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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第16話 黒い追跡者【ミシュリーヌ】
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ミシュリーヌは、サビーヌたちの住む街を離れ、旅をしながら順調に治療を続けていた。ギルド長が紹介状を書いてくれたこともあり、大きな反発を受けることもない。最初はどの街でも警戒され怒鳴られたりするが、力を示せば納得し受け入れてもらうことができた。
「また、明日来ますね」
「よろしくお願いします」
ミシュリーヌは今日の分の治療を終えて療養所を出る。心地よい疲れを感じながら、屋台の並ぶ街の中心部を目指した。
最初の頃はそういった場所での食事も緊張していたが、今では一人でも楽しめるようになっている。どんなときでも近くで見守ってくれていたオーギュストがいないことにも、だいぶ慣れた気がする。
「今晩は何を食べようかしら?」
ミシュリーヌは不意に思い出した姿を追い出すように明るく呟く。気持ちを立て直して歩いていると、周囲に人がいないことに気がついた。
人通りの多い時間のはずなのに、どうしてだろう? そう思った直後に黒いローブを着た人間が四方から現れ、あっという間に囲まれていた。
「おつ……」
ミシュリーヌは相手の言葉を最後まで聞かずに、睡眠効果のある魔法を思いっきり放つ。
どうして!?
ローブを着た者たちは驚いたように後退りはしたが、誰も眠らなかった。
ミシュリーヌは初めてのことに動揺してしまう。魔導師団長であるオーギュストだって、油断していれば、眠らないまでもぼんやりさせられる魔法なのだ。出会い頭に放ったのに、逃げるすきすら得られないとは思わなかった。
ミシュリーヌの心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
相手はどうやら優秀な魔導師のようだ。『平民』ではなく『聖女』に用事があるのだろう。ミシュリーヌには、こういうときのためにオーギュストから渡されていたものがある。
ミシュリーヌはマジックバッグから毒の塗られた短剣を……
「妃殿下、お待ち下さい!」
「マリエルです! 妃殿下の護衛のために参りました!」
ミシュリーヌを囲む四人が、慌ててフードを外して顔を見せる。正面にいる女性は、よく見ると、本人の言うとおり魔導師団員のマリエルだった。他の三人も冷静になってみるとよく知る顔ばかりだ。ミシュリーヌが外出する際に、近衛騎士とともに護衛を担当してくれていた。オーギュストも信頼している者なので命の危険はない。
「ごめんなさい。突然だったから驚いてしまったの」
ミシュリーヌがマジックバッグから手を放すと、四人はホッとしたように力を抜く。
「こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ありません。その……妃殿下が王宮からお一人でお出掛けになったと聞いておりましたので、このような形を取らせて頂きました」
ミシュリーヌが離宮を抜け出すときにボンヌを眠らせた事を知っているのだろう。戦闘態勢をとっていた理由が分かって、ミシュリーヌも力を抜く。
「マリエルたちが来たということは、私の書いた手紙は無事に届いたのかしら?」
「はい。私どもは、団長からの命令で先発隊としてフリルネロ公爵領に入りました。詳しくはこちらをお確かめ下さい」
マリエルが取り出したのは、きちんと封がされた分厚い封筒だった。差出人は書かれていないがすぐ分かる。この懐かしい魔力はオーギュストのものだ。
「その手紙は受け取れないわ。マリエルの口から説明してくれるかしら?」
「畏まりました」
マリエルは予想していたようであっさりと了承した。ミシュリーヌは、フードを被り直した四人と共に目立たない場所に移動する。
きちんと話してくれると思ったのに……
「団長は妃殿下の事をすごく心配しております」
「王宮にお戻りになりませんか? 何があったか知りませんが、団長なら妃殿下のお気持ちを聞いて下さるはずです」
「実は秘匿されていたのですが、王太子殿下に殺害予告が出されております。それさえなければ、団長がご自身で迎えにいらっしゃったと思いますよ」
ミシュリーヌは口々に説得されて黙るしかなかった。彼女たちはヴァネッサの存在を知らされていないのだろう。王族と聖女の離婚だ。発表の時期を間違えると騒動に成りかねない。
「団長が昔みたいに戻っちゃって、見ていられないんですよ」
「昔?」
団員が躊躇いがちにオーギュストの様子を教えてくれる。祝賀パーティ以来、笑顔を誰も見ていないのだと言う。ミシュリーヌがいなくなったせいで、ヴァネッサとの結婚の計画が狂ってしまったのだろうか。一度戻るべきかもしれないが、ミシュリーヌの心が戻りたくないと悲鳴を上げている。
ミシュリーヌはこれ以上聞いていられなくて、マリエルから手紙を受け取ることにした。
「また、明日来ますね」
「よろしくお願いします」
ミシュリーヌは今日の分の治療を終えて療養所を出る。心地よい疲れを感じながら、屋台の並ぶ街の中心部を目指した。
最初の頃はそういった場所での食事も緊張していたが、今では一人でも楽しめるようになっている。どんなときでも近くで見守ってくれていたオーギュストがいないことにも、だいぶ慣れた気がする。
「今晩は何を食べようかしら?」
ミシュリーヌは不意に思い出した姿を追い出すように明るく呟く。気持ちを立て直して歩いていると、周囲に人がいないことに気がついた。
人通りの多い時間のはずなのに、どうしてだろう? そう思った直後に黒いローブを着た人間が四方から現れ、あっという間に囲まれていた。
「おつ……」
ミシュリーヌは相手の言葉を最後まで聞かずに、睡眠効果のある魔法を思いっきり放つ。
どうして!?
ローブを着た者たちは驚いたように後退りはしたが、誰も眠らなかった。
ミシュリーヌは初めてのことに動揺してしまう。魔導師団長であるオーギュストだって、油断していれば、眠らないまでもぼんやりさせられる魔法なのだ。出会い頭に放ったのに、逃げるすきすら得られないとは思わなかった。
ミシュリーヌの心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
相手はどうやら優秀な魔導師のようだ。『平民』ではなく『聖女』に用事があるのだろう。ミシュリーヌには、こういうときのためにオーギュストから渡されていたものがある。
ミシュリーヌはマジックバッグから毒の塗られた短剣を……
「妃殿下、お待ち下さい!」
「マリエルです! 妃殿下の護衛のために参りました!」
ミシュリーヌを囲む四人が、慌ててフードを外して顔を見せる。正面にいる女性は、よく見ると、本人の言うとおり魔導師団員のマリエルだった。他の三人も冷静になってみるとよく知る顔ばかりだ。ミシュリーヌが外出する際に、近衛騎士とともに護衛を担当してくれていた。オーギュストも信頼している者なので命の危険はない。
「ごめんなさい。突然だったから驚いてしまったの」
ミシュリーヌがマジックバッグから手を放すと、四人はホッとしたように力を抜く。
「こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ありません。その……妃殿下が王宮からお一人でお出掛けになったと聞いておりましたので、このような形を取らせて頂きました」
ミシュリーヌが離宮を抜け出すときにボンヌを眠らせた事を知っているのだろう。戦闘態勢をとっていた理由が分かって、ミシュリーヌも力を抜く。
「マリエルたちが来たということは、私の書いた手紙は無事に届いたのかしら?」
「はい。私どもは、団長からの命令で先発隊としてフリルネロ公爵領に入りました。詳しくはこちらをお確かめ下さい」
マリエルが取り出したのは、きちんと封がされた分厚い封筒だった。差出人は書かれていないがすぐ分かる。この懐かしい魔力はオーギュストのものだ。
「その手紙は受け取れないわ。マリエルの口から説明してくれるかしら?」
「畏まりました」
マリエルは予想していたようであっさりと了承した。ミシュリーヌは、フードを被り直した四人と共に目立たない場所に移動する。
きちんと話してくれると思ったのに……
「団長は妃殿下の事をすごく心配しております」
「王宮にお戻りになりませんか? 何があったか知りませんが、団長なら妃殿下のお気持ちを聞いて下さるはずです」
「実は秘匿されていたのですが、王太子殿下に殺害予告が出されております。それさえなければ、団長がご自身で迎えにいらっしゃったと思いますよ」
ミシュリーヌは口々に説得されて黙るしかなかった。彼女たちはヴァネッサの存在を知らされていないのだろう。王族と聖女の離婚だ。発表の時期を間違えると騒動に成りかねない。
「団長が昔みたいに戻っちゃって、見ていられないんですよ」
「昔?」
団員が躊躇いがちにオーギュストの様子を教えてくれる。祝賀パーティ以来、笑顔を誰も見ていないのだと言う。ミシュリーヌがいなくなったせいで、ヴァネッサとの結婚の計画が狂ってしまったのだろうか。一度戻るべきかもしれないが、ミシュリーヌの心が戻りたくないと悲鳴を上げている。
ミシュリーヌはこれ以上聞いていられなくて、マリエルから手紙を受け取ることにした。
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