華村花音の事件簿

川端睦月

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イースターエッグハント

魔女の館 -3-

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 教室はカフェの一角を借りて行うとのことだった。玄関ホールは天井が高く作られ、幾何学模様の装飾がほどこされている。ホールから左右に西棟と東棟に分かれていて、カフェがあるのは小さな庭園に面した西棟のほうだった。

 装飾を施した腰窓が等間隔に並び、ひとつだけ両開きの掃き出し窓になっているところから、庭園へと出られるようになっている。掃き出し窓は片側が開けられ、外の空気を取り込んでいた。風に乗って、瑞々しい新緑の匂いが鼻をくすぐる。

 フラワーアレンジメントの教室は、窓際の十名ほど座れる丸テーブルを借りて行うらしい。

 花音は台車に積んだ荷物を下ろしながら、「今日はイースターをテーマにしたお花を生けるんだ」と曰った。

「いーすたー?」

 咲の陰から陸が尋ねた。そんな彼は、咲から渡された小さな紙袋を持っている。一応、お手伝いのつもりだ。

「そう。イースター」

 花音は陸を見つめ、ニコリと笑った。

 近年では、日本でも一つのイベントとして認識されるようになってきた『イースター』だが、咲もその実情は詳しく知らない。卵をデコレーションして飾るという知識くらいしか持ち合わせていない。

「陸くんは、キリストって知ってる?」

 花音が陸に問いかける。

「しってるっ。クリスマスのプレゼントくれる人っ」

 得意顔で陸が答える。

「あー、惜しい。それはサンタクロースね」と花音は肩を竦めた。

「でも、クリスマスは合ってる。クリスマスは、キリストの誕生日なんだ」
「たんじょう日……じゃあ、いーすたーは?」

 陸が興味深げに花音をジッと見つめた。

「イースターはキリストの復活を祝う祭りなの」
「ふっかつ?」

 そうだね、と花音は少し考えをまとめ、続ける。

「キリストってね、一度死んじゃったの」

「えっ、死ぬの?」と陸が驚いたように目を見開く。

「でもね、生き返ったの」

「えっ、生きかえるの?」と今度はパチパチと目を瞬かせる。

 いちいち花音の言うことに大きく反応する陸が可愛らしく、咲は黙って二人のやりとりを眺めた。

「キリストは神様だから。──普通の人には出来ないことでもできてしまうんだ」

「神さま、すごいねっ」と陸がひどく感心する。ほんとだよね、と花音は可笑しそうに笑う。

「それでね、死んでしまった人が生き返えることを復活っていうんだ。イースターはその復活を祝っているの。……わかってもらえたかな?」

「陸、いーすたー、わかった」と陸は元気よく返事をする。いつの間にか花音への警戒心は薄れたようで、花音の足元に張り付いていた。

 えらいね、と花音は陸の頭を撫で、咲に視線を移した。二人を眺めていた咲は、自然と花音と目が合う。突然だったのでドキリとし、誤魔化すように視線を陸へと落とした。

「陸くん、物分かりがいいですね」
「本当だね。子供の吸収力ってすごいよね」

 花音は感心したように、うんうんと頭を縦に動かした。

「……そういえば、イースターには卵やうさぎがつきものですよね」

 ふと思い出して咲は花音を見上げた。ああ、それはね、と花音は言う。

「イースターの語源に関係があるんだ」
「イースターの語源、ですか?」

 不思議そうに首を傾げた咲に、そう、と花音は頷いた。

「イースターは春の女神である『エオストレ』の名前が語源になってるの」
「エオストレ……」
「そう。エオストレは、ゲルマン神話の春の女神でね、野うさぎを従えていたの」
「ああ。だから、うさぎが出てくるんですね」
「そう。野うさぎは多産の象徴なんだ。そして、その卵は復活や新しい生命の象徴だったの」
「卵?」

 咲はパチパチと目を瞬かせた。

「でも、うさぎって哺乳類ですよね。卵は産みませんよ?」
「まあ、そこは神話だから。そういう野うさぎだったんだよ」

 花音は苦笑いを浮かべた。

「うさぎや卵がイースターのシンボルになったのは、そういう経緯からなんだ」

 そう言って陸に目を向ける。

「だからね、陸くん。イースターはキリストの復活を祝うだけでなく、春の訪れと新しい生命も祝う祭りでもあるんだよ」と教える。

「陸くんがイースターのアレンジをお母さんと赤ちゃんに贈ったら、きっといいことがあるんじゃないかな」

 花音の言葉に、陸の目がキラキラと輝き出す。

「ぼくも、アレンジ、やりたいっ」

 元気良く手を上げる。

「そうだね」

 花音はニコリと笑う。

「もう少しすると、参加者の子供たちも集まってくるから、そしたら一緒にやってみようか」

 花音の提案に、「うん」と陸は大きく頷いた。
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