華村花音の事件簿

川端睦月

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エディブルフラワーの言伝

凛太郎の謀略 -1-

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「よう」

 日中の暑さが増し始めた五月の下旬。火曜日の朝。

 華村ビルを出たところで、背後からの馴れ馴れしい呼び声に足を止める。振り返ると、不機嫌そうな顔をした凛太郎がビルの壁にもたれかかっていた。

「……凛太郎さん」

 驚いて目を剥いた咲は、それでも「おはようございます」と辛うじて挨拶を返す。

 ──こんな朝早くから出会すなんてついていない。

 思わず小さなため息が零れ出た。

「ちょっといいか?」

 凛太郎は挨拶を返すわけでもなく、そう言い、勢いをつけてビルの壁から起き上がった。かなりの長身なので、姿勢を正した時の威圧感が半端ない。

「これから会社なので、また今度にしてください」

 咲は素っ気なく応じ、クルリと進行方向に向き直った。

「じゃあ、駅まで付いて行くから、その間話そうぜ」

 凛太郎はトボトボと歩き始めた咲の横に長い足で追いつき、並んで歩く。

「え?」

 驚いて足を止めた咲を追い越し、凛太郎は数歩先で振り返った。

「なに、行かねーの?」
「……行きますけど」

 咲は渋々、凛太郎の横に並んだ。どうやら拒否権はなさそうだ。

「話ってなんですか?」

 用件があるなら、早く聞いて別れたほうがいいと踏み、こちらから切り出す。

「今度の日曜日、俺に付き合え」

 凛太郎は横柄に言い放った。それに「無理ですね」と即座に断りを入れる。

「はあ?」

 凛太郎はムッとしたように口を曲げた。

「──差別だな」
「え?」

 思いがけない返しに合い、キョトンとして凛太郎を見上げる。

「武雄や悠太には付き合って、俺は駄目だなんて差別だ」

 ──なに、その子供理屈。

 咲は呆気に取られ、凛太郎を見つめた。

「お前さ、もしかして俺のこと嫌ってる?」

 凛太郎が顔を近づけ、尋ねる。その距離感が、先日の花音との出来事を思い出させ、咲はフイッと顔を逸らした。

「……別にそういうわけでは。その日は用事が入ってて」
「用事って?」
「えーと、……買い物です」

 とっさにいい言い訳が思い浮かばず、隙だらけの答えを返してしまう。

「それ、来週でもいいだろ」

 呆れて凛太郎が曰う。

「そう、ですよね……」

 強く言われると、賛同してしまう癖はまだ抜けない。咲はガックリとうなだれた。

「別に取って食おうってわけじゃないんだから」

 凛太郎が息を吐き、頭を掻く。

「たまたま、グランドパーク中山のランチビュッフェのチケットが手に入ったから、一緒にどうかと思っただけだよ」

 ポケットからチケットを取り出し、咲の目の前に差し出した。

「グランドパーク中山のランチビュッフェ……」

 咲はチケットを眺め、パチパチと目を瞬かせた。

 グランドパーク中山のランチビュッフェはとても人気があり、予約が取れないと有名である。

 咲も常々行ってみたいとは思っていたが、予約は取れないし、取れたとしてもぼっちの咲では敷居が高く、諦めていた。

 咲はチケットから凛太郎へと視線を移した。

 だからと言ってだ、悪魔のような凛太郎の誘いに乗っていいはずがない。

 なんだか凛太郎の顔が悪巧みでもしているように歪む。

「どうする? これ、今週の日曜までなんだ」

 この誘いに乗ってはいけないと、本能が報せる。だが……。

「い、行きます……」

 凛太郎の迫力に気圧され、咲は不承不承頷いたのだった。
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