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二章 無事を祈って【オーギュスト】
第8話 青いドレスの女
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翌朝、オーギュストは魔導師団の団長室で公爵領に向かう小隊から出発の挨拶を受けた。しばらくは数人ずつで行動し、公爵領近くで集結する。その後は公爵領の魔獣の強さ次第でいくつかの隊に別れる予定だ。特殊な任務を請け負う部隊も派遣したので、しばらくは彼らだけでも上手くやってくれるだろう。
「私も少し出てくる」
オーギュストは最後の団員が出発したのを見届けて席を立つ。
「仮眠を取られた方がよろしいのではありませんか?」
ジョエルがすれ違いざまに、珍しく心配そうに顔を覗き込んできた。オーギュストが『大丈夫だ』と言って部屋を出ると、ジョエルもそれ以上は何も言わずに後ろから付いてくる。
オーギュストは夜中まであるものを作っていたせいで寝不足だ。だが、ジョエルが心配しているのは、そこではないだろう。
オーギュストは魔導師団に出勤する前に、離宮でヤニックと朝食をともにしていた。共通の話題は少なく、必然的にミシュリーヌとヤニックが同乗した馬車旅の話が中心となる。
オーギュストはミシュリーヌの恋人の話が出ることを覚悟していた。それなのに、ミシュリーヌと共に話題に上がるのはサビーヌという女性ばかりだ。オーギュストは耐えきれなくなって、自分から恋人の存在について尋ねてしまったが、ヤニックは一度も男の姿を見ていないらしい。
『公爵領で合流する予定だったのだろうか?』
『やっぱり、恋人がいるなんて嘘だったんですよ。ヤニックさんもそう思いません?』
ジョエルが給仕をしながら口を挟む。表情には安堵が浮かんでいたので、やはり、ジョエルも聞けずにいたのだろう。
『私には分かりかねますが……聖女様は旅慣れていない様子でした。サビーヌが護衛のようにそばにいなければ、公爵領に行き着いたかどうかも分かりません。聖女様を本気で想う恋人が、そんな危険な一人旅をさせるでしょうか?』
所作が美しすぎるミシュリーヌは、小柄でも街にいれば目立つ。ミシュリーヌを想う恋人なら一人で歩かせることを不安に思い迎えに来るはずだ。公爵領のどこかで男が待っていたのだとしても、ミシュリーヌを愛するふりをしているだけかもしれない。ヤニックはミシュリーヌが騙されていることを心配しているようだった。
『迎えに行って差し上げたほうがよろしいのではありませんか?』
『私もそう思います。聖女様は殿下のことを信頼している様子でしたよ』
ミシュリーヌは、ヤニックにオーギュストに任せれば大丈夫だと何度も言っていたらしい。その信頼は、どういう気持ちから出てくるものだろう? ミシュリーヌに恋人がいなかったとしても、オーギュストのもとを去った事実は変わらない。
何がいけなかったのだろう……
オーギュストは魔導師団の廊下を歩きながら考える。ミシュリーヌを迎えに行って話し合うべきだ。それは分かっている。ただ、オーギュストには何を話せば良いのか検討もつかないのだ。
他の男に懸想したわけではないなら、なぜいなくなったのだろう。ヤニックの言葉を信じるなら、オーギュストを嫌っているわけでもなさそうだ。オーギュストにとって、誰よりも何よりも大切な存在なのに、ミシュリーヌの気持ちが少しも分からない。
「ミシュリーヌはなぜいなくなったんだろうな。ジョエルはどう思う?」
「殿下に分からないなら、私にも分かりませんよ。ただ……やはり、青いドレスの女が気になりますね」
「祝賀パーティーでミシュリーヌと話していた女か」
オーギュストはミシュリーヌの捜索を中断し王宮に戻ったが、それ以降、何もしていなかったわけではない。ミシュリーヌの相手を探すとともに、彼女の祝賀パーティーでの様子についても調べていたのだ。
あの日は、朝からミシュリーヌに笑顔が少なかったのでオーギュストも心配していた。だが、どんなに沈んでいても、責任感の強いミシュリーヌが何のきっかけもなく会場で泣き出すとは思えない。
ミシュリーヌとダンスを踊った二人の兄にもそれとなく話を聞いてみたが、記憶に残るような会話はしなかったようだ。
そうなると思い出すのが、オーギュストが他の女性と踊っていたときのことだ。視線を感じて、そちらを見ると、不安そうな顔をしたミシュリーヌと目があった。そのとき、ミシュリーヌは青いドレスを着た女と並んで座っていたのだ。
「せめて、誰だか分かれば良いのだがな」
兄のガエルが作った女性の群れに隠されて、顔までは確認できなかった。ミシュリーヌが助けを求めている気がして、オーギュストが慌てて駆けつけたときには、その人物の姿はすでに消えていた。
「青いドレスを着ていた者が多すぎるんですよ」
この国の王族は青い瞳を持つ。そのため、年頃の女性は青いドレスを選ぶ者が多い。王族に想い人がいる、もしくは想い人がいるふりをして異性を避けるためにも使われる。
「妃殿下に直接お聞きするのが早いと思いますよ」
「そうだな」
オーギュストもミシュリーヌが一人でいるならば、すぐにでも会いに行きたい。格好悪くても、同情からだとしても、ミシュリーヌが戻ってきてくれるなら何だってできる。
「王都でやるべきことを済ませるしかありませんね」
全てを投げ出して迎えに行っても、ミシュリーヌに軽蔑されるだけだろう。居場所が分かれば、ミシュリーヌの意思を無視して連れ戻すこともできるがそれも同じだ。
今はやるべきことをこなすしかない。オーギュストはため息を呑み込んで、魔導師団の建物を出た。
「私も少し出てくる」
オーギュストは最後の団員が出発したのを見届けて席を立つ。
「仮眠を取られた方がよろしいのではありませんか?」
ジョエルがすれ違いざまに、珍しく心配そうに顔を覗き込んできた。オーギュストが『大丈夫だ』と言って部屋を出ると、ジョエルもそれ以上は何も言わずに後ろから付いてくる。
オーギュストは夜中まであるものを作っていたせいで寝不足だ。だが、ジョエルが心配しているのは、そこではないだろう。
オーギュストは魔導師団に出勤する前に、離宮でヤニックと朝食をともにしていた。共通の話題は少なく、必然的にミシュリーヌとヤニックが同乗した馬車旅の話が中心となる。
オーギュストはミシュリーヌの恋人の話が出ることを覚悟していた。それなのに、ミシュリーヌと共に話題に上がるのはサビーヌという女性ばかりだ。オーギュストは耐えきれなくなって、自分から恋人の存在について尋ねてしまったが、ヤニックは一度も男の姿を見ていないらしい。
『公爵領で合流する予定だったのだろうか?』
『やっぱり、恋人がいるなんて嘘だったんですよ。ヤニックさんもそう思いません?』
ジョエルが給仕をしながら口を挟む。表情には安堵が浮かんでいたので、やはり、ジョエルも聞けずにいたのだろう。
『私には分かりかねますが……聖女様は旅慣れていない様子でした。サビーヌが護衛のようにそばにいなければ、公爵領に行き着いたかどうかも分かりません。聖女様を本気で想う恋人が、そんな危険な一人旅をさせるでしょうか?』
所作が美しすぎるミシュリーヌは、小柄でも街にいれば目立つ。ミシュリーヌを想う恋人なら一人で歩かせることを不安に思い迎えに来るはずだ。公爵領のどこかで男が待っていたのだとしても、ミシュリーヌを愛するふりをしているだけかもしれない。ヤニックはミシュリーヌが騙されていることを心配しているようだった。
『迎えに行って差し上げたほうがよろしいのではありませんか?』
『私もそう思います。聖女様は殿下のことを信頼している様子でしたよ』
ミシュリーヌは、ヤニックにオーギュストに任せれば大丈夫だと何度も言っていたらしい。その信頼は、どういう気持ちから出てくるものだろう? ミシュリーヌに恋人がいなかったとしても、オーギュストのもとを去った事実は変わらない。
何がいけなかったのだろう……
オーギュストは魔導師団の廊下を歩きながら考える。ミシュリーヌを迎えに行って話し合うべきだ。それは分かっている。ただ、オーギュストには何を話せば良いのか検討もつかないのだ。
他の男に懸想したわけではないなら、なぜいなくなったのだろう。ヤニックの言葉を信じるなら、オーギュストを嫌っているわけでもなさそうだ。オーギュストにとって、誰よりも何よりも大切な存在なのに、ミシュリーヌの気持ちが少しも分からない。
「ミシュリーヌはなぜいなくなったんだろうな。ジョエルはどう思う?」
「殿下に分からないなら、私にも分かりませんよ。ただ……やはり、青いドレスの女が気になりますね」
「祝賀パーティーでミシュリーヌと話していた女か」
オーギュストはミシュリーヌの捜索を中断し王宮に戻ったが、それ以降、何もしていなかったわけではない。ミシュリーヌの相手を探すとともに、彼女の祝賀パーティーでの様子についても調べていたのだ。
あの日は、朝からミシュリーヌに笑顔が少なかったのでオーギュストも心配していた。だが、どんなに沈んでいても、責任感の強いミシュリーヌが何のきっかけもなく会場で泣き出すとは思えない。
ミシュリーヌとダンスを踊った二人の兄にもそれとなく話を聞いてみたが、記憶に残るような会話はしなかったようだ。
そうなると思い出すのが、オーギュストが他の女性と踊っていたときのことだ。視線を感じて、そちらを見ると、不安そうな顔をしたミシュリーヌと目があった。そのとき、ミシュリーヌは青いドレスを着た女と並んで座っていたのだ。
「せめて、誰だか分かれば良いのだがな」
兄のガエルが作った女性の群れに隠されて、顔までは確認できなかった。ミシュリーヌが助けを求めている気がして、オーギュストが慌てて駆けつけたときには、その人物の姿はすでに消えていた。
「青いドレスを着ていた者が多すぎるんですよ」
この国の王族は青い瞳を持つ。そのため、年頃の女性は青いドレスを選ぶ者が多い。王族に想い人がいる、もしくは想い人がいるふりをして異性を避けるためにも使われる。
「妃殿下に直接お聞きするのが早いと思いますよ」
「そうだな」
オーギュストもミシュリーヌが一人でいるならば、すぐにでも会いに行きたい。格好悪くても、同情からだとしても、ミシュリーヌが戻ってきてくれるなら何だってできる。
「王都でやるべきことを済ませるしかありませんね」
全てを投げ出して迎えに行っても、ミシュリーヌに軽蔑されるだけだろう。居場所が分かれば、ミシュリーヌの意思を無視して連れ戻すこともできるがそれも同じだ。
今はやるべきことをこなすしかない。オーギュストはため息を呑み込んで、魔導師団の建物を出た。
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