華村花音の事件簿

川端睦月

文字の大きさ
上 下
104 / 105
三本のアマリリス

エピローグ -1-

しおりを挟む

 ヒューっという細い笛の音のあとに、パッと金色の火花で象られた菊の花が視界いっぱいに広がる。次いでドーンと鼓膜を揺らすほどの大きな音が鳴り響いた。

「たぁまやぁ」

 隣で花音が笑いながら、弾んだ声を上げた。

 咲は今にも火花が落ちてきそうなほどごく間近で上がった花火に、惚けたままひたすら空を見上げていた。

「咲ちゃん、大丈夫?」

 あまりに咲が一点だけを見つめているので、花音が心配をして顔を覗き込む。

「あ、はい、大丈夫です」

 突然、視界に現れた花音に、咲は驚いて我に返った。

 ここは華村ビルの屋上。最初に会った日の約束どおり、花音は日向川花火大会の鑑賞会に咲を誘ってくれたのだった。

 花音の祖母が生きていた頃は毎年の恒例行事だったらしいが、亡くなってからは久しく行われていない。今回が五年ぶりの開催だそうだ。

 凛太郎や悠太はもちろん、文乃と亮介、川上一家も交えてバーベキューついでに花火鑑賞をしていた。

 背後で聞こえる賑やかな話し声が心地よい。

「いえ、こんなに間近で花火を見たことがなかったので。見惚れて、魂が抜け出てしまいました」
「魂が抜け出たって……」

 花音がクスリと笑い、「たしかにそんな顔してた」と悪戯っぽい表情を浮かべる。

「なんですか、そんな顔って」

 咲はムッとして頬を膨らませた。それをまた花音が可笑しそうに笑う。

 そんな花音を眺め、咲はギュッと手すりを握り締めた。

「あの、花音さん……」

 心を決め、花音を見上げる。

 うん? と見つめ返す花音の眼差しはどこまでも優しく、思わず心臓が跳ね上がりそうになる。

「えっと、先日のお話ですが──」
「先日のお話?」

 花音の片眉がピクリと動いた。

 そうです、と早まる鼓動を落ち着かせ、咲は続けた。

「あの、もしまだ、こちらのお部屋に空きがあるようでしたら、ぜひ入居させていただきたいのですが」

 咲の申し出に、花音はあからさまにガッカリとした顔をする。

「……あ、あれっ? もしかして、もう決まってしまいました?」

 あの帰り道の車の中で、返事は花火大会の日まで待つからと言っていたので、てっきり大丈夫だと思っていたのだが。

「ううん。大丈夫。部屋はまだ空いているよ」

 花音はユルユルと首を振った。

「そうなんですか?」と咲は首を傾げた。

「……それなら私ではダメってことなんですね」

 しょんぼりと肩を落とす。

「えっ、いや、そうじゃなくて……」

 花音は慌てて手を振る。それから、ガシガシと頭を掻き回し、ハァと大きくため息をついた。

「入居は大丈夫なんだけど……」
「はい」

 物言いたげな花音に、入居以外の何があるのだろうか、と咲は首を傾げる。

 花音はもう一度大きくため息を吐くと「あのね、咲ちゃん」と咲に向き直った。

「は、はいっ」

 その眼差しがあまりに真剣で、咲はビシリッと背筋を伸ばす。

「あの日、僕が咲ちゃんに言ったこと、覚えてる?」
「はい、覚えてます」

 咲は頷く。

「華村ビルに住まない? っていうお誘いですよね」

 途端、花音は右手を額に当て、短く息を吐いた。

「あ、あれ? 違いました?」
「いや、違わないけど……」

 そのまま、しばらく黙り込む。

「……その他にも、ほら、えっと……一緒に……」

 花音がゴニョゴニョと何か話すが、花火の音に紛れて聞き取れない。

「あの、花音さん、もう少し大きな声でお願いします」

 咲は話が聞こえるよう、花音との距離を縮めた。

 途端、花音の声が止む。

「花音さん?」

 どうしたものかしら、と様子窺いに見上げれば、ますます複雑な表情をした花音との目が合う。

「ああ、もうっ」

 花音は何かを振り切るように自分の頭を掻き乱した。

「か、花音さん?」

 花音の意味不明な行動を呆然と見守っていると、今度は両肩を掴まれた。

「え?」
「──あのね、咲ちゃん」

 花音が肩を掴んだまま、顔を近づける。柔らかで少し高めの声がいつもより男性味を帯びているように感じられた。

「花音さん、近いですっ」

 咲は照れて顔を逸らす。が、花音は離れない。それどころか、更に顔を近づけてきた。

「伝わってないみたいだから、もう一度言うけど。──僕ね、咲ちゃんに一緒にいてほしいの」

 そう言った声がなんだか切なくて、そんなふうに請われれば、世の女性は皆んな誤解をしてしまうな、と頭の片隅で思う。

 現に自分だって、花音さんの色香に惑われそうになっているのだから。

 ──ただでさえ花音さんのことを好きだと気づいたばかりで意識してしまうのに。

 さすがは女性に困らない男、と思わず感心する。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。 そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。 美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。

処理中です...