華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
上 下
96 / 105
三本のアマリリス

華村花音の事件 -4-

しおりを挟む

「──五年前、法月の兄は飲酒運転でひき逃げ事故を起こした」

 ティーカップを両手で持ち上げ、花音が告げる。ティーカップを持つ手がかすかに震えているように見えた。

「被害者は亡くなった。即死だったよ」
「それは……傷ましい事故ですね」

 咲は眉を顰めた。そうだね、と花音は頷く。

「そして、法月の兄は逃走中、誤って車ごと海に転落し、死亡した」
「死亡……」

 やりきれない結末に、胸が痛む。

 遺族からしてみたら、きちんと罪を償って欲しかったのではないのだろうか。

「だけど、どうしてそれで法月さんが二階堂さんを恨むのでしょうか?」

 法月の身の上には同情するが、事故を起こしたのは法月の兄であって、二階堂には関係がない。

「──その事故が偽装されたものだったから」

 花音は目を細め、チラリと咲を見る。

「偽装?」

 そう、と花音は紅茶を一口含んだ。

「事故を起こしたのは二階堂悟。法月の兄は濡れ衣を着せられ、殺されたんだ」
「殺された?」

 不穏な言葉に咲は息を呑む。

「まぁ、証拠は掴めなかったんだけどね……」

 花音はティーカップをソーサーに戻し、肩を竦めた。

「殺されたって、どうしてそんなこと……」

 現実離れしたドラマのような話に、咲は困惑する。

「法月が言ってたんだ……兄が飲酒運転するなんてあり得ないって」
「法月さんが言ってた? 花音さんは法月さんと面識があるんですか?」

 文乃の挙式では、そんなふうにはまるっきり見えなかった。

「うん。事故の捜査で話を聞いたことがある。あの頃の彼はまだ少年っぽさが色濃くて、今とはだいぶ様子が違っていたから、名前を聞くまでは気がつかなかったけど」
「そうですか……」

 そういえば花音さんが元警察官だったということを思い出す。

「彼らのご両親は飲酒運転の巻き込み事故で亡くなったそうだよ。だから、同じ理由で家族を亡くする人を作りたくないって、法月の兄は絶対に飲酒運転はしなかったらしい」

 たしかに法月が兄を信じたい気持ちは理解できるけれど。

「それでも、魔がさすことはありますよね」

 咲の言葉に、そうかもね、と花音は視線を逸らし、目を伏せた。膝の上で組まれた手がギュッと握られ、指の先が黄色く染まる。

「だけど、二階堂には理由があった──事故の被害者を殺す理由が」

 その瞳には激しい憎悪の光が灯る。ティーカップの水面に映る自分を見つめたまま、花音はさらに指に力を込めた。

「花音さん……」

 いつもは穏やかな花音の圧倒的な負の感情を目の当たりにし、咲は口を噤んだ。

「──僕の祖母なんだ」
「えっ?」
「その事故の被害者」
「花音さんのお祖母さま……」

 五年前に亡くなったと聞いてはいたけれど。事故で亡くなったとは知らなかった。

 花音は口の端を結ぶ。

「──二階堂はね、僕の祖母を恨んでいたの」

 俯いたまま、苦しげに告げる。

「それも祖母に非があっての話じゃない。完全な逆恨みだよ」

 花音の祖母は駆け込み寺のようなことをしていた。加害者側の人間からしてみれば邪魔な存在だろう。逆恨みだって珍しくはなかったのかもしれない。

 ──そういえば五年前……

 たしか、文乃さんが華村ビルに住んでいた。

「もしかして、二階堂さんは文乃さんのストーカーだったんですか?」

 咲の問いに、花音は「そう」と頷いた。

「それでなんですね……」

 咲は得心する。

 だから二階堂は文乃の挙式をメチャクチャにしようと企んだのだ。

「二階堂はね、祖母が文乃さんを匿ったあともつきまとってたの。それで祖母や僕にやり込められて、最終的に接近禁止命令まで出されてね。相当根に持っていたみたい」

 だからって、人を殺そうとまで思うものなのだろうか。

 けれど、顔合わせのときの二階堂の様子を思えば、その可能性は充分にあると思った。

 あの、人を見下したような態度。目的のためには手段を選ばないやり方。自分以外は駒のように思っているのかもしれない。

「もし仮にそうだったのなら、どうして警察は二階堂さんを捕まえなかったのでしょう?」

 それに花音は小さくため息を吐いた。

「事故は夜だったし、車も人通りも少ない道でね。目撃者がいなかったの。それに、祖母を轢いた車には法月の兄が乗っていたからね。飲酒運転で事故を起こした上での単独死亡事故って判断されたんだ」
「そんな……」
「僕も上にもかけあってみたんだけど。どこからか圧力がかかっているらしくて、結局、充分な捜査は出来なかった」

 まぁ、どこからの圧力かは想像つくけど、と皮肉に顔を歪めた。

「──だから、僕は警察が嫌になって辞めたんだ」

 そう言って肩を竦める。

「法月もおかしなことをしなきゃいいんだけど……」

 花音は寂しげに微笑んで、遠くを眺めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

処理中です...