華村花音の事件簿

川端睦月

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三本のアマリリス

拉致 -1-

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 二階堂悟が消息不明のまま一週間が過ぎた。

 過保護な花音さんは、二階堂悟の身柄が確保されるまでの護衛を申し出てくれたけれど、丁重にお断りした。

 今は華村ビルの住人ではない自分に、そこまでお願いするのは流石に申し訳ない。

 そう言うと、花音さんは不満げに、それでも渋々了承した。

 二階堂綾子の方はおおかた決着が付きそうだ。雅人に不正を告発されて以来、他方面から悪事が露見し、対応に追われているとのこと。現在のポストも近いうちに更迭されるようだ。

 雅人によれば「自身の保身に忙しくて、息子の結婚など気にしている場合ではないだろう」だそうだ。

 徐々に、咲の周りにいつもの平穏な日々が戻ってきていた。

 そして、顔合わせがあった翌週の土曜日。

 咲は久しぶりに華村ビルのある駅へと降り立った。

 ビルのみんなに今回の報告とお礼をするためである。

 とは言っても、花音さんと凛太郎さんは自分以上に事情を知っているのだからその必要はないのだろうけど。

 それでも、なにも知らない悠太くんにはだいぶ心配をかけてしまった。直接顔を見て話をしたかったというのもある。

「田邊さん」

 駅の改札口を潜り、商店街に向かう道すがら、背後から声をかけられた。

 振り返ると、品の良い三十代半ばの女性が佇んでいる。

 見覚えのある顔だ。

 たしか、花音の開催した子供向けフラワーアレンジメント教室でみかけた女性だ。

「えっと、高木さん、でしたっけ……」

 記憶を辿り、なんとか名前を捻り出す。

「覚えていてくださったんですね。そうです、高木です」

 高木が嬉しそうに言う。

「もしかして、これから喫茶カノンに行くところでした?」

 探るようにこちらに問う。その瞳の奥になんとも言えない圧力を感じた。

 ──そういえば彼女は熱心な華村推しだった。

 もしかしたらライバル視されているのかもしれない。

「あ、はい、そうですね」

 咲は気圧され、一歩後ろに退いた。

「私もなんです。よろしければ、ご一緒しません?」

 しかし、高木は逆に距離を詰めてくる。

「えーと……」

 咲は少し戸惑い、はい、と渋々頷いた。

 強く言われると断れない性格はなかなか直らない。こっそりとため息を吐いて、高木と共に歩き出した。

「田邊さんは喫茶カノンにはよく通われているの?」

 高木が世間話の体で敵情視察を仕掛けてくる。

「そうですね──以前は頻繁に通っていましたけど、今日は久しぶりです」

 本当は華村ビルに住んでいたなんて口が裂けても言えない。そんなことを言ったなら、恨みを買ってしまうに違いない。

 他愛ない話で誤魔化しながら、商店街の通りを抜ける。細い裏道を抜ければ、華村ビルはすぐそこである。

 もう少しで、この変な緊張感から解放される。

 そう思いながら裏道を歩いていると、ふいに背後から車のクラクションが鳴った。

 細い道なので車の通行の邪魔になったのだろう。

 車に近い側にいた咲は、高木の方へと身を寄せた。途端に高木とぶつかる。

「あ、ごめんなさいっ」

 車に気を取られ、高木の位置を把握していなかった。

「いいのよ」

 高木は咲の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。

 その横にクラクションを鳴らした黒いミニバンが幅寄せするようにピタリと止まった。

 どうしたのかしら、と眺めていると、後ろのスライドドアがゆっくりと開く。

 ──もしかして、高木さんの知り合いなのかな?

 尋ねようと高木を振り返ったとき、背後から口を塞がれた。

「……!」

 そのまま力任せに車の中へと引きずり込まれる。咲は必死に抵抗を試み、高木に助けを求めた。しかし、高木は車の中の腕に加勢するように咲を車の中へと押しやる。

 ──高木さん、なんで……

 目で問いかけるが、高木からは冷たい視線が返ってきただけで、理由は掴めない。

 少なくともライバル視するあまりではなさそうだ、とは想像がつく。それならきっと、二階堂絡みなのだろうな。

 なすすべもなく車の中へと引きずり込まれる中、冷静に状況を分析する自分がいる。

 ──悠太くんのカフェラテ飲みたかったな……

 現実逃避する自分も。

 こんなことなら大人しく花音さんの申し出を聞いておくべきだった、と後悔する自分。

 色々な感情が押し寄せたが、閉じていくスライドドアがその全てを絶望へと変えていく。あとはもう抵抗する気力もなく、されるがまま、高木に後部座席へ縛り上げられた。

「……大丈夫? 咲ちゃん」

 うなだれ、大人しくなった咲に、口を塞いだままの若い男が声をかける。

「あ、口を塞いだままじゃ返事もできないか」

 咲が小さく唸ったので、男は手を離し、笑う。

「ごめんね、乱暴するつもりはなかったんだけど……」

 そう言って、顔を覗き込んできた男には見覚えがあった。

 二十代半ばの人の良さそうな男。

 ──法月、青。

 法月は揶揄うように口を歪めると、

「ちょっとだけ、付き合ってくれない?」

 咲に答えの決まっている問いを投げかけた。
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