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ブルースターの色彩
ブルースターの色彩 -2-
しおりを挟む「たかが物かもしれないけど、それに救われることもあるからね」
しみじみと言う。
「花音さんには、そういうもの、あるんですか?」
あるよ、と花音は笑った。
「僕にとっての思い出の品は、華村ビル」
「華村ビル?」
ビルとはずいぶんスケールの大きな話だ。それは物の域を超えているのでは、と心の中でツッコミを入れる。
「あのビルには、祖母の思い出がたくさん詰まっているから」
花音は懐かしそうな、愛おしそうな表情を見せた。
「お祖母さまとの思い出、ですか……」
その言葉が、花音の中での祖母の存在の大きさを思わせる。
「うん。小さい頃からの思い出があそこにはいっぱいあって。小さな傷一つ見ても、あの時はあんなことがあったな、って色々思い出しちゃうんだ」
「そうなんですか」
そんな思い出のある花音が、羨ましく思えた。
「咲ちゃんは?」
花音がチラリと咲を見て尋ねる。
「……私は、ないですね」
「そうなの?」
花音は意外そうに目を見開く。はい、と咲は頷いた。
「──私、この間、花音さんに言われて気がついたんです。素直ぶって、結局人の言いなりになってたんだって」
咲はキュッと唇を結んだ。
「それってつまり、自分の本当に欲しいものや遣りたいことを諦めることなんですよね。だから、自然となにかに執着することがなくなって。思い出の品みたいな、物や人へのこだわりはなくなってしまいました」
そうなの、と花音が寂しげな表情を浮かべた。
「でも、今回のことで花音さんや小峰さんが羨ましくなりました。お二人みたいな思い出の品、私も欲しくなりました」
咲の顔が明るく輝く。
それなら、と花音はニコリと笑った。
「これから一緒に作ろう。咲ちゃんの思い出の品」
「そうですね」
咲は大きく頷いた。これから華村ビルで、花音さんや悠太くんと思い出を作っていけばいい。それがいつか、花音さんのように思い出の品になる日が来るのだろう。
ついでに、凛太郎さんも。
ふいに、凛太郎の意地悪な顔が思い浮かび、咲は顔を顰めた。
「どうかした?」
その様子に気づいた花音が、怪訝そうに尋ねる。
「あ、いいえ」と咲は小さく首を振った。
「これから、凛太郎さんと上手くやっていけるか心配で……」
なるべく言葉はマイルドにしたが、正直、あまり顔を合わせたくはない。
大丈夫だよ、と花音は笑った。
「咲ちゃんと凛太郎、意外に合うと思うんだ」
「えっ?」
何を根拠にそんなことを。
咲は唖然として花音を見つめた。
「咲ちゃん、あんまりはっきり物を言わないのに、凛太郎のことは『口も態度も悪い』ってストレートに言えたじゃない?」
「そ、それは」
アタフタと慌てる。口は災いの元だ。
そんな咲を花音はクスリと笑う。
「良いことだよ。そうやって本心を言えるのは。凛太郎が、そういう咲ちゃんを引き出す誘発剤になってくれるかもね」
というか、そうやって本心を言えるのは、花音さんへの安心感からだと思うのだけど。
チラリと花音を窺う。
「凛太郎も根はいい子だからさ。仲良くしてやってね」
花音はとってつけたように締めくくって、笑った。
*
車は咲の家の近くの公園の駐車場に止まる。
花音は「家の前まで送るよ」と言ってくれたが、家族と鉢合わせしたら大変なので、丁重にお断りした。
「今日は本当にありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「こちらこそ、仕事に付き合ってくれてありがとう」
花音はニコリと微笑んだ。それから、「あ、ちょっと待って」とドアノブに手をかけた咲を引き留める。
花音は車を降りると、助手席側へと回り、後部座席のドアを開けた。ガサガサと何かを探る音がして、ドアが閉まる。
──なんだろう?
咲が疑問に思っていると、助手席のドアが開き、花音の顔が覗いた。
「ハッピーバレンタインっ」という言葉と共に花束が差し出される。
花束は丸い薄ピンクのバラに白い紫陽花とパンジーを合わせたもので、コロコロと丸みのあるフォルムがとても可愛らしい。
「え、これは?」
勢いで受け取ってしまった咲は戸惑い、花音を見上げた。
「お祝いだよ」と花音が片目を瞑った。
「お祝い?」
「華村ビルの入居者になってくれたお祝い」
「そんな……」
咲は嬉しさで言葉が詰まり、俯いた。
「あれ? 迷惑だった?」
花音はその沈黙を悪い意味に受け止めたらしい。頭を掻き、眉根を寄せる。
「いえ、全然っ」
咲は慌てて否定した。顔を上げると、花音と視線がぶつかる。花音は珍しく驚いた顔をしていた。
「──すごく嬉しくて。私のほうこそ、ビルの一員にしてくれてありがとうございます」
深々と頭を下げた。花音の目が眩しそうに細まる。
えーと、と花音は頬を人差し指で掻いた。
「華村ビルへの引っ越しは、いつ頃になりそう?」
「そうですね、今月中には」
そっか、と花音は頷く。
「咲ちゃんのこと、楽しみに待ってるよ」
満面の笑顔を浮かべ、花音はそう告げたのだった。
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