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チャプター5:「〝Utility〟」《多用途隊編》

5-2:「獰猛すらを超え制する者」

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「……そんな、あれらがまさか……!」

 馬車列中の中心に止まる、要人用の馬車の内で。議員のヘイムは動揺の渦中に置かれながら、馬車の窓より外の様子に目を奪われていた。
 今まさにヘイムは、ヘイムを護衛し運ぶ隊列は。正体不明の敵性勢力に包囲され、襲われている。
 おそらく、いや十中八九。今のヤツ等こそ、商議会の企みに及んだ不都合。正体不明の大きな何かの組織。それの襲撃に在っている現状。逆に狼狽え恐怖しなければ他に何をしろと言うのか、そこまでの域のものだ。
「……っ、おい!何をしている、『魔獣共』を放てっ!」
 しかし、ヘイムは恐怖こそすれど諦めてはいなかった。ヘイムには、未だ『切り札』があった。
 ヘイムは、近場で馬車列を守り弓を射る警備兵に。『それ』を放つべき命ずる言葉を荒げた。



 戦闘行動――多用途隊の作戦が進むにつれ、警備隊と用心棒からなる商議会側の勢力はみるみる打ち倒され減退。
 包囲網は狭まり、馬車列はほぼ完全に囲まれ追い詰められていた。

「――むんッ」

 そんな中で、残る敵を遠くに撃ち仕留め、近くには拳骨で沈め。相変わらずの超常的なまでの戦う姿を見せている侵須。 
 その上空を、「ヘタな手出しはいらないな」とでも言うような様子で。警戒に着くKV-107が低い高度を巡航速度で通過して行く。
 ――グシャン、と。
 飛び去ったKV-107のローターの轟が収まるのと入れ替わりに、地上の別方よりなにかの破壊音が聞こえ届いたのはその時であった。

「――おい、なんぞまたデカブツのお出ましだぞォッ!」

 そして、展開している多用途隊の内の誰かの、発し上げた言葉が届く。

「む」

 それを聞き留め、侵須もそれを辿り視線を向ける。その向こう、それは見えた。
 馬車列の後尾付近。そこに見えたのは、何か一際大きな鉄製と見える馬車。物々しいその様相は、外から何かを護るというより、何かを閉じ込めておく用途を有しているように見えた。
 その物々しい馬車の扉が開け放たれ、そしてそこから出て来たのだろう――巨大な姿体がそこに五体程見えた。
 遠目に、その体長はいずれも3mはあるように見える。先の熊の女獣人が、かわいく見える程のもの。
 二足歩行の様子を見せているが、そのいずれも全身を覆うは灰色の体毛。鋭い爪を宿す大きく屈強な手足が見え、何よりその頭部は、狼にも似たそれ。

 その正体は、魔獣と呼ばれる生物の一種だ。
 特徴から一見には狼の仲間にも思えるが、厳密には系統の異なる、魔力の影響をその生態に大きく受けた生物。
 その獰猛な希少を表すように。開いた口から並んだ牙が覗き、そして涎を垂れ流している。
 しかしある程度の知能を有し、その手にはいずれも大剣や大斧などの得物が握られていた。

 明確な脅威と見える生物。おそらくそれが状況を覆すための一手として放たれたのだろう。姿を現していた。
 侵須がそれを見止めた直後、間髪入れずに甲高い発砲音が聞こえ届く。
 見れば、その魔獣より一番近場に位置する旧型73式小型トラック。その荷台上で、据えられた5.56mm機関銃MINIMIを持って、火線を撃ち込み排除を試みる多用途隊隊員の姿が見えた。
 しかし。
 注がれた5.56㎜弾はその魔獣達に命中したが。なんと驚くことにその魔獣達は、無力化どころか負傷した様子も無く、平然とした様子でそこに立っていたのだ。
 銃弾が通っていない。
 どれだけ強靭な身体をしているのか、しかし見るにそれは明らかであった。
 しかし、それが攻撃であろう事は理解したのであろう。遠目にも魔獣達は、何か気分を悪くしたような動き様子を見せる。
 そして――次の瞬間。その内の一体が、飛んだ。
 その3mに達する体で、どうしてそんな動きが可能なのか。魔獣は狼が掛けるような姿勢動きで踏み飛び、そして次には己に攻撃を加えた小型トラックの間近へ肉薄。
 その手にしていた大斧を、着地よりも早く叩き下ろして見せた。
 しかし幸い、ドライバーの対応反応力が勝ったのだろう。小型トラックは寸での、紙一重のタイミングで急速後進。その場を逃れ、魔獣の一撃は空振りに終わった。

《――近隣ユニット、距離を離せッ!火力班は排除に当たれッ!》

 同時に、侵須の身に着けるヘッドセットに、張り上げられた別の声が届き聞こえる。
 周囲に展開する多用途隊の一個隊の指揮を預かる、多用途隊尉官の各方への指示命令の声だ。
 それに呼応し、配置を変える各隊各車両の動きが周辺に見える。

《――信康くん、聞こえるッ!?見えてるッ!?》

 さらに続け入れ替わりに、ヘッドセットより侵須の名を呼ぶ声が届いた。高いその声は女のものと分かる。

亞帰あきか」

 それに侵須は、そんな名前を口にして端的に返す。
 その声は、侵須の同僚の女多用途隊隊員のもの。上空を飛行するKV-107に身を置き、そこより侵須等にデータ始め各種バックアップを提供する、オペレーターからのものだ。

「俺からも見えてる」

 一言目に続け侵須は無線の向こうに。「見えているか」、現れた魔獣の存在を確認しているか尋ねる言葉に、工程の一言をまた端的に返す。

「排除する、向かう――」

 そして、そんな一言を告げると。
 侵須は魔獣の出現した新たな戦闘の場に向けて、ズカズカと突き進み始めた。



「クク……そうだ、片付けろ……っ」

 下卑た笑いを口にし、自身が乗っていた要人賓客用の馬車より急き降りながら。ヘクムは視線の向こうで襲撃者に向けて飛び掛かっていく、魔獣達の姿を見る。
 魔獣達はヘクムが大枚をはたいて用意させた、荒事用の切り札であった。
 その気性はあまりに凶暴で、そしてその屈強な肉体による攻撃は、いかなる生き物の生存も認めない。人に従ずることは無く、施した使役魔用の従属支配魔法をもってしても、その凶暴性が消える事は無かった恐ろしい魔獣種。
 先日に、ヘクムの腐れ縁の議員の男を失脚させて見せた。正義気取りの小娘共を仕留め堕としてたのも。ヘクムの貸し与えたこの魔獣達。腕に覚えのある小娘共であったらしいが、魔獣達の力の前には一たまりも無かったようだ。

「ほら、急がんかっ!もっと安全な場所へ!」

 そんな自慢の、とっておきの切り札が。得体の知れない襲撃者を屠る未来を想像してほくそ笑みながら。ヘクムは駆け付け己を囲い護る、警備兵や用心棒達に命じ急かす。
 魔獣達が襲撃者を相手取り注意を引いてる内に、己は周りの護りを固めさせ、もっと安全な場所へと移動する腹積もりだ。
 ――そのヘクムのすぐ側を、大きな何かの物体が掠め飛び抜けたのはその瞬間であった。
 ほぼ同時に。ヘクム達の背後で何かが衝突し、壊れる大きな音が響いて届く。

「――は?」

 驚き振り向いたヘクムは、しかし次には呆けた声を漏らしてしまった。
 振り向き背後に見えた物。それは、今先までヘクムの乗っていた要人賓客用の馬車が、横転大破した光景。
 そしてその元。巨大で屈強な何かの体が、しかし地面に沈んで、ピクリピクリと痙攣している様子が見える。
 それは、他ならぬヘクムの切り札である、魔獣のその一体のもの。
 その獰猛な顔立ちを、しかし白目を剥いて舌を垂れる無様を見せ。気を失っている魔獣の体がそこにはあった。

「は……?」

 それにヘクムは理解が及ばず。また呆けた声を漏らして、ただ立ち尽くすのみであった。



 時間は数十秒程遡る。
 小型トラックに飛び掛かり襲い掛かった一帯の魔獣は、しかしそれが空振りに終わった事を面白く無く思い。そしてその不満足を解消すべく、さらなる獲物を探して首を振るっていた。
 そして魔獣は、向けた一方向に一つの人影を見つける。その人間は、あろう事かこちらへズンズンと歩いてくるでは無いか。
 今、その魔獣が見せつけた攻撃の光景を見ていなかったのか。あるいはただの考え足らずの者か。
 何にせよ、次なる格好の獲物だと。魔獣はその獰猛な口の口角を上げ、そして地面を蹴ってその人間目掛けて飛び出した。
 飛び出しから、肉薄まではほぼ一瞬。
魔獣は襲るべき飛ぶ動作で、その人間を目の前に捉える間近まで踏み込み。そしてその巨体でその人間の行く手を覆い阻む。
 そして、その鋭い爪を宿す凶暴なまでの腕先を、人間に向けて振り下ろした。次には、その人間は紙切れの如く散り、地面に血肉を散らかすであろう。
 ――が。
 魔獣の渾身の一撃は、手応え無く空を切った。
 その眼を剥き、驚愕の感情を浮かべる魔獣。見れば、今先まで目の前に居たはずの人間の姿が消えている。
 一瞬、驚く感情を浮かべた魔獣――しかし、直後にそれは吹っ飛ぶ。
 魔獣の体を、グァ――という突然の浮遊感が襲い。
次には、激突の衝撃が。その巨体が地面に思い切り叩きつけられた大きな感触と激痛が、魔獣の全身を襲った。

 その魔獣叩きつけられた魔獣の背後。
 そこには魔獣の脚を、片手で掴み捕まえ叩きつけた直後の姿を見せる。先の人間――。

 他ならぬ、侵須のしかし淡々と構える姿が在った。



 今の動きを、視点を変えてもう一度見る。
 魔獣が飛び掛かり襲来し、その腕を振るい降ろした瞬間。
 しかし侵須は、身を半歩だけ引き捻る最低限の動作で、それを見事回避。そのまま流れるように、がら空きとなった魔獣の背後を取って見せたのだ。
 そして、当たり前の流れと言ったように。
 侵須は隙を晒した魔獣のその片脚を、むんずと捕まえ。その半端では無い体重を有する巨体を、しかし容易く団扇でも扇ぐように地面へ叩きつけて見せたのだ。
 その勢いはあまりに強力であり。その場の地面が、土が沈んで微かに土砂や砂埃が上がった。
 しかし、侵須のそれは一撃に留まらなかった。
 侵須は続く動きで、捕まえる魔獣の巨体を薙ぐ様に持ち上げると、返す動きで再び地面へと叩きつけたのだ。
 さらに、三度、四度と反復し。魔獣の巨体を地面へ叩きつける侵須。
 その度に魔獣の巨体の骨は砕け、肉が拉げる音が響き。そして魔獣のその獰猛な口からは、しかし『ギャゥ』『ギュゥ』と言った悲鳴が漏れ聞こえる。
 そして侵須は、数度の叩きつける動作の後に。
 まるで飽きたとでも言うかのように、今までよりも微かに大きな動きで。魔獣の巨体を思いっきりブン投げて、手を離し魔獣を解放。
 すでに気を失っていた魔獣は、そのまま勢いに乗って遠方へと飛んでいき。その先に止まっていた馬車に激突、それを巻き込み破損させて地面に叩きつけられ、その場で沈み再び起き上がってくる事は無かった。

「――」

 それを遠方に視認確認した侵須は、しかし直後にはまた自身に接近する、複数の気配に気づく。
 視線を少し動かし見れば、その先――いやほぼ間近に。侵須に向かって飛び掛かってくる、4体のまた別の魔獣達の巨体が在った。
 仲間の末路有様に、それを成した侵須に激高したのだろう。魔獣達を息を揃え、侵須を狩るべく一斉に襲い掛かって来たのだ。

 ――だが。

 直後。その魔獣達はつんのめる様にその飛び掛かる動作を急停止させた。
 いずれのその獰猛な顔には、しかし一転した驚愕の色が浮かび。そして次にはそれは、あからさまな狼狽、躊躇、いや――恐怖のそれへと変貌した。
 その魔獣達が視線を注ぐ、いや奪われる先。
 そこに在るは――また他ならぬ侵須の姿。
 悠々としたまでの立ち構えている侵須は、変わらぬ淡々とした眼で、自身を囲う魔獣達を一流し見る。

 いや正確には。侵須のその目には、少しの〝意識〟が込められていた。

 それにあっては、魔獣達に向けて少しの注意警告を促すようなもの。例えれば聞かない態度を見せる小動物にでも、少し言い聞かせる程度のそれ。
 しかし。それによって魔獣達が覚えその身体に走ったのは、恐怖。

 比類なき、絶対の超越者。

 その者からの、視線の一刺し。
 それだけで、魔獣達はその生き物としての生存本能を刺激され。震え上がり、動きを封じられたのだ。

「――」

 侵須は、引き続きの本人としては微かに咎める程度の視線を、魔獣達に向けて一流しする。
 しかしそれを受けた魔獣達は、明らかに怯える様子を見せ。『ギュゥゥ』『キュゥゥ』と言った怯み臆する鳴き声を漏らし、たじろぐ。
 そして次には、四体全てがその巨体を返して背を晒し。三々五々へと散る逃走の姿を見せた。
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