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番外編Ⅱ:婚約者が青龍であることを隠してる

13.訪問者

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 クリスティーナがブルクハルトに付き添っていると、執事が来客を告げる。執事の案内で応接室に向かうと、疲れた顔をしたガスパールが待っていた。利き腕には包帯が巻かれ、首から下げた布で吊っている。足や頭にまで包帯が巻かれていた。

「お兄様!」

 クリスティーナは怪我の酷さに驚いてガスパールに駆け寄った。昨晩はブルクハルトのことで頭がいっぱいで、ガスパールのことまで気が回っていなかった。

 ガスパールの怪我に治癒魔法をかけた形跡はなく、治癒魔法師がいない場合に行われる外科的な処置のみがされているようだ。それでは治りが遅くなるし、毎日消毒を行うなど気を使わないと悪化する可能性もある。怪我の程度によっては後遺症だって残りかねない。 

「すぐに治すわ」 

「私は大丈夫だ。それより、ブルクハルトはどうしてる?」

 ガスパールに強い視線で拒否されて、クリスティーナは治療を躊躇う。ガスパールのことだから、クリスティーナの魔力を温存したい理由があるのだろう。

「怪我は酷いけど治療は済んでるわ。食事も取れたし問題ないと思う。今は眠っているの」

「そうか。私も現場にいたんだ。守れなくてすまない」

 ガスパールはぎこちなく頭を下げる。クリスティーナは、怪我にさわるのではないかとヒヤヒヤした。

「お兄様のせいじゃないでしょ。それで、どうしたの?」

 クリスティーナはすぐに本題に入るよう促した。ガスパールの様子から悠長に話している時間がないことはクリスティーナにも分かる。
 
 ガスパールはブルクハルトたちと一緒に最初から戦場にいたと聞いている。目の下には濃い隈が出来ているし、いつも美しく整えられていた金色の髪も乱れている。ひどい怪我のはずなのに、休息を取った様子もない。

「私はブルクハルトがどんな怪我をしたか知っているから、ティナは奴のそばにいるべきだと思う……分かっているんだが、クリスティーナに助けてほしいんだ」

 ガスパールが再び頭を下げるので、クリスティーナは慌ててしまう。こんなふうに頼られたのは初めてだ。

「私は誰の治療をすれば良いの?」

「怪我をした竜人が演習場にいる。一緒に来てくれるか?」

 なぜ病室や自宅ではなく演習場なのだろう。クリスティーナは疑問に思うが、ここで悠長に聞いている場合でもなさそうだ。

「よく分からないけど一緒に行くわ。急いだ方が良いんでしょ?」

「ああ」

 ガスパールは怪我を庇いながら立ち上がったが、足取りはしっかりしていて、とりあえずホッとする。

 ガスパールに続いて応接室を出ると、二人の使用人がそれぞれ大きなバスケットを持って付いてきた。これから行く現場への差し入れらしい。疲れていそうなガスパールに持たせるのは忍びなくて、クリスティーナが二つとも受け取ると、そばにいた執事が一瞬目を丸くした。

 対象的にガスパールは小さくお礼を言うだけで、ちっとも驚かない。当たり前たが、クリスティーナがこういうときには譲らないと分かっているのだろう。

「玄関に向かわないの?」

「魔獣の気配に怯えて、馬は使えないんだ」

 確かにその通りかもしれないが、なぜ庭なのだろう。ガスパールは疲れているからか、いつもと違い返答が的を射ていない。疑問に思いながらついていくと、草原のような緑色の髪の中年男性が待っていた。

「この子がガスの妹か。乗せるのは難しいな。ガスも支えながら飛ぶ余裕はないだろう?」

「パトリックさん。見かけで判断するのは早計では? ドリコリン伯爵家の娘ですよ」

 ガスパールはそう言って、クリスティーナの持っていたバスケットを一つパトリックに渡す。パトリックはバスケットの重さが予想以上だったのか、一瞬落としそうになってから握り直していた。

「なるほど……お嬢ちゃん。もう一つも渡しな。さすがに持ちながら乗るのは大変だろう?」

「持ちながら乗る?」

 パトリックはクリスティーナからバスケットを受け取ると、二人から距離を取る。

「ヴェロキラ辺境伯家のこの庭は、客室などからは死角になっているんだ。辺境伯家の東棟からしか見えない」

「東棟って、ハルトたちが普段暮らしている場所よね?」

 ガスパールに言われて周囲を見渡すと、ブルクハルトの部屋や昨日夫人とお茶会をした部屋が見える。考えないようにしていたが、青龍の姿のブルクハルトが力尽きて横たわった場所でもある。

「限られた者しか東棟には入れないと聞いている。それは、緊急時にこの場所を利用するからだ」

 ガスパールの言葉にクリスティーナは首を傾げる。ガスパールが補足する前に、パトリックが翠龍の姿に変わったことで意味を理解した。

 クリスティーナは小さい頃から東棟に出入りしていた気がするが、ブルクハルトは何を考えていたのだろう。クリスティーナの滞在中に緊急事態が起こったなら、竜人の秘密が露呈すると気づいていなかったのだろうか。

「乗せてもらうぞ」

「はい!」

 翠龍は小さなバスケットを二つ持っていて可愛らしい。人間が持つには重かったが、最初から執事は翠龍に渡すつもりだったのだろう。

 クリスティーナはそんなことを考えながら、ガスパールとともに翠龍の背中に飛び乗った。翠龍は口笛でも吹くかのように陽気な唸り声を上げてから空に舞い上がる。

 よく見ると龍の身体には手当てもされていない傷がたくさんあった。彼も昨日の戦闘で戦っていたのだろう。人間の姿を想像すると、後回しにして良いような状態ではない。

「パトリックさんには悪いが見なかったことにしろ。演習場では、ひどい怪我をした龍がたくさん待っている」

 ガスパールはクリスティーナの目線の先に気がついて諭すように言ってくる。

「でも……」

 クリスティーナが困っていると、翠龍がガスパールに賛同するように唸り声をあげる。魔力は無限ではない。クリスティーナは拳をぎゅっと握りしめて耐えるしかなかった。
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