華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
上 下
47 / 105
イースターエッグハント

イースターエッグハント -2-

しおりを挟む

「あ」

 身体が否応なく宙に浮く。捕まるところのない階段ではもはや大人しく落下するしかない。咲はギュッと目を閉じ、次に来る衝撃に備えた。

 地面に叩きつけられる自分を想像し、身構える。

 けれど、次に感じた衝撃は思ったよりも柔らかいもので、それは咲の身体を優しく包み込んだ。それから、フローラル系の香りが鼻をくすぐる。

 ──フローラル系の香り?

 咲はゆっくりと目を開けた。途端に目に飛び込んできたのは、急な階段の坂道。

「ヒャァッ」と咲は素っ頓狂な声を上げた。

 こんなところで転げ落ちていたら、タダでは済まなかっただろう。一気に血の気が引いていく。

「大丈夫だよ、咲ちゃん」

 その声に、ようやく咲は、花音が自分の身体を支えていることに気がついた。

「花音さんっ」

 階段を転がり落ちる寸前の咲を、花音が抱き止めてくれたのだ。花音はゆっくりと咲を地面へ下ろした。

「……花音さん、大丈夫ですか?」

 咲は自分の足が地面についたことを確認してから、尋ねた。

「……それは、こっちのセリフだよ」

 花音は呆れたようにため息を吐いた。

「あ、私は大丈夫です」

 咲は大きく頷いてみせる。それに花音は片眉を上げ、「だけど、どうしてこんなところまで?」と尋ねた。

「陸くんを探しに……森の中に陸くんが一人で入ったって聞いて、後を追ってきたんです。でも、全然見つからなくて……」

 花音の問いに、咲は堰を切ったように状況を説明する。

「陸くんが?」

 花音が驚いて目を見開いた。

「陸くん、大丈夫かな? ……もし、陸くんに何かあったら……私……花音さん、どうしよう」

 さっきまで辛うじて保っていた緊張の糸が、花音の顔を見て切れてしまったようで、涙が頬を伝う。

 ポツリ、ポツリと足元に落ちる涙を見て、情けない、と咲は唇を噛み締めた。

 自分より小さな陸くんはきっと今も辛い思いをしてるはずなのに。泣いている場合じゃない。

 咲は腕で顔を拭うと、花音を見上げた。

「この上には、陸くんはいませんでした。だから、下を探しに行かないと……」

 そう言って駆け出そうとした咲を、花音は両腕で抱き止めた。

「落ち着いて、咲ちゃん」とギュッと腕に力を込める。自然と花音の胸に顔が埋まる。身体の体温が一気に上がり、耳まで熱くなった。

「……陸くんなら大丈夫だから」

 花音が優しく耳元で囁いた。

「でもっ」

 咲は言い返そうと腕の中でもがく。

「陸くん、一人で心細いはず……」

 言いながら涙が溢れる。それがまた悔しかった。

 ──花音さんに安心して泣いてしまう自分が。

 そんな咲の背中を優しく撫で、花音はフゥと小さく息をついた。

「……ねぇ、咲ちゃん。一体、誰から聞いたか知らないけれど、陸くんならずっと僕と一緒にいたよ」

 ──え?

 咲は花音の胸から顔を引き剥がし、彼を見上げた。

「……花音さんと?」
「そう。僕と……僕に付き合って、車まで着いてきてくれていたの」
「そう……なんですか?」

 ジッと花音を見つめる。そうなの、と花音が頷いた。

「それなら、陸くんは今?」
「今は川上さんと一緒にカフェにいるよ」

 カフェに、と口の中で呟いて、咲はヘナヘナとその場にへたり込んだ。

「ちょ、咲ちゃん、大丈夫?」

 辛うじて花音の右腕が咲を支える。咲はその腕を掴んだまま、うんうん、と頷いた。

 ──そっか。さっき川上さんの傍に陸くんの姿が見当たらなかったのは、花音さんについていったからか。

「陸くんが無事でよかったです……」

 そう声に出した途端、再び涙が溢れた。

「……本当だね」

 花音もしゃがみ込み、咲の頭を自分の肩へと抱き寄せた。そのまま黙って、咲が泣き止むまで背中を摩った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

どりーむパークのパンダさんはたいへんおつかれのようです

ちはやれいめい
キャラ文芸
日本のどこかにあるゲームセンター、どりーむパーク。そこで働く量産型きぐるみパンダくんの奮闘の日々&パンダの|きぐるみ《社畜》友達のお話です。

処理中です...