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チューリップはよく動く
ミーちゃんの失踪 -2-
しおりを挟む悠太の喫茶店は花音が言ったとおり、外観はあれだが、内装は今風のおしゃれなカフェといった感じであった。
ナチュラルウッドの家具で統一された店内は明るい仕上がりで、唯一道路に面している入り口側の大きな窓から差し込んだ光が、雰囲気のある照明代わりになっている。
入り口の左側には、厨房とその前にカウンターと二人掛けのテーブル席が二セット並ぶ。右側には四人掛けのテーブル席が二セット、その奥に手洗いがあった。
それぞれのテーブルにはチューリップのアレンジが置かれている。咲が生けたものとは違う、赤が印象的なモダンなアレンジだった。
「あのテーブルのお花、花音さんが生けたものなんですか?」
咲は横に立って辺りを見渡している花音に尋ねた。
「ええ。宣伝がてら置かせてもらってます」
花音はニコリと笑う。
「素敵ですね。シャープな感じが、すごくお店の雰囲気にあってます。──特にあのチューリップの赤。ナチュラルなインテリアによく馴染んでる」
その言葉に花音はジーっと咲を見つめた。
「なにか?」
あまりに見つめるので、なにか変なことでも言ったのかと、不安になる。
「……いえ、咲さんの感覚は非常に鋭いな、と思って。インテリア関係のお仕事でも?」
「ええ、まあ」
花音の問いに、咲は言葉を濁した。その先を詳しく聞くことはなく、そうですか、と花音は笑顔を返した。
「でも、このアレンジ……」
そうつぶやいて、花音は近くの席のアレンジを見つめた。それから、各テーブルのアレンジを見て歩く。
「悠太くん」
少し考え込んでから、花音は悠太を呼んだ。
「昨日は遅くまで厨房にいたの?」
え、と悠太は驚いた顔をする。
「よくわかりましたね。実は新作メニューの開発に夢中になって、夜の十二時過ぎまで厨房にいました」
なるほど、と花音は頷いた。
「それじゃあ、ミーちゃんを最後に見たのは、いつ?」
悠太は昨日のことを思い出すように、斜め上を見上げた。
「えーと、ごはんをあげて、トイレの片付けをしたのが最後だから……午後七時くらいですかね」
「その後はずっと厨房に?」
「ええ、そうです。──やっぱり外に出てしまったんでしょうか?」
話していて不安になったのか、悠太はまたさっきの考えに戻る。
「それはないって言ったよね」
でも、と悠太は顔を歪めた。
「一時間も探したんですよ」
今にも泣き出しそうな顔だ。
「どこを?」
対照的に、花音は冷めた表情で尋ねた。
「え?」
「どこをどうやって探したのさ」
花音は呆れたようにため息をつき、もしかして、と悠太に詰め寄った。
「お店の方を探してた?」
悠太は無言で首を縦に振る。やっぱり、と花音が肩をすくめた。
「お店の方を一時間探したって、見つかるわけないよ」
「え、どういう……」
悠太は花音の言葉の意味が分からず、ポカーンと彼を見返した。
「ミーちゃんは、居室スペースにいるんだから」
「えっ、そうなんですか?」
悠太は厨房の奥にある居室スペースに目を向けた。
「まず、ミーちゃんは眩しいのが嫌いだよね」
それに構わず、花音は続ける。悠太は、はい、と頷いた。
「で、ゲージは居室スペースにある」
そうですね、と悠太はまた頷いた。
「お店に出るためには厨房を通らないといけない。──でも、厨房は明かりがついている」
「あ」と悠太が小さく叫んだ。そのまま、厨房奥の通路を走って、居室スペースに入っていく。
そのあとを花音はやれやれといった様子で追いかけた。咲もそれに従う。
居室スペースは、四.五帖の洋間とユニットバスにクローゼットがついたシンプルな造りになっていた。
ミーちゃんのゲージはクローゼットの前に置かれ、部屋のほとんどはベッドに占領されている。
そのベッドに占領されていない、わずかな空間に立って、悠太は辺りを見回していた。
「やっぱり、いないですよ」
花音の顔を見るなり、悠太が不満げな声を上げた。
「……馬鹿なの?」
狭い通路の壁に手をついて、花音が首を振る。
「さすがに、こんな質素な部屋にミーちゃんがいたら、すぐにわかるでしょ」
「えっ、でも……」
悠太は反論しようとして口を尖らせた。それを無視して、花音が土足のままフローリングの床に上がる。
「えっ、ちょっ、花音さんっ。ここ、土足っ禁止……」
悠太は慌てて押しとどめようとして、カタコトの日本語を発する。
しかし、長身の花音と小柄な悠太では力の差は歴然だ。悠太を押し切った花音は、クローゼットの扉を開けた。
「もー、花音さん、勝手にクローゼット開けないでくださいよっ」
未だ抵抗する悠太を片手で抑え、花音はクローゼットの中をジッと見つめた。
「ほら、あそこ」
花音がクローゼットの床を指さした。そこには衣装ケースがあり、壁に接する側の隅のほうに、わずかな隙間がある。
その隙間に、両手に乗るくらいの丸い塊が見えた。
「……ミーちゃんっ」
悠太は歓喜の声を上げた。
衣装ケースをずらし、ゲージの上にあった革手袋をはめる。それから両手で丸い塊を掬うように持ち上げた。
「でも、なんでここに……クローゼットの扉は閉まっていたのに」
疑問を口にする。
「昨日、厨房にいる間、この部屋の明かりは点けてたの?」
「いいえ」
「じゃあ、いつ点けた?」
「えーと、厨房から移動した時に点けました」
「そのあとは?」
「明かりを点けて、クローゼットを開けて、着替えを取って……あっ」
「その時じゃない?」
花音が呆れた顔をする。
「きっとゲージの扉がきちんと閉まっていなくて、外に出たんじゃない? で、明かりが点いた時に眩しくてクローゼットに逃げ込んだ」
そうかもしれませんね、と悠太が蚊の鳴くような声で答えた。
「大変、お騒がせしました」
ペコリと頭を下げた悠太に、まったくだよ、と花音は肩をすくめてみせた。
「咲さんも、ごめんなさい」
遠目に二人の様子を眺めていた咲に、悠太はしょんぼりと告げる。
まるで叱られた犬のように、伏せた耳まで見えそうだ。可哀想で、とても責めることなんてできない。
気にしないでください、と咲は笑顔を返した。
「ミーちゃんが見つかったなら、それでいいんです」
「ありがとうございます」
悠太は満面の笑みを浮かべた。
「咲さんもミーちゃん見ます?」
「あ、ぜひ見てみたいです」
「いいですよ」
悠太は咲に近づき、そっと両手を差し出した。
その手にはトゲトゲとした茶色の丸い塊が、ちょこんと乗っている。
かわいい、と咲は思わず頬を緩めた。
「ミーちゃんって、ハリネズミだったんですね」
「そうなんです。咲さんも触ってみます?」
「えっ、いいんですか?」
「はい、一緒に探してくれたから、ぜひ。──手を出してくれますか?」
悠太に言われるまま、両手を差し出す。その手に悠太はそっとミーちゃんを乗せた。
「あったかい」
ほのかな温かさと小動物特有の細かい拍動が伝わってきて、愛しさが込み上げる。
このまま持って帰りたい。
「咲さんはハリネズミ平気そうですね」
その様子を見て、悠太が安心する。
「だって、こんなに可愛いもの」
本当に思わず頬ずりしたくなる可愛さだ。──実際には無理だけど。
「花音さん、駄目なんですよ」
「え?」
悠太の言葉に花音に目を向けると、彼は眉間に皺を寄せていた。
「花音さん、ハリネズミが苦手なんですか?」
それはちょっと意外だった。
いえ、と花音は首を横に振る。
「ハリネズミは可愛いと思うけど……」
「可愛いと思うけど?」
「食事がちょっと……」
「食事?」
なぜか花音は歯切れが悪い。
「悠太さん、ハリネズミの食事って?」
歯切れの悪い花音の代わりに、悠太に尋ねる。
「僕は主にミールワームをあげてますね」
「ミールワーム?」
「えーとですね、簡単に言うと虫、ですね」
悠太は笑顔でさらりと恐ろしいことを言い、「見ます?」と冷蔵庫をあさり始めた。
「え?」
咲は頬を引き攣らせたのだった。
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