57 / 105
藤の花の咲く頃に
観覧車 -2-
しおりを挟む「観覧車に乗るのは、子供のとき以来です」
ゴンドラのドアが閉まるなり、咲は口を開いた。花音と二人っきりの空間がこそばゆくて、黙っていられなかったのだ。
「咲ちゃんの子供のときって、十年くらい前?」
向かい合わせに座った花音が尋ねる。
「いえいえ。もう十五年くらい前ですよ」
「そうなの?」と花音は意外そうな顔をする。
「あ、でも、そうか。……若く見えるから、つい学生かな、なんて勘違いしちゃうけど。よく考えたら、僕と大して変わらない歳だもんね」
そういえば、花音さんの年齢って知らないような。なんとなく三〇歳前後かなって勝手に思っていたけど。
「僕は、次の誕生日で三〇になるんだ」
咲の心を読んだように、花音が答えを返す。
ということは、咲より四つ年上ということになる。そのわりには、落ち着いて、博識で、大抵のことには動じないから、すごく大人な印象だ。
自分が三〇歳になったとき、花音のような人間になっているかは自信がない。
「お誕生日はいつなんですか?」
なんとなく落ち込みつつ、花音に尋ねる。
「うーんとね……八月」
「八月ですか?」
咲はクスリと笑った。
「なに?」と花音が不思議そうに咲を見る。
「いいえ。花音さん、いつも涼やかだから、夏っていうイメージはありませんでした」
「そう?」と花音は首を捻る。
「でも、夏はお花がたくさん咲いているから、やっぱり僕は夏じゃない?」
顎に手を当て、キザなポーズを決めて花音が曰う。
咲はクスクスと笑い、チラリと外に目を向けた。
「わっ、高い……」
ゴンドラは思ったよりも高度を上げていて、その高さにキュッと胃の辺りが締め付けられた。
観覧車のすぐ横に接していたジェットコースターのレールは、今やはるか眼下に見えている。園内を一望していた景色はやがてその範囲を広め、遊園地周辺へと広がる。
隣接する道路を走る車はおもちゃのように小さくなっていき、見上げるように見ていたビル群も、今は真正面に見えた。
子供の頃に乗った観覧車は、頂上の高さが、今いる高さよりも低かったように思う。そのくらいの高さなら、景色を楽しむこともできたけど、これは……。
咲はゴンドラの進行方向を見つめた。
ゴンドラは時計の九時、つまり半分くらいの高さに差しかかろうとしていた。
これで半分の高さなんて……。
咲は小さく身体を震わせた。
「咲ちゃん?」
急に黙り込んだ咲を心配し、花音が声をかける。
「……もしかして、高いのもダメだった?」
「あ、いいえ。高いのは平気なんですけど……」
ゆっくりと高度を上げるにつれ、不安定に揺れるゴンドラに不安を覚えたのだ。
ゴンドラはユラユラとその筐体をゆるやかに揺らし、頂点を目指す。風は高さを増すごとに強まっていき、その揺れに拍車をかけていた。
「……落ちたりしませんよね」
咲は冗談めかして花音に尋ねた。少し顔が引きつっているのが、自分でも分かった。
花音は目を細め、ハァとため息をつく。それからおもむろにベンチから立ち上がった。勢いで、ゴンドラが大きく揺れる。
「か、花音さんっ。立ち上がったら危ないですよっ」
咲は悲鳴混じりに花音を制止し、ゴンドラの枠にしがみついた。
しかし、花音は「大丈夫だよ」と涼しい顔で返し、ゴンドラの中を移動して歩く。一歩踏み出すたびに、ゴンドラは大きく傾いだ。
──大丈夫じゃないですってば。
揺らぐゴンドラに、咲は心の中でボヤく。
やがて、ドンっと花音が大きな音を立て、咲の隣りに腰を下ろした。その勢いでゴンドラがまた大きく揺らいだ。
「ひゃっ」
耐えきれず悲鳴を漏らす。
「もうっ……花音さん……ひどいです」
隣に座った花音を恨みがましく見つめ、咲は非難の言葉を投げつけた。
「ごめん、ごめん」
花音は謝辞を述べるが、悪びれた様子はない。
全く反省が見えない態度に、咲はムッと眉根を寄せた。
「そんな顔しないでよ」と花音が茶化す。
「……知りませんっ」
咲は口を尖らせ、プイッとそっぽを向いた。
が、その視線の先に、再び高度を上げた外の景色が飛び込んでくる。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
よんよんまる
如月芳美
キャラ文芸
東のプリンス・大路詩音。西のウルフ・大神響。
音楽界に燦然と輝く若きピアニストと作曲家。
見た目爽やか王子様(実は負けず嫌い)と、
クールなヴィジュアルの一匹狼(実は超弱気)、
イメージ正反対(中身も正反対)の二人で構成するユニット『よんよんまる』。
だが、これからという時に、二人の前にある男が現われる。
お互いやっと見つけた『欠けたピース』を手放さなければならないのか。
※作中に登場する団体、ホール、店、コンペなどは、全て架空のものです。
※音楽モノではありますが、音楽はただのスパイスでしかないので音楽知らない人でも大丈夫です!
(医者でもないのに医療モノのドラマを見て理解するのと同じ感覚です)
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
カラー・ロック
他島唄
キャラ文芸
入学式の前日。音を色で見ることが出来る少女、若葉いろはは、公園でギターを弾く少女と出会う。いろはの人生は、この出会いをきっかけに、少し変わることになる。音で色付けされた彼女たちの青春が始まる。
ことば遊びも程々に
硫酸くん
キャラ文芸
4人の高校生男子がこの世の中の「ことば」の不思議に着目して様々な意見を交わし合う…なんてのは建前で!
4人のDKちー、どっと、テント、大吉が織り成す『放課後お喋り系グダグダコメディ』
~ことば遊びも程々に~
ぐるりぐるりと
安田 景壹
キャラ文芸
あの日、親友と幽霊を見た。それが、全ての始まりだった。
高校二年生の穂結煌津は失意を抱えたまま、友の故郷である宮瑠璃市に越して来た。
煌津は宮瑠璃駅前に遺棄された捩じれた死体を目にした事で、邪悪な感情に囚われる。心が暴走するまま悪を為そうとした煌津の前に銀髪の少女が現れ、彼を邪気から解放する。
だが、この日から煌津は、宮瑠璃市に蠢く邪悪な霊との戦いに巻き込まれていく――……
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
透明な僕たちが色づいていく
川奈あさ
青春
誰かの一番になれない僕は、今日も感情を下書き保存する
空気を読むのが得意で、周りの人の為に動いているはずなのに。どうして誰の一番にもなれないんだろう。
家族にも友達にも特別に必要とされていないと感じる雫。
そんな雫の一番大切な居場所は、”150文字”の感情を投稿するSNS「Letter」
苦手に感じていたクラスメイトの駆に「俺と一緒に物語を作って欲しい」と頼まれる。
ある秘密を抱える駆は「letter」で開催されるコンテストに作品を応募したいのだと言う。
二人は”150文字”の種になる季節や色を探しに出かけ始める。
誰かになりたくて、なれなかった。
透明な二人が150文字の物語を紡いでいく。
表紙イラスト aki様
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる