26 / 49
一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】
第25話 浄化の旅
しおりを挟む
ミシュリーヌはオーギュストへの手紙をヤニックたちに任せようと思ったが、把握しておいてほしいと言われて先に説明を受けた。オーギュストが相手だと安心して丸投げしてしまうのは、ミシュリーヌの悪い癖だ。信頼しているといえば聞こえが良いが、オーギュストはどう思っていたのか分からない。それに……今のオーギュストはミシュリーヌが無条件に甘えて良い相手ではない。
反省ね……
ミシュリーヌはズキリと傷んだ胸を無視して、地図と向き合った。
報告の手紙は別にしても、地図上の赤いバツの場所については知っておく必要がある。冒険者ギルドで問題視するような規模の襲撃が起きたのだ。当然のように魔素に侵された患者がいる。
先に人を呼ぶなら、水晶の浄化が必要かどうかの判定は王都から駆けつけた魔導師団員が行ってくれるだろう。浄化が必要だと分かった場合も、聖女の力が必要となるのは、その後に行われる下準備が終わったあとだ。それまでに治療をなるべく進めておきたい。
「動けない患者も多いでしょうから、ぐるりと領内を回る必要がありそうですね。急いだほうが良い街はどこでしょう?」
「街道を東に進んだ先にある、この街だな」
ギルド長が地図上のある街を指し示す。最初に被害が出たのが、ミシュリーヌ達の滞在する街で八ヶ月前。次に被害を受けた街がその場所で、七ヶ月前に襲撃されたらしい。
七ヶ月前、六ヶ月前……
ギルド長が指差す街を順に追っていくと、だいたい一ヶ月間隔で魔獣の襲撃が起きていることが分かる。
「四ヶ月前に何か対策をしたんですか?」
途中から二ヶ月間隔に変わったことに気づいて、ミシュリーヌは勢いよく顔をあげた。五ヶ月前、四ヶ月前と続いて、次にあるのは二ヶ月前の日付だ。
「いや、襲撃頻度が減った理由は、よく分かっていない。魔獣が襲ってこないように対策が取れれば一番良いんだがな」
ギルド長が悲しげな表情で指し示した赤いバツには、五日前の日付が刻まれていた。今回も二ヶ月間隔にはなっているが、喜べるようなことではない。
「やっぱり、また襲撃されたのか……」
ヤニックが呟くように言った。重苦しい空気が部屋を包む。
「昨日、俺のところに報告が来た。死者は出ていないようだから安心しろ」
ギルド長がヤニックの肩を乱暴に叩いた。慰めにしては痛そうだ。ヤニックは肩を擦っている。
「次は俺も参加する」
「参加?」
ミシュリーヌは首を傾げる。フリルネロ公爵領は王都周辺の王領に次ぐ広さを誇る。襲撃の知らせを受けても、現場に駆けつけるのは難しい気がする。
「あの街に冒険者を集めていたから、被害が想定より少なくて済んだんだ」
「どうして襲撃が起こる場所が分かったんですか?」
ミシュリーヌは言ってから赤いバツを目で追って気がついた。襲撃は、第三都市から一定の距離を保ってぐるりと一周するように作られた街道沿いで起こっている。
「聖女の浄化の旅をなぞっている!?」
第三都市の南に位置するこの街から、反時計回りに半周。赤いバツのある場所には、ミシュリーヌも襲撃が起こったのと同じ順番で訪れたことがあった。
「その通りだ」
ミシュリーヌたちの行った浄化の旅では、水晶を浄化する前に、領地をグルリと回って魔獣を間引きしていた。
水晶を浄化すれば魔素が減り魔獣が大人しくなるが、効果があるのは領地を覆う程度の広さのみだ。隣接する領地に逃げ出す魔獣もいる。隣接領に常駐する騎士を増やして対応するが、国民感情もあるので事前準備を大切にしていた。
「口が悪いやつの中には、『浄化の旅で何か仕掛けてあったんじゃないか?』なんて言うやつもいる」
「そんなこと……」
ミシュリーヌは浄化の旅の過酷さを思い出して暗い気持ちになった。ミシュリーヌは守られるばかりだったが、騎士も魔導師も命がけで戦っていた。
「もちろん、今は信じちゃいない。冷静に考えれば、聖女様を陥れようとしているって方がしっくりくる」
「神殿にミーシャや『聖女様』を近づけたくない理由の一つだな」
ヤニックの言葉にギルド長が同意するように付け足す。信じてくれる人もいる。ミシュリーヌはそれが嬉しかった。
「あれ? 聖女様の旅の順路って、非公開じゃなかったか?」
「えっ!?」
ニコラの言葉にミシュリーヌはドキリとする。思わず叫んでしまって、慌てて口元を抑えた。
「地元の俺等はみんな知ってるけど、ミーシャはよく知ってたな。もしかして……」
「ミーシャも見習いの神官として参加していたんだよな?」
「は、はい!」
ニコラの疑問を遮るようにヤニックが声をあげる。ミシュリーヌは慌てて同意して何度も頷いた。
「へ~。その時、ミーシャは何歳だったんだ? 神官って小さいときから働かされているんだな。てっきり、ミーシャもこの辺りの出身だから知っているのかと思ったぜ」
ニコラはミシュリーヌの動揺に気づいてなさそうだ。
本当は浄化の旅は危険なので見習いの同行は許されていない。ミシュリーヌは嘘をついたことを心の中で謝罪した。
反省ね……
ミシュリーヌはズキリと傷んだ胸を無視して、地図と向き合った。
報告の手紙は別にしても、地図上の赤いバツの場所については知っておく必要がある。冒険者ギルドで問題視するような規模の襲撃が起きたのだ。当然のように魔素に侵された患者がいる。
先に人を呼ぶなら、水晶の浄化が必要かどうかの判定は王都から駆けつけた魔導師団員が行ってくれるだろう。浄化が必要だと分かった場合も、聖女の力が必要となるのは、その後に行われる下準備が終わったあとだ。それまでに治療をなるべく進めておきたい。
「動けない患者も多いでしょうから、ぐるりと領内を回る必要がありそうですね。急いだほうが良い街はどこでしょう?」
「街道を東に進んだ先にある、この街だな」
ギルド長が地図上のある街を指し示す。最初に被害が出たのが、ミシュリーヌ達の滞在する街で八ヶ月前。次に被害を受けた街がその場所で、七ヶ月前に襲撃されたらしい。
七ヶ月前、六ヶ月前……
ギルド長が指差す街を順に追っていくと、だいたい一ヶ月間隔で魔獣の襲撃が起きていることが分かる。
「四ヶ月前に何か対策をしたんですか?」
途中から二ヶ月間隔に変わったことに気づいて、ミシュリーヌは勢いよく顔をあげた。五ヶ月前、四ヶ月前と続いて、次にあるのは二ヶ月前の日付だ。
「いや、襲撃頻度が減った理由は、よく分かっていない。魔獣が襲ってこないように対策が取れれば一番良いんだがな」
ギルド長が悲しげな表情で指し示した赤いバツには、五日前の日付が刻まれていた。今回も二ヶ月間隔にはなっているが、喜べるようなことではない。
「やっぱり、また襲撃されたのか……」
ヤニックが呟くように言った。重苦しい空気が部屋を包む。
「昨日、俺のところに報告が来た。死者は出ていないようだから安心しろ」
ギルド長がヤニックの肩を乱暴に叩いた。慰めにしては痛そうだ。ヤニックは肩を擦っている。
「次は俺も参加する」
「参加?」
ミシュリーヌは首を傾げる。フリルネロ公爵領は王都周辺の王領に次ぐ広さを誇る。襲撃の知らせを受けても、現場に駆けつけるのは難しい気がする。
「あの街に冒険者を集めていたから、被害が想定より少なくて済んだんだ」
「どうして襲撃が起こる場所が分かったんですか?」
ミシュリーヌは言ってから赤いバツを目で追って気がついた。襲撃は、第三都市から一定の距離を保ってぐるりと一周するように作られた街道沿いで起こっている。
「聖女の浄化の旅をなぞっている!?」
第三都市の南に位置するこの街から、反時計回りに半周。赤いバツのある場所には、ミシュリーヌも襲撃が起こったのと同じ順番で訪れたことがあった。
「その通りだ」
ミシュリーヌたちの行った浄化の旅では、水晶を浄化する前に、領地をグルリと回って魔獣を間引きしていた。
水晶を浄化すれば魔素が減り魔獣が大人しくなるが、効果があるのは領地を覆う程度の広さのみだ。隣接する領地に逃げ出す魔獣もいる。隣接領に常駐する騎士を増やして対応するが、国民感情もあるので事前準備を大切にしていた。
「口が悪いやつの中には、『浄化の旅で何か仕掛けてあったんじゃないか?』なんて言うやつもいる」
「そんなこと……」
ミシュリーヌは浄化の旅の過酷さを思い出して暗い気持ちになった。ミシュリーヌは守られるばかりだったが、騎士も魔導師も命がけで戦っていた。
「もちろん、今は信じちゃいない。冷静に考えれば、聖女様を陥れようとしているって方がしっくりくる」
「神殿にミーシャや『聖女様』を近づけたくない理由の一つだな」
ヤニックの言葉にギルド長が同意するように付け足す。信じてくれる人もいる。ミシュリーヌはそれが嬉しかった。
「あれ? 聖女様の旅の順路って、非公開じゃなかったか?」
「えっ!?」
ニコラの言葉にミシュリーヌはドキリとする。思わず叫んでしまって、慌てて口元を抑えた。
「地元の俺等はみんな知ってるけど、ミーシャはよく知ってたな。もしかして……」
「ミーシャも見習いの神官として参加していたんだよな?」
「は、はい!」
ニコラの疑問を遮るようにヤニックが声をあげる。ミシュリーヌは慌てて同意して何度も頷いた。
「へ~。その時、ミーシャは何歳だったんだ? 神官って小さいときから働かされているんだな。てっきり、ミーシャもこの辺りの出身だから知っているのかと思ったぜ」
ニコラはミシュリーヌの動揺に気づいてなさそうだ。
本当は浄化の旅は危険なので見習いの同行は許されていない。ミシュリーヌは嘘をついたことを心の中で謝罪した。
22
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?
青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。
けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの?
中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。
青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。
婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。
王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。
婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。
ぽっちゃりおっさん
恋愛
公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。
しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。
屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。
【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。
差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。
そこでサラが取った決断は?
【完結】アッシュフォード男爵夫人-愛されなかった令嬢は妹の代わりに辺境へ嫁ぐ-
七瀬菜々
恋愛
ブランチェット伯爵家はずっと昔から、体の弱い末の娘ベアトリーチェを中心に回っている。
両親も使用人も、ベアトリーチェを何よりも優先する。そしてその次は跡取りの兄。中間子のアイシャは両親に気遣われることなく生きてきた。
もちろん、冷遇されていたわけではない。衣食住に困ることはなかったし、必要な教育も受けさせてもらえた。
ただずっと、両親の1番にはなれなかったというだけ。
---愛されていないわけじゃない。
アイシャはずっと、自分にそう言い聞かせながら真面目に生きてきた。
しかし、その願いが届くことはなかった。
アイシャはある日突然、病弱なベアトリーチェの代わりに、『戦場の悪魔』の異名を持つ男爵の元へ嫁ぐことを命じられたのだ。
かの男は血も涙もない冷酷な男と噂の人物。
アイシャだってそんな男の元に嫁ぎたくないのに、両親は『ベアトリーチェがかわいそうだから』という理由だけでこの縁談をアイシャに押し付けてきた。
ーーーああ。やはり私は一番にはなれないのね。
アイシャはとうとう絶望した。どれだけ願っても、両親の一番は手に入ることなどないのだと、思い知ったから。
結局、アイシャは傷心のまま辺境へと向かった。
望まれないし、望まない結婚。アイシャはこのまま、誰かの一番になることもなく一生を終えるのだと思っていたのだが………?
※全部で3部です。話の進みはゆっくりとしていますが、最後までお付き合いくださると嬉しいです。
※色々と、設定はふわっとしてますのでお気をつけください。
※作者はザマァを描くのが苦手なので、ザマァ要素は薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる