華村花音の事件簿

川端睦月

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藤の花の咲く頃に

藤の花の咲く頃に -2-

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「──珍しいですね」

 ふいに頭上から柔らかい男の声が聞こえた。驚いて顔を上げると、見慣れた端正な顔立ちの男と目が合った。

「か、花音さんっ」

 咲はパチクリと目を見開いた。

「こんにちは。咲ちゃん、悠太くん」

 花音はニコリと微笑んで挨拶をする。

「どうしてここに?」

 困惑して尋ねる咲に、「あそこで仕事だったの」と花音は遠くのほうに見える建物を指差した。

 この辺りではわりと有名な老舗ホテル『グランドパーク中山』だ。

「ちょっと、ウェディングの打ち合わせで」と花音は付け加えた。

「それで、確か咲ちゃんたちがなかやまランドに行くって言ってたのを思い出して、近くだから来てみたの」

 迷惑だった? と花音は悪戯っぽく笑った。

「いいえ、とんでもない」

 咲は慌てて手を振り、否定する。

「それならよかった」

 花音は頷く。そうしてベンチの背もたれに寄りかかって悠太のランチボックスへと手を伸ばし、唐揚げを一つ摘み上げた。

 それを口の中に放り込み、「うん、美味いっ」と口をむぐつかせる。

 なんだか、小動物みたいで可愛らしい。

「……そういえば珍しいって、なんのことですか?」

 思わず見惚れてしまう自分に気づき、咲は先ほどの花音の言葉に話を戻した。

 ああ、と花音は唐揚げを飲み込んでから口を開いた。

「藤の花の贈り物だよ」
「藤の花の贈り物?」

 咲と悠太は花音の言葉を復唱し、顔を見合わせた。

「そう。藤の花は水揚げが悪いし、すぐ萎れてしまうから、あまり切り花として使われることはないんだ──お花屋さんでも見かけることはないでしょ?」

 花音の問いに、そういえばそうですね、と咲は頷く。

「藤の花を贈るとしたら、相当神経を使うよ──花房が零れないように、萎れないようにってね。そのくらいやっても駄目になる時もあるし」と肩を竦める。

「悠太くんに届いた藤の花は、どうだったの? 綺麗なままだったの?」

 悠太を見て花音は問う。

「はい。ここに咲いている藤の花のようにイキイキとしていました」

 悠太は藤の花を見上げ、笑う。

「それなら、摘んですぐ届けられたんだろうね……つまり、贈り主は自宅の庭に藤の木があるんだと思うよ」

「自宅の庭に、ですか?」と悠太は不思議そうに首を傾げた。

「だって、藤の花は花屋には置いてないし、どこかの公園や他所様の庭先から勝手に拝借するわけにいかないでしょ?」

 花音は当然のことのように言う。

 たしかに常識的に考えて、その可能性は高いのかもしれない。

 相変わらず理路整然と答えを導き出す花音に、咲は舌を巻いた。

「──更にいえば、贈り主の自宅も、その擁護施設の近くにあったんだと思うよ」
「そうなんですか?」

 キョトンとして、悠太が花音を見つめた。
 
「さっきも言ったけど、藤の花はすぐ綻びてしまうし、萎れてしまう。摘んだままの状態を維持するのはとても至難の業なんだ。だから、なるべく早く届ける必要がある……悠太くんの擁護施設は中山市にあったの?」

 花音の問いに、はい、と悠太は頷く。

「それなら贈り主はこの中山市に自宅があって、庭に藤の木がある人だろうね」

 花音は結論づける。

「ちなみに、贈られてきたものは、藤の花だけだった?」
「あ、メッセージカードも添えられていました」

 えーとですね、と悠太は思い出すように視線を宙に向けた。

「『恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり』っていう短歌が書かれていました」

 なるほど、と花音が頷く。

「あと、贈り主は松さんという方になっていましたね……会ったことはありませんけど」

 悠太は遠慮がちに告げる。

「松……」と呟き、花音は何事かを考え込むように顎に手を当てた。

「心当たりでも?」

 悠太が尋ねる。

「心当たりというか……」

 曖昧な笑みを浮かべ、花音は頭を掻いた。

「──古来から日本では、藤と松の組み合わせはとても縁起の良いものとされていたんだ」と続ける。

「藤も松も寿命の長い木だからね──悠太くんは清少納言の枕草子って知ってる?」
「えーと、たしか、平安時代に書かれたエッセイですよね」
「うん、そうだね。その中に『めでたきもの』という段があるんだけど。そこでは藤と松の関係性に触れているの……あ、『めでたきもの』っていうのは、素晴らしいものっていう意味ね」

 だんだんと顔を曇らせる悠太に、花音はすかさず説明を付け加えた。

 そうなんですね、と悠太が頷く。
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