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23.事件の全容

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 事件から7日ほどが経った頃、ブルクハルトの部屋をジュリアンが訪れた。ジュリアンは使用人に両側を支えられながら入ってきて、運び込まれたクッションにもたれかかるように座る。

「大丈夫か? 悪い、俺が見舞いに行くべきだったな」

 ブルクハルトはジュリアンの呼吸が落ち着くのを待って話しかける。無理に笑顔を作っているが相当つらそうだ。
 
「僕が勝手に来たんだから、気にしないでいいよ。少し話がしたかったんだ。思ったより元気そうで良かったよ」

「ティーナが心配するから大人しくしてるだけなんだ。竜人は傷の治りが早いからな」

 ブルクハルトは痛み止めを飲めば、普通の生活が送れる程度に回復していた。ただ、それでも痛みは抑え切れないので、ちょっとした拍子に顔をしかめたのを見られて、クリスティーナからは安静を言い渡されている。その方が治りが早いのは分かっているが、筋力が落ちるのが心配で、ブルクハルトはじっとしていられない。

 
「本当に申し訳ない。自分の力を過信して君を危険な目に合わせてしまった。謝って済む問題ではないよね。本当にごめん」

 ジュリアンがソファに捕まりながら、ブルクハルトにゆっくりと頭を下げる。その姿だけでも痛々しい。

「謝る必要はないよ。別に過信していたわけじゃないだろう? 冷静だったからこそ、俺達が抜けると周りが大変だと分かって言い出せなかっただけだ」

「僕のこと、過大評価し過ぎだと思うよ」

「どうかな? 俺は正当に評価してるよ」

 ブルクハルトが確信を持って言うと、ジュリアンは笑うだけで否定はしなかった。あの時は本当に皆がぎりぎりの状態だった。竜騎士と竜人が全員生きていただけで奇跡だ。

「それに、俺を生かすためにジュリアンを危険に晒したようだ。俺もジュリアンに謝ら……」

「それこそ止めてほしいな。辺境伯様に頭を下げられて冷や汗かいたんだから……。それに、ヒューゴくんの話では僕に保護魔法がかけられてたみたいなんだ。危険には晒されてないよ」

 ブルクハルトの謝罪は途中で遮られてしまった。ジュリアンの青い顔を見ればそれ以上は何も言えない。

 あの日、辺境伯はフラフラの状態のブルクハルトから、ジュリアンを先に保護する事もできた。そうしなかったのは、ブルクハルトに自分以外の命もかかっていると思わせ、クリスティーナのいる屋敷まで気力を持たせるためだ。あの時点でブルクハルトが助かるには、クリスティーナの治癒魔法が必須だった。辺境伯の息子を助けたいという親心だ。


「具合悪そうならすぐに帰ろうと思ってたんだけど、これから時間ある?」

「ああ、大丈夫だ。何か他にあるのか?」

「うん、事件の概要が分かったんだ。ブルクハルトも気になってるんじゃない?」

「すごいな。どこで聞いたんだ?」

 軽症だった竜人が何人か見舞いに来てくれたが、狩り残した魔獣への対応や砦の修復など事後処理が多すぎて、事件については情報を得る時間がないと言っていた。 

「王都騎士団の団長が来たんだ。辺境伯とのつなぎを頼まれてね」

 ジュリアンはそう言って苦笑する。王都騎士団の団長は、元部下の見舞いをしたいと言って、この屋敷にやってきた。しかし、どうやら見舞いは口実で、ジュリアンは大怪我をしているにも関わらず、元上司にこき使われたらしい。

「辺境伯は優しい人だから会ってくれたけど、強引すぎるよね」

 王都騎士団が辺境伯領に大きな損害を与えたわけなので、早めに会っておきたかったのは分かる。ただ、辺境伯にとってジュリアンはすでに身内だ。そのジュリアンに無理をさせたなら、良い選択だったかは微妙なところだ。

 ジュリアンは会談に立ち会ったおかげで情報を得られたが、疲れで二日ほど発熱して大変だったらしい。

「もう大丈夫なのか?」

「さすがに寝ているのも飽きたよ」

 ジュリアンは大丈夫だとは言わずにクスリと笑う。早めに話を切り上げて部屋に帰した方が良さそうだ。

「それで?」

「僕の想像通りだったよ……」

 事件は出世できずにいた人物が、無断で騎士を動かした事で起きた。

 騎士団にはいくつかの隊があり、その隊はいくつもの小隊が集まって出来ている。今回の事件は小隊を束ねる小隊長7人が結託して起こしたようだ。ジュリアンのいた隊の人間ではなかったので、騎士団の先輩ではあるが直接面識はないらしい。

「結界内の弱い魔獣を討伐するときには、小隊単位で動くんだ。小さい村だと狩人だけでは戦力が足りないから騎士団に依頼が来るんだよ」

 依頼を受けたふりをして王都を出発した小隊7つが、行き先を辺境伯領に変え集まった。どのような手柄を上げる予定だったのかは、生存者が見つかっていないので分かっていない。

「主犯と思われる小隊長が7名だって分かったのも、途中でおかしいと思って離反した騎士の証言からなんだ」

 いつもとは違う行軍に違和感を持ち小隊から逃げ出した者や、苦言を呈して怪我を負い途中で置き去りにされた者もいたようだ。その一部が王都に報告に戻っており、事件より前に王都騎士団は騒ぎになっていたらしい。

 王都で行われるはずだった会議は延期になり、ドリコリン伯爵は辺境伯領へ知らせに戻ったが間に合わなかった。

「辺境伯様は、王都に行く途中で伯爵様を見つけたって仰ってたよ」
 
 ヴェロキラ辺境伯が思ったより早く戦場に現れたのは、そのためらしい。ブルクハルトたちが助かったのは、伯爵が辺境伯領に向かっていたからだ。ブルクハルト個人としては、伯爵が間に合ったとも言える。
 
「なるほど、よく分かったよ。ありがとう」

「あ、もしかして、僕のこと早く帰そうとしてるのかな?」

 ジュリアンがからかうように笑う。

「当たり前だろう? 使用人を呼ぶから、さっさと部屋に戻って休め」 

「仕方ないな。分かったよ」

 ジュリアンが残念そうに言うので、ブルクハルトは呆れながら席を立つ。廊下にいる使用人に声をかけようと扉に向かうと、背中から躊躇いがちに声をかけられた。

「ねぇ、ブルクハルト……僕ってやっぱり首かな?」

「は? いきなり、何を言い出すんだ」

 ブルクハルトが驚いて振り返ると、ジュリアンが思った以上に深刻そうな顔でこちらを見ていた。

「ほら、僕は初日に青龍を殺しかけたんだよ。緊急だったから、竜騎士になるのに団長の承認も受けていない」

「誰かに何か言われたのか?」

「そうじゃないよ……」

 ジュリアンは力なく笑う。いつもはブルクハルトよりずっと大人なのに、今は弟が増えたように頼りない。

「俺の相棒はジュリアンだけだ。文句は言わせない。具合が悪いからくだらない事を考えるんだ。部屋に帰ってさっさと寝てしまえ」

「うん……」

 ジュリアンは泣きそうな顔で小さく頷く。本気で首になると思っていたようだ。

 ブルクハルトは様子を見に行かなかった事を密かに反省した。そういう意味ではジュリアンを過大評価しすぎていた。若くして出世してきたのだから、自分の実力に自信を持っていると思っていた。お互いをちゃんと理解するには、もう少し時間が必要だろう。

「そうだ。今度からは何かあればいつでも呼べよ。話し相手が欲しくなったときでも良いからさ。俺はティーナがうるさいから、どうせしばらく暇なんだ」

「うん、ありがとう」

 ジュリアンは安心したように笑って、迎えに来た使用人とともに部屋を出ていった。もしかしたら、帰りがけの話がしたくて来たのかもしれない。
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