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終章 王子様の決断
5.怒り
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ディランがチャーリーを睨みつけながら拳に力を入れると、トーマスが近づいてくる。ディランが何かしようとすれば止めるためだろう。ディランは問題ないと示すようになんとか握った拳を緩めた。
「兄上。僕のことがそんなに信用できませんか? 僕に話してくれれば、エミリーを巻き込まなくても迅速に証拠を掴めるよう協力しました。魅了状態にしたいなら、『誘惑の秘宝』を使えばいいだけでしょう?」
「証拠も残らない便利な能力があるのに、わざわざ魔道具を使う必要はないだろう?」
確かに貴族の邸宅に魔道具を持ち込むのは難しい。違法なものならなおさらだ。それは分からなくもないが、チャーリーはエミリーを魔道具と同列に扱っている。ディランはそれが許せない。
「兄上、エミリーは僕の婚約者であっても、戦闘の心得のない一般人なんですよ。あなたの部下とは違うんです」
「まだ文句があるのか? エミリー嬢の同意をとって使ったんだ。それのどこに問題がある?」
「同意? それは本当に同意ですか!? 権力で抑圧して得たものは同意とは呼ばない!!」
チャーリーの申し出に伯爵令嬢であるエミリーが否と言えるはずがない。魅了の魔法に困惑していたエミリーを思い出すと、自ら人を魅了状態にすることはきっと辛かっただろう。ルークの話によると、エミリーはそれをディランのためだと信じて行っていたのだ。
「エミリー嬢は怪我をしていないのだろう? いつまでもグダグダ言うな。ハリソン、お前もいつまでそうしている気だ」
チャーリーは面倒くさそうに、頭を下げたままのハリソンに視線を向けている。
(怪我をしてないのだから問題ない?)
エミリーは寝るときにも灯りを消せないでいる。きっと、暗い中の襲撃が恐ろしかったのだろう。ディランが近づいて手に触れても目覚めることがなかったのは、眠れないエミリーのために薬が処方されていたためだ。
(問題だらけじゃないか!)
ディランは気がつくと机を飛び越えてチャーリーに飛びかかっていた。止めに入ろうとしたトーマスは、ディランが邪魔だと思った瞬間に後ろに飛んでいく。トーマスは壁にぶつかって大きな音をたてた。
ディランが咄嗟に立ち上がったチャーリーの頬を拳で殴り飛ばすと、面白いように飛んでいく。期せずしてディランの魔法が同時に発動したのだろう。ディランはそれでも気がおさまらなくて、チャーリーを追いかけて胸ぐらを掴んだ。
「デ、ディラン。悪かった。とりあえず、落ち着け!」
「何が悪いかも分かってないくせに!」
ディランは先程とは逆の頬を殴り飛ばす。チャーリーが床に転がったところで、ディランの肩に誰かの手が触れた。
「邪魔するな!」
「ディラン、落ち着いてちょうだい!」
「……シャーロット?」
ディランはシャーロットだと気がついて魔法の発動をとめる。振り返ると見たこともないくらい怒ったシャーロットがいた。
パシッ
ディランはシャーロットに頬を叩かれて我にかえる。周囲を見渡すと、部屋がめちゃくちゃに散らかっていた。
「痛いじゃないか、ディラン」
トーマスが服についたホコリを叩きながら立ち上がった。ディランが慌ててハリソンを探すと、ソファの陰から顔を出す。ディランの無意識の風魔法に巻き込まれてぐったりしているが、問題はなさそうだ。
「シャーロット、危険だからディランから離れろ」
チャーリーがフラフラしながらシャーロットを庇うように近づいてくる。
「チャーリー様?」
「どうした?」
バキッ
チャーリーがシャーロットの方を振り向いた瞬間に、シャーロットが扇子でチャーリーの頬を思いっきり叩いた。鈍い音がしてチャーリーは崩れ落ちるように座り込む。ディランがチラリと確認すると、扇子が使いものにならないくらい曲がっていた。
「……」
「ディランと話すなら同席させてほしいと言ったではありませんか。勝手な事をなさるからこうなるのです」
「シャ、シャーロット……」
「チャーリー様、今回のことは、わたくしも怒っておりますの。ディランに相談できなくても、わたくしには話してほしかったですわ。そうすれば、わたくしの大切な友人を傷つけることはなかったはずです」
チャーリーは、呆然とシャーロットを見上げている。チャーリーの反応も理解できる。いつもチャーリーの前で赤くなってもじもじしているシャーロットとは別人のようだ。これが未来の王妃の姿なのかと、ディランは思わず感心してしまう。
「ディラン。わたくしに免じて、チャーリー様を許して差し上げて。いいわね」
「う、うん」
ディランの怒りもシャーロットの行動の衝撃で萎んでしまった。チャーリーはまだ立ち上がれていない。
「とにかく、今後は兄弟げんかに他人を巻き込むのはおやめ下さい」
「あ、ああ。悪かった」
「シャーロット、ごめんね。止めてくれてありがとう」
シャーロットの鬼のような形相に、ディランとチャーリーはそれぞれ頭を下げる。
「それから、ハリソン様。あなたはディランと違ってチャーリー様の使いっぱしりではないのですよ。チャーリー様の暴走を止められないのなら、側近など辞めてしまいなさい」
「肝に銘じます」
「トーマス様は……まぁ、いいですわ」
ハリソンはひどく落ち込んだ様子で頭を下げ、何の助言も貰えなかったトーマスがその肩をポンと叩いた。
「兄上。僕のことがそんなに信用できませんか? 僕に話してくれれば、エミリーを巻き込まなくても迅速に証拠を掴めるよう協力しました。魅了状態にしたいなら、『誘惑の秘宝』を使えばいいだけでしょう?」
「証拠も残らない便利な能力があるのに、わざわざ魔道具を使う必要はないだろう?」
確かに貴族の邸宅に魔道具を持ち込むのは難しい。違法なものならなおさらだ。それは分からなくもないが、チャーリーはエミリーを魔道具と同列に扱っている。ディランはそれが許せない。
「兄上、エミリーは僕の婚約者であっても、戦闘の心得のない一般人なんですよ。あなたの部下とは違うんです」
「まだ文句があるのか? エミリー嬢の同意をとって使ったんだ。それのどこに問題がある?」
「同意? それは本当に同意ですか!? 権力で抑圧して得たものは同意とは呼ばない!!」
チャーリーの申し出に伯爵令嬢であるエミリーが否と言えるはずがない。魅了の魔法に困惑していたエミリーを思い出すと、自ら人を魅了状態にすることはきっと辛かっただろう。ルークの話によると、エミリーはそれをディランのためだと信じて行っていたのだ。
「エミリー嬢は怪我をしていないのだろう? いつまでもグダグダ言うな。ハリソン、お前もいつまでそうしている気だ」
チャーリーは面倒くさそうに、頭を下げたままのハリソンに視線を向けている。
(怪我をしてないのだから問題ない?)
エミリーは寝るときにも灯りを消せないでいる。きっと、暗い中の襲撃が恐ろしかったのだろう。ディランが近づいて手に触れても目覚めることがなかったのは、眠れないエミリーのために薬が処方されていたためだ。
(問題だらけじゃないか!)
ディランは気がつくと机を飛び越えてチャーリーに飛びかかっていた。止めに入ろうとしたトーマスは、ディランが邪魔だと思った瞬間に後ろに飛んでいく。トーマスは壁にぶつかって大きな音をたてた。
ディランが咄嗟に立ち上がったチャーリーの頬を拳で殴り飛ばすと、面白いように飛んでいく。期せずしてディランの魔法が同時に発動したのだろう。ディランはそれでも気がおさまらなくて、チャーリーを追いかけて胸ぐらを掴んだ。
「デ、ディラン。悪かった。とりあえず、落ち着け!」
「何が悪いかも分かってないくせに!」
ディランは先程とは逆の頬を殴り飛ばす。チャーリーが床に転がったところで、ディランの肩に誰かの手が触れた。
「邪魔するな!」
「ディラン、落ち着いてちょうだい!」
「……シャーロット?」
ディランはシャーロットだと気がついて魔法の発動をとめる。振り返ると見たこともないくらい怒ったシャーロットがいた。
パシッ
ディランはシャーロットに頬を叩かれて我にかえる。周囲を見渡すと、部屋がめちゃくちゃに散らかっていた。
「痛いじゃないか、ディラン」
トーマスが服についたホコリを叩きながら立ち上がった。ディランが慌ててハリソンを探すと、ソファの陰から顔を出す。ディランの無意識の風魔法に巻き込まれてぐったりしているが、問題はなさそうだ。
「シャーロット、危険だからディランから離れろ」
チャーリーがフラフラしながらシャーロットを庇うように近づいてくる。
「チャーリー様?」
「どうした?」
バキッ
チャーリーがシャーロットの方を振り向いた瞬間に、シャーロットが扇子でチャーリーの頬を思いっきり叩いた。鈍い音がしてチャーリーは崩れ落ちるように座り込む。ディランがチラリと確認すると、扇子が使いものにならないくらい曲がっていた。
「……」
「ディランと話すなら同席させてほしいと言ったではありませんか。勝手な事をなさるからこうなるのです」
「シャ、シャーロット……」
「チャーリー様、今回のことは、わたくしも怒っておりますの。ディランに相談できなくても、わたくしには話してほしかったですわ。そうすれば、わたくしの大切な友人を傷つけることはなかったはずです」
チャーリーは、呆然とシャーロットを見上げている。チャーリーの反応も理解できる。いつもチャーリーの前で赤くなってもじもじしているシャーロットとは別人のようだ。これが未来の王妃の姿なのかと、ディランは思わず感心してしまう。
「ディラン。わたくしに免じて、チャーリー様を許して差し上げて。いいわね」
「う、うん」
ディランの怒りもシャーロットの行動の衝撃で萎んでしまった。チャーリーはまだ立ち上がれていない。
「とにかく、今後は兄弟げんかに他人を巻き込むのはおやめ下さい」
「あ、ああ。悪かった」
「シャーロット、ごめんね。止めてくれてありがとう」
シャーロットの鬼のような形相に、ディランとチャーリーはそれぞれ頭を下げる。
「それから、ハリソン様。あなたはディランと違ってチャーリー様の使いっぱしりではないのですよ。チャーリー様の暴走を止められないのなら、側近など辞めてしまいなさい」
「肝に銘じます」
「トーマス様は……まぁ、いいですわ」
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