上 下
3 / 49
一章 役目を終えて【ミシュリーヌ】

第2話 聖女の仕事

しおりを挟む
 朝食を終えたミシュリーヌは、『一人』で王宮の廊下を歩く。後ろからぞろぞろと護衛がついて来ているが、気にしたら負けだ。

『今日はパーティーが開かれるから、人の流れがいつもと違うんだ。十分に注意するんだよ。特に若い男は危険だから、呼ばれても近寄ってはいけないよ』

 オーギュストに外出すると話したら、クドクドと言われてしまった。もう、ミシュリーヌは子供ではないのだ。知らない人について行くようなことはしない。もう少しだけ信用してほしい。

『ミシュリーヌは素直で人を疑うことを知らないから心配だ。私も一緒に行けたら良いのだが、どうしても外せない会議が入っているんだ』

 オーギュストの過保護さには呆れるが、気にかけてもらえる嬉しさが勝って、反論はできなかった。

 ミシュリーヌが向かっているのは、王宮内にある神殿だ。警備の行き届いた王宮から出るわけでもないので、護衛を連れて行く必要さえない。

 しかし、心配性のオーギュストのことだ。緊急の呼び出しでなければ、人の多いこんな日に離宮を出してはくれなかっただろう。ましてや、護衛を置いていくなんて言えるわけもない。

「確認できました。お手をどうぞ」

 専属護衛のマリエルが馬車から降りてきて、ミシュリーヌに手を差し伸べる。先回りして馬車の中の安全を確認してくれていたのだろう。

「ありがとう」

 オーギュストの魔力で守られた馬車は調べるまでもなく安全だ。ミシュリーヌは、そのことには触れずに素直に馬車に乗り込んだ。

 神殿は王族の居住区からは離れている。そのため、途中からは馬車での移動だ。忙しいオーギュストがついてくると言い出さなくて良かったと思う。

 フルーナ王国は魔獣との縁が切れない立地にある。聖女の力で作られた水晶がきれいに浄化され正常に作動していても、魔獣を弱体化させるくらいしかできないのだ。そのため、王宮は国民を避難させる可能性を考えた造りとなっている。

 国力から考えれば広く贅沢すぎるが、要塞と考えれば国民も納得だろう。


「聖女様、お待ちしておりました」

 たどり着いた神殿の前では、神官たちが待ち構えていた。ミシュリーヌはマリエルの手を借りて馬車から降りる。出迎えの中によく知る眼鏡の男を見つけてホッと息を吐いた。浄化の旅にも同行してくれていたクリストフだ。

「準備は終わっておりますので、こちらにお願いします」

 ミシュリーヌはクリストフの誘導で神殿の奥へと進む。他の神官の目もあるからか、いつも以上に丁寧な扱いだ。
 
「突然のご依頼で申し訳ありません」

「問題ないわ。必要な人に行き渡った方が良いに決まっているもの」

 クリストフは聖女のための部屋に入ると、中央に並べられた薬瓶に視線を向けてから頭を下げる。ミシュリーヌが神殿を訪れたのは、神官と聖女にしか作れない魔素を浄化する薬の製作のためだ。 

 魔素とは魔獣のいる地域の空気中に漂っており、魔獣を生む原因でもある。魔獣はその魔素を取り込み体内に蓄積することで強くなる。

 人間は魔素の漂う地域に暮らしていても取り込むことはない。だが、魔獣から攻撃を受けると、稀に傷口から体内に入り込んでしまうことがあるのだ。

 魔獣には恩恵をもたらす魔素だが、人間の身体に入った場合には毒にしかならない。浄化しないと傷が癒えたあとも身体を蝕み続け、やがて死に至らしめる恐ろしいものなのだ。

 神官や聖女が直接浄化するのが一番早いが、全ての患者のもとに行くのは難しい。その代わりに使われるのが『浄化薬』だ。

 ミシュリーヌは神殿が用意した薬瓶の一つを手に取った。薬瓶の中には薬草で作られた水薬が詰まっている。鑑定したところ、市販されている傷を治す『回復薬』であることが分かった。これに聖魔法を送り込むと浄化薬となる。

「量が多くて申し訳ありません」

 クリストフがもう一度頭を下げる。机に並んでいる回復薬は200本ほどで、神官一人が聖魔法を入れたなら2ヶ月ほどかかる量だ。

「なぜ、こんなに必要になったのかしら?」

 ミシュリーヌは特別な力を宿した聖女だ。この量なら30分もかからないで完成させることができる。そのため、作ることに関しては何ら問題ない。ただ、計画的に生産している浄化薬が不足していることが不思議だった。

「担当した者から説明させます」

 クリストフが背後に視線を向けると、中年の神官が歩み出てくる。

「申し訳ありません。祝賀パーティーに合わせて浄化薬が神殿から出されると、市井で噂が広がっているようなのです。地方からこのために来た者も多く、すぐに必要な者に絞っても、このような量になってしまいました」

 神殿の者が一人一人に聞き取りを行って算出してくれたらしい。必死で王都まで来たようだったと教えてくれた。

「浄化薬の使用量が増えているのかしら?」

 ミシュリーヌの浄化薬作りは、役割がなくなる恐怖から逃げるためにオーギュストに頼んで始めた仕事だ。ミシュリーヌが普段作る量は、神官のやる気を削がず、必要な人にきちんと届くようにとオーギュストが計算してくれている。ミシュリーヌが関わってからは、魔素の影響で亡くなる者は少なくなったと聞いていた。

 定期的に地方の神殿に送られているし、王都まで来なくても手に入るはずだ。今回は特例で家族にも渡すようだが、基本的には患者本人にその場で使ってもらうので、買い占められているとも思えない。

「そのことに関しては、我々も疑問に感じております。ヘクター殿下が調査を引き受けて下さったので、理由がわかりましたら、聖女様にもお伝えいたします」

 ヘクターとはオーギュストの三人いる兄の一人で、この国の第三王子だ。病気療養中の国王に代わり政務を行う王太子の右腕として活躍する人望の厚い人物でもある。任せておけば、解決してくれることだろう。

「わたくしに協力できることがあったら言ってちょうだい」

「ありがとうございます」

 ミシュリーヌが目配せすると、マリエルが神官たちを部屋の外に誘導する。マリエルが扉を閉めたのを見届けて、ミシュリーヌは浄化薬の作製に取り掛かった。

 ミシュリーヌはなるべく時間をかけてゆっくりと浄化薬を作る。ミシュリーヌの祖国と違い、この国では聖女が貴重だ。強すぎる聖女の力は国の毒にもなりうる。神官の育成の妨げにならぬよう、未来のこの国のために、ミシュリーヌが本気を出すわけにはいかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

(完)貴女は私の全てを奪う妹のふりをする他人ですよね?

青空一夏
恋愛
公爵令嬢の私は婚約者の王太子殿下と優しい家族に、気の合う親友に囲まれ充実した生活を送っていた。それは完璧なバランスがとれた幸せな世界。 けれど、それは一人の女のせいで歪んだ世界になっていくのだった。なぜ私がこんな思いをしなければならないの? 中世ヨーロッパ風異世界。魔道具使用により現代文明のような便利さが普通仕様になっている異世界です。

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

[完結]愛していたのは過去の事

シマ
恋愛
「婚約破棄ですか?もう、一年前に済んでおります」 私には婚約者がいました。政略的な親が決めた婚約でしたが、彼の事を愛していました。 そう、あの時までは 腐った心根の女の話は聞かないと言われて人を突き飛ばしておいて今更、結婚式の話とは 貴方、馬鹿ですか? 流行りの婚約破棄に乗ってみた。 短いです。

処理中です...