上 下
44 / 49
二章 無事を祈って【オーギュスト】

第16話 黒い追跡者【ミシュリーヌ】

しおりを挟む
 ミシュリーヌは、サビーヌたちの住む街を離れ、旅をしながら順調に治療を続けていた。ギルド長が紹介状を書いてくれたこともあり、大きな反発を受けることもない。最初はどの街でも警戒され怒鳴られたりするが、力を示せば納得し受け入れてもらうことができた。

「また、明日来ますね」

「よろしくお願いします」

 ミシュリーヌは今日の分の治療を終えて療養所を出る。心地よい疲れを感じながら、屋台の並ぶ街の中心部を目指した。

 最初の頃はそういった場所での食事も緊張していたが、今では一人でも楽しめるようになっている。どんなときでも近くで見守ってくれていたオーギュストがいないことにも、だいぶ慣れた気がする。

「今晩は何を食べようかしら?」

 ミシュリーヌは不意に思い出した姿を追い出すように明るく呟く。気持ちを立て直して歩いていると、周囲に人がいないことに気がついた。

 人通りの多い時間のはずなのに、どうしてだろう? そう思った直後に黒いローブを着た人間が四方から現れ、あっという間に囲まれていた。

「おつ……」

 ミシュリーヌは相手の言葉を最後まで聞かずに、睡眠効果のある魔法を思いっきり放つ。

 どうして!?

 ローブを着た者たちは驚いたように後退りはしたが、誰も眠らなかった。

 ミシュリーヌは初めてのことに動揺してしまう。魔導師団長であるオーギュストだって、油断していれば、眠らないまでもぼんやりさせられる魔法なのだ。出会い頭に放ったのに、逃げるすきすら得られないとは思わなかった。

 ミシュリーヌの心臓がドクドクと嫌な音を立てる。

 相手はどうやら優秀な魔導師のようだ。『平民ミーシャ』ではなく『聖女ミシュリーヌ』に用事があるのだろう。ミシュリーヌには、こういうときのためにオーギュストから渡されていたものがある。

 ミシュリーヌはマジックバッグから毒の塗られた短剣を……

「妃殿下、お待ち下さい!」

「マリエルです! 妃殿下の護衛のために参りました!」

 ミシュリーヌを囲む四人が、慌ててフードを外して顔を見せる。正面にいる女性は、よく見ると、本人の言うとおり魔導師団員のマリエルだった。他の三人も冷静になってみるとよく知る顔ばかりだ。ミシュリーヌが外出する際に、近衛騎士とともに護衛を担当してくれていた。オーギュストも信頼している者なので命の危険はない。

「ごめんなさい。突然だったから驚いてしまったの」

 ミシュリーヌがマジックバッグから手を放すと、四人はホッとしたように力を抜く。

「こちらこそ、驚かせてしまい申し訳ありません。その……妃殿下が王宮からお一人でになったと聞いておりましたので、このような形を取らせて頂きました」

 ミシュリーヌが離宮を抜け出すときにボンヌを眠らせた事を知っているのだろう。戦闘態勢をとっていた理由が分かって、ミシュリーヌも力を抜く。

「マリエルたちが来たということは、私の書いた手紙は無事に届いたのかしら?」

「はい。私どもは、団長からの命令で先発隊としてフリルネロ公爵領に入りました。詳しくはこちらをお確かめ下さい」

 マリエルが取り出したのは、きちんと封がされた分厚い封筒だった。差出人は書かれていないがすぐ分かる。この懐かしい魔力はオーギュストのものだ。

「その手紙は受け取れないわ。マリエルの口から説明してくれるかしら?」

「畏まりました」

 マリエルは予想していたようであっさりと了承した。ミシュリーヌは、フードを被り直した四人と共に目立たない場所に移動する。

 きちんと話してくれると思ったのに……

「団長は妃殿下の事をすごく心配しております」

「王宮にお戻りになりませんか? 何があったか知りませんが、団長なら妃殿下のお気持ちを聞いて下さるはずです」

「実は秘匿されていたのですが、王太子殿下に殺害予告が出されております。それさえなければ、団長がご自身で迎えにいらっしゃったと思いますよ」

 ミシュリーヌは口々に説得されて黙るしかなかった。彼女たちはヴァネッサの存在を知らされていないのだろう。王族と聖女の離婚だ。発表の時期を間違えると騒動に成りかねない。
 
「団長が昔みたいに戻っちゃって、見ていられないんですよ」

「昔?」 

 団員が躊躇いがちにオーギュストの様子を教えてくれる。祝賀パーティ以来、笑顔を誰も見ていないのだと言う。ミシュリーヌがいなくなったせいで、ヴァネッサとの結婚の計画が狂ってしまったのだろうか。一度戻るべきかもしれないが、ミシュリーヌの心が戻りたくないと悲鳴を上げている。

 ミシュリーヌはこれ以上聞いていられなくて、マリエルから手紙を受け取ることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-

七瀬菜々
恋愛
 ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。   両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。  もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。  ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。  ---愛されていないわけじゃない。  アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。  しかし、その願いが届くことはなかった。  アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。  かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。  アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。 ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。  アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。  結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。  望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………? ※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。    ※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。 ※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。  

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

処理中です...