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イースターエッグハント
エピローグ
しおりを挟む新緑の風が通り抜ける、『魔女の館』のテラス席で、花音は紅茶を口に含んだ。
茶葉の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
半月前の子供教室で訪れたときとは様変わりし、庭園には数種類のバラが咲いていた。
「遅れてすまない」
落ち着いた低い声に顔を上げると、五十代半ばの貫禄のある男が目の前に立っていた。仕立てのいい三揃えのグレーのスーツを着ている。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
花音は席から立ち上がり、頭を下げる。男は、構わないよ、と軽く頷き、向かいの席へと落ち着いた。
注文を取りにきた川上にコーヒーを頼み、彼が立ち去ったのを見計らって、「それで用件とは?」と花音を見据える。
「……二階堂の件です」
「二階堂の?」
花音が静かに告げるのに、男はわずかに身じろいだ。
「彼がどうかしたか?」
やんわりと続きを促す。
「はい。つい先日、気になることがありまして、瀧川に探りを入れさせました」
「それで?」と男は目を細める。
「どうやら僕は、二階堂に監視されていたようです」
「監視?」
男は片眉を上げた。
「ええ。そのことで、お嬢さんを危ない目に合わせてしまいました」
花音はうなだれた。
あの子供教室のあと、高木の正体が気になり、凛太郎に調べてもらったのだが、彼女は二階堂の取り巻きであることが分かった。
「ま、少々の危険は覚悟の上だ」
男は涼しい顔で頷く。
「全ては坊に一任するよ」と笑った。
それに花音は眉を顰める。
「……坊、という呼び方は辞めていただけませんか?」
「それはできない相談だね」
不機嫌そうな表情を浮かべた花音に、男は愉快そうに口の端を歪める。
「──私から見れば君はいつまでも坊だ。君から見て、私がいつまでもおじさんのようにね。それが年の差ってものだ」
そうですね、と花音は諦めて頷いた。
「──それにしてもお嬢さん、素直に育てすぎです」
花音は男に進言する。
「そうかな?」
男は惚け顔で首を捻った。
「そうです。危うく、あの縁談を受けるところでした」
花音は肩を竦めた。
「……でも、受けなかった」
男はニヤリと笑い、花音を見つめた。
「娘が何を考えているかくらいは、分かるよ」
男の言葉に、「随分なご自信で」と花音は口を歪めた。
「──それにしても、あの縁談は本気だったのですか?」
それに、男は「馬鹿なっ」と笑い声を上げる。
「あんな三流代議士の息子、お断りだ。……娘にはもっと利用価値のある男に嫁いでもらわないと」
冷たい笑みを浮かべる。とてもあの娘の父親とは思えない表情だ。
「……では、僕は?」
花音は挑戦的な目を男に向けた。
「僕が、お嬢さんを欲しいと言ったら?」
君か、と男は顎に手を当て、値踏みするように花音を見る。
「──君にはあげるよ。……君は利用価値がありそうだからね」
なにより、と続けて、男は黙る。
「なにより?」
花音は男を見返した。
──娘は君を好いている。
心の中で呟いて、男はニヤリと顔を歪めた。
「それはまた今度だ」と言い、腕時計を見る。
「そろそろ時間だな」
男は椅子から立ち上がり、颯爽とテラスを去っていく。
建物へと通じる掃き出し窓で川上とすれ違ったが、男は気にした様子もなく、立ち去った。
川上は肩をすくめ、花音を見た。花音はコーヒーを自分のテーブルに置くように合図した。
「お連れさん、ずいぶんお早いお帰りですね」
コーヒーを置きながら、川上が言う。
「忙しい方なんですよ」
花音は笑顔で応じた。
「それにしても、どこか咲ちゃんに似ている方でしたね。……もしかして、咲ちゃんの親戚ですか?」
川上が尋ねる。
「そうですか?」
花音は首を傾げ、ゆったりとした動作で紅茶を啜った。
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