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藤の花の咲く頃に
藤の花の咲く頃に -1-
しおりを挟む「あー、楽しかった」
悠太が笑いながら大きな伸びを一つして、コースターを降りる。対して咲は少しふらつきながら、地面へと足をついた。
子供用の小さなジェットコースターとはいえ、怖がりな咲には少し刺激が強すぎた。
「大丈夫ですか、咲さん?」
顔色を青くする咲を心配して、悠太は傍に寄り添い、肩を抱いた。
「あ、ありがとう……子供向けだから、大丈夫かなって思ったんだけど……ごめんね」
咲は悠太に支えられながら、ゆっくりとアトラクションの出口にある階段を降りる。
「こちらこそ、無理させてしまってごめんなさい」
悠太は眉尻を下げて、謝辞を述べた。
「ううん、私が乗りたかっただけだから。悠太くんと一緒なら平気かなって思ったんだけど……ダメでした」
咲はガックリと肩を落とした。
「もう、咲さんったら」
悠太はクスクスと笑った。それから辺りをグルリと見渡して、「どこかでお休みついでに、お昼にしましょうか」と誘う。
そうね、と咲も頷いた。
時計を見ると、時刻は午後一時を過ぎていた。
悠太との時間はあっという間だった。
園内は休日ということもあり、なかなかの混みようで、どこにいっても長い行列ができていた。
遊園地初体験の悠太のことを考え、質より量を優先し、巨大迷路やコーヒーカップなど、なるべく行列の少ないアトラクションを回って歩いたが、それでも悠太には充分だったらしい。キラキラと目を輝かせていた。
「お弁当持ってきて正解でしたね」
レストランや屋台の行列を横目に見ながら、悠太は得意げに笑う。
「ほんと。悠太くん、ありがとうございます」
咲は手を合わせ、悠太を拝む真似をした。
悠太はえっへんと大袈裟に胸を張ってみせる。それから「あそこなんてどうですか?」と視線の先を指差した。
石畳の坂道に沿って川が流れ、その脇に木組みのパーゴラが何台か据えられている。パーゴラには薔薇や藤、クレマチスなど、蔓性の植物が絡みつき、見事な装飾の役割を果たしていた。
パーゴラの下にはベンチが置かれていて、休憩を取るにはちょうど良さそうだ。
咲と悠太は藤が絡むパーゴラに移動し、ベンチへと腰を下ろした。今が時期の藤の花が垂れ下がり、ジャスミンに似た甘く優しい香りを漂わせている。
「咲さん、どうぞ」
悠太は背負っていたリュックからランチボックスを二つ取り出す。その内の一つを咲へと手渡した。
「ありがとうございます」
「寝坊してしまったので、簡単なものしか作れませんでしたけど」
悠太は紙コップにコーヒーを注ぎながら言う。
「ううん。すごく美味しそう」
ランチボックスの中には、サンドイッチや唐揚げ、フルーツなどが彩りよく詰められていた。さすが喫茶店の店長さんだ。
「いただきます」
咲はパクリと玉子サンドに齧り付いた。途端に甘い玉子の味が口の中いっぱいに広がる。
いつも食べている玉子サンドとは系統が違い、スイーツ感覚でもいける味だった。
「悠太くんの玉子サンドは、甘い玉子焼きを挟んでいるのね」
「そうですよ?」
悠太は不思議そうに咲を見つめた。
「とっても美味しい」と咲は頷く。
「でも、私、ゆで卵を潰してマヨネーズで和えた玉子サンドしか食べたことなかったから、少し意外で……」
「そうなんですか?」
悠太は目をパチクリとさせた。
「てっきり、これがスタンダードの玉子サンドだと思っていました」と頭を掻き、「──小さい頃に食べた味だから」と懐かしそうに目を細めた。
「小さい頃の?」
「ええ。ほんとに小さい頃だったので、確かな記憶ではないんですけど」
そう言って、玉子サンドを一口食べる。
「──母と二人で、今みたいに藤棚の下で玉子サンド食べたなぁ、って」
モグモグと口を動かしながら、曰った。
「それが、一番印象に残っている母との思い出なんです……なんてことない出来事なんですけどね」
悠太は肩を竦めて、咲を見た。
なんてことない出来事たからこそ、ふとした拍子に記憶が蘇るのだろう。
「……そういえば」
ふと思い出したように、悠太が呟いた。
「……擁護施設にいるとき、母の命日には必ず藤の花が贈られてきていたんです」
藤の花を見上げる。
「あれは、誰からだったんだろう?」と首を傾げた。
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