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水仙の誘惑
文乃からの依頼 -3-
しおりを挟む「彼女、とてもいい子ね」
エレベーター待ちで、文乃が言う。
「彼女?」
「咲さん」
「ああ、そうですね」と花音は頷いた。
「とても真っ直ぐで素直な子ですよ」
花音はニコリと笑った。
「……もしかして、付き合っているの?」
「まさか」
「でも、気になっている?」
「そういう話は辞めましょう」
花音はふいっとそっぽを向いた。同時に、エレベーターのドアが開く。二人は無言でエレベーターへと乗り込んだ。
四階のボタンを押し、『閉』ボタンを押す。
エレベーターはほどなく上昇を始め、同時に文乃のスマホが鳴った。
「菜摘さんから」
トートバックからスマホを取り出し、画面を見た文乃が言った。
ずいぶん早い返信だったが、それだけ相手も気にかけているということだろう。
「これから会えるそうよ」
「そうですか」と花音は頷いた。
「隣町の駅にある喫茶店を指定してきたけど、それでいい?」
「はい。問題ないです」
「それなら返信しておく」
そう言って文乃がスマホの操作を終えたとき、エレベーターの到着を告げる音が鳴った。
花音は部屋に文乃を招き入れると、アンティークの扉とは別の、玄関そばにあるドアをあけた。
六畳ほどの和室である。部屋の隅にローボード置かれ、その上に小さな仏壇が据えられていた。黒漆塗りの桜の蒔絵が描かれたものだ。
着物姿の年老いてはいるが上品な佇まいの女性の写真が飾られている。
「花音さん……」
文乃はその前に膝をつき、じっと写真を見つめた。
「私、結婚したの」
ぽつりと呟く。
「今、妊娠三ヶ月よ」とお腹を撫でる。
「花音さんに結婚式のお花をお願いしたかったけど、……武雄くんで我慢しておくわ」
花音を振り返り、笑う。
「本当に、ありがとう。今の幸せは花音さんのおかげ。──それから、ごめんなさい……」
文乃の目には薄らと涙が浮かんでいた。
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