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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

18.紋章の謎

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 翌日、ディランたちはレジーの二日酔いが治るのを待って、昼過ぎに伯爵の書斎に集まっていた。机の上に置いたヴァランティーヌ・シクノチェスの日記を挟んで、ディランはエミリーと並んで伯爵とレジーの向かいに座る。昨日とは違う緊張感が書斎を包んでいた。

「……という訳でエミリーの日時計の紋章に行き着いたわけです」

 伯爵宛の手紙でも匂わす程度に伝えていたが、機密事項が多すぎて詳細は書けていなかった。今回は王太子の了承を得たので、ディランは伯爵とレジーに隠すことなく、これまでの出来事を詳しく話す。

「娘を助けていただいて、ありがとうございます」

「いいえ。結局の所、僕だけでは何もできなかったので……」

 エミリーも含めて3人に頭を下げられてディランは恐縮してしまう。ディランの照れた顔をエミリーが見つめてくるので、さらに顔に熱が集まってきた。

 コホン

「殿下のお話を踏まえて、こちらで分かっていることをお伝えします」

「は、はい。お願いします」

 ディランは伯爵の咳払いでエミリーから視線を外す。レジーがじっとりとこちらを見ていて『イチャイチャ』が今の状況だとディランは悟った。

(気をつけよう)

 ディランが反省している間に、伯爵が本棚の奥から何かを取り出して戻ってくる。

「期待をさせてしまって申し訳ないのですが、実のところ詳しいことは伝わっていないのです。だからこそ、話す相手を慎重に選ぶ必要があった訳ですが……殿下の話を聞いて、その判断が正しかったのだと分かりました」

 伯爵家では、数代前に立て続けに当主が亡くなった時期があったため、当主にのみ伝えられるはずだった紋章の秘密が途絶えてしまったのだという。今となっては、どのくらいヴァランティーヌ王女の秘密を伯爵家が知っていたのかも不明だ。

「我々に残されたのは、『紋章を目立たないように、しかし必要な者に届くように広めるように』という言葉と『鍵』と呼んでいるこちらの品だけです」

 ディランは『鍵』と言う言葉にピクリと反応してしまう。伯爵は年季の入った小箱を机の上においた。

「いずれ、この『鍵』を求めて誰かがやって来ることは予想していました。ただ、どのような人間が必要としているのかも分からず、最近では紋章を身につけるだけで広めるようなことまではしていませんでした。家族の安全を優先した結果です」

「拝見してもよろしいですか?」

「もちろんです」 

 ディランは魔法を遮断する手袋をつけて、念の為、エミリーに距離をとってもらう。細心の注意をはらって小箱を開けると、中にはディランのよく知る物が入っていた。

「王家の印章指輪ですね」

「やはり、そうですか。王家の方々の指輪と似ているとは思っていました」

 ディランの付けている印章指輪と同じ形で彫り込まれた印章だけが異なっている。蔦のような模様と3輪の花。ヴァランティーヌ王女の日記に押されているものと同じ紋章だ。

「普段はどこに保管を?」

「この部屋の本棚の奥です」

 伯爵が指し示した本棚は一部だけ本が取り除かれていて、その奥に扉がついていた。

「ちょっと拝見します」

 ディランは自らに保護魔法をかけて本棚の隠し扉を調べてみたが、普通の金庫と同じで魔法の気配はなかった。指輪の隠し場所に魔法を施していないということは、伯爵家にあっても危険な物ではないということだろう。

(師匠の屋敷に持っていかなくても大丈夫そうかな)

 危険な物なら、ここで調べるわけにはいかないが、できるなら伯爵やレジーに立ち会ってもらって調べたい。

「この指輪に関して注意すべきことはありますか? 触れると危険だと言われていたとか、屋敷から持ち出すのはやめるようにだとか……」

「いいえ、私も何度か取り出していますし、父は小指につけて持ち歩いていました。特別なことは何も……」

 ディランの慎重さに伯爵は困惑しているようだ。前伯爵が身につけていた事に驚くが、紋章を広める一環だったと思えばおかしな事ではない。

 ディランは念の為魔法で安全を確認したあと、手袋を外して指輪を手に取った。伯爵に断りを入れて指輪を指につけてから日記に触れたが、今まで同様、表紙が張り付いていてめくれない。

「駄目か……」

「私がやってみてもいいですか?」

 黙って成り行きを見守っていたエミリーが緊張気味に聞いてくる。

「危ないから駄目だよ。それが必要なら、王都にいる師匠に安全か確認してもらってからにしよう。僕はまだ見習いみたいなものだから、僕の確認だけじゃエミリーにはやらせられないよ」

「殿下、指輪をお借りしても?」

「えっ? ええ、もちろんです」

 伯爵に言われて、ディランはつけていた指輪を伯爵に返す。

「エミリー、試してみなさい」

「はい、お父様」

「えっ!? ちょっと、伯爵!」

 伯爵はなんの躊躇もなくディランから受け取った指輪をエミリーに渡した。

 エミリーはディランが止める間もなく、指輪を受け取って自分の指にはめる。

「殿下がつけるくらい安全なら、問題ありません。そもそも、この場で殿下に何かあれば、我々の命など簡単に消えていたのですよ」

 オロオロするディランに、伯爵は呆れたように言う。この部屋は人払いされていて四人しかいない。王族であるディランが第三者のいないところで怪我でもしたなら伯爵家の責任にされかねない。もちろん、ディランはそんなことにはならないと思ったから試したのだが……

「えっと……すみませんでした」

「殿下は私達以上に、エミリーに過保護ですよね……」

 レジーが呆れたようにため息をつく。ディランは2人の生温かい視線を受けて苦笑するしかなかった。
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