―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

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チャプター1:「異世界への降着 ―異質な〝ヤツ〟と中隊―」

1-7:「山賊拠点戦」

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「あの兄ちゃんにも困ったもんだ」

 小型トラック上で制刻が呟く。
 避難区画を発して町を出た4分隊各員の乗る小型トラックは、程なくして山賊の根城とする山へとたどり着いた。
 今現在は、山の中を通る小さな道を登り進んでいる。

「おい、あれを見ろ」

 小型トラックが山の中腹へ差し掛かった所で、鳳藤が声を上げる。視線の先に、一頭の馬の姿があった。
 小型トラックは馬の近くまで来て一度停車。各員は周囲を警戒しつつ降車する。

「これは、エティラさんの馬か……?」
「でしょうね。ここで馬を降りて、徒歩で奴らのアジトに向かったんでしょう」

 河義の言葉に、制刻が推測の言葉を発する。

「経過時間的に、すでに奴らの所へ突っ込んでるかもしれねぇ」
「ッ、一足遅かったか……」

 制刻の言葉に、河義は悪態を零す。

「俺等も、踏み込むことになりそうですかね?」

 そう発した策頼は、取り残されていた馬の手綱を取り、その頭を撫でてやっている。それまでどこか寂し気にしていた馬は、策頼を気に入ったのかブルルと嬉しそうに鳴きながら、その頭を策頼へ寄せていた。

「あぁ。こりゃぁ、ハチの巣をつつく事になりそうだな」
「荒事は避けられないか……」

 制刻が山の頂上の方角を一瞥しながら呟き、河義はため息混じりに呟く。

《ジャンカー4、応答せよ。こちらはジャンカーL1、鷹幅(たかはば)二曹だ》

 小型トラックに積んでいた大型無線機から、声が響き出したのはその時だった。

「っと――こちらジャンカー4ヘッド河義」
「増援が来たな」

 河義が無線を取る傍らで、制刻が呟く。無線の相手は、先に要請した増援部隊であった。

《こちらは町に到着し、エンブリーと合流した。それと井神一曹から、こちらの指揮を預かっている、そちらの状況知らせ》
「こちらは敵性集団――山賊の拠点の目前まで来ています――」

 河義は、追跡対象であるエティラがすでに山賊の拠点に単身乗り込んだ模様である事。エティラやさらわれた町の住民を救助回収するため、4分隊もこれより山賊の拠点への侵入を試みる事などを伝えた。

《了解――交戦の許可はすでに下りてはいるが、くれぐれも慎重に行動するように。こちらも再編成が完了次第、そちらへ向かう》

「了解です」

 そこで河義は通信を終えた。

「皆準備しろ、これより敵性集団の拠点に侵入する。場合によっては民間人の救助、保護を伴いながらの戦闘となるやもしれん。その際は十分注意しろ」
「了解」
「了解です……!」
「了」

 各員は返事を返した後に、小型トラックに再乗車。行程を再開した。



 山の頂上にある廃村。
 元々は山に入る山師や猟師の拠点としての役割を担っていた村であったが、現在は山賊達のアジトと成り果てていた。村の各所からは、騒がしく品の無い笑い声や叫び声が上がっている。

「へへ、今日はまったくもって大収穫だったな。笑いが止まらねぇぜ」
「まったくだぜ。特によ、乗り込んで来たあの女、なかなかの上玉だったよな」
「あぁ。最初はやたら強くてビビったが、捕まえたガキを盾にしたら、あっさり降伏しやがったしな」

 村の一角では、二人の山賊がそんな下卑た会話を交わしている。

「へへへ、今夜が楽し――グェッ!?」

 しかし次の瞬間、二人の山賊の片割れが突然悲鳴を上げて、その首から血を噴き出す。山賊のその首は切り裂かれており、山賊は鮮血を噴き出しながら地面に崩れ落ちた。

「な!?何だ――ギェッ!?」

 相方の突然の悲鳴に狼狽えかけたもう一人の山賊だったが、彼もまた直後には悲鳴を上げる。その首には斧が突き立てられていた。

「この、下衆共が……!」

 山賊に突き立てられた斧の柄を握るのは、エティラだ。
 彼は憎悪を込めた言葉と共に、山賊の首に突き刺さった斧を引き抜く。支えを失った山賊の体は、相方同様地面に崩れ落ちた。

「……捕まっている人達を探さないと」

 エティラは二人分の死体を隠すと、村内の捜索を開始した。
 物陰に身を隠し、渡り進みながら、村内を探すエティラ。
 程なくして彼は、一つの小屋を目に留めた。小屋の扉の前には一人の山賊が立ち、退屈そうに欠伸を欠いている。

「あそこらしいな……」

 エティラは見張りらしき山賊の視界に入らないよう、注意を払いながら小屋の側面に回り込む。

「くっそ面倒臭ぇなぁ、捕まえた連中の見張りなんてよぉ……」

 回り込むと、小屋の前に立つ山賊の呟き声が聞こえてくる。

「貧乏くじを引かされ――むぐ!?もぼォ!?」

 山賊は呟きを最後まで発することはできなかった。
 山賊の背後から忍び寄ったエティラが、斧で山賊の口を塞ぎ、そして首を掻き切ったのだ。
 エティラは息絶えた山賊の体を地面へ置き、横へ転がすと、小屋の扉へと向き直った。



「私達、どうなるのかな……」
「わかんないよ……」

 薄暗い小屋の中で、不安げな声が響いている。
 そこにいたのは10人ほどの10代、20代の女子供達だ。彼女達は皆、山賊の手によりさらわれ監禁されている、昇林の町の住民であった。

「く……」

 その中に一人だけ、毛色の違う女性がいた。
 野外での活動に適した動きやすい服装に、軽装の防具を纏っている。
 エティラの相方である、女剣士のセネだ。そしてその両腕は手枷で拘束されていた。
 戻らない相方の身を案じ、そして捕らえられた住民を助け出すため、彼女は山賊の根城であるこの廃村に、単身乗り込んだ。
 山賊を10人ほど屠ったまでは良かった。しかしそこで山賊達は捉えた女子供達を盾として彼女の前に差し出し、手出しの術を失った彼女は、こうして虜囚の身に落ちることとなったのだ。

「おねえちゃん……」

 そんな彼女に、一人の少女がか細い声と共に近寄る。
 彼女こそ、ロナ少年の友人であり、町長の娘である少女、エナであった。

「おいで――大丈夫だ……」

 言葉と共に、セネは拘束された腕で輪を作ってエナの体に通し、彼女を抱き寄せて励ましの声を掛ける。
 ガチャっと、小屋の出入り口から物音がしたのはその時だった。

「ッ!」
「ひ!」

 おそらく山賊が来たのであろう事を予想し、小屋の中で蹲っていた女や少女達は、恐怖で顔を強張らせる。
 そしてセネは抱き留めていたエナを話すと、彼女達を庇うように扉の前へと出る。
 次の瞬間、扉が開かれ、月夜の微かな光が小屋内へ差し込んだ。そして扉の前に現れた人影に、セネは威嚇の鋭い視線を向ける。

「セネか?大丈夫だ、俺だよ――」

 しかし直後の発せられた言葉、そして差し込んだ光に慣れたセネの目が見た、人影の正体に、彼女は威嚇の目は、驚きのそれに変わった。

「エティラ!」

 現れた人影の正体は、他ならぬエティラであった。

「来てくれたのか……いや、そもそもてっきり奴らにやられた物と……」
「まったく、お前は早とちりを……その上一人で乗り込むなんて、なんて無茶をするんだ……」
「す、すまない……最悪の事態が頭によぎって、どうしてもじっとしていられなかったんだ」

 エティラの叱責の言葉に、セネはシュンとした表情を作り、謝罪の言葉を発する。

「まぁいい……」

 エティラはため息混じりに発すると、斧でセネの腕を拘束していた手枷を壊し、彼女を解放してやる。

「ッ……ありがとう、エティラ」
「ともかく、今は皆を――」
「――ッ!エティラ、後ろッ!」

 エティラの言葉を遮り、セネが声を上げたのはその時だった。
 上がったセネの声に、エティラは反射で後ろを振り向く。そして目に映ったのは、彼に向って剣を振り上げる、一人の山賊の姿だった。

「ゲッ!」

 しかし次の瞬間上がったのは、山賊の悲鳴だった。
 山賊の振りかぶった剣が振り下ろされるよりも、エティラの起こした行動のほうが僅差で早かった。彼はとっさに山賊の腹目がけて、肘を後ろに放ち、山賊の剣が振り下ろされるのを阻止したのだ。

「ぎゃッ!?」

 山賊から続けて悲鳴が上がる。エティラは山賊が怯んだ隙に身を翻し、山賊に向かって斧を振るったのだ。

「エティラ、大丈夫か?」
「あぁ、平気だ――しかし……」

 エティラはセネに返しつつも、その視線を小屋の外へと向ける。

「おい見ろ、侵入者だ!」
「野郎、ぶっ殺せ!」

 その視線の先には、異常に気付いたのであろう、複数の傭兵達がこちらへ向かってくる姿が見えた。

「ッ、気付かれたか……」

 迫る山賊達の姿に、エティラは悪態を吐く。

「仕方がない……奴らを倒して、活路を開くしかない!」
「あぁ!」

 エティラの言葉に、セネは答えながら、足元に転がる山賊が持っていた剣を取る。そして二人は、迫る山賊を迎え撃つべく、小屋から駆け出した。
 二人は小屋を出た先に広がる開けた場所の真ん中で、山賊達と対峙した。

「死ねやぁ!」

 距離が迫るや否や、先頭にいた山賊が斧を振りかぶり、猟師に向けて切りかかって来る。

「せッ、はぁ!」
「ぐぁッ!?」

 しかしエティラはそれを軽やかに回避。そして隙のできた山賊の身体に向かって斧を薙ぎ、山賊を切り捨てた。

「おらぁ!」

 エティラのその横から、隙を突いて別の山賊が切りかかる。

「はっ!」

 しかしエティラを狙ったその攻撃は、セネによって防がれ、山賊はセネにより切り倒され、地面へ崩れ落ちた。
 その調子で、二人は迫る山賊達を、一人、また一人と打ち倒していった。

「糞、なんなんだよ……!」
「つえぇぞこいつ等!」

 立った二人の侵入者に、次々と仲間が倒れてゆき、山賊達は狼狽え、浮足立つ。

「これなら――」
「あぁ、皆を連れて脱出できるかも……」

 エティラとセネは背中合わせで山賊達の包囲に対峙しながら、住民達の脱出に光明が見えたことにより、少しの期待感を顔に表す。

「おいおい――景気のいい夜だってのに、面倒事かァ……?」

 しかしその時、山賊達の群れの奥から、一際低い声が聞こえて来た。

「お、お頭……!」

 山賊達の群れが左右に割れ、できた道を一人の男が歩いて来る。
 190㎝はあろう身長に屈強な体躯の大男。山賊の一人が発した言葉から、山賊達の頭のようであった。

「なんだなんだぁ、さっきの女と……野郎も増えてるな。しかし、立った二人相手に何をやってんだぁ、お前等は?」
「で、ですがお頭……こいつ等、なんかやたら強くて……」
「まったく、だらしのねぇ手下どもだぜ。しょうがねぇ、俺が相手をしてやるよぉ」

 手下の有様に呆れ返った様子の言葉を吐く山賊の頭。彼は言うと、肩に担いだ巨大な斧を振り降ろしながら、二人の前へと歩み迫って来た。

「――ッ!」

 最初に攻撃の動きを見せたのはエティラだった。彼は斧を振る予備動作と共に足を踏み切り、そして山賊の頭に一撃を放つべく、飛び掛かった。

「おら」
「な!?」

 しかしエティラの振るった斧は、山賊の頭の翳した斧に、易々と受け止められてします。そして山賊頭は空いた片腕をエティラへと伸ばし、彼のその首を捕まえて、締め上げだした。

「エティラ!」

 そんなエティラを救うべく、セネが剣を振りかぶって山賊頭へ切りかかる。

「おらよ」
「ごほッ!?」

 しかし、彼女の剣もまた、山賊の頭へと届く事は無かった。山賊の頭が振るった大斧の柄が、セネの鳩尾に入り、彼女は鈍い悲鳴を上げながら吹き飛び、そして地面へと叩き付けられた。

「ぐが……あぁ……」

 山賊の頭は地面に叩き付けられたセネを一瞥すると、捕まえたエティラの首をより一層強く締め上げる。

「なんだぁ?どんなもんかと思ったが、大したことねぇじゃねぇか?」

 山賊の頭は、掴み上げたエティラの姿を眺めながら一笑。

「さっすがお頭!」
「奴らが手も足もでねぇぜ!」

 そして周りにいた山賊達が囃し立てる。

「さて、舐めた真似をしてくれた事だし、コイツには町の連中に対する見せしめになってもらうとするかぁ」

 楽し気に言うと、山賊の頭はエティラの首を握る力に、より一層の力を込める。

「ぐぁぁ……」
「やめろ……エティラぁ……!」

 山賊達は屠られる獲物に対してニヤニヤとした視線を集中させる。
 エティラとセネ。二人からは苦し気な声が上がる。そしてエティラの呼吸が限界に達しようとした。
 ――強烈な光がその場に居る全員を照らしたのは、その瞬間だった。



 4分隊の乗る小型トラックは、山頂の廃村へと到着。廃村内に侵入して間もなく、開けた場所に人だかりを発見。

「あれだ」

 河義に代わって助手席に座していた制刻は、小型トラックのヘッドライトに照らされたそれらが、エティラ達と山賊の集団であることを即座に判別。
 そして小型トラックの荷台の上に立つ河義が、拡声器をその口に当て、視線の先の集団に向けて広報を開始した。

「こちらは、日本国陸隊です。全員、ただちに武器を置き、その場で停止しなさい――」



「な、なんだぁ……あれ……!?」

 山賊達は突然現れた奇怪な物体と、響き出した奇妙な音声に、戸惑い出す。

「ッ――なんだぁ?」

 山賊の頭も、突然の光と音声にエティラから注意を反らす。そしてエティラの体を放し、エティラは地面へ落とされた。

「ゲホゲホ……あ、あれは……」

 落とされたエティラは、咳き込みながらも現れた奇怪な物体の正体に感づく。

「お、お頭!なんか変なモンが……!?」
「見りゃぁ分かる。それに、武器を捨てろだぁ?意味の分かんねぇ事を――構わねぇ、お前等やっちまえぇ!」
「「「ヘイ!」」」

 山賊の頭の命令に、山賊達は答える。そしてその得物の標的をエティラ達から、今しがた現れた奇怪な一団へと変え、一斉に駆け出した。



「無駄か……」

 半ば分かり切っていた結果だったが、河義は落胆しながら拡声器を下げる。

「で、河義三曹。いいですね?」

 そんな河義に、助手席の制刻から攻撃の許可を求める言葉が発せられる。

「あぁ――彼等を無力化しろ!」

 河義が許可を出すと共に、助手席と運転席の制刻と鳳藤が構えた小銃が。そして策頼の付くMINIMI軽機が一斉にその火蓋を切った。
 三つの火器が作り出す集中砲火はこちらへ迫る山賊達へと牙を剥き、ヘッドライトの光に照らされた山賊達が、次々に悲鳴と共に倒れてゆく様子が、ありありと分かった。

「ッ、右から新手だ!」

 運転席の鳳藤が叫ぶ。
 小型トラックの右手に目を向ければ、騒ぎを聞きつけたのだろう、立ち並ぶ小屋の影から、新たな山賊の集団が湧き出てくる様子が見えた。
 策頼はMINIMI軽機を右手に旋回させ、新手の山賊達に向けて引き金を引く。
そして新たに現れた山賊達もまた、悲鳴と共になぎ倒されてゆく。

「手榴弾を使う」

 制刻は発し、手榴弾のピンを抜く。そして車上から山賊の集団へ向けて投擲。手榴弾は山賊集団の真ん中に投げ込まれ、炸裂。MINIMI軽機の掃射を逃れた山賊達を吹き飛ばし、四散させた。



「な、何なんだぁ?このふざけた奴らは……!?」

 山賊の頭は、そこで初めて同様の様子を見せる。

「糞――おい、グエス!」
「は、ここに」

 山賊の頭は一人の男を呼びつける。山賊の頭の呼応して物陰から現れたのは、ローブを羽織った低身長の男だ。

「あのふざけた奴らをなんとかしろぉ!こんな時のために、はぐれ魔導士のお前を引き入れたんだ!」
「はは、お任せあれ」

 応えるとグエスと呼ばれた魔導士は、人間離れした跳躍力でその場から飛び立った。



「……敵、沈黙!」

 鳳藤が報告の声を上げる。小型トラックに向けて襲い来る人影は無くなり、周辺には山賊達の亡骸が多数転がっていた。

「これで全部か……?」

 河義が推察の声を発する。

「待ってください」

 しかしそこで策頼が声を上げた。

「2時の方向、小屋の上。人影が見えます」

 策頼の報告の言葉に、各員は該当の方向へ視線を送る。
 見れば、屋根の上にローブ姿の一人の人物がおり、こちらを向いて何やら行っていた。

「あれは、何を――」

 疑問の言葉を発しかける鳳藤、しかし彼女のその右足を、突然鈍痛が襲った。

「痛――わぁ――!?」

 そして悲鳴を上げかけたが、その瞬間に小型トラックは急発進し、その悲鳴すらキャンセルされる。見れば、制刻の足が運転席の足元へと伸び、鳳藤の右足ごとアクセルペダルを踏み込んでいた。今度はブレーキが踏まれ、小型トラックは停車する。

「お前、何をす――」

 抗議の言葉を上げかけた鳳藤だったが、その次の瞬間、背後から鈍い衝撃音が響き聞こえて来た。

「い!?」
「何だ!?」

 突然の衝撃音に、鳳藤や河義は声を上げる。そして各員は小型トラックの背後へと振り向き、そして目を剥いた。
 各員の目に飛び込んで来たのは、地面に突き刺さる長さ2mはあろうかという巨大な鉱石の柱であった。小型トラックが未だに先の位置に留まっていたら、小型トラックは真ん中から貫かれていただろう。

「な、何だこれは!?」

 河義が疑問の叫び声を発する。

「あの屋根の上のヤツの、摩訶不思議でしょう」

 それに応えたのは制刻だ。

「鳳藤、もっぺん位置を変えろ」
「冗談だろう――!」

 叫びながらも、鳳藤は再び小型トラックを再び発進させる。

「ハンドル切れ」
「ッ」

 制刻の指示の声に従い、鳳藤はハンドルを右に切る。進行方向を変えた小型トラックの左手を、再び鉱石の柱が襲来し、地面に突き刺さった。

「ッ――策頼、奴を撃て!」

 河義が指示を下し、策頼は揺れる車上でMINIMIを旋回させ、引き金を引く。
 しかしローブの男は小屋の屋根の傾斜をうまく利用して身を隠しており、撃ち込まれた数発の5.56㎜弾は、全て屋根に阻まれ男への命中弾はなかった。

「チッ。あいつ、うまく身を隠してます」
「糞、位置関係的にも不利か!」

 策頼の報告の言葉に、河義は悪態を吐く。

「河義三曹、ジープで纏まってたんじゃいい的です。バラけて、俺等も身を隠すべきかと」

 制刻は助手席から後席の河義に振り向き、進言する。

「それしかないか――鳳藤、停車してライトを切れ!降車し、散会する!」
「は、は……!」

 指示を受け、鳳藤は小型トラックを停車させてライトを切る。
 小型トラックを夜闇の中に隠し、各員は降車。散会してそれぞれ近場にある遮蔽物を目指し、駆けだした。



「ふふふ、散りましたか。しかし、私のスティア魔法からは逃れられませんよ――!」

 グエスは屋根の上で不気味に笑うと、次に怪し気に呟き出す。

「――鋼よ、心をも貫く鋼よ!愚かなる者達の頭上に、冷徹な裁きを降らせたまえ!」

 それは魔法詠唱だった。
 グエスが詠唱すると同時に、彼の周辺の宙空に、30㎝程の長さの鉱石の針がいくつも現れる。浮遊しているそれらの鉱石針は、次の瞬間、眼下の敵目がけて一斉に撃ち放たれた。



「策頼、前に飛べ!」

 遮蔽物を目指し掛けていた制刻が、前を行く策頼に向けて発する。
 策頼はその言葉を受け、その通りに脚を踏み切り前方に飛ぶ。次の瞬間、そのまま駆けていれば策頼がいたであろう場所に、いくつもの鉱石の針が遅い着て、突き刺さった。

「ッ、ふざけてるな」

 策頼は飛び込んだ先ですかさず体を起こし、背後を一瞥。突き刺さった鉱石針を見て、悪態を吐く。やがて制刻と策頼は一つの小屋の影にたどり着き、そこを遮蔽物としてカバーした。

「やぁれやれ」

 遮蔽物に無事たどり着いた制刻は、呟きながら周辺を見渡す。そして少し離れた位置にある小屋に、同様にカバーした河義と鳳藤の姿を見つけた。
 しかし次の瞬間、河義と鳳藤の隠れる小屋に、鉱石柱が叩き込まれた。
 命中した鉱石柱により、小屋の角が倒壊。寸での所で小屋の影から飛び出した河義と鳳藤は、鉱石柱に貫かれる事こそ免れたが、遮蔽物の何もない場所に身を晒してしまう。

「まずい、河義三曹達が――!」

 遮蔽物から追い出された河義と姿に、策頼が声を上げる。河義と鳳藤は体勢を崩し、すぐには立ちなおせない様子だった。このままでは次の攻撃の餌食だ。

「――いや、どうやら俺等の手番のようだ」

 しかし、制刻はそんな言葉を発する。

「は?」
「聞こえるだろ」

 制刻の言葉に、策頼は耳を澄ます。
 聞こえて来たのは、キュラキュラという鉄の擦れるような音。

「この音は――」

 そして背後を振り向けば、ヘッドライトを煌々照らし、こちらへと向かってくる89式装甲戦闘車の姿があった。



「な、なんですかあれは――!?」

 突然合わられた謎の怪物に、困惑の色をその顔に見せるグエス。

「ええい、奇妙なバケモノめ……私のスティア魔法で貫いてくれます――!」

 しかしグエスは気を持ち直し、そして対象を怪物へと移し、魔法詠唱を始めた。



 昇林の町で増援と合流、再編成を完了した装甲戦闘車は、4分隊を追って山を目指し、たったいま山頂の廃村へたどり着いた所だった。

「車長、4分隊が散会しています」

 ヘッドライトに照らされた視線の先で、小型トラックを降りて散会している4分隊の姿を目視し、砲手の髄菩が報告の声を上げる。

「あぁ、見えてる。あれは何かと対峙してるな――」

 呟く穏原。
 その次の瞬間、彼の目がペリスコープ越しに、攻撃を受けて遮蔽物から追い出される河義と鳳藤の姿を捉えた。

「!――あれは何かまずそうだぞ!」

 その光景に、異常事態を察する穏原。その次の瞬間、彼のつけるインターカムに通信が飛び込んだ。

《エンブリー、こちらジャンカー4の制刻。丁度いいタイミングで来たな、屋根の上にいる野郎を早急に弾いてくれ》
「屋根の上?――あれか?」

 穏原は通信の言葉を頼りに立ち並ぶ小屋の上に視線を向け、その一つの上に立つローブ姿の人影を見つける。

「ジャンカー4、確認した。あれは――」

 詳細を確認しようと返信を返そうとした穏原。しかし次の瞬間、ガゴン、という鈍い衝突音のような音と共に、装甲戦闘車と搭乗している各員を、衝撃が襲った。

「ッ――!?何事だ!?」
《何かに被弾したようです》

 穏原の疑問の言葉に、操縦手の藩童の、状況にも関わらない冷静な返答が返って来る。

《エンブリー、奴は鉱石で出来た砲弾みてぇな摩訶不思議を飛ばしてくる。繰り返すぞ、ただちに奴を弾いてくれ》

 そして通信越しに、制刻から明確な回答が返って来る。
 その間にも小屋の上の相手は再び準備を終えたのだろう、再び鉱石の柱が飛来し、装甲戦闘車の車体前面に直撃した。
 しかし、鈍い衝撃こそ伝わってこれど、装甲戦闘車のその堅牢な装甲と高い被弾傾斜により鉱石柱は弾かれ、車体に有効なダメージは一切通っていなかった。

「ッ――なんとなく理解した。髄菩、損害は?」
「各種システムに異常無し。砲塔、及び35㎜機関砲の動作正常」
「了解――目標は小屋の上の人物。機関砲の使用を許可する。あれは脅威だ、確実に仕留めろ」
「………了解」

 髄菩の操作により、砲搭は旋回して二時の方向を向く。そして砲身が仰角を取り、髄菩は照準に屋根の上の男を捉える。
 そして、トリガーを引いた。



「ば、馬鹿な――私のスティア魔法がことごとく……そんな……」

 自分の自慢であった魔法攻撃が一切通用しない怪物に、グエスは狼狽える声を上げる。
 そんな彼の目が次の瞬間、破裂音のような物と共に、怪物の嘴のような物の先で光が瞬く様子を捉える。
 それが、彼が見た最後の光景となった。

「何を――びょッ――」

 数発の35㎜機関砲弾がグエスの身に襲い掛かった。数発は、遮蔽物となっていた屋根を貫通し、その先に居たグエスの体を貫く。数発は屋根に着弾し信管が作動。炸裂し、屋根ごとグエスの体を吹き飛ばす。二種類の暴力により、グエスの体はまるで紙のように千切れ飛んだ。



「派手に弾け飛んだな」

 魔導士のグエスが機関砲弾の直撃を受けて四散した様子を確認し、制刻は呟く。そして遮蔽物としていた小屋の影から出て、河義と鳳藤の元へと歩き向かう。

「河義三曹。大丈夫ですか?」
「あぁ……危うく串刺しにされるところだった……」

 河義は言いながら垂れた一筋の汗を拭う。その隣では転倒していた鳳藤が体を起こしていた。
 そんな彼等の元へ、装甲戦闘車が近づいて来た。

「皆、大丈夫か?」

 砲塔上のキューポラからは穏原が上半身を乗り出し、制刻、河義等に向けて尋ねてくる。

「えぇ、なんとか」

 穏原のその言葉には、制刻が返事を返した。制刻等が会話を交わす一方で、

「とんでもなかったな――最初に食らった時は何かと思ったぞ」
「あまり愉快じゃねぇ、摩訶不思議体験でしたね」

 装甲戦闘車からは、車体後部の隊員用スペースに搭乗していた隊員等、一個分隊6名が、後部の扉を開いて降車して来る。
 さらに操縦士用座席の後ろに設けられた分隊指揮官用の座席から、分隊指揮官である峨奈三曹がハッチを這い出て、車体から飛び降りた。

「3分隊、展開し周囲を警戒しろ」

 降車した隊員等は峨奈の指示の通り、装甲戦闘車の周りへ展開し、四周の警戒を開始した。

「――そうだ、エティラさん達は?」

 味方の到着より少しばかりほっとした河義は、そこでエティラ達の事を思い出す。
 視線をエティラ達が倒れていた方向へ向けると、彼等は山賊の頭から受けたダメージから幾分か立ち直ったのか、その身を起こそうとしている所だった。
 河義等は周辺への警戒を装甲戦闘車と3分隊に任せ、エティラ達の元へと駆け寄った。

「エティラさん、大丈夫ですか?」

 河義は立ち上がろうとするエティラへ手を貸す。

「あぁ……あんたら、来てくれたのか……」

 エティラは河義の手を借りながら、隊員等が来たことに若干驚いた様子で発する。

「ったく、無茶をしたな。兄ちゃんも、人の事言えねぇぜ」
「すまない……」

 制刻の言葉に、エティラは申し訳なさそうに発した。

「エティラ、どうなってるんだ……?この人たちは一体……?」

 そこへエティラの元へ、セネが駆け寄って来る。彼女は突然現れた隊員等に驚き、そして若干の警戒の色が含まれた視線を向けていた。

「俺も詳しい事は知らない……だが、今日だけで俺は二回も彼等に助けられた。命の恩人だよ……」
「そ、そうか……」

 セネは未だ訝し気な目で隊員や装甲戦闘車に視線を向けていたが、エティラの言葉で一応の信用はしたようだ。
 その時、各員の耳が装甲戦闘車とは別の、近づいて来るエンジン音を捉える。
麓へ下る道がある方向へ視線を向ければ、その先からジープベースの小型トラックが一輛と、大型トラックが二輛、走り込んでくる様子が見えた。

「第1小隊が来たか」

 河義が発する。
 計三両の車輛は装甲戦闘車の近くまで来て停車。トラックからは第1小隊の1分隊、2分隊の各隊員が降車し、周囲へ展開を始める。

「1分隊、周辺の各建物を制圧しろ。2分隊は周辺警戒」

 そして小型トラックからは一人の陸曹が降りて、各分隊へ指示を飛ばす。指示を出し終えたその陸曹は、4分隊の姿を見止め、近くへと歩いて来た。
 二曹の階級章を付けたその陸曹は、男性としては若干低めの身長で、顔立ちも成人男性のそれとは見えない程幼く見え、まるで少年のような風貌をしている。しかしその胸には、空挺記章とレンジャー記章が付けられていた。

「河義三曹、状況は?」

 少年のようなその二曹は、河義の近くまで来ると、特徴的な釣り目がちの目を河義へと向けて、状況を訪ねてくる。そこ声は、先の増援部隊との無線通信の際に聞いた声だった。

「近辺の大まかな掃討は終わっています、鷹幅二曹。しかし、廃村内にまだ敵性分子が残っているものと思われます」
「了解。誘拐された民間人の人たちは?」

 鷹幅と呼ばれた二曹の続けての質問には、エティラが答える。

「あの小屋の中だ。女子供が十人近く捉えられてる」

 エティラは背後の小屋を指し示しながら言った。

「分かりました。住民の方々は我々で保護、回収します。2分隊2組、民間人の収容にかかれ」

 鷹幅の指示で、呼ばれた該当部隊の隊員等は、住民達のいる小屋へと駆けて行った。
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