華村花音の事件簿

川端睦月

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ブルースターの色彩

ブルースターの色彩 -1-

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 小峰宅を辞去し、車へ乗り込んだ咲はシートベルトを締めながら、チラリと花音の様子を窺う。

 ──一体どういうつもりなのだろう?

 花音が小峰夫人へ告げた、まるでこれからデートをするかのような発言に、咲は鼓動を早める。

 対照的に花音はいつもと変わらない様子だ。

 おそらく花音さんは小峰夫人に話を合わせただけ、そんなつもりはないのだろう。

 一人納得するが、なんだか寂しい気持ちになる。

「さっきから百面相なんかして、どうしたの?」

 ふいに笑い声混じりに花音が尋ねた。

「えっ?」

 驚いて花音を見ると、優しい視線と目が合う。花音はクスリと笑った。

 ──全部、見られていた?

 恥ずかしさに、顔がじんわりと熱くなる。

「な、なんでもありませんっ」

 真っ赤になった顔を悟られまいと、咲はプイッと窓の外に目を向けた。

「そう?」と小さく笑って、花音はエンジンをかけた。そのまま、ゆっくりと車を発進させる。

 小峰邸が次第に後ろへ遠ざかっていく。

 それを目で追いながら、「そういえば、あのペンダント」と咲はポツリと呟いた。

「ペンダント?」
「ええ。小峰さんのペンダント」

 花音のほうに向き直る。

「ペンダントがどうかした?」
「あれって、桜だったんですか?」

 小峰夫人のペンダントは桜の形をしていたが、水色のガラスが嵌められていた。なので、桜としては少し違和感を覚えた。


 ああ、と花音は頷いた。

「あれは、ブルースターだよ」
「ブルースター? お花の名前ですか?」
「うん、お花の名前」

 花音はニコリと笑った。

「ちょうどペンダントの落ちてたアレンジメントにも使われていたでしょ。青くて小さなお花」

 そういえばあったような。

 咲は小峰邸のアレンジメントを思い浮かべた。

「あのお花ね、青くて、五片の花びらが星のように見えるから『ブルースター』って名付けられたんだ」
「すごく安直な名前の付け方ですね」

 咲は呆れ、そうだよね、と花音は笑った。

「ちなみに、ブルースターの花言葉は『幸福な愛』と『信じ合う心』。名前は安直だけど、結婚を誓うプレゼントにはピッタリだと思わない?」
「たしかにそうですね」

 そんなふうに想ってもらえるのなら、結婚も悪くないのかも。

 ──そんなふうに想ってもらえればの話だけど。

 咲の頭に、華村ビルに入居するきっかけとなった政略結婚の話が過ぎる。

 家を出ると決めたが、結婚の話はなかなか立ち消えにならない。分かってはいたことだが、毎日のようにその話題を振ってくる父に、咲はいい加減うんざりしていた。

「大丈夫?」

 花音の声に、ハッと我に返る。きっと暗い顔をしていたのだろう。花音を見ると、心配そうな顔をしていた。

「はい、大丈夫です」

 咲は無理やり笑顔を取り繕う。

「そういえば、あのアレンジメント」と花音がそれ以上の深入りをしないように話題を変える。

「五日前にはもうあったって、どうして分かったんですか?」

 咲の問いに、花音は、ああ、と頷いた。

「ブルースターの花の色だよ」
「花の色?」
「うん。ブルースターって、時間と共に色が変化していくお花なんだ」
「色が変化する?」

 咲は首を傾げた。

「そう。あのお花、はじめは白っぽい水色をしているんだけど、時間の経過とともに、赤みがかった濃い青色へと変わっていくんだ」
「へぇ、面白いですね。まるで紫陽花みたい」
「そう。紫陽花の時間経過による色の変化も、同じ現象だからね」
「そうなんですか?」
「そうなの」
「それって一体?」

 興味深々の咲に、花音は悪戯っぽい笑みを返す。

「──老化現象」
「老化現象?」

 おうむ返しに言葉を発して、咲は目をパチパチと瞬かせた。

 老化現象という言葉を聞いた途端、一気に現実に引き戻された気がする。

「お花と老化って、相反するイメージだと思っていました。お花って、ずーっと綺麗なままっていうか……」

 そう言って咲は肩を竦めた。

「でも、ずーっと綺麗なままって面白くないじゃない?」
「そうですか?」

 女性としては、ずっと綺麗なままでありたいのだけれど。

「なんにだって、変化があるから面白いんだよ。ブルースターは老化によって色の変化が楽しめるし、紫陽花も然り。その時々で起こる変化が素敵なんだ。──花も女性もね」

 最後に添えられた『女性』という言葉が、まるで咲の心の声に対する答えのようで、ドキリとする。

 もしかしたら花音さんは心を読めるのかもしれない、と本気で考えてしまった。

「で、あのアレンジメントのブルースターは、濃い青色をしていたの。お花屋さんで古いものは使わないでしょ。だから、買ってきてから時間が経ったものだと思ったんだ。──大体、一週間くらい」
「お花を見ただけで、そこまで分かるものなんですか?」

 咲は目を丸くした。

「分かるよ。毎日お花を扱っているんだから」

 花音は当然のことのように言う。

 でも、全てのお花屋さんが小峰夫人の失くし物を見つけられるわけではないと思う。

 やはり花音さんはすごいな、と感心する。

「それにしても、小峰さんの思い出の品が見つかって、よかったですね」

 彼女の心から喜んでいる顔を思い、咲は胸がホッコリとする。そうだね、と花音もうなずいた。
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