華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
上 下
12 / 105
ブルースターの色彩

華村ビルの人々 -2-

しおりを挟む
「そういえば、凛太郎には何を言われたの?」

 五階へと向かうエレベーターの中で花音が思い出したように尋ねる。

 えーと、と咲は考えを巡らせた。貧乳って言われましたなんて、バカ正直に言えるわけがない。

「何を言われたとかはではないんですけど、態度が失礼で」
「それだけ?」
「はい」
「それだけで咲ちゃんが怒るなんて……」

 花音は鋭い指摘をして、咲の顔を覗き込んだ。

「あと、『武雄の彼女?』って聞かれました。……武雄なんて知らないのに」

 ふいっと視線を逸らし、咲は話題を変えた。それに花音が苦笑する。

「武雄は……」と花音が言いかけたとき、エレベーターが五階へと到着した。

 エレベーターを降りると、打ちっぱなしのコンクリートの空間が現れた。少し離れたところに灰色の鉄製のドアがあり、そのドアを花音はマスターキーを使って開ける。

 リフォームがされているようで、室内は白で統一されたナチュラルな仕上がりになっていた。

 白木の板が床に貼られ、壁は白い珪藻土で塗り込められている。各部屋のドアはライトグレイの木製ドアが使われ、いいアクセントとなっていた。

「間取りは2LDKね」

 そう言って花音は先に立って進み、左側にあるドアを開けた。

「ここはリビング。で、奥がキッチン」

 海側にあるリビングの掃き出し窓からは、一面の海が臨める。

「料理をしながらでも海が見えるから、キッチンに立つのが楽しくなるよ」
「そうなんですか?」

 花音の後を追い、キッチンのシンク前に立つ。カウンター越しに穏やかな海が広がっていた。

「ほんと、素敵ですね」

「そうでしょ」と花音が相槌を打つ。

「もしかして、花音さんもここに住んでいたことがあります?」

 咲は花音を見上げ、尋ねた。

「どうして?」
「説明に実感がこもっていた気がして……」
「そう?」
「ええ」

「まぁ、説明するには部屋のことをきちんと知っておかないとね」と花音は笑った。

「どう? 咲ちゃん、ご満足頂けましたか?」
「ええ、とっても」

 この部屋なら素敵な一人暮らしが満喫できそうだ。咲はまだ見ぬ新しい生活に思いを馳せたのだった。



「咲ちゃんはこのあと、真っ直ぐ家に帰るの?」

 部屋の内見を終えてエレベーターを待っていると、花音が尋ねた。

 そうですね、と咲は応じる。

「それなら、送っていくよ」
「えっ、大丈夫ですよ」

 咲は手と首を大袈裟に振り、辞意を示した。そこへエレベーターのドアがゆっくりと開く。

「遠慮しないで。配達のついでだから」

 花音はエレベーターに乗り込み、四階のボタンを押した。

「配達?」
「うん。ちょうど咲ちゃんの家のほうまで行くからさ」

 でも、と咲は戸惑って俯いた。

 ──花音さんと車で二人っきりなんて、緊張してしまう。

「本当に遠慮しないで」との花音の言葉に顔を上げると、優しい視線にぶつかった。

「今日は僕もレッスンの予約が入ってないから、暇だし。──それに」
「それに?」
「咲ちゃんとドライブするのも楽しいかなって」
「えっ、ドライブ?」

 花音はさらりと咲が反応に困ることを口にする。
 じんわりと頬が熱を帯び、その熱が耳まで到達したころ、ポーンと四階への到着を告げる電子音が鳴った。

「じゃあ、僕は配達の準備をしてくるから。咲ちゃんは悠太くんの喫茶店で待っててね」

 勝手に結論づけて、花音は一階のボタンを押し、エレベーターを降りた。取り残された咲は小さなため息をついて、閉じていくドアを見つめたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

【本編完結】繚乱ロンド

由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。 更新日 2/12 『受け継ぐ者』 更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話) 02/01『秘密を持って生まれた子 2』 01/23『秘密を持って生まれた子 1』 01/18『美之の黒歴史 5』(全5話) 12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』 12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』 本編は完結。番外編を不定期で更新。 11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』  10/12 『いつもあなたの幸せを。』 9/14  『伝統行事』 8/24  『ひとりがたり~人生を振り返る~』 お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで 『日常のひとこま』は公開終了しました。 7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。 6/18 『ある時代の出来事』 -本編大まかなあらすじ- *青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。 林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。 そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。 みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。 令和5年11/11更新内容(最終回) *199. (2) *200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6) *エピローグ ロンド~廻る命~ 本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。  ※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。 現在の関連作品 『邪眼の娘』更新 令和7年1/25 『月光に咲く花』(ショートショート) 以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。 『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結) 『繚乱ロンド』の元になった2作品 『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』

処理中です...