……わたし……?」

 家屋の上から落下したニニマは、しかし自分が思う程体にダメージを受けていない事に気付き、その目を開く。
 そして半身を起こし、その理由を知った。
 彼女は新好地に抱きかかえられていた。そして新好地は彼女を庇い、自分の体を下にして落下したのであろう、地面に体を横たえて苦悶の表情を作っていた。

「嘘――!?だ、大丈夫ですか!?」

 事態を把握してニニマは驚愕し、そして新好地に声を掛ける。

「あぁ……大丈……ヅッ!」

 ニニマに返そうとした新好地は、しかし言い切る事が出来ずに苦痛の表情を作り声を上げる。

「そんな……私を庇って……!」

 新好地の状態に、ニニマは顔を青く染めて狼狽える。

「新好地」
「ニニマさん!」

 そこへ制刻とハシアが屋根の上から飛び降りてきて合流する。

「二人とも大丈夫か!?」
「私は大丈夫です……!でも、この方が……!」

 ニニマの言葉を受け、制刻は新好地の側に屈み、彼の状態を確かめる。

「うまく落ちたな、骨は折れてねぇ。だが、体を強く打ってる。まともに動けんのに少しかかるな」
「ごめんなさい……私のせいで……」

 制刻の診察の結果を聞き、ニニマは狼狽えながら謝罪の言葉を述べる。

「よせよ……嬢ちゃんのせいじゃ……ッ!」

 そんなニニマに、新好地は彼女の非を否定する言葉を掛けようとするが、それは再び走った痛みにより遮られる。

「あぁ、無理にしゃべんな」

 制刻は新好地に言うと、彼の体を片腕で軽々と担ぎ上げる。

「ハシア、姉ちゃんを連れて屋根の上に戻れ。俺等も――」

 言いかけた制刻は、しかしそこで気配に気づいて視線を上に向ける。

「ッ!」

 制刻の視線を追って上を見上げハシアは、目に映った光景に表情を険しくする。周辺の家屋の屋根の上には、どこからそんなに湧いて出たのか、10体以上の獣のようなゾンビが姿を見せ、揃ってこちらを見下ろしていた。

「ゆ、勇者様ッ!皆さんッ!」

 さらにそこへニニマが声を上げる。
 彼女はその顔を青ざめさせながら、首をその場から伸びる道の前後へとしきりに向けている。その視線を追うと、道の両方向から、緩慢な動きでこちらへ迫るゾンビの集団の姿が目に映った。

「囲まれたッ!?」
「チ」

 ハシアが叫び、制刻は再び舌打ちを打つ。

「しゃあねぇ、家ん中だ」

 制刻は発すると同時にすぐ傍にあった家屋に近づき、玄関の扉を蹴破り内部へと踏み入った。ハシアとニニマは一瞬躊躇したものの、四方より迫る村人達からの圧に押され、制刻に続いて玄関を潜った。

「ハシア、入り口を塞ぐぞ」

 言った制刻は新好地を家屋内の壁に寝かせると、代わりにその傍にあった箪笥を掴んで玄関口まで引きずり、玄関を塞ぐように倒す。ハシアもそれに習い、家屋内に置かれていたテーブルを持ち上げ、玄関口へと立てかける。ニニマも手伝い、制刻等は家屋内の物を手当たり次第に玄関口や窓を塞ぐように積み上げ、即席のバリケードを完成させた。
 外からは、壁を叩いたり引っかいたりするような音が聞こえてくる。家屋前に集まったゾンビ達が、中に入ろうと試みているのだろう。

「長くは、持たねぇな」
「裏から出れないかな……?」

 ハシアの提案を受け、制刻等は屋内の部屋を通って裏へと回る。

「ひ……!」

 しかし裏口のある部屋に出た所で、ニニマが今日何度目かの悲鳴を上げる。そこで目に映ったのは、窓に張り付く大量の村人の姿だった。

「くッ、裏もダメか!」
「しゃあねぇ」

 制刻は呟くと、インカムを口元に寄せて無線通信を開く。

「――〝ハシント〟、ジャンカー4-2だ。集落ん中でヤベェやつ等に囲まれて、おまけに新好地がダウンした。突入してくれ」
《何だと?――了解だ。ただちにそちらへ向かう》

 発した応援要請には、河義の声で返信があった。

「な、何を……?」

 一方、突然一人で喋り出した制刻に、ハシアとニニマは不可解な視線を向けている。

「応援を呼んだ。来るまで持ちこたえるぞ」

 しかし制刻は意に介せず、二人に要点だけを伝える。
 バキッ、という破壊音と共に裏口が破られ、村人達がなだれ込んで来たのはその次の瞬間だった。

「オオオーー……」

ゾンビ達は家屋内に侵入すると、緩慢な動きでこちらへ向かって来る。

「くッ!」
「来たか」
「ニニマさん、奥に隠れて!」
「は、はい!」

 ハシアはニニマに促す。
 そして制刻は小銃のセレクターを単発射撃に合わせて構え、押し入って来たゾンビに銃口を向けて引き金を引いた。撃ち出された5.56㎜弾は、先頭に位置していたゾンビの頭部に命中。ゾンビはのけ反り、崩れ落ちる。それを確認した制刻はすかさず後続のゾンビに狙いを移し、発砲。それを繰り返し、ゾンビを五体、六体と倒してゆく。
 しかし押し入って来るゾンビ達が収まる気配は無い。どころか、裏口の隣に設けられていた窓が破られ、そこからもゾンビ達がなだれ込んで来た。

「チ。ハシア、そっちは任せた」
「あ、あぁ……!」

 会話を交わす間に、ゾンビは窓枠を乗り越えて、というよりも後続に押された末にボタリと転がり落ちるようにして屋内に侵入して来た。
そして緩慢な動きで立ち上がると、目の前にいたハシアに群がり始める。

「……恨んでくれて構わない――はぁぁッ!」

 ハシアは小さく発すると、次の瞬間に、その手に握っていた大剣を薙いだ。狭い室内で薙がれた大剣は、侵入して来たゾンビ達の胴や首を切断。室内に数体分のゾンビ達の部位が散乱した。
 その調子で、制刻とハシアは続々と侵入して来るゾンビ達を捌いてゆく。
 二人の耳が、背後に何らかの倒壊音と発砲音を聞いたのはその時だった。

「新好地か?」
「ッ、行ってくれ!ここは引き受ける!」
「悪ぃな」

 背後をハシアに任せ、制刻は家屋の表側へと戻る。そして制刻の目に飛び込んで来たのは、倒壊した家屋の壁からなだれ込んでくるゾンビの群れだった。

「クソ……ッ!」
「――ッ!」

 そして横に目を向けると、体を横たえた状態でショットガンをゾンビへ向ける新好地と、その新好地の体を必死に引きずっているニニマの姿があった。

「チ、破られたか。姉ちゃん、代わるから下がれ」

 制刻は本日何度目かも知れない舌打ちを打つ。そしてニニマを下がらせると、彼女に代わって新好地の戦闘服の背中を掴んで、彼の体を引きずり出す。

「これ……まずいぞ……!」
「かもな」

 言葉を交わした二人へ、なだれ込んで来たゾンビ達が殺到する。新好地は引きずられながらショットガンをゾンビに向けて撃ち、制刻も新好地を引きずりつつも、片手で小銃を器用に撃ち、迫るゾンビを倒す。
 そして二人は隣の部屋とをつなぐ扉口までたどり着く。

「ギャァァァァッ!」

 しかしその時、不快な鳴き声と共に、緩慢な動きのゾンビ達の足元を潜り抜けて獣のようなゾンビが姿を現す。獣のようなゾンビは、その素早い動きで距離を詰め、制刻等に向かって飛び掛かって来た。

「うるせぇ」
「ギェッ!」

 しかし制刻は新好地の肩越しに蹴りを放ち、獣のようなゾンビを蹴り飛ばした。
 蹴とばされた獣のようなゾンビは、背後のゾンビの集団へ突っ込み、まるでボウリングのいうに数体のゾンビをなぎ倒した。

「ストライクはならずか」

 言いながら制刻は新好地を隣接する部屋へと引きずり込む。
 そして手榴弾を取り出しピンを抜くと、それこそボウリングのボール投げのようなスタイルで、それをゾンビの集団の足元目がけて転がした。
 転がって行った手榴弾は、ゾンビの集団の真ん中で炸裂。爆発と飛び散った破片が、多数のゾンビ達を吹き飛ばした。

「スペアか。まぁまぁだな」

 吹き飛んだゾンビ達を見た制刻は、状況にも関わらず悠長に言う。そして制刻は近くにあった箪笥を引きずって倒し、部屋同士を繋いでいた扉口を塞いだ。

「新好地。ここを見張れ」
「あぁ……!」

 新好地に塞いだ扉口の見張りを任せ、制刻は再び裏口のある部屋へと回る。

「ハァッ!――く……!」

 そこではハシアが、殺到するゾンビ達に押され、扉口の傍まで追い込まれていた。
 部屋の床にはハシアが倒したと思しき、無数のゾンビ達の体が転がっている。しかしそれ以上の数のゾンビ達が、部屋内を蠢き迫っていた。

「ハシア、これ以上はいい。こっちに引け」
「ッ、すまない……!」

 ハシアを隣接する部屋内に引かせ、制刻は先と同様に箪笥や家具を引きずり倒して、バリケードを築く。
 しかし、扉口に殺到したゾンビ達の伸ばした無数の手が、バリケードの隙間から突き出された。

「あぁ、うぜぇ」
「数が多すぎるッ!」

 それぞれ言葉を発しながら、制刻とハシアは鉈や大剣を用いて、ゾンビ達の腕を切り、あるいは押し戻そうとする。

「こっちも破られそうだッ!」

 反対側で新好地が叫び、同時にショットガンの発砲音が聞こえる。
 新好地が見張っていた側も状況は同じであり、先に築かれたバリケードの隙間からは無数のゾンビ達の腕が覗き、バリケード事態もゾンビ達の圧により、今にも破られそうであった。

「ニニマさん、部屋の隅に!」
「は、はい!」

 ハシアに促され、ニニマは部屋の隅に退避する。

「いよいよもってヤバいぞこいつは……ッ!」
「手を休めるな、攻撃を続けろ」

 新好地が再び叫び、制刻が返す。
 各バリケードや壁はミシミシの音を立て、彼等の立て籠った部屋内に踏み込まれるのも、時間の問題だった。

「くッ……これ以上は……!」

ハシアが苦悶の表情で言葉を零す。

《ジャンカー4-2応答しろ!ハシント、矢万だ!》

 制刻と新好地の装着するインターカムに、通信が飛び込んだのはその時だった。

「来たか」

 ついに部屋内へと侵入して来たゾンビ達を捌きながら、制刻は呟く。

《集落内に突入したが――どうなってんだこりゃ!?》

 通信越しに、矢万の困惑の声が聞こえてくる。おそらくゾンビの集団と、それに囲われている家屋を外から確認したのだろう。

《こちらは、日本国陸隊です!現在の行動を直ちに中止し、道を開けてください!》

 そして拡声器越しの河義の広報の声が、家屋の外から聞こえてくる。

「河義三曹、そいつらはいわゆるゾンビです。呼び掛けは無意味です」

 それを聞いた制刻は、インターカムを用いて河義に向けて発する。

《何だと……!?ゾンビ……!?》
「えぇ。すでに人として生きてるとは言えない、動く屍です」

 河義の驚く声が無線越しに聞こえ、制刻はそれに答える。

「こっちはゾンビ共に囲まれてヤバイ状況です。指揮車で家屋に突っ込んで、俺等を回収して下さい」
《ッ――了解。東側から家屋に突っ込む、注意しろ》

 制刻の要請に、河義一瞬ためらいの間を見せたが、すぐに了承の言葉を返す。

「おし、来るぞ」
「く、来るって――?」

 制刻の言葉に、剣を振るいながら困惑の声を零すハシア。
 だがその直後、彼等の耳がゾンビ達とは別の、異質な唸り声のような音を捉える。そして次の瞬間、家屋の壁が倒壊。指揮通信車がその巨体を屋内に捻じ込み、群がっていたゾンビ達を跳ね飛ばし、コンバットタイヤで引き潰して姿を現した。

「うわッ!?」
「きゃぁッ!?」

 突然現れた異質な姿の指揮通信車に、ハシアやニニマは驚きの声を上げる。

「こ、これは……!?」
「落ち着け、さっき言った俺等の応援だ」

 困惑し、同時に警戒の色を見せたハシアを、制刻は落ち着かせる。
 指揮通信車は制刻等とゾンビ達の間に割り込んで壁となり、さらに車体前方でMINIMI軽機に付く策頼が、ゾンビ達に向けて掃射を開始し、ゾンビ達はなぎ倒されてゆく。

「制刻、新好地、大丈夫か!」

 そして車体横に設けられた搭乗員用ハッチが開かれ、そこから河義が顔を出した。

「って、あなたは――!」

 河義はそこで、ハシアの姿を目にして、驚いた様子を表情に浮かべる。

「河義三曹、後にして下さい。今はここから脱出するのが先決です」
「あ、あぁ……!」

 しかし制刻に言われ、河義のハシア等についての言及は後回しとなる。

「ハシア、姉ちゃん、指揮車に乗れ」

制刻は新好地の体を担ぎ上げながら、ハシアとニニマに向かって言う。

「あ、あの……これは一体……!」
「大丈夫だ。とにかく、助かりたければ早く乗れ」
「は、はい!」

 ニニマは最初、戸惑う様子を見せたが、制刻の言葉を受けて指揮車の搭乗員用ハッチに駆ける。
 ハシアとニニマは河義等の手を借りて指揮通信車に乗り込み、さらにダウン状態にある新好地の体が担ぎ込まれる。

「策頼、右のやつ等を掃射しろ!俺は左のやつ等をやる!」
「了」

 そして彼等を収容する間、MINIMI軽機に付く策頼と、50口径12.7㎜重機関銃に付く矢万が、ゾンビ達に各銃器を向けて掃射を行う。

「オオオーー……オ゛ッ――!」

 ゾンビ達は苛烈な機銃掃射を受けて、次々に弾け飛び、退けられて行った。

「制刻さん、皆さん収容完了しました!」

 ハシア等の収容が完了し、外で接近するゾンビ達を蹴散らしていた制刻に向けて、出蔵が乗員用ハッチから顔を出して告げる。

「おし。矢万、出せ」

車上の矢万に発すると同時に、制刻は指揮通信車の屋根に飛び乗る。

「鬼奈落、離脱だ!」
《了解》

 矢万が操縦手の鬼奈落に指示を出し、鬼奈落の操作により指揮通信車はエンジン音を唸らせて後進を開始。家屋内を倒壊させ、コンバットタイヤでゾンビ達を引き潰しながら、家屋から離脱する。
 指揮通信車が外へと出た瞬間、車体の上にドサリと一体のゾンビが落下して来た。

「ギェアアアアッ!」
「おわッ!?車体の上に!」

 落下して来たのは獣のようなゾンビだ。ゾンビは車体の上で不快な鳴き声を上げ、その姿に驚いた矢万が、12.7㎜重機関銃をゾンビに向けて旋回させようとする。

「ギェアッ――!?」

 しかしそれよりも速く、獣のようなゾンビの頭部に鉈が叩き下ろされ、ゾンビから奇妙な悲鳴が上がる。

「無賃乗車は、お断りだ」

 鉈を叩き下ろしたのは制刻だった。
 獣のようなゾンビは車体の上にべしゃりと崩れ落ち、動かなくなる。
 指揮通信車はゾンビの体を車体上に乗せたまま、他の周辺に蠢くゾンビ達を跳ね飛ばし、集落から脱出した。
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