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番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる

18.休息

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 クリスティーナは翌日からも演習場に通って治療を続けた。すぐに治療が終わらなかったのは、撃ちもらした魔獣と戦う竜人にも、怪我人が多かったからだ。

 朝から演習場に行き、昼過ぎに辺境伯家の屋敷に帰ってきてブルクハルトに報告するというのが日課となっている。この日も、クリスティーナはパトリックに送り届けられ、そのままブルクハルトの寝室に向かった。

「ティーナ、おかえり」

「……ただいま」

 クリスティーナが寝室に入ると、ブルクハルトはベッドに置かれたクッションに寄り掛かって座っていた。侍従がクリスティーナと入れ替わるように書類を持って部屋を出ていく。

 事件の四日後からは、ブルクハルトも少しずつ仕事を再開している。辺境伯は事後処理で忙しく、普段の仕事まで手が回らない。ブルクハルトがゆっくり療養する時間は取れなかった。

「俺が起きてたからって、少しがっかりするのはやめろよ」

「だって……」

 昨日はブルクハルトが眠っていたので、しばらく寝顔を眺めていられた。ブルクハルトが起きていると、軽い報告のみですぐに休めと追い出されてしまうのだ。昨日も結局は目を覚ましたブルクハルトに叱られて、クリスティーナは自分の部屋に戻ることになった。一緒にいたいと思っているのは、クリスティーナだけなのだろうか。

「ティーナ、手を貸してくれ」

 クリスティーナがしゅんとしていると、ブルクハルトが仕方がないと言うように声をかけて来る。ブルクハルトがベッドを抜け出そうとするので、慌てて手を貸した。

「寝てなくて大丈夫なの?」

「まだ、ここに居たいんだろう?」

「……」

 肯定するとブルクハルトに無理をさせることになる。クリスティーナはそう思うと素直に頷けなかった。ブルクハルトは、困っているクリスティーナを見て小さく笑う。

「さすがに、この前みたいなのはまずいからな」

 クリスティーナの無言は肯定と取られたようだ。間違いではないので何も言えない。

 クリスティーナはソファに座るのを手伝って、ブルクハルトの肩にブランケットをかける。クリスティーナがブルクハルトの隣に座ると、ブランケットで包み込むように抱きしめられた。

「ベッドに並んで座れば良かったんじゃないかしら」

 一つのブランケットに二人で包まるのはなんとなく恥ずかしい。クリスティーナは照れてムスッとしてしまう。

「全然違うだろう?」

「そうなの?」

 クリスティーナが聞くと、ブルクハルトは大袈裟にため息をつく。クリスティーナが首を傾げると諦めたように笑った。

「それで? 治療はどんな感じなんだ?」

「うん、今日で竜騎士団の方の治療は終わったわ。パトリックさんにも、やっと治療を受けてもらえたの」 

「そうか」

 パトリックは相棒の竜騎士が怪我をして療養に入ったため、戦闘などの任務には参加できない。そのため後回しにしろと、治療から逃げられていたのだ。物資の輸送やクリスティーナの送迎などを引き受けていて忙しいのに、傷だらけの姿はずっと気になっていた。

「それでね。竜騎士団で聞いたんだけど、辺境伯騎士団の救護班が治癒魔法師を募集しているんだって。冒険者紹介所に依頼が来ているみたいだから、明日行ってみようと思うの」

「やっぱり、そうなるよな……依頼を出すときに嫌な予感はしてたんだ」

「知ってたの?」

「まぁな」

 ブルクハルトのもとに辺境伯騎士団から事件の混乱が収まってきたので、冒険者を入れたいと連絡が来ていたらしい。実際に現場で指揮をとるのは別の人物だが、辺境伯騎士団の団長は辺境伯だ。特別予算を領主として出すことになったので、ブルクハルトが手続きしたらしい。

「それなら話が早いわね。ドリコリンうちの冒険者として行くつもりだけど、一応報告だけは必要かなって思ったの」

「『一応』っていうのが引っかかるけど、ティーナにしては慎重で良かったよ。辺境伯騎士団に連絡を入れるから、俺の婚約者として手伝いに行け」

 ブルクハルトが立ち上がろうとするので、クリスティーナは引き止めるように抱きつく。ブルクハルトが痛そうな顔をするので、目で謝って治癒魔法をかけた。

「なんで婚約者として行く必要があるの? 政治的な理由? 冒険者紹介所との関係が悪いの?」

「そうじゃなくて、俺の婚約者だと分かれば親しげに近寄ってくる者はいないだろう?」

「なにそれ、遠巻きにされたら治療の妨げになるじゃない」

 初めて大規模討伐に加わったときには、若いドリコリン伯爵騎士団の団員に気を使わせてしまい、最初のうちはギクシャクしてしまった。疲弊している今のヴェロキラ辺境伯騎士団で同じことは起こしたくない。
 
「それはそうだろうけど……。はぁ~、早く結婚してティーナを俺だけのものにしたい」

「よく言うわよ。結婚を二年後にしたのはハルトでしょ」

 ブルクハルトはクリスティーナをぎゅうぎゅう抱きしめている。クリスティーナはされるがままになりながら文句だけは言った。

「俺が先送りにしたみたいに言うなよ。辺境伯家の決まりだろう?」

「えっ、そうなの?」

「言ってなかったか?」

「聞いてない!」

 クリスティーナが振り返るとブルクハルトは誤魔化すように笑った。クリスティーナはそのせいで悩んでいたのに、馬鹿馬鹿しくなってくる。怒りたくても大切そうに抱きしめられていては、続く言葉が出てこない。

「安心して、私はどこに居てもハルトだけのものよ。ハルトも私だけのものでしょ?」

「まぁ、うん。そうだな」

「良かった」

 クリスティーナは結局それだけ言って、甘えるように寄りかかる。背後にいるブルクハルトから、小さなため息がもれた。

「やっぱり、ソファに移動して良かったじゃないか」

「えっ? どうして?」

「どうしてだろうな」

 ブルクハルトは突き放すように言ってくるが、クリスティーナを抱きしめる腕を緩める気はなさそうだ。クリスティーナは追求するのを諦めて、二人だけの貴重な時間をのんびりと過ごした。
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