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動き出す過去
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~ルイ~
「今日からお前はジャネットお嬢様の近衛騎士となってもらう。直ぐに迎え。」
だいぶ昔の記憶戻ってきてしまったようだ。団長の言葉から考えると今日は10年前、ジャネットの騎士になる日。
この日から俺の人生が崩れ始めて行く。
「今ならまだ断れる。自分の腕を失いたくなかったら断…」
肩をを叩こうとした僕の手は空を切る。透明になっているのだ。そりゃあそうだ。同じ世界に同じ人物がいてしまってはおかしくなる。
ここは過去だ。変えることは出来ない。ただ見るだけだ。俺が直接傷つくことはないから辛い時には目でもつぶってノリ過ごせばいい。いつまで過去に囚われなければならないかは分からないが、いつかは出られるだろう。俺はジャネットの方に向かう自分の背中をゆっくりと追うのだった。
「はぁ、こんときの俺、反発しても良かったのに。」
床を拭いている自分に投げ捨てたその言葉には自分への呆れよりもジャネットへの怒りの方が多く含まれていた。
こんなことを口にしたのも少しでもジャネットへの怒りを和らげるためだ。この頃の俺は少しも剣に触れることが出来ずジャネットの言いなりになる自分を見るだけの生活をしていてストレスが溜まっていた。
だが、口に出しても気持ちは大きくなるばかりだ。
(ジャネットのせいで…)
近衛騎士として任命されても雑用だけで騎士の練習は全くさせて貰えない。そのためどんどん腕は鈍っていき、とうとうこの右腕は…右腕がなんだ。ここから先、俺は何があった?今までははっきりとした未来がわかっていたのに覚えているのは、ずっと使用人のように生活してきた訳では無いということだけ。だが今はさっき違和感を感じた右腕はなんともなく、大事なことを忘れている感覚に襲われた。
(これは、考えても思い出せないことか)
何となくそう察した俺は這いつくばりながら掃除をする自分をただただ哀れんだ目で見るのだった。
数分経った時、目にゴミが入ってしまい目を閉じた。
指で少し擦りの痛みを感じなくなった後、目を開くとそこにはさっきまでいたはずの自分の姿は見えなくなっていた。この一瞬でどこかに行ったとは考えにくい。
ここは一本道の廊下。入ることの出来る部屋は遠くにあるから走ったとしてもこんな早くに消えることはできないだろう。どこへ行ったのか。
「ルイ、なにしてるのよ。まだ埃が沢山あるわ。」
悪役の継母のように人差し指を壁に掛かった額縁の上で滑らしたジャネットがいた。
ここには俺しかいない。もしくは俺がジャネットしか見えていないか。聞く価値はある。返事が帰ってこなければどこかに自分が逃げたか、もし反応があったら…
「オレ…ですか…?」
恐る恐る聞く。じっと顔を見ているとジャネットの眉間にシワがよるのがはっきりとわかる。あぁ、またこの人の使用人として働かなければならないのか。幼い顔には不似合いな深いシワが俺に思わせたのはただそれだけだった。
外から「ヤー」だの「トウッ」だの元気な掛け声が聞こえてくる。よくこんな曇天でそんなに明るい声が出せるもんだ。そんなことを思いながらも心の奥底では羨ましがっている。
昔、共に鍛錬をしていた騎士たちは明日の警備に備え訓練をしている中、俺は使用人たちと明日のジャネットの生誕祭の準備をしていた。
掃除を終え、いつもと同じようにまっすぐ自分の部屋に戻ろうとした時、メイド長らしき人に呼び止められた。何となく察しはつく。
「ジャネット様が呼んでいらっしゃるので今から向かってください。」
少し上から目線なその言葉は少しムカついた。
騎士とメイドは普通は共に働くものでは無く、上下関係も無いに等しい。だが、メイド長に下に見られているということは俺は近衛騎士どころか騎士とすら見られていないのかもしれない。
そう見せるようにしたのは今から会いに行くジャネットだ。なんの用かは想像できなく、いいことが悪いことかさえも分からなかったが、会わなければいけないというだけで俺の心を沈ませるのだった。
コンコンコン。音は広い廊下に静かに響き渡った。
「ルイです。」
中から声が聞こえてくるのを待つと声よりも先に目の前の扉が開いた。
「立ち話でいいわ。今、忙しいの。」
呼んどいて何様だとも思ったが、公爵令嬢様だ。
これが当たり前。俺の怒りに気づく暇もなくジャネットは淡々と続ける。
「ルイ、明日は私の誕生日なんだから私の前に現れないでちょうだい。本で誕生日は何でも言う事を聞いてくれる日だって見たわ。記念日に貴方の顔なんて見たくないもの。隅で食事でもして立ってなさい。」
ジャネットは俺が護衛をできなくて悲しんでいるだろうと思ったのかドヤ顔をしているが俺にしてみればこれ以上嬉しいことは無い。
俺は口角が上がってしまうのを何とかこらえてジャネットの部屋を後にした。
パーティで自由でいられるのはいつぶりだろう。いや、初めてだ。普通は貴族でないものがパーティーに自由参加はできない。幸福に浸っていると何か忘れている感覚がした。
絶対に思い出さなければいけないような、でもそれが何かは…
「あ、パーティー用の服がない!」
護衛なし、雑用なし、ご飯食べていい。ということは招待客と同じ扱いを受けているということ。ならばそれ相応の身だしなみにしなければ恥をかくことだろう。
俺は今まで使うことがなく貯めてきた給料を鞄いっぱいに詰め込み、街に出かけるのだった。
「今日は娘の生誕祭にきてくれてありがとう。みんな楽しんでいってくれ。」
そう言った後、公爵様はすぐに屋敷の中に戻られたことや公爵夫人は姿が見えないことなどその時の自分は興味がなかった。
パーティーが始まって1時間たっただろうか。急に雲行きが怪しくなり、パーティー会場は薄暗くなり始める。嫌な予感がする。ここにいては行けない。本能がそう言っているようで早くここから離れようと皿を置く。でも遅かった。
「会場から離れてください!」
霧に包まれ不気味な空気が漂う。
遠く向こうに魔物の影が見えた。初めてみる魔物は自分の背丈よりも大きくただ怖いという感情だけが俺の心の中を埋めつくした。
パーティー会場は戦場へと一転し皆、気が動転している。
俺も早く逃げなければ。そう思い、屋敷の方に体を向けると目の前には大きな獣が立ち構えていた。
先程の魔物と比べ物にならないような大きな体。
震えて動くことが出来ない。腰につけていた剣をやっとの思いで構えたが頭が真っ白になり使い方さえ分からなかった。狼狽えている俺を待ってくれるような優しさは魔物なんかには到底なく、躊躇無く襲いかかってくる。瞬時に左に避けた。
だが次の瞬間地面が赤く染まった。
「うわあああああああ」
俺の右腕の方を見るとそこには何も無かった。
感じたことの無い痛み、真っ暗になる目の前。
今ここで気を失ったら確実に死ぬ。それだけははっきりとわかった。逃げなければ。
俺は何とか立ち上がり皆が避難する方に向かう。
もしもあの時、護衛をさせてくれと頼んでいたらこんなことにはならなかったのだろうか。でもそれでは他の人が俺のような犠牲似合っていたかもしれない。ならいつから間違えていたのだろう。
いや、俺の選択は正しかったはずだ。生まれは変えることができないし、使用人生まれの俺が公爵家の人に逆らえるはずは無い。全ての元凶はジャネットなのだ。
右腕に激痛が走る。顔を顰めながら俺は走り続けた。
この痛みは決して忘れないだろう。俺をこんなふうにした彼女に復讐するまでは。
俺は間違った道を進んでるような気がした。
でもそんなことよりも目の前に目標ができたことの喜びの方が大きく、この心持はどうでもよくなるのだった。
「はぁ、期待してたのに。所詮人間なんて過去に囚われてるだけの生き物か。期待して損した。」
「アンクリア、どうしてここにいるの。」
ルミナスの背後にはいつの間にか双子の精霊がいた。闇の精霊王であるはずの彼がどうしてここにいるのか。
誰かについていないと今は人間界にいることはできないはずなのに。
「知ってた?君が来るまで彼女についていたのは僕。キミが来てから追い出されたんだよ。でもなんでかこっちの世界に残ってるんだ。」
普通は精霊の上書きなどありえない。そもそも精霊の自分が人間に姿を見せれるのさえも聞いたことがなかった。この世界はどこかおかしい。
「それにしても光の精霊王の追憶だっけ?面白いことになってるね。
ノアだっけ?彼は惜しいね。物事をデータだけで考えたら視野が狭くなっちゃう。正解はどちらも、でしょ?」
ルミナスはわかっていた。追憶がどんどん自分の制御から外れていっていることに。
「少しだけ魔法から精霊王様の魔法が感じられるの、キミもわかってるでしょ?そして君が精霊王様の魔法に叶うわけないことも。」
ルイの過去の追憶を見ている間に違和感を感じた。
彼はパーティーの日、ジャネットの護衛をしていたはずだ。逃げ遅れて、腕を取られた。
でも、追憶では彼女が護衛に付けなかったせいでとルイは思ってしまっている。まるで本当の過去よりもジャネットへの妬みを大きくさせるように。
不思議に思ったルミナスは一通り見終わった後、もう一度確認することにした。
するとどちらの追憶も違和感がある。
調べてみるとやはり、ジャネットの罪が実際より大きくなっていた。
現皇妃は生きているし、メイドのマリアは元気に他の邸宅で働いている。
調べている途中、自分の魔力とは違う魔力も感じとった。懐かしい魔力でそれが精霊王様の魔力であるのはすぐにわかっていた。
ルミナスは黙ってしまう。
「精霊王様は彼らが精霊界に来ることを望んでいないよ。君を育てたのは精霊王様でしょ?もう諦めなよ。ご主人様は他にも見つかるよ。」
精霊王様はルミナスにとって親のような方だ。それでも今はジャネットに帰ってきて欲しい。
ルミナスはふと、1つの疑問が思い浮かんだ。
「アンクリア、君が人間界にいるならジャネットを取り戻さないと精霊界に戻れないんじゃないの?
それじゃあ困るのは君も同じゃん。」
それを聞くとアンクリアはおかしそうに笑い始めた。
「なんで君がここにいるのかわかってないみたいだね。それは、精霊王様が君のことを邪魔だと思ったから。だから僕は元々、主人がいなくてもここに入れるから自由に精霊界と人間界を行き来できる。ジャネットが帰ってこなかろうと僕には関係ない話だよ。」
彼に助けを求めることはできないと悟ったルミナスはまた口をつむぐ。
「まぁ頑張って、僕は忠告したから。キミがどうなっても知らないよ。」
黙ったままのルミナスにそう言い残すとアンクリアは消えていった。
全員、彼女に恨みを持っていた。
恨みの原因となる過去から戻る難易度が高くなるがそれだけでなく恨みを増幅させるような過去に書き換えられている。
もう1つ、追憶を終わらせる方法がルミナスの制御から外れていた。
ここが過去だと分かっていることとジャネットのために助けたことを思い出さなければならない。
今の状態では全員がふたつともを達成することは不可能だろう。
このままでは全員あちらの世界に取り残されてしまう。
あちらの世界に干渉してはいけないのは分かっている。
でも自らを危険に晒してまで守ってみたかった。
これから新しいことが次々起こる。彼らと共にいればどんな事でも乗り越えられる。
何故かそう確信できたから。
精霊王は1つ代償を払うことで願いを1つ叶えることが出来る。それは属性の王も同じ。
ルミナスが今払えるものはこの姿だけである。
「ぼくのヒトの姿と引き換えにし、彼らにチャンスをお与えください。」
するとルミナスの頭の中に声が響くのだった。
『授けましょう。アルフォンスには過去を、ノアには未来を、そしてリアムには現在を。彼らは必ず帰ってくるでしょう。そうでないと…』
1つの本が落ちていた。
そこは、ジャネットがあの時座ったソファーの下。
何故か早く本を見なければならない気がした。
1ページめくるとそこには、1人の少女が鞭打たれている絵が描かれている。また1ページめくる。すると今度は少女から離れていく2人の大人の姿が。
また1ページ、2人の大人の間には幸せそうな顔の少年が立っている。また1ページまた1ページ…
どんどんめくっていくとそれはまるで一人の人間の人生のストーリーのようで。
僕はこの物語を知っている。どこかで聞いたんだ。
母上からでも父上からでもメイドからでもない。
ジャネット本人に。
そうだ、母上は生きている。彼女は殺人はしていない。高熱を出しジャネットは変わった。コロコロと表情を変える彼女が好きなんだ。彼女は今…。
早く戻らないと。
いつの間にか体は15歳の姿になっている。
僕は立ち上がり部屋を出た。
薄暗い部屋にノックが響く。
扉が空いたそこには顔まで隠れるほどの帽子に白いワンピースを着た15歳くらいの女性が立っていた。
「どうぞ。」
優しい声はどこか懐かしさを感じさせる。
差し出されたお皿にはサンドウィッチが乗っていた。
僕は何も躊躇わずにサンドウィッチを手に取る。彼女を見た瞬間、感じるのだった。未来の僕が助けたいのはこの人なんだと。
手に持ったそれを口へ運ぶと涙がこぼれ落ちる。
「姉さん…姉さんごめんなさいっ」
僕が姉さんをあそこまで追い詰めていた。
母さんたちを独り占めして。
助けないと。まだ謝れていない。彼女は僕に謝ってくれたのに。
14歳の姿になった僕はドアを開けた。
床掃除も終わり顔を上げた時だった。
見たことの無い色の花びらが俺の前を通って行く。黄金の花びら。
それは謎の魅力があり、俺はひたすら着いて行った。
どこかで見たことあるその花びらはまるで魔法のように綺麗に舞う。
花びらが下に落ちたのは奥様の部屋の前だった。
中からは小さな嗚咽が聞こえてくる。
出てくる気配を感じた俺は廊下の角に身を隠した。
中から出てきたのはジャネットだ。
目は赤く腫れ、服はところどころ破れている。
何がどうなっているのか理解できなかった。この屋敷の奥様は優しいのではなかったのか。この状況で考えられることはひとつしかない。まさか、子供に暴力振るっていたなんて…
呆然と立ち尽くしていると曲がってきたジャネットとぶつかった。
その時の顔があまりにも辛そうで…
「ごめんなさい…」
「お嬢っ!」
ジャネットは振り返った。金色の髪をなびかせて。
そうだ。お嬢はこんな俺に好意を寄せてくれた。
もう彼女にこんな顔をさせてはいけない。
「お嬢様、必ずあなたを助けます。」
17歳の体で幼いお嬢の頭を撫でる。
俺は精霊王からお嬢を取り返さなければいけない。
行くところはもう決まっていた。
俺は急いで外へ行くのだった。
「今日からお前はジャネットお嬢様の近衛騎士となってもらう。直ぐに迎え。」
だいぶ昔の記憶戻ってきてしまったようだ。団長の言葉から考えると今日は10年前、ジャネットの騎士になる日。
この日から俺の人生が崩れ始めて行く。
「今ならまだ断れる。自分の腕を失いたくなかったら断…」
肩をを叩こうとした僕の手は空を切る。透明になっているのだ。そりゃあそうだ。同じ世界に同じ人物がいてしまってはおかしくなる。
ここは過去だ。変えることは出来ない。ただ見るだけだ。俺が直接傷つくことはないから辛い時には目でもつぶってノリ過ごせばいい。いつまで過去に囚われなければならないかは分からないが、いつかは出られるだろう。俺はジャネットの方に向かう自分の背中をゆっくりと追うのだった。
「はぁ、こんときの俺、反発しても良かったのに。」
床を拭いている自分に投げ捨てたその言葉には自分への呆れよりもジャネットへの怒りの方が多く含まれていた。
こんなことを口にしたのも少しでもジャネットへの怒りを和らげるためだ。この頃の俺は少しも剣に触れることが出来ずジャネットの言いなりになる自分を見るだけの生活をしていてストレスが溜まっていた。
だが、口に出しても気持ちは大きくなるばかりだ。
(ジャネットのせいで…)
近衛騎士として任命されても雑用だけで騎士の練習は全くさせて貰えない。そのためどんどん腕は鈍っていき、とうとうこの右腕は…右腕がなんだ。ここから先、俺は何があった?今までははっきりとした未来がわかっていたのに覚えているのは、ずっと使用人のように生活してきた訳では無いということだけ。だが今はさっき違和感を感じた右腕はなんともなく、大事なことを忘れている感覚に襲われた。
(これは、考えても思い出せないことか)
何となくそう察した俺は這いつくばりながら掃除をする自分をただただ哀れんだ目で見るのだった。
数分経った時、目にゴミが入ってしまい目を閉じた。
指で少し擦りの痛みを感じなくなった後、目を開くとそこにはさっきまでいたはずの自分の姿は見えなくなっていた。この一瞬でどこかに行ったとは考えにくい。
ここは一本道の廊下。入ることの出来る部屋は遠くにあるから走ったとしてもこんな早くに消えることはできないだろう。どこへ行ったのか。
「ルイ、なにしてるのよ。まだ埃が沢山あるわ。」
悪役の継母のように人差し指を壁に掛かった額縁の上で滑らしたジャネットがいた。
ここには俺しかいない。もしくは俺がジャネットしか見えていないか。聞く価値はある。返事が帰ってこなければどこかに自分が逃げたか、もし反応があったら…
「オレ…ですか…?」
恐る恐る聞く。じっと顔を見ているとジャネットの眉間にシワがよるのがはっきりとわかる。あぁ、またこの人の使用人として働かなければならないのか。幼い顔には不似合いな深いシワが俺に思わせたのはただそれだけだった。
外から「ヤー」だの「トウッ」だの元気な掛け声が聞こえてくる。よくこんな曇天でそんなに明るい声が出せるもんだ。そんなことを思いながらも心の奥底では羨ましがっている。
昔、共に鍛錬をしていた騎士たちは明日の警備に備え訓練をしている中、俺は使用人たちと明日のジャネットの生誕祭の準備をしていた。
掃除を終え、いつもと同じようにまっすぐ自分の部屋に戻ろうとした時、メイド長らしき人に呼び止められた。何となく察しはつく。
「ジャネット様が呼んでいらっしゃるので今から向かってください。」
少し上から目線なその言葉は少しムカついた。
騎士とメイドは普通は共に働くものでは無く、上下関係も無いに等しい。だが、メイド長に下に見られているということは俺は近衛騎士どころか騎士とすら見られていないのかもしれない。
そう見せるようにしたのは今から会いに行くジャネットだ。なんの用かは想像できなく、いいことが悪いことかさえも分からなかったが、会わなければいけないというだけで俺の心を沈ませるのだった。
コンコンコン。音は広い廊下に静かに響き渡った。
「ルイです。」
中から声が聞こえてくるのを待つと声よりも先に目の前の扉が開いた。
「立ち話でいいわ。今、忙しいの。」
呼んどいて何様だとも思ったが、公爵令嬢様だ。
これが当たり前。俺の怒りに気づく暇もなくジャネットは淡々と続ける。
「ルイ、明日は私の誕生日なんだから私の前に現れないでちょうだい。本で誕生日は何でも言う事を聞いてくれる日だって見たわ。記念日に貴方の顔なんて見たくないもの。隅で食事でもして立ってなさい。」
ジャネットは俺が護衛をできなくて悲しんでいるだろうと思ったのかドヤ顔をしているが俺にしてみればこれ以上嬉しいことは無い。
俺は口角が上がってしまうのを何とかこらえてジャネットの部屋を後にした。
パーティで自由でいられるのはいつぶりだろう。いや、初めてだ。普通は貴族でないものがパーティーに自由参加はできない。幸福に浸っていると何か忘れている感覚がした。
絶対に思い出さなければいけないような、でもそれが何かは…
「あ、パーティー用の服がない!」
護衛なし、雑用なし、ご飯食べていい。ということは招待客と同じ扱いを受けているということ。ならばそれ相応の身だしなみにしなければ恥をかくことだろう。
俺は今まで使うことがなく貯めてきた給料を鞄いっぱいに詰め込み、街に出かけるのだった。
「今日は娘の生誕祭にきてくれてありがとう。みんな楽しんでいってくれ。」
そう言った後、公爵様はすぐに屋敷の中に戻られたことや公爵夫人は姿が見えないことなどその時の自分は興味がなかった。
パーティーが始まって1時間たっただろうか。急に雲行きが怪しくなり、パーティー会場は薄暗くなり始める。嫌な予感がする。ここにいては行けない。本能がそう言っているようで早くここから離れようと皿を置く。でも遅かった。
「会場から離れてください!」
霧に包まれ不気味な空気が漂う。
遠く向こうに魔物の影が見えた。初めてみる魔物は自分の背丈よりも大きくただ怖いという感情だけが俺の心の中を埋めつくした。
パーティー会場は戦場へと一転し皆、気が動転している。
俺も早く逃げなければ。そう思い、屋敷の方に体を向けると目の前には大きな獣が立ち構えていた。
先程の魔物と比べ物にならないような大きな体。
震えて動くことが出来ない。腰につけていた剣をやっとの思いで構えたが頭が真っ白になり使い方さえ分からなかった。狼狽えている俺を待ってくれるような優しさは魔物なんかには到底なく、躊躇無く襲いかかってくる。瞬時に左に避けた。
だが次の瞬間地面が赤く染まった。
「うわあああああああ」
俺の右腕の方を見るとそこには何も無かった。
感じたことの無い痛み、真っ暗になる目の前。
今ここで気を失ったら確実に死ぬ。それだけははっきりとわかった。逃げなければ。
俺は何とか立ち上がり皆が避難する方に向かう。
もしもあの時、護衛をさせてくれと頼んでいたらこんなことにはならなかったのだろうか。でもそれでは他の人が俺のような犠牲似合っていたかもしれない。ならいつから間違えていたのだろう。
いや、俺の選択は正しかったはずだ。生まれは変えることができないし、使用人生まれの俺が公爵家の人に逆らえるはずは無い。全ての元凶はジャネットなのだ。
右腕に激痛が走る。顔を顰めながら俺は走り続けた。
この痛みは決して忘れないだろう。俺をこんなふうにした彼女に復讐するまでは。
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でもそんなことよりも目の前に目標ができたことの喜びの方が大きく、この心持はどうでもよくなるのだった。
「はぁ、期待してたのに。所詮人間なんて過去に囚われてるだけの生き物か。期待して損した。」
「アンクリア、どうしてここにいるの。」
ルミナスの背後にはいつの間にか双子の精霊がいた。闇の精霊王であるはずの彼がどうしてここにいるのか。
誰かについていないと今は人間界にいることはできないはずなのに。
「知ってた?君が来るまで彼女についていたのは僕。キミが来てから追い出されたんだよ。でもなんでかこっちの世界に残ってるんだ。」
普通は精霊の上書きなどありえない。そもそも精霊の自分が人間に姿を見せれるのさえも聞いたことがなかった。この世界はどこかおかしい。
「それにしても光の精霊王の追憶だっけ?面白いことになってるね。
ノアだっけ?彼は惜しいね。物事をデータだけで考えたら視野が狭くなっちゃう。正解はどちらも、でしょ?」
ルミナスはわかっていた。追憶がどんどん自分の制御から外れていっていることに。
「少しだけ魔法から精霊王様の魔法が感じられるの、キミもわかってるでしょ?そして君が精霊王様の魔法に叶うわけないことも。」
ルイの過去の追憶を見ている間に違和感を感じた。
彼はパーティーの日、ジャネットの護衛をしていたはずだ。逃げ遅れて、腕を取られた。
でも、追憶では彼女が護衛に付けなかったせいでとルイは思ってしまっている。まるで本当の過去よりもジャネットへの妬みを大きくさせるように。
不思議に思ったルミナスは一通り見終わった後、もう一度確認することにした。
するとどちらの追憶も違和感がある。
調べてみるとやはり、ジャネットの罪が実際より大きくなっていた。
現皇妃は生きているし、メイドのマリアは元気に他の邸宅で働いている。
調べている途中、自分の魔力とは違う魔力も感じとった。懐かしい魔力でそれが精霊王様の魔力であるのはすぐにわかっていた。
ルミナスは黙ってしまう。
「精霊王様は彼らが精霊界に来ることを望んでいないよ。君を育てたのは精霊王様でしょ?もう諦めなよ。ご主人様は他にも見つかるよ。」
精霊王様はルミナスにとって親のような方だ。それでも今はジャネットに帰ってきて欲しい。
ルミナスはふと、1つの疑問が思い浮かんだ。
「アンクリア、君が人間界にいるならジャネットを取り戻さないと精霊界に戻れないんじゃないの?
それじゃあ困るのは君も同じゃん。」
それを聞くとアンクリアはおかしそうに笑い始めた。
「なんで君がここにいるのかわかってないみたいだね。それは、精霊王様が君のことを邪魔だと思ったから。だから僕は元々、主人がいなくてもここに入れるから自由に精霊界と人間界を行き来できる。ジャネットが帰ってこなかろうと僕には関係ない話だよ。」
彼に助けを求めることはできないと悟ったルミナスはまた口をつむぐ。
「まぁ頑張って、僕は忠告したから。キミがどうなっても知らないよ。」
黙ったままのルミナスにそう言い残すとアンクリアは消えていった。
全員、彼女に恨みを持っていた。
恨みの原因となる過去から戻る難易度が高くなるがそれだけでなく恨みを増幅させるような過去に書き換えられている。
もう1つ、追憶を終わらせる方法がルミナスの制御から外れていた。
ここが過去だと分かっていることとジャネットのために助けたことを思い出さなければならない。
今の状態では全員がふたつともを達成することは不可能だろう。
このままでは全員あちらの世界に取り残されてしまう。
あちらの世界に干渉してはいけないのは分かっている。
でも自らを危険に晒してまで守ってみたかった。
これから新しいことが次々起こる。彼らと共にいればどんな事でも乗り越えられる。
何故かそう確信できたから。
精霊王は1つ代償を払うことで願いを1つ叶えることが出来る。それは属性の王も同じ。
ルミナスが今払えるものはこの姿だけである。
「ぼくのヒトの姿と引き換えにし、彼らにチャンスをお与えください。」
するとルミナスの頭の中に声が響くのだった。
『授けましょう。アルフォンスには過去を、ノアには未来を、そしてリアムには現在を。彼らは必ず帰ってくるでしょう。そうでないと…』
1つの本が落ちていた。
そこは、ジャネットがあの時座ったソファーの下。
何故か早く本を見なければならない気がした。
1ページめくるとそこには、1人の少女が鞭打たれている絵が描かれている。また1ページめくる。すると今度は少女から離れていく2人の大人の姿が。
また1ページ、2人の大人の間には幸せそうな顔の少年が立っている。また1ページまた1ページ…
どんどんめくっていくとそれはまるで一人の人間の人生のストーリーのようで。
僕はこの物語を知っている。どこかで聞いたんだ。
母上からでも父上からでもメイドからでもない。
ジャネット本人に。
そうだ、母上は生きている。彼女は殺人はしていない。高熱を出しジャネットは変わった。コロコロと表情を変える彼女が好きなんだ。彼女は今…。
早く戻らないと。
いつの間にか体は15歳の姿になっている。
僕は立ち上がり部屋を出た。
薄暗い部屋にノックが響く。
扉が空いたそこには顔まで隠れるほどの帽子に白いワンピースを着た15歳くらいの女性が立っていた。
「どうぞ。」
優しい声はどこか懐かしさを感じさせる。
差し出されたお皿にはサンドウィッチが乗っていた。
僕は何も躊躇わずにサンドウィッチを手に取る。彼女を見た瞬間、感じるのだった。未来の僕が助けたいのはこの人なんだと。
手に持ったそれを口へ運ぶと涙がこぼれ落ちる。
「姉さん…姉さんごめんなさいっ」
僕が姉さんをあそこまで追い詰めていた。
母さんたちを独り占めして。
助けないと。まだ謝れていない。彼女は僕に謝ってくれたのに。
14歳の姿になった僕はドアを開けた。
床掃除も終わり顔を上げた時だった。
見たことの無い色の花びらが俺の前を通って行く。黄金の花びら。
それは謎の魅力があり、俺はひたすら着いて行った。
どこかで見たことあるその花びらはまるで魔法のように綺麗に舞う。
花びらが下に落ちたのは奥様の部屋の前だった。
中からは小さな嗚咽が聞こえてくる。
出てくる気配を感じた俺は廊下の角に身を隠した。
中から出てきたのはジャネットだ。
目は赤く腫れ、服はところどころ破れている。
何がどうなっているのか理解できなかった。この屋敷の奥様は優しいのではなかったのか。この状況で考えられることはひとつしかない。まさか、子供に暴力振るっていたなんて…
呆然と立ち尽くしていると曲がってきたジャネットとぶつかった。
その時の顔があまりにも辛そうで…
「ごめんなさい…」
「お嬢っ!」
ジャネットは振り返った。金色の髪をなびかせて。
そうだ。お嬢はこんな俺に好意を寄せてくれた。
もう彼女にこんな顔をさせてはいけない。
「お嬢様、必ずあなたを助けます。」
17歳の体で幼いお嬢の頭を撫でる。
俺は精霊王からお嬢を取り返さなければいけない。
行くところはもう決まっていた。
俺は急いで外へ行くのだった。
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正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
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そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
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