上 下
13 / 63
フェルディナンとの出会い

13.違和感【フェルディナン】

しおりを挟む
 フェルディナンは、いつものようにジョゼフィーヌが廊下を歩いているのを、執務室の窓から眺めていた。

「気になるのでしたら、お声掛けすればよろしいのでは?」

「俺が行くとジョゼフィーヌが緊張する。毎日頑張っているのだ。負担はかけたくない。だが……」

 フェルディナンは、クレマンと毎日繰り返されている会話をしていたが、ジョゼフィーヌの顔を見て椅子から腰を浮かせる。

「ジョゼフィーヌの様子がおかしい」

「そうでしょうか? いつも通り、完璧な淑女といった佇まいですが……」

 クレマンに否定されて、フェルディナンはもう一度窓の外に視線を向ける。ジョゼフィーヌの様子は明らかに精彩を欠いていた。

「ちょっと、行ってくる」

「お供します」

 フェルディナンが執務室を出ると、クレマンも後についてきた。フェルディナンは走り出したかったが、皇太子として如何なる場合も冷静に行動しなければならない。普段、表情一つ動かすことのないフェルディナンが焦れば、国の一大事だと思われる可能性がある。

 それでも、かなり早く歩いたはずだが、ジョゼフィーヌに追いつけない。長い廊下の先にもその姿はなかった。

「どういうことだ?」

「何かあったのでしょうか?」

 フェルディナンは胸騒ぎがして、そのまま、ジョゼフィーヌの授業用に割り当てられた部屋を目指した。

(気のせいなら良いが……)

 フェルディナンは少し歩いたところで、脇道に人の気配を感じて立ち止まる。普段は人があまり通らない廊下の柱の陰に、ジョゼフィーヌが今日着ていたドレスが少し見えていた。

「ジョゼフィーヌ!」

 フェルディナンが駆け寄ると、人の視線から隠れるようにしてジョゼフィーヌがうずくまっていた。トネリコバ侯爵家の使用人がオロオロとジョゼフィーヌのそばに突っ立っている。

 フェルディナンが抱き起こすと、ジョゼフィーヌは真っ青な顔をしていた。

「クレマン、すぐに医者を呼べ」

「はい」

「お待ち下さい」

 ジョゼフィーヌの凛とした声が響く。歩き出していたクレマンも、その声に立ち止まってこちらを振り返っていた。

「ジョゼフィーヌ様?」

「大人しくしてろ」

 フェルディナンの声を無視して、ジョゼフィーヌが必死に立ち上がろうとするので、フェルディナンは仕方なくジョゼフィーヌの身体を支えた。

「わたくしは問題ありません」

 ジョゼフィーヌはクレマンの方を向いているが、焦点があっていない。とても立っていられるような体調には見えないが、気力でどうにかしているのだろう。

 きっと、駆けつけたのがフェルディナンであることにも気づいていない。

 フェルディナンは苦い気持ちになりながら、どう説得すべきか考えていると、プツンと糸が切れたようにジョゼフィーヌがフェルディナンの方に倒れ込んできた。

「ジョゼフィーヌ、しっかりしろ!」

 ジョゼフィーヌを抱きかかえながら呼びかけてみるが、苦しそうに呼吸を繰り返すだけで反応が返ってこない。

「仮眠室に運ぶ」

 フェルディナンの一言で、クレマンは頷いてその場を離れていった。フェルディナンはジョゼフィーヌが苦しくないように、ゆっくりと抱き直す。

 ぐったりとしたジョゼフィーヌの身体は驚くほど軽かった。

「アンリ?」

「ここにおります」

 気配を消していた護衛のアンリがフェルディナンに歩み寄る。

「ジョゼフィーヌをひと目に晒したくない」

「畏まりました」

 それだけ言えば、フェルディナンの優秀な部下は目撃者を出さないよう上手くやるだろう。フェルディナンは安心して、ジョゼフィーヌを横抱きにしたまま執務室に戻った。

 フェルディナンの執務室と繋がっている隣の部屋は仮眠室になっている。執務に時間をかけることのないフェルディナンは使った事がないが、ベッドは王宮の使用人により、いつも整えられている。

 フェルディナンは、そのベッドにジョゼフィーヌをゆっくり降ろすと、寒そうに震えるジョゼフィーヌに厚手の上掛けをそっとかけた。

 ジョゼフィーヌの震えは止まったが、それでも、必死で自分を守るように険しい表情をしたままだ。

 ここでは安心できない。ジョゼフィーヌがそう思っている気がして心が傷んだ。

「すぐに医者が来るから安心しろ」

 フェルディナンは、誰にも気を許さないと言うように固く握られたジョゼフィーヌの手を、医師が来るまでゆっくり擦っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...