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二章 誘惑の秘宝と王女の日記

6.呼び出し

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 それからの日々は、3人それぞれに忙しく過ごした。

 エミリーは律儀に『誘惑の秘宝』の完成までボードゥアンに付き合っていたようだ。完成後にはボードゥアンから助手代を貰い、家族へのお土産を買うと嬉しそうにしていた。ディランは変なことに巻き込んでしまったと不安だったが、これはこれで良かったのかもしれない。

 ディランは王太子への報告書の作成や、王子として割り当てられた仕事、そして普段より王宮に頻繁に出入りしたため母に捕まって相手をさせられたり、面倒……いや、有意義な時間を過ごした。
 

「魔道士ディーンの身分証が出来たよ」

 ボードゥアンの働きかけにより、架空の人物の身分証はあっさりと発行された。

「ありがとうございます。あとは伯爵から魔道士ディーンの滞在許可が出るのを待つだけですね」

 エミリーが伯爵に連絡をとってくれたので、その返事も数日内にはもらえるはずだ。許可が出たらすぐにでも伯爵領に出発したいと思っている。

「それと、魔道士団員からこんなものを預かったけど……捨てちゃう?」

 ボードゥアンが汚いもののように机の上に放ったのは、見慣れた筆跡のメモだった。

【今日の午後に執務室へ来い チャーリー】

「捨てたら行かなくても解決しますかね?」

「試してみる?」

 ボードゥアンが楽しそうに笑う。ディランは、ボードゥアンがメモを捨てぬうちに手にとった。

「いえ、行ってきます」

 嫌な予感がして逃げたかったが、出頭命令を断れるはずもない。ディランは仕方なく、指定された時間にチャーリーの執務室に向かった。


「兄上、ディランです。お呼びとのことで参りました」

「入れ」

 扉の前で声をかけると、チャーリーの声がしてトーマスが扉を開けてくれる。

「何用ですかって……エミリー?」

 ドカリとソファに座るチャーリーの向かいに、エミリーが小さく縮こまって座っていた。ディランが入っていくと怯えた表情のまま立ち上がって淑女らしい挨拶をしてくれる。王宮内に入るためかドレスを着ていて新鮮だ。

 今朝、ボードゥアンの洋館で一緒に朝食をとったときには、旅の準備の為寮に一度戻ると言っていた。エミリーの様子から推測すると予想外に連れてこられたのだろう。

 給仕はハリソンがしていて、人払いが済んでいることが分かる。ディランはエミリーを守るように隣りに座った。

「それで、今日は何ですか?」

「エミリー嬢の問題が解決したと小耳に挟んでね。まさか、可愛い弟が報告を怠るとは思わなかったよ」

「僕は兄上にだいぶ前から面会の打診をしていた筈ですが? お気づきではなかったのですか?」

 チャーリーとはエミリーが寮で襲われそうになった夜から会っていない。避けていたのはチャーリーの方だ。ディランは白々しい態度のチャーリーを軽く睨みつける。

「なんだ? まだ、機嫌が治ってなかったのか? しつこいやつだな」

「兄上、そういう言い方はないんじゃないですか?」

 チャーリーはディランの視線を受けながら平然とお茶を飲んでいる。

「お前、自分があの日、何をしたのか覚えているのか?」

「仰りたいことが分かりませんが……」

 ディランのツンとした返しに、チャーリーがため息をつく。ため息を付きたいのはディランの方だ。

「意識のない男を2階のベランダから落としただろう? 壁を登ろうとしていた者たちも、受け身すら取れずに落下したと聞いている」

「へ?」

 ディランは思わず給仕をしているハリソンを見る。ハリソンは苦笑いしながら頷いた。

「女子寮で起きた事件の詳細ですが、ベランダから投げ落とされた3名は、護衛が落下中に回収して軽傷。壁から落とされた者は骨折など入院中の者が8名、軽傷者が11名。その他部屋を遠巻きにしていた者のうち5名が入院中で、軽傷者の総数は把握できていません」

 ハリソンはディランにお茶を出しながら、淡々と詳細を説明する。ディランはまったく把握していなかった事実に驚いた。

「そ、それで……」

「一応被害者だが、魅了状態とはいえ女子寮の敷地に入ったのは事実だ。口外しないことを条件に不問にすると言ったら、全員が誓約書にサインした……ディラン? 私に言いたいことがあるんだったな。聞くぞ」

「兄上、ご迷惑おかけしました」

「分かれば良い」

 チャーリーがあの状況を作り出したのだろうが証拠はない。ディランは追求できない状況にしてしまった、あの日の自分の行動を反省した。

「ここからが本題だ。これを読め」

 チャーリーが机の上においたのは、一通の書状だった。かなり重要な書状のようで貴族同士の婚約や婚姻などのときに使う伝統的な形式に則って作られている。宛名はチャーリー、差出人は……

(カランセ伯爵!?)

 ディランはエミリーの父の名に狼狽えながら書状を手に取る。エミリーが不安そうにこちらを見ていたが声をかける余裕もない。ディランは怒りで震えそうになる手を抑えながら、書状を読み進める。

『ディラン殿下とエミリーの婚約を謹んでお受けいたします』

 書状には、チャーリーからカランセ伯爵へ打診したと思われる、ディランとエミリーの婚約についての返事が書かれていた。ディランは何も聞かされていない。それでも、チャーリーからの直接の打診では、伯爵に断る選択肢がなかった事は安易に想像できた。

「どういうことですか? 僕に何も言わずに酷すぎる! 父上には話をされたのですか? 流石にあなたが僕の婚約を決めていいはずがない!」

 ディランはエミリーの意思を確認した上で関係を築いていこうと考えていた。そのための計画も立てて動き出していたのだ。ボードゥアンもチャーリーの動きを心配していたし、ディランも早めに動かなければと思っていた。でも……どこかでチャーリーがどんなに腹黒く魔王のようでも、弟であるディランの一番大切なものを踏みにじることはしないと思っていたのだ。

「エミリー嬢は、承諾してくれたぞ」

 ディランはチャーリーに言われて隣に座るエミリーに視線を向ける。

「ディラン殿下、ごめんなさい。お嫌でしたよね」

 エミリーは泣くのを我慢しているのが分かる笑顔でディランを見ていた。

「エミリー、違うんだ」

「チャーリー殿下。私が至らないばかりに申し訳ありません。どうか、ディラン殿下の願いをお聞き届け下さい」

 エミリーはチャーリーに頭を下げる。ディランはエミリーの手が震えていることに気づいて、両手で包むように握った。

「エミリー、僕の話を聞いて。エミリーとの婚約が嫌だったわけじゃないんだ。2人でちゃんと話そう。僕に時間をくれる?」

 エミリーは頭を下げたまま俯いていたが、ディランが真剣に伝えると恐る恐るといった様子で顔を上げる。ディランと視線が合うと潤んだ瞳で小さく頷いた。

「エミリー、ありがとう。兄上、僕とエミリーは失礼させて頂きます」 

「ああ、好きにしろ」

 チャーリーが面白そうにディランたちを見ていたが、ディランは見なかったことにする。今はチャーリーに突っかかっている状況ではない。ディランは怒りを抑えてエミリーの手を取った。
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