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チャプター2:「凄惨と衝撃」

2-4:「Vehicle Combat」

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 翌朝、早朝。
 視点は再び制刻等の元へ。
 制刻等は、笑癒の公国の絹織の町を出発。何らかの事態が起こっていると思しき、国境付近に在る愛平の町を目指して、南下、行程を開始した。
 一夜越して時間を空けたのは、夜間戦闘を避けるため。そして、紅の国より出動する装甲小隊の準備時間を鑑み、現地での到着合流の時間を合わせるためだ。
 制刻等の編成は昨日と同じく、敢日の愛車のパジェロ、新型73式小型トラック、そしてGONG。
 件の愛平の町を目指して、轍の上を縦隊で進んでいる。

「――あれだな」

 先頭を務めるパジェロの車内、運転席でハンドルを操る敢日が声を上げる。
 彼の視線の先。2つ程連なる低く緩やかな丘の向こうに、城壁に囲われた町らしき物が見えた。

「エピックよりイシムラ。丘の向こうにそれっぽいのが見えた。二つ目の丘のてっぺんで、一度停まるぞ」

 助手席に座す制刻もそれを確認。
 同時に制刻はインカムを用いて、後続の小型トラックに指示の言葉を送る。

《はいはい……》

 通信での呼びかけには、直宇都の声で、何かウンザリした様子の返答が返って来た。
 この行程開始以来、その指揮音頭は、幹部である直宇都を差し置いて、当たり前と言うように制刻が執っていた。それが、直宇都のウンザリした声色の理由であった。
 車列はそのまま一つ目の丘を越えて通過。二つ目の丘を駆け上がり、その頭頂部で縦隊を解き、斜めの横隊を雑把に組み直して停車。各員は車上より、その先の緩やかな丘の上に立つ、町の姿を見止める。

「――見た感じ、変な様子は無いな」

 運転席からフロントガラス越しに、町の様子を観察した敢日が呟く。町は、外観を見た限りでは、特段変わった様子は無かった。

《あの町は、異常の原因じゃないのかしら……?》

 インカム越しに、直宇都からそんな勘ぐる声が寄越される。

「――いや、ここで間違いねぇ」

 しかしそんな敢日や直宇都の言葉に、制刻が意を挟む声を発した。制刻は助手席で双眼鏡を構え覗いている。

「何だ、何が見える?」
「町の北東側。ちょい離れた所」

 制刻が何かを見つけた事に察し気付き、敢日は尋ねる声を上げる。制刻はそれに答え、端的に今自分が見ている個所の位置情報を答える。

「――あれは?」

 敢日も予備のスコープを双眼鏡代わりに構えて覗き、目を凝らす。そして示された箇所に、何か複数の影が動く様子を見止めた。
 まず真っ先に見えたのは、町から離れるように走っている、二つの人影。よくよく見れば、それは二人の子供である事が分かった。
 そして、その二人の子供より後方に見えたのは、いくつもの緑色の大きな存在――オーク達であった。

「ッ――追われてるッ!」

 状況を掌握し、敢日は発し上げる。
 二人の子供は、オーク達に追われていた。
 子供達は必死に逃げているが、その足取りは頼りなくたどたどしい。さらに、町の方向からは徒歩のオークだけでなく、陸竜に跨り迫るオークの姿も見える。このままでは子供達が追い付かれ、捕らえられるのは明らかであった。

「やるぞ」

 制刻は肉声で敢日に、そしてインカム越しに直宇都や策頼、GONGに向けて端的に発する。

「オーケー」

 それを合図に、敢日はパジェロのアクセルを、力強く踏み込んだ。



「――え、ちょッ!?」

 パジェロに隣接して停車していた小型トラックの運転席上。そこで直宇都は、目を見開き驚きの声を上げた。
 制刻の端的な言葉を合図に、敢日のパジェロが。そしてGONGが、急加速で飛び出していったからだ。幹部でありこの場の最高階級者である自分に、何の断りも相談も意見具申も無く。

「待……っ!いくらなんでも勝手に戦闘を……!」
《染麗、遅れるな》

 困惑している直宇都の耳に、制刻よりインカム越しに、当たり前のように出遅れを咎める言葉が寄越される。

「二尉、発進してください」

 そして彼女の背後から、後席で軽機に着く策頼より、要請の言葉が降って寄越される。その言葉は端的だが、どこか微かに冷たい色を含んでいた。

「ッ……あぁ、もうッ!」

 そんな周りの動きに、直宇都はヤケを起こすように言葉を発する。そしてアクセルを踏み、小型トラックを発信させて制刻等を追った。



 町から数百メートルの地点を、二人の子供が走っている。
 一人は十代前半の少年。もう一人は、5~6歳程の男の子。
 十代後半の少年が男の子の手を引き、二人は必死の様子で走って――いや、逃げていた。

「兄ちゃ……もう、ダメ……」
「頑張れ!捕まったらおしまいだ!」

 すでに限界なのか、男の子は苦し気な声を零す。しかしそれに対して、少年は声を張り上げる。
 そして一度後ろを振り返る少年。彼等の後ろからは、多数の恐ろしい魔物――オーク達の追いかけて来る姿があった。
 ――二人は、背後にある愛平の町に住まう子供達であった。
 その二人の故郷は、数日前にオーク達の群れに襲撃され、陥落。ほとんどの町人は殺され、あるいは囚われた。
 しかしその中を、二人は身を隠し潜め、奇跡的に魔物達の手を逃れていた。
 そして、隙を見て町からの脱出を図った彼等。だが、その際中についに見つかってしまい、今こうしてオーク達に追われる状況となっていたのだ――

「あぅっ!」

 追ってのオーク達より必死に逃げていた二人。
 しかし男の子の方はすでに限界だったのだろう、その脚をもつれさせ、転んで倒れてしまった。

「っ、しっかりしろ!」

 十代前半の少年は、足を止めて必死の様子で男の子を再び立ち上がらせようとする。しかし、そんな二人を何か多数の気配が近づき囲う。

「あ……」

 少年が見上げれば、周囲にはオークの跨り操る数体の陸竜が見えた。少年達はすでに先回りされており、逃げ道を塞がれていたのだ。
 まるで得物を見定める鷲のように、少年たちの周りを回って走る陸竜。さらに徒歩で追いかけてきていたオーク達も、得物を手に追いついて来た。

「追いついたゾ!」
「糞……!ガキ共が、手間かけさせやがっテ!」

 オーク達は、息を切らしながら、そして苛立ち混じりの言葉を発しながら、少年達を取り囲む。

「あぁ、面倒をッ。オスガキなんて、数匹いりゃ後はいらねェのに!」
「だが、逃げられると面倒だからな――そうだな、町の連中への見せしめに、絞めちまうカ」
「そりゃいいヤ!吊るして、晒しちまおうゼ!」

 オーク達は、逃走した子供達を追うという手間を取られた事に、苛立ち怒りを覚えているらしい。その鬱憤を晴らすためか、恐ろし気な算段を交わす声が、オーク達より聞こえてくる。

「に、兄ちゃん……」
「ッ……」

 男の子は恐怖に震え、少年に抱き着く。少年は、彼自身も恐ろしさに震えながらも、男の子を抱きしめ庇う。

「おらッ!とっとと来いヤ!」

 そんな子供達を捕まえようと、一番間近にいたオークの太い手が、少年達へと伸ばされる――
 ――ベギャッ、と。
 何かが衝突するような音。そして肉が拉げるような音が響いたのは、その時であった。

「――え?」

 そして、十代前半の少年は、それまでの恐怖の様子から一転。その口から呆けた声を漏らす。
 その理由は、今まさに自分達を捕まえようとしていたオークの姿が、目の前から突如として消えたからだ。

「――びぇえッ!?」

 一泊の時間を置いて、少年達の元より少し離れた先から、何か悲鳴が聞こえ来た。そちらを見れば先には、その太い手足をあってはならない角度方向に曲げ、壊れた人形のようになって地面に叩きつけられた、一体のオークの姿があった。

「え……?」

 理解が及ばないまま、視線を戻した少年は、そこで目を剥いた。
 先まで自分達を捉えようとしていたオークが立っていた場所。そこに、何と形容したらいいのか全く分からない、異質で巨大な物体が鎮座していたからだ。
 おそらく鉄か何かでできた物体。少年にはそれ以外、まったくその正体の見当が付かない。
 しかし、少年の目はすぐさままた別の存在に奪われた。
 その異質な物体の側面、そこに片足を
 今自分達を襲おうとしていたオーク達、それが可愛く思えるほどの、異質で歪で禍々しい存在の姿が、そこにあった――。



「なッ!?うわァッ!?」
「な、なんダコイツッ!?」

 呆ける少年達の一方。少年達を捕まえようとしていたオーク達にも、動揺が走り驚きの声が上がっていた。
 無理もない。突如として正体不明の物体が突っ込んできて、仲間の一人が轢き飛ばされたのだから。
 その正体不明の物体。――それは、走行モードのGONGであった。
 GONGは少年達の傍に走り込んで突っ込み、彼等を捉えようとしていたオークを、轢き飛ばして排除したのだ。

「――こ、コイツッ!」

 オークの内の一体が、混乱から回復してその事実を理解する。そしてそのオークは、目の前に現れたGONGを敵と見なし、手にした斧を振り上げ、襲い掛かろうとした。

「――もごッ!?」

 しかし、オークのその行動は叶わなかった。
 オークは自身の顔、頭が、何かに掴まれる感覚を覚える。
 それは正解であった。オークの頭部は、何者かの手に、腕に、鷲掴みにされていた。
 その腕の主は――他でもない、制刻だ。
 ――制刻は、パジェロからGONGに飛び移り、GONGと一緒にこの場に突入。
そこへ、GONGに真っ先に襲い掛かろうとして来たオークを見止め、その頭部を鷲掴みにして捕まえ、押し留めたのだ。

「おがッ……!?なん……!?」

 オークは、頭部を鷲掴みにされたまま制刻に持ち上げられ、制刻のその腕より宙にぶら下がる。オークは必死に藻掻く様子を見せるが、制刻のその片腕はビクともしない。
 そしてオークの頭部からは、ゴキ、プチという、あってはならない気味の悪い音が上がる。そして――

「や――ぴぇァッ」

 パァン――と、オークの頭部は制刻の手中で、握り潰され果実のように爆ぜた。
 そして、支えを失ったオークの巨体は、しかし頼りなくドサリと地面に落ちて崩れた。

「……うわアアアッ!?」
「なんだコイツ等!?なんの魔物ダッ!?」

 突然現れた、正体不明の禍々しい外観の存在。
 それによりえげつなく屠られた、仲間の惨状。
 それ等の口径に、オーク達に一層の動揺が広がった。

「び、ビビるんじゃねェッ!一斉に――」

 しかし中にはまだ戦意を保つオークも存在。そのオークは、周りに怒鳴り上げ、攻撃を促そうとした。

「――ごぅッ!?」

 しかし、そのオークの言葉が最後まで紡がれることは無く、オークからは代わりに、何か濁った悲鳴のようなものが上がった。

「エ……?」

 近くにいた別のオークが目を剥く。
 そのオークの目に映ったのは、先の怒鳴り上げたオークが、宙でその巨体をくの字に曲げている姿。
 オークは、何か鉄製の杭のような物に貫かれていた。
 その杭を辿れば、その元には鋼鉄の怪物――GONGの、アームを掲げ上げた姿があった。
GONGは走行モードより歩行モードに変形復帰。そして手近な所にいた一体のオークを最初の目標と定め、排除に掛かったのだ。
 オークを襲ったのは、GONGのアームに備え格納されていた、直径4㎝、長さ70㎝、チタン製の、白兵戦用の専用バヨネット。
 それが、オークの屈強な身を易々と貫き、串刺しにしたのだ。

「ヒィ!?」
「ご、ゴーレムかァ!?」

 光景に、またもオーク達に広がる動揺。上がる悲鳴や困惑の声。

「GONG、坊主達の近くのをやれ。他は、俺が蹴っ散らかす」

 そんなオーク達をよそに、制刻は周囲に視線を走らせながら、GONGに指示の声を発する。それに対して、GONGは電子音を鳴らして答える。
 ――そして、オーク達を犠牲者とした、一方的な虐殺、いや散らかしが始まった。

「ほが――べりゃッ!?」

 制刻は、手近に居たオークを捕まえ、その顔面を自身の膝に叩き込み潰す――

「この――ごぶッ!?」

 襲い掛かって来たオークを、腹パンを食らわせてその内臓を潰し、死に至らしめる――

「に、逃げ……ひ!?――こげぇッ」

 逃走を図ろうとしたオークの首根っこを捕まえ、その首をへし折って屠るなど――
歩い周りながら、超常的ムーブでオークを迎え撃ち、あるいは捕まえ、まるで作業のように屠ってゆく。

「ぁア゛……や、やべデ……――びぇッ!?」

 GONGは子供達を守りつつも、近場のオークを捕まえ、アームで引っ張って真っ二つに引き裂く様子を見せている。
 現れた異質な存在等に、オーク達はただただ無残に、散らかされ捨てられていった。

「――オオオ!」

 そんな所へ、暴れていた制刻の耳が、何か雄たけびのような物と、荒い足音のような物を捉える。

「あん?」

 制刻がその音源の方向へ目をやれば、その向こうに、こちらに向かって走ってくる、陸竜の姿が見え。その背には、得物を掲げたオークの姿が見える。
 少年達の包囲の外周に位置していた、オークの竜兵だ。
 おそらく陸竜の巨体と速度、勢いを以て、こちらに向けて攻撃を仕掛ける腹積もりであろう。

「――オ゛!?」

 しかし直後、陸竜上のオークは、妙な悲鳴と共に、打たれるように仰け反った。そしてオークは陸竜より落ち、地面にグシャリと叩け付けられて動かなくなる。
 主を失った陸竜は、明後日の方向へ走り抜けて逃げてゆく。
 そして同時に制刻の耳に聞こえたのは、聞きなれたエンジン音。

「解放、ナイスだ」

 事態を把握し、制刻はインカムに向けてそんな一言を発し送る。
 そんな制刻の視線の先に、パジェロがその巨体を現し、荒々しく駆け抜けていった。



 荒々しく走行するパジェロの車内。
 その運転席に座す敢日は、片手でハンドルを操りつつ、しかしもう片手にはネイルガンを持ち構えていた。

《解放、ナイスだ》

 その敢日の身に着けるハンズフリーマイクに、制刻からの声が届く。それは、陸竜の乗るオークを仕留めた事を称する物。
 先の陸竜乗りのオークは、敢日がその手のネイルガンにより仕留めたのであった。

《そのまま、他のヤツも頼むぞ》
「了解」

 続けて寄越される制刻からの要請。それに端的に答えつつ、敢日はハンドルを操り切る。
 制刻等中心に、パジェロは反時計回りを描き、オーク達を囲う様に走行していた。
 敢日は愛車のパジェロを走らせながら、また新たな一体の陸竜とオークを、その先に見止める。
 そして、開け放っていた運転席側の窓よりネイルガンを突き出し構え、トリガーを引いた。
 ネイルガン音を立てて、複数本の五寸釘が撃ち出されて飛ぶ。五寸釘の群れは一瞬の内に目標へ到達。オークの身を叩き刺し、陸竜上よりオークを叩き落した。

「二体ッ」

 敢日は仕留めた数を発しながら、巧みなハンドル操作で陸竜や仕留めたオークの死体を避け、パジェロを走らせ続ける。
 険しいカーブを描くパジェロ上で、さらなる獲物――オークを乗せた陸竜を探し見つけ、敢日は再びネイルガンを突き出し構え、そのトリガーを引こうとした。

「――っと」

 しかし敢日がネイルガンを撃つ前に、そのオークと陸竜は視線の先で、横殴りにされるように打ち飛び、地面に叩きつけられる姿を見せた。
 敢日は撃つことを中断し、そして視線をまた別方へ向ける。その先に、新型73式小型トラックの走る姿が見えた。小型トラック上にはMINIMI MK.3に着く策頼の姿が見える。
 小型トラックからの射撃が、敢日よりも先にオークと陸竜を仕留めたのだ。
 敢日のパジェロと逆――時計回りを描き走行する小型トラックは、程なくしてパジェロに接近。荒い動きを見せながら、パジェロの傍をすれ違い抜けて行った。


 新型73式小型トラックは、中々の速度を出しながら、草原の上を弧の軌道を描いて走行している。
 その後席上では策頼が、据えられた軽機に付き射撃行動を行っている。彼は的確な射撃で、オークや陸竜達を一体また一体と、射貫き屠っていた。

「――二尉、膨らみ過ぎです。敵に近寄って下さい」

 その途中で、策頼は視線は周囲に向けたまま、運転席に向けた要請の言葉を発する。
 その言葉通り、小型トラックは少し膨らむ軌道を取り、オーク達との距離が空いていた。

「ッ……そんな事……!」

 しかし要請が向けられた先。運転席では、ハンドルを預かる直宇都が、その端麗な顔にしかし今にも泣きそうな様子を作っていた。
 直宇都は、本来は本部管理中隊の情報小隊付きの人間である。そんな彼女に取って、正面に身を置いての戦闘行動は不慣れ――と言うよりすでに門外漢に近かった。
 加えて明かせば、彼女は普段高飛車な態度が目立つが、その本性は臆病であった。
 そんな彼女に取って、敵中――まして未知の世界のモンスターの中へ飛び込んでの戦闘行動は、その余裕を失わせるには十分過ぎた。

「一体ッ、自由さんの方に向かってるッ。右に切ってください、近寄ってッ」

 しかしそんな彼女に、策頼からは容赦なく、断るという選択肢は無い要請の言葉が飛ぶ。
 そして彼女の背後頭上で響く、軽機の激しい射撃音。

「分かったわよぉ……ッ!」

 それに追い立てられるように、直宇都は必死にハンドルを切り、アクセルを踏み続ける。

「んもぅ……なんだって……――ッ!」

 必死に運転しながらも、せめてもの抵抗のように愚痴を零し掛けた直宇都。しかし、その彼女の眼が、小型トラックの進路上に障害を見止めた。
小型トラックの進行方向上に、一体のオークの姿があったのだ。それは、制刻等の方向より戦意を喪失して逃走して来た個体であった。

「まずッ……――ぃ!?」

 進路上に現れたオークを見止め、慌てハンドルを切ろうとした直宇都。しかしそのハンドルは、背後から突如として伸びて来た何かに、力強く押し留められた。
 ハンドルを乱暴に押さえ固定したのは、脚――戦闘靴。
 直宇都が目を剥きつつ、脚を辿り振り返れば、それが背後後席より突き出された策頼の物である事が判明した。

「ちょ、な……ッ!?」
「真っすぐですッ!そのまま轢いてッ。アクセルそのままッ!」

 突然の行為事態に、混乱する直宇都。それに対して策頼から寄越されたのは、激しく、しかし冷淡な声での要請。

「そんな……ッ」

 ハンドルの主導権を奪われ、しどろもどろになりながら、零す直宇都。
 そして視線を前に戻せば、小型トラックとオークの距離はすでに目と鼻の先。

「ひッ――」

 直宇都は思わず小さく悲鳴を上げ、そして目を瞑る。
 瞬間――ドゴッ、という鈍い衝突音が、響きあがった。

「ぎぇびぇッ!」

 そして同時に直宇都の耳が、鈍い悲鳴らしき物を聞く。
 さらには、何かが頭上を通り越えてゆく気配。

「――ッ……?」

 直宇都が恐る恐る、再び目を開いた瞬間、背後後方で微かに、何かが叩きつけられ拉げるような音が聞こえた。

「一体排除です、二尉」

 そして、後席の策頼からの、端的な言葉。
 直宇都が涙目でバックミラーにちらりと目をやれば、後方地面上に、おそらく今しがた轢き屠ったであろう、オークの身体が転がっていた。

「残敵、あと少しです。頑張って」

 続け策頼から、同じく端的な言葉で、しかしおそらく気遣い励ます物と思しき言葉が飛んでくる。

「……」

 しかし直宇都に最早、何か反応を返す気力も余裕も無く、彼女は涙目のまま運転を続けた。



「な、なんなんだよコイツ等ァ!?」
「糞、逃げ――ひぎッ!?」

 追う側、狩る側であったはずのオーク達。
 しかし、その立場は制刻等の登場割り込みにより一転。
 オーク達は、内より制刻とGONGにより散らかされ、外よりパジェロや小型トラックに囲われその攻撃に晒され、みるみる内に数を減らしていった。



 場所、視点は再び、戦いの中心となった制刻等の元へ。

「ごぶッ……」

 制刻の持つその、人の物とは思えない程長く大きく、そして尖り禍々しい左腕。
その指先に貫かれ、一体のオークが口と腹から血を零してる。
丁度その場では、制刻の手により残った最後のオークが、屠られた所であった。

「――これで、片付いたみてぇだな」

 制刻は周囲を見渡し、オーク達が全て排除された事を確認。そして自身の左手先に突き刺さっていたオークの身体を、放るようにして抜き、地面に投げ捨てる。

「GONG、坊主達は無事か」

 そして制刻は近場にいるGONGに呼びかける。
 そこに居たGONGは頭部モノアイで振り向き、電子音を鳴らして返事をする。
 GONGの背後には、身を寄せ合い、驚き呆けた様子の子供たちの姿が見える。

「だす……けデくで……」

 そして、GONGのアームハンドには、その太い手足を千切られ壊れた人形のようになった、オークの身体が掴まれぶら下がっていた。

「上出来だ」

 そんなGONGに評する言葉を投げ、制刻はGONGの横を抜けて、その背後の子供達の前へと立つ。

「坊主達、大丈夫か?」

 そして子供達に向けて、尋ねる言葉を投げた。

「ッ……!」
「ぅぁ……」

 しかしそんな制刻を前に、子供達はその表情をより強張らせた。
 十代前半の少年は、震えながらも制刻を威嚇する表情を見せ、男の子の方は今にも泣きそうな顔をしていた。

「おん――あぁ」

 そんな子供達の様子を訝しんだ制刻。しかし制刻は直後に何かに気付いた様子を見せ、自身の手元に視線を落とす。
 制刻の右腕中には、首を絞められ白目を剥き、泡を吹いているオークの身体があった。もうすでに息は無い。

「悪ぃな、ビビらせたか」

 制刻は子供達の怯える理由が、そのオークの死体だと思い、子供達に詫びながら、腕中のオークの身体を放っぽって捨ててみせる。
 しかし当然の事ながら、子供達が怯える一番の原因はそれではない。
 その一番の原因たる、禍々しい容姿の制刻を前に、子供達は未だ震えていた。

「厄介だな」

 そんな子供達への対応に微かに困り、呟く制刻。
 そんな所へ、制刻の耳は近づくエンジン音を捉えた。
 振り向いた所で丁度、敢日のパジェロが。続いて小型トラックが傍へと走り込んできて、それぞれ各所で停車した。

「――うまくいったな」

 先んじてパジェロの運転席からは、敢日が降りて駆け寄ってくる。そして敢日は制刻の足元に子供達の姿を見止め、彼等を救い出せた事に胸を撫でおろし、言葉を零した。

「……あ、あんた等……ねぇ……ッ!」

 敢日の言葉に続いて、何か苦し気な、しかし憤慨したような声が聞こえたのは直後であった。
 制刻等が声の方向へ視線を向ければ、小型トラックの運転席から、何か這う這うの体といった様子で降りて来る直宇都の姿が見えた。
 策頼だけは引き続き車上銃座に付き、軽機を旋回させて周囲への警戒を行っている。
そして直宇都はよれよれの様子で、制刻等の元へと歩み寄ってくる。

「何、勝手に飛び出して……挙句戦闘なんて始めてるワケ……ッ!?分かってるの……?この場の最高階級者は……私っ!」

 そして余裕の無い途切れ途切れの言葉で、制刻等が自分に指示も仰がずに戦闘行動を始めた事を、咎め叱責する言葉を吐いてぶつけた。

「あの状況で、選択肢なんぞ無かっただろが」

 しかしその言葉に対して、対する制刻は変わらぬ淡々とした言葉で、子供達を救うための行動が必然の物であった事を紡ぎ返す。

「だからって……一言、許可くらい取りなさいよ……っ!」

 そんな制刻に、再び言葉をぶつける直宇都。そして彼女はそこまでが限界と言った様子で脱力。頭を垂れて両手を両膝に着いた。

「大丈夫か?直宇都さん」

 そんな様子の直宇都に、敢日は困り心配する言葉を掛ける。

「あぁ、気を付ける。それよか、ビビっちまってる坊主達を頼む」

 一方の制刻は、直宇都の訴えに適当に答え、そして足元の子供達を敢日等に任せる言葉を紡ぐ。

「やれやれ――坊や達、もう大丈夫だ――」

 そんなそれぞれの様子に、少し呆れた色の言葉を零した敢日。
 そして敢日は制刻に変わって、子供達の前にしゃがみ、彼等を安心させるべく言葉を紡ぎ始めた。
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